「世論」と「空気」

4月22日に再放送されたNHK『100分 de メディア論』がベラボーに面白くて、感想を書こう書こうと思ってはいるものの、なかなか書けないでいる。まあいつかそのうちに。

ところで、番組ではリップマンの「世論」、山本七平の「『空気』の研究」などが取り上げられていたのだが、このたびのTOKIO山口氏の強制わいせつ事件をめぐる動きとメディア(主にテレビのワイドショー)での取り上げられ方を観ていると、これらの本に書かれていることをそのまま辿っていたように思われた。

私がこの事件を最初に耳にしたとき、刑事的な処分がどうなるかはまだ不明だったが、被害者との和解は成立しているとのことだったので、大したことにはならないと思っていた。悪い方向へ転がりだしたのは、ここで事務所から出された木で鼻を括ったような声明からだったように思う。リップマンの「世論」で触れられているのは「どんな人でも、自分の経験したことのない出来事については、自分の思い描いているそのイメージが喚起する感情しか持つことはできない」ということなのだが、J事務所に対する印象はグループSの一件以来、非常に悪い(らしい)。山口氏がやったことは確かに悪いが、彼を監督指導すべき(と世間が思っている)事務所の対応があまりにひどかったため、彼に対する風当たりもここで強くなった感があった。

そして山口氏の謝罪会見。事務所サイドの弁護士の弁は、とにかく早く事を穏便に収束させたいという姿勢が見え見えだった。ただ、本人の謝罪の弁は、彼の素直な気持ちが伝わるものだったと思う。戻れるものならTOKIOに戻りたいという言も、思わず本音が漏れてしまったということで、私にはそれほど不謹慎なものとは思われなかったのだが……。

その言葉に反応したのがメディアだった。いまそれを言う?言っちゃダメでしょ、とこぞってワイドショーで叩かれた。そんな言葉は聞きたくなかったと国分氏も翌日に発言。山口氏がいま言っていいのはただ謝罪の言葉だけだ、という空気が広まった。そして5人で持たれた話し合いの席で山口氏は辞表を提出する。

いま思うと、その後に開かれた4人の会見は山口氏の「戻れるものならTOKIOに戻りたい」という言葉を否定するために設けられたと受け取れる。長い付き合いの山口氏を、心情的には見捨てることはできない。彼を失うことはTOKIOにとっても大きな損失である。しかし、既に4人は山口氏を受け入れてはいけないという、メディアが作り上げた世論の空気に支配されていた。そのとき山口氏の言を否定することは、山口氏に対する愛情でありTOKIOの絆の裏返しでもあったと私は思うのだが、それとは別に、彼らには既に最初から、山口氏を擁護する自由、被害者のことを慮る言葉以外の言葉を発する自由などなかったのだと思う。

この4人の会見後、とあるワイドショーで街頭100人アンケートを取っていた。「今後TOKIOはどうなるのがいいか?」という問いに対し、「5人で活動するのがよい」という答えが70%近くに上っていた。「4人で活動」が20数%、「解散」は3%だった。4人の辛そうな姿を観て、同情を感じた人々が多かったのだろうと思う。しかし一方で、これはグループSのときと同様の公開処刑ではないかという世論が生まれた。以前にも増して、J事務所に対しての批判が噴出した。斯くして、J事務所は山口氏の辞表を受け取り、氏との契約を解除した。

この事件によって生じた経済的損失は数億とも数十億ともいわれている。TOKIOはベースギターを失い、音楽活動の予定は白紙となった。長瀬氏が会見で言っていた「被害者探しはしないでください」という意向とは逆に、ネット上ではそういう動きも盛んなようだ。被害者の方にも非がないとは言えないとか、親が悪いとかの意見も多い。

おそらく世の中のたいていの人が望んでいなかった結果になってしまったのではないかと思う。この結末でいったい誰が得をした……、いや、誰か一人でも幸せになれたのだろうかと思う。被害者だけでも「これでよかった」と思っているのならそれは救いだが、果たしてそうなのかどうなのか……。そこのところは誰も知りようがない。

最初に挙げた山本七平の「『空気』の研究」では、戦艦大和の悲劇が取り上げられているそうだ。驚くことに、軍の上層部の誰一人として大和の出撃には賛成ではなかったという。けれども、そこでは不沈戦艦大和が出撃しなければならないという「空気」が支配しており、皆がそういう「臨在感的把握」なるものをした結果、大和は海の藻屑と消えた。

「世論」と「空気」、そして道徳的に決して言ってはならない言葉、そういうものの存在が、事をこれだけ大きなものにしてしまったように思われてならない。

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何も言えないネ……

TOKIOの山口氏以外の4人の会見を、結局全部観てしまった。こういう場を設けたからには何か大きな発表があるのかと思っていたが、山口氏から辞表を受け取ったという事実が明らかにされた以外は、被害者およびご家族への謝罪と、自分たちも現時点では混乱していて大きな決断をなすには至っていないこと、音楽活動の計画は白紙に戻し、いま頂いている仕事に全力を尽くすという内容に終始した。1 for 5, 5 for 1。何があっても連帯責任というTOKIOの姿勢は明らかになったと思う。

発言に重みがあったのは松岡氏だった。「TOKIOに戻りたい、俺にはTOKIOがある。TOKIOに帰れる場所がある。もしそういう彼の気持ち、甘えの根源がTOKIOだったとしたら、自分の意見ですけど、そんなTOKIOは1日も早くなくした方がいいと思います」と言ったのはまさに断腸の思いの発露だったろうと思う。またその一方で、「本当に申し訳なく情けないんですが、ありがたいことに、番組継続、いろんなお仕事継続といういろんなお声をいただいた時に、今僕ら4人ができることって何だろうと。それをしっかり果たすことがプロなんではないかと。その狭間で戦っています。辞めるのは簡単だと思います。与えられたことをきちっとやることがプロだと思っています」という発言が彼の葛藤を物語っていた。

被害者の気持ちを思えばこんな会見もしないほうがいいのかもしれない、という城島氏の発言も重かった。ネット上では被害者を特定したり、NHKの当該番組の出演者に対しての嫌がらせもあると聞く。TOKIOの活動に大きな支障をもたらす事態に発展した“事件”の被害者にしてみれば、もうそっとしておいてほしいというのが正直な思いであろう。一方で、被害者のそんな思いも慮った上で、自分たちからも謝罪しなくてはならないと考えた4人の気持ちもわからないではない。山口氏を切ってしまうことで、被害者への(あってはならない)風当たりが一層強くならないとも限らないのだから、決断できない自分たちをも許してほしいという謝罪の気持ちもあったのだろうと思う。

これがTOKIOの山口氏ではなくて一般人の起こした事件であったなら、(被害者には失礼な言い方だが)こんな「大ごと」にはなっていなかったろうと思う。国民的アイドルTOKIOのメンバーが引き起こした事件であるからこそ、こんな事態になって、私のような全然無関係なおばちゃんまで興味を持ってしまった……。

うん。この件に関しては、第三者はなにも言及しないのがいちばん良いネ。

だから、以下は私が常日頃思っている個人的な意見である。

先ごろ夢中になって観ていたドラマ『アンナチュラル』第6話に、ミコトのこんなセリフがあった。
「女性がどんな服を着ていようがお酒を飲んで酔っ払っていようが、好きにしていい理由にはなりません。合意のない性行為は犯罪です」
正論である。非の打ちどころのない至極まっとうな見解である。同じ女性として快哉を叫びたい。しかし、である。これは相手が「まとも」な男性であった場合のことである。自分が女性であるがゆえに、例えば露出度の高い服を着た女性を見たときの男性がはたしてどういう思いを抱くのかは想像の域を出ない。しかし「誘っているんじゃないか」と思う輩もいるだろうと思う。同じように、誘いをかけたらやってきた女性に対して、男性がどういう心理状態になるのかもまたわからないが、「OKだろう?」と思う輩がいるかもしれないという用心は必要だろうと思う。

男女が平等ではないと私が思ういちばんの理由は、その身体的な力の差である。筋力である。力づくで来られたら女のほうが弱い。だから! だからこそである。何か起こってからでは遅いのだから、女は事前に充分な用心をしなければならない。何か事が起こった時に、将来にわたって長く傷つくのは間違いなく女のほうなのである。先のミコトのセリフで言えば「合意のない性行為は犯罪です」は正しいし、男は処罰されるべきである。しかし、法律的に女性の立場が保証される時代にはなったが、襲われる危険が減っているわけではないことは肝に銘じておくべきだと考える。

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この騒ぎは何なの?

“I Have a Dream”といえば、人がみな平等で差別のない平和な世界を目指したキング牧師の演説だ。彼の言わんとするところは人種差別の撤廃が主眼だが、彼の死去からちょうど50年たった今日でも世の中には様々な差別が存在している。

ところで「差別」と「区別」は分けて考えなくてはいけないと思う。複数個の事物の間に「違い」を認める点においては同じだが、「差別」には「取り扱いに不当な差をつけること」という優劣の意味合いがあり、「区別」にはそれがない。

さて、最近の日本では男女差別に関する話題が相次いだ。

先般の大相撲の春巡業で舞鶴市長が土俵上で倒れ、女性が救命処置を施した件。この行為に対し、女性は土俵から降りるようにアナウンスがなされ、物議を醸した。女性が土俵に上がってはいけないというのは差別ではないかというものだが、相撲協会が謝罪を行ったことでまずは収まった。まあ、それでよかったのではないかと私は思う。それぞれが正しい行いをしたのだと考える。大相撲の興行を行う相撲協会のルールが「女性を土俵に上げない」となっており、それは神事に基づくからという信念も理由もあるのなら、責務を全うせんとしてアナウンスをした行司を責める理由はないし、目の前の病人を助けようとした女性の行いもこの上なく正しいし、今回の場合は人命にかかわっていたのだからこういう成り行きでよかったとする協会の見解もみんな正しい。

それを女性差別だとか女性蔑視だとか大騒ぎする外野のほうが変だ。宝塚市長が女性であるのを理由に土俵下に置かれた台の上から挨拶したが、それも仕方がないんじゃないの?と思う。大相撲を男だけの世界にしたいと興行主が思っているのだから、はいはいと大目に見てやればよいのではないかと思う。これは「差別」ではなく「区別」なのだから。神事であるということで、女性を血の穢れのある者として観るのが問題だというのなら、それはまたぜんぜん別のところ(宗教とか習俗とか)の問題になってくると思う。

数日前から話題になっている財務事務次官の「セクハラ発言」の件。もう、聞くたびに笑ってしまう発言なのだが、これははたしてセクハラなのか? こんなスケベ親父ははいて捨てるほどいる。世の女性ならこれくらいのことを言われた経験のある人はゴマンといるに違いない。決して良い気持ちのするものではない。いや、殴ってやりたいと思うのがいちばん正しい反応だと思う(あ~気持ち悪っ!>_<)。超絶不快な発言には間違いないが、そういう感情的側面を別にすればこの発言によって相手の女性が個人的に実質的な苦痛を味わったり不利益をこうむったり、不安な状況に追い込まれたというわけではなさそうに思われる。かえって録音を大スクープとして利用しているのは女性のほうなのだから。複数の女性記者に過去にそういう発言を繰り返しているという情報も掴んでいたのだから。上司というわけでもないのだから、腹を立ててぶん殴ればよかっただけの話。

もしも……、と考えてみる。もしも私がうら若き女性記者だったなら、地位のあるスケベ親父にハニートラップを絶対に仕掛けない……とは断言できない(笑)。

財務省が矢面に立たされているいま、こんなアホらしいニュースが駆け巡るというのは、なんだか「セクハラ」「女性蔑視」なら誰もが「こいつ悪い奴だ」と納得するだろうという認識の上に演じられた茶番劇のように思われてならない。こんなことで男女における差別を語られてしまうと、本当に差別に苦しんでいる人たちに対して失礼ではないかとさえ思う。キング牧師の言葉の重みに思いをはせる必要を痛感する。

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fragile × unnatural × BJ

もしも……。
病理医の岸先生と、法医解剖医の中堂先生と、無免許外科医のBJ先生が一緒にいる職場があったら……。

何か月も一言も会話がなさそう(笑)。
でも時々「僕の言葉は絶対だ」とか「クソがッ!」とか「ナム三」とかの独り言が聞こえるんだきっと……。

そんな職場では、ずぇっっっっったいに働きたくないですね(笑)。

↑すごく眠たい状態で書きました。m(__)m

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われても末に逢はむとぞ思ふ 『アンナチュラル』感想

ロスになるかと思っていたが、不思議とそれがない。あんなに綺麗に終わってくれたから満足感のほうが大きいのだろう。いや~、良かった! 最終回、印象に残ったシーンやセリフを挙げてみる。

・神倉所長の「お上におもねり、解剖結果を捻じ曲げるようなことは致しません!」「 職員一人に背負わせて、知らぬ存ぜぬはできません」のセリフには痺れた! 財務省などではなく、あんな上司がいる職場で働きたいものだ。

・砂時計のような形の容器に証拠のボールと硫酸を入れておく宍戸のクソ具合。と、二段仕掛けで宍戸に毒を盛る中堂さんのクソ具…(以下省略)。

・ミコトが中堂さんに言った言葉。「戦うなら法医学者として戦ってください!」「不条理な事件に巻き込まれた人間が、自分の人生を手放して、同じように不条理なことをしてしまったら、負けなんじゃないんですか!」

・ルンルンスキップの木林さん。「私を何だと思ってるんです?」

・毛利「ここはサバンナか?」 向島「東京ですよ」

・坂本「クソ頑張ろう!」

等々、挙げればキリがないのだが、圧巻は高瀬の裁判シーンだ。
ミコトが高瀬に放った言葉「犯人の気持ちなんて分かりはしないし、貴方のことを理解する必要なんてない。不幸な生い立ちなんて興味はないし、動機だってどうだっていい!」 。
この後、ミコトは煽りに煽って高瀬の自供を引き出していく。高瀬のDNAという法医学的事実があるのだから自供がなくてももう詰みも同然だが、さらに心理戦で追い詰めていくのだ。ここをちょっと掘り下げてみたい。

最初、烏田検事が「つまり被告人は自分が受けた虐待と同じことを被害者に行い殺害することで、亡き母親への恨みを晴らそうとした」と言ったとき、高瀬は「テンプレですね。何もわかっちゃいない」と一笑に付した。その高瀬のスイッチが入ったのはミコトの上記の言葉に続く「ただ同情はしてしまいます。このかわいそうな被告人に」と言った時点である。「同情」と「かわいそう」、この二つのキーワードとミコトのわざとらしい表情しぐさが起爆剤だった。「被告人は今もなお、死んだ母親の幻影に苦しめられています」「誰も彼を救えなかった、あなたも自分自身を救えなかった。あなたの孤独に心から同情します」。深々と頭を下げるミコト。

ここに至って高瀬は自供する。「やりたくてやった」「母親は関係ない!」「26人。誰も真似できない。俺はやりとげた!」「俺はかわいそうじゃない!」。逆上してまくしたてる高瀬……。

口先ばかりの「同情」だの「かわいそう」だのが、心に傷を負った者に対してどんなに失礼でトンチンカンで、我を忘れるほど怒りを覚えさせるものであるかがわかる。

視聴者はここで留飲を下げることになったのであるが、実はここで(やった!)とばかりにわずかな微笑みを浮かべるミコトに、私は若干の違和感を覚えないでもなかった。母親に対してわだかまりを持ち続けていたことに関しては、ミコトも高瀬と同じである。高瀬の思いを誰よりもよく理解できるのはミコトであったはず。ならば、このシーンでは、自供を引き出したことを喜ぶよりは、激昂して(自分は母親の影に苦しめられてなんかいない!)と虚勢を張る高瀬に対して、初めての心からの同情と憐みを覚えるはずではないかと、私は感じたのだ。

いや、わかる。わかるよ。ミコトは母親に対するわだかまりを乗り越えたのだと。この微笑みは、母親の暴力に負けないという宣言だったのだと。でもなんとなくモヤモヤしてしまう私のような人間もいるのだから、ここはもうちょっと時間をかけて丁寧に描いてほしかったなと思う。これでミコトの過去も綺麗に精算できたのかと考えると、ちょっとばかり消化不良な気もするのである。(もしかして、シーズン2への伏線ですか?笑)

まあこの件に関してはもうちょっとモヤモヤするだろうと思うが、きょうはまだ興奮冷めやらぬ状態なので、一応ここまで。

最後に、様々なところにちりばめられた伏線の回収が素晴らしかった点について。これはもう書き出すとキリがないのだが、夕希子さんの「口」が語った真実、これが一番のトリックであり衝撃だった。これで中堂さんも救われたんじゃないかな。

素晴らしいドラマをありがとう。UDIのメンバーに再会できる日を楽しみにしています♪
(タイトルは井浦さんが『平清盛』で演じた崇徳院にひっかけてみました)

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『どろろ』アニメ化決定

https://dororo-anime.com


百鬼丸が錨の模様の着物じゃない……。原作絵は重視されないのかなぁ。

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『アンナチュラル』が終わった……

はう~~.。o○

みんなよかったよぉ~~。みんなカッコよかったよぉ~~。クソはめっちゃクソだったよぉ~。
しかし、このドラマは神がかっていたネ。
いまこの時期に、鑑定書の改竄というテーマを盛り込むなんてね。
1話から最終話まで、テーマは全部タイムリーだった。
そして、1話から最終話までのどこかに出てきた伏線が綺麗に回収されたことに驚愕!
「アメリカはいいよね~、土葬だもん」がここで生きるとは!
すごい脚本だったよぉ~~。
この一週間というもの、ネットでは誰が真犯人かで盛り上がっていた。
木林説や、中には東海林説まであった(笑)。
しかしこのドラマの本質的テーマは「生きる」ことだった。
ピンクのカバはたとえ一匹になっても、生きていくんだ!
はう~~.。o○
終わっちゃったか……。いいドラマだったなぁ。
シーズン2を切望します!!!
ちょっとまだとりとめのないことしか言えないので、とりあえずここまで。

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