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2006年9月

(備忘録060930)

布団にもぐりこんで『脳のシワ(養老猛司著)』読書中。開けた窓から聞こえる虫の大合唱。

何の変哲もない一日のシアワセ。

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日本語で話してもらえませんか。

安倍新総理の所信表明演説を聞いたのだが、可もなく不可もなくという印象。何故なら、具体的な内容がないから。まぁ総理就任に当たっての所信表明なのだから、ひとつひとつの項目についての詳しい説明など最初から期待してはいないが、「小泉劇場」的なドラマもなく、淡々としていた。

特徴的だったのは、カタカナが多かったこと。そう思ったのは私だけではなかったようで、Yahoo! のニュースにも取り上げられていた。そもそも組閣のときにも思ったのだが「イノベーション担当相」て何だ? 「技術革新担当相」で何故いけない? 新聞での表記なども「イノベーション(技術革新)担当相」なんて具合になっている。字数のムダだ。だいたい日本語に訳せない言葉というわけでもないのに、日本の大臣の担当役職がカタカナっておかしくないか? 

次々出てくるカタカナ言葉。「アジア・ゲートウェイ構想」「人生のリスクに対するセーフティーネット」「新健康フロンティア戦略」……。「アジアの架け橋構想」「人生の危機に対する安全対策網」「新健康開拓戦略」と言って何故いけない? と、ここまで書いて理由が判った。日本語の漢字表記にするとあまりに仰々しいのだ。とても重大で大変な計画という印象がある。それを外来語カタカナにするだけで、日本人には判ったような判らないような曖昧模糊としたものに変容するのだ。それを狙ったのだとすれば、安倍新総理、なかなか卓越した言語感覚を持っている(笑)。

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書店に注文していた『手塚治虫 原画の秘密(手塚プロダクション編)』を買ってきた。原稿を描き上げるまでの悪戦苦闘の痕跡が示されている。また雑誌に掲載された後も、単行本収録時に手を加えたりと、最後の最後まで納得するまで描き直しが行われていることがわかる。プロだ。BJの目は最初はもっと大きかったことなどもわかっておもしろいし、14~15歳の頃に描いたという『昆虫標本画』だけでも一見の価値はある。

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県民性

『全国47都道府県超ランキングバトル』というのをテレビで観た。アンケート結果により県民性を炙り出そうという試みなのだが、昨今は「県民性」ブームなのか、そういう書籍もよく本屋で見かけるようになった。日本人ならどこかに必ず含まれるわけで、自分に該当する部分は思わず読んでしまう。そういう点では占いの本と同じ性格と言ってよい。で、正直なところ、興味はそれだけだ。きょうの番組も、「一番見栄っ張りな県は?」「一番夫婦仲の良い県は?」等いくつかのテーマに沿って構成されていたが、自分の県が出てくるかどうかしか興味はなかった。

結果として、本日のいくつかのテーマ毎の上位(下位)5位のどこにも入らなかった島根県民としては、なんだツマラン、ということになったのであった(笑)。まぁ実際そんなに特徴のある県民性でもないとは思うが。

番組の構成自体についても、ズラリと並んだ各ローカル放送局の女子アナは何のために出てきていたのかとか、たった数件のお宅を訪問しただけでそんな強引な結果を導き出してよいのかとか、なんだか偶然に見つけた事例を紹介しているだけという印象があったりとか、いろいろ文句を言いたいようなことが多々あって、所詮バラエティ番組なんてこんなものかと思う。もっとこう、綿密な調査と学術的な論考で視聴者をグウの音も出させず納得させるような番組はできないものかな。そんな内容だったら、たとえ自分の県が出てこなくても興味深く観られると思う。

番組中、唐突に「ジャンケンするとき何と言うか」が紹介されていたが、因みに松江では「やっきっき」と言う。「ジャンケンしよう」は出雲弁では「やっき さこい」。あいこが続くと「やっきっき、き、き、き、き…」となる。これも番組では取り上げられていなかった。ちゃんと調査したのか、こういうところでも不信感が……。

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黒木警視正の帽子

24日に亡くなった丹波哲郎さんの棺に、Gメンのときに被っていた帽子が納められることになったらしい。また葬儀にはGメンのオープニングテーマを流すことが検討中だとか。

私にとっての丹波哲郎はまさにGメンの黒木警視正だった(あとは『007』くらいしか知らない)。車で検問にひっかかったとき「Gメンだ」と言ったという逸話も聞いたことがある。長年放映していたから、御本人にとっても思い入れの強い役だったのだろう。

ご冥福を祈る。

060927_233601 大昔に買ったノベライズ本を探し出してきた。昭和53年3月の奥付がある。この黒い帽子のことだ。しかしこの頃は本当に大きな人だったという印象がある。

藤木悠さんもたしか昨年暮れに亡くなられたのだよなぁ……。

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死刑判決

『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(北尾トロ著)を読んでいる。読み終えたら感想を書くこともあるかもしれないが、半分ほど読んだところの感想としては、法廷は人間ドラマの場である、他人事ではない、反省とは無縁の人間がいる、等々である。

おりしも今日、奈良女児殺害事件の小林薫被告に死刑が求刑された。犠牲者が1人で、金品目的でなく、被告に殺人の前歴がないケースでの死刑選択は極めて異例とのこと。おそらくは、これが初犯ではなく、過去に強制わいせつ('89)、強制わいせつと殺人未遂('91)で服役経験もあるのに更生していないという点も考慮されたのではないかと思う。きょうの判決でも「投げやりで、真摯(しんし)に反省しているとはいえない」と指摘されている。

一般的に、飲酒運転と性犯罪は再犯率が高いと聞いた。そういう人たちは酩酊や快楽を求める気持ちが強いということになるのだろうか。自分のものすごく原始的な欲求を抑えることができないという点では弱い人間なのだと思う。

しかし、事後に一応正常に戻った時点で、「反省していない」というのはいったいどういうことなのだろう? 池田小学校事件の宅間死刑囚もそうだった。とうとう一言の謝罪の言葉もないうちに彼は死刑に処された。遺族の思いはどうだったのだろう。犯人が死刑にされたことで、いくらかでも気持ちは楽になったのだろうか。私なら、せめて一片の心からの謝罪の言葉が欲しいと思う。死刑にされてしまえば、そのチャンスは永遠になくなる。憎しみも永遠に消えない。

殺人事件の量刑は、被告の罪の重さを考えるだけではなく、事件後も生きていかなくてはならない遺族の気持ちにも配慮したものでないといけないと感じるのだ。死刑判決を屁とも思わず、反省しない人間に、罪の重さを自覚させる方法はないものだろうか?

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BJの弱点

月曜日は『BJ』語り。きょうは「BJの弱点」について。どんなときでも自信満々マイペースで生きているようにみえるBJが「どんな場合に他人の言うことをきくのか」、あるいは、「どんな場合にほとんど報酬の無い手術をするのか」を見ていくと、BJの弱点がわかるような気がする。

1.ピノコ
 BJの最大の弱点は何と言ってもピノコだろう。悪漢からどんな凄絶な拷問を受けても喋らなかったくせに、ピノコに危害が及ぶと知った途端に口を割った「宝島」とか、ピノコを人質に取られて手術の中止を迫られる「誘拐」とか、行方不明になったピノコを探して医師免許取得のチャンスを棒に振る「ピノコ還る!」などの作品からそれが窺える。普段は素っ気ないが、ピノコのことは自分より大切に思っているのである。

2.キリコ
 その姿を見かけただけでBJがテンパってしまう存在は、キリコをおいて他にはない。弱点というよりは「天敵」か。一旦は断った手術でも、キリコが絡んでいると知れば報酬の多寡など関係なく引き受ける(「浦島太郎」)。だから、巷間よく言われるように、安い手術代でBJに手術してもらおうと思ったらまずはキリコに安楽死を依頼する、という方法は有効だ(キリコの安楽死代はBJの手術代よりかなり安いようだ)。BJが知るところとなれば、すっ飛んできて手術してくれる。ただしBJの耳に入らなかったら確実にオダブツだ。

3.友引警部
 無免許医療行為を見逃す代わりにBJにタダ働きをさせる男(「山手線の哲」「獅子面病」)。本当ならそんな裏取引がバレれば警部だってただでは済まないはずだが、それを判っていて唯々諾々と言うことをきくBJは、内心かなり警部のことを気に入っているのだと思う。←そう思いたい友引ファン。

4.本間先生への恩義
 自分に対する罵詈雑言なら柳に風と受け流すBJが、恩師本間丈太郎を悪く言われたときだけは黙っていない。憤りのあまりなのか敵討ちのつもりなのか、本間先生の愛弟子として奇跡のメスを振るう(「ホスピタル」)。また本間先生への思慕の情はその家族にまで及び、娘のクミをそっと陰から見守り助けてやったりしている(「満月病」)。

5.義理と人情、報恩、心意気
 患者が裕福であろうがなかろうが高額な報酬を要求するBJだが、彼が心を打たれるようなドラマがそこにあった場合にはその限りではない。大会社の社長と建築作業員の間に芽生えた友情にほのぼのした気分になったのか、受け取った手術代のほぼ全額を返還した「上と下」とか、異国の地で救われた恩に報いようと病院を丸ごと買い取ってしまった「助けあい」とか、このカテゴリに入るエピソードは結構多い。
 BJという男、共感を覚えた人間に対してはとことん義理堅くて優しいが、基本的には理より情の人間だと思う。如月先生を巡る恋敵の少年との約束を守る「海は恋のかおり」とか、長年僻地で医療に携わり地元民から慕われている無免許医を助ける「古和医院」とか、国王である地位を隠してわざわざやってきたブリリアント三世の意気に感じた「肩書き」とか、ケヤキを慈しんだ老人を救う「老人と木」とか。また、自分を救ってくれたクマを助けようとする「一ぴきだけの丘」のように、その相手は人間だけに止まらない。佳いお話がいっぱいだ……けど、これは「弱点」と言っていいのだろうかという気もしてきたナ。

6.美人
 これは間違いなくBJの弱点だ。「ある女の場合」で要求した報酬がラーメン1杯とは何事だ。患者が無一文であることは手術する前から察しがついていたらしいが、それでも「元気になったらローンで払ってもらう」と1千万円くらいふっかけなくちゃおかしい。いや、そういう読み方をしてはいけない作品だとはわかっているのだが…。では「ブラック・クイーン」はどうだ? 酒場で酔って絡んできたのが自分と同じ外科医だと知って、シンパシーを感じただけでBJがあそこまで尽くすかどうか。おまけに手紙とプレゼントまで用意しているし、これはもう絶対一目惚れしたとしか思えない。「顔や見かけは関係ない」なんてどこかで偉そうに言っていたが、本人は立派な面食いである。

7.「妻」という言葉
 独身のくせに、いや独身だからこそ夢見がちなのか、「妻=奥たん=ピノコ」という図式が刷り込まれているのか、BJは「妻」という言葉に弱い。「未知への挑戦」ではイウレガ星人から手術を依頼され、最初は断ったくせに「あれ(患者)は私の妻なのだ!」と言われて気が変わる。「ブラック・ジャック病」でも「わたしァ関係ないよ」と立ち去ろうとした瞬間、「この患者はじつは私の妻なのです」というクーマ医師のメッセージを聞き、既に死亡していたクーマ夫人を何とも言えない顔をしてまじまじと見てから、ブラック・ジャック病に挑む決意を固めるのだ。どういう心理状態なのか、これは男性にしかわからないのかもしれないのだが、女性の目から見ると非常にロマンティストである印象を受ける。

8.気の毒な境遇の患者
 どこに分類してよいのかわからない例が「しずむ女」である。BJが自分から積極的に関わって損得抜きに人助けをしている。公害病で下半身不随となったヨーコは、身寄りもなく、町の人から腐ったパンを恵んでもらわなくてはならないほど困窮した生活をしている。しかも脳障害もあるから、役人達にうまく騙されて補償金も手に入らない。そんなヨーコをたまたま町で見かけたBJは、必死に彼女を治そうとする。報酬を得られるかどうかわからない段階から、親身になって世話を焼いている。「オニイチャーン」と慕われて嬉しそうな顔をしている。最後は悲しい結末になってしまうのだが、ヨーコに手を差し伸べずにはいられなかったBJの優しい心根が胸を打つ作品。OVA版でも佳い出来に仕上がっていて、どうしてこれが文庫版未収録作品なのか不思議に思う。

あー、なんかうまくまとまらない。あんなのもあったこんなのもあったはずだと原作を確認していると、ついつい本来の目的を忘れて読みふけってしまい、時間ばかりが過ぎていく。不完全に列挙しただけになってしまったが、きょうはここまで。

(追記)要するに、無垢なものとか無償の行為とかに弱いのだということが書きたかったはずなのだが、全然書けていない不思議。笑

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なァなァ

夫の会社で、また一人営業の若い男性が辞めることになった。20代半ばで、それまで営業の経験もなかったから、夫が何かと面倒を見ていたようだった。人懐こくて素直だったので誰からも可愛がられていたらしいが、反面、押しが弱いところがあって営業成績が伸びなかった。その点を上役達からも責められていたらしかったのだが。このところどうもやる気が見えないようだが、と夫が尋ねたら、実は辞めようと思っています、と。

よくよく訊くと、付き合っている年上の彼女が妊娠したらしい。結婚しなくてはならなくなったのだが、今の会社ではやっていかれる自信がない、自分には向いていないことが判ったので新しい職を探したいとのこと。可愛がっていた後輩だから辞めるのは残念だが、本人が営業向きでないと判断して別の職を探そうと思っているのなら仕方がない。若いほうが転職に有利であることは間違いないし…と、夫は思ったらしい。ところが、次の言葉を聞いて、何とも言えぬ気持ちになったと言う。

「ここの会社って、なァなァで仕事できないじゃないですか」

どう思うかと私に訊くので、私ならその場で蹴りの一発や二発は食らわしてやると答えた。年齢の割りに子どもっぽい奴だとは思っていたが……と夫はショックを受けていた。

「若者の気概」なんてのは、もう死語なのだろうか。いやそれよりも、今の世の中「なァなァ」でやっていかれる会社がどこかにあるなら教えてほしい。彼より先にまず私が履歴書を持って行きたい。はァはァ。(落ち着けわかばちゃん。)

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(備忘録060923)

『100人の偉人』でつるさんを拝見したら、安心したのかうたた寝をしてしまった。
今夜はもう寝ます。おやすみなさい。

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暑さ寒さも彼岸まで

ここんとこ数日、秋晴れの気持ちの良い気候が続く。墓参りに行ったら大黒さん(住職の奥さんのことですね)に捕まり延々と立ち話。この大黒さん、私の母と同い年の80歳と聞いて驚いた。住職さんは88歳。お二人ともとても元気で仲が良くて、最後は必ずノロケ話になる。や、どうもご馳走様です。

本日のお買い物。『脳のシワ(養老猛司著)』『酔生夢死か、起死回生か。(阿川弘之、北杜夫共著)』『裁判長!ここは懲役4年でどうすか(北尾トロ著)』、パズル本少々。

『踊る!親分探偵』で、つるさんのレポーター役しっかり鑑賞(+録画)! セリフが変更になって苦労したと伺っていたので、なんか冷や冷やしながら観てしまった(笑)。明日も『100人の偉人 田中絹代編』でつるさんに会える予定♪♪♪

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これ、何て呼ぶ?

こんな記事を読んだ。私は島根県民であるが、この図が示すとおり「カットバン」と呼ぶ。こんなものにも方言があるのかと可笑しかった。記事中に出てくる『試験に出る英単語』、これも指摘のとおり「しけ単」と略していた。でも「マクド」とは言わないなぁ、「マック」だ。

以前にも触れたことがあったかもしれないが、『全国アホ・バカ分布考』という本がある。平成3年に放送されたテレビの『探偵!ナイトスクープ』の企画から生まれた本で、「愚か者」という概念を表す言葉が日本全国にどのように分布しているかを調べたものである。発端は、「東日本では「バカ」と言い西日本では「アホ」と言うが、その境界線はどこか?」というものだった。それが調べていくうちに単純に二極分化できるものではなく、このほかにも様々な言い方が存在することがわかり、全国的な調査に広がっていったというプロセスがある。

結果的には、同じ言い方は京都を中心とした同心円上に存在するという、柳田國男の『蝸牛考』を裏付ける結果になった。つまり、新しい言葉は当時の文化の中心地であった京都で生まれ、それが周辺地域に伝わり更に遠方にまで伝わっていく。そのうちにまた京都では新しい言い方が生まれ、前の言葉を上書き修正しながら周りに伝播していく。だから、水面に石を投げ込んだときにできる丸い波紋のように、幾重にも同心円を描いて同じ言葉が存在するのである。そこから考えると、関東まで伝わった「バカ」はかなり古い言葉であり、関西で言われる「アホ」は一番新しい言葉であるということがわかる。

ちなみに、私が住む島根県出雲地方では「ダラズ」「ダーズ」「ダラ」「ダー(ーにアクセントがある)」と表現するが、同じ表現は北陸地方に残っている。同じような時代に京都からの情報が伝わったということになるのだろう。

最初に紹介した絆創膏の記事であるが、この例にはもはや『蝸牛考』は適用できないだろう。地域的なまとまりは見られるものの、どこかを中心とした同心円上には分布していない。その地方で流されるテレビラジオのCMとか、普段の会話に出てきた言い方をそのまま真似して使っているのかもしれず、いろいろな要素が絡み合って定着しているように思える。

何十年何百年という単位でゆっくり言葉が変化し定着していた昔と違い、情報の伝達が速いぶん、現代の言葉の変化は局所的で刹那的で爆発的な印象がある。だから、おおもとの日本語自体が変わることはおそらく無いと思うが、古くからの方言(語彙やアクセント)は駆逐されてしまう可能性があるのではないかと、それを憂う。

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安倍新総裁誕生

私を含め大多数の国民が何もしないうちに、安倍晋三自民党新総裁が選出された。51歳、戦後生まれの若い総理総裁である。Yahoo! では「安倍氏にもっとも力を入れて取り組んでほしい課題は何ですか?」という投票が行われていて、以下のような途中経過になっていた。

憲法改正     9%  1691 票 
財政再建     10%  1995 票 
アジア外交     8%  1577 票 
拉致問題     8%  1436 票 
年金制度     20%  4004 票 
教育     7%  1222 票 
少子化対策     8%  1495 票 
医療・福祉制度     8%  1529 票 
景気対策     10%  1867 票 
格差の是正     12%  2293 票 
地方の活性化     5%  866 票 
その他     2%  335 票 

一番多いのが「年金問題」。はい、私も非常に不安です。その次が「格差の是正」。真面目に一生懸命働いてもその日暮らしが精一杯の庶民には、ジッと手を見ることしかできませぬ。「財政再建」にしても「景気対策」にしても、生活すること自体への不安が渦巻いていることが判る。そんな世情のときには「憲法改正」なんて後回しでよい。弱者を救うのが国家の仕事だ。

また、小泉政権で破綻した中韓との関係改善や「拉致問題」解決には、積極的に取り組んでほしいと思う。武力が無いのが建前の日本ならではの全方位に向けた外交を期待したい。「美しい国にするのだ」と連呼していた安倍さん。中国語では「美國=アメリカ」という意味なのが、ちと気になります(冷笑)。

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107代目バトン

トーレスさんから「○○代目バトン」を頂戴いたしました。いつもありがとうございます~♪ 
3桁の歴史を誇るこのバトン、万一落としたりしてはお歴々のお顔汚し。ご指名いただきましたからには、不肖わかば、及ばずながら跡目相続させていただきやす!

■ルール■
・この中の質問を2つだけ削除する。
・新しい質問を2つ考えて付け加える。
・○○代目のところのカウントをアップする。
・5人の人にまわす。

うわ、難しいですな。自分で質問を考えるですか? では僭越ながら、まず以下の2問を削らせていただきます。
・「カラオケでよく歌う曲は?」(…ここ何年とカラオケ行ってませんので。)
・「創作時に欠かせないものは?(例:コーヒー、音楽、酒、タバコ、原作、萌えな同人誌、必要機材などなど)」(…創作なんてとてもできませんので。)

んで、付け加えるのは以下の2問とさせていただきます。
・「行ってみたい場所は?」
・「生まれ変われるなら、男と女、どっち?」

では早速。

Q1 最近気になったニュースは?
   やっぱり、後を絶たない「飲酒運転による事故」でしょうか。もう言うべき言葉も見つかりません。

Q2 好きな動物は?
   猫とか、猫とか、猫です。道ばたで見かけるあらゆる猫に挨拶をしなければ気がすまないくらい、好きです。見ているだけで幸せになれます。あと、クラゲとかコウモリとかヤモリとかも好きです。アリの行列をジーーーッと見ているのも好きです。動物全般たいていのものは好きですが、ヘビとクモだけは生理的にちょっと苦手です。

Q3 好きな季節は?
   暑いのが苦手なので、寒い季節がいいですね。頭もハッキリする気がします(気がするだけです)。猛吹雪の中を歩いてみたり、海も空も一面鈍色の世界で白い波頭が岩に砕け散っている日本海を見たりするのも好きです。炬燵で蜜柑な世界もまたよしです。

Q4 初めてハマった漫画は?
   自信を持ってお答えしましょう!『ブラック・ジャック』です。初めて読んだのは中学2年の秋だったと思います。衝撃的でした。以来リアルタイムでずっと。それまでは『りぼん』に連載されているマンガを読んでいましたが、ハマるまでには至りませんでした。

Q5 最近よく聴く音楽は?
   先日買った『BLACK JACK Best Album』です。でも普段は、サラ・ボーンとかアレサ・フランクリンとかエラ・フィッツジェラルドとかの女性ジャズボーカルを流しています。

Q6 好きな家事は?
   敢えて言えば「料理」ですかね。ものを作り出している、という感覚がよいのかもしれません。

Q7 最近最も萌えた本(マンガ含む)あるいはドラマ、映画、TV番組は?
   『ブラック・ジャック21』です。終わってしまって寂しいです。本では『死者の書(折口信夫著)』。美しい日本語の響きにうっとり酔いしれました。

Q8 行ってみたい場所は?
   インド。ブッダの足跡を訪ねて、何ヶ月か放浪してみたいです。たぶん世界観が変わるんじゃないかと思うので。国内では、京都太秦映画村です!

Q9 生まれ変われるなら、男と女、どっち?
   女はとりあえずもうやったので、今度は男になってみたいです。男っていったい何を考えているのかというのを実体験したい。立ちシ○ンというのもやってみたいし、殴り合いの喧嘩なんてのもやってみたい。あと、可愛くてきちんと家事ができて頭が良くて気立てのよい女性と結婚してみたいものです。

さて、108代目を指名しなくてはなりません。108…『水滸伝』の英雄の人数ですな。
koshiさん
奥州亭三景さん
つるさん
受け取っていただけますでしょうか?

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神か悪魔か? 若き無免許天才外科医ができるまで

月曜日はやっぱり『BJ』…のことが書きたい(笑)! アニメが終わったショックですっかり忘れていたDVD Vol.14と「月光花」のCDを買ってきた。DVDは「未知なる者への挑戦」「戦争はなおも続く」「人形と警官」の3本。「戦争…」については何度か触れてきたが、う~ん、やっぱりルナンの死は描いてほしかった。「月光花」は初めてフルバージョンを聴いた。「血を吐くような…」と評している方もあるが、確かにハードだ。もしこれをカラオケで歌ったりしたら血管がちぎれてぶっ倒れそうな気がする(笑)。この曲、タイトルにも歌詞にも一切横文字が使われていない。いまどきアッパレな歌だ。

さて、BJ語りを……。 

神か悪魔か? 若き無免許天才外科医ができるまで

いったいBJは何歳くらいなのか? 個人的には30代半ばくらいだとよいナと思っているが、アニメでは29歳(8歳で不発弾爆発事故にまきこまれたのが21年前)設定になっていた。しかし、20代で世界的に知られる天才外科医になれるか、という疑問が残る。

ストレートに医学部に入学したとして、卒業するのは24歳。普通はこの時点で医師国家試験に受かって、卒業と同時に大学の医局に入って医局員となる。逆に言えば、医師免許を持たない者は医局に入れず医療行為を行うことができない。そして医局員時代は大学病院で患者を診ながら(臨床研修)、いろいろな病院に派遣されたりする。

BJは地方の大学の医局に入っているから、当然このときは医師免許を持っていたはず。「医局の天才」と呼ばれ(「笑い上戸」)、後輩の如月めぐみと恋に落ちる(「めぐり会い」)。その後、東京の△△大学附属病院でインターンを勤めたり(「未来への贈りもの」)、某救急病院に勤めたり(「再会」)している。アニメでは真中病院にも派遣されたと語っていた(「六等星の男」)。

一方「20年目の暗示」(BJ28歳)のときには、既に岬の診療所で開業しておりピノコもいる。ここで登場する精神科の浅草先生は、BJに対して「きみの悪名は精神科でもなりひびいとるよ」と発言している。28歳のときには既に高い報酬をふっかけるモグリ医者だったことがわかる。

さてそのピノコは「畸形嚢腫」で初めて登場するのであるが、ピノコの姉をBJの診療所に運んできた横倍病院の可仁博士はBJに対して「先生を見こんで…」「このオペは(中略)先生でなければできません」などと発言している。この発言は二通りに解釈できる。BJの外科医としての腕を高く評価しているか、あるいはモグリであるが故に秘密が漏洩する危険がないと考えているか。そしておそらくはその両方だろう。後に明かされるが、ピノコの姉(ということはピノコも)はかなり上流階級の家柄である。その主治医である可仁博士が、患者をとんでもない藪医者のところへ連れていくはずはない。よって、この時点で既にBJの手腕は有名だったと思われる。

つまりこういうことになる。
24歳……医大を卒業。医師国家試験にも受かって医局に入る。
~26歳……”医局の後輩”である如月めぐみと知り合っているのだから、少なくとも1年以上は医局にいたことになる。いろいろな病院に派遣されながら修士課程を終えるまでの2年くらいは正規の医者への道を歩んでいたと思われる。
26歳~……さてここからが忙しい。岬に診療所を建て(「やり残しの家」に「学校を出てすぐ」と書かれている)、暇でしょうがなくてシャチと遊んだりしながら、医師免許を剥奪されるようなことをしでかし(おそらくそれは決して手術の失敗などではなく、法律上の問題、おそらく報酬面であったろう)、「ブラックジャック」の通り名でモグリ開業をしながらピノコを創り、28歳までには他の診療科にまで鳴り響く悪名を轟かせなくてはならない。

……無理だって! この24歳で医大を卒業する最速コースでも無理だと思うが、BJは事故の後1年くらいは小学校を休学していると思うので(だってあの重傷の身で学校になんか通えるわけがない)、更に不可能に近くなる。はっきりBJの年齢が28歳と判る「20年目の暗示」にピノコが出てくるのがネックなのだ。せめて「25年目の暗示」だったらなんとか納得できないこともないのだが。天国の手塚先生、なんとかしてください!

閑話休題。

ところで、BJが「天才」の名をほしいままにするのは、他のどんな医師にもできない手術をし、かつそれに成功するからである。誰にでもできる手術を、わざわざ患者が高い報酬を支払ってまでBJに頼むはずがない。患者は人づてにBJの噂を聞き、藁にも縋る思いでBJに電話をかけるのだろう(この場合、なにしろモグリだから職業別電話帳には載っていないはず。個人別電話帳には「間黒男」の名で載っているかも)。だから、BJの手がける手術というのは例外なく難手術ばかりである。しかもそれを成功させなくては評判倒れになるわけだから、BJが超えなくてはならないハードルは非常に高い。

シリーズ中、BJが関わって患者が死亡するかまたは治せなかったのは次の13例。しかしこのうち厳密な意味でBJの手技が及ばなかったのは「ブラック・ジャック病」だけではないかと思う。

「ときには真珠のように」…患者は本間先生。脳軟化、脳出血。手遅れ。
「針」…針が折れて血管内を移動する。針が行方不明になり手術続行不能。
「ストラディバリウス」…手術器具がなく手術不能。患者は凍傷で手の指を失う。
「ちぢむ!!」…原因不明の体が縮む奇病。血清を作るも手遅れ。
「ピノコ愛してる」…内臓破裂。移植する腎臓がなく死亡。
「弁があった!」…手術自体は成功。ドクター・キリコが毒を注射。
「土砂降り」…内臓破裂。患者が手術に耐えられる身体ではなく死亡。
「三度目の正直」…単心房症。手術中に心ブロックが起こり、二度手術を中止。
「やり残しの家」…白血病。手術はしていない。
「笑い上戸」…習慣性縦隔気胸。手術後、二次感染で死亡。
「本間血腫」…本間血腫。人工心臓に取り替える手術を中止。
「ブラック・ジャック病」…ブラック・ジャック病。どんなに細い血管にでも粘液が流れ込んだらお終いという困難な胃切除術に挑むも失敗。続編「落下物」でも18人を死なせてしまう。以後、病気の原因究明に着手し、判明。
「霧」…脳血腫。霧で下山できず手遅れ。

シリーズ中これだけしか失敗例のない、素晴らしい技術を誇る名医なのである。日本医師会からは蛇蝎の如くに嫌われているが、国内外を問わず、依頼が引きも切らない状態のようだ。しかし、それだけの手腕だからこそ、というべきか、移植手術に関してはかなり無茶苦茶なこともしている。シリーズ初期の作品に多いのだが、人を鳥にしたり、鹿の脳を肥大化させたり、馬の脳を人間に移植したり…。そもそもピノコを創ったこともかなりアレだし「最後に残る者」も相当ナンである(もう表現のしようがない)。

何よりも「生かすこと」を最優先するBJからは、確かにまだ青いという印象を受けることも多い。彼に比べるとキリコは大人であるように見える。しかし、命は失われたらそれでお終いなのだ。取り返しがつかない。誰にも再び同じものを作り出すことなどできはしない。人間だろうが他の動物だろうが命に変わりはない。見た目だって関係ない。生きてさえいればなんとかなる。そして自分になら生かすことができるかも…という信念と自負でBJは行動しているように思える。長い生命の連鎖の果てに現れた たったひとつのかけがえのない命を惜しむ心が、その根底にはある。

ふっかける報酬の高さは、患者の「生きたい」と願う気持ちの大きさを測るものだ。と同時に、失敗を許されない自分の無免許医としてのスタンスの代価でもある。彼にとって、手術の成否は医師としての死活問題なのだから。時には「賭けだ」と言い放って手術に臨む。彼はこの賭けに絶対に勝たねばならない。そして彼の相手とは、日本医師会でも世間の白い目でも倫理観でもなく、ただ目の前で今にも消えようとしている命の炎だけなのである。

かくして、日本医師会に睨まれようとも 何度警察に引っ張られようとも、頑なに無免許医療行為を続ける天才外科医ができあがるのである。

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(備忘録060917)

台風13号が接近中で風強し。海上の波の高さが10メートルとか言っていたが、どうやって計測しているのかな? 
頭痛が酷い。低気圧だとそうなるのだが、大きな台風だと耳鳴りまでする。参った……。

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あれこれ

ローマ法王ベネディクト16世の発言がイスラム教徒の間に物議を醸したそうだが、私にはそもそもイスラム教とキリスト教の根本的な違いがよくわからない(汗)。同じユダヤ教から出た兄弟のような宗教で、イエス・キリストを預言者と見るか救世主と見るかの違いがあるということくらいしか判らない。(ちなみにイエス自身は最後までユダヤ教徒であった。)どうしてそんなにいがみ合うのか、そのあたりの歴史的事情もよくわからない。しかし、それぞれの敬虔な信者であればあるほど、自分の信ずるものを絶対だと思い、他人が他のものを信ずることを認められない許せないというのなら、それは悲しいことだと思う。

ひるがえって、テロを考えてみる。彼らにはその世界しかない。それ以外の平和な世界があることを知らないかもしれない。幼いときから学校にも通えず、武器を持って「聖戦」の名の下に戦うことしか教えられていないのかもしれない。その「聖戦」が純粋な信仰心ではなく、今や政治的なイデオロギーに変換されていることにも気付く余地がないのかもしれない。そして、そのテロを許さないために「正義の戦い」と称して戦争を起こすこともまた、テロと同じく余裕がない。一方的な見方しかできない者同士がいくら争っても、それは延々と続くだけで何も解決などできない。

教育は大事だ。子供達に、広い見地に立って多方面から物事を見ることを教えることは大切なことだと思う。その上で、お互いの異なる主義や信念を尊重できるようになればよいと願う。宗教とは平和をもたらすもので、決して戦いを生むのが目的のものではないと信じるから。

昨日、元オウム真理教の教祖の死刑が確定したが、今現在も信者でいる多くの人々ももっと広い目で他の宗教思想にも触れてみてほしいと思う。

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美しい日本語

折口信夫の『死者の書』を、ゆっくりゆっくり読んでいる。解説の川村二郎はこの作品を「明治以降の日本近代小説の、最高の成果である」と評している。まだ全部読んでいないので、私が同じような感想を持つかどうかは未だ判らない。しかし、その文章の美しさは比類が無いと感じる。だから読むのに時間がかかる。いや、むしろ時間をかけて読みたいと思う。

折口信夫といえば、釈迢空の名で歌人としても名高い。だからこそ、流れるような文体と叙情的な描写には、研ぎ澄まされた言語感覚が発揮されている。一字一句ゆるがせにしない、もうここにはその言葉以外持って来ようがないと思われる、完璧な文章が綴られる。

帷帳(トバリ)がふはと、風を含んだ様に皺だむ。
ついと、凍る様な冷気━━。
郎女は目を瞑った。だが━━瞬間睫の間から映った細い白い指、まるで骨のやうな━━帷帳(トバリ)を掴んだ片手の白く光る指。

藤原南家の郎女を、古墳の闇から復活した大津皇子が訪う場面である。もう、ゾクゾクするしかない。同性愛者で女性嫌いの折口信夫が描く郎女が、気高く美しく完璧な女性であるのが不思議。

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飲酒運転

今まで新聞沙汰にならなかっただけなのだろうか。先月25日に福岡市職員が起こした幼い子ども3人が死亡した事故を皮切りに、飲酒運転による事故が多発している印象を受ける。

この事件の加害者には、業務上過失致死傷罪ではなく、最高刑を懲役15年とする危険運転致死傷罪が問われることになった、とニュースが報じていた。これまでにも常習的に飲酒運転を繰り返しており、あまつさえ事故後には自分の飲酒運転を隠蔽しようと卑劣な工作さえしていたらしいから、この判断は正しいと思う。未来ある3つの命が瞬時に絶たれて二度と再び帰らぬことを思うと、私は15年でも少ないくらいに思う。

(ちと多忙なのと頭痛につき、本日はこれまで。頂いたコメントへの返事も明日させていただきます。すみません。)

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校正

もう1年ほどにもなるだろうか。頼まれて、週に一度あるメルマガの記事の校正をやっている。きょうも先程までそれをやっていた。編集長もライターもネットで以前から知っている気の置けない仲なので、遠慮なくバシバシ赤ペンを入れているのだが、内心は「私がこんなことやっていいんだろうか」とチキン全開である。「テニヲハを直すだけでいいから」と言われて軽い気持ちでやり始めたものの、いざやってみると校正というのはことのほか難しいものだった。

元の文章は他人様のものなのに、直しているうちに自分の文章になってしまうのが、まず困る。自分の文章のクセがわかったのは収穫だったが、それを極力出さずにライター独自の言い回しを損ねないようにするのは結構難しい。単語ひとつひとつにも、動詞の活用にも、同音異義語にも気を遣う。「変わる・代わる・替わる・換わる」とか「指す・刺す・挿す・点す・射す」とかは、漢字変換ミスも考えられるし、どういう意味なのかを考えなくては選べない。ひらがなと漢字の割合も気になるし、句読点の位置にも迷う。辞書と首っ引きで「さ行変格活用他動詞……」なんてブツブツ言いながら校正しても、いざアップされたものを読んで「しまった!」と思うことも度々である。ライターさん、ごめんなさい。いい勉強させていただいてます。でもそれで自分の文章力がアップしたかというと……(泣)。

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ブラウジングの楽しみ

図書館には「ブラウジングルーム」とか「ブラウジングコーナー」と呼ばれる一角が設けてあって、簡便な雑誌とか読み物が置いてあることがある。[browse]とは「拾い読みする」というような意味。調べ物の息抜きなどに、そこへ行ってパラパラとページをめくるのもまた楽しいもので、時には思わぬ拾い物の情報を得ることもある。

昨日のニュースで見たのだが、三省堂の「大辞林」が紙媒体・Web媒体で同時出版されるらしい。書籍を購入すればアカウントが発行されてWeb上でも読むことができるということだ。画面上で見る限りでは、類語や同義語などもリンクされていたし、後方一致検索ができるというのは確かに便利なことだろうと思った。

最近は私もネット上で辞書や「Wikipedia」等の辞典をひくことが多い。また、咄嗟に漢字が出てこないときなど、携帯電話で変換して調べることもある。その手軽さは非常に重宝だ。

でも、味気ないことも味気ない。辞書を引っ張り出して「あかさたな…」と言いながら目的のページに辿り着き、見出し語を追って、最終的に目的の言葉の意味を知る、という過程が楽しいのだ。それに、そうして調べた言葉は案外ずっと頭に残る。目は左右の行もいっぺんに見ているから、時には隣近所に思わぬ発見をすることもある。興味がさらに広がることもある。ブラウジングの楽しみである。この楽しみが捨てられないから、私のパソコンの横には常に数冊の辞書が並んでいる。

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『BJ』アニメシリーズに思う「どうでもいい命などありはしない」

月曜日は『BJ』……がないとやっぱり寂しい(涙)。夜の7時には「ああ、今までならこの時間には…」と思ってしまった。寂しさを紛らすために、きょうはちょっと今回のアニメシリーズ全体について思い出してみようと思う。もしかすると、とんでもなく長くなるかもしれないが…。

『BJ』アニメシリーズに思う「どうでもいい命などありはしない」

・毎週会えることが嬉しかった
 2年にわたって放映されたアニメシリーズ『ブラック・ジャック』(1年半)『ブラック・ジャック21』(半年)が終わった。私が2年間1回も欠かさずに観たアニメなど他にはない。これはひとえに手塚治虫の原作が大好きだったからだ。BJというキャラクターが好きだったからだ。紙面から飛び出して、動いて喋って色がついているのを観られるだけで至福だった。原作の持つハードでダークな雰囲気が薄められ、BJが万能のカッコいいヒーローとして描かれることに違和感を覚えないではなかったが、それでもよかった。30年前、毎週毎週『BJ』の新しいお話を読めることにワクワクして「少年チャンピオン」の発売を待ったのと同じ気持ちで、毎週月曜7時を待った。思えば、アニメシリーズを観ている2年の間にも更に2つ歳を加えてしまったわけだが、いくつになってもその弾むような気持ちはあの頃とちっとも変わらなかった。そのことが、ただただ嬉しい。

・アニメと原作は別物
 こんな私だから、アニメシリーズの意味や完成度をあれこれ言うような資格は、ない。しかし『BJ』の原作をすべて読み、アニメシリーズをすべて観た立場からただひとつだけ確信を持って言えることは、アニメシリーズは原作とはまったく別物であるということだ。これについては、至極当然だと私などは思うのだが、熱烈な原作ファンの目には許し難い改変と映り、途中で観るのをやめてしまった人たちも多いことと思う。
 (注:漫画のアニメ化、リメイク、二次創作等について、私はあまりウルサイ意見を持っていない。何がなんでも原作通りでなくては認めないというファンではない。創造する力を持った人は原作のキャラクターを借りて更に自分なりに何かを表現したいと思うからこそそれらの作品を作るわけで、原作をコピーして声のない紙芝居を作る場合以外は、大なり小なり別物になるのは当たり前だと思っている。ただその場合でも、少なくとも原作に対する愛情と尊敬は必要不可欠と思うので、観たときにそれさえ感じられないような作品を認めることはできない。手塚眞監督によるこのアニメシリーズと映画『ブラック・ジャック ふたりの黒い医者』は、そういう意味で私にとっては充分及第点だった。)
 大きな改変と思われる事項を挙げてみると次のようになる。

・・死なせない
 その最も顕著な傾向が「死なせない」方針だった(注:後半1年、特に『BJ21』になってからはそうでもない)。原作では死んでしまう登場人物がアニメではBJによって命を助けられるという例がいくつかあった(「シャチの贈りもの(原題:シャチの詩)」「土砂降りのち恋(原題:メス、土砂降り)」「戦争はなおも続く(原題同じ)」等)。これらの作品で死を描かなかったことで、死以外にも描けなかった「何か」があったことは確かだと思う。ハッピーエンドは口当たりが良すぎて印象に残らず衝撃や感動も少ない。だから観た者に問題意識も生まれにくい。若年齢層の視聴者を慮っての方針だったのかもしれないが、彼らから「死」を遠ざけることが果たして良いことなのかどうかは、意見の分かれるところだと思う。同じテレビ局制作でも、一方では毎週毎週誰かが殺されるアニメが放映されていたりするのだ。それらのアニメでの、なんと命の扱いの軽いことか。長い目で見た場合、観ている子ども達にどちらがどのような影響を与えるか、教育的配慮と言うならばそれをこそ考えるべきではなかったかと思う。そして、生命の尊厳を描くことを第一とする『BJ』において、死を描けないことは、最初から手枷足枷をはめられたようなものだったのである。しかしながら、悪評フンプンたる「シャチの贈りもの」など、命が助かってさえもなお私は号泣しながら観たクチなので、原作の目指したものとは違うところでそれなりに感動できる水準にまでは描けていたとは思う。これについては後で触れる。

・・ピノコ
 その次に大きいのが、ピノコの多用であろう。最初から最後まで出ずっぱりだった。原作では(数えていないが)半分の作品にも出ていないのではないだろうか。アニメではあまりにもでしゃばりすぎていて少々鬱陶しかったのだが、やはり低年齢層を意識して、感情移入しやすい子どもキャラを出したかったのだろうと思う。加えて、基本的に寡黙なBJにベラベラ喋らせる代わりにピノコに代弁させたり、毎回30分の尺合わせをしたりする意味もあったのではないかと想像している。
 しかし、ピノコというキャラは難しいのである。OVA版では完全に失敗している(と私は思っている)。可愛くて小憎らしくて、純粋で抜け目がなくて、従順で駄々っ子で、天使で悪魔で、大人で子どもなのである。一言で言えば「女」そのものだ。BJの傍らにいることを許されたたった一人の女性なのだが、それが幼女の姿をしているものだから、原作のピノコには明るく健気だというだけではない、倒錯的というか、悲劇的というか、重いというか、何ともいえずドキドキするような不思議で神秘的な雰囲気がまとわりついていたのだ。彼女の出生の秘密をBJがそうそう誰にでも喋るとも思えず、BJとピノコは二人だけの隔絶された世界を持っていた(アニメの「TOM」の仲間のような存在は、原作には居ない)。絶対に離れられない強固な絆があった。しかしアニメでは「ピノコ誕生(原題:畸形嚢腫)」からしてBJの懊悩が捨象されてピノコの健気さに焦点が当てられて、ピノコはあくまでも明るい「子ども」キャラとして設定された。個人的には、このいかにも子ども子どもしたピノコの設定に最後まで慣れることができなかったのである。原作の二人はあんなにベタベタしておらず、絶妙な距離を置いている。この距離があるからこそ、逆にお互いの絶対の信頼感や情愛がより鮮明に読者に伝わっていたことを思うと、アニメでの二人の関係が実にありふれた安っぽいものに見えたことは否めない。

・・BJ
 さらにはBJの造形も原作とはかなり違うのである。シリーズ当初から、メスなど絶対に投げず怒りも顕わにしない優等生だったし、ピノコの多用や多くの脇キャラの存在とも相俟って孤独感とも無縁であった。原作では他人から「気味悪い」と評される容貌も誰からもそれを指摘されることもなく、皆から頼りにされ愛され、ほとんど毒を感じさせることはなかった。
 さらに『BJ21』シリーズでBJの過去が創作されるようになってから、決定的な改変が行われた。BJのトラウマであり家庭崩壊の原因となった8歳の頃の不発弾爆発事故が、彼の父親(影三と命名された)の研究上のトラブルに関連したものであり、原作では重傷を負った妻子を捨てて女性とともに海外へ去ったとしか描かれていない父が、実は妻子を守るためにやむを得ずそうしたのだという美談に変わったからである。これにより、BJのダークな一面がその根拠を失くしてしまった。復讐する相手、憎むべき対象がいなくなった。報酬として大金を要求する必要もなくなり、その点で無免許医であることさえ意味を失くすことになってしまった(大金を請求するのと無免許医であることに関しては、他にも理由があることはあるのだが)。この改変は大きい。この『21』設定をひきずったまま、続きのシリーズを作ることは難しいだろう。『21』以前に戻さなくては、BJは「黒い医者」でなくなってしまう。
 それに……、どう表現すればよいのだろう。BJが当たり前の正規の医者にならなかった遠因が、ロクデナシの父親を持ったことだという、その超個人的な、ある意味誰にでも非常にわかりやすい子どもっぽい感情であることが、BJの魅力でもあったのだ。外見はクールで動じない風を装っているが、必死につっぱっていなければ自己を保てない切羽詰った危うさと脆さを感じさせるのがBJである。BJに女性ファンが多いというのは、彼にそういう匂いを嗅ぎ取っているからだとも思う。孤独感と苦悩をダークさで発散させないBJには魅力などないのだ。

・評価は分かれるが…
 このように、根幹をなす設定部分で原作とアニメではかなりの相違点があり、原作至上主義ファンに受け入れられなかったのも頷けないではない。なまじ毎回「原作:」の表記を入れたことも、どうしても原作と比較してしまうことになってしまい、よかったのかどうか判断に迷うところだ。しかし、基本的に7時台の食事時に子どもが観るアニメとしてあまりハードなストーリーや描写(手術シーンでの内臓とか血とか)はできなかったのだろうと納得はしているし、逆に原作そのままを放映した場合、原作を知らない視聴者にそれが受け入れられたかどうかは疑問であるとも思っている。原作を知っている者ばかりが観るわけではないのだし、それでなくとも『BJ』という作品は相当に内容が重いのだから。テレビスタッフのジレンマはよく解る気がする。その点で、独自の世界を作り上げられるOVA版とか、スペシャル版としての放映という方法の方が適切で危険も少なかったかもしれないのに、そうまでしても『BJ』をテレビアニメシリーズ化したスタッフの意気込みを、私は高く買う。それまで『BJ』を知らなかった視聴者(特に若い人たち)にその存在を知らしめたことだけでも、その功績は非常に大きかったと思う。

・表現したかったもの
 では、そういう諸々の制限の中で、手塚眞監督が表現したかったものは何だろう? アニメを観て、原作よりも強く印象に残っている事柄は、地球環境や動物を愛護する心の重要性だった。記念すべきアニメシリーズの第1回目に「オペの順番(原題同じ)」を持ってきたことや、かつてBJに顔面の皮膚を提供してくれた親友タカシだけでなく ドクター・キリコの妹ユリさんが自然保護ボランティア活動をしているという設定などにも、それは如実に現れていた。原作にも公害問題や自然破壊の問題を取り上げた作品はいくつかあるが、それが全世界的な大問題になりつつある現在、ひとり人間の命だけではなく全てのものの命を考える必要性を強調して描いたことは意義あることだったと思う。謳い文句だった「21世紀にこそ必要な命のドラマ」というのは、命がけで人の命を救うBJを描くというだけでなく、命そのものについて考えてほしいというメッセージではなかったかと考える。犬のラルゴやシャチのトリトンの命が助かったのも、その考えの延長線上にある眞監督の理想だったのではないかと思うのである。
 もうひとつは、家族の絆であったろうと思う。シリーズ当初からBJのマザコン振りはかなり強調して描かれていたが、『BJ21』では特にその観が強い。親の愛情、子の想い。過酷な運命に弄ばれながらかけがえの無いものに気付くBJのストーリーは、そういう観点から見るとかなり骨太なドラマだったと思う。また、生体実験の謗りを受けて医学界を引退し恵まれない晩年を送った本間医師は、原作でも恩師と愛弟子の関係を超えてBJの父親のような存在だったが、その名誉をBJが回復させたことも気持ちが暖かくなる挿話だった。

・『BJ21』
 ここで『BJ21』について一項を設ける。それまでの一話読み切り形式に代わって、一話一話に原作を取り入れた連続物という形態となったが、このシリーズ全体を通したストーリーはまさに手塚眞監督の考える『BJ 火の鳥編』であったと思う。不老不死を研究したノワールプロジェクト、それに付随して発生してしまったフェニックス病は、人間の底知れぬ欲や思い上がりの愚かさと醜さの象徴であったろう。本来そんなものに大して関心を持つとは思えないBJに「命を狙われながら自分の家族を巻き込んだ過去の事件の謎解きをさせる」という役割を与えて、どうしても対決し解決せざるを得ない状況に追い込んだのは、面白い試みだったと思う。そうでもしなければ、ノワールプロジェクトを「バカな夢を見たもんだ」の一言で切って捨てるBJと火の鳥との共演というのは、なかなかに難しいものだったのかもしれない。欲を言えば『21』に至ってやっと登場したドクター・キリコとも火の鳥を絡ませてほしかった。「浦島太郎」や「弁があった!」で生だ死だと喧嘩をしているBJとキリコは、火の鳥から見れば同じレベルかもしれないと思うのだ。BJとキリコと火の鳥。なんだか面白そうだと思うのは私だけだろうか。(これについて考え出すと、途轍もなく長くなりそうなので、ここで止めるが、手塚治虫の頭の中にはきっとそういう構想もあったのではないだろうか。サルタヒコの本間先生もいるし。)
『21』シリーズ、派手なアクションに目を奪われがちだったし、後から考えると本筋にほとんど関係ないお話が入っていたり、前半の冗長さに比べて後半が妙に駆け足だったり、全体としてストーリーを詰め込みすぎで不自然さと消化不良の観があることは否定できない。枝葉末節に気が散って、なかなか言いたいことが見えてこなかった。『BJ 火の鳥編』であるならあるで、もっとじっくり腰を据えてストレートに、より掘り下げて作ってほしかったと、そのことがただ残念である。本当に17回で終わる予定だったのかという疑問がどうしても払拭できないのだが、それは言ってはいけないことか……。
 しかし、『21』になってからの絵のクオリティの高さには充分満足した。作画監督によってそれぞれの特徴は残しつつも、全体として深みとメリハリのある絵になっていた。アニメにおいて絵柄というのは実に重要な要素だから、これはとても嬉しいことだった。
 ところで最終回、岬に佇むBJはそれまでずっと被ってきた帽子を被っていない。それまで何回失くしてもどこからか湧いて出てきていた帽子だったが、その帽子を被っていないことは『21』が終わったことを明確に表現していたと思う。それは、帽子を被ったBJがあくまでも『21』の設定内だけの存在であり、言い換えれば手塚治虫のBJではなく手塚眞のオリジナルBJだったことを示す目印だったのだと思う。ということは、帽子を脱いだBJは『21』設定を無かったことにして、また元の生活に戻ることが可能なわけだ。最後の最後に夢のように元通りに建て直されたBJ邸のシーンからも、初代OPの『月光花』が流れたことからも、全ては元の状態にリセットされたという印象を受けた。これは、『21』が決して公式というのではなく、今後も様々な人に『BJ』を再創作してもらいたいという眞監督の意図なのではないかと私は考えている。『BJ』に終わりはない。

・好きなエピソード
 最後に、アニメ化された作品の中で私が好きな話を挙げてみる。思いつくままなので放送順とは違うかも。
「六等星の男」…椎竹先生の大きさが良く出ていた。感じ入ったBJの表情も良い。他の誰にもわからない、二人の間だけで交わされる、お互いの力量を認め合った魂の交流が気持ち良い佳作。
「山手線の哲」…これは原作でも好きな話なのだが、BJ、哲、友引警部のおっさんトリオの醸し出す雰囲気がメッポウ良かった。杉野さんの絵なのでBJが非常に色っぽい。
「ちぢむ!」…原作通りの結末で良かったと安堵した作品。最後のBJの絶叫が!大塚明夫さんの声にKOされて、原作以上の強い印象が残った。
「一瞬の目撃者」…これは全然期待していなかったのだが、見事に騙されたという意味で私的評価が急上昇した。原作と犯人が違う。原作を知っているものには一粒で二度美味しい。原作原作と騒ぐファンを逆手に取った一作。
「噂の座頭医師」…とにかく琵琶丸が魅力的だった。片山さんの作画も、野沢那智さんの声も素晴らしかった。琵琶の音のBGMにもこだわりを感じさせた。
「BJ父親との再会」…ハードな原作テイストが楽しめた、父親との愛憎劇。BJの鋭い眼光、低い声に、『21』への期待が膨らんだ一作。
「黒い医者の宿命」…キリコが良かった。これに尽きる。死神の化身もこと自分の父親のこととなると我を忘れるのだなぁと、妙に納得した一作。原作でも描かれることのなかったキリコの内面、生身の感情が吐露されている。

・また会おうね
 アニメシリーズ全80話。これでひとまず一段落ということだが、手塚眞監督は実写化を狙っているというし、諏訪プロデューサーも機会を捉えて『BJ』を放送し続けたいという意向を持っているようだ。原作は全243話だから、まだ3分の2が残っている。彼らの言葉に期待して、また近い将来にBJに会える日を楽しみにしたいと思う。今はただ、このアニメシリーズに携わった全ての関係者の方々に、心からのねぎらいと感謝の意を伝えたい。

 「お疲れ様でした。ありがとう」

・おまけ ただ今最大の関心事
 アニメシリーズの感想や論考を綴っていた数多くのサイトやブログはどうなるのだらう?

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『ルパン三世SP』

金曜日に録画しておいた『ルパン三世SP セブンデイズ・ラプソディ』を観た。毎年1回、夏にルパンのSPを観るのはもう恒例行事となっている。新聞によると、ルパンのテレビ放映が始まって35年。SP版ももう18作目だそうだ。

今回狙うのは世界最大のダイヤ「女神の涙」。例によってルパンファミリーは4人ともてんでんバラバラな行動を取っているくせに、最後には何の打ち合わせもなく絶妙のチームプレーを披露する。ルパンの醍醐味はまさにこの阿吽の呼吸、チームワークの良さである。原作の「三死がなくて…五に練習」~「八苦がなくて十に成功」なんてもう、あまりに決まりすぎていて涙が出るくらいだ(なんで?笑)。

今回は五右ェ門がかなりボケをかまして次元にからかわれていた。ルパンとも次元とも互角かそれ以上の腕を持っていながら、不二子にはいいようにこき使われ……、ゴエちゃんは、なんか可愛い。

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ネットバトン

BJ関係のお友達、神無月さんからバトンを頂戴しました。では早速♪

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【1 : ネット歴は何年?】

わが家のパソコンでネットができるようになったのは5年くらい前。それ以前は職場で使っていました。

【2 : パソコンを始めたきっかけは?】

仕事上やむなく(笑)。自分で買ったのはWin95が発売された直後でした。

【3 : ネットで知り合った友達はいる?】

「友達」とお呼びしてよいのかどうかわかりません(私が一方的にそう思っているだけかもしれません)が、た~くさん♪映画村の関係、ブログの関係、BJの関係、etc.

【4 : その人に実際に会ったことある?】

はい。つるさんのファンクラブの方何人かとお会いしたことがあります。

【5 : あったことある人は感想、あったことない人は会ってみたい?】

なにしろ趣味が同じ者同士ですから、楽しかったですよ~♪ いろいろ教えていただけて嬉しかったです。

【6 : チャット派? メール派?】

どちらもあまりしません。普段から口下手でほとんど喋らない人間なので、こういうところでも性格が出ますね。でもたまにチャットすると楽しいと思います。

【7 : ネットで買い物したことある?】

ありませんし、これからもしないと思います。基本的に機械を信用していないので。相手の顔も商品も見えない買い物は不安です。超アナクロ人間です。

【8 : オンラインゲームに興味ある?】

(ここでゴソゴソとオンラインゲームの定義を確認。「インターネットを介して複数の人が同時に参加して行われるコンピュータゲーム」と判明)速さと正答率を競うクイズは何回かやったことがありますが、今はやりません。「ZOO KEEPER」は好きなのですが、これもオンラインゲームですよね?

【9 : 携帯持ってる? また、メール派? 電話派?】

緊急時に備えて一応持っています。メールはほとんどしません。電話……も、あんまり使いませんね。そんなに話す事柄がありません(笑)。

【10 : 回す人】

どなたか、興味がおありの方、持って行ってくださいまし。
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う~む。まったく面白みの無い回答で申し訳ありません。どうやら、私がネットを伝達手段とは考えておらず、情報収集手段だと思っていることが、図らずも露呈されたようです。
神無月さん、ご指名くださりありがとうございました~♪ それと、もうひとつのバトンの方で、私を「大人」と評してくださったようで(確かに身体の横幅は大きい方だと思いますが)、恥じ入っております。過分の評価を頂き、これまたありがとうございます。これからもBJに関する論考を楽しみにしておりますねぇ。

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実名か匿名か?

昨日の記事でもちょいと触れたが、徳山高専女子学生殺害事件の犯人の少年をどのように報道するかが議論されているようだ。実名か匿名か、メディア各社でも判断と対応が分かれている。 

Yahoo! では「徳山高専女子学生殺害事件で一部報道機関が少年を実名報道しましたが、この判断をどう思いますか?」という投票も行われていて、私が見た時点では

問題だ     18%  5680 票 
少年の死亡後であれば問題ない     5%  1333 票 
問題ない     76%  24813 票 
わからない     4%  1073 票 

…となっていた。結局この視聴者読者の「知りたい」という欲が強すぎるのだと思う。別に知らなくても、事件に無関係な人々にはこれっぽっちも支障はないはずの事柄であるのに、知ることで快感を得ているように思える。そして秘匿されている事柄であればあるほど、その快感は増すのだろう。いずれにせよ、大半の人々にとってそれはゴシップの範疇であって、それ以上の意味はあるまい。

ならば、やはり実名報道はすべきではないと思う。今回の場合、少年が自殺するおそれもあり(それは早い段階から指摘されていた)名前や写真が公開されれば、あるいは誰かが彼を見つけて自殺を未然に防ぐことも可能だったかもしれない。しかし、それを期待できる確率と、事件関係者の今後の生活の安寧をハカリにかけた場合でも、やはり「少年法」を遵守する方にハカリは傾くべきと思う。さらには、昨日のエントリに頂いた三景さんのコメントにもあるように、被害者についても実名報道はすべきではないのかもしれない。

閑話休題。
それにしても、昨今の事件の報道には必ず卒業文集が紹介されているが、そうしなければならないというお約束でもあるのだらうか?

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(備忘録060907)

どうしてこう役所とか病院とかの諸々の手続きというのは一回で終わらないのだろう。私が迂闊だからか? でもこの間尋ねたときにはソレが必要だなんて言わなかったぢゃないか! というわけで、明日また再トライだ。やれやれ。

『紫電改のタカ 4(ちばてつや著)』『死者の書・身毒丸(折口信夫著)』『恐ろしいほど当たる月猫占い(田中幸之助著)』を買う。『週刊新潮』を買いに行ったのだが明日入荷とのこと。お店の人が、問い合わせの電話も多くて、と言っていた。今週号は例の記事のせいで買う人が多いのだなと思いながら帰って、夜のニュースを見たら、件の行方不明の男子学生が死体で発見されたとのこと。ああ、全ては藪の中…。

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親王殿下ご誕生

紀子さまが男子を出産された。おめでとうございます。

10時にはわが町でも「君が代」を鳴らして街宣車が走ったし、11時には地元の新聞が号外を配った。日本国中、祝賀ムードである。それは、皇室に実に41年ぶりに男子が出生したというだけではない、まさに救世主が誕生した喜びなのだろう。少なくとも、近い将来までの男系の天皇家の存続は約束されたのである。私が生きている間は「皇室典範」が改正されることもないだろう。それにしても、皇室の方々の近年のストレスは相当なものだったのではないかと想像する。下々の者には計り知れないご苦労があったことと思う。それを思うと、天皇家、東宮家、秋篠宮家の方々には心からのおめでとうを言いたい。よかったですね。

1933年12月23日の夜明けにも、待ち望まれた男子が誕生している。今上天皇である。丸ビル、愛宕山、上野博物館などに設けられた18ケ所のサイレンが、2回連続して鳴らされた。内親王ならば1回、10秒後にもう1度鳴ったら親王の誕生、と決められていたという。昭和天皇と良子皇后に、御結婚以来10年目にして初めて男子が誕生したことを知らせるサイレンだった。皇太子誕生のニュースはただちにラジオで伝えられ、日本国中が祝賀に湧いたらしい。それまでに生まれた4人は皆女子だったから、当時の日本も昨日までの日本と同じような、男子誕生を待ち望むムード一色だったのではないかと思う。北原白秋作詞、中山晋平作曲の「皇太子さまお生れなつた」という歌までヒットしたらしい。

日の出だ日の出に 鳴つた鳴つた ポーオポー
サイレンサイレン ランランチンゴン
夜明けの鐘まで
天皇陛下お喜び みんなみんなかしは手
うれしいな母さん 皇太子さまお生れなつた
(2番以降は略)

天皇家存続云々、皇位継承云々ではなくて、ひとりの男の子が無事に生まれたことを、喜びたいと思う。

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メール その2

今日のアタイは抜け殻でした(笑)。何をしていても、頬染めた先生のご尊顔が脳内にフラッシュバックして、たいへんでした。抜け殻だったので何も書くことが見つからないのですが、ちょっと変な気がしたニュースについて。

先日もメールのことを話題にしたばかりなのだが、ある事件の関係者がメールで謝罪文を送ったという話を聞いて、なんだかなぁと思った。メールは「会話」ではなく「手紙」だと、そのとき私は書いたが、メールがすなわち手紙というわけでもないという認識を新たにした。やっぱり気持ちが、心が、こもっていないように思えるのだ。私がそのメールの受取人だったとしたら、私はその人を許すことができるかどうか甚だ疑問だ。もらわないほうがよっぽど良かったと思うかもしれないし、人間性をも疑うかもしれない。

堅苦しいとか古臭いとか思われるだろうが、物事にはやはりTPOに応じて取るべき手段とか踏むべき手順とかがあると思うのだ。たとえどんなに悪筆でも乱文でも、ここは手紙をしたためるべき状況だったのではないかな。混乱状態であるなら、誰かに代筆を頼んでもよい。受け取る方は、文面や筆跡等 諸々の背景に差出人の心ばえを読み取るのだから。(現在渦中の人々のことなので酷いことを言うつもりはないが、ちょっと残念に思ったので書きとめた。)

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「わたしは命を救う!」

月曜日は『BJ21』!わんわんわん…(←名残惜しいのでエコー処理)  終わってしまいました。残念だけど、悲しいけど、寂しいけど、さ、涙を拭いて最後のレビューを書くのよ! まだ興奮状態なので、いつものことながら順不同の支離滅裂ですが。

面白かった最終回! 原作が「99.9%の水」「二人目がいた」と出たときには、何じゃそりゃ?と思ったが、未知の病原体(原作ではグマ)の治療法を見つけるところが「99.9…」、ジレンマに苛まれながらも憎むべき相手(原作では杜撰な不発弾処理をした姥本琢三)を救うところが「二人目…」だった。エッセンスが上手く取り込んであるという印象だったが「原作:」として挙げるのはどうかと、この期に及んでしつこく言ってみる。

この「二人目がいた」というのはものすごい話で、医者としてのBJと復讐者としてのBJの心の葛藤が、読んでいるだけでも苦しくなるほどの作品なのだ。BJという人間を掘り下げる上では欠かせないエピソードなのだが、不発弾爆破事故を巡るアニメの独自設定ではそのままやるのは絶対無理なお話。「人生という名のSL」を思わせるシーンと絡めて、蓮花の命を救うことに苦悩するBJという程度に描かれていた。でもこの部分、とても良かったと思う。

アメリカが打ち上げた超高熱ミサイルを間一髪でかわすところは文句なしに面白かった。ハラハラした。BJは自分の命が危ない状況ながらも手術で奮闘、白拍子は「上がれーーー!」(爆)と絶叫しながら手動操縦で奮闘。(先週も思ったが、他の乗員はいなかったのかしら?)白拍子泰彦、エエとこのぼんぼん、たしかナントカ病院の外科部長、BJに一方的にライバル心を燃やすが報われない奴。でも最後に男を上げました! SHも上がったよ。

蓮花と全満徳の不毛な撃ち合いとか蒼龍はどうなったのかとか、そもそもそんなに早く北極圏までやって来られるかとか、そんなことはどうでもよい。また、どうしてアメリカがSH内で進化したBOPウイルスのことまで知っていたのかとか、どうしてクーマ医師が21時間しか猶予がないことを知っていたのかとかも、最終回ご祝儀相場でどうでもよいことにしよう。免疫血清が「本間血清」と名付けられて、本間医師の名誉が回復したことが嬉しかった。シリーズ全体を通して考えてみると、やっぱりBJによる「本間血腫」の敵討ちだったのだと思う。自分の住む町に帰るよりも先に本間先生の墓参をするBJを見てそう思った。

そしてキリコ! やはり夢うつつのBJの前に現れるという予想が的中してしまったが、「ふたりの黒い医者」の中の名台詞「生きものは死ぬ時には自然に死ぬもんだ。それを人間だけが無理に生きさせようとする。どっちが正しいのかな」を言ってくれていた。ありがとう!! それを聞けただけで満足だ! 映画『BJ2D』の鹿賀キリコも同じセリフを言っていて、あっちはBJの青さをせせら笑う感じだったが、速水キリコはめちゃ甘な声なので非常に優しい感じがした。「おいBJ、無理すんなよ」みたいな…。もう思い残すことは無いですハイ。

18歳になったピノコも出てきたのだが、あんま可愛くなかった(ゴメン。私の想像する18歳ピノコはもっと可愛いので)。でもこの二人の信頼関係というのはもう絶対的なものなのだと再確認した。あっち側に行っちゃいそうになっているBJを引き止められるのは、やはりピノコしかおりますまい! ここでBJの例のセリフ「おまえ私の奥さんじゃないか」が出るかとハラハラしたが、さすがにそこまでは無かった(それ今日のテーマと違うから。ここでそれ言っちゃダメだから)。

最終回の30分。実にめまぐるしい展開だったけれど、それぞれの問題にそれなりの決着がついて大団円。恩讐を越え、自分の命の危険をも顧みず、どんなときでも医者であり続けたBJの姿は大きかった。またあの岬に、あんまり患者の来ない診療所を建て、シリーズ開始直後以来とうとう出番のなかった友引警部に無理難題を押し付けられながら、末永く無免許医療行為を続けてほしいと思う。

きょうの作画は片山さん。色っぽくて迫力のある絵を描く人だと思う。思えば、この人の描く琵琶丸の魅力にヤられてから私の『BJ』熱が一気に上がったのだ。この絵を見ながらのアフレコなら声優さんも力が入るんじゃないかと思う。

あと、諏訪プロデューサーが言っていた「万感の思いを込め」た挿入歌というのは「月光花」だった。先日のエントリで、BJと言えばこの曲、というような主題歌が無いことを憂えたが、やっぱ「月光花」がそれに当たるのかな。確かにこの曲が流れてきたときには、ああ帰ってきたナ…という懐かしい思いがこみ上げてきた。

さよなら『BJ21』。そして「おかえりなさい、BJ先生」。

Seeu_bj2

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(備忘録060903)

「明日という字は 明るい日と書くのね」
カトリーナ級の台風12号は近づいてくるし、北朝鮮はまたミサイル発射準備をしているという話もあるし、町内会の仕事はあるし、やらなきゃいけない家事は山積みだし、明日はいよいよ『BJ21』最終回だし。「明日は…どっちだ?」

『BJ21』…Sプロデューサーの記述から、明日の原作は「人生という名のSL」っぽい。キリコさんの出番もBJの夢の中だけという線が濃厚になってきたようだ。いいよそれでも。最後まできっちり見届けます!

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紅蜥蜴

はぁ……。何やら落ち着かない。日一日と月曜日が近づいてくる。早く観たい、早く結末を知りたいと思う反面、観たら終わりなんだなぁという寂寥感がひしひし、ひしひしと。ああもう、罪作りだな『BJ21』!

紅さんへのオマージュを1枚。描きながら考えていた。毎回無駄にセクシーな衣装で出てきて鞭を振り回す婀娜っぽい姐さんだったが、歳は若いはずだよなと。BJの親父さんが21年前にマカオに渡って蓮花と再婚してからできた子なのだから、ハタチそこそこ、10代である可能性が大だ。アニメでは29歳設定のBJとタメか下手すりゃ年上にも見えたが、10歳くらいは歳が離れていたはず。ということで、若い感じに描いたら、誰だかわからなくなった…。_| ̄|○ 紅さんです! 額に飾りがついてるでしょ(必死)!

前々回、紅さんがBJの腕の中で息をひきとるシーンは、その名前の類似性からも、黒蜥蜴と明智小五郎を彷彿とさせた。ずっと敵同士だったけれど、最後は心が通じ合ったところも一緒。あっちは恋人同士の恋愛感情で、こっちは家族愛の違いはあるが。しかしあれだけ辛い別れをしたのだから、前回の冒頭のシーンくらいはちょっとはその悲哀と緊迫感を引きずっていてほしかったのだが、BJもピノコももうすっかり吹っ切れていた(苦笑)。そういうところの脚本の杜撰さを残念に思う。

Salamander [Salamander] 火トカゲ。善なる火を燃やし、悪の火を消す。戦火をくぐり抜けてきた兵士、正義、etc.の意。『BJ21』最大のヒロインに捧げます。

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メール

『太田光の 私が総理大臣になったら』を観た。きょうは、ラサール石井が提出した「私立大学を全廃します」と、太田が出した「メールを全面禁止します」の2案。

私立大学4年間にかかる費用が1200万円と聞いて驚いた。まさか授業料だけではないと思うが(そこんとこ聞き落とした)、我が家なら確実に破産だ。私が四半世紀ほど前に通った某国立大学の半期の授業料が7万2千円だったことと比べてはいけないのだろうが、他所様はお金持ちなのだなぁと、変なところに感心。あまり面白い議論にはならず、結局大差でこの法案は否決された。

続く「メール…」はなかなか面白く、主に人間関係構築、日本語能力の側面から討議されていた。女子高校生が打ったメールの文面が表示されていたが、もうおばさんにはサッパリ読めませんでしたワ。文字を一切使わず、絵文字だけで綴った文章もあった。そういうのには、江戸時代に作られた判じ物にも通じるような面白さもあって、なるほどと思わないでもなかった。用件を伝えるだけの内容でもできるだけ面白くしようという意気込みは、遊び心があって良いと思う。

でも、何故だか私はメールには抵抗があるのだ。バスの中の中学生が、隣に友達が座っているのに会話もせずにそれぞれ一心不乱にメールを打っている光景など見ると、寒々とした思いがするのだ。あれはあくまでもメール(手紙)であって、会話ではないと思っているからかもしれない。決して双方向ではなくて、双方の一方通行の積み重ねという感じがする。いや、だからこそ、面と向かっては言えないことでもメールでなら言える、ということなのかもしれないけれど。ふかわりょうが言っていた。「昔はメールなんか無くたって何の不都合もなかったんだ」。まさに同意。

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