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日本語の表記法

きょうの『その時歴史が動いた』は「ひらがな革命」。

平安中期、律令制が危機に瀕していたときに、それでも従来の律令制に縋ろうとする官僚たちの意識を変革するために、積極的に「ひらがな」を取り入れようとした藤原時平にスポットが当てられていた(時平といえば、菅原道真を追い落とした名門藤原氏の御曹司というイメージが強いが、律令制からの脱皮という点では道真と同じ思想だったらしい)。番組では、漢詩漢文の道真に対し、和歌ひらがなの時平という描き方がされていた。

日本語の表記の歴史をみると、それまでの公文書はすべて漢文で書かれていた。当時の官僚はスゴイと思う。中国語が話せたかどうかは知らないが、中国語で文章を綴ることができたのである。貴族のたしなみとして和歌も詠んだだろうから、万葉仮名やひらがなももちろん書けたのである。これはスゴイことだと思う。ひらがなは、それまで女性のものという認識があったわけだが、時平が日本で最初のひらがなによる公文書『古今和歌集』を編纂したことにより、日本独特の表記法としてその地位を確立することになる。以来、漢字とひらがなが混じった表記が一般的になり、現代のわれわれもそのスタイルで文章を綴っているわけだ。

この、漢字という表意文字とひらがなという表音文字を併用するというアイデアもまたスゴイと思う。そういうスタイルが定着してから既に700~800年くらい経っている。日本以外でこういうことをやっている国はあるのかな? 韓国はどうなのだろう? ハングルと漢字を混ぜて使うことがあるのかな? あるにしても、その歴史は日本のほうがはるかに長い。また、漢字には音読みと訓読みがあり、音読みの中にもさらに漢音読みと呉音読みがあったりする。また現代ではそういうことは滅多にないが、口語体と文語体の違いがあったりする(撥音便とか促音便とか)。日本語を表記するために、様々な試行錯誤があって、その上に、今の日本語表記が成り立っている。そのことを思うと、ちょっと感動する。

ひところ暴走族系の皆さんが好んで使った「夜露死苦」なんてのも、様々に読んだり書いたりできる日本語でしかできない遊びだろう。万葉の昔からこういう遊びはあった。万葉集の「戯書」に「十六」を「しし」と読ませたり、「蜂音」を「ぶ」(昔の蜂は、ぶ、ぶ、と飛んでいたのでせう)と読ませたりするものがある。いや、そもそも漢字からひらがなやカタカナを作り出した感性も、遊びに近いものなのかもしれない。少なくとも、日本語をちゃんと表記したいのだ!という強い意志のもとに作り出されたものではないような気がする。表記だけでこれだけ遊べる言語は日本語以外にはないと思う。語彙だって豊富だ。ヘタにわけのわからない外来語を使うより、もっと日本語を知って、楽しんでもいいんじゃないのかな?

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