« きょうの『BJ』語りはお休み | トップページ | 寝てしまった… »

日本人のDNA

【ココログのメンテナンスが終わったようだ。同時にバージョンアップするとのことだったが、今のところどこが変わったのかよくわからない。何かが新しく付け加えられたのかもしれないが、従来からあった機能すら上手く使いこなせていなかった私にとっては無用の長物だ。】

昨日のテレビ番組なのだが、良い番組だったので取り上げておこうと思う。『関口宏の 日本を探しに行こう』である。様々な観点から、日本とは何かを探る試み。

日本の美に魅せられた外人さんたちが、草木染めや浮世絵や酒造りや紙漉きなど、多くの分野で活躍していることを知った。その誰もが言うことは、それらはみな「日本の自然から与えられるもの」であるということだ。西洋の人たちがそれを言うということは、西洋文化からはそういう要素が感じられないということなのだろう。日本にいるとわからないことを、彼らは教えてくれる。松江に住んだ小泉八雲ことラフカディオ・ハーンもそういう外人さんの一人だったのだろう。日本人の虫の音を愛ずる感性や自然を畏怖する感覚を、彼は西洋人が忘れ去ったものとして再発見したのだ。

番組の中で、「和食は引き算である」と言われていたが、これも西洋文化と大きく違うところなのだろう。洋食がこってりと様々なものを混ぜ合わせていく足し算であるのに対し、和食はできるだけ引いていった引き算の最後に残った一番シンプルなものになる。有名料理店の料理長さんが「木の中には最初から像があって、芸術家はそれを彫り出すだけ。それと同じで、この一匹の魚の中に最初からお刺身はある。引いていってそれを取り出すだけ」というようなことを語っていた。きっと、日本文化の根本というのは「素」とか「髄」とかいうものなのだろうと思った。

金比羅歌舞伎の舞台では江戸時代そのままの照明を実験。太陽光や天気などが舞台に取り入れられた様子を窺い知ることができた。また、京都のお寺(名前失念)では究極の間接照明である月光を楽しむ。あるいは、銀閣寺が池の水面に反射した月光に揺らめく様も幻想的だった。太陽や月は、現代の我々には想像し得ないほどに明るく大切なものだったのである。

番組の最後に、松岡正剛さんが熊野古道を案内してくれた。(ご病気で随分痩せられた印象だったがお元気そうでなにより。)那智の滝や、山頂に聳える巨大な岩、それらに神性を見る日本人。そして神が降りてくる庭に設えられた小さな社。(←これがどこだったかはっきり覚えていない。伊勢神宮の奥深くに当たる場所だったか?)そこにあるのは、自然に対する畏敬の念だ。体裁を整えた神話に出てくるような固有名詞のある神ではない、そこにあるがままの自然が、即ち日本人が神と信ずるモノなのだ。

今の日本人が忘れ去ったものを、様々な形で見せてくれた番組だった。ただ紹介しているだけなのだが、それぞれのシーンに胸が熱くなるほど懐かしい想いが込み上げる。関口さんが番組内で何回も口にしていた、これが「日本人のDNA」のなせる業なのかもしれない。日本ってやっぱりいいな、と思わせてくれた番組だった。

|

« きょうの『BJ』語りはお休み | トップページ | 寝てしまった… »

「映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/141713/4463288

この記事へのトラックバック一覧です: 日本人のDNA:

« きょうの『BJ』語りはお休み | トップページ | 寝てしまった… »