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2007年1月

どこ?

数日前の新聞に「位置が分からない都道府県」ランキングが載っていて、わが島根県が堂々の1位であった。21.7%の人が分からないらしい。以下、栃木、福井、群馬、鳥取、岐阜、佐賀、福島、茨城、徳島と続く。

う~む、5分の1以上の人にその場所を知られていないのなら、こっそり日本から独立しても気付かれないのではあるまいか島根県? 松江とか出雲大社とか津和野とかは観光地として結構知られているかと思っていたのだが、知名度とその属する県の位置が分かるというのとはまた別なのかもしれない。交通網もあんまり発達していないから、どこかへ行く途中の通過点というのにもならないし。うん、やっぱ独立するチャンスだ(笑)。

記事によると、やはり自分が住んでいる地域から離れた場所ほど印象が薄いそうで、2位の栃木県(19.5%)については、近畿以西の約3人に1人が「分からない」と答えたそうだ。かく言う私も、関東地方は若干おぼろである。白地図に県名を書けと言われたら間違えるかもしれない。すみません。

ちなみに下位の順位は、千葉、東京、北海道、青森、そして最下位が沖縄である。それにしても沖縄(0.4%)、北海道(0.7%)の位置が分からない人がいるというのは、どうしたもんかね?

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遊びをせんとや生れけむ

録画しておいた『バチカンに眠る織田信長の夢』を観た。引っ張るだけ引っ張っておいて、最後に、バチカンにあるはずの屏風絵が見つかると良いですね、という終わり方って、なにソレ? というのが正直な感想。こういう番組にありがちな構成だったし、「Windows Vista」のプロモーションビデオのような印象も強かった。もっとも、一番持って行かれたのは加藤雅也のエナメルコートだったが(笑)。

本能寺の変の黒幕は近衛前久であるという説が紹介されていた。最近よく聞く説だが、それが果たして真実であるかどうかは判らない。ただ、どの文献を見ても本能寺の変が起こった天正10年の記録だけが残っていないという事実は、何か巨大な陰謀が感じられて興味深かった。本能寺に火薬庫があったというのも初めて知った。信長は爆死したから、髪の毛ひと筋残らなかったのだなぁ。敵に己の首級を渡してたまるか!という意地だろうか。

もうひとつ興味深かったのは、安土城の内部構造だ。南蛮寺を参考にして造らせたらしいが、まさか吹き抜けになっていたとは知らなかった。まさにキリスト教建築の天井の高い礼拝堂を思わせる構造だ。そしてその天辺部分に更に2層ほどあり、襖や壁には中国の思想や仏教思想が描かれている。信長が座すのはその頂上だ。つまり、キリスト教も中国思想も仏教も信長より下に配置されているわけで、安土城というのはまさに信長教の神殿だったのである。

ゲストの井沢元彦氏が「(キリスト教を下に見ているという点からも)信長はキリスト教の信者ではなかったようだ」と語っておられたが、私もそう思う。無神論者だったとも言われるが、そもそも精神世界などには興味を持たない人間だったのではないかと思う。自らを「第六天魔王」と称したことからもそれが窺えるような気がする。「第六天魔王」とは、仏教で世界を上から「無色界」「色界」「欲界」に分けたときに「欲界」の一番上位にある「他化自在天」の支配者を指す(「無色界」「色界」に五つの天があるので、「他化自在天」は第六天となる)。上から第五天までは、これはもう有り難い仏様の世界だが、第六天は「人を楽しませて自分も楽しもう♪」という天人の世界だ。当然「人界」よりは上にある。そういう天人が何故「魔王」かというと、その与えられた快楽によって人が仏道修行を忘れてしまうからである。

絶対的な信仰を集める神とか仏とかになるのを望んだのではなくて、「第六天魔王」という微妙なポジションを選んだというところからも、彼の現実主義的な志向が窺えるのではないかと思う。生き馬の目を抜く戦国時代に生まれ、精神的な拠り所となるはずの仏教も荒廃し、信ずるは己の力のみ、という生き方をしてきた男ならではの思想であり理想郷なのだろう。しかしちゃんと仏教の素養のあることは、数ある天の中から「第六天魔王」なんてものを選び出すことからも判る。キリスト教からはその荘厳さをピックアップして安土城に生かしているし、なかなか鋭いセンスを持った男だったのだろう。戦の無い現代に生まれていたならば、偉大なクリエイターとかプロデューサーとかになっていたような気がする。

「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけむ
  
 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ」 <粱塵秘抄>

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二つ名

本名「まっくろおとこ」……もとい、「間黒男」。通称あるいは二つ名が「ブラック・ジャック」。枕詞は「無免許医」「天才外科医」。

「ブラック・ジャック」という名前については、手塚治虫自身が「金属製(昔は皮製だった)のコップのことですが、海賊の旗----あのがい骨をぶっちがえたマーク----の意味もあります。お金をふんだくり、荒っぽくメスで切りきざむというわけで、海賊に見立てたのです」と、命名の由来を語っている(少年チャンピオンコミックスのカバー)。このことから、ドクター・キリコの名前も切子細工のグラスに由来するのだろうという考察もなされているわけで、いかにも納得できることである。

『BJ』の登場人物の命名についてはたくさんの考察がなされていて、もはや私などには考える余地がない。なのに、何故今さら名前かというと、『BJ火の鳥編』においてキリコがBJの本名を知らなかったという設定が妙にツボだったからである。非っ常~にそそられたのである(笑)。名前とか呼びかけとか二人称とかの、いわゆる相手をどう呼ぶかということには、お互いの関係の深さとか尊敬・軽蔑等の好悪とか無意識のうちに取りたい距離感などが出るものだと思う。また、日本語の場合は敬語というものがあって口調そのものにもそれが出る。そこで今回は、BJを取り巻く人々が彼をどう呼ぶか、どんな口調で話しているか、また逆に、BJが彼らをどう呼ぶかどんな口調で話しているかを調べてみる。たいして意味はない(笑)。

●ピノコ
 BJに対しては「先生(ちぇんちぇい)」。口調は対等。ときには「~しなちゃい」と命令も(笑)。

・対ピノコ
 「ピノコ」「おまえ」。口調は対等。

●ドクター・キリコ
 BJに対しては「ブラック・ジャック」「(ブラック・ジャック)先生」「きみ」「おまえさん」「おまえ」。口調は対等だが、ちょっと見下したふうもあり。

・対キリコ
 「(ドクター・)キリコ」「キリコ先生」「おまえさん」「おまえ」「大将」。対等+喧嘩腰。一人称が「おれ」になる。

●本間丈太郎
 BJに対しては「きみ」。爆発事故の手術の際には「クロオくん」と呼んで皮膚の提供者を募っている。教え諭すような口調。

・対本間丈太郎
 「(本間)先生」。口調は丁寧な尊敬語。

●如月めぐみ
 BJに対しては「(ブラック・ジャック)先生」「あなた」。口調は敬語。第三者に話すときは「あのかた」。

・対如月めぐみ
 「(如月)先生」「きみ」。口調は……複雑(笑)。丁寧語になったり親しげになったり。医局員時代は「めぐみさん」と呼んで対等な口調。心中で呼びかけるときには「めぐみ」。

●ブラック・クイーン
 BJに対しては「(ブラック・ジャック)先生」「あなた」。丁寧語。ただし酔っ払っているときはその限りにあらず。

・対ブラック・クイーン
 「あなた」。「です・ます」調が基本だが、時々崩れる。

●手塚医師
 BJに対しては「ブラック・ジャック」「きみ」。対等。第三者に話すときは「無免許の名医」。

・対手塚医師
 「きみ」「おまえさん」。対等。一人称は「おれ」。

●辰巳先生
 BJに対しては「ブラック・ジャック」「きみ」。対等。

・対辰巳先生
 「きみ」「おまえさん」。対等。一人称は「おれ」。

●白拍子泰彦
 BJに対しては「あんた」「ブラック・ジャック先生(←手術を頼むときだけ)」。口調は対等で非難調。

・対白拍子
 「おまえさん」「大先生(←目一杯の皮肉である)」。口調は対等……ぞんざいと言ったほうがよいか。

●琵琶丸
 BJに対しては「先生」「おまえさん」。口調は丁寧だが、最初はちょいと見下した感じだった。

・対琵琶丸
 「琵琶丸」「あんた」。対等。

●間久部緑郎
 BJに対しては「ブラック・ジャック」「きみ」。過去には「黒男」。対等。

・対間久部緑郎
 「間久部」「きみ」「おまえさん」。対等。一人称は「おれ」。

●タカシ
 BJに対しては「クロちゃん」。対等。

・対タカシ
 「タカシ」。対等。

●友引警部
 BJに対しては「ブラック・ジャック(先生)」「おまえ」「モグリ医者」。口調は横柄。

・対友引警部
 「おまえさん」。口調は慇懃無礼というかぞんざいというか(笑)。

せっかく「間黒男」という本名を設定した割りには、彼を本名で呼ぶ人物は思いのほか少ない。過去話に出てくる間久部とタカシと本間先生、それと当然だがBJの父親だけだ。あとは「再会」の中で研修医時代に「間(はざま)」と呼ばれている程度。大学時代の友人や恩師も残らず「ブラック・ジャック(くん)」と呼んでいる。せめて如月先生は「間先生」と呼んでほしいな、と思わないでもないが。

如月先生とBJの会話はこれまたツボである。如月先生の口調は一貫しているが、BJのほうがコロコロ変わる。どういう具合に話せばよいのか自分でも判らないというふうで、BJの戸惑いと興奮が察せられる。「ブラック・ジャック」を装ってはいるのだが、ともすれば医局員「間黒男」に戻ってしまっているような。う~ん、良いな~♪

BJ本人の意識の中では「間黒男」と「ブラック・ジャック」は明確に分かれているのではないかと思う。黒い医者になるきっかけが何だったのかは判らないが、正規の医者への道を踏み外して生きていくことを決意したときから「間黒男」は「ブラック・ジャック」に変貌したのだろう。「間黒男」にできないことでも「ブラック・ジャック」ならできる、そんな意識があるのではないかと思う。ドクター・キリコと太刀打ちできるのは、間違いなく「ブラック・ジャック」の方である。だからキリコには本名を教えていなかったのかな~、などと想像を逞しゅうしたのでありました。(「間黒男」という本名自体が後付けだろう、というツッコミは無しでお願いいたします。笑)

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(備忘録070128)

『BJ火の鳥編』の6章まで進みました。オルガの手術では初めての「S」ランクを叩き出しました(嬉)。が、ストーリーの方はもう何がなんだかさっぱり判りません。わかばちゃん、難しい話は判らないんだってば!

ゲームですっかり疲れたので、きょうの記事はおやすみします。

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民法 第772条

最近話題の「民法 第772条」。条文は以下のとおり。

(嫡出の推定)
第772条 1 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
              2  婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

問題となっているのは2項である。どんなに長い間 前夫と離婚同様の状態となっていたとしても、そしてその間に別の男性と事実上結婚状態となって子どもが生まれたとしても、正式に前夫との婚姻が解消された日から300日以内に生まれたのであれば、その子の民法上での父親は前夫ということになってしまうのだ。私が観た番組では、子どもが予定日より2ヶ月早く生まれたために300日まであとわずかに日数が足りず前夫の子となってしまったケースや、前夫との離婚時のいざこざ(前夫から逃げていた)等で出生届けを出すことができず、生まれた子には(高校生になるというのに)未だに戸籍が無いというケースが紹介されていた。

この法律が施行されたのは明治31年(1898年)である。施行当時ならばこれで良かったと思う。女性の地位の低かった明治時代における夫婦の離婚なんて、どうせ夫側からの一方的な要求が多かったことだろうと想像する。不貞等の事実も無く、離婚された後で妊娠が判って出産した女性の苦労は目に見えている。そんなときこの2項があれば、前夫に認知させて生まれた子どもの養育費を出させることが可能だったろう。しかしそれから100年以上たって時代は変わった。もっと融通を利かせてもよいのではないかと思う。また、科学だって発達しているのだから、どうしても問題になるようならDNA鑑定をして親子関係を明らかにする方法もあるだろう。

この問題はとてもプライベートな問題だし、関係者の様々な思惑が交錯する可能性もある。真実と違っていても良い場合もあるだろうし、そうでない場合もまたあるだろう。しかし、この条文があるばっかりに幸せになれない人が多数いるのならば、もっと緩やかなものに変えてもよいのではないだろうか。法律は弱い立場の者を守るためにこそあるべきだと思うから。

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ほげたらほげたらほげたらぽん

明日からいよいよ『どろろ』公開。原田芳雄の寿海と、中村嘉葎雄の琵琶丸は見てみたいのだが、どろろが柴咲コウというのがどうにも……。子役がいないわけでもなかろうに、噂のカップルを起用する商売っ気に拒否反応が起きる。テレビ放映を待つ(笑)。

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安心

きょうは家でのんびり過ごした。朝は、作詞家の阿木耀子さんが奈良を旅する番組を観た。いつまでも若くて可愛らしい人だと羨ましく思う。神社仏閣がお好きだとか。私と同じ趣味なので嬉しくなる。仏様や神様に対してはタメ口でお話しすると語っておられた。また、○○してください、というお願いではなく、普通にお話しするのだとも。私はとてもタメ口では話せないが、祈願ばかりするのではないという点でも同意見なので、更に嬉しくなった。

これは、ひろさちやさんも著書の中で言っておられたことだ(書名は失念)。○○してください、という請求書的な祈りではなくて、きょうも一日無事に過ごせました、とか、またここに来ることができました、ありがとう、という領収書的な祈りをすべきだと。そのほうがはるかに心が安らかになるからである。

むかし知り合いの阿闍梨様に伺ったことがある。手を合わせて仏様を拝むのは自分が「安心(あんじん)」するためだ、と。両手を合わせていれば良いことも悪いことも何もできない。そんなありのままの状態の自分を仏様の前に投げ出すのだ、と。そうするとだんだんと心が落ち着いてくる、それが「安心」。そう教えてくださった。

仏様の前では、あれやこれや考えていてはいけないのである。私利私欲や邪念を考えずにただ手を合わせていればよいのだ。というか、本来それを忘れるために手を合わせるのである。阿木さんの、ただ普通にお話をする、というのも、仏様に受け入れてもらっていることを実感できる、安心するためのひとつの方法だろうなと思った。

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「賞味期限」と「消費期限」

賞味期限(しょうみきげん)とは、加工食品を包装状態のまま所定の環境に置いた状態で、製造者が安全性や味・風味等の品質が維持されると保証する期限を示す日時である。
この表現の期限は、衛生面による問題よりも品質を問う部分に依存するため、主に長期間衛生的に保存できる加工食品に用いられる。製造日を含めて概ね5日以内に急速な品質の低下が認められる食料品については、消費期限で表現される。
(Wikipedia より)

以前から確認しようと思っていた「賞味期限」と「消費期限」。やっと正確な違いがわかった。このたびの不二家の場合は、消費期限を過ぎた牛乳等を用いて製品を作り、またその製品自体の消費期限を偽って出荷していたのだから罪が重い。わが家ではけっこう「まだ大丈夫」とばかりに期限を過ぎたものを食べることがあるが、期限切れが3重に重なったりしていた可能性もある。

不二家に続いて他の会社も続々と期限切れが発覚して、もう何を信じてよいのかわからない。毎日の食材を買う主婦としては非常に困る。頼るべきは己の勘と嗅覚味覚か。

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一筆啓上

「日本一小さな物語」として知られる、福井県坂井市丸岡町の「新一筆啓上賞」の入選作が発表された。今回のテーマは「父」。どれも、クスリと笑ってしまう楽しい作品ばかりだ。最近のお父さんはユーモラスらしい。

私の父が言った言葉で印象に残っているのは、「おまえ、結婚するときに『長い間お世話になりました』だけは言うだないで(言うなよ)」だ。真に受けて何も言わなかったのだが、後で母から聞いたところによると「お父ちゃん、座って待っちょーなったに(待っておられたのに)」。大正の男は屈折しちょって困る……。

その屈折した大正男が本日退院した。脱水症状と栄養不良で入院したときからほとんど良くなってはいないのだが、「どうしても帰る!」と言い張ったのだ。屈折している上に頑固だ(笑)。またすぐにUターンということになると思うのだが、当分は自宅で点滴を続けてみる。

「一筆啓上父上様。一日でも長生きしてください。機微を解さぬ娘のために」

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車椅子に乗った少年

バスの中で『BJ火の鳥編』をプレイしていたら、速水ヴォイスとともにキリコが出現したのですっかり舞い上がってしまい、二人の仲良さげな喧嘩と手術を中断するのが惜しくなって停留所を2つも乗り越してプレイし続けたのに結局患者を死なせてしまい、腹立ち紛れに「しかし、いくらキリコに負けたくないからって500万も自腹を切るBJ先生ってのはアリか?しかもこの患者に!」とつらつら考えながらとぼとぼと歩いて引き返す行程が途方もなく遠く感じられた田舎道。郊外の停留所ってのはどうしてあんなに間隔が開いているんだ!……後半につづく。

というわけで月曜日は『BJ』語り。以前、神無月さんからヒントを頂いた「BJ悪人列伝」を書こうかと思っていたのだが、悪人の定義の段階で煮詰まってしまった。結構大きなテーマになりそうなので、じっくり考えてまた別の機会に書きたいと思う。神無月さんすみません。

きょうは「BJがやけに優しく接する相手」について考えることから始めてみようと思う。(なんじゃそりゃ?)

最初にその対象となる相手を書いてしまうと、「人間鳥」のイカル、「しずむ女」のヨーコ、「アリの足」のケン一、「密室の少年」の超能力少年である。「密室の少年」の場合だけは手塚医師からの依頼を菓子折りひとつで受けているが、あとのケースではいずれも頼まれもしないのにBJが自分からおせっかいを焼いている。何故だろう? イカルがBJの母親に似ているとか、ケン一がBJのことについて書かれた本を元にリハビリの旅を再現しているとかいう理由はもちろんあるのだろうが…、実は共通点をひとつ見つけた。彼らはみな車椅子に乗っている。「歩けない」のである。ここに何か意味は無いか?

ところで、BJが少年時代に不発弾の爆発により瀕死の重傷を負ったことは周知の事実だが、その爆破の瞬間を描いた様子には2種類ある。母親とともに”歩いて”いて母親が不発弾を踏んだ(「二人目がいた」#195)ものと、”車椅子に乗って”いる黒男少年が母親とともに爆発に巻き込まれている(「ときには真珠のように」#29、「不発弾」#115、「笑い上戸」#241)ものである。アニメでは元気に砂浜を走っている黒男少年がしつこいほど何度も描かれていたが、素直に原作を読む限りでは、黒男少年はあの爆発事故以前から車椅子に乗っていた可能性が大きいのである。

さらには、イカルがBJの顔を見て「先生 前に大けがをなさったんですか?」と尋ねたのに対してBJは「これはけがじゃないよ 私もむかしあなたと同じような立場だった(バックは車椅子に乗った黒髪の黒男少年の回想カット)」と答えている。この「人間鳥」はシリーズのごく初期の作品であって(#5)、BJの生い立ちその他の設定がまだ確立していなかったと思われるので、その後の展開と辻褄の合わないことがある点は差っ引いて考える必要があろう。不発弾爆発事故は確実に後付けの理由だ。むしろ、初期の段階で手塚治虫はBJの傷跡の理由として何か別な答を用意していたと考えられることのほうが興味深いと思う。

爆発事故のことだけを考えれば、事故後の友達・間久部と遊ぶ車椅子の黒男の髪が全部黒い(「刻印」)のも、事故前の友達・タカシと遊ぶ車椅子の黒男の髪がツートーン(「友よいずこ」)なのも、おかしい。この辺りの混乱も、手塚治虫が爆発事故以外の何らかの出来事を黒男の身の上に設定していた証拠なのではないかと思う。この髪の色に関しては明らかに描き間違いだと思うのだが、黒男がいずれも車椅子に乗っていることに関しては間違いではないだろう。BJの過去もだいぶん明かされてきた#241というシリーズの最終期に描かれた「笑い上戸」でも 車椅子に乗って爆発事故に遭う姿が描かれている事実からそれが判る。ということは、手塚治虫の頭の中には爆発事故に関係なくそれ以前から車椅子に乗っていた黒男、という構想があったと想像せざるを得ない。それがどういう理由からであったかは明かされなかったし、もはや永遠の謎なのだが……。

BJは何らかの原因で幼い頃から車椅子に乗っていた。それを前提として、イカル、ヨーコ、ケン一、超能力少年のことを考え合わせてみると、BJは彼らに過去の自分を見ているのだと思われる。歩けない。友達とも一緒に遊べない。担任の志摩先生をして「車イスにのってたっけ……ひとりぼっちでさみしそうだった親なし子だ…」と言わしめた黒男少年の姿は、彼らの姿にぴたりと当てはまる。だからこそ、BJは彼らに優しいのだと思う。彼らが少なくとも車椅子無しで動けるようになるのを願い、医者として先輩として手を差し伸べ叱咤激励する。BJは常に弱者の側から物を見る人間だが、その原点は「車椅子に乗った自分」にあるのだと思う。

……前半よりつづく。
帰りのバスの中で今度はなんとかCランクでクリアする。うふふ。おいおいキリコよ、あんたはBJの本名も知らなかったのかい? お、ランプ警部登場! 3人で仲良く取り調べ。あり得んだろー!(でも嬉しい。) わ、病院が!……というところで突然画面が真っ暗に。あら? これはもしかして……。電池が切れましたーーー(泣)!!! セ、セーブしてない……_| ̄|○ いや、本体のランプがオレンジ色だなーとは思っていたのだ。が、そんなものかと思っていた。バカだ。そういえば買ってから充電なんかしたことなかったもんなぁ。あぁぁぁぁ、またあの「いんこ」の電話からやり直しだチクショー!

(ココログメンテナンスの影響か、昨夜はどうしても記事の投稿ができませんでした。深夜まで覗いてくださった方があるようで、申し訳ありません。日付は操作して前日にしました。)

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ルパン

『ルパン』(2004年フランス)がDVDで発売されたようだ。これは買わねば!! 日本で公開されたときには、県内に上映館がなくて涙を飲んだ。

原作は『カリオストロ伯爵夫人』。若き日の怪盗ルパンとクラリス、カリオストロ伯爵夫人ことジョゼフィーヌ・バルサモの三角関係も見どころの一作。原作とはいろいろ設定が違うらしいが、わくわくさせてくれる作品になっていればOK。個人的には「アルセーヌ」ではなくて「ラウール」と呼んで欲しいけれども(予告編ではアルセーヌだったな…)。

今まではジョルジュ・デクリエール演ずる中年ルパンしか観たことがないが、さてロマン・デュリスのルパンはどうだろう?

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恥の意識

「日本人は罪の意識よりも恥の意識で行動する」と書いたのはルース・ベネディクトだ(『菊と刀』)。西欧はキリスト教文化の中で罪の意識を、アメリカもまたピューリタニズムに基く道徳の中で罪の意識を発達させてきた。罪ならばそれを贖えば本人は救われる。一方、日本人が培ってきた恥の意識は罪の意識とは違う。誰に対して謝るべきものでもなければ贖うこともできないものだ。恥の意識は、実際の第三者や自分の内なる第三者的な視点によって自覚され、ひたすら本人の意識に沈潜して行動の規範となる。そういう違いがあると思う。

どちらが優れているなどという不毛な考えは置いておくが、日本人の恥の意識は急速に失われつつあるのではないかと思う。武士道もなく、道徳観念も薄れ、西欧のキリストに匹敵するような絶対的な存在も持たない今の日本人には、何が恥であるのかということさえ判らなくなっているような気がする。

不二家の社長の言葉に対して皆が怒りを感じるのも、結局はその罪の重さというよりは「本当のところは反省なんかしていないだろ!」という点だし、本日発覚した『あるある大事典』の納豆データ捏造についてももう何をかいわんやである。「恥を知れ!」と言いたいわけである。いじめ問題だってそうだ。抵抗のできない子をいじめるなんていう行為がいかに恥ずかしいことか! 飲酒運転事故だってそうだ。運転するのに飲酒をやめられない自分の弱さを恥ずかしいと思わないのか!

どうして、いつから、日本人はこんなことになってしまったのかなぁ?

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彼女の幸せを願う

カンボジア北東部のラタナキリ州で19年前に行方不明になっていた少女が18日までに無事に保護された。少女は現在27歳。言葉はほとんど話せず、与えられた衣服を脱いでしまうなど半分野生化した様子だという。全文記事はこちら

これを読んでまず思い出したのが、1920年インドのゴダムリという村で発見された世に言う「オオカミ少女」アマラとカマラのことだった。シング牧師によって発見され、オオカミとともにシロアリ塚で暮らしていたところを、親オオカミたちを殺して保護される。人間の親に捨てられたのをオオカミの親に育てられたものとして有名になった。昼間はうずくまって過ごし、夜になると活発に動き、決まった時刻に3度オオカミの遠吠えをしたという。カマラは推定8歳、アマラは推定1歳半。姉妹とされていたが、この年齢差を見てもおそらく姉妹ではなく、別々の時期にオオカミに拾われたものと推察される。アマラは間もなく死亡したが、カマラはシング牧師のもとで9年間生きた。その間、二足歩行はできるようになったが走るときには四つん這いだったし、わずか40ほどの単語と短い文章を使えるようになっただけだったという。

実はもうひとつ思い出した話があって……。『BJ』ファンならお判りだろうが「山猫少年」のエピソードである。赤ん坊の頃に洪水に巻き込まれたが奇跡的に生き延びて山猫に育てられた少年オプー。洪水のときに頭が圧迫されて小頭症になったと考えられ、知能が発達していない。BJは手術でこれを治し、人間らしい暮らしをさせようとする。片言で喋れるようになったオプーはやがてBJをかつて自分が暮らしていた巣穴へ連れて行く。そこにはオプーを育てた母山猫が銃に撃たれた傷のまま横たわっていた。母山猫を治してやるBJ。オプーはそのままそこに残ることを選択する。

このほどカンボジアで見つかった少女にも多難な前途が予想される。どうやって生きてきたのかわからないが、8歳まで人間社会で暮らした記憶やそこから得た知識が、それほど簡単に無くなってしまうものなのだろうか。サルのようにかがんだ歩き方しかできなくなるほど、危険の多い所で暮らしてきたということなのか。トラのように赤い目って……。まだまだ謎は多い。しかし、彼女が幸せに生きる道はどこにあるのだろう? 人間社会に連れ戻されて注目される生活は、果たして彼女にとって幸せなのだろうか。とにもかくにも、今は肉親の愛情をたっぷり受けてほしいと切に願う。

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年賀状の整理

すっかり忘れていたお年玉付き年賀はがきの当選番号を照合してみた。末等が1枚……。毎年判で押したように2枚当たっていたのに、今年は辛うじて1枚。当たっただけ良しとしよう。

続いて、はがきフォルダにファイルする。結婚してからずっと、頂いた年賀状は全てファイルして取ってある。結婚当初は、夫の交友関係や親戚関係を年賀状を見ながら頭にインプットしたりした。デザインも大きさもその年によって違うフォルダがもう17冊にもなった。昔はこのフォルダも数百円したものだが、今は百円均一のお店で売っている。これで充分。(ちなみに「フォルダ」が正しいのか「ホルダ」が正しいのか、私にはわからない。「紙挟み」という意味なら「フォルダ」だろうし、「中に入れておくもの」という意味なら「ホルダ」だろう。正式名称はどっち?)

まあそれはさておき、今年もこうして年賀状を頂き、またこちらからも出せたことをありがたく思う。欠けた年もなく並んだフォルダは、その間家族に不幸がなかったことの証しだ。いつまでも続くとよいなと願う。来年からは干支も新しく始まることだし、版画にも挑戦したいなどと思う。(わぁ、書いちゃった。これがきっと年末には、そんなこと書いたか?状態に切羽詰まっているのが目に浮かぶようだ……。)

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隻眼の男

今日は夫が新年会で遅くなるのを良いことに、適当に夕食を済ませた後にうたた寝をしていたら、隻眼の男に後ろから「わッ!」と脅かされる夢を見て飛び起きた。怖かったよ~!どきどき。

左目に黒いアイパッチをしていたのだが、これが誰だかわからない。日本人なのか外人なのかも曖昧模糊としている。ゲゲゲの鬼太郎、丹下左膳、伊達政宗は右目が悪いのだから、違う。あと私が知っている隻眼の男と言えば、今年の大河ドラマの山本勘助、柳生十兵衛、イスラエルの鷹ダヤン、小泉八雲、ドクター・キリコ…。うわー、けっこういるなぁ。

ついでにWikipedia で調べてみたら、ハンニバル、前田利家、ホレーショ・ネルソン、ピーター・フォーク、ピーコ、麻原彰晃等々の名前が挙がっていた。勇猛な戦闘家たちにとっては名誉の負傷というところか。 絶好のトレードマークにもなったことだろう。

他の誰に「わッ!」と脅かされてもよいけれど、麻原彰晃だけはちょっと……(笑)。

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冬の夜空

不二家についても、納豆についてもツラツラ語りたいことはあるのだが(プンスカ怒)、それらとはまったく関係なく、冬の夜空について。

昨夜はいろいろ忙しくて帰りが遅くなってしまったのだが、いざ家に帰ろうと外に出て澄み渡った夜空を見上げたとき、真っ先に目に飛び込んできたのがオリオン座の近くに輝く「シリウス」だった。(最近飛んでいる飛行機を100機見つけようと上を向いて歩く癖がついているのである。)地球から8.6光年という近さにあって、太陽に次いで2番目に明るく見える恒星。まさに冬の空の王者。

口を半開きにしたアホ面(←見ていた夫の談)で、暫しシリウスの煌めきを楽しむ。静かな場所だったので、じっと見つめているとシリウスからの光の粒が宇宙空間を通過する音や、更には地球が自転している音までもが聞こえるような気がする。夜空を見ていると、他の何を見るよりも神秘的な感覚に陥る。いま見ているのはシリウスが発した8.6年前の光。過去のものをリアルタイムで見ているという4次元的な状況がそうさせるのかもしれない。

車に乗り込むと、夫がCDを替えている。やがておもむろに流れてきたのが『冬の星座』だった。以前に二人でこの歌の歌詞を唐突に思い出して俄然聴きたくなり、文部省唱歌がいっぱい入ったCDを買ったのであった。元々は『Molly Darling』というアメリカの曲だが、堀内敬三による古文調の美しい日本語歌詞がぴったりはまって名曲になっていると思う。CDに合わせて二人で歌いながら帰った。

『冬の星座』

 作詞:堀内敬三
 作曲:ヘイス

1.木枯しとだえて さゆる空より
  地上に降りしく 奇(くす)しき光よ
  ものみないこえる しじまの中に
  きらめき揺れつつ 星座はめぐる

2.ほのぼの明かりて 流るる銀河
  オリオン舞い立ち スバルはさざめく
  無窮をゆびさす 北斗の針と
  きらめき揺れつつ 星座はめぐる

ちょうど今日の新聞にも載っていたが、文化庁などが主催した「親子で歌いつごう 日本の歌百選」にも選ばれたらしい。

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(備忘録070115)

『BJ』語り。ネタはあったんですが、きょうは病院やらあちこちの用事でくたびれまして、書く余裕がなくなりました。いずれ近いうちに。うう~~、心と時間の余裕が欲しい~~!

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キャラミルバトン

神無月さんからバトンを頂戴しました。早速いってみたいと思います「キャラミルバトン」。

◎初めに↓サイトで、自分の「オモテゲノム(表に出る性質)」と「ウラゲノム(内面的な性質)」を調べてから回答お願いします。

キャラミル研究所

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<Q.貴方のツキアイゲノムは何ですか?>

 ウラゲノムは「SMF」、オモテゲノムは「COOL」と出ました。

このタイプの特徴は・・・
●基本的に『おせっかい』です。
●最後に頼れるのは自分という主義。
●ふやーっとモノを考えるのが好き。
●どっかでヒトはヒト、自分は自分と割り切っているタイプ

詳しい説明は以下のとおり。
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・S(SELF):
「セルフ」はぐずぐずと人に相談する前に自分で考えて実行し、最短距離で問題解決を目指す堅実派発想のヒトです。感情論に走らないよう自分をコントロールできるのでヒトになにか言われてもそれほど動じません。大人っぽく聡明な印象を持ち、ハメをはずして失敗したりすることは、ありません。

外から見るとちょっと取っつきにくかったり面白みに欠けるなあ、などと思われるトコロもあります。

とにかく無駄を嫌います。会話を脱線させないので要所要所でコミュニケーションの要点を押さえるカナメになっていることも少なくないでしょう。

行動特性
「遠足で迷子になって勝手に家に帰っちゃうタイプです」

・激しく感情を表に出したりすることが少ないです。
・無駄話や本題になかなか入らない会話を嫌います。
・ヒトになにかモノを頼むのが苦手(下手)です。
・チームの足並みがそろわないとき、勝手にチームを離れ、単独行動に走りがち。

・M(MOTHOR):
「マザー」は、思いやりを大事にします。人のミスや欠点もさらりと受け入れてしまうふところの深さがあります。いわゆるポストいやし系。

メンバーの個性・好みを理解し、各自に合わせた接し方をする、なんてことを本能的にやっています。
配慮の足りないヒトから「それって計算ずくなの?」というやっかみをうけても「やーだ、そんなことないのよう」などと流せる余裕は、まさに「おかん」そのもの。

おせっかいすぎるところが、うっとおしがられることもありますがそれでもやはり、いやし系。チームの必需品的キャラクターです。

支持する意見やヒトに対してはすぐ心のファンクラブ第1号になってしまうので客観的になれないところもあります。

行動特性
「基本的に『おせっかい』です」

・人にやさしく、相手の気持ちを考えます。
・気配り上手で、世話好きです。
・人の成功を素直に喜べます。
・人に対してあまり強く意見したり、感情のままにガミガミ怒ったりできません。
・身内にえこひいきするところがあります。

・F(FEELING):
「フィーリング」はいわゆる「カンのいい人」です。事実だけでなく、いまの気持ちや直感を考慮して
物事を決めます。

「気持ち」とか「勢い」とか「根性」とか「みんなの元気をオラにわけてくれ」とかそういうもので気持ちを左右されます。

がちがちのお役所的発想とはまったく逆。ユルユルです。かたいこといいっこなしの柔軟さ。ときには「いいよいいよ」のお目こぼしもアリ!という寅さん気質です。

しかし、仕事やチームワークの場面では当たるも八卦。当たらぬも八卦。話に一貫性がない、約束したことを守らない、といった風まかせの一面もままあります。「えへへ」ですまされるか、どうかはその人の愛嬌にかかっています。

行動特性
「ふやーっとモノを考えるのが好きです」

・じっくり考えるより、直感的に行動します。
・楽観的で悩みがなさそうに見られがちです。
・数字、データ、メモ、など。実は好きじゃないです。
・前に言ったことを忘れてることがあります。

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COOL:
主な特徴
私は私、ヒトはヒト。自分だけの世界観を持つ人です。「みんなと同じ」であることに価値を感じず、自分の個性/信念に基づいて行動します。ある意味、オトナ。

自分だけの世界観とか言うと頑固に聞こえますが意外にそうでもありません。

よくしゃべる相手には聞き役、社交が必要なときは当たり障りのない話と相手に応じたコミュニケーションをすんなりと操ることができます。こうしたスムーズなコミュニケーションも「ヒトと自分は別なモノ」とわりきれているからこそ。

周りのヒトが反論や批判など強い意見を言っても、心の中ではそれほど動じません。もめ事も少なく、さらりと会話をこなすタイプです。

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<Q.当たってますか。>
 基本的に「自分は自分、人は人」というところは当たっています(苦笑)。

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<Q.どんな点が当たってる or 違ってると思う。>

 SELFの行動特性「遠足で迷子になって勝手に家に帰っちゃうタイプです」にはアイタタタ…です。私なら必ずやそうするでしょう(笑)。というか、そういう場合どんな行動を取ればよいのか、他の行動パターンを思いつきません。迷子になっているのならその時点で先生にも友達にも連絡がつかないわけでしょうし、皆に合流できないのなら家に帰るしかないかと。あ、遠足で迷子になるという状況が既にSELFなのか……。

 MOTHERの「基本的に『おせっかい』です」というのはちょっと違うかも。あ、いや、そうか……な? 私のおせっかいで嫌な思いをされた方があったら、ごめんなさ~い。

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<Q.オモテゲノム、貴方の知り合いにはどのタイプが多いと思う。>

 SLOW系の人が多いかもしれません。何考えてるんだコイツ?みたいな(笑)。

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<Q.ウラゲノム、貴方はどのタイプに憧れる or なってみたい。>

 一日中いっしょにいて一言も喋らなくても気にならない、でも側に居られてもお互いに嫌じゃない、というようなタイプがいいな。命令するのもされるのも嫌。基本的に一匹狼がいい。ということは、SELFかなぁ。WILDというのにもちょいと憧れますが。

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<Q.この人のツキアイゲノムが知りたいな!を5人。>

 え~と、同性の方を選びたいと思います。
 トーレスさん
 グリコーゲンさん
 よろしければ、やってみてくださいまし。もちろんスルーもOKです。

けっこう答に窮するような質問が多くて「どちらでもない」の割合が多くなってしまったのですが、その微妙なところを読み取っていろんなタイプに分類してくれるようです。間違ってもGENERALやREALISTにならないところに信憑性を感じました(笑)。
神無月さん、面白いバトンをありがとうございました♪

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(備忘録070113)

ちと多忙につき、本日の記事もお休み。ああ、なんだか最近まともな記事を書いていないような気がする。とりあえず一言だけ。

納豆はどこ?! みんなテレビに踊らされすぎだよーー!

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(備忘録070112)

飛んでいる飛行機を100機見つけたら良いことがあるという話を新聞で読んだ。昨日1機見た。この時期はあまり空を見上げて歩くこともないので、良い機会だ。あと99機見つけてみよう。何日かかるかな。

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琵琶丸!

070111_231201 『BJ』DVDのVol.18を買って来た。店頭で見つけたときには驚いてぶっ飛んだ。今回はBOXが付いてきたのだがその背表紙に、ドクター・キリコがいたからだ! 何故あんたがここに?! 『BJ21』になってやっと出てきたくせに。『BJ』シリーズにはとうとう出てこなかったくせに。そうか。『BJ21』のBOXにはスカイホスピタルがドーーンと描かれていて、キリコさんは描いてもらえなかったから、お情けか。思えば不憫な男よのぅ。いやしかしそれにしても、ここに至って琵琶丸とキリコさんの2ショットなんてとんでもないものを見せてくれたスタッフに感謝!(眼福)

というわけで、Vol.18。待ちに待ったKarte51「噂の座頭医師(原題:座頭医師)」が収録されている。一昨年の秋に放送されて、私が何故録画しておかなかったのかと悔やんだ回である。琵琶丸、やっぱカッコいいわ! 渋い、けど熱い。BJ相手に決して引けを取らず「手術なんてモノは邪道です」と言い放つ。「けものや鳥をみな。病気になったって手術なんかしねえよ」。(まぁ、獣や鳥は手術もしないかわりに鍼も打たないけどな。)この台詞はBJの急所を突く言葉だ。言い返せない。せいぜい、鍼を打っても報酬を受け取らないことについて、そんな慈善を売り物にする人間は虫が好かん、と言うのが精一杯。針を見ると恐怖感に襲われる不安神経症の女の子の治療をめぐってスッタモンダあって、二人はそれぞれの力量を認め合うことになる。東洋医学と西洋医学の違いはあっても、患者を治そうと懸命になる点において、二人は同じプロフェッショナルだったのである。

この年末年始にも様々な医療関係の番組があったが、どんなに医療技術や薬が進歩しようと、最後はやはり担当医の人間性ではないかと私は思う。それには、どうせこんな地方にいれば最先端の医療を受けられるはずがないというアキラメの気持ちに似た理由もあるのだが、たとえそうでなくとも、自分の身体を安心して預けられる暖かい医師と出会えることのほうが嬉しいだろうと思う。『BJ』の中に出てくる医者で例えれば、白拍子先生よりは古和先生を私は選ぶ。病気を見て患者を見ない医者は嫌だ。

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電報

ここ何年と電報を打つことなどなかったが、遠い親戚に不幸があって、電話帳をめくってみた。台紙はこれ、文面はこれ、と夫と相談しつつ決めて、いざ電話しようとしたら受付時間を過ぎていた。_| ̄|○ 午後10時以降は緊急電報(いわゆるウナ電)等の受付しかしないらしい。明朝8時になったら即電話だ。

しかし、電報って現代においてどれくらいの需要があるのだろう? 結婚式と葬式くらいしか見ることもなくなったように思う。若い人に「ウナ電」なんて言っても通じないだろうな。……と、ここまで書いて、自分もその語源を知らないことに気付いたので調べてみた。モールス信号らしい。英語の「urgent」(至急)の略号「UR」のモールス符号が「・・- ・-・」(トトツー トツート)で、それを和文モールス符号に当てはめると「ウナ」になることに由来しているのだそうだ。へぇ~。

昔々のテレビ番組で、石坂浩二が「ウナ電頼む」と言ったのに助手の女の子が「ウナ丼ね」と答える場面があった。探偵モノだったように思うのだが、タイトルが思い出せない……。

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年末年始に録画しておいた番組を、早送りで観る(笑)。だって、コレと言ってじっくり観たいものがないんだモン。昨年は観たいドラマが3つくらい重なってしまってどれを録画するか迷った覚えがあるのだが、今年は私にとっては不作だったようだ。その中で観た動物モノで、猫の実験がおもしろかった。

「猫は家に付くって本当?」を実証していた。まず、猫を飼い主と一緒にまったく知らない家に連れて行く。ここで、くつろいでいるときにする3つの行動(エサを食べる、猫じゃらしで遊ぶ、寝る)を取るかどうかを2時間観察する。傍らに飼い主がいるというのに、猫は落ち着かない。あっちを覗き、こっちを警戒し、緊張した様子で動き回る。結局最後には壁と家具の間に入り込んでしまい、3つの行動はひとつもしなかった。次に、猫を飼われている家に帰し、飼い主とは違う人が側にいるという状態を作る。本当の飼い主は別室でモニターを見ながら「きっとダメだよね」なんて言っていた。ところが猫は、いつもどおりにくつろいで、知らない人からエサをもらい、知らない人と遊び、最後にはお気に入りの場所で寝てしまった。飼い主は憮然「……。」(笑)。

専門家によると、猫は定住性が高いので人よりも場所に付くのだそうだ。飼い主のことなどエサをくれる道具というくらいにしか思っていない、というコメントに笑った。猫を飼っていると猫に飼われているような錯覚を起こすことがある、というのはよく聞く話だが、そういう性質が確かにあるのだろう。私なぞ元々猫好きということもあるのだが、道ですれ違うノラ猫の機嫌まで取ってしまう。人間に対しては絶対にそんなことしないのに(笑)。何故なのだろうな? 夫は、私と結婚するまでは犬好きの猫嫌いだった。それが今では「シャーちゃん♪」なんて猫なで声を出している(注:シャーは毎日やってくる通い猫である)。とにかく猫には上機嫌でいてほしいのだ。滅茶苦茶可愛がってやりたい存在なのだ。逃げられたりするととても悲しい。つくづく不思議な生きものである。

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「上と下」

新年1回目の『BJ』語りは、私の好きなお話について。

もしも私が『BJ』のエピソードの中でどれが好きかと問われたら、かなり上位にランクインするのが「上と下」である。あらすじを簡単に書くと……

高層ビルに会社を構える社長が大動脈瘤の破裂で倒れる。たまたまそのビルに来ていたBJが呼ばれるが、手術のためには輸血が必要と判断。ところが社長の血液型はRh-と判明。ビル内外に該当者を探したところ、向かいのビルの建設現場で働いていた力(りき)さんが名乗り出る。力さんの輸血の甲斐あって手術は成功。BJは5千万円の小切手を受け取って去っていく。回復した社長は力さんをスカイレストランでの食事に招待して感謝の意を表すが、力さんはこんな堅苦しい場所では味なんかわからない、と。今度は力さんが行きつけの大衆食堂へ誘い、サバの煮つけ定食を食べたりして、すっかり仲良くなる二人。しばらくして、今度は力さんの建設現場で事故が起こり、力さんに輸血が必要となる。向かいのビルの社長がRh-と聞いた医者は連絡を取るが、そのとき社長は大きな商談のためにアメリカへ行く飛行機に搭乗して離陸を待つばかりとなっている。機内でメッセージを受け取るが、一緒にいた重役は、この飛行機で行かないと間に合わない、この商談をまとめないと会社の命とりになる、と社長を止める。「さよか……」と一旦は納得したかに見えた社長だが、飛行機が離陸する寸前になって「待ってくれ! 下りるーっ!!」。白バイをひきつれて車をすっ飛ばし、力さんのもとへ駆けつける社長。3ヶ月後、力さんはすっかり元気になり元の現場で働いている。おいらの大恩人だ、と向かいのビルを見つめる先では、件の社長の会社が倒産を迎えていた。例の商談がパアになったことが原因である。重役からも見捨てられ、みすぼらしい格好でしょんぼりとビルを出た社長は、かつて力さんと一緒に行った大衆食堂でサバの煮つけ定食を注文する。と、そこへやってきたのは力さんとBJ。ここから先の台詞が良いのでそのまま引用してみる。
力「気を落とさねえで……出なおしだろ!! 手伝うよっ。この先生も手を貸すってさ」
BJ「だれが手を貸すといった?!」
力「じゃあ先生なんでついてきたんで」
BJ「私はこないだの手術代のツリを持ってきただけだ。人のせわなんかまっぴらだ。あばよっ」(封筒を置いて去る)
力「ツリだっていいましたぜ」
 (封筒の中身を見る)
 「ギャッ! 4千9百9十万円の小切手?!」 
 (社長と二人で外に出て…)
 「おーーーい 先生ーー」
BJは近くに停めた車の中から、この二人の様子をじっと見ている。やがて、肩を組んで夜の街に消えていく社長と力さん……。

上と下。高層ビルの上に住む者とビルの建設現場で働く者。大会社の社長と建設作業員。スカイレストランと大衆食堂。象徴的に対比された二人の男の友情物語である。『BJ』のエピソードを分類するとすれば「人情噺」の中に入ることだろう。たいして活躍しないかと思われたBJは、最後の最後に大活躍。二人の友情に絆されて慈善を行っている。

この話のどこが好きかと言われれば、まずこの社長の造形が好きだ。およそ大会社の社長には見えないずんぐりむっくりの体型と泥臭い風貌をしている。名前がまた「自転車操業」の「焼久曾」ときたもんだ(笑)。庶民中の庶民が何かの間違いで社長になっちゃいましたというような、落語で言うなら「世の中をついでに生きているようなポ~っとした」人物なのである。ところがそんな人物が、自分の会社が危なくなるのも顧みず、力さんの命を救おうとする。本当に大切なことは何かということの基準とか感覚が、われわれ庶民と同じなのである。だから応援したくなる。金を儲けて何がいけないの?と言って憚らない某MファンドのMとか、金儲けのためには手段を選ばない某LD社のHとかとは、そこのところが全く違うのだ。

そんな社長のために一肌脱ぐBJもまた良い。全額返すのではなくて、ささやかに10万円だけ抜いて「ツリ」だなんて、そりゃアンタ出来すぎだよ~~!(笑) さすがに恥ずかしかったのか、本人はすぐに店を出て行ってしまっている(笑)。ここでぐずぐずしていて感謝でもされようものなら、BJ先生きっと照れくささのあまりますますブッキラボウになるか、どうしてよいかわからず挙動不審になるに違いない。社長と力さんの友情物語であると同時に、ラストではちゃんと主役であるBJの心情や性格までもが察せられるようになっている構成も良い。

BJは決してこの後3人で祝杯を上げるなんてことをしない人間だろう。楽しい場や幸せな場面に自分から入っていこうとはしない。嬉しそうな二人の様子を、暗い車内からうつむき加減の仏頂面でただ眺めている。自分のポジションはそんなもんだと思っているようなフシがある。他人が喜んでいるのを見るのは嬉しい。でも自分はその渦中にはいない。もしかすると、二人の友情の暖かさを見て、自分にも以前は固い友情で結ばれた友がいたことを思い出しているのかもしれない。車の中のBJの様子からは一抹の寂しさも感じられるのである。秀逸なラストだと思う。

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かるた

なかなか風邪が治らない。休日だから終日家でゆっくりしていたが、父の見舞いにも行かれず、洗濯物も溜まっているだろうと思うと気が気でない。明日はマスクをしてでも行かねば。それにしても、昨日からの暴風雨は凄かった。天気図を見るとまさに台風並みに等圧線が混んでいる。被害に遭われた方々には心よりお見舞いを申し上げます。Photo_2

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百人一首は「歌かるた」とも呼ばれる「かるた」の一種であるわけだが、「かるた」というのは英語の「Card」にあたるポルトガル語だ。だから、日本のかるたの歴史は室町時代に伝わった「南蛮かるた」(12ランク×4スート)に始まる。当時はそれを改良して「うんすんかるた」(15ランク×5スート)というものもあったようだ。「うん(un)」は1、「すん(sum)」は最高の意味。「うんとかすんとか言ってみろ」の「うん・すん」は、これに由来する。余談だが、私が大学時代「うんすんかるた」の遊び方について研究している先生がいて、「どうやっても先手(あるいは後手だったか?)しか勝てない。いったいどういうルールだったのだろう?」と首をひねっておられたのを思い出す。今ではルールも判っているようだ。

四季折々12ヶ月の動植物を描いて日本原産と思われる「花札」(12スート×4種)も、元はポルトガル由来のカードをアレンジしたもののようで、48枚という枚数からもそれが窺えるのではないかと思う。ちなみに「トランプ」が13ランク×4スートに定着したのは19世紀と極く近年のことらしい。

百人一首は、ポルトガル由来のカード遊びとは遊び方がまったく異なる。ランクがあるわけでもないし「役」もない。これはそもそもが名歌を覚えるのが目的で作られたからだと考えられる(江戸時代までの読み札には下の句が書かれていなかったらしい)。そういう点では、いろいろなことわざを盛り込んだ「いろはかるた」と同じ性質のものと言えるだろう。これにはまた江戸や京大阪といった地域差があっておもしろいものだ。

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(備忘録070106)

風邪、どうにか回復中(当社比10%UP)。この寒さでぶり返さないようにしなくては。ご心配くださった皆さん、どうもありがとうございました。今夜も早めに床に就きます。おやすみなさい。

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(備忘録070105)

風邪、絶賛悪化中につき、きょうはお休みします。声が出ねぇよ~~。ゲホゲホ。

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(備忘録070104)

年末に風邪を引かずに済んだと思っていたら、どうも今頃引きこんだようで鼻水がだーだー出る。暖かくして寝よう。

きょう、友達から出された問題。ここに書くに当たって他のシチュエーションに変えようと思ったのだが、適当な例を思いつかない。よってそのまま。新年早々下ネタですみません。
「女性1人に、男性3人。ところがコンドームが2個しかない。それぞれの人の肌に当たる面は、それぞれ別にしなくてはならない。どうすればよいか?」
問題を出した友達も答を知らない。私の考えた方法でいくと、2番目の男性が一番良くて、3番目の男性が一番気持ち悪いのではないかと思うが、どなたか正解をご存知の方はありませんか? って、ここで書いてもなぁ(笑)。

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酔っぱらい

明日から仕事始めということもあって、故郷や旅先からのUターンラッシュのようだ。私の生活には無縁のものなので、長距離移動ご苦労様という気持ち半分、海外などから帰ってくる人たちが羨ましいという気持ちが半分である。

小さい頃から、お正月休みに旅行に行ったという経験が無い。元日か二日には必ず父の仲間が家にやってきて新年会をやっていたからだ。一番盛会だった年には芸者さんまで呼んでいた。母は料理運びやお燗の番で忙しく、私もお酌をして回ったりした。兄は……上手いこと逃げていたようで家にいなかったナ(笑)。それでお年玉でもガッポリ入れば嬉しいのだが、係でひとつとか課でひとつとか。そんなところでまとめるなと言いたい!! 酷いときには、皆さんきこしめして、そんなことすっかり忘れて酔いつぶれて、私の部屋まで入り込んでグーグー寝ていたツワモノもいた(この人は結局翌朝まで寝ていて、朝食のときには借りてきた猫のようにおとなしくなっていた)。この傍迷惑な一団は、「次は○○のところだ!」などと言って、またどこぞのお宅に押しかけることもあったようだ。そんなとき、父は着物を着て、年代物のインバネスを羽織ったりしていた。そのシルエットが妙にカッコよかったことだけは覚えている。

いつの年からか新年会は取りやめになり(母が嫌だと言ったのかもしれない)、その頃のお仲間で今では鬼籍に入られた方も多い。父も結局今年は病院で年越しをした。父のところに来た年賀状を見ながら、父も寂しいだろうなと思う。私にとってはあまり愉快な思い出ではないが、父にとっては仲間とお酒を飲んで羽目を外すことくらいしか楽しみもなかったのかもしれない。だんだんとお正月の風情も失われつつある昨今では、年が明けたのか明けないのかもよくわからないようなメリハリの無い連続した毎日だが、あの頃の私のお正月は、間違いなく酔っぱらいとともにやってきていたのだ、と懐かしく思う。

全然関係ありませんが、今年もまたBJ公式ページではBJ先生が裃姿で新年の挨拶をしておられます。去年と一緒だし、最近更新もないので、寂しい限りですが……。

2007yearそこで、目も覚めるような素敵イラストを飾らせていただきます! 新年早々トーレスさんとこから強奪してきたおめでたい 逸品。取って置きの甘口「雪中梅」をキリコ先生に飲まれてしまい、怒り心頭のBJ先生です。仲良く喧嘩しているお二人が可愛いと思う私はどっかオカシイでしょうか。トーレスさん、いつもいつもありがとうございます! 何もお返しできませんが今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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あれこれ

きょうは雨模様の一日。昨日のうちに初詣でを済ましておいてよかったと思う。夫の実家へ行き、姑さんとずっとお喋りして過ごした。

そこで出た話題。ほんの数年前まではかなりの確率でつけられていた車の注連縄を、今年はほとんど見なくなった。あっと言う間にブームが終わってしまったようだ。そもそも注連縄というのは、特定の場所に悪いモノが入ってこないように結界を張るという意味合いだろうと思う。車の場合、そこに結界を張っても、車自体が動くのだからどうしようもないような気がする。お守り代わりというくらいの気持ちで皆がつけていたのだろうが、お守りと注連縄ではちょっと役割や働き方が違うように思う。なんとなく、だが…。こういうことは京極夏彦描くところの中禅寺秋彦なら10ページくらい薀蓄を傾けそうだ。

というわけで、本日やっと『邪魅の雫』(京極夏彦著)を読了。う~ん、前作よりは面白かったが、今ひとつの出来というところ。最後の謎解きというか憑き物落としの場面が、あまりにも冗長だった。真犯人を前にして、関係者たちが事件とまったく関係のない話(予備知識ではあるのだが)を延々と語るなんてあり得ない。あまりに不自然なシチュエーションで、興が殺がれた。それまでは結構面白かったのに。榎木津も今回は割りとまともに日本語を喋っていてシリアスタッチで良かったのに(まぁ、彼が「見えた」時点で真犯人もわかってしまったのだが)。しかし、全編を通して所どころハッとするような卓見が見られたように思う。「世間」と「社会」の違いとか、うまく周囲と関われない人々(多かれ少なかれ誰も皆そうだろう)の心の中とか、日ごろわれわれが漠然と感じている諸々の思いを京極堂がきちんと説明してくれるのは気分が良い。明確に言葉に表すこと、まさにそれが京極堂の憑き物落としの手法であるから、私自身の憑き物はだいぶん落としてもらえたと思う。それだけでも、読んで良かったかな。

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一月一日

あけましておめでとうございます。今年も皆様にとって良い年になりますように。

夕方から出雲大社へ初詣でに行った。今まで人出が多いのを敬遠していたので、三が日のうちに参るのは生まれて初めてのことである。着いたのは6時頃だったが、それでもまだ結構な人出だった。

Photo  国宝の本殿を携帯でパチリ。一般人は本殿には行かれないので、廻廊越しに空に聳える男千木(長さ7.8メートル)を仰ぎ見るだけである。現在の本殿の高さは24メートル。平安時代の数え歌によれば、当時は48メートル。さらにその前は96メートルあったとも言われている巨大建築物である。イズモの王オオクニヌシノミコトが、イズモをヤマトにPhoto_1譲る代償として建てさせたものとされる。あるいは、ヤマトがオオクニヌシの魂を幽閉するために作った巨大な箱なのかもしれないのだが。歴史は勝者のものだから、真実はもはやわからない。しかし現代、出雲大社は良縁を願う男女が全国から集る場となり、オオクニヌシは縁結びの神様として親しまれている。出雲神話を読む限りでは、オオクニヌシというのはかなりの艶福家であったようなので、まさに適任ということなのかもしれない。戦乱に明け暮れていたであろう古代の王が縁結びの神様になるというのはなんとなく滑稽であるが、平和的でほほえましい。

ところで「年のはじめのためしとて」で始まる「一月一日」は、出雲大社の宮司であった千家尊福氏の作詞である。境内にはこの詩の歌碑がある。ついでに、その近くにある日の丸の掲揚ポールの高さは平安時代の本殿の高さと同じ48メートル。そこに75畳分の大きさ(縦8.7メートル、横13.6メートル、重さ52キロ)の日の丸が翩翻と翻る様は壮観である。おそらく多くの国民が一度や二度は見たことがあるだろう。NHKの放送終了後に流される映像の日の丸が、それである。

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