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彼女の幸せを願う

カンボジア北東部のラタナキリ州で19年前に行方不明になっていた少女が18日までに無事に保護された。少女は現在27歳。言葉はほとんど話せず、与えられた衣服を脱いでしまうなど半分野生化した様子だという。全文記事はこちら

これを読んでまず思い出したのが、1920年インドのゴダムリという村で発見された世に言う「オオカミ少女」アマラとカマラのことだった。シング牧師によって発見され、オオカミとともにシロアリ塚で暮らしていたところを、親オオカミたちを殺して保護される。人間の親に捨てられたのをオオカミの親に育てられたものとして有名になった。昼間はうずくまって過ごし、夜になると活発に動き、決まった時刻に3度オオカミの遠吠えをしたという。カマラは推定8歳、アマラは推定1歳半。姉妹とされていたが、この年齢差を見てもおそらく姉妹ではなく、別々の時期にオオカミに拾われたものと推察される。アマラは間もなく死亡したが、カマラはシング牧師のもとで9年間生きた。その間、二足歩行はできるようになったが走るときには四つん這いだったし、わずか40ほどの単語と短い文章を使えるようになっただけだったという。

実はもうひとつ思い出した話があって……。『BJ』ファンならお判りだろうが「山猫少年」のエピソードである。赤ん坊の頃に洪水に巻き込まれたが奇跡的に生き延びて山猫に育てられた少年オプー。洪水のときに頭が圧迫されて小頭症になったと考えられ、知能が発達していない。BJは手術でこれを治し、人間らしい暮らしをさせようとする。片言で喋れるようになったオプーはやがてBJをかつて自分が暮らしていた巣穴へ連れて行く。そこにはオプーを育てた母山猫が銃に撃たれた傷のまま横たわっていた。母山猫を治してやるBJ。オプーはそのままそこに残ることを選択する。

このほどカンボジアで見つかった少女にも多難な前途が予想される。どうやって生きてきたのかわからないが、8歳まで人間社会で暮らした記憶やそこから得た知識が、それほど簡単に無くなってしまうものなのだろうか。サルのようにかがんだ歩き方しかできなくなるほど、危険の多い所で暮らしてきたということなのか。トラのように赤い目って……。まだまだ謎は多い。しかし、彼女が幸せに生きる道はどこにあるのだろう? 人間社会に連れ戻されて注目される生活は、果たして彼女にとって幸せなのだろうか。とにもかくにも、今は肉親の愛情をたっぷり受けてほしいと切に願う。

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コメント

命あるものはみな家族なのですね。
労わりあえる家族を。

投稿: かすかな夢 | 2007年1月20日 (土) 22時44分

夢さん
ヒトも動物もみな家族。平等な命。
それを一番わかっていないのがヒトなのかもしれませんね。

投稿: わかば | 2007年1月21日 (日) 00時02分

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