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2007年2月

(備忘録070228)

本日のお買い物。
『まともな人』(養老猛司著)
『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(村上春樹、河合隼雄対談)
『松江 観光文化検定試験 公式テキストブック』(松江商工会議所監修)

きょうで2月も終わり。きょうを最後にサイトを閉じられる方がある。モノトーンの個性的なイラストにため息が出るサイトだった。作品自体は少し前からもう観られなくなっていたが、お知らせのページだけは残っていた。それもきょう限りである。管理人さんは病気療養中とのこと。どうか一日も早くお元気になられて、また素敵なイラストの数々を拝見させてください。ずっと待っています。

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思うことあれこれ

社会のしくみというのは非常に複雑であるらしい。新聞やニュースを見ていても、毎日「?」と思うことがたくさんある。きょうは現時点で私に理解できない、あるいは納得のいかない事項をつらつらと挙げてみる。

・北朝鮮による拉致問題
 先の6ヶ国協議で、拉致問題の進展がない限りエネルギー支援には応じない(人道的支援を除く)という姿勢を明らかにした日本。なんかそれで良いようにも思えるのだが、よく考えてみるとそもそも拉致というのは犯罪なのである。無条件で返してもらって、更には向こうに罰を与えるのが本当だ。拉致された人たちを返す気があるなら日本はこれだけ出しますよ、というのはどう考えても変ではないか。そしてこの問題が政治的外交的取引の条件になってしまうと、かえって解決の道が遠のくような気もして、それが心配なのだ。かと言って、あの人が相手では常識が通用しないからなぁ……。

・日本の財政赤字
 これ、どうもピンと来ないのだが、突き詰めれば国民ひとりひとりが借金を背負っているということなのだろう。それも本人がまったく気付かないうちに。今現在どれだけの赤字なのかはこちらで。これを見ているともう何もかもどうでもよいと思えてくる。日本はもう破綻しているのだな。とても他国に援助なんかできるような状態じゃないんじゃないの?

・人手不足と就職難
 生産業界では人手不足が深刻なのだそうだ。団塊の世代の大量退職時代を迎えて人材が確保できず、ロボットを導入している企業もあるとか。一方ではずいぶん長いこと若者の就職難も叫ばれている。若者の希望する業種が偏っているのも一つの原因だろうと思うが、なんとか均等に人材が配分されないものかと願う。私などは、流通より生産のほうに興味があるけれど。特に熟練の腕を必要とする業種なんか魅力があると思うけどなぁ。日本人の器用さと繊細な感覚を生かしたモノ作りという分野は、国際間競争にも負けない付加価値がある。ロボットなんかにまかせておかないで、その精神も含めて伝承していって欲しいと思う。

・「おふくろさん」
 森進一氏と川内康範氏との間でまだもめているこの騒動。「著作権」には「著作者人格権」と「著作財産権」とがある。この問題の場合は、歌詞(セリフ)を勝手に付け加えたということで「著作者人格権」の中の「同一性保持権」に抵触する可能性がある。『紅白歌合戦』以前から(なんでも10年ほど前から森氏は改変して歌っており、川内氏も去年あたりから指摘していたらしい)問題視されていたようだから、今頃になって門前払いを食ったりする前に、ちゃんと了承を得るなどして解決しておくべき問題だったろうと思う。著作権の問題と言うよりは、道義的な問題だろう。
 関係ないが、川内康範と言えば『月光仮面』。久しぶりに『イブの息子たち』を思い出してしまった(←マニアックなひとりごと)。

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友引警部

月曜日は『BJ』語り。きょうは友引警部を取り上げてみる。

とても好きなキャラなのである。演ずるは手塚作品の名悪役アセチレン・ランプ氏。黒縁眼鏡をかけた強面の男で、ほとんど笑顔を見せないかわりに、嬉しかったり意気込んだりすると頭のてっぺんにローソクが灯るめずらしい人だ。『BJ』の中では、友引警部だけでなく、「こっぱみじん」で精神錯乱を起こした大統領、「失われた青春」で若返って恋敵に復讐を遂げる石油王、「ゴーストタウンの流れ者」で昔の恋人を想い続ける犯罪者等々、数え切れないほどたくさん出演して多彩な役柄を巧みに演じ分けている。何の話でだったか、事故に遭って担架で運ばれる怪我人役のときは、「せっかく出てきたのにこれだけか。もっといい役やらせろ」というようなことを言っていたから、本人は準主役級の役こそ自分にふさわしいと思っているようである。

友引警部。歳のころなら40代後半~50代前半だろうか。「獅子面病」で原因不明の難病・獅子面病(ページェット氏病)を病んだ16歳の息子がいることがわかる。他の家族構成は不明。このエピソードでは、BJは無免許医として逮捕されるか、それとも患者を治して医師免許を受けられるかという状況に追い込まれる。患者が自分の息子であることはおくびにも出さず、「とても無理だと思ったらやめたほうがいい。え モグリ先生」と脅す警部。BJは「いやがらせはもう十分だろう!」と手術室に向かう。最初に読んだときには、なんて嫌な刑事だ!と思うのだが、2度目には(これはどうしたって読み返したくなる話だ)息子を思う心情が痛いほど伝わってくる場面だ。このころの警部はそれほど深くはBJを理解していない。いや、モグリということだけで、理解などしようともしていなかったかもしれない。ただ腕だけは良いという話を聞いて、藁にもすがる思いだったのだろう。怒らせて本気を引き出そうとする意味合いもあったと思う。

どういういきさつで、警部の息子がBJのテスト用患者に起用されたのかはわからない(警部が何かしらの圧力をかけたことを匂わせる会話もあるがはっきりしたことはわからない)。原因不明の病気なのだから当然治療法だって確立されているわけではない。BJも「カケるしかないでしょう」と言って手術を始めている。警部にとっては、息子をBJに委ねること自体がそもそもカケである。そして、二人の男がカケた手術は、見事に成功する。三ヶ月後に無事に包帯が取れた患者は元の姿に戻っていたのである。

医師団はBJの医師免許を要請するが、BJが患者を脅迫していることから免許が下りないことを警部に告げる。このときの警部のセリフが泣かせる。「そんなことは問題じゃない! 人の命をすくってるんでしょう? 人の命を!!」。あれだけBJのことをモグリと罵ってきた警部がここに到ってBJの肩を持っている。熱血で一本気だが、本当に大事なことに気付けば、即座に我が身を改められる潔さ。この男らしさが私は大好きなのである。ラストシーンは、BJの横を申し訳なさそうに肩をすぼめて無言で通り過ぎる友引警部。それを黙って見送るBJ。アニメ『BJ21』では警部が謝っていたが、ここはやっぱり何も言葉を交わさないほうが断然よい。伝えたい思いはお互いに充分伝わっているのだから。言葉に出せば空虚になる。

その次の警部の登場作品は「山手線の哲」。無免許医療を見逃すかわりに、スリの哲の指の手術をしろと迫る警部。「おまえさんはきたないおまわりだ」と言いつつも、哲の身を案じている警部の様子に気付いたのか、無料奉仕をするBJ。なんだかんだ言っても、この二人は仲が良いのである。ルパン三世と銭形警部を彷彿とさせるところもあるが、あれよりちょっとハードでシリアスな印象である。

友引警部。OVA版では「高杉警部」という名前で登場する。やっぱりBJとは仲が良くて(笑)、警察の情報をリークしてやったり、街中で偶然見かけると擦り寄って行ってあたりに聞こえるような大声で「無免許医」を連発して嫌がられたりしている。『BJ21』の友引警部もBJが唯一秘密を打ち明けた相手だったし(最初だけだったが…)、ゲーム『BJ 火の鳥編』でもBJに情報を提供する役目を担っていて、BJには頼りにされていた。

表面上は追う者と追われる者だが、信頼に足ると認め合った男同士の着かず離れずの関係がなんとも心地よい。緊迫感と人情味の両方を醸し出すことのできる名脇役である。

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星の王子様引退

三遊亭円楽師匠が引退を表明なさったそうだ。『笑点』の司会者としてお馴染みだったが、2005年10月に脳梗塞で入院。復帰を果たすも、翌年5月に勇退。今日、国立演芸場の「国立名人会」で「芝浜」を演じた後、「もうちょっとはっきりしゃべれると思ったら、だめですねえ。こんな噺をお客様の前でやるのは情けない」と。どうやらこれが最後の演目となりそうである。

噺家の引き際の逸話としては、昭和を代表する名人・先代桂文楽が「大仏餅」を演じている最中に人名が出てこなくなり、「勉強しなおして参ります」と高座を下りてそのまま引退してしまった、というのが有名だ。彼の場合は、その「勉強しなおして参ります」という言葉も、前から何度も稽古していたと聞いたことがある。稽古に次ぐ稽古で名人になった噺家だ。

これが、同じく昭和の大名人・古今亭志ん生なら、人名どころか噺全部を忘れても大丈夫だったんじゃないかと思う。晩年の彼の高座を実際に見た人の話によると、呂律が回らないどころの話ではなくほとんど何を言っているのかわからなかったらしいが、それでも満員のお客さんは笑い転げていたという。まさに天性の素質を持つ噺家だ。(ちなみに私はご両所の高座を実際に聴いたことはないが、このお二人をはじめとする古典落語のテープをすりきれるほど聴いていた時期がある。)

円楽さんは、文楽さんと似たタイプの噺家なのかもしれない。ここでピリオドを打つのが、彼の矜持なのだろう。泣かせる話の上手い人だったと思う。ライバルの立川談志師匠はどう思っているのかな?

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海を汚すな!

病院に父を見舞った帰りに、海岸まで足を延ばした。ひと気のない小さな入り江で夫と車の中から日本海を眺める。彼は釣りが趣味なので、そこらあたりの岩場の名前を熟知している。あれがスズミ鼻、あれが猿渡……と説明してくれるが、いや、聞いてもすぐ忘れるから(笑)。きっと山から猿が下りてきてあの岩場まで行ったんだろうね、などと話しながら、岩場に砕ける波を見ていた。

ところが、興醒めなのが、その手前に見える入り江に打ち上げられたゴミなのである。何の残骸だかわからないがけっこう大きなプラスチックの塊とか、ポリ容器、ポリ袋、ペットボトル、灯油缶、種々雑多なものが散らばっている。ここらへんの海自体はとても綺麗だ。泳ごうと思えばどこでだって泳げる。ところが海岸がこの有様では……。

海はゴミ捨て場ではない!! 

声を大にして言いたいと思った次第である。『Knock Out Voice』に投書してやろうかしらん。

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包む

昨日2月22日は、にゃんにゃんにゃんで「猫の日」、そして島根県民なら忘れちゃいけない「竹島の日」、ついでにわが家では結婚記念日だった。忘れないようにと平成2年2月22日に籍を入れて、今年で17年目。うち、10回くらいは忘れていた。今年は覚えていたけれど……私だけな!!

で、きょうは何の日かというと、トイレに貼ってあるカレンダーによると「風呂敷の日」。なんじゃそりゃ、と調べてみると「つ(2)つ(2)み(3)」で2月23日なのだそうだ。「つつむ」ではいけなかったのかな(笑)?

私はけっこう風呂敷が好きで、縮緬の可愛い柄のものをいつもバッグに入れている。人にちょっと何かを差し上げるときなどにザザッとくるむ。何かを持ち運ぶためではなくて、剥き出しにしないために使うことが多い。この感覚は、いたって日本的なものだろうと思う。あからさまなことを嫌う心情だ。『広辞苑』によると「包む」は「慎む(つつむ)」と同語源である。「ほんの慎ましやかなものですけれども」という気持ちを、包むことで表す。祝儀袋やポチ袋などもそれと同じ発想だろう。残しておきたい風習だと思う。過剰包装はいけませんが。

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修行

昨日書こうと思っていた死刑論については、以前に触れたことがあるのと、そのときの考えから何の進展も変化もないことから、続きを書くのはやめた。基本的に私は死刑反対の考えを持っていることだけ書いておく。

録画しておいたNHKの朝の番組で、俳優の三田村邦彦さんが永平寺で1泊2日の体験修行をされた様子を観た。以前に『食う寝る坐る 永平寺修行記』(野々村馨著)という本を読んで以来、雲水さんの規律正しい生活には興味と一種の憧れを感じ続けてきた。1時半だの2時半だのという起床時間に始まって、一日のスケジュールがきちんと決まっている。行うことは作務と坐禅と食事だけであると言ってよい。そして寝る。無駄口など許されない(三田村さんはそれが一番キツかったと話しておられた)。

同行のアナウンサーさんは、最初の説明を受ける時点から「足が痺れて……」と訴えていたが、教育係の雲水さんに「我慢してもらうしかありません」とピシャリ(笑)! 坐禅は40分のものが2度あったらしい。三田村さんは姿勢を保つのが難しかったと言っていた。知らず知らずのうちに背中が曲がって前傾姿勢になる。2度目に座ったときには、これで良いかなと思っていたのに警策(きょうさく)でパシィッ! これが思わず声が出そうになるほど痛いのだそうだ。

食事の作法も、姿勢から腕の角度から食器の上げ下ろしから箸を向ける向きまですべてが決められている。使用後の食器は洗ったりしないから、それこそ舐めるように綺麗に食べて(たしか、沢庵で食器の汚れをこそげとるのではなかったかな?)、最後に一杯のお湯で全ての食器をゆすぐようにする。そのお湯はもちろん、飲む。居ながらにして、流浪する雲水の暮らしを再現しているような感じだ。

寺の厨房を預かる典座(てんぞ)さんが紹介されていた。毎日毎日三度三度、数百人の雲水の食事を作る典座には坐禅をしている暇などない。しかしそれが立派な修行なのである。全ての仕事、全ての行動が禅の修行なのだ。食事を作ること、警策で叩くこと、時を告げる鐘や木を叩くこと、お線香を立てること……、それらを全身全霊を込めて行う。それら全てが、自分と向き合い余計なものを捨て去るための修行なのである。典座さんがおっしゃっていた。食べていただく、食べさせていただく。この気持ちが大事なのだと。単純で当たり前のことだが、心に響いた。

門前町のお土産屋兼旅館のおかみさんが話していた。永平寺に修行に上る前と後では、若い雲水さん達の顔が見違えるように違うのだそうだ。『食う寝る坐る 永平寺修行記』では、寺での生活に耐え切れず入院したり脱走を企てたりする者もいると書かれていたが、そんな厳しい修行をやり終えた禅僧たちには、きっと辱世に首まで浸かった私達には到達できない世界が見えているのだろうと思う。それがとても羨ましい。

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(備忘録070221)

今朝の新聞によると、生存する死刑囚が戦後初めて100人を超えたそうだ。一方で死刑の判決が急増し、他方で刑の執行は慎重であるため、累積的にそうなったらしい。あるベテラン刑事裁判官は「死刑以外に選択しようがないむごい事件が増えている」ことと、「かなり死刑のハードルが低くなった」ことを指摘している。

……と、きょうはこの話題について書こうとしていたのだが、ウムムと考え込んでいたら夫がイカを釣って帰ってきたため(会社が終わってから夜釣りに行っていた)、今までその始末をしていた。けっこう大きなのが4ハイ。色素が出たり消えたりして皮膚の色がめまぐるしく変わるのがおもしろい。吸盤なんかまだくっつくし。ごめんねごめんね南無阿弥陀仏と唱えながらさばいた。明日はイカのお刺身とゲソの煮物だ♪ 残りは細かく刻んで冷凍しておいて、折りを見てごはんに炊き込む。

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スーパークールボイス

奥州亭三景さんから、速水奨さんの歌はなかなか佳いと伺ったので、公式ページで試聴してみた。スローバラードが似合いそうな印象があったのだが、歌声は案外高くてポップス調のものがぴったり合っていた。高いといっても、スーパークールボイスは健在。ご自分で作詞もなさっているようだ。あ、奥様もだ。

全部廃盤とは、残念。今度 B○○K ○FF へ行ったら探してみよう。

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BJの犯罪

「オマエはいったい何様だ?」「お子様だ!」というような事態をネット上で見まして、「お子様は保護者の承諾無しにネットで人様のサイトに頭の悪い書き込みすんじゃネェ!」という持論がまたムクムクと頭をもたげつつあります。ネットを利用するなとは言わない。情報を取り込むには良い手段であることは間違いない。しかし、書き込むにはそれなりの常識と見識が必要だ。匿名性が高いのをよいことに好き勝手なことを書いて憂さ晴らしをする場ではない。そこんとこがわからないというか、わかっていてもしたくてたまらないのが、お子様のお子様たる所以だ。どうか立派な大人になってください(←とってつけた)。

というわけで、月曜日は『BJ』語り。前述したお子様の書き込みは立派な脅迫であり犯罪ではなかろうかと思ったことから、きょうはBJの犯罪とかその辺りについて。

BJの行為のうち、法に抵触すると思われるものを挙げてみる。

●まず、シリーズ全体を通して、次の2点。

・無免許医であること。
医師法を読んでみると、

第二条  医師になろうとする者は、医師国家試験に合格し、厚生労働大臣の免許を受けなければならない。
第十七条  医師でなければ、医業をなしてはならない。
  これに違反すると、第三十一条で、三年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。となる。

ちなみに、
第七条  医師が、第三条に該当するときは、厚生労働大臣は、その免許を取り消す。
2  医師が第四条各号のいずれかに該当し、又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは、厚生労働大臣は、その免許を取り消し、又は期間を定めて医業の停止を命ずることができる。

とある。BJ先生、元々は免許を持っていたと思うので、「医師としての品位を損するような行為」を何かやっちゃったんでしょうなぁ。それから「わたしは医者だ」と言うたびに、身分詐称ということになるのだろうが、これはおそらく軽犯罪法違反。

・コートの中にメス他の手術道具を忍ばせている。
銃砲刀剣類所持等取締法違反かも。メスは刀身が短いからOKなのかな? しかしそれを人に向かって投げているので(例は多数あるので省く)刑法で傷害罪に問われる可能性大。

●以下は、各エピソードの中から。例によって思いついたものから順不同。

『人面瘡』
机の引き出しからピストルを取り出し、患者を撃っている。持っているだけで銃砲刀剣類所持等取締法違反。おまけに傷害罪。「荒療治だったな。だが急所ははずしたよ」……て、危険すぎます。それにしてもBJ先生、射撃の腕にもかなりの自信があるようだが、密かに練習でもしているんだろうか?

『過ぎさりし一瞬』
主人公の今村健平という少年を居酒屋へ連れて行き、衆人環視の中で服を脱がせている。診察のつもりなのだろうが、これはどうなんだろう? 実際、酔客が「いよッ ストリップはおしまいかい にいちゃん」なんて言ってるし(笑)。現代ならセクハラだろう。

『猫上家の人々』
訪れた家を辞すると見せかけて取って返し、机の引き出しから鍵を盗み(窃盗)、倉に不法侵入。

『コレラ騒ぎ』
安東の杯を受けて(少なくともサカズキ一杯は飲んでいる)から運転しているので、飲酒運転。

『灰とダイヤモンド』
成金の松方氏からダイヤ300個を詐取。こりゃあ立派な犯罪ですぜ。百鬼先生も共犯。

『不発弾』
母親の仇、井立原を地雷で吹き飛ばしている。証言を取るためとはいえ、やることが過激だ。傷害罪。ひとつ間違えば殺人罪である。

『きみのミスだ!』
スター亜古賀礼子の顔は整形したものであることを第三者に喋っている。刑法に定めた医者の守秘義務に違反すると思われる。

『落としもの』
患者の家族からの申し出ではあるが、臓器売買の契約を交わしている。臓器売買の善悪についてはここでは言及しないが、「献血とおんなじと思えばいいんだ」というのは、ちょっと違うと思うゾ。『二人目がいた』でも患者の娘の臓器を要求している。

『三者三様』
何故か道警で事情聴取されているBJ先生。担当の田鷲警部から「とにかく先生 あなたは無免許医療と重過失致死罪 それに脱税の容疑もあるんだよ ええ? どうです?」と言われている。全部あてはまると思う。

『助け合い』
高速道路を逆走。たぶんスピード違反も。一発免停を食らったのではないでしょうか。

『人形と警官』
信号無視。同じおまわりさんに2度捕まっている。

『されどいつわりの日々』
「わたしァな 手術中に女のからだにいたずらするのが好きでね」と、堂々とドクハラ宣言(笑)。やってませんけどね。

『終電車』
『ブラック・クイーン』でもそうだったが、BQには薬を盛って眠らせるのがBJの常套手段(笑)。これ、本人の承諾無しにやっているので、何かの罪(傷害罪?)になりそうな気がする。蛇足だが、本当に余計な勘繰りなのだが、薬を飲ませてから手術を始めるまでに時間が経ち過ぎてないかい?……って、いつも思うんですけどワタクシ。空白の時間帯について余罪もあるものとみて追求しt(以下略)。

えーと、だいたいこんなもんでしょうか。けっこうこまめに悪いことしてますBJ先生。しかし忘れられないのが『獅子面病』。患者を脅迫しているからBJには医師免許がおりないと言う医師団に、友引警部が食って掛かる。「そんなことは問題じゃない! 人の命をすくってるんでしょう? 人の命を!!」。BJの犯罪をすべてチャラにしてくれるような名台詞である。

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(備忘録070218)

『真相』(横山秀夫著)読書中のため、記事はおやすみします。

中川幹事長が「安倍晋三首相が(閣議で)入室したときに起立できない、私語を慎めない政治家は美しい国づくり内閣にふさわしくない」と発言したそうだ。美しい国云々は置くとしても、 「国会で野次や罵声を飛ばした者は即刻退室」という法案は真っ先に作るべきだね。

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絵師・池上遼一

普段行かない本屋さんへ行ったら、『絵師池上遼一全仕事(DVD付き)』なんてものを見つけてしまい、ゴソゴソと財布を取り出して中身と相談の上、購入。4,800円也。

早速鑑賞したDVDは『池上遼一 ザ・仕事場DVD キャラクターの生まれる瞬間』というタイトルで、「メインキャラクターの顔を描く」「サブキャラクターの顔を描く」「バランスの良いプロポーションを描く」「全タイトル単行本カバー収録」という内容。コマ割りの線だけが引かれた真っ白な用紙に2Bの鉛筆で下書きをするところから、アシスタントさんによる陰影付け、最後にまた御本人による主線のペン入れまで、一部始終を見ることができる。いやもう感嘆する。顔のアップを描くときなど、目、鼻の位置に大雑把に横線を引くだけで上から下へサラサラと描き始め、顔の輪郭線(特に顎の線)などは最後なのだ。彼の頭の中では、最初に横線を引いた段階からすべてのものがもうしっかりと見えていて、あとはそれを忠実になぞっているだけという感じだ。おもしろい。見ていて飽きない。

漫画家というよりは、この人はやっぱり「絵師」というほうが似つかわしいと思う。ひとコマひとコマが一枚の絵として完成している。サラサラと描いているように見えても、何回描いても思うものが描けないとか、これでよいと思っても裏から透かして見てデッサンの狂いがあることに気付いたりとかいうこともあるそうだ。いや、見ているとそんな悪戦苦闘の後など見えない、リアリズムの極致のような絵なのだが。

どこに出しても恥ずかしくない日本人のいい男を描きたいという欲求で描き続けている、と彼は言う。その表情や肉体は、数多くの映画や小説を観たり読んだりすることで培われたイメージと解剖学的な知識によって描き出されるらしい。結果、彼の描くキャラは、顔は日本人だがプロポーションは外人並み、ということが多い。実際にはこんな日本人はいないと思うが、読者の夢を描くということで……というようなことを彼は訥々と語っていた。ちなみに、池上遼一御本人の風貌はもじゃもじゃ頭のどこにでもいそうな、でもちょっと神経質で不機嫌で無愛想なおじさんだ。ここ一年ほど笑ったことありません、というような気難しげな印象だが、それがまたいかにも職人気質を現しているようで嬉しかったりした(笑)。

私が彼のファンになったのは『クライング・フリーマン』がきっかけだったから、もう20年以上前のことだろうか。彼が描く主人公の「目」が好きだった。私が当時の職場で昼休みに読んでいたら、他の職員も回し読みを始めて、池上ファンの女性が3人増えた。男性職員は何かほかのものが目当てで読んでいたかもしれない。なにしろ意味もなく誰も彼もが裸になるマンガだったから(笑)。ただ、あの筋肉隆々ぶりは女性陣には不評だった。男性がこうなりたいというイメージと、女性が男性にはこうあってほしいと思うイメージにはどうやらギャップがあるようだ。

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将軍様の誕生日

きょうは北の将軍様のお誕生日だそうで、着飾った男女がダンスをしたり花火が打ち上げられたりしている様子をテレビで観た。毎度お馴染の国営放送の女性アナウンサーは、祝辞だか核武装に対する礼賛の言葉だかを述べていたが、それがあまりに感極まった様子で声を震わせていたので、卒倒でもするのではないかと余計な心配までさせられた。

北の国民は先の六ヶ国協議の結果を知らないのだろうか。知る術がないのだろうか。北で見ることのできるインターネットのサイトは全て国家が承認したものばかりだという話も聞いたことがある。夫が「戦前戦中の日本もこんなふうだったのかなぁ」と言ったが、どうなんだろう? 情報操作はあったと思うが、少なくとも日本では一億総決戦のスローガンのもと、こんな一部の上流階級がちゃらちゃら踊っているようなことはなかったのではないかと思うのだが。一方では、暖房も食物もなく餓死する国民もいるというのに。

こんなイベントに金を掛けたり、核開発に注ぎ込む莫大な金があるのなら、国民のために使ってくれよ将軍様。

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無駄は必要

以前、アリの話を読んだことががある。働きアリを観察すると、真面目に一生懸命働いているアリは全体の2割ほどしかいないのだそうだ。あとの8割は働いているような素振りで実は働いていない。列からはみ出てぼーっとしているのもいるそうだ。そこで、働いているアリだけを選び出してグループを作る。今度は100%のアリが働くかと思いきや、やっぱり一生懸命働くのは、そのうちの2割だけなのだそうだ。あっちょんぶりけ。

最近の企業絡みのいろんな事件を見ていてつくづく思う。雪印あたりから始まって、最近の不二家とか、番組制作会社とか、ガス器具メーカーとか、当て逃げしたフェリー会社とか……、バレなければ大丈夫とばかりに、嘘を吐いたり欠陥商品を作ったり不正や失敗を隠そうとしたり、企業倫理は地に落ちた観がある。私は、これらのことはバブル崩壊後のリストラと無関係ではないと思う。大勢いた社員をリストラの名のもとに余剰人員から解雇する。会社側とすれば、できるだけ支障のないように行ったのだろうが、社員の絶対数は少なくなる。アリと人間は違うかもしれないけれど、結局のところ、本当に一生懸命働く2割の人の絶対数まで少なくなってしまったのではないかと思うのだ。結果、チェック体制とか連絡系統とか、普段目立たないところにしわ寄せが来たのではないのだろうか。

また、仕事というのは余裕がなくては良い結果が出ないものだ。私の体験談だが、5人のチームで6人分くらいの仕事ができたことがあった。ところが人員削減で1人減らされた後は、4人で4人分の仕事がやっとだったのだ。「無駄」とか「余剰」と言ってしまうと余計なものに思われるが、実はそんなことはないのである。

今年の春から、団塊の世代の大量定年退職が始まる。若者が職に就けるチャンスだとか、消費傾向が上向くだろうとか様々なことが言われているが、企業としては今までの水準を維持することがかなり難しくなるのではなかろうか。高度な技術や長年培ってきた勘やノウハウなどが上手く引き継がれるかどうか不安だ。何よりも、新しく若返る企業では、ともすれば古臭く思われるような倫理観とか ないがしろにされがちな精神論とかがスッポリ抜け落ちてしまうのではないかと、目先の利益追求だけに走ってしまわないかと、消費者としてはそれが一番不安だ。それらのものは決して無駄なものではなくて、必要不可欠なものだと思うから。

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(備忘録070214)

きょうもまた、夜になってから病人のわがままに振り回されまして、ほとほと疲れました。記事はおやすみします。ばたんきゅう。

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腹が立つやらじれったいやら

国会中継がつまらないのである。きょうの衆議院予算委員会では、民主党の菅、岡田、前原という党首経験者が質問に立ち、いよいよ議論も本格化……と思っていたのだが、なにしろ安倍首相の答弁がツマラナイのなんの。格差社会であること自体を認めようとせず、のらりくらりとかわすだけだ。買い物に行ったお米屋さんのおっちゃんも、ラジオで国会を聞きながらうたた寝をしていた。いやホント良く眠れるのだ、あれを聞いていると(笑)。

NHKの調査で、はじめて安倍内閣不支持の割合が支持の割合を上回ったそうだ。柳沢失言も尾を引いているのかもしれないが、決してそれだけではあるまい。首相が何一つ具体的な内容を語ろうとしないことも、支持率低下の大きな要因のひとつだと思う。「格差が広がって子どもの修学旅行の費用を捻出できない親がいる」という指摘に、「子どもの成長の芽を摘んではいけないから、支援をしていきたい」と答える。だーかーらー! 誰がいつどのような方法で支援するのだ?! どこからそんなお金が湧いて出るのだ?! 首相が自腹を切ってくれるとでも言うのか?! 一事が万事こんな調子だから、さっぱり要領を得ない。支持率が低下するのもわかる気がする。

六ヶ国協議、一応の合意を見たようだが、日本は拉致問題での進展がない限りはエネルギー支援をしない方針らしい。吉と出るか凶と出るか、これからがいよいよ日本の外交能力の真価が問われる正念場だ。

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二次創作を読む

「ホモが嫌いな女はいない」というようなことを言ったのは石原豪人だったと思う。ご自身はそうではなかったらしいが、男性女性を問わず非常に美麗でエロティックな人物画を描く画家で、ホモに対しても理解があったと聞いている。この言葉は、おおかたのヘテロ志向(嗜好?)の男性には理解し難い感覚だろう。しかし、私自身を考えてみても、別にホモの男性に偏見はないのである。ホモだからという理由で嫌いになることはないと思う。それどころか、なにしろ女性にとっては安全パイなのだから(失礼)、性を意識せずに付き合える友人同士にもなれるかもしれないとさえ思う。

ところで、日本には「ボーイズ・ラブ(BL)」とか「やおい」とか呼ばれる創作ジャンルがある。オリジナル作品や二次創作作品があるが、男性同士の恋愛模様を、おもに女性が創出し、おもに女性が享受して楽しむ。そこに出てくるのはムクツケキ筋肉隆々の男ではなくて、女と見紛うばかりの美少年や美青年である場合が多い。しかしそれにしたって男同士ではあるのだから、その隆盛ぶりを見れば、女性が男性ほどにはホモを嫌ってはいないことがわかるだろう。だが、考えてみれば、実に凄い世界である。何故なら、女性である限りは絶対に実体験できない世界を描くのだから。そこにあるのは想像だけだ。松岡正剛は「最初から不可能性のうえに成り立った砂上の楼閣」と評している。どうしてそんな不可能性の上にのみ成り立つ世界を描かねばならないのか? そこには、普通の男女間における恋愛官能小説では描けない「何か」があるはずなのである。

話を『BJ』に持って行く。私が初めて『BJ』の二次創作に出会ったのは1年半ほど前のことだった。カップリングは「キリジャ」だった。それまでそんな世界があることすら知らなかったから驚愕して日記にも書いた覚えがある。と同時に、なるほどこういう楽しみ方もあるのかと気が付いた(世間様から20年ばかり遅れている)。『水滸伝』の1エピソードから『金瓶梅』という偉大な二次創作作品が創出された前例もある。二次創作についての偏見は全く無かった。しかし全ての作品を素直に受け入れられたわけでもなかった。年季だけは長いBJファンで、登場人物それぞれにもそれなりの思い入れがあったから、自分の中でイメージが合致しないものも多かったのだ。こんなのはBJ先生ではない! とか、これ別にキリコとBJである必要はないんじゃないの? とか思われるような場合は特にダメだった。要するに、登場人物がBJであることに必然性が感じられないものや、原作の設定や雰囲気を無視した作品がダメだったのだが、それらは未だに受け入れられない。まったくのオリジナル作品ならまだしも、仮にも『BJ』の二次創作作品であると言うのなら、原作への尊敬の念は必須だし、原作の設定を大事にすべきだろう。単に男ふたりをいちゃいちゃさせたいだけなら、他の作品の中でテキトーに見繕ってよろしくやってくれと思うのである。

だから、私がよく作品を読みに行く『BJ』サイトは、そんなに数多くない。いやそもそも初めから私の固定観念の中でのBJ先生はホモでもないしロリータ趣味もないのだ。ジャキリは想定外だしジャピノには拒否反応が起こる。ぎりぎり、うっかり何かのはずみで(?)気がついたらそうなっていたというキリジャ及びBJ総受けが、私の許容できる設定のボーダーラインだ。それくらい私のストライクゾーンは狭い。そしてそれはなにも私一人に限ったことではなくて、その狭量さこそがこのジャンルのひとつの特徴ではないかと思うのだ。なにしろここは想像がすべての世界だからである。想像によってのみ存在し、肉付けされ、支配される世界だ。誰一人として自分と同じ想像をする者は居ない。好みのカップリングが同じ場合は、ある程度嗜好が似ているとは言えるかもしれないが、それでも細かい部分や方向性はそれぞれ皆違うはずだ。違っていなくてはおかしい。100%自分が満足できる作品が観たいのなら、自分で創作する他はない、そんな世界なのである。自分の趣味に合わないからと作者に罵詈雑言を投げつけるような底知れぬバカも世の中にはいるようだが、そんな輩には「ご自分で創作なさい」と勧めるしかない。

……話がずれたが、その狭量な私なりに楽しめるサイトの作品からは、いつも原作への深い愛情に裏打ちされた様々なBJ像を見せていただいている。原作に対する自分の考えの浅さや解釈の間違いに気付くことも度々だ。ありがたいことだと思う。また、自分の好みとは合わないはずのカップリングまたはリバ(と言うのかな?)でも、思わず呻る作品が存在する。原作のストーリーを深く抉って、原作では描ききれなかった部分まで描き切って、ある意味原作を超えたと思われるような作品が確かにあるのだ。それこそが二次創作のあるべき姿だろう。男女の恋愛では描けない、同等な力を持った同性同士のぶつかり合いでなければ表現できないものがあって、ホモという設定も生きてくる。そういう作品ではたとえリバであっても気にならない。作者の力量であろう。

最後に、BJとキリコのカップリングについて思うところを書く。このカップリングの背後に見え隠れするのが、エロスとタナトスの概念である。「エロス」はキューピッドのことで性愛を司り、フロイト心理学では「生の欲動」ということになる。「タナトス」とはギリシャ神話で死を擬人化した神の名前で、心理学では「死の本能」と解釈されている(フロイトは「タナトス」という言葉は用いていないようだ)。言うまでもなく、エロスがBJ、タナトスがキリコであり、この役割分担ほど納得できるものはない。ところで、一人の人間の中でエロスとタナトスは同時に存在している。しかし同時に意識に上ってくることはない。「生きたい!」と思うのと同時に「死にたい……」と思うことは不可能だ。「2人のジャン」のように、片方が起きているときは片方は眠っている。これが、たまたま同時に意識に上ろうとしたらどうなるか。BJとキリコなら喧嘩を始める場面である。しかし同等の力関係なら簡単に決着がつく問題ではない。そこで性行為をさせてみる(一気に飛んだな・笑)。性行為というのは間違いなくエロスなのだが、他の日常の行動とは違ってかなりタナトスに近い領分であるように思う。実際問題、心拍数が上がるから心臓の悪い人にとっては危険な行為だし、脳の血管が切れることだってあるかもしれないし、キスだって正常な呼吸を阻害する行為だ。そして目指すところが意識を失うような恍惚の一瞬とくれば、擬似的に一時的な「死」を経験する行為と言ってもよいのではないか。

性行為において、エロスとタナトスは渾然一体のものとなる。だから、BJとキリコのカップリングというのは、誰が最初に思いついたのかは知らないが、まさに慧眼と言うべきだと感心するのである。性行為の必然性も説明できる。しかも彼らは神ならぬ人間なので、人間としての悩みや葛藤を抱えながら、お互いに無二の存在としてそういう関係になってしまうという流れは、ドラマとしても非常に興味深い。正反対で反発し合うはずのものが交わる瞬間。下手をすれば水蒸気爆発を起こしそうなスリリングな展開を期待して、私は「キリジャ」を楽しんでいる。

(きょうもまたココログの管理画面が重くて開かない。しょっちゅうこんな状態に陥るのは勘弁してもらいたい。記事はとうに書けているのにアップができない。泣)

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できることから始めてみよう

NHK『プラネット・アース』の最終回の舞台は、海。深海に潜っていくところでは、映画『アビス』を思い出した。真っ暗で孤独な世界。想像するだけで胸が押しつぶされるようにドキドキする。そしてそんな深海にもちゃんと生物は居て、環境に順応しながら生きていることに驚かされる。

何年か前に、これもNHKで「深層海流」というのを紹介していた。北極に近いところで海深くに沈み込む冷たい海流というのがあって、それが長い時間をかけて海底を巡り、最後は日本近くまで来て海溝に沈む。ところが近年、その深層海流の沈み込みが少なくなっている。地球の温暖化などの気候の変動に伴うものである。と、そういう内容だったと記憶している。

地上の気候の変化は、深海にまで影響するのである。そして現在、気候に変化をもたらしているのは、間違いなく人間の所業だ。なんとかしなければ、母なる地球は間もなく壊れるだろう。美しい自然は二度と見られなくなるだろう。今すぐ、自分にできることから、始めてみよう。無駄な電力を使わない、ゴミを分別する、緑を植える……、できることはたくさんあるはずだ。

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(備忘録070210)

風邪薬のせいか頭がぼおぉぉぉぉっとしているので、きょうもおやすみします。書きたいことはいっぱいあるのですが、まとまりません。

キノコ鍋が風邪に良いらしいと、夫が山ほどいろんな種類のキノコ+鶏肉、牡蠣などを買ってきた。以前に『あるある』でやっていたのだそうだ。

「あるあるで やってたんなら ウソじゃない?」。はからずも五・七・五が詠めたので書き留めておく(笑)。

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(備忘録070209)

風邪を治すことに専念しようと、きょうは一日寝て過ごす。父はケアマネージャーさんのお世話で、昨日からまた入院。早く風邪を治さねば見舞いにも行かれぬ。国会中継など聞いていると、とろとろと良く眠れる。

『太閤記』(中村橋之助主演)の再放送で、藤吉郎の配下役のつるさんを発見。アップがなかったのが残念だったが、信長の朝倉攻めの場面で、お市の方からの小豆の入ったお手玉を持ってきたのが つるさん。歴史を変えた重要な役だ!! 話には聞いていたが、ちょうど観ることができて嬉しかった♪ たまには風邪引いて寝込むのも良いものだ(引きすぎだ……)。

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(備忘録070208)

今期2度目の風邪引き中。おまけに昨夜は父が救急車を呼んでしまったり等いろいろあって5時まで眠れなかったので、睡眠不足も加わって体調最悪。記事はおやすみします。下さったコメントへのレスも、誠に勝手ながら明日以降にさせていただきます。申し訳ありません。

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泣ける歌

『マチャミの名曲100選 あなたの心に残る泣ける歌は何ですか?』を途中から観た。人が泣くのはやっぱり別れの場面らしい。卒業とか失恋とか死別とか。そういう曲がずらりと並んでいた。私の場合はサザンの『YaYa(あの時代を忘れない)』 だ。もう条件反射で泣く。パブロフの犬状態だ。だからCDも買えない。

あと、オフコースの『さよなら』もランクインしていたが、当時、この曲が流れる喫茶店で食事をしていて歯が折れたなんて余計なことまで思い出した。泣ける。

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やれやれ…

柳沢発言について。実は私はあんまり腹も立たないのである。言わなくてもよいことを言っちまったもんだよと思う程度、他に適任者はいなかったのかと思う程度だ。「女性は子どもを産む機械だ」と要約してしまうと女性蔑視以外のなにものでもなくなるが、講演内容の文脈に沿って考えれば、年金問題の話題の中でもっと子どもが増えないと将来どうしようもなくなるということを、極力ドライな比喩として表現しただけのように思われる。私なんぞ2人以上どころか1人の子どもも産めなかったオンボロ機械だが、別にそれを責められて貶められたという感覚もない。子のいない女性はこんな発言よりももっと傷つく様々な日常を経験してきているのだ。これくらい屁でもない、言わせておけ、だ。かえってお子さんのいるお母さんの立場の女性のほうに、より受け入れ難い発言と捉えられているような気がする。もっとも、「機械」という単語を持ってきた言語的センスは私も感心しないけれども。

政府与党は柳沢大臣を擁護する方向のようで、これに従って大臣も居直った観があるが、しかしこれはどうかと思う。数ある省庁の中で、国民の最もメンタルな部分、人間的な部分を担当するのが厚生労働省と文部科学省だと思う。安心して子どもを育て安定して暮らせる社会を作るのが役割だろう。その根っこには人間愛とか慈愛とかの精神があって欲しいのだ。人間の営みを数字の上だけで云々してほしくはないのだ。柳沢氏が普段から心底「女性は子どもを産む機械だ」と思っているのかどうかは確かめようもないが、少なくとも厚生労働大臣の講演としては「愛」が感じられる比喩ではなかったと思う。任命責任を巡ってゴタゴタ続きの安倍内閣の面子のために残留するよりは、スッパリ辞任を申し出たほうがよいのではないかな(しないようだけど)。まあそれも、代わりの適任者がいれば、の話だが。

さて、本論はここからである。もしも柳沢発言が愛知県知事選や北九州市長選に影響を与えたとすれば、それこそが問題だと思うのだ。もちろん、与党に打撃を与えようとする野党勢力が鬼の首を取ったように非をあげつらって攻勢に出ることは戦略として否定はしない。しかし、有権者が聞きかじった程度の「女性は子どもを産む機械だ」という文言だけに踊らされたとしたら、これほど程度の低いこともなかろう。日本の政治は政治家が言ったほんのちょっとした言葉の揚げ足を取ることでどうとでも転んでしまう。

マスコミもマスコミだ。何でもかんでも糾弾すればよいというものではない。正しく報道するという基本を忘れているのではないか? 判断するのはあくまでも国民であり、その判断材料となる正しい情報を伝えるのがマスコミの本分だろう。思惑通りに喋ってくれそうなコメンテイターを揃えてここぞとばかりにひたすら怒ってばかりいるなんて、恥ずかしくないか? 国民をミスリードしたとしたら、その責任は取れるのか?

最も大きな問題は国会が空転したことだ。野党欠席のまま予算案可決だと? 国会だぞ? 「国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関」だぞ? 次の掃除の日にちを決める町内会じゃないんだぞ? 国会議員は国会に出て審議してナンボじゃないのか? それでなくとも150日(だっけ?)しか期間がないんだぞ? 北朝鮮問題はどうするのだ? 教育問題はどうするのだ? 格差社会をどうするのだ? 審議すべきことは山ほどあるんじゃないのか? それがこんなくだらない問題で……ああもう情けなくて涙が出てくる。結局、議員にとって一番大切なことは選挙に勝つことであって、国の将来を考えることではないのだね。

国会が開かれようが開かれまいが、それでも日本は動いていく。平和で美しい国だ。

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『ブラック・ジャック 火の鳥編』

先日やっと『ブラック・ジャック 火の鳥編』を終わらせることができて、現在はすべて「S」ランクでのクリアを目指して再チャレンジ中である。というわけで、きょうはゲーム評をば。

これからチャレンジする方のために詳しい内容は書かないが、なかなかドラマチックで感動的だったということだけは書いておこう。『BJ』ファンなら、やって損はない。20年ほど前の不発弾爆発事故とBJの父・影三の失踪に絡んでいる点はアニメ『BJ21』と同様(それしかないのかと思わないでもないが)。しかし、あらすじはまったく違っていて、今度は本物の火の鳥も関係している。手塚キャラ総出演で、それぞれのキャラがちゃんと立っているのも嬉しい。ただ、タカシやロックについては原作『BJ』を読んだ者にしか意味がわからないかもしれず、まあ全体としては手塚ファン以外にはあまりおもしろくないかもしれない。ゲーム自体の難易度とかおもしろさについて私は他のものと比較ができないのだが(やったことないので)、それぞれのキャラの醸し出す雰囲気に惹きつけられる、といった趣のゲームだと思う。手塚ワールドにどっぷり浸ることができる。

なにより、絵が綺麗だ。BJが原作より二枚目だし、ピノコもとても可愛い。BJに言いたいことがあってピョンピョン飛び跳ねているピノコをふっと見返るBJが素敵だ。一瞬しか見られないのだけれど。

操作上で不便だと思ったのは、一度クリアした手術に再チャレンジする際に手術シーンだけを再現できないこと。延々とその前後のセリフを読まねばならず、それがとてもじれったい。改良の余地あり。あとは特別不満はない。

難しい話は理解できなかったけれど(汗)、シナリオはよく練られている印象だ。警部が徐々にBJに肩入れしていく様や、BJが警部を信頼して万が一の場合の処理を頼むのが、ツボ(オープンザプライス3500万円!←パクッてすみません某Tさん)!! 火の鳥も敵わない伴俊作もグッジョブ!! おっさん達がいい味を出して頑張っているのが嬉しい。白拍子は白拍子としては出てこないが、別キャラでやはり報われない役を当てられている。この男、手塚プロではそういう位置付けなのだろうか(笑)。

あと、私が思わず笑ったあれやこれやをピンポイントで挙げてみると…。

「石田散薬」
その昔新撰組の土方歳三が売り歩いていた薬で、何かの本の中(『燃えよ剣』だったろうか?)で「ありゃあ効かねぇんだ」と歳三自らが語っていたシロモノだ。シュマリは効くと信じて飲んでいるんだろうなぁ(笑)。

「気のせいじゃないか?」
BJが女性患者に人工呼吸していたのを見たピノコが「いまキチュしてたでしょ!?」と言ったのに対して。「人工呼吸だ!」じゃなくて「気のせいじゃないか?」。すっとぼけるのが上手いなBJ先生♪ 役得役得。ますます私の中で「BJはかなりのタラシではなかろうか説」が大きく…(蹴 純真なBJ先生ファンの皆様すみませんすみません)。他にも、どこか抜けているような天然BJのセリフがあちこちで楽しめる。

「ハザマケンジ」
影三は若い頃、検事だった。それで彼のセリフのときにはこう表示されるのだが、「ハザマケンジ」といえば「Father McKenzi」。ビートルズが歌う「Eleanor Rigby」の空耳ワールドだ。狙ったのかな?

「まるでマンガみたいじゃ」
突然ビッグXが戦い始めたので、伴俊作が発した言葉。間違いなくマンガです(笑)。大きな大きなビッグXの上にちょこんと乗っているBJ先生も可愛かった。

「DNAを切ってつなげることも…云々」
ちょっとうろ覚えなのだが、そんなようなことをBJが言っていた。モイラのとき(劇場版『BJ』)は毛細血管内の血球まで見えると言っていたが、更にバージョンアップしている! 凄いぞ。もう人間じゃないぞBJ先生!

他に何か書いておくことがあったかな? あ、そだそだ。私は結局「鍼」以外のアイテムを使わなかったのだが、あれらを使うとどうなるのだろう? ますますいんこを儲けさせるだけなら、使わないほうが賢明かも。しかし、徒手空拳で迎えた最終ステージは、おかげでスリル満点だった。計画的に攻略しなくてはいけないことを学びました。あとは……、ラストまで行き着けたということは全てのシーンを見たということになるのだろうか? コマドリさんからは頂くだけ頂いて何もしなかったのが心苦しいのだが……。

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『「狂い」のすすめ』

『「狂い」のすすめ』(ひろさちや著)読了。

「人生に意味なんてありません。『生き甲斐』なんてペテンです。」という、帯の惹句に惹かれて買った。1時間もあれば読める気楽なエッセイ集だが、いろんな示唆に富んでいておもしろい。

「かくあらねばならない」と窮屈な思いをして生きている人たちにとっては、福音となるか、あるいはまったく受け入れられないかのどちらかかもしれない。「世間」とは強者のものだという前提で、その強者が言うところの「生き甲斐がなくては生きている意味がない」とか「人の役に立ちなさい」とかの「常識」は間違っていると喝破する。人は、そのまんまでよいのだと。キーワードは「狂い」と「遊び」。

最近、親の介護をしていてつくづく思うことがある。家族だけでは面倒を看きれないので、ケアマネージャーさんに計画を立てていただいてヘルパーさん達に手伝っていただいているのだが、その方針として規則正しい生活をするというのがあるようだ。朝起きて身支度をして、昼間はできるだけ動いて、夜は決まった時間に寝る。若い者には当然のことが老人にはできない場合が多い。三度三度食事をすることさえ、空腹感がなかったり億劫だったりすると不規則になりがちだ。それを正そうとするのは決して間違ったことではないように思える。しかし実際の老人を見ていると、もっとのんびり朝寝をしたいときに無理矢理起こして食欲もないのにごはんを食べさせたり、じっと座っていたいときにあれこれしましょうと動かしたりするのも、どんなものかと思うことがある。それは、こちらの都合と理想を押し付けているだけではないかと迷い悩むことがある。

そういうなんとなくモヤモヤした気分を感じていたのだが、この本を読んでその正体がわかった。「世間」として両親に介入しようとするときにそういう違和感を覚えるのだ。癌になって寝たきりになった父と痴呆になった母の、ありのままの姿を受け入れようとしているところへ、でも「かくあるべし」という「世間」としてしか介入できない自分に忸怩たる思いがあったのだ。正体がわかったからといって現実が変わるわけではないが、それがわかったことは私の精神衛生上、大きなプラスになると思う。

人生なんて、決めたようには動かない。理想を持つ、生き甲斐を持つ、より良く生きる、そういう目標を持つことは勝手だし世間はそう推奨するのであるが、それを究極至上の「人生の意味」と捉えると、人生が途端に重くて辛いものになる。本書は、そういう世間や常識を斜めに見下すことの大切さを説いている。好んで波風を立てる必要はないから表面上はそれに合わせておいてもよいけれど、内心ではそんなものバカにして生きなさいよと勧めてくれる。世間や常識に惑わされるなと。それが「狂い」。

人にはそれぞれの生き方がある。それは仏から与えられた役割でもある。癌になって寝たきりになる役割、痴呆になる役割、それに振り回されて右往左往する娘の役割。その役割をありのままに生きて楽しみましょうよ、というのが「遊び」。

自分の気持ちの納まり所を見つけた気分だ。

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できた!!

やっと『BJ火の鳥編』のENDマークが見られました。

「私はね、人間はね、……」という大塚BJの熱い語りに、涙が出そうになりました。人間って愛おしい生きものだと思わせてくれる、感動的なラストでした。各エピソードの繋がりについてはイマイチ頭がついていかない部分も多かったけれど、そんなことも帳消しになりました。私の好きなおっさんキャラ達も頑張っていたし、時々現れるBJの天然振りも良かった。絵も綺麗だったし。他のゲームをしたことがないので比較はできませんが、なかなか良い出来だったのではないかと思います。

またいずれネタバレしない程度に取り上げたいと思いますが、まずは「できた!!」というヨロコビを書き留めておきます。

あ、あれ? コマドリは……?

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(備忘録070202)

柳沢厚生労働大臣の「女性は子どもを生む機械」発言で、国会が空転している。どうしてこんな言わなくてもいいことを無用意に言ってしまったものやら。審議すべき問題は山積しているというのに。それでも支障なく日本は動いていくのだから、ありがたいことだ。

ちなみに『黒田崇矢&大塚明夫のKnock Out VOICE!!#9』で、柳沢大臣、斬られていました(笑)。

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何かを置き忘れてきたような…

ここ数日、実家のガスファンヒーターが壊れたことでバタバタしている。最初、デロ○ギのヒーターを買ってみたのだが、ブレーカーが落ちる可能性があるのと、部屋全体が暖まるまでに時間がかかるのと、老人のこととて慣れない操作ができない(決して難しいものではないのだが本体に日本語の表示がない)という理由で、やっぱり新しくガスファンヒーターを買った。これなら早く温まるし、日本語で表記がしてあるし、ピッピッと押すだけなので大丈夫だろうと思ったら……。

温度調節のデジタル表示が、何のことやら判らないらしい。最初は温度設定の数字が出て、あとはその時その時の室温が出ているだけのことなのだが、理解できないらしい。嗚呼。

帰り道、夫とつくづく話す。「昔のストーブのほうがいいね」。昔のストーブなんて、点火と消火を示すツマミがついていただけだった。実際に火が出て赤くなって、点きました暖かくなります、というのが実感として判った。炎が大きすぎたらツマミを戻して少し石綿を引っ込めれば良かったし、とにかく自分で火を扱っているという適当な緊張感もあった。今の器具は便利すぎる。何でも指一本で操作できて、状態はデジタルで表示される。内部で燃えているはずの炎なんぞ一切見えない。老人のことだからよろけて火傷などしてはいけないと思い安全性の高いものを選んだが、まさか便利になった操作が理解のネックになろうとは思ってもみなかった。

考えてみれば、暖房器具だけではない。あらゆる身の回りの器具が便利になりすぎて、却って使い辛いものになっているのかもしれない。ちゃんと自分の頭を使って判断して決定して工夫して操作してきた世代の方たちにとっては、まったくワケのわからない代物ばかりの世の中なのではなかろうか。ひるがえって我が身を考えてみると、予約録画の失敗率が高い、自分の携帯電話の機能を把握しきれない、今まさに使っているキーボードに用途不明のキーがいっぱいある、という自分の将来が案じられるのであった。でも、猫と会話はできるもん!(←意味不明の言い訳)

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