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2007年4月

Karte of BJ

結構荒っぽい生活をしているBJ先生。負った怪我は数知れず。もう少し自分の身を大事にしてほしいと願いつつ、どれくらい危険な目に遭っているかを調べてみた。

まずは怪我を負うまでには至らなかったケースから。

・拉致
 悪党グループの中に負傷者が出ると、たいていBJに頼もうという話になるらしい。闇の医者の面目躍如であるが、BJを呼ぶ手段がこれまた荒っぽい。殴って昏倒させて連れて行く「海のストレンジャー」、ピノコに危害が及ぶことを匂わせて承諾させる「ご意見無用」などがある。あと、政府関係者がBJに目隠しをして連れて行く「恐怖菌」もこの範疇に入るだろう。

・銃で脅されたり狙われたり
 これはもう枚挙に暇がない。BJも慣れっこになっているのか、銃をつきつけられたくらいでは顔色すら変えない。悪党どもの狙いはあくまでも自分の腕なのだから、手術さえ成功させれば命まで取られることはないと思っているようだ。しかし、理不尽な理由で狙われることも多く、一番危なかったのは「落下物」でヘリコプターから機銃掃射を受けたときだろう。このときは当たらなかったばかりか、007ばりの活躍でヘリを墜落させている。また、ライフルの銃口にメスを投げ込んで防戦した「満月病」とか、背中を撃たれるもコートのおかげで無事だった「もう一人のJ」、護身用のピストルを持って行っていた「人面瘡」などを見ると、BJ自身も日頃から一応の危機管理は試みているらしいことがわかる。

・政争に巻き込まれる
 海外の要人からの依頼も多いBJ。知らぬ間に患者を巡る政争に巻き込まれてしまうことも多い。ピノコが誘拐される「誘拐」、救った患者が亡命したことでとばっちりを受ける「オオカミ少女」などがある。また、「殺しがやってくる」では某国独裁者の主治医であるBJを狙って、岬の家まで殺し屋がやってくる。BJの指を吹き飛ばして手術ができないようにするのが目的だったが、ピノコの活躍や、お互いのプロ意識に共鳴するところもあったりして、なんとか事なきを得る。

・事件事故
 思いつくままに列挙してみよう。
「ダーティー・ジャック」ではトンネルの落盤事故に遭い、
「閉ざされた三人」ではデパートが崩れてエレベーターに閉じ込められ、
「ストラディバリウス」では乗っていた飛行機が雪原に不時着し、
「地下壕にて」では新しいビルの地下壕に閉じ込められ、
「青い恐怖」ではシャコ貝に手を挟まれてあわや溺死しそうになり、
「きたるべきチャンス」と「終電車」ではビンタされ、
「激流」では激流をいかだで流され、
「闇時計」では鉱山の落盤事故に遭い、
「ご意見無用」では鮫に襲われ、
「助け合い」では殺人容疑で警察に拷問され、
「身代わり」ではスージーの投げた空き缶で指を切り、
「密室の少年」と「のろわれたオペ」ではいろんな物が降ってきて……

とまあ、散々な目に遭っている。ちょっと普通の生活では考えられないくらいの遭遇率ではあるまいか。

 さて、以上は怪我もなく(あってもたいしたことはなく)済んだ例であるが、以下は重傷または重病に至ったケース。

・爆発事故
 8歳の頃に不発弾の爆発事故に遭っている。皮膚の三分の一が爛れ、14か所が離断、内臓も4か所破裂、仮死状態(「人生という名のSL」)。本間丈太郎医師の手術により一命をとりとめるが、これが後々にまで大きな影響を及ぼす。「けいれん」では、事故のとき患った開放性弁状気胸の記憶が蘇り、手術中に強迫観念により手が痙攣する様子が描かれた。また、「20年目の暗示」でも暗示による指の硬直が起こっている。いずれも恩師の助けを得て克服。

・拷問
 BJの金目当ての悪党に凄惨な拷問を受けるのが「宝島」。鞭で打たれ、カラシを塗られ、巨大なケンザンの上に落とされ、ヘッドホンで大音響を聞かせられる。それでも喋らなかったBJだが、ピノコに害が及ぶと聞いて陥落する。たいていの人間ならケンザンの上に落ちたところで死んでいると思う。

・狙撃
「電話が三度なった」で医者を恨む少年から3発銃弾をくらうが、患者の手術を優先。これもたいていの人間なら(以下略)。犯人の少年を助手にセルフオペを行っている。
「銃創」では、これまたBJの金を狙った悪党に1発撃たれる。居合わせたヤブ医者に指示を出しながら手術してもらう。
「骨肉」で、蓮花の手下に左足を撃たれる。亡くなった父から皮膚を移植。セルフオペ。

・時限爆弾
「刻印」で間久部または彼の部下により爆殺されそうになるが、運良く命だけは助かる。

・暴行
「道すがら」でスペインの強盗に、「白い正義」でどこかの悪党に、「リンチ」でシシリーの村人に、それぞれ袋叩きにされている。3~4人が相手でも勝つこともあるのだけれど(「盗難」など)……。

・事件事故
「なにかが山を…」で犬に噛まれ、崖から落ちて足を骨折。
「B・J入院す」で交通事故。右腕損傷。
「通り魔」でかまいたち現象により左腕を負傷。
「1ぴきだけの丘」で崖から落ちて全身打撲(?)。 

・病気
「ピノコ再び」で腹膜炎をセルフオペ。途中からピノコが手伝い、無事成功。これ以降、ピノコがBJの助手として働くようになる。
「ディンゴ」では荒野のど真ん中でエヒノコックス摘出セルフオペ。オペ終了間際に野生のディンゴの群れに襲われるが地元民に救われる。
「座頭医師」では琵琶丸がBJは腸が弱いことを指摘。無理矢理、鍼治療を実施(笑)。

えーと、だいたい7~8回に1回はなんらかの災難に遭っているようだ。どんな重傷でもじっと耐えているBJだが、「されどいつわりの日々」で猫に顔をひっかかれたときはとても痛そうだった。BJ先生、お大事に。

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ハッスルボーイ♪

某所で見つけた「踊るBJ先生」の動画。(You Tube って著作権をクリアしているのだろうかと常々思っているのだが、これは大丈夫だと思うのでリンクしてみた。)

手塚眞さんが3月に招かれたという香港での手塚治虫生誕80年記念イベントの様子なのだが、踊る黒ちゃんから目が離せない!! 主役のアトム(香港語ではアトモ)や、いまひとつ振り付けを覚えていないウランちゃんを尻目に、先走るくらいノリノリな黒ちゃん……素敵だ。日本では始球式くらいしかやってくれなかったのに、香港ではそこまでサービスしていたのか。こんなマスクをつけて踊るのは息苦しいだろうと思うのだが、きっと乗りの良い役者さんが中に入っているのだろうな。集合写真など見るとそこそこ背の高い人が入っていると思うのだが、アトム、ウラン、ピノコには子どもが入っているのかな。ピノコは頭がデカすぎて踊りにくそうだ。この頭のデカさのおかげで一昨年の『紅白』ではすぐに見つけられたのだけれど、ウランちゃんサイズの可愛いピノコも見てみたいな。

(夫から風邪をうつされたみたいで、熱っぽいです。早めに床に就いて踊る黒ちゃんの夢でも見たいと思います。)

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『スパイダーマン2』

昨日録画しておいた『スパイダーマン2』を観た。以前に『スパイダーマン』をテレビで観たときにも書いたが、私はこういう映画がことのほか好きである。単純明快でワクワクしてドキドキして最後にスカッとする。

前作で高校生だったピーター(=スパイダーマン)は今作では大学生になっている。想いが通じ合ったMJとの仲は進展していないようだ。スパイダーマンとしての活躍が忙しく、……というより要領が悪くて彼女との約束もままならないのだ。貧乏だしツイテないし、本当にパッとしないヒーローなのである(笑)。そうこうしているうちに、ある科学者が核融合の実験に失敗して自分の背中につけた4本のアームに脳を乗っ取られ、タコのような姿の怪物に成り果てる。スパイダーマンはこれと戦うのだが、中にはスパイダーマンも悪の一味だと誤解する市民もいたりする。一方、MJは舞台女優として人気が出、新しい恋人を作ったりしている。クモの糸を出す能力にも衰えが見え、ピーターはスパイダーマンとして生きることに苦悩し始める……。

暴走する列車を止めたシーンでは、彼に優しく接し、傷ついた彼を守ろうとする一般市民の姿に感動した。ラストシーンは『卒業』を思わせるもので、MJは結婚式をすっぽかしてピーターのもとへと帰っていく。ちょっと哀しい結末だった前作よりも、痛快で楽しい一作だった。間もなく『スパイダーマン3』が公開とのこと。ピーターの親友との戦いになりそうだ。MJとの仲も気になるところだが、私はテレビ放映を待つことにしよう。

来週は懐かしの『ルパン三世』劇場版第1弾。これもDVDに焼いておかなくちゃ。

Spiderman_2

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議員宿舎

「 太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中 」を観た。最後に出てきた黒川紀章氏に全部持っていかれて思考能力が皆無になってしまった。都知事選に出たときは「なんだこのおっさんは?」と呆れていたが、この論旨のずれ方は尋常じゃない。ちょっと好きになった(笑)。

きょうのマニフェストは「空き部屋の多い議員宿舎を国営クジの景品にします」というもの。赤坂に新築された議員宿舎が家賃9万円ということで話題になったが、田舎モンの感覚から言えばそれでも高い。民間のマンションなら平均50万円が相場らしい。天文学的な数字だ。地域格差をひしひしと感じるわけだが、まあそれはさておき……。

この問題がそれほど国民の怒りを買うというのは、議員がそんなに優遇されるだけの仕事をしていないと国民が思っているからだろう。あるいは、日本における議員自体の地位が低いのだろう。いみじくも北海道選出の女性議員が言っていた。「地元では頭をぺこぺこ下げて……」。誰も頭を下げろなんて言っていない。正々堂々と思うところを述べて賛同者を集めればよいだけの話だ。頭を下げることで票を集めたくせに、それで国民の代表だと勘違いするから、破格に優遇されても当然だと思ってしまうような議員になるのだ。国民は国民で、そんな議員を自分達の代表だなんて思っていない。国民と政治は乖離している。要は、日本に本当の民主主義が根付いていないからそんなことになると思うのだけれど。

こういうことを考えていると、やっぱり私は国家って何だろうと考えてしまう。……もうちょっと書きたいことがあったのだが、まとまらないのでこのへんで。

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BJ関連ネタ3つ

・夫婦そろってお腹を壊した。夫のは腸感冒だろうと思うが、私のはおそらくキシリトールの摂り過ぎだ。というわけで、満を持して某ガムのキャンペーン「5口コース」にトライしたが、見事玉砕。かすりもしなかった。UFOキャッチャーって苦手なんだよ~~(泣)。マグマ大使が一番取りやすい位置にいたような気がするが、BJ先生を取らないと意味がないし。う~ん、またガム5個買ってくるか……。最近ついに老眼が来たのか、あの小さな文字が見えにくくてしょうがない。

・映画『ゲゲゲの鬼太郎』が公開ということでネットを漁っていて、その昔ねずみ男の声を当てていた大塚周夫さんのWikipediaに辿り着いた。そこで見つけたBJネタをひとつ。ちょうど1年ほど前に放映された『BJ21』の第1話「医師免許が返る日」で、周夫さんは医師会長の役を演じてBJ役の大塚明夫さんと親子共演をしている。ストーリーの中で医師会長の息子が撃たれたとき「アキオ!」と呼びかけていて、放映当時「おお!!」とツボにはまって感激したものだが、これについて……

これは当初、台本には「息子よ!」という台詞がかかれていたが「自分の息子を『息子よ』と呼ぶ親はいない」との判断により「明夫!」と変更になったという。

へぇ、そうだったのか。原作「報復」では「せがれッ!!」となっていて別に違和感もないのだが、一言のセリフもなおざりにしない役者さんの熱意とこだわりが、それに固有名詞をつけさせたわけだ。撃たれてしまう可哀想な役だから滅多な名前もつけられないし、じゃあ自分の息子の名前で、というようなことになったのかな。ラストはBJが明夫を手術するシーンだったのだから、二重に面白い。超シリアスなストーリーなのだけれど、アフレコの現場で交わされたであろう大塚親子の会話を想像すると、なんか可笑しい。「この息子の名前は明夫だ」「えッ?」みたいな(笑)。

・プリウスのCMを観た(やっと2回目)のだが、最後の集合シーンの左側後方にキリコ氏発見。BJのちょうど反対側にいるのだが(一緒にすると喧嘩するからかな?笑)、黒い眼帯をしていたからたぶん間違いないと思う。途中のランプ氏の声はアニメで友引警部役だった内海賢二さんのようだ。

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(備忘録070425)

ご近所の庭に生えていた大木(エノキかケヤキか判らない)の上半分が綺麗に伐られてしまった。ここをねぐらにしていたカラスの一家がいたのに……。私の部屋の窓を開けると、夜中に彼らが喋る「クルクルクルクル…」という声が聞こえてきたものなのに……。どこへ行ってしまったのかなあ。人間の都合で思わぬ事態になってしまった木もカラスもかわいそうだ。

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知らぬは一生の恥

某Aさんの日記を読んで、日本語というのはつくづく難しいと思った。謙譲のつもりで言った「良ければ食べてください」は「(ほんのつまらないものですが)よろしければ召し上がってください」という意味だということはわかる。親しい仲ならそれでも良いが、第三者にそう言った場合には本人が恥をかくことにもなろう。どう注意すべきか迷うところだ。

本人が固く思い込んでいることが多いから、言葉というのはなかなか訂正できない。私自身にも言い間違いは滅茶苦茶多いと思う。周りの人たちは、あぁあ、と思っていることだろう。仲の良い友達には「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥だから、気付いたら指摘してくれ」と頼んであるが、その友だちにしてからが、「きょうはやんごとなき事情で休む」などと言う。いつからあんたは殿上人になった? 「よんどころなき」だ。「馬糞のように食うわ食うわ…」。そんなもん食べたら腹こわすぞ。「まぐさ」だ。こんなふうにお互い同レベルだから困ったものだ。まあこういうのは単なる言葉の覚え間違いだし相手の気心も知れているからずけずけ指摘できるが、文法上の間違い、あるいは間違いというほどではないけれど、という場合はなかなか指摘しにくい。

昨今のテレビ番組には日本語の誤った使い方が溢れているから、折に触れて「さっきの文章は変だったよね。これこれこうこうが正しいよね」と確認し合うのもひとつの手段かもしれない。でもこういうの、本人に直す意識がなければどんなに人から言われても直らないと思う。正しい言葉遣いをしようという意識が一番大事だと思う。特に「敬語」というのは、日頃使っていなければ咄嗟にはなかなか出てこないものだ。誰にでもタメ口で話す今頃の人には相手を敬うということ自体が難しいことなのかもしれないけれど、言葉というのはその人そのものを映す鏡だから、やはり機会あるたびに自分の発する言葉を省みてみたいと思う。

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BJは家事ができるか

月曜日は『BJ』語り。きょうはBJと家事について。

・料理
 「幸運な男」の扉絵で手術着に身を固めて包丁でキュウリを輪切りにしているが、マンガの中でちゃんと料理していたことはない。お湯だけ沸かしてカップラーメンか何かをすすっている。田口雅之描くところのBJ(『BLACK JACK NEO』)が自分でちゃんとディナーを作っていたのとはえらい違いだ。「ガス」でピノコにおかゆを、「虚像」で志摩先生にもおかゆらしきものを持ってきているので、おかゆは作れるらしい。
 ピノコが来るまでは一人暮らしだったわけだから、料理もできないことはないと思われるが、外食が多いとか言っているし、あまり自分で作って食べるということはなさそうだ。味覚は、味噌汁にソースが入っていれば不味いと感じるくらいだから正常だと思われるのだが、反面「コレラさわぎ」の時にはピノコが各種の薬を調合して作った液体をジュースと間違えて飲み干しているので、もしかしたらとんでもない味覚オンチかもしれない。

・掃除
 「肩書き」に窓を拭いている姿が描かれているが、「コマドリと少年」でピノコが外から壁をぶっ叩いただけでホコリまみれになったBJが出てくるから、あんまり掃除が行き届いているわけではなさそうだ。年末大掃除はやっているようだが(「コマドリと少年」)。「やり残しの家」では、ピノコが「このおうち ろんなにふいてもはたいても きえいになやないんらもん!!」とヒステリーを起こしたのに対して、「きれいじゃなくたって住めるじゃないか」と返している。あんまり掃除は好きではないようだ。手術室だけはたぶん綺麗にしていると思うけれども……。

・洗濯
 原作には描かれていない。ピノコまかせだ。ピノコがいないときは、全部クリーニング屋まかせだったのではないかな。洗って干して畳んで箪笥にしまうBJ先生って、どうしても想像できない。

・裁縫
 切ったり縫ったりが商売なのだから、これは上手いだろう。「約束」で、三重になっている血管壁の二層目まで針を通すということをやったりしているから、ズボンの裾上げのまつり縫いなんかやらせたら滅茶苦茶上手いのではないかと思う。
 ところで、BJのコートの裏にはメスやら何やら(←よくわからん)の手術道具がぎっしり収納されているのだが、これを危なくないように且つ機能的に収納するための細工はBJ本人がやっていると思う。オーダーメイドなら仕立て屋さんがやってくれるかもしれないけれど、ここはひとつ本人にやっていただきたいものだ。山本賢治描くところのBJのコートではメスの刃先が出ている。しかしこれは危ないし、衛生的観点からどうかと思う。「老人と木」ではちゃんとペンポケットふうになっていて刃先が出ないようになっている。こっちが正解だろう。
 飛行機に乗ったりするときには当然これらの危険物をはずさないといけないのだろうが、しょっちゅう入れたり出したりするのは面倒なので、もしかしたら着脱可能なライナーにそういうポケット状のものをいっぱいつけてあるのではないかと想像する。飛行機に乗るときにはライナーごとコートからはずしているのではなかろうか。
 ついでに、そのライナーはピストルの弾を通さない何か(鎖帷子みたいなもの)でできているのかもしれない。「もう一人のJ」でジョナサンに撃たれたとき、コートが防弾着になると言っていた。普通の布のコートではそんなことはあり得ないから、たぶんライナーに秘密があると思う。
 しかし、BJが夜なべ仕事でちまちまと針仕事をしている姿を想像すると、笑える。時々針に髪の脂なんかつけたりして(笑)、糸を切るとき糸切り歯で切ったりして(笑)。出来上がると、メスその他を装備して着心地を確かめたりしているんだろうな。この辺からメスを出したほうが投げやすいとか、アクション付きで研究していたりするんだろうな。夜中に、ひとりで……(爆)。

裁縫からコートの妄想になってしまって、ここでタイムアップ。あと、どんな家事があるかな? 町内会とかには入っているのかな。回覧板を回すにも隣の家まで遠いんだろうな。運動会に出てくださいとか誘われたりするのかな。買い物は週に1回、休診日に街まで出てまとめ買いしているんじゃないかな。新聞や保険の勧誘なんかどう言って断っているのかな。ゴミ出しはどこまで持って出るのかな。年賀状とか書いたりしてるのかな。手術の腕以外、日常生活がいちいち不器用な感じがする男なので、気になりだすとキリがない。ピノコ、頑張れ!!

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許せん!!

特急車内で女性が暴行されたそうだ。犯人は別の強姦事件で公判中だったとか。もう、この男には懲役刑では足りない。局部を切り落としてやるべきだ! それも錆びてほとんど切れないようなカッターでじわじわと。

それにしても、周りの連中は何をしていたのだ?! 助けるどころか通報もしないで見ていたのか?! それでも人間か?! 信じられない。被害者の女性がどれほどの心の傷を負ったかと思うと暗澹たる気持ちになる。私なら世間の人たち全部を恨み、誰も信じられなくなるに違いない。

男性にはわからないかもしれないが、強姦ならずとも痴漢行為だけでも、女性にとっては許しがたいことなのだ。他のどんな犯罪よりも自尊心を傷つけられる犯罪なのだ。私の経験から言えば、電車やバスの中で、他に席が空いているのにもかかわらずピタッとひっついて座ってくる男はほぼ100%痴漢だ。こちらの足にも掛かるように自分の上着を置き、その下から触ってくる。来た!と思った瞬間に勢いよく席を立って、自分の鞄を男の顔にわざと盛大にブチ当ててから席を移動したことが何度かある。重い鞄の角で顔を張られても痴漢はにやにや笑っていた。身動きのできない電車のときには、思い切り睨みつけてやった。この痴漢もやはりにやにや笑っていて、それでも手は引っ込めた。気が治まらなかったのでヒールで思い切り足を踏んでやってから下りた。骨の1本くらい折れたかもしれないが自業自得だ。足を上げる空間があれば、股間を蹴り上げてやったものを。

痴漢を許してはいけない。女性も防衛策を常日頃から考えるようにしよう。そして、自分ひとりではどうにもならないと思ったら、迷わず周囲に助けを求めよう。恥ずかしがらずに大声を出そう。私が会った痴漢たちは皆、バレたときにもにやにやしているような卑劣で弱っちい常習犯ばかりだった。痛い目に遭わせてやらなくちゃ懲りない奴らだ。周囲の人たちも、か弱い女の子が困っていたら助けてやろうよ。黙って見ているなんて共犯と同じだ。

この事件、犯人が再逮捕されたということは、被害者の女性が立件したということだろう。彼女の勇気に心から拍手を送るとともに、一日も早く心の傷が癒えることを願う。

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(備忘録070421)

きょうは朝からいろいろと大変でした。ばたんきゅう。

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尋ね人?

2ヵ所の掲示板で見つけた書き込みをコピペ。↓

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ゆ△さんに大至急!! ○○郎 [URL]

昨日会ってもらった○○郎です!!
昨日はありがとうございました!!
実は昨日聞いたメアドが間違ってい
て大変困っています・・・もし書き
込みに気付いたら連絡いただけない
でしょうか?
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可笑しくて笑ってしまった。もちろん○太○君のURLは「出会い系サイト」。管理人泣かせのスパムなのだが、これは文面が面白い。普通なら「いや~、いい思いをした上にお小遣いまで貰っちゃった♪」などと書くところを、まるで出会い系で被害に遭ってしまったとも受け取れる文面だ。それも何故か大変切羽詰った感がある。

「△きさん」と、女性名限定なのが何より可笑しい。広く万人に広告をするほうが効率的だと思うのに「ゆ△さん」限定である。私は是非この礼儀正しい浩○○君を助けてあげたいと思うけれども、名前が違うので如何ともし難いのが残念でならない。

この文章の意味、意図、背景等を考えてみる。

1:ゆ△さん連盟説
 この出会い系サイトでは何らかの理由で「△きさん」という名前の会員を多数必要としている。なんかホームズの「赤毛連盟」みたいで怪しいな。

2:報復説
 ○○郎君はこのサイトを通じて知り合ったゆ△さんにとんでもない目に遭わされたので、このサイトにだけは行っちゃいけないよということを一般に知らしめたくてURLを晒した。

3:○太○君ストーカー説
 昨日二人は初めて会ったのだが、△きさんは浩○○君のことを気に入らなかった。だから嘘のメアドを教えただけ。

4:△きさんウッカリ説
 このURLは何かのハズミ。メアドも単なる間違い。浩太郎君とゆきさん(もう伏字が面倒くさい)の純愛物語。

5:某国陰謀説
 二人の名前はコードネーム。出会い系サイトの広告を装っているが、文章全体が暗号である。

6:その他
 「なんか毛色の変わった文章だな。面白そうだから見てみよう」という私のような人間を釣るため。

……間違いなく6だと思う。_| ̄|○

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『日本紳士録』

交詢社の『日本紳士録』が、今月刊行の第80版をもって休刊となるらしい。確かに個人情報保護法ができた今となっては、刊行は難しいと思う。不十分なデータを載せたところで意味がないのだから。

1889年に第1版が刊行された日本版『Who's Who』である。この本に載ることがステイタスだった時代もあったことだろう(特定の公の役職に就けば自動的に掲載されて、本を買わされるということもあったようだが)。

この本、たいていの図書館には備えてある。存命中の人物の情報を得るためには欠かせない二次資料だった。今は、この本がなくなってもインターネットがあるのでそんなに困らないかもしれない。住所まで調べるのは難しいかもしれないけれど。

こういう話を聞くと、名簿の売買が商売になるのも頷ける。先日もあるカタログ販売を利用したら、途端にいろんなところから電話が掛かるようになった。どう考えても、データが流れたとしか思えない。立て板に水でまくしたてられるセールストークの一瞬の隙を突いて「どうしてわが家の電話番号がわかったんですか?」と聞いてみたら、ややこしい相手だと思われたのかブツッと切れた。それはそれで腹が立つものである。

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ヲタクバトン

先日届いた『Knock Out VOICE!!』のCDを聴いた。聴き損なっていた#1~#3を聴くことができて満足。
いつもどこかネジの外れた投稿をしてくる愛すべき常連「玄人ジャック」さんのハンドル……ずっと「黒男とジャック」だと思い込んでいたことは内緒だよ(笑)。

さて今日は神無月さんから頂いた「ヲタクバトン」に答えたいと思います。私はアニメやマンガに詳しくないので、特に指定がないところではアニメ、マンガ以外からも選んでいます。

■好きな女キャラクターを5人(登場作品)

かなり偏ったチョイスをしてみました(汗)。

・峰不二子(「ルパン三世」)
  言わずと知れたふ~じこちゃ~ん。悪女ですな。
・ドロレス・ケッセルバッハ夫人(「813」)
  アルセーヌ・ルパンの敵。悪女だけど可哀想な人です。
・緑川夫人:別名黒蜥蜴(「黒蜥蜴」)
  明智小五郎の敵。悪女だけど可愛い人。
・闇姫(「仮面の忍者赤影」)
  赤影の敵・幻妖斎の配下。最後に赤影の味方になります。
・ブラック・クイーン(「BJ」)
  女ブラック・ジャック。魔性の美女。

■その中で一番好きなのは?

不二子ちゃん……かな。
それなりにデキル男を翻弄する悪女ってのに憧れます。女から見てもカッコいいし。

■好きな男キャラクターを5人(登場作品)

・8マン 東八郎(「8マン」)
  大人の魅力。タバコ(実は強化剤)を吸う姿もカッコよかった。哀しいヒーローでしたね。
・飛騨の赤影(「仮面の忍者赤影」)
  あくまでもテレビ実写版のほうです。子ども心に「なんて綺麗な人なんだ」と。
・アルセーヌ・ルパン(ルパンシリーズ)
  シルクハットに夜会服。ベル・エポックに咲いた悪の花。女性にからきし弱いです。
・ブラック・ジャック(「BJ」)
  孤高の天才外科医。

ぶっちぎりで上位なのが↑の4人。5人目はちょっと決められない。ドクター・キリコ、長谷川平蔵、榎木津礼二郎、安倍晴明、織田信長、あらゆるジャンルで候補者がいっぱい。

■その中で一番好きなのは?

今のところはダントツでBJ。ただ、基本的に上位4人に差はないです。

■好きなゲームを3つ

・テトリス
・ぷよぷよ
・ZOO KEEPER

今までにハマったゲームを挙げてみました。最近のゲームは『BJ火の鳥編』以外やったことありません。

■好きな声優さんを3人

・堀勝之祐さん
・中田浩二さん
・大塚明夫さん

堀さんはアルセーヌ・ルパン、中田さんはエーベルバッハ少佐、でハマりました。大塚さんは毎朝「ピノコ、なんだこの朝食は?」という声で起こしてくださいます。

■好きなアニメソング(アニメOP、キャラソン等)を3つ

・ルパン三世のテーマ 
  真っ赤な薔薇はあいつの唇……てやつです。歌のないビッグバンド風の演奏が一番好きですが。
・宇宙戦艦ヤマト
  無条件で血が沸き肉が踊ります。
・月光花(「BJ」初代OP)
  放映開始当時のワクワクした気持ちを思い出します。

■コスプレはする?又はどんなコスプレをしてみたい?

しません。
……ねずみ男、とか?(聞くな!)

■アニメ・漫画・ゲームの中で憧れるもの(あったらいいな、と思うもの)は?

五右衛門の流星(アニメでは斬鉄剣)が欲しい。そろそろ庭の木を切らなくちゃいけないので。

■1番「萌え」を感じるものは?

いまひとつ「萌え」というものがわからないのです。
なんかこう、絶体絶命の危機に思わぬ人が助けにきたとかいうシチュエーションにはカタルシスを感じますが、「萌え」ではないのでしょうね。しぐさとして可愛いな~と思うのは、日頃つっぱってる奴が善行をして照れているとか、からかわれて真っ赤になっている姿とか。あ、そうか、そういう柄じゃない奴が恥ずかしがっている様子が好きみたいです。すごく強い奴がおずおず甘えてくるとか。

■このバトンをまわす人5人+印象

バトン、ここに置かせていただきます。興味を持たれた方、どうぞ拾ってくださいまし。
ちなみに、バトンをくださった神無月さんの印象は、恋に恋する夢見る乙女さん、です♪

神無月さん、素敵なバトンをどうもありがとうございました~~♪

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ラッパ飲み

不本意ながらも最近慣らされてしまったと思うのが、自動販売機のペットボトルである。以前なら缶しかなかったのに、最近はペットボトルで売られている。その場で一気に飲むなら缶でよいが、移動しながら一口二口と飲むにはフタができるペットボトルのほうが便利なのだ。

子どもの頃なら、絶対に親から叱られていただろう。容器に直接口をつけて飲むなんて言語道断の行儀の悪さだ。水筒代わりだと言っても怒られるだろう。今の水筒は直接口をつけて飲む形態のものも多いが、私が子どもの頃の水筒は全てフタがコップの役割をするものばかりだったのだから。今思い出したが、牛乳瓶から直接飲むことも御法度だった。家で飲むときは必ずコップに注いでから飲んでいた。

そんな記憶があるから、ペットボトルから直接飲むことに私自身も最初は抵抗があった。今でも、初めからわかっている場合にはちゃんと家から水筒に飲み物を入れて、コップとともに持参するようにしている。

親たちが子どもをそういうふうに躾けたのには衛生面での心配もあったからなのだろうが、もっと大きな理由はエチケットだと思う。一言で言えば、この行動は粗野なのである。立ったまま飲食することが即ち粗暴だし、容器からコップに注ぐ一手間を省いただけで、「飲む」という動作が荒っぽいものに変わってしまう。傍から見ていてあまり気持ちの良いものではないのだ。……しかし、こういう感覚は若い人たちにはもうわからなくなってしまっているかもしれないなぁ。それは例えば、お茶碗によそわずにお櫃から直にごはんを食べているようなものなのだ。それは餓鬼のすることであって、まっとうな人間がすることではない、という感覚なのだ。それは私にとって合理性で片付けられる問題ではない。こういう古い時代の感覚はいずれ淘汰されていくだろうから、今のうちに書き留めておくことにも意義があるかもしれない。

しかし、お風呂上りに手を腰に当てて仁王立ちしてフルーツ牛乳を一気飲みするとか、西部劇のガンマンが馬に揺られながらお尻のポケットからヒップフラスコを取り出してウイスキーをグイッと呷るとかは、いいなと思ったりもする(笑)。

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黒い医者

先週『アンビリバボー』を観ていたときだったか TOY○TA プ○ウスのCMがあって、手塚キャラが総出演していた。10年前に同車が発売されたときはアトムが出ていて、「手塚治虫先生、21世紀に間に合いました」というのがキャッチフレーズだった。今度もアトム編だが、BJもピノコもランプ氏もレオもサファイアもその他諸々も皆出ている。で、その華やかな色合いの手塚キャラの中で、BJ先生はものすごく目立つ。皆が集合した中でひときわ黒いなと思うところにBJ先生がいる。だから、CMはまだ1回しか見ていないが、たぶんBJ先生の出番だけは見逃すことなく全部見つけられたと思う。

そこできょうの『BJ』語りはBJの黒装束について。

この装束の内訳を書くと、黒のスーツと黒靴と黒ソックス、黒のコートである。(あと、鞄も黒、センチュ○ーとおぼしき車も黒。持っていないかもしれないが持っているとすればたぶん傘も黒だろう。)前から見れば胸元のワイシャツの白とリボンタイの色がアクセントになっているが、後ろから見れば髪の半分が白い他は真っ黒けである。テレビアニメではコートではなくて黒のマントになっていた。これはたぶんマントのほうが裾が大きくはためいて絵として綺麗だったからだろう。御徒町のマント屋が御用達だったようだ。しかし、洋服屋に勤める身として一言言わせてもらえば、一口に黒と言っても赤みが勝っていたり青みが勝っていたり 要するに彩度や明度の違いでいろいろな色合いがあるので、全身を黒一色でコーディネイトするのは結構難しいことなのだ。色合いが微妙に違うと却って野暮ったいことになってしまう。だからBJ先生のあれは、上から下まですべて馴染みの店でのオーダーメイドだと推察する。金の亡者の割りには着道楽だな。

真夏の西表島へ行くときも、雪深い山奥へ行くときも、とにかく戸外ではBJはこの格好をしている。BJの夏服として、「おばあちゃん」の表紙絵に白っぽいコートを羽織っている姿が描かれているが、マンガの中で着ていたことはない。ただし海外ではこの限りではなく、「アヴィナの島」とか、羊にあっかんべーの「道すがら」とかでは上着とコートを脱いでリボンタイも取ったりしている。仕事のときと完全オフのときの差は、わずかにそれくらいしかない(笑)。

ところで話は変わるが、日本の江戸時代においては医者は無免許であった。なろうと思えば誰でもなれた。そして、茶人と医者以外は着ない「羽織」を着ていた。お芝居の中には、普段は褌一丁の貧乏医者が褌の上に羽織を着て医者に変身!というのもあったような。羽織を着ていれば医者なのである。そしてその羽織というのが、お芝居やテレビや本の挿絵を見る限りでは黒なのだ。だからBJの「無免許で黒のコート」こそは、正しい日本の医者の姿なのであった(軽く聞き流してください)。ただしもう一つ正しい医者になろうとすれば、坊主頭にしなくてはいけない。BJ先生がそこまで真似しなくてよかったと思う今日このごろ。どうして医者が坊主頭なのかといえば、漢籍などから専門の知識を得られるだけの学力を持った僧侶が医者を兼任することが多かったというまっとうな説と、その昔戦場において「自分は医者だから狙ってくれるな」という目印として頭を剃ったという情けない説がある。いずれにせよ、テレビドラマなどで町医者が総髪をポニーテールにしているのは間違いである。

さて、「黒」という無彩色についてなのだが。最初に書いたように、これは結構目立つ色だったりするのだ。紺色やグレーなら目立たないが、街中で喪服を着た人にはパッと目が行くという経験をしたことがある人は多いはずだ。BJは日本人の成人男子の平均的な体格よりちょっと大きいと思われ(彼より背の高い日本人はあまり出てこないから)、それが上から下まで黒尽くめで、尚且つコートで更にその面積が広くなっているのだから、これはさぞかし人目を引くに違いない。夜なら比較的目立たないかもしれないが、それでも一番闇に溶け込みやすい色は黒ではなくて柿の熟した赤茶色である。忍者の装束も黒ではなくてこの柿色だとされている。

BJは決して人目を避けるために黒を着ているわけではない。これは彼が選んだ色なのだ。ということで、次に色彩心理学における「黒」を見てみよう。ネットで検索した記述をざっと挙げると次のようになる。

・黒を好む人は、反抗的で、人から指示されることをいやがることが多い。
・秘密主義的傾向が強く、自分の本当の性格や感情を、人の目から隠そうとする傾向がある。
・表面的には、機知に富みクレバーな人物というイメージに映る。
・その環境に非常に不満をもっている人間が選びがちな色。
・自分自身への強いこだわり。達成していこうとしている。肩に力が入っているときに選びやすい。
・喜びや悲しみを乗り越え、自己に向き合い確立していく場合にも黒が用いられる。喪服の黒は、亡くなった方に対する悲しみ、思い出、敬愛、そして死に対する畏敬の念、残された自分の再構築などの意味合いがこめられている。

別にBJに該当するような文言だけを拾ってきたわけではないのだが、「自分自身への強いこだわり」なんてもういかにもBJ以外のなにものでもないような気がする。と同時に、おいおいこれはキリコにもそっくりそのまま該当するぞと思う。「ふたりの黒い医者」というタイトルは、単に彼ら二人が日の当たる道を歩けるような医者ではないことを示すだけでなく、彼らの内面や性格(腹黒という意味ではなく)までも表していたのだなぁと、改めて感心した次第。

最後に、私はBJ先生の生年月日を1948年11月3日だと勝手に決めているが、とある色占いをしたらその日の色は「黒」と出たので驚いたのよさ。

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脳の活性化

脳科学が花盛りの観がある。いや、脳科学から派生した「How to 本」が花盛りと言うべきか。

脳を活性化するというので大ブームとなった「塗り絵」について、単に塗るだけでは脳は活性化しないということが検証されたらしい。多色を使うのではなくて、単色で濃淡をつけるときに大きく脳が活性化するとか。まあ話のタネとして聞いておこう。

活性化なんて微々たるものじゃなくて、これをやればIQが30上がります、とか、記憶力が格段に上がります、というようなものだったらやっても良いけどなぁ。あるいは、これをやればアルツハイマーが治ります、とか。

経験的に、脳がフル回転しているなぁと感じるのは、「30分後に来客がある、25分で3部屋と廊下とトイレを掃除!!」という切羽詰った状況のときだ。瞬時に計画を立て、いっぺんに複数のことをこなし、あるいは見切りをつけ、あとは野生の勘だ。お客様はここは見ないに違いない、とかね。

塗り絵をするより家事をするほうが脳は活性化するに違いない。

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戦争の概念が違うのか

昨日「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」をちらちら観ていた。マニフェストは「アメリカとの同盟関係を一旦白紙にします」。

マニフェストそのものの議論ではないが、私が面白いと思ったのは太田と天敵・石破茂との戦争観の相違だ。太田は、一旦戦争が起これば自分は戦う、と。対する石破は、そのために自衛隊があるのだ、と。そして自分自身が戦争へ行って戦うとは遂に口にしなかった。いかにも、戦争は外交のひとつの手段だと言って憚らない同氏らしい態度だ(冷笑)。

私自身の戦争に対する印象は太田のそれに近い。国と国との戦争において、戦闘員と非戦闘員の違いなどないと思っている。先のイラク戦争を見ても、市内への爆撃によって無辜の市民がどれだけ犠牲になったことか。

だいたい私がこの番組を観るときいつも知りたいと思っているのは、人は自分の国がどういう状態になるのがベストだと思っているのかということだ。更に言えば、世界から戦争がなくなることを望んでいるのかどうかということだ。出演しているゲストそれぞれがどう思っているのか、そこのところでコンセンサスが得られているのかどうかがわからない。某ケ○ン氏などは世界中がアメリカの傘下に収まることを望んでいるようだし、某氏などは軍事力至上主義のようだし……。まずは、平和、戦争の概念そのものについての議論を聞きたいと思う。

マニフェストは9対15で否決されたが、視聴者投票では賛成49%、反対51%で拮抗していた。私はもちろん賛成だ。

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時は流れる

きょう、ちょっとした書類に自分の生年月日と年齢を書くことがあって、まあ正直に書いたのだが、なんだか改めて愕然としてしまった。う~ん、こんなに長いこと生きてるのか。精神年齢は高校生の頃から変わっていないような気がするのだけれど。ちなみに、とあるサイトで日齢を計算してみたら17202日と出た。私が生まれてから17202回、地球が自転したわけだ。う~ん、かえって実感が湧かなくなったが(笑)、地球さんご苦労さん。

もう近年は1年が矢のような速さで過ぎていく。それについては人からこんな話を聞いたことがある。例えば1歳の子どもにとっての1年の長さが 1 ならば、5歳の子どもにとっての1年は 1/5 、50歳の人間にとっての1年は 1/50 なのだそうだ。つまり年齢の逆数ということなのだが、1年の実際の長さは365日と決まっているのだから、これは単にそう思われるようになるという哲学である(笑)。

先日読んだ『すべてのいのちが愛おしい』(柳澤桂子著)に、生命の歴史の長さを1年の長さにたとえるとどうなるかが書かれていた。最初の生物が出現したのを38億年前とすると、次のようになる。

1月1日          最初の生命が出現
12月半ば頃         最初の哺乳類が出現
12月25日頃         恐竜が絶滅
12月31日午後6時頃     人類が出現
12月31日午後11時59分    農耕や文字の発明
12月31日午後11時59分58秒  現代科学が発達し始める

これに続いて著者は「たった2秒の知識で、38億年を全部知ったような気になってはいけませんね。」と注意を喚起しているのだが、まあそれは今日の話題には関係ない。

とにかく、時間というのは数字で表してもよくわからないものだなぁということだ。各人の観念でしか捉えることのできないものなのではないかと思う。そして、実感しないうちに時間が過ぎ去っていることは経験上わかるのだが、悔しいことに、自分自身は過去にも未来にも存在することはできないということだ(パラレルワールドがあるとすればその限りではないかもしれないが)。私は今この瞬間にしか存在できない。それがなんだかとても不思議なことに思える。←この「。」を打った私は数瞬過去の私。←この「。」を打った私は……エンドレス。

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(備忘録070412)

やりかけの事が佳境に入っているので、きょうの記事はお休み。思うところを2つ3つ。

国民投票法案が成立の見通しとか。国民投票法自体は成立しても悪くないと思う。問題はその後だ。

「ヤッターマン」「ガッチャマン」が実写化されるらしい。「ヤッターマン」の場合、やっぱ重要なのは三悪のキャスティングだろう(←三景さんご指摘のとおり)。ドロンジョには篠原涼子とか青田典子はどうだろう。ボヤッキーが一番難しいな。高田純二はイイ線いきそう(私も賛成!)。「全国の女子高生諸君!」て言わせてみたい。善玉の二人はどうせ当て馬だから誰でもいいや。あと、コンドルのジョーは誰がやるのか気になるなぁ(やっぱりNo.2が好き・笑)。

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ニュースの基準

最近ニュースを見ていて、そのニュースを選んだ基準が判らないと感じることが多い。

例えば、学校の休み時間に遊具で遊んでいた子供達が、その遊具が壊れたことで怪我をしたというニュースがあった。どうしてそんなことが全国ニュースになるのだろう? 校長先生が、その遊具を使う際の約束事を決めていなかった、なんて記者会見をしている。そんな細かいことまでいちいち学校が決めたりしないのが当然だと思うのだが? 

何が問題なのかさっぱりわからない。子どもが遊んでいてたまたま怪我をした、運が悪かったね、ただそれだけではないのか? ……なんて言うと、遊具の危険性を認識していなかった学校や遊具を作った業者が悪い、なんて言う人から抗議されるだろうか。そういう人たちに言いたい。100%安全なものなどこの世にありはしない。子どもの遊びなんて危険と隣り合わせなのが当たり前だ。何が伝えたくて、こんなものがニュースになるのか判らない。

穿った見方をすれば、昨今は様々な学校での問題が浮き彫りにされているから、その風潮に乗って暗に学校を批判しようとしているとも受け取れる。このニュースに限らず、何か事が起こればとにかくどこかに責任をおっつけようとする傾向が強いような気がしてならない。根底には、自分は悪くないという意識がある。あるいは、最初から相手に何もかもまかせてそれでよしとする意識がある。そういう人ほど後から文句を言う。

もっと自分で考えて行動しようよ。そしてそれを子どもにも教えようよ。自分が危ないと思えば、他人が行っても自分は行かないだけの知恵と勇気を持とうよ。そしてマスコミに対しては、鵜呑みにすることだけはやめようよ。み○さんが怒っているからって自分も怒らなくちゃいけないことにはならないよ。マスコミなんて自然にきょうのニュースが決まるわけじゃない、「誰か」の意図が働いているに決まっているのだから。

他人に踊らされるのはやめようよ。

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方言

方言を取り入れた市民憲章(案)が話題になっているそうだ。地元での評判は芳しくないらしく、意見を寄せた人の8割が否定的だったとか。

まるで一編の詩のようなこの内容が市民憲章たるにふさわしいかどうかは別にして、私は良いと思うけどなぁ。ニュースでは「きちんとした日本語を使うべきだ」「田舎臭い」と、方言を否定する人たちが写っていたけれど、そんなに方言というのは恥ずかしいものなのだろうか? 

そもそも「きちんとした日本語」と言われる標準語だって、元々は東京の一画の方言だったのだ。それが意図的に広められて、今では全国どこへ行っても標準語で喋れば誰とでも意思の疎通ができるという、共通語としての役割を果たしているに過ぎない。だから日本の憲法などは誰にでも理解できる標準語で書かれなければならないと思うが、この場合は市民憲章だ。その市内で通じる言葉で書いても何の不都合もないはずだ。

田舎臭い、泥臭い。上等じゃないか。それでこそ方言だ。その土地で発生して根付いた土着の言葉なのだから。それを恥ずかしいと思う気持ちのほうが私には恥ずかしく愚かなことに思える。方言を恥じることなんかないのに。

故郷の訛り懐かし 停車場の人ごみの中にそを聞きに行く
                <石川啄木>

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間久部は嘘を吐いたか?

月曜日は『BJ』語り。

先週のエイプリル・フールからこっち、『BJ』シリーズにおける「嘘」というものを考えているのだが、どうにもわからないのが「刻印」(「指」の改作版)において間久部は嘘を吐いているかどうかである。ネットを検索してみても両方の解釈がある。長年釈然としないものを感じているこの話を、きょうは取り上げてみようと思う(まとまるかどうかわからないが)。おおまかなあらすじは次のとおり。

小学校時代からのBJの親友で(「指」では中学校となっていた)、今は「暗黒街の皇太子」と呼ばれICPOから追われるほどの悪党になった間久部が、身元を隠すために指紋を変えてくれとBJに依頼してくる。指紋だけを変えることは不可能なので、間久部の指を切り落とし彼の部下ピエールの指と丸ごとチェンジすることになるのだが、手術が終わって帰路についたBJは時限爆弾で吹き飛ばされる。
後日、パリ警察に捕まった間久部。「暗黒街の皇太子」であるに違いないのに、指紋が違うことから警察は彼を釈放せざるを得ない。そこへBJからのタレコミが。指を付けかえるときに「友情を記念して」骨に自分のサインを書いておいた、と。間久部の指を手術してみたところ骨からBJのサインが見つかり、間久部本人であることが判明、そして死刑が確定する。刑務所まで間久部の面会に行くBJ。二人の間に交わされた会話はこうだ。

M「やあ…元気かい」
B「ひとつだけ答えてくれ これだけはきいておきたいんだ」「おまえさんの手術のあと おれを時限爆弾で殺そうとしたのは」「おまえさんのサシガネだったのかい?」
M「バカな!!おれはきみだけは殺したりしない!!ちかってもいい そいつは手下のやつの独断だっ」
B「それは本当かね?」
M「おれがきみに一度だってウソをいったかっ」「おれを信じてくれ」(初めてサングラスを外してBJを見つめる間久部)
B「ああ……信じるよ」「気の毒したな間久部」
M「いや……これでいいんだ」
ラストのコマは、肩を落として去って行くBJの後ろ姿。

口封じのためのBJ爆殺ははたして間久部の指示か、あるいは部下の独断か? 「指」では明らかに間久部の指示となっていた。これがあまりに後味が悪かったせいか、「刻印」では部下の勝手なしわざということが間久部の口から語られているのだが……。

これをそのまま真実と受け取ってもよいのかどうか悩むのである。というのも、これが間久部の指示でなかったとなると、パリ警察に捕まった間久部を追い詰める証拠を提供したBJがものすごい悪者になってしまうわけで、そこのところがどうにも納得できないからである。私の考えるBJというのは、金銭面においては悪辣非道であっても、こと義理人情が絡む場面では人一倍お人よしで相手を思いやる男であるからだ。そんな男が親友に対してどうしてそんな行動を取ったのか? ガイドブックやネット上の論考等では「二人の友情は失われていなかった」旨が指摘されており、確かにそう考えられればこの話は一躍美談に変貌するように思われる。しかし、「刻印」の終わり方だけに注目すると間久部からBJへの友情はあっても、BJから間久部への友情があったとは言えないのではなかろうか? 何しろ、言葉は悪いが、親友を売って結果的に死刑に追いやっているのだから。「指」での「間久部の裏切り→BJの報復」という図式のほうがよほどスッキリしている。殺伐としていて救いは無いが……。手塚治虫はどうして、何を描きたくてわざわざ「指」を改作したのか? BJに友を売ったというトラウマと業を背負わせてまで、間久部のBJに対する友情は変わっていなかったことを描きたかったのだろうか? どうにも合点がいかない。

間久部という男は、『BJ』シリーズ中この話にしか登場しない。もっと手掛かりがあれば人物像にも迫れるのだが……。しかも「指」と「刻印」では180度違った人物に描かれている。一度描いたエピソードに満足のいくまで手を入れた手塚治虫だからストーリーの改変など珍しくもないが、これほど人物像がガラリと変わったキャラも珍しいのではなかろうか。だから余計に混乱するのである。間久部の性格その他が詳細にわからないのだから、間久部の行動だけを追っても真偽の判断はつかないと思われる。そこで、「刻印」におけるBJの心理というのを考えてみたいと思うのだ。彼ならこういう場面ではこんなふうに考えるだろうという視点で、この作品を読んでみる。

間久部に呼び出されてアジトに連れて行かれ手術の依頼をされたとき、彼は「しかたがない これ以上ことわったら おれは命をなくすんだろう?」と間久部に尋ね、間久部は「そのとおりさ のみこみが早いねえ」と答えている。BJは間久部のことを親友であると同時に恐ろしい男だと思っていたことがわかる。そして私はこの何気ない会話はかなり重要な意味を持つと考えている。これに先立って描かれているBJの思い出の中での間久部は、BJに対してだけは一度も嘘を吐いたことがないことになっているし、BJは今でもそういう二人の関係は変わっていないと思っていることだろう。ならば、この言葉も嘘や冗談ではなく間久部の本心であるとBJは思ったに違いない。

指紋を変える手術を断っても、その秘密を知っているという理由だけで自分は殺される、手術をした後ならば証拠隠滅のために殺される確率は更に高くなるはずだと、BJは考えただろう。手術を依頼された時点でもう既にBJは絶体絶命のピンチに追い込まれていたわけだ。

だからこそ、取り替える指の骨にマジックで自分のサインなんかを残したのだ。間久部が自分を殺すはずがないと信じていたら、そんな予防線を張るわけがない。近い将来に間久部が自分を殺そうとしたら、その時にサインのことを明かして形勢を逆転しようと思っていたのかもしれない。しかし、本心では、BJは間久部を信じたかっただろうと思うのだ。手術中に間久部にタバコを吸わせてやったりして、決して他の患者には見せないような優しさを見せている。このマジックで書いた自分のサインが再び日の目を見ることなどないよう、祈るような気持ちで手術をしたのではないかと想像する。

手術が終わり、1ヶ月ほどで包帯が取れるはずだとBJは言う。手術の成否が判明する1ヶ月の間は少なくとも自分を生かしておくはずだとBJは考えたのかもしれない。その間に何か手を打とう、とも。しかし結果は、帰り道での爆殺未遂である。普通こんな状況なら、間久部の部下の独断だなどとは思わないのではなかろうか。BJがここで間久部との絆がに完全に切れたと思ったとしても無理からぬことだ。

BJが死んでいないことはいずれ間久部の耳にも入るはず。そうなればまた命を狙われることは必至だ。部下の命さえ簡単に奪ってしまう間久部に対して、組織も無く逃げ隠れもできないBJとしては間久部の動きを封ずるしか手がない。だからこそパリ警察に重要な証拠を提供して身柄を拘束させたのだと私は思う。自分の命を守るため、という緊急避難的な意味合いを感じる。まさか間久部に死刑が宣告されるとは、この時点ではBJも思っていなかったのかもしれない。

死刑が確定した間久部を刑務所に訪ねたBJはどんな心理状態だったのだろうか。(ちなみに、「指」では、BJは証拠となる間久部の6本目の指が入った瓶詰めを警察に送っただけで、間久部には面会に行っておらず、従って上記の会話は無かったと思う。間久部から来た手紙を破り捨てて終わりだったような気がする。←「指」を持っていないので記憶違いかもしれない。どなたかご存知の方がありましたらご指摘願います。)もうこの時点で、爆破計画の主犯が間久部であろうと間久部の部下の独断であろうと、BJにはどちらでもよかったのではないかと私は思う。間久部が「自分が命令した」と言えば、BJにだけは嘘を吐かない間久部は健在であり、それは二人の関係が今も変わっていないことを示すことになるわけだし、原作通り「部下の独断だ」と言えば、それはそれで二人の変わらぬ友情の証になるからだ。いずれにせよ、もう二度と会えなくなる親友に最後にひと目会いたくて行ったのだと思う。あるいは、間久部に、自分に対する最初で最後の嘘を吐かせてやりに行ったのかもしれない。間久部とのミステリアスでスリリングな友情はここで永遠に終わりを告げる。

ガイドブック等に指摘されている表面上の解釈には違和感を覚える私だが、上記のように考えればやはりこれはBJと間久部の変わらぬ友情物語だと思うし、BJが報復のために友を死刑に追いやったというような解釈はしないで済む(かな?)。したたかに予防線を張りつつも、BJは間久部を信じたかったに違いないのだ。「気の毒したな間久部」という一言は、警察に逃れぬ証拠を提出したことに対しての言葉ではない。間久部は自分に対して最後の瞬間に友情を示してくれた。その言葉自体が嘘であってもなくても。だからこれは、一瞬でも(一瞬ではないが)自分が間久部を疑ったことに対する謝罪の言葉である。ラストのBJの後ろ姿には、友情を信じつつそれに徹しきれなかったBJの悲哀が描き出されている。

手塚治虫はどうして「指」を「刻印」に改変したのか。(注:この話を多指症に対して、またイギリス人に対しての偏見だと受け取る人がいるというのが一番の理由だろうが、ここではそれについては言及しない。なにしろ持っていないから……汗)「指」自体をボツにせず「刻印」に描き改めたのにはそれなりの理由があるだろう。「指」では友情の成れの果てが悲劇として描かれていた。裏切りと報復。あまりにも救いが無かったことが描き直しの理由ではないかと思う。「刻印」では(注:)の内容が削除された上に、間久部が180度変わってBJとのいつまでも変わらぬ友情が描かれた。たぶん、その美しい友情こそが、手塚治虫の描きたかったことなのだろう。

最後に……、私は間久部は嘘を吐いていると考えている。残念だが。根拠は、間久部とその部下との関係である。間久部と指を取り替えさせられたピエールは、間久部を裏切りICPOに密告するつもりでいた。また、BJが時限爆弾の爆発に巻き込まれたことを見届けた部下は、ピエールを抹殺しようとする間久部を信じられないといった顔で見ている。どうも、間久部とその部下との間には相互の信頼感が感じられないのである。そんな部下が、間久部を守るために自分の一存でBJを殺そうとするだろうか? 私にはそうは思えない。よって、間久部はBJに最後に嘘を吐き、BJはそれを承知で友情の証として受け入れたと思うのである。

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映画『あらしのよるに』

テレビ初放映の『あらしのよるに』を観た。

そうか、やっぱりそういう結末か。なにしろ文庫化された「どしゃぶりのひに」までしか原作を読んでいないので、どういう終わり方になるのか気になっていた。オオカミとヤギという種族の違いを超えた友情物語ということなので、こういう終わり方になるだろうという予測が75%、あとの25%は実は悲劇的な結末を予測していた。
以下、支離滅裂だが、思いつくままに感想を書いてみる。

結局現実は何ひとつ変わっていない。オオカミは相変わらずヤギを捕って食べる。しかし、その当たり前な現実を超えて仲良く暮らすオオカミとヤギがいたとしたら……? そういう夢物語があってもいいじゃないかという見かたをすべき作品なのだろう。

メイが眠っている間に餌を捕りに行くガブの姿が印象的だった。これが全ての生き物が決して逃れることのできないカルマである。目を覚ましたメイに責められるガブがかわいそうに思えた。メイだって草という生き物を食べなくては生きていかれないのに……。

吹雪を避けた穴の中で、「このままでは2人とも死んでしまう、私を食べろ」と言うメイ。ガブにそんなことはできはしない。穴を飛び出して雪を掘るガブ。探しているのは自分の餌ではなくてメイに食べさせる餌である。(←もうこのへん、ボロ泣きで観た。)

正直、ここで終わっても良かったと思う。吹雪の中でお互いを大事に思い合って命を失くしても、それはそれで良いお話になったことだろう。

どちらかと言えば、これはガブのお話だと思う。メイの役割は「私を食べたりしないよね、私はガブが大好きだよ」とガブに絶対の信頼を寄せることである。対してガブは、美味しそうなプリプリしたお尻を持つメイの身近にいて、食べたいという欲望を抑えつつ、その信頼に応えることを要求されている。これは結構辛い。いろんな欲望を抱えた大人の視点で見ると、心底そう思う。純粋で夢を山ほど抱えた子ども達には、キラキラした友情物語に見えるだろうが、大人にはガブの辛さが判るだけに、いろんなことを考えさせてくれる物語になっていたと思う。

声優陣も主役の2人をはじめとして皆良かったと思う。特に片耳のオオカミ(ギロという名前だったかな?)は造形も声もなかなかカッコ良かった。

ちなみに、原作を読んだときに強く感じたエロティシズムを映像からはほとんど感じなかった。やっぱりあれはページを繰る絶妙な間(ま)のなせるワザなのだろう。原作か映画かと言われたら、やっぱり私は原作を取る。

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春の海

堀尾吉晴公が松江城を築き始めてから今年で400年ということで、『松江開府400年祭』が今日からスタートした。向こう5年にわたって様々なイベントが企画されているとか。初日の今日は「武者行列」が市内を練り歩いたらしいが、私は病院へ行っていたので見ることができなかった。しょぼん。お天気も良かったので15万人ほどの人出だったらしい。

さて、病院の帰りにちょっと足を延ばして恵曇(えとも)港を見下ろす高台へ上ってみた。波ひとつない海、霞んで見える水平線、時折白い波を蹴立てて行き交う船。ちょっと高台だから波の音も届かない。頭上にトンビ、近くの桜の枝からはウグイスの鳴き声。ワケも無く泣きたくなるほどうららかな春の海を飽かずに眺めた。

自分の存在さえ忘れてしまうような感覚。風が桜の枝を揺らし、ハラハラと花びらが舞う音さえ聞こえるような。足元の雑草がグングン伸びる地鳴りのような鼓動まで聞こえるような。自分はそこに居て、そこに居ないような不思議な気持ち。

はて、こういう感覚を何かの文章で読んだなと、帰る道々思い出す。村上春樹著『村上ラヂオ』の中の「ロードス島の上空で」というエッセイに、その文章を見つけた。「「死」に近づく瞬間」という表現がされている。なかなか名文だと思うので、ちょっと長いが引用してみる。

「飛行機のエンジンがとまると、あたりはしんとした。風のうなりだけがかすかに耳に届く。よく晴れた秋の午後で、雲ひとつなく、世界中が余すところなくクリアに見えた。ごつごつした山の稜線や、松の木立や、点在する白い家並みが眼下に広がり、向こうにエーゲ海が光っていた。僕はその上を漂い、さまよっていた。すべては非現実的に美しく、静かで、ずっと遠くにあった。これまでものごとをひとつのかたちに束ねていた帯のようなものが、何かの加減でほどけて落ちてしまったみたいに思えた。
 そのときに、自分がこのまま死んでしまったとしてもおかしくないと感じた。僕にとっての世界は既にほどけてしまって、これから先の世界は僕とは無関係に進行していくんだな、と。自分が透明になって肉体を失い、五感だけがあとに残って、残務処理みたいに世界を見納めているのだという気がした。とても不思議な、ひっそりとした心持ちだった。」

070407_122001 エーゲ海ならぬ日本海。
ロードス島ならぬ恵曇港。

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(備忘録070406)

『すべてのいのちが愛おしい』(柳澤桂子著)を読書中のため、記事はお休みします。

昨日書いたガムの件ですが、本日最後に残った1個を握り締め(3個買った)、文庫版の表紙のBJ先生のお顔を見つめながらクリックしたところ……。見事当たりました~~BJ先生!! ドンドンドンパフパフ♪ いや~なんか先生が「今だ!」と仰ってくださったような気がしたんですよね♪ ありがとう先生♪♪(大丈夫かな自分……)

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勘で勝負!

島田紳助の『ザ・ディール2!』を観ていたのだが、人間、欲が出ると当たらないものなのかな(笑)? 無欲の叶姉妹(おまけにお姉ちゃんのほうは最後までルールが理解できていなかった)が一番惜しいところまで行っていたのが可笑しかった。

L○TTE XYLIT○Lガム(伏字の意味がない…)のキャンペーン、2度やってマグマ大使とヒョウタンツギが当たった。第1弾は「ヒーロー編」のはずなのだが、ヒョウタンツギのどこがヒーローだって? え!?

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アキバの缶

夕方ニュースを見ていたら、秋葉原の自動販売機で「ラーメン缶」が売られているとのこと。「おでん缶」は結構イケると噂には聞いていたが、今度はラーメン! メンマやチャーシューもちゃんと入っている。どうして麺が伸びないのかというと、麺の材料がコンニャクだからなのだそうだ。メイド喫茶のメイドさん3人が試食して「健康にも良さそう」などと話していた。紙袋を提げたAボーイ達が道端でラーメンをすすっている様子を想像するとちょっと貧乏臭いけれど、これもまた新しい文化なのだろうな。

しかしこういうアイディアは、なにもアキバだけでなく他の娯楽場などで取り入れられても良いと思う。例えば太秦の映画村で、そこの自動販売機でしか売っていない「暴れん坊将軍おでん」とか「水戸黄門ラーメン」とか「大奥そうめん」とかあったら、ファンは買うんじゃないかと思う。その他、その時期一押しのドラマとか映画の写真を缶にプリントして期間限定発売するのも良さそう。番宣にもなるし。あと、懐かしの時代劇シリーズなんかも。私なら『赤影』を大プッシュ(笑)。←既にラズベリーの「赤影缶」というのがあるようだが……。

4月中旬からはアキバで「ブラック・ジャック『ぶどう糖』缶」が売り出されるとか。グレープジュースらしいが、ぶどう糖とはまた上手いネーミングだ。点滴みたい(笑)。

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「名無しバトン」

いつもお世話になっている神無月さんから「名無しバトン」というのを頂きました。では早速いってみたいと思います。

①ときめく○○を3人

 やはりここは『BJ』の登場人物から挙げてみたいと思います。おっさん好きが露呈されています(汗)。

・ブラック・ジャック先生
・ドクター・キリコ
・友引警部

②嫌いな○○を3つ

 すみませんが、この質問はパスさせてください。私、自分の発した言葉に影響されやすいのです。ここで「嫌いだ」と断言すると、二度と好きになれないような気がしますので。

③お金をかけられるモノ

・本
・CD
・DVD

④スキなモノを3つ

・ブラック・ジャック
・アルセーヌ・ルパン
・仮面の忍者赤影

⑤今欲しいモノを3つ

・やる気
・余裕(時間的にも精神的にも)
・才能(文才とか画才とかひらめきとか家事能力)

 歳を取ったということなのでしょうか、最近やる気(特に何か新しいものに挑戦しようという気持ち)が起こりません。体力よりも気力の衰えを感じる40代後半……。

⑥バトンを受け取ってくれそうな5人

・koshi さん
・奥州亭三景さん
・かすかな夢さん
・トーレスさん
・グリコさん

 受け取ってくださいますか? もちろんスルーもOKです。よろしくお願いいたします。

⑦その5人を色に例えると

・koshi さん……青です。大海原の青。
・奥州亭三景さん……蒼です。大空の蒼。
・かすかな夢さん……白です。清浄無垢の純白。
・トーレスさん……緑です。深い深い森の緑。
・グリコさん……オレンジ色です。燃える日輪のオレンジ。

⑧この言葉を使って言葉を作れ

 わ~難しいな……。リアルでこんなこっ恥ずかしいことよう書きませんので、『BJ』に絡めて書いてみます。

・『近づきたいから』

(黒男からめぐみへ)
きみにもっと近づきたいから、今は100メートルほど離れて見守っていることにするよ。
   
・『嬉しくて』

(めぐみから黒男へ)
あなたの気持ちが嬉しくて、今夜の帰りも遅くなりそうです。

・『愛しいから』

(黒男からめぐみへ)
今もきみが愛しいから、海が見えるところに住んでいるんだ。

 うっわ~~~(滝汗)。すっげー恥ずかし~~!! どっかに隠れたい……。

はぁ、大汗かいたところで、終わりです。
神無月さん、いつもバトンのお恵みをありがとうございます。神無月さんが作られた⑧のピノコの心情にはホロリとさせられました。いい奥たんですねぇ。
それから「深緑、かな?味わい深い玉露のようなイメージですv」という評をいただき、こちらも大汗でございました。身に余るお言葉をありがとうございます。いやいや、深緑と言っても玉露などという高級イメージではなく、ゾウリムシが異常繁殖した池の水とか、小学校の図画の時間に筆を洗う水が最後に必ず辿り着くいわゆるドドメ色というイメージのほうがピッタリではないかと思います。お恥ずかしい。回答が遅れまして申し訳ありませんでした。m(_ _)m 桜色の神無月さんへ。

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間久部に悩まされる

月曜日は『BJ』語り、をしたかったのですが、昨日から「『刻印』のラストにおいて間久部は嘘を吐いているかどうか」を考えて完全に煮詰まりました。ネットを漁っても両方の捉え方があるんですよね。『指』の極悪非道な間久部像に引きずられると解釈を誤りそうな気がするし、かといって、間久部は本当は良い人でしたとなると、BJ先生の立場がなくなるし。どう解釈すればよいのか困っています。考えがまとまったら……いや、まとまらないような気もしますが、いずれ何か書くかもしれません。

というわけで、きょうの記事はおやすみします。すみません。

バトンもひとつ回していただいていますが、後日ということにさせてください。これまたすみません。

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「人」の「為」と書いて「偽り」。面白いね。辞典には「人為」すなわち自然でなく手を加えたもの、という説明がある。だから人の言葉に作為を加えたものは「嘘」ということになるわけだ。

いつはりも 似付きてそする 何時よりか 
        見ぬ人恋ひに 人の死にせし
              <作者未詳・万葉集2577>
(嘘を吐くにも似つかわしいように言わなくちゃね。いつの時代から、まだ見てもいない人を恋するあまり、人が死んだって言うのよ。)

前後の歌と繋がりがないのでどういう状況なのか詳しくはわからないが、多分どこかの男が「まだお会いしたこともないあなたに恋焦がれて死にそうです」と言ってきたに違いない。そんな歌をもらったからと言ってホイホイ会っていたら安い女に思われるわけで、まあキープしておくかというところで、揚げ足を取りつつ返したのがこの歌だろう。男に「じゃあ本当に死にそうな様子をお見せしますから、一回会いましょう」と言える余地を残している。

しかし、嘘でも「あなたに恋焦がれて死にそうです」なんて歌をもらえば、女は嬉しいものだろうと思う(経験がないので想像)。こういう人を喜ばせる嘘は楽しくて良い。芸はないが。

ちなみに、私の以前の上司は飲みに行くとお店の女性を必ず褒めていた。どんな女性でも。「褒めるところがないときは、『耳の形がいいネ』って言うんだ」と語っていたが、完全にバレているのか、モテたという話は聞いたことがなかった(笑)。

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