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間久部は嘘を吐いたか?

月曜日は『BJ』語り。

先週のエイプリル・フールからこっち、『BJ』シリーズにおける「嘘」というものを考えているのだが、どうにもわからないのが「刻印」(「指」の改作版)において間久部は嘘を吐いているかどうかである。ネットを検索してみても両方の解釈がある。長年釈然としないものを感じているこの話を、きょうは取り上げてみようと思う(まとまるかどうかわからないが)。おおまかなあらすじは次のとおり。

小学校時代からのBJの親友で(「指」では中学校となっていた)、今は「暗黒街の皇太子」と呼ばれICPOから追われるほどの悪党になった間久部が、身元を隠すために指紋を変えてくれとBJに依頼してくる。指紋だけを変えることは不可能なので、間久部の指を切り落とし彼の部下ピエールの指と丸ごとチェンジすることになるのだが、手術が終わって帰路についたBJは時限爆弾で吹き飛ばされる。
後日、パリ警察に捕まった間久部。「暗黒街の皇太子」であるに違いないのに、指紋が違うことから警察は彼を釈放せざるを得ない。そこへBJからのタレコミが。指を付けかえるときに「友情を記念して」骨に自分のサインを書いておいた、と。間久部の指を手術してみたところ骨からBJのサインが見つかり、間久部本人であることが判明、そして死刑が確定する。刑務所まで間久部の面会に行くBJ。二人の間に交わされた会話はこうだ。

M「やあ…元気かい」
B「ひとつだけ答えてくれ これだけはきいておきたいんだ」「おまえさんの手術のあと おれを時限爆弾で殺そうとしたのは」「おまえさんのサシガネだったのかい?」
M「バカな!!おれはきみだけは殺したりしない!!ちかってもいい そいつは手下のやつの独断だっ」
B「それは本当かね?」
M「おれがきみに一度だってウソをいったかっ」「おれを信じてくれ」(初めてサングラスを外してBJを見つめる間久部)
B「ああ……信じるよ」「気の毒したな間久部」
M「いや……これでいいんだ」
ラストのコマは、肩を落として去って行くBJの後ろ姿。

口封じのためのBJ爆殺ははたして間久部の指示か、あるいは部下の独断か? 「指」では明らかに間久部の指示となっていた。これがあまりに後味が悪かったせいか、「刻印」では部下の勝手なしわざということが間久部の口から語られているのだが……。

これをそのまま真実と受け取ってもよいのかどうか悩むのである。というのも、これが間久部の指示でなかったとなると、パリ警察に捕まった間久部を追い詰める証拠を提供したBJがものすごい悪者になってしまうわけで、そこのところがどうにも納得できないからである。私の考えるBJというのは、金銭面においては悪辣非道であっても、こと義理人情が絡む場面では人一倍お人よしで相手を思いやる男であるからだ。そんな男が親友に対してどうしてそんな行動を取ったのか? ガイドブックやネット上の論考等では「二人の友情は失われていなかった」旨が指摘されており、確かにそう考えられればこの話は一躍美談に変貌するように思われる。しかし、「刻印」の終わり方だけに注目すると間久部からBJへの友情はあっても、BJから間久部への友情があったとは言えないのではなかろうか? 何しろ、言葉は悪いが、親友を売って結果的に死刑に追いやっているのだから。「指」での「間久部の裏切り→BJの報復」という図式のほうがよほどスッキリしている。殺伐としていて救いは無いが……。手塚治虫はどうして、何を描きたくてわざわざ「指」を改作したのか? BJに友を売ったというトラウマと業を背負わせてまで、間久部のBJに対する友情は変わっていなかったことを描きたかったのだろうか? どうにも合点がいかない。

間久部という男は、『BJ』シリーズ中この話にしか登場しない。もっと手掛かりがあれば人物像にも迫れるのだが……。しかも「指」と「刻印」では180度違った人物に描かれている。一度描いたエピソードに満足のいくまで手を入れた手塚治虫だからストーリーの改変など珍しくもないが、これほど人物像がガラリと変わったキャラも珍しいのではなかろうか。だから余計に混乱するのである。間久部の性格その他が詳細にわからないのだから、間久部の行動だけを追っても真偽の判断はつかないと思われる。そこで、「刻印」におけるBJの心理というのを考えてみたいと思うのだ。彼ならこういう場面ではこんなふうに考えるだろうという視点で、この作品を読んでみる。

間久部に呼び出されてアジトに連れて行かれ手術の依頼をされたとき、彼は「しかたがない これ以上ことわったら おれは命をなくすんだろう?」と間久部に尋ね、間久部は「そのとおりさ のみこみが早いねえ」と答えている。BJは間久部のことを親友であると同時に恐ろしい男だと思っていたことがわかる。そして私はこの何気ない会話はかなり重要な意味を持つと考えている。これに先立って描かれているBJの思い出の中での間久部は、BJに対してだけは一度も嘘を吐いたことがないことになっているし、BJは今でもそういう二人の関係は変わっていないと思っていることだろう。ならば、この言葉も嘘や冗談ではなく間久部の本心であるとBJは思ったに違いない。

指紋を変える手術を断っても、その秘密を知っているという理由だけで自分は殺される、手術をした後ならば証拠隠滅のために殺される確率は更に高くなるはずだと、BJは考えただろう。手術を依頼された時点でもう既にBJは絶体絶命のピンチに追い込まれていたわけだ。

だからこそ、取り替える指の骨にマジックで自分のサインなんかを残したのだ。間久部が自分を殺すはずがないと信じていたら、そんな予防線を張るわけがない。近い将来に間久部が自分を殺そうとしたら、その時にサインのことを明かして形勢を逆転しようと思っていたのかもしれない。しかし、本心では、BJは間久部を信じたかっただろうと思うのだ。手術中に間久部にタバコを吸わせてやったりして、決して他の患者には見せないような優しさを見せている。このマジックで書いた自分のサインが再び日の目を見ることなどないよう、祈るような気持ちで手術をしたのではないかと想像する。

手術が終わり、1ヶ月ほどで包帯が取れるはずだとBJは言う。手術の成否が判明する1ヶ月の間は少なくとも自分を生かしておくはずだとBJは考えたのかもしれない。その間に何か手を打とう、とも。しかし結果は、帰り道での爆殺未遂である。普通こんな状況なら、間久部の部下の独断だなどとは思わないのではなかろうか。BJがここで間久部との絆がに完全に切れたと思ったとしても無理からぬことだ。

BJが死んでいないことはいずれ間久部の耳にも入るはず。そうなればまた命を狙われることは必至だ。部下の命さえ簡単に奪ってしまう間久部に対して、組織も無く逃げ隠れもできないBJとしては間久部の動きを封ずるしか手がない。だからこそパリ警察に重要な証拠を提供して身柄を拘束させたのだと私は思う。自分の命を守るため、という緊急避難的な意味合いを感じる。まさか間久部に死刑が宣告されるとは、この時点ではBJも思っていなかったのかもしれない。

死刑が確定した間久部を刑務所に訪ねたBJはどんな心理状態だったのだろうか。(ちなみに、「指」では、BJは証拠となる間久部の6本目の指が入った瓶詰めを警察に送っただけで、間久部には面会に行っておらず、従って上記の会話は無かったと思う。間久部から来た手紙を破り捨てて終わりだったような気がする。←「指」を持っていないので記憶違いかもしれない。どなたかご存知の方がありましたらご指摘願います。)もうこの時点で、爆破計画の主犯が間久部であろうと間久部の部下の独断であろうと、BJにはどちらでもよかったのではないかと私は思う。間久部が「自分が命令した」と言えば、BJにだけは嘘を吐かない間久部は健在であり、それは二人の関係が今も変わっていないことを示すことになるわけだし、原作通り「部下の独断だ」と言えば、それはそれで二人の変わらぬ友情の証になるからだ。いずれにせよ、もう二度と会えなくなる親友に最後にひと目会いたくて行ったのだと思う。あるいは、間久部に、自分に対する最初で最後の嘘を吐かせてやりに行ったのかもしれない。間久部とのミステリアスでスリリングな友情はここで永遠に終わりを告げる。

ガイドブック等に指摘されている表面上の解釈には違和感を覚える私だが、上記のように考えればやはりこれはBJと間久部の変わらぬ友情物語だと思うし、BJが報復のために友を死刑に追いやったというような解釈はしないで済む(かな?)。したたかに予防線を張りつつも、BJは間久部を信じたかったに違いないのだ。「気の毒したな間久部」という一言は、警察に逃れぬ証拠を提出したことに対しての言葉ではない。間久部は自分に対して最後の瞬間に友情を示してくれた。その言葉自体が嘘であってもなくても。だからこれは、一瞬でも(一瞬ではないが)自分が間久部を疑ったことに対する謝罪の言葉である。ラストのBJの後ろ姿には、友情を信じつつそれに徹しきれなかったBJの悲哀が描き出されている。

手塚治虫はどうして「指」を「刻印」に改変したのか。(注:この話を多指症に対して、またイギリス人に対しての偏見だと受け取る人がいるというのが一番の理由だろうが、ここではそれについては言及しない。なにしろ持っていないから……汗)「指」自体をボツにせず「刻印」に描き改めたのにはそれなりの理由があるだろう。「指」では友情の成れの果てが悲劇として描かれていた。裏切りと報復。あまりにも救いが無かったことが描き直しの理由ではないかと思う。「刻印」では(注:)の内容が削除された上に、間久部が180度変わってBJとのいつまでも変わらぬ友情が描かれた。たぶん、その美しい友情こそが、手塚治虫の描きたかったことなのだろう。

最後に……、私は間久部は嘘を吐いていると考えている。残念だが。根拠は、間久部とその部下との関係である。間久部と指を取り替えさせられたピエールは、間久部を裏切りICPOに密告するつもりでいた。また、BJが時限爆弾の爆発に巻き込まれたことを見届けた部下は、ピエールを抹殺しようとする間久部を信じられないといった顔で見ている。どうも、間久部とその部下との間には相互の信頼感が感じられないのである。そんな部下が、間久部を守るために自分の一存でBJを殺そうとするだろうか? 私にはそうは思えない。よって、間久部はBJに最後に嘘を吐き、BJはそれを承知で友情の証として受け入れたと思うのである。

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コメント

彼はサングラスを初めて外しており、他の者に対してはサングラスをしたまま対話している、これは他者に対して彼はずっと本音を隠しておりBJに対しては本音を言っていた、そして、唯一の友人だったBJは罪悪感と悲壮感ただよう後ろ姿のラストシーン…BJは長年の過酷な体験から信用できなかったが、嘘はついていなかった彼に対して…ということだと思います。

と私の兄が言った時長年の謎が解けたと思いました。

投稿: あぷりこっと | 2015年12月 3日 (木) 01時45分

あぷりこっとさん
こんばんは。コメントありがとうございます♪

お返事の最初にまずは、あぷりこっとさん、いいお兄さんがいらっしゃっていいですね!とお伝えしたいと思います。BJについて御兄妹で語り合えるなんてすばらしいです。羨ましいです♪

で、さて本論ですが、お兄さんが読まれたのが正しい、というか素直な読み方であろうということに異論はありません。「指」では間久部は正真正銘の悪党でBJが報復を狙うのも当然と思われる奴ですが、何しろ読後感が悪い。それを手塚先生が二人の友情話の「刻印」に描き変えたわけで、そうであるならば間久部はBJにウソなどついているはずはありません。最後にサングラスを外してみせる間久部の目は、つぶれてほとんど見えてはいないはずですが綺麗に澄んでいたはずです。

ただ私の疑問は、「刻印」でのBJ先生が間久部を裏切るという救いようもないほどの愚行を犯してしまったことに、なんとも納得がいかないというところにあります。わざわざストーリーを変えてまで、BJ先生にそんな重荷を背負わせなくてもいいじゃないか!という点が出発点なのです。それで、↑記事のような長ったらしい考察をしてみたわけです(笑)。

コメントをいただいたのを機に、きょうまた「刻印」を読み返してみました。先入観なしに、「指」のストーリーも忘れて、読んでみました。それでやっぱり最後のページにはモヤモヤしたものが残りましたが、それ以上に大きな発見としては、間久部とBJの友情にはかなりの温度差があるのではないかということでした。間久部はBJ以上にクールに描かれていますが、それはまあそういう性格だと思うにしても、BJが間久部を思うほどには間久部はBJのことを思っていないような印象を受けました。「指」というベースがあるから、そこらへんはどうしてもそうなってしまうのかもしれませんけれども……。

というようなわけで、このお話は何年たっても私にはちょっとひっかかるところのあるお話でした(笑)。またお暇がありましたら、あぷりこっとさんのご意見もお聞かせくださいね。ありがとうございました。

投稿: わかば | 2015年12月 3日 (木) 22時56分

間久部の俺の目を見て信じてくれというような言葉だったと思うが、たしかその目すら昔とは変わってしまっていたはず。つまり…と解釈してます。

投稿: あぷりけっと | 2019年3月10日 (日) 08時38分

あぷりけっとさん
コメントありがとうございますm(__)m
(“あぷりこっと”さんと同じ方でしょうかね?)

>たしかその目すら昔とは変わってしまっていたはず
そうなんですよね。瞳の色を変えようとして目を悪くしてしまったのですよね。
つまり…間久部は昔とは変わってしまった、と、あぷりけっとさんはお考えなのだと受け取りました。
なるほど、「刻印」を目を手掛かりに考えるのはいい着眼点かもしれませんね。ちなみに「指」のほうは間久部の目に関する描写はなかったように記憶しています。

投稿: わかば | 2019年3月10日 (日) 21時59分

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