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2007年6月

近況報告

実家の父の容態がちょっと悪くなったので、そんなときにブログでもなかろうと休んでいたが、最悪の状態からは多少持ち直してくれた。まだまだ予断を許さない状態であることに変わりはないけれど、それだけに心捉われて過ごすのも逆にそのときを待っているかのようでやり切れない。で、近況をちょっとだけ書いてみる。

妙な心理状態になるものだ。傍らに居てやらねばと思う反面、病院へ向かう足は限りなく重い。付き添っていてもドキドキハラハラして落ち着かない。家に居れば居たで、電話の音に怯える一方で、ネットで面白い文章に出会えば笑ってしまう自分がいる。なんだかな、である。

6月18日朝、急な知らせを受けて病院に駆けつけたとき、父は痙攣を起こしていた。主治医の先生が「血糖値が1000を超えています」とおっしゃった。目は開いてキョロキョロと動いているものの、意識は無さそうだった。その後詳しい説明を受け、いざというとき人工呼吸器をつけるかと問われた。人工呼吸器をつけるときには家族の承諾が要るのですかと質問したら、そうではなくて、そういう状態になったら医者はなんとしてでも助けようとして人工呼吸器をつけます、と。そうしなければ死んでしまうから。ただ、それをつけて何日か、何十日か、何ヶ月か眠ったまま生き続けるとして、それだけ先延ばしすることに意味があるでしょうか、と。年齢も年齢だし、今まで死ななかった人間はいないのです、と。

母と兄と夫と一緒にその話を聞きながら、そんな大きな決断を迫られた経験など今までなかったにもかかわらず、私自身の気持ちはとうに決まっていることに気付いて、我ながら驚いていた。頭の中には『BJ』の黒松医師の言葉がリフレインしていた。……「死なないために生きているのさ」……。父をそんな目に遭わせたくはないと最初から覚悟は決まっていた。

ご家族で話し合って結果を教えてくださいと言われ、10分ほどの相談の結果、兄と夫も同意見で「付けない」ことに決まった。母は、少しでも長く……と言っていたが、先生の説明が理解できたとも思えない状態だった(実際、帰りの車の中では、つい先ほどまで病院にいたことすら覚えていなかった)のだから、どうにもしかたがない。いっそ全てを忘れてくれていたほうが母のために幸せだと思う。

帰宅してから電話で話をした親戚の中には、それでもやっぱり人工呼吸器を付けたほうが良いのでは、と言う者もいた。たとえ話もできず眠っているだけの状態であったとしても、そこに行けば会えるというのは心の支えになるのではないかと。もう一度よく話し合ったほうがよいと言われたが、相談し直すつもりはなかった。生死の境にいる父に、それ以上こちらの勝手な都合を押し付けたくはなかった。

いざというときの保険のつもりで喪服を点検し、眠れぬまま夜中に長襦袢に半襟も付けた。黒の帯揚げを持っていないので伯母に借りる約束も取り付けた(でも買っておかなくちゃナ)。

そんなこんなでそれから約2週間。それなりに覚悟はしているが、ともすれば心落ち着かず何も手につかなくなる。何かに没頭していないとダメだと思ってがむしゃらに本を読んだ。『BJ』は言うに及ばず、手当たり次第に何でも読んだ。今は大鐘稔彦の『孤高のメス 外科医当麻鉄彦』の2巻目を読んでいる。現役の医師である著者の手による病院、医師の実情描写に思わず引き込まれる。主人公の当麻は「現代のブラック・ジャック」と言われるような優秀で謙虚な外科医だが、対照的に、患者より自分の都合を優先し、自分の力不足を棚に上げ、プライドだけは高く、挙句にミスを隠蔽するような唾棄すべき医者も出てくる。「医者も寿命のうち」と言うが、良い医師に巡り会えるかどうかということは、本当に患者の生命と生きることの尊厳を左右するのだと実感する。父の主治医の先生は、医師として信頼できる人だと思う。言葉の端々から、人が生きることの意味を常に考えていらっしゃることが窺えた。いつか来るであろうその日まで力の及ぶ限り懸命に治療に当たってくださると信じられるのも嬉しい。

当初、どういうことになっても1~2週間で落ち着くかと予想していましたが、もうちょっとブログ沈没状態が続きそうです。書きたいことがあれば不定期に湧いて出ますので、たまに覗いてくださると喜びます。とりあえず近況報告でした~。

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「妄想活力バトン」

トーレスさんからバトンを頂戴したので湧いて出ました。トーレスさん、おありがとうございます~♪ 

「妄想」……辞書で調べましたら、
【1】 根拠もなくあれこれと想像すること。また、その想像。「―にふける」「愛されていないと―してひとりで苦しむ」
【2】 仏語。とらわれの心によって、真実でないものを真実であると誤って考えること。また、その誤った考え。妄念。邪念。
【3】 根拠のないありえない内容であるにもかかわらず確信をもち、事実や論理によって訂正することができない主観的な信念。精神病の症状としてみられ、内容により誇大妄想・被害妄想などがある。
……となっていました。要するに、なんでもアリ、なわけですな(笑)!!
 
よ~し、『BJ』で行くぞ~~と思ったのですが……。
ワタクシ実はあんまり妄想していないかもしれないことに気付きました。疑問はいろいろ湧くのです。だから、ああだこうだと重箱の隅を突くようなことを調べているわけですが、原作に描かれた以上のことを妄想するということはあんまりしていないのかも。作品に描かれた内容に沿って、各登場人物がどういう心境かとかどうしてこういう言葉が出てくるのかとかいうことを想像することだけでイッパイイッパイ、まだ足りない。そして、私だったらこうはできない、とかそういう方面に向かってしまいます。だからそれ以上それ以外に彼らが何を考えているのかとか将来どうなるかとかいう方向にはサッパリ頭が働かない。だから私には創作ということが出来ないのでしょう。

前置きが長くなってしまいましたが、そういうわけで、うまく答えられるかどうかわかりませんが、行ってみたいと思います。

■貴方の妄想力の活力は何ですか?

原作を何遍でも読むことです。造形、設定、その他諸々、ここから離れるわけにはいきません。が、これって活力と言えるのか? 
何気なく音楽を聴いているときに「お、これはBJ先生出動のシーンに良いな」などと思うことはあります(出動って何だ?)から、強いて言えば音楽かも。

■貴方の妄想に巻き込まれる代表キャラを1人挙げてください。

BJ先生しかありませぬ。お気の毒に……。

■今そのキャラに対して妄想した事象を挙げてください。

あ~、やっと届いた肝臓をトリミングして肝移植手術に取り掛かられたところです。
「メス!」パシッ。
白い手術着が凛々しうございます。

■そのキャラにコスさせるとしたら?

いつもの黒装束と手術着しか思い浮かばない……。これじゃ全然妄想になってないですね。
う~む、う~む。何を着ても似合わなさそうだな~(笑)。
全身包帯でぐるぐる巻き、オプション松葉杖でどーだ?
あ、そうだ! ワタクシ、黒のスーツの袖口からちらりとのぞくワイシャツの白というのが大好物ですので、いっそのこと黒のタキシードでビシッと決めていただくのもよいかと。眼鏡も案外似合うんじゃないでしょか。

■そのキャラのイメージカラーは?

赤と黒。

■そのキャラに一番言って貰いたい言葉は?

「必ず助ける!」

■話は変わりますが、妄想は英語で?

はて?
「妄想は英語で(何と言う)?」なら「delusion」ですね。
「妄想は英語で(していますか)?」なら、んなわけねーだろ!です。

■宜しければ普段そのキャラに対して妄想している事象を詳しく。

非常に孤独な男です。もの凄く愛情に飢えているのに、与えられると拒む。そういうポジションと生き方をを守っていないと自分が自分でなくなると思っているような突っ張った男。周りと上手く折り合いがつけられない不器用な男。係わるか係わらないかの両極端。
そういう強がりな男なので、よしよしと頭をなでてやりたいなぁという妄想はしょっちゅうしております。嫌がられたら柔道の絞めワザで落としてでも、無理矢理可愛がりたくなるキャラです。私にとっては。

■貴方にとって妄想とは。

ほどほどにしておくもの、でしょうか。とにかくワタクシ原作『BJ』が大好きなんですわ。登場人物を勝手に自分好みに変えたり何かを付け足したりすることに罪悪感すら覚えるくらい(妄想というのは自分の好みがダイレクトに反映されるものだと思うのです)、原作そのまんまが好きなんですわ。BJもキリコもピノコも如月先生もその他大勢も、みんなあのままで愛おしい。
だから例えば、何度か出てくる人物(キリコとかBQとか琵琶丸とか友引警部とか)とのやりとりが、以前のエピソードとはちょっと雰囲気が違うぞと感じられたような場合において、自分の中で一連の流れを作るために、こりゃあ何かあったかなと想像する程度にとどめております。
自分にとって妄想とはそういうものなのですが、人様の妄想を拝見するのは大好きであります!!

■妄想をパートナーにしてそうな方を7人。

ここで置こうかと思いましたが、もしよろしければ……

ちゃんこさ~~ん!!

怒涛の妄想をお聞かせ願えませんでしょうか。勉強させていただきたく、なにとぞよろしく。m(_ _)m

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ちょろっと出没

最近『ききみみ名作文庫』をよく聴いています。プロの朗読というのはやっぱりすごいなと。『走れメロス』の後半部分は一聴の価値ありです。

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ちょいとお休みをいただきます。

しばらくの間、生活がバタバタして日記が不定期になりそうなので、思い切って当分の間休止することに致しました。1~2週間もすれば落ち着くと思いますが(どうかな?)、その間コメント等をいただきましてもお返事できないかもしれませんので、なにとぞお許しくださりませ。。再開の暁にまたお立ち寄りいただけると大喜び致します。
また、自分のブログの更新はしないくせに、お気に入りサイト様ブログ様は変わらずしつこく拝見させていただく所存ですので、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

蒸し暑い毎日が続く折から、皆々様には重々ご自愛くださいませ。
それではしばらくの間、ドロン・・・

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Bさんの言葉

夕方外出から帰ってきたら、家の前に男の人が2人待っていた。先日も一度訪ねてこられたのだが、末日聖徒イエス・キリスト教会(通称・モルモン教会)の宣教師さんである。1人は日本人、もう1人は外人さん。どうやら夫と話がしたかったようだが、不在の旨を告げるとそのまま帰られた。夫にはモルモンの知人がいるので、その人からの紹介か何かがあったのかもしれない。

私の友人にも大学時代にモルモン教に入信した女性が2人いる。その頃出会った外人宣教師さんが素敵だったというのが正直な理由だったらしいAさんはすぐに信仰心も薄れたようだが、もう1人のBさんはその後日本国内を活動して巡り、同じモルモン教の男性と結婚した。

大学卒業間際のことだったと思う。卒論の口頭試問も終わりやれやれといった気分で、その2人も含めて友人数人と喫茶店でダベっていた。そのときどういう話の流れでそうなったのかは忘れたが、Bさんが「人は、禁じられていなければ、人を殺すよ」と言ったのが未だに忘れられない。そのとき自分がどう思ったのか、何か言ったかどうかは忘れたが、彼女の言葉に違和感を覚えたからこそ未だに忘れないのだと思う。彼女はその時既にモルモン教徒になっていたから、神イエス・キリストが殺人はいけないと戒めている限り自分は人を殺すことはないと言いたかったのかもしれず、私を含めてちゃらんぽらんな友人達に、もうちょっと真剣に生きろと言いたかったのかもしれない。そこのところは確かめていないのでわからないし、今でも彼女がそう思っているかどうかもわからない。が、彼女の言った言葉だけは折に触れ、また唐突に頭を過ぎることがある。

違和感の正体はだいたいわかっている。「誰」が禁じているのか、という主語が、たぶん彼女と私で見解が異なっているだけだ。彼女の場合は「神」であり、私の場合は「私」だ。私が私に殺人を禁じている限り、私は殺人を犯すことはない。しかし何かの理由でその「私」というセーフティガードが外れそうになったとき、自分より高みにある「神」が抑止力になるのかもしれないとも思う。そういう点で、無宗教を自認する人の多い日本人は、アブナイのかもしれないと思ったりする。

(注:モルモンの宣教師さんが来られたということからBさんを思い出し、さらに彼女の言葉を思い出したので上記のような文章を書きました。モルモンの教えとは一切関係ありませんし、私自身はあらゆる信仰に対してどんな偏見も持っていないことをお断りしておきます。)

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(備忘録070616)

ちと多忙につき、本日の記事はお休みします。

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道すがら

松江は水の都。おかげで昨年は洪水で大変だったのだけれど。今年はやっと昨日梅雨入りしたようで、例年より8日、昨年より6日遅いのだそうだ。

今日は一日中曇天。そんなしっとりした空気の中、夕方買い物に行く途中でいつも私が足を止めるポイントがある。市内を縦横に走る堀川に沿った道でそんなに交通量も多くないところだ。川沿いに植えられた柳や誰かが丹精こめて世話しているに違いない花壇、川越しに見える紫陽花やキョウチクトウ、そういう諸々を眺めていると心が落ち着く。なんだかのんびりと気持ちの良いところなのだ。近くに高いビルもないので空も広い。酸素とかマイナスイオンとかの濃度も高いのかもしれない。

そしてちょっと見渡しただけで実に様々な生き物がいる。犬の散歩コースに当たっているのかいつも数匹の犬(と飼い主)に出会うし、ひっきりなしに行ったり来たりしているツバメは軒下に巣を作っているようだ。運が良いと、川面からわずかに出ている石の上で甲羅干しをしている亀が見られることもある。こちらが普通に歩いているときにはじっとしているが、よく見ようと足を止めると途端にポチャンと水に潜ってしまう。10メートルも離れているのに、視線を感じるのだろうか。意外と小心な動物だ。いや~悪かったネと心の中で謝る。

また、今日はいなかったが、カモが雛を連れて泳いでいることもある。そして岸には置物のように動かないアオサギがいて、じっと水面を見つめている。いつも同じところにいる。ときどき近くで魚が跳ねるが、一向に気にする様子もなく微動だにしない。一度捕食の現場を見てみたいと思うが、未だに見たことがない。更に、電柱の上にはトンビがいる。それらのものは全部視界に入っているのだろう、堂々と睥睨している。私が下から(大きいなぁ)と口を開けて見上げていても気にも止めていないようだ。まあ、気にされて襲われても困るのだが(笑)。

ものの5分もそこに佇んでいると、それら全ての動植物との間に不思議な連帯感のようなものを感じるようになる。いや、連帯感などと言うとおこがましいか。「あんた、そこに居てもいいよ」と言われているような感じ、と言えばいいのか。勘違いかもしれないけれど、とても嬉しくて豊かな気分になれる。

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(備忘録070614)

確かめたいことがあって、さっきから柴田錬三郎の『われら九人の戦鬼』を探しているのだが見つからない(汗)。ちょっと書棚の整理しようよ自分。

わが家では観ることができないが、来月「時代劇チャンネル」で「栗塚旭特集」として上記のテレビドラマ版(1966年作品)が放映されるそうだ。ただし第1話しか残っていないらしい。坂口祐三郎さんのファンとしては『赤影』以前の作品も是非チェックしておきたいものだが……。確か柿丸の役だったと思うがうろ覚えである。最後まで生き残るが水門爆破で……じゃなかったかな。

あぁ、どこにあるのだ『われら九人の戦鬼』! 売った覚えはないのだが。

Mさん、情報感謝です♪ メールのお返事は明日みっちりと(笑)。そうだ! 今年は『赤影』40周年なんですね!!

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年金相談に対する社会保険庁の応答体制について思う。

電話を掛けても相談員が応答できるのは27回に1回だとか、たまたま議員が視察したときコールセンターの半分の電話は稼動していなかったとか、挙句の果てに、早く対応しろと怒った男に職員が殴られたとか、連日ゴタゴタ続きのようである。

相談員を300人増員したとかも耳にしたが、それっていわゆる電話を受ける人のことであって、個別の問題に対して何かのサジェスチョンができる立場の人ではないわけでしょう? 商品のクレームを受け付けるわけじゃない、各人の住所氏名や年金番号や職歴等、それこそ個人情報を話す相手としてそれはどうなんだろう? おまけにそういう人を雇う費用はどこから出ているのか? いつまで続くともわからないことなのに。そもそも繋がらないじゃ話にもならないが。

これから先もどれだけボロが出てくるかわかったものではないし、信頼回復のためにも、この際まずは20歳以上の国民全員に現時点での年金記録を送付するのが一番手っ取り早いのではないかと思う。全ての人が1つの基礎年金番号を持っているのだから(実はこれまた処理ミスのために複数持っている人もいるということも明らかになったようだが)、全ての年金番号について記録をプリントアウトして送付、あとは各人がそれを確認して、これはオカシイと気付いた人が社会保険事務所に乗り込めばよいのでは? 5000万件の不明記録と照合するにも、本人からの申し出があったほうが確実だと思う(考えてみれば、情けない話だけど)。

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笑える翻訳

清水義範に『スノー・カントリー』という抱腹絶倒の短編がある。夏休みの宿題で英語の本を和訳しなければならなくなった中学生。選んだ本が『スノー・カントリー』。実は川端康成の『雪国』の英訳本だったのだが、そうとは知らない中学生が直訳した文章が笑えるのなんの。角川文庫の『似非物語』に収録されているのでお勧めします。

実はきょうネット上にある翻訳サービスを使ってみた。訳したい文章は【1】。LAタイムズに載っていた「手塚治虫作品展」の記事中にあった文章である。

【1】Tezuka's universe is filled with orphans and outcasts: (中略)Black Jack, the tortured renegade surgeon who operates on the desperately needy (and, on occasion, himself) and makes TV's Dr. House look like Mary Poppins.

英語→日本語 で翻訳した結果がこれ↓

【2】Tezukaの宇宙は孤児と浮浪者で満たされます: ブラックジャック、絶望的に貧乏(時々自分)を作動させて、テレビの下院博士をメリー・ポピンズに似させる拷問された裏切り者外科医。

…………元の英文のほうがよっぽどわかりやすい(爆)。「下院博士」って何だろう?
ふと思いついて、【2】を英訳させてみた。↓

【3】The space of Tezuka is filled with the orphan and the bum:Twenty-one and tortured betrayer surgeon who hopelessly operates poverty (myself occasional), and is like to Mary Poppins of doctor of the House of Representatives of television.

あっはははは!! 「ブラックジャック」が消えた(爆)!? 「Twenty-one」になっている。「ブラックジャック=Twenty-one」らしい。それじゃあテレビの『ブラック・ジャック 21』は『21 21』ということになるわけだ(笑)。
さらに【3】を和訳してみると……↓

【4】Tezukaのスペースは孤児と怠け者で満たされます: 21と絶望的に、貧困(自分で時々の)を操作して、テレビの下院の医師のメリー・ポピンズなどに似ている拷問された裏切り者外科医。

ああもう二度と「ブラック・ジャック」には戻らないのね。おまけにメリー・ポピンズなどに似ていると明言されて……(震笑)。もうパラソル差して飛ぶしかないぞ21。

以下もう2回ほどやってみたが、あとはあまり変化がなかった。

因みに他の翻訳サービスでも似たような結果になった。一番最後のところの意味が判らなかったから使ってみたサービスだったが、やっぱり判らない。どう訳せばよいのだろう?

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出来レース

集団的自衛権に関する個別事例を研究する有識者会議で、応戦を可能にするため、集団的自衛権の行使を認めていない政府の憲法解釈を見直すべきだとする意見が大勢を占めた」のだそうだ。

周辺事態法、テロ対策特措法、有事法制、イラク特措法、……あと、何がありましたかね? 着々と憲法のなし崩し的改正を画策している自民党政府としては、集団的自衛権の法整備が次の目標であるわけで、これもいずれ強行採決という形で認められることでありましょう。

ところで、ここで言う「有識者」ってのは何なのだろう? 誰が選んでいるのだろう? 少なくとも私は選んだ覚えはない。有識者であると誰かが認めたからには、その人がどういう思想を持っているかも当然わかって選んだに違いないわけで、ならば、政府の基本方針や見解に異を唱える有識者は最初から選ばれるはずがないと考えてしまうのは私だけだろうか? 一方的な意見しか出ない有識者会議なんて、何の意味もない。

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復讐者

『BJ』ファンなら誰でも気になるのが、BJの復讐劇は2人で終わったのかということだろう。BJが8歳のときに遭遇した不発弾の爆発事故。これには責任を問えると思われる5人の人物がいたとされる。1人目が自衛隊の特別作業班で不発弾の撤去作業に当たっていた「井立原」、2人目が現場責任者の「姥本琢三」である。

「不発弾」において、BJは井立原を無人島に連れ出し地雷で吹き飛ばしている。BJには明確な殺意は無かったかもしれない。生かしておいて、怪我の苦痛を味わわせ、母の無念と自分が長年抱き続けた復讐心を思い知らせてやりたかったに違いない。実際、井立原はその時までそんな事故があったことを思い出しもしなかったのだから。

井立原の怪我はBJが手当てをし、自白をテープに録音する。「もしおまえさんがおれを殺人未遂でうったえたら、おれもこのテープを法廷へ差し出すぜ」と脅しをかけることも忘れない。しかしこれはあまり効果のない脅しだろう。母の死に関して関係者5人に殺人罪が適用されることがあったとしても、殺人罪の時効は当時15年。井立原を探し出した時点でもう既に時効は過ぎてしまっている。とすれば、テープを法廷へ差し出したとしても井立原の刑事責任は問えない。問われるのはBJが井立原を地雷で吹き飛ばしたという事実だけだからだ。だから法廷では争えないが、未だに自分を殺したいほど恨んでいるツギハギの青年がいることを思い知らせて恐怖させるだけで、BJの復讐は遂げられたと見るべきなのだろう。

そして「二人目がいた」で姥本を見つけ出したとき、彼は末期の癌に冒されていた。意識もなく眠っている姥本を見るだけで「お大事に」と帰ろうとするBJを姥本の娘が止める。医者なら治してくれと。「私にはなおすいわれがないんだ」と突っぱねるBJだが、娘が自分の身体を差し出すことを条件に手術を引き受ける。娘から必要な臓器を移植して手術を成功させるBJ(途中で姥本に鉗子を突き刺そうとして危ういところで思いとどまっている)。ところが姥本が健康を取り戻した一年後、彼は突然の心臓発作で死んでしまう。父の死を知らせに来た娘に、BJは初めて自分が抱いている復讐心を告げる。「姥本琢三をなおして 元気なからだにして それからゆっくり復讐するつもりだった」。「いいえ!先生は(中略)けっして……そんなことなさらないわ」と言い募る娘。帰り際、「先生…残りの三人にも復讐を?」と尋ねる娘に、BJは「出ていきたまえ!!」と苛立ちを隠さない。風の吹く戸外に佇んでBJ邸のほうを心配そうに振り返る娘。中ではBJが机を拳で叩きながら……。

このラストシーンのBJの表情をなんと説明したらよいのだろう。悔しさ、まずこれは一番に挙がるだろうが、どこか一点を見据えているようで実はどこも見ていない虚ろな目には絶望や狂気までも垣間見える気がする。何かに気付いてしまって、でも必死でそれをねじ伏せようとあがいているようにも見える。シリーズ中、BJがこれほど苦しそうな表情をしている例は他にないように思う。

これ以降、BJの復讐譚は描かれることはなかった。3人目のターゲットはおそらく県の宅地課長の値上氏だったはずだ(「不発弾」より)。もしもBJが医者でなかったら、彼はその後も復讐を続けただろうと私は想像する。なにしろ復讐することだけを生き甲斐に思春期~青春時代を過ごしてきた男なのである。授業もサボってダーツの腕を磨いてきたのである。何より、身体がバラバラになったほどの大怪我から立ち直った原動力こそ復讐心だったのだから。しかし大抵の解説書では、姥本の一件で復讐することの愚かしさに気付いたと説明されている(シリーズの中でだんだん良い人になってきたBJにその手の話は相応しくなくなってきたという裏事情もあったと思われる)。が、果たしてそうだろうか。それまでの自分を支えてきた負のエネルギーは、そんなにあっさりと浄化されるものだろうか。

「あつい夜」というエピソードの中でも、BJは自分の患者(ダグラス)の命を狙うゴ・ウィンという男に共感を覚えている。ゴ・ウィンは家族をダグラスに殺されている。そしてとうとうダグラスを殺して仇を討ったゴ・ウィンを、間接的にではあるが警察に引き渡すことをせず、死に場所を与えてやっているのである。

私は、BJは5人の仇に対する憎しみを捨てておらず、復讐したいという思いも持ち続けていたと思う。この後復讐が行われなかったとすれば、それは「復讐することの愚かしさに気付いた」というお利口さんな理由からではなくて、彼にとってもっと切実な問題があったからだと思う。それは、彼が医者であるという事実だ。医者であるが故に、命を救う者として、自分の手で仇の命を脅かす行為ができなくなってしまっていたのではないか。「二人目がいた」のラストシーン、愕然と目を見開いた彼の表情からは、まさにそのことに気付いてしまった悔しさが窺えるのではないかと思う。復讐者としてのBJに、医者としてのBJが勝ってしまった瞬間……BJの苦悩は想像するだに辛い。

ここまで書いて、やっぱりキリコのことを思い出した。
殺したいのに生かしてしまうBJ。
生かしたいのに殺さざるを得ないキリコ。
その場の状況は違うが、どっちも辛い……。

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やー、撃たれて激流に落ちたけどまたどこかで出てきそうな気もする鬼若。久々に鬼と夜叉の揃い踏みが見られて嬉しかったり。きゃ~夜叉王丸さま~~♪ 来週は風車復活! あ、『水戸黄門』の話です突然スミマセン。

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草取りとWALKMAN

日がな一日草取りに追われる。と言っても、30分くらいやって腰が痛くなったら2時間休むといった調子でのんびりと。おかげで、やる前とほとんど変わらない。あっちょんぶりけ。

草取りのお供はポケットに入れたWALKMAN。中に入れるのはMDでもCDでもなく、カセットテープ! このページに<ヒップ第二弾>として紹介されている「WM-52」という型式。色は赤(当時付き合っていた彼氏はお揃いのグリーンを持っていますた……遠い目)。20年経った今でも支障なく動くのが凄い。

ただ、中に入れたカセットが……。米米クラブとかハウンド・ドッグとかマドンナとかELPとかが滅茶苦茶に録音されたテープが、いい頃合に伸びている(笑)。60分テープだが、たぶん65分くらいにはなっているような感じ。「あらあら」と時々前につんのめりそうになりながら、草取りに精を出した。

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背番号1994

ここ何十年とテレビで野球を観たことがない。おかげでセ・パそれぞれ何チームあるのかすらよくわからないし、何故巨人OBチームと楽天が試合をしているのかもわからなかった(←これはkoshi さんのエントリで理由が判ったけれど)。子どもの頃からヤクルトを応援していたから、今でも他の球団よりはヤクルトのファンのつもりではあるが、いま何位なのかも知らない。

ことほど左様に野球には興味がないのであるが、かと言って、いくらハニカミ王子が可愛いくても「にわかゴルフファン」になって物笑いのタネにはなりたくないし、スポーツはまったく他人事と割り切っているのが自分にはふさわしいと思っていた。

ところが、スポーツ関連でワクワクする対象を見つけてしまった。
中日ドラゴンズの……ドアラである!!

楽天のMr.カラスコもやることがなかなか男前だが、ドアラの脱力系パフォーマンスの前にはあきれ果てるしか術がなかろう。西武のレオ(あれは本当はパンジャだそうだが)の身体能力の高さにも目を奪われるが、ドアラだってそれに負けないくらい動けるくせに、まったくやる気の見えない変な動きをするので目が離せない。顔がまた、精悍でカッコよいわけでも抱きしめたくなるほど可愛いわけでもないときている。おまけに「お前それは比率がおかしいだろう」と言いたくなるくらいデカイ、頭が。笑

中日ファン以外にもファンの多いドアラの日々の活躍はこちらでご確認を。あと、YouTube にもけっこうたくさん動画がころがっています。

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『憑神』

『憑神』(浅田次郎著)読了。

時は幕末。文武両道に優れているのに不遇と貧乏に喘ぐ御徒士(おかち)・別所彦四郎が「なにとぞよろしう」と手を合わせてしまった祠に祀られていた神様は……。【以下ネタバレあり】

古典落語のような趣きがあって面白おかしく読めるが、最後はほろりとして、爽やかな読後感が心に残る一冊。出世を願う彦四郎が霊験あらたかな「三囲稲荷」と間違えて拝んでしまったのは「三巡稲荷」。そこからやってきた神様は、順番に、裕福な商人のような格好をした貧乏神、横綱のように恰幅のよい疫病神、そして幼い女の子の姿をした死神だった。

この神様たちが妙に人間臭いのが可笑しい。上位の神様からの命令に従わなくてはならないらしく、彦四郎に貧乏と病気と死をもたらさなくてはならないのだが、次第に彦四郎の高潔な人柄にほだされていく。そこで「宿替え」の秘法をもって災厄を彦四郎以外の人物に振り替えるのだが、さすがに「死」だけはおいそれと人におっつけるわけにはいかない。

そうこうしているうちに徳川幕府は瓦解、江戸城は官軍にあけ渡され、将軍慶喜は水戸へ落ちる。彦四郎を支えているものは、250年の昔家康の影武者として死んだ己の祖先から受け継いだ血と、武士道であった。彦四郎の才気と人柄を見込んで新政府で取り立てようという申し出も、死神からの「宿替え」の申し出も断り、自分は何を成し遂げて死ぬべきかを考え、死に場所を求める。

このあたりの彦四郎は実に清冽で揺るぎない。物語の最初は風采の上がらぬ貧乏御家人だと思っていたのが、だんだんカッコよくなっていく。
「拙者は、三河安祥以来の徳川家家人、御歴代将軍家の御公辺をお護りする徒士役にござりまする」
そして誰も望む者とておらぬのに将軍家の影武者として死地に赴く。このとき腑抜けと思われていた彦四郎の兄・左兵衛がお供すると言い出したのにも泣けたが、それを「ならぬ」と止める彦四郎にも泣けた。
「限りある命が虚しいのではない。限りあるゆえに輝かしいのだ。武士道はそれに尽きる。生きよ」

人は矜持を持たずして、本当に生きているとは言えないのかもしれない。

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コムスン

個人の思想や理念がその賛同者を得て集団となっていくことは日常的によくあることだ。宗教団体というのはだいたいそうだし、ボランティア活動が集団組織化されることもあるし、個人商店から発展した会社や、ひとりの技術研究者のアイディアが商品開発の会社になった場合もそうだろう。集団化すれば個人のときより大きな力を発揮できるし、精神的にも高揚するし、一方で仲間がいるという安心感をも得ることができる。

しかし、集団というものは当初の姿のまま維持することはとても難しいものなのだろう。構成人員が多くなればなるほど役割は細分化され組織化される。平等な立場で加わったはずが、やがて立場や役割に上下の別ができる。趣味でやっている集団ならよいが、収入をそこから得ようとすれば、集団の維持費の上に儲けを考えなくてはならなくなる。それに躍起になればなるほど、集団の存続だけを願い当初の思想など忘れがちになる。

コムスンのニュースを聞いて、そんなふうに思った。たった2人から始まった介護支援事業だったという。24時間対応というサービスは、生半可な覚悟でできることではなかったろう。困っている人を助けたいという真摯な思いから始まったことだっただろうと思う。それが一大発展を遂げ、グッドウィルの傘下になって、サービスの水増し請求なんてことをやり始める。おそらく、現場で懸命に働くヘルパーさん達は与り知らぬところだったのではないかと思う。申請内容と違うということで調査された事業所は、いわゆるトカゲのシッポ切りで閉鎖し、上部組織は相変わらず安泰。厚生労働省が業界から追放しようとした途端、グッドウィルの別の子会社に事業を譲渡……。

何をかいわんや、である。サービスを受けている人たちやそこで働いている人たちを救済するため、などともっともらしいことを言っているが、それならば自分のところの子会社などではなく、まったく別の会社に「居抜きでお願いできませんか」と腰を低くして頼み込まねば嘘だ。厚生労働省は強い姿勢で「譲渡は凍結すべき」と指導したという。アタリマエだ。

もう本当に最近腹の立つことばかりで嫌になる。人間の醜い面ばかりが見えてくる。こんなときはBJ先生に勇気をもらおうとこちらを観ようとしたのだが……、サンプルが上手く再生できず(途中で止まる)断念。原作BJ先生に大塚ヴォイスが当てられているらしい。

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5000万件

このたびの社会保険庁の宙に浮いた5000万件の年金記録事件など見ていると、立腹を通り越して可笑しくなってくる。さらにそれを選挙の争点にさせまいとするアベちゃんの悪あがきは醜悪以外の何物でもなく、痛々しさに目を覆いたくなるというものだ。

今さら何をどう糊塗しようとしても無駄だ。潔く事実を認めて、あと何年かかるかわからないけどやるだけやってみるネ、としか言いようがないのではないか。何を根拠に、今まで数十年かかってできなかったことを1年でやれると言うのだろう?

根本的な原因がチェック体制の甘さであることは言うまでもない。誰のものか判らない記録がどんどん溜まっていくけどこっちが損するわけじゃないからいいか、ってなもんだろうか。私が国家公務員だったときには、部内監査とか会計検査院の検査で単価20円とか35円のコピー代の領収書の残り枚数まで調べられた。そんなはした金、誰が横領なんかするか!と思ったものだが、それだけ細かく調べてもらって何も不正がないことを確認してもらえればそれでいいと思っていた。片方ではこ~んな細かいことまで調べているくせに、どうして5000万件も見過ごすかな? 社会保険庁がどういうチェック体制になっているのかは知らないが、チェック担当機関にも責任はあると思う。部内チェック体制しかなかったというのならそれこそ言語道断だが。

入力漏れ、入力ミスは人間なら誰にでもある。だから何重にもチェックが必要なわけだが、それだけでこんな膨大な不明件数が出るはずはない。だから、もっと大きな原因は、人力から機械処理への移行が上手くいかなかったことではないかと思う。社会保険庁の場合がどうだったのかはわからないが、以下は私の経験談である。

私は図書館員時代に、図書カードに記入していた時代から機械入力するようになった転換期を経験している。この「人力から機械化への転換期」というのは逢魔が刻である。日々こなさなくてはならない業務は機械化されたことで格段に能率がアップする。だから人員が削減される(←機械化の本来の目的はこれなのだから)。過去のデータを照合して遡及入力するという気の遠くなるような仕事が残っているにもかかわらず、だ。苦肉の策として、最近のデータは機械で、過去のデータはカードで調べることになる。時間を見つけて遡及入力するものの完全なものには程遠い。結果、機械にデータがなく、凍結された手書きカードにだけ存在が認められる数万冊の本というのができあがる。これを1冊1冊照合しようとしているようなものなのである、社会保険庁は! それも5000万件(+α、きょうまた増えたようだ)!

物言わぬ本の問題ではない。老後の暮らしの拠り所となる年金の問題だ。早急に対処して、あと、問題意識の低い社会保険庁に根本的なメスを入れてほしい。

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キリコ記念日

「この端末いいね」と君が言ったから
    六月五日は キリコ記念日

……なんておちゃらけたことを書きましたが。思えば去年の今日でした、ドクター・キリコが地上波初登場したのは。原作が「浦島太郎」ということもあって、BJとキリコのガチンコ勝負を期待して正座して観ておりました。ちょうど今の時間は熱に浮かされたように落書きを描いていたことを思い出します。まあそれなりの満足とそれなりの欲求不満を残して、キリコ初お目見えは終わったのでした。

昭和の連載当時、中学生~高校生だった私は、一つの命を巡ってBJとキリコがぶつかり合うことの重みをひしひしと感じていたように思います。キリコというのは一種狂気をはらんだ恐ろしい男という印象でした。BJとの闘いは生と死の代理戦争だったわけで。ところがこの平成の御世、子ども達がどんなふうに思って昨年のアニメを観ていただろうかと考えると、いろいろ考えることもあります。

私が子どもだった頃と今の子どもたちは、まったく違った見かたをするかもしれないと思ったりもします。だって、「いじめ」問題ひとつ取っても、私達の頃ならいじめっ子のほうが悪かったのです。そしてそもそも「いじめ」なんていうものはあってはいけないもの、人をいじめるなんてことは恥ずかしいことだという意識が共通認識としてあったのです。今は「いじめ」があるほうが普通でしょ。それくらい意識が違ってきている。

「死」についても然り。ゲームをリセットする感覚で、死んでも命があると思っている子どもも多いようで。また、「誰でもよいから殺してみたかった」とか「自動車事故が起きる瞬間を見てみたかった」とかの言葉を平然と口にする少年犯罪者が増えている現状で、子供達にキリコが纏う「死」の意味が理解してもらえたかどうか? テレビに影響されたとして罪を犯す子どもだっているかもしれないし。

だから今さらながら、キリコをゴールデンタイムのテレビに出すことはよほど決断を要することであったと思います。

Bj_vs_kirico2 キリコへの敬意を込めて、去年の落書きを再掲します。

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Hey, Mr. ブラック・ジャック

 税金(かね)が出てゆく 道路(みち)となる
 大金(かね)がもらえる 天下(あまくだ)る
 団子(だんご)(談合)のように癒着(くっつ)いて
 我が身の負担は増えてゆく
 その膨大なツケは誰が払うっちゅうの?
 Hey, Mr. ブラック・ジャック
 どんな気分さ?

これはサザンオールスターズが歌う『Mr. ブラック・ジャック ~裸の王様~』の一節である。3つのコードしか使われていないものすごく単純な曲で、5分で出来上がり20分でレコーディングが終了した作品だとか。駄作との声も高いようだが(確かにベスト盤なんかには絶対に入れられないと思う・笑)、非常にシンプルなハードロックで私は結構好きだ。音は後期のビートルズあたりに似ているが敢えて言う、これはハードロックである。ここに引用した2番では道路公団にまつわる汚吏汚官の実態が歌われ、1番では○泉劇場の独断専横、3番で拉致問題に対する外交の拙さ、4番で戦争への道を歩んでいることへの批判が、それぞれ歌われている。権力への痛烈な批判と怒り、これこそロックの真髄でなくて何だろう。

歌詞を読むと、タイトルにある「裸の王様」というのは当時の小○首相を指していることがわかる。では「Mr. ブラック・ジャック」は? どうしてここに「ブラック・ジャック」? これも○泉首相のことなのか? だとすれば私は桑田佳祐に文句を言いたいゾ。たしかにBJは金の亡者で決して正しいだけの男じゃないが、政治家ほど汚くはないはずだろう? そこで考えてみた。歌詞を続けて読むと、まるで悪いことをしているのがブラック・ジャックのように受け取られかねないのだが、そうではないに違いない。上に引用した部分で言えば、上5行と下2行の間で分かれているのではないかと考えればどうだ? 上5行で、こんなに政治が腐敗しきっている現状を国民は怒っているのだヨと悪態をつき、下2行で「どう思うよ? アンタなら判ってくれるよな、Mr. ブラック・ジャック!」とBJに訴えているのではないかと。それは「なんとかしてくれよ、Mr. ブラック・ジャック! どうして黙っているんだ! 今どこで何してるんだよ!」という桑田佳祐の気持ちではないのかと。

曲解でしょうか? 曲解でしょうね(笑)。しかしこの歌が収められているアルバム『キラーストリート』には『リボンの騎士』(原由子が歌っているまったくマンガとは関係ない歌、しかもエロ……)なんていういうナンバーもある。手塚マンガに対するオマージュの意味が込められているとすれば、桑田佳祐はBJを悪者になんかしないと思うのだが。(あ、完全に小泉首相が悪者になってる……笑)。

さて、原作『BJ』。BJ先生は面と向かって政治権力に歯向かうことはない。何回か取り上げられている公害問題にしても、その被害者である患者を治そうとする行為を通して、弱い者を顧みない権力者たちの横暴への怒りが表されるだけである。しかし「オペの順番」などを見ると、ネコよりも一般市民よりも代議士のオペを後回しにしたBJの気概というか反逆精神は、誠に溜飲が下がるものであった。「代議士なんてくさるほどいる」というセリフは大喝采ものだ。あと、「死神の化身(恐怖菌)」で政府関係者の命令に納得できず患者を逃がしたのも印象深い。

BJというのはごくアタリマエの感覚を持った男だと思う。金銭感覚だけがちょっと桁外れだが、それにしたって生活はごくつましいものだ。自分が贅沢奢侈に暮らしたくてぼったくっているわけではない。正直に堅実に生きて、怒るべきところでちゃんと怒る。そしてあまりしがらみがないから、恨まれるのを覚悟で歯に衣着せずズケズケと物を言い行動する。特に、自分がモグリの医者だから、ちゃんと免許を持っている医者に対する目は事のほか厳しい(白拍子クン反省しなさい)。敵もいっぱいできるが、反面、味方もいっぱいできる生き方だろうと思う。

BJの視線は常に一般人や弱者と共にある。憲法改正より年金問題のほうが重要だと思っているに違いない。……先生は国民年金の掛け金を納めているのだろうか(笑)。

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頂いているバトンにお答えしようかと思っておりましたが、これが意外と難問で。ご指定は「BJ」ということだったのですが、今までにいろんなバトンで答えた内容と同じような答になってしまうことに気付きました。事新しく書くことがありませんでしたので、せっかく回して頂いたバトンですが、スルーさせていただきたく存じます。
本当にすみません神無月さん。m(_ _)m
これに懲りず、また回してやってくださいまし。

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(備忘録070603)

わ~(汗)。すんません。今日は兄とのメールのやりとりで、記事を書く時間がなくなりました。あっちはファイルを添付しているのに、こっちで開けない……。150件削除しろってか。う~む。

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(備忘録070602)

社会保険庁……、民間の会社でこんな杜撰なことやったら倒産だろうな、とか、惑星3つがいっぺんに観られることとか、山陽自動車道に石を投げ込んだ高校生の恐ろしさとかを書こうと思っていたのだが、時間がなくなったので、きょうはお休みします。
バトンも1つ頂戴しておりますが、後日答えさせていただきます。すみません。

(落書き削除)

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トマトの香り

夫が昼過ぎに帰ってきたので何かと思ったら、仕事でお付き合いのある方から露地物のトマトを頂いたと言う。見ると、スーパーで買うトマトの2倍はあろうかという大きさのトマトが10個。不恰好で所どころ皮に亀裂が入っているから商売物にならないのだろう。

ためしに切って食べてみると、甘~い! おまけに、ああこれが本当のトマトの香りだよね、夏の香りだよねと懐かしくなるくらい香りも高い。早速ご近所2軒にお裾分けして、残り4個。こんなに美味しいトマトなら、夕食のメインの食材にしなければバチが当たる。酸味が強ければオムレツにするのだが、これだけ甘いなら……と、トマトソースの海鮮パスタに決定。玉ねぎやニンジンと一緒に煮込んでソースを作った中にイカとエビを投入。美味しかったです。

本当は、私も夫もトマトが嫌いなのだが、それは普通のスーパーで売っている匂いも何もないトマトだからだとつくづく判った。皮が自然に破けるくらいまで枝で熟したトマトは、本当に美味しいし、香りの良さが断然違う。同じことは、キュウリにも言える。スーパーのものは味も素っ気もないから、やれマヨネーズだのドレッシングだのをつけないと食べられたものではないが、新鮮な露地物のキュウリ(切るときトゲが痛いくらいのやつ、切る端からジュワッと水分が玉になって溢れてくるようなやつ)は、とても香りが高くて、薄く切って味の素とお醤油で食べるのが一番美味しいと私は思う。

ああ、食べたくなってきたな……。キュウリの旬はまだもうちょっと先かな? 野菜はやっぱり香りの良い露地物が一番だ。

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