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2007年7月

手術中のBJ

私は小学校高学年のとき虫垂炎を患って手術を受けたことがある。麻酔注射するというので手術台の上に横向きに背中を丸めて寝かされた。「そのまま動かないでね」と言われたが、背骨のあたりを消毒する脱脂綿があまりに冷たくて思わずビクンと大きく身体が動いた。「大丈夫大丈夫」と押さえつけられてなんとか無事に注射が終わり、それまで脂汗が出るほど猛烈に痛かったお腹もなんともなくなったので、手術が始まった頃にはかえって余裕さえできてしまった。

切られている感覚などもちろんないが、なんだかお腹の中を引っ掻き回されているような引き攣れるような妙な感じがする。「ゴポゴポいってますね」という看護婦さんの声も聞こえる。腸を引きずり出しているのかなぁ~と興味が湧いて、ちょっと頭を起こし加減にしてなんとか見えないものかと懸命に下目使いしていたら、気付かれて、頭をドーム状のもので覆われてしまった(笑)。せっかく自分の内臓を見るチャンスだったのにと思うと、今でも残念である。

……というわけで、きょうは手術中のBJ先生について。とは言っても専門的なことはまったくわからないので、先生の手腕についての他のスタッフの評価とか手術中の会話などを拾ってみる。最初から患者の意識がない場合や全身麻酔でない場合には、これらの言葉は全部患者の耳にも入っているはずだ。

例によって順不同スミマセン。

「いくらブラック・ジャックの腕が早くっても」「こいつはぜったい間に合わないよ」
「もうむりですよ」「むりなのは最初っからむりなんだっ」「こっちもこのむりをとおそうとしてるんだ」
「まるで神わざみたいなスピードだぜ」「魚のハラワタをかっさばくみたい……」(「針」より)

「すごい……この人のスピードときたら…」「いったいどういう人なんだ この人」「無免許だっていってたわ 刑事さんが」「じょうだんじゃないわ 有名な先生なんでしょ?」
「ダメかも知れないな」「おちつけっ! なぜヨワネをはくんだっ!」(「三者三様」より)

「なんてスピードだ」「こ これだけのオペを並行にやるなんて……」(「流れ作業」より)

「あんなすばらしいオペ見たことがないわ!!」「まったくだ 神技だ」(「助け合い」より)

「マッサージ師は目が見えなくても ツボは知っている」「医者がマッサージ師に笑われたいか?」(「病院ジャック」より)

「虫垂だの農家の四男坊なんてのは やたらに切っちまっていいもんじゃないだろう」(「勘当息子」より)

「信じられない! たった三分で心嚢の縫合を終わった」(「虚像」より)

「手術中 心臓マヒで死んだとカルテにかけばいいだろう」「だまれ!!」(「弁があった!」より)

「おったまげた……あの先生 神技だ なんちゅうか…機械の手みたいだぞ」(「土砂降り」より)

「患者の命を生かすか殺すか カケるとは許せんっ」「じゃああなたがたはカケてはいないのかっ」「あなたがたはいつも患者がかならずなおると保障して治療をしているのですかっ」「そんな保障のできるものは神しかいないっ」「…われわれは神じゃない…人間なんだ!!」(「獅子面病」より)

「そっぽをむくなっ みんなオペをつづける気がないのかっ」(「白い目」より)

「お…おれはもう二度もしくじってしまった!! こいつは…こいつはどういうわけなのか…………」(「三度目の正直」)

「いいか もし患者が死にでもしたら わしはきみを訴えてやるぞ」「ろくでなしのドシロウトとしてな!!」(「けいれん」より)

「おまえたちヒヨッコが よく救急車に乗ってるなッ」(「話し合い」より)

「だが医者はな ときには 患者のためなら 悪魔にもなることがあるんだぜ!」(「その子を殺すな!」より)

「なんともたいしたメスさばきだなー あれよあれよと見てるまに…」「おったまげたな まるで 指がピアニストみたいに動くぞ」(「帰ってきたあいつ」より)

「すげえ脂肪の層だ! こんなに切りにくい腹もめずらしいな」(「激流」より)

「よし……ドリルだ」「さっさと貸せってんだよ!」「オロオロすんな!」
「脳ミソのよごれを清めるんだ」「はらいたまえ清めたまえ……と」
(「夜明けのできごと」より。この話に出てくる助手のオロオロした様子が微笑ましい。大手術なのだが、BJは彼をからかいながら余裕綽々でオペを行っている。)

「どんなオペでも だめなんだとか絶対できるとか 決めることはできないンスよ」(「きたるべきチャンス」より)

「チン・キ博士…」「モーツァルトの鎮魂曲(レクイエム)です」
(「音楽のある風景」より。この話を読むと、私は「肋骨レコード」という言葉を思い出す。スターリン時代のソ連でなんとか西側の音楽を聴こうとした人々が、使用済みのレントゲンフィルムに音を刻んでレコード代わりにしたという話である。昔あったソノシートのようなペラペラしたものだ。そして日に透かせば誰のものともわからない肋骨が見える。肋骨レコードを作ったのがバレて5年も服役した人もいる。そうまでして音楽を聴きたい人達がいたことに感動を覚える。手術中にだけ防音の手術室の中で音楽を聴くチン・キ博士も、そういう人の一人だったのだろう。ちなみにBJは手術中に音楽をかけると気が散ってできないようだ。)

「私はな 切るだけが人生の男なんだ」(「20年目の暗示」より)

「生きてくれっ 動け! 動け!!」
「先生があんなにクタクタになゆなんて……」「なるとも こっちも命がけなんだから」(「過ぎ去りし一瞬」より)

「家なんか何軒も建つが この子の命はひとつかぎりだぞっ」(「台風一過」より)

「そこから一歩でも近づいたやつは このメスで心臓をえぐり出してやるぞ」(「魔女裁判」より)

「たとえば山登り屋が目の前に高い断がいを見たとき 登るのは無理だと知りつつ……」「ムラムラと登りたくなるでしょう?」
「オペをやりおえたあと 登頂不可能な山を征服したように 満足感と快感で軽いメマイを感じるんですよ」(「最後に残る者」より)

BJの技術を賞賛する台詞はもっと他にもたくさんあったが、ここでは主なものだけ挙げて割愛した。そういう類の話なら良いが、「もう無理だ」とかはあんまり言ってほしくないなと思うものである。もしも患者に聞こえていたらどう思うか……。

ここで判るのは、BJ先生が絶対に最後まで諦めないこと、患者を命がけで守ろうとしていること、手術の邪魔をする奴を絶対に許さないこと、そして不可能と思われる手術を成功させると満足感と快感を感じているらしいということである(だから結婚できないんだとか一部では囁かれておりますが…)。

いやしかし、神ならぬ人間の身で同じ人間の命を救おうと必死になるBJ先生の姿には、純粋に心打たれるものがある。上に挙げたもののうち幾つかは数年前のHITA○HIのCMにも使われていた。「おちつけっ! なぜヨワネをはくんだっ!」とか「…われわれは神じゃない…人間なんだ!!」とか。これを神技を持つBJ先生が言うと、ひどく心に響く。灯心をかきたてられるのを待っている 今にも消えそうな小さな命の炎までが見えるような気がする。

最後に、手術中の言葉ではないが、BJ先生がどんな心境で手術をしているかを語っている台詞を挙げておこう。冷静沈着な天才外科医でもそうなんだなぁと、いや、こういう男だからこそ天才外科医と言われるのかと、妙に納得してしまう台詞である。

「ブラック・ジャックくん きみは手術中になやんだことはないかね」「そうですねえ……ヤクザのチャンバラですな……」「え?」「ムガムチュウで切りつけますよ……とてもそんなよゆうなんか持てないんですよ」(「雪の訪問者」より)

【明日はココログのメンテナンスがあるようなので、お休みします。】

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山が動いた日

「参院選、自民党惨敗」。明日の紙面の見出しが見えるようだ。

午前8時前に出勤前の夫と投票を済ませる。かなり多くの人が来ていたが、その後のニュースでは投票率は前回を下回るようだ、とか。関心が高いと言われた今回の選挙でもそうなのか。最低投票率の基準を設けたほうがよいのではないかと憂う。

午後8時からTV各局で開票速報が始まる。普通、わが島根県(1人区)では番組開始早々に「当確」が出る。ところが、今回はなかなか出ない。自民党の現職と、国民新党の新人が互角の争いのようだ。やっと出たのが10時30分。新人が勝った。

与党に対する逆風が強いと言われた今回の選挙。選挙戦の初日には、青木参議院議員会長や細田元官房長官がお国入りして現職候補の応援演説を行っていた。ここは名にし負う保守王国だから、周りの風は強くてもここだけは風が吹かないかと思っていたのだが。

青木さんは責任を取って辞任するようだ。中川幹事長もそのつもりのようだ。安倍さんは……続投らしい。参院選で負けたくらいで総理を辞めなくてはいけないということはないのだろうが、しかし今回の選挙結果は、安倍内閣への不信任という意味合いが強いと思うのだが。国民の信頼を得られなかった総理に、日本の舵取りができるのだろうか?

またテレビを観ます。頂いたコメントには明日お返事させていただきます。申し訳ありません。m(_ _)m

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『ルパン三世』感想

今や夏の風物詩となったTVスペシャル『ルパン三世』。昨日観られなかったので、本日録画を観た。今年はルパン生誕40周年記念で「霧のエリューシヴ」というタイムスリップ物。

年によって出来不出来があるが、今年はなかなかおもしろかったのではないかな。舞台は霧多布。原作者モンキーパンチさんの出身地(だったはず)。原作でも霧をモチーフにしたトリックはいろいろあった。視界が閉ざされて何も見えない、そこから何か突拍子もないものが突然出てくるというような雰囲気が、原作『ルパン三世』の面白さだったような気がする。TVアニメがハードボイルドなアクションなら、原作はマジックやイリュージョンの世界、というのが私の持っている印象だ。

今回は霧の中からタイムマシンに乗った魔毛狂介が……。マッドサイエンティスト魔毛狂介の再来というのも楽しみのひとつだったのだが、こいつが案に相違してヘタレた奴だった。自分の恋人をルパンの何十代か後の子孫に取られたので、祖先であるところの三世を消しに来たと……orz。敵役がそういう設定なので、全体の作りも軽めだった。ただ彼の本当の目的は、自分以外にタイムマシンを発明した奴を許しておけないから、ルパンの力を借りてそいつを消す、ということだったのだけれど。

過去を変えれば未来が変わる。伝説とされていることが、実は過去に紛れ込んだ自分達の仕業だったという『戦国自衛隊』を彷彿とさせるようなストーリーだった(絵柄は『もののけ姫』みたいだったけど・笑)。

今回はちょっと次元の影が薄かったのが残念。もっとハードでシリアスな話になると出番も増えると思うのだが。不二子も最初と最後しか出てこないという変則的な構成。でも「使えない男ねッ!」というのは、なかなかの名台詞かと(笑)。銭形のとっつぁんはどんな不可思議なことが起ころうとも「ルパン!逮捕だ!」しか考えていないので、500年前にタイムスリップしたことにも最後まで気付いていなかったに違いない。一徹でよろしい。ルパンはどんな時代でも不二子のことしか考えていない。女好きであることは間違いないのだけれど浮気者ではないのだなと、認識を新たにした。となると、ロマンスが期待できるのは純な五ヱ門ちゃんしかないわけで、今回もほんのりそんな雰囲気があった。

CMの前後にアイ・キャッチが流れたのは懐かしかったナ。もちろんテレビシリーズのときのものとは違うが、ハンドルが取れて車外に放り出されるルパンは健在だった。あと、将棋倒しという子供騙しな手は原作のルパンがよく用いていた手で、これも嬉しかった。ただ、不二子の祖先「おふみ」の棒読みが……orz。ちゃんとした声優さん使おうよ。絵も綺麗だったのに、それだけが残念!

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スーパーで鰻を買おうと思った。愛知県産880円、中国産580円が夕方サービスで480円。中国産のほうが大きい。でも結局買ったのは愛知県産。数ヶ月前なら間違いなく中国産を買っていたと思う。今は、ちょっと怖い。鰻に罪は無いんだけどなぁ。愛知県産の鰻、美味しくいただきました。

鰻って、未だに生態がよくわかっていない魚だそうで。産卵場所はグアム島沖のスルガ海山付近だというのが、やっと昨年判明したそうだが。海水にも淡水にも棲めるとか、皮膚呼吸ができるので水から揚げられても長時間生きていられるとか。どうして魚のくせにそんなことができるのだろう? 

それだけ生命力が強い生き物だから夏バテにも良いとされるのだろう。『万葉集』にも鰻を歌った歌がある。
 
 いしまろに われものまをす 
  なつやせに よしといふものそ むなぎとりめせ(3853)
   (石麻呂に言うんだけどさ。夏痩せに良いというもの……鰻取って食べろよ。)
 
 やすやすも いけらばあらむを 
  はたやはた むなぎをとると かはにながるな(3854)
   (痩せていても生きていればそれでいいか。もしかして鰻を取ろうとして川に流されたりすんなよ。)

今年の土用の丑の日は7月30日。

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性格バトン

神無月さんとあゆみさんからバトンを回していただきました。ありがとうございます♪
では早速いってみたいと思います。

▼自分で思う性格
とても女らしいと思います。

▼人に言われる性格
「男だねぇ!」

▼男女関係なく友達の理想
じっくり語り合える人。言いにくいことを敢えて言ってくれる人。

▼好きな異性の理想
理想ということであれば、我が身の程もわきまえずいくらでも際限なく高望みしますが、特に男性に望むことは「度量の広さ」です。(だから昔からおじさんが好きだったんだな…)

▼最近言われて嬉しかった事
夫から「髪、切った?」と言われたこと。気付いてもらえた~♪ 切ったのは1週間ほど前だけど気にしない。
……これって「虚しかった事」か?

▼バトンの送り主の顔は見たことある?
ございませぬ。

▼送り主の印象は?
神無月さんは、淡い色合いの似合う楚々とした可愛らしいお方ではないかと。
あゆみさんは、「いいからまかせなさい!」の姐御肌のお方。紅とゴールドのイメージです。

▼次に回す人(思い浮かんだ人適当にどうぞ)
……ここで、各項目に当てはまると思われる管理人さんを挙げることになっておりますが、いやもう私が行かせていただくサイトやブログはその内容もさることながら管理人さん方も素晴らしい方々ばかりで、お名前を挙げるのがあまりにも畏れ多く。
すみません、ここで置かせていただきます。m(_ _)m

神無月さんからは「大人」、あゆみさんからは「美しい(言葉がとても美しいと思います)」という勿体無い評価とともにバトンを頂戴しておりました。や~、身体の大きさから言っても間違いなく大人は大人ですが、内容が伴わず、お恥ずかしい限りです。「美しい」……ここで止まっていればなぁ(笑)。()がいつかなくなるように頑張りたいと思います。(メールにつまらないギャグを書いた報いが今ここに・笑)
お二方とも、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
おもしろいバトンを、どうもありがとうございました~♪

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方法が間違ってるよ

新潟の刈羽原発の再開は来年秋以降となったようだが、それでいいのか? 誰も予測のできないような規模の地震がまた起きたら? 「初めに原発ありき」の考えを捨てることはどうしてもできないのだなぁ……。

【原発の安全神話については、奥州亭三景さんが素晴らしい論考をしていらっしゃいますので、是非行ってみてください。】

ところで、北海道の泊原発で不審火が相次いでいるらしい。誰もが自由に入れる場所ではないだけに、内部の誰かが何らかの意図を持って火をつけていると思われる。内部告発とか、原発反対とかの意思表示なのかもしれない。もしそうなら、しかし、明らかにやり方が間違っている! そんな方法はダメだ。もしも大火災になって、現在稼働中の2基に飛び火でもしたらどうする!

話が飛ぶが、このニュースを聞いて、現在争われているあの光市の母子殺害事件の被告の供述と同じような印象を持った。死刑反対を持論とする弁護団との間で綿密な打ち合わせの上、あのような呆れる供述となったのだと思うが、あんなやり方は、死刑反対の思想を貶めるもの以外のなにものでもない。裁判とは真実を明らかにするところであって、弁護士が自分の主張やイデオロギーのために事実を曲げてもよいところではない。私も死刑には反対だが、あんなやり方は断じて認められない。

目的のためには手段を選ばないというのは、たとえその主張が間違ってはいないとしても、とても一般の理解と共感を得られるものではないよ。

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もうすぐ投票日

参院選の投票日も間近ということで、いろいろなところから電話が掛かってくる。「同じ高校の1年後輩の○○ですが、今度の選挙では△△をお願いします。とっても良い人なんです」とか。「はいはい」と返事をしながら、○○さんは何年先輩のところまで電話をするつもりなのだろうと要らぬ心配までする。言うまでもないが、私は○○さんを知らない。

某全国紙Yからもアンケートの電話があった。一言答える毎に「ありがとうございます」と低姿勢である。「現在の安倍内閣を支持しますか、支持しませんか?」「支持しません」「ありがとうございます」 まるで支持しないことに礼を言われているようで可笑しかった(笑)。

配布された『選挙公報』を読んだ。あんまり読む人はいないようだが、私は毎度読む。抽象的な美辞麗句しか書いていない人をまずふるい落とす。地元に貢献することをアピールしすぎている人もダメ。これは県議会議員ではなくて、国会議員の選挙なのだから。でも多くの人は地元に金を落としてくれる議員でなきゃダメだと考える。自分達の役に立たない議員なぞ意味がないと考える。貧乏な県だからしかたのないことだとは思うけれども、有力な議員ならそういう融通が利くということ自体に疑問を持たなくちゃいけない、と思う。

先日録画しておいた『党首は訴える』も夫と一緒に観た。党首と呼ばれる人でも演説の上手い人と下手な人はいるもののようで、某党党首の講談調の演説には二人とも噴いてしまって内容がよくわからなかったりした(いや、ご本人は決してそんなつもりではないのだろうが)。各政党のCMもよく見かけるようになったが、的確な言葉で自政党をアピールすることはなかなか難しいことのようだ。

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暑中お見舞い申し上げます

スコーンと、キッパリと、今日から夏になりました。
これほどはっきりと梅雨が明けたのは何年ぶりでしょうか。
とても気持ちの良い夏の初日でした。

きょうはバタバタしていて時間がなくなりました。
慌てて描いた暑中お見舞いをアップして寝ます。
小川ローザピノコですのよさ。

Photo_5

 【追記】

 ←DLFです。よろしければお持ち帰り下さい。

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放送禁止曲

本日TBSラジオで『封印歌謡大全』が放送されたようだ。数日前にこういう企画があることを知って是非聴きたいと思ったのだが、こちらでは当然聴けず……(泣)。

克美しげるの歌声は聴きたかったなぁ。私は彼が歌う『エイトマン』の主題歌が大好きで、ある機会にパソコンに取り込んだことがある。ある事件を起こしてから彼の歌はまったく聴くことができなくなってしまったのだが……。

そもそも「放送禁止曲」って何なのか? 罪を犯した人であろうとちゃんと罪を贖ったのなら問題ないのではないか? だいたい今「放送禁止曲」を流すということは、それの基準等が緩和されたのだろうか?……などと思って調べたら、別に「放送禁止曲」というのがきちんと決まっているのではないのだそうだ。歌の内容やら社会情勢やらを鑑み、放送各局が自粛するだけらしい。部落問題や原発問題等々を歌ったもので、もしかしたらなんらかの勢力から抗議を受けるかもしれない危険があるならば、放送局としては放送したくないということなのだろう。

本当の意味で放送禁止になったものといえば、ピンクレディーの『SOS』が有名だ。イントロ部分に「SOS」のモールス信号が入っていたからで、レコードで聴く分にはよいが、電波で放送すると本物の緊急信号と混同する危険があるので、放送するときにはこの部分が省かれた。もっとも、これも話題作りの戦略だったらしいが。

最近の歌(……と言ってもあまり詳しくないのだが)からは、あんまりこれといったメッセージを感じない。危険な香りもしない。70年代までのロックやフォークには相当アブナイものもあったように思う。皆が、世間が、そこそこおとなしくなってしまったのかな?

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Chaos

「あなたの中に眠る○○人気質」という占いをやってみた。結果がこれ↓

哲学的なのにいいかげん。インド気質の不思議ちゃん 

眉間にシワをよせて何か思索しているかと思えば、クラブに行けばハジけて踊りまくる。会議で凄い企画を出したあとで単純な計算ミスをする。そんなつかみどころがないあなたには神秘的なインド人気質が隠れています。最近ヨーガやチャイに惹かれませんか? あなたの中には“なるようになるサ”という投げやりな面と“人生の意味を解きあかしたい”という哲学性がチャンプルになっています。ハイテク大国になりつつあるインドと同じく今後の成長が楽しみな人材といえるでしょう!

みみみみ見てたんかい?! っていうくらい当たっている(笑)。ヨーガは足が攣ったからやってないけど。インドは昔から行きたい国のひとつなので、なんだか嬉しい。バングラデシュから来た先生に「あなた、私の奥さんより色が黒い」と褒められた経験もあるから、行ってもたぶん違和感ないぞ!(←後ろ姿が越前屋俵太に似ていると言われたのと同じくらいショックだったけどな。)インド! いいな、インド!

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いじめで苦しむ人達へ

『Knock Out Voice #33』を聴いた。小学校時代からずっといじめられ続けてきたという人からのメールが紹介されていた。親も先生も助けてくれず、ずっと自殺したいという願望を持ち続け自傷を繰り返し、今は社会に出て良い環境の職場で働いていることを喜びつつも、今でもトラウマに悩まされカッターナイフをお守りにしている、と。

気の毒な人だと思う。私には、いじめられた経験もいじめた経験もないので、彼女の本当の気持ちは理解できていないと思う。でも、心の底から、かわいそうな人だと思う。カッターをお守りにするという心境も、それはいつでも自殺できると思うことが救いになっているからなのかと想像するが、それが本当にそうなのかどうかも私にはわからない。

症状が病的なまでに進んでいると思ったら、早く心療内科に行ったほうが良い。徒に自傷行為を続けるのは悲しすぎる。でも、自分を冷静に見ることができない状況に追い詰められるからこそ、そういう行為にも走るわけだろうし……。

黒田、大塚両氏は、ここでその場限りの気休めの言葉をかけても解決にはならないだろうし、結局自分で少しずつ乗り越えるしかないんだろうね、と話されていた。たぶん、それはそうだろう。それしかない。でもその乗り越えることのできる力を出せるきっかけを見つけ出すことが難しいのだろう。

「癒し」が必要なのだろうと思う。自分は必要のない人間だという思い込みを解き放つような癒しが。

私は幸か不幸か図々しい人間なので、自分という存在が必要のないものだという考えには至ったことがない。ちょっと謙虚に言えば、自分を含めてこの世に必要のない存在など無いと思っている。変な話、自分という存在がなかったらブラジルの牛が1頭いなかったかもしれない、なんていうなんの脈絡も無い想像を時々したりしている(本当に意味不明だ……)。

全てのものは、存在することを許されたからこそ、生まれてきたのだと思う。言い換えれば、生きているのではなくて、生かされているということだ。人生に意味なんかないかもしれないが、この世に生を受けたこと自体にはもうそれだけで意味がある。必要とされているからこそ生まれたのだ。自分という一つの小さな輪がなかったら、この世を構成している鎖に綻びができる。私はそんなふうに考えたい。

人間が怖い、信用できないというのなら、しばらく自然の中に身を置くのも良いと思う。危険のない山や海へ行って、一日中ぼーっとしてみるのはどうだろう。打ち寄せる波のひとつひとつ、風に揺れる梢のざわめき、そこら辺り中にいる小動物……、みんなそこにあるべくして存在する。そういうのを五感で体験するのは大事なことだと思う。

自分を理解して欲しい、助けて欲しいと思うなら、同じことをまず他者に対してやってみるのもよいと思う。人間相手が難しいなら動物に対してでも。自分が世話をしなかったら生きていかれないペットに愛情を注ぐとか。もうそれだけで自分が生きていることに価値を見出せるのではないかな。相手から慕われれば喜びも実感できるだろうし、運悪く死なせてしまったら悲しさと同時にほんの小さな鎖の輪でもなくなると大変だということもわかるだろう。

今が辛いからこそ、近視眼的にならずに、大きな世界の中で自分を考えてほしいと思う。理由も無くいじめられて苦しんで自殺を考えている多くの人達に言いたい。

「あなたに 生きていてほしい」

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(備忘録070719)

先ごろ報道されていた「中国の段ボール入り肉まん事件」はテレビ局のヤラセだったそうで。まったく、開いた口が塞がらないとはこのことだが、近頃さんざんウソや捏造のニュースに触れてきた身としては、ヤラセだったという報道自体も怪しく思われてくる。日本やアメリカで大きな話題になってしまったから、北京オリンピックを目前に控えた中国としては、ヤラセだったということにして事実を隠蔽しようとしたとも考えられる。
まったく、何も信用できない世の中というのはなんとも殺伐としたものだなぁ。嫌だ嫌だ。

きょうは暑くてグッタリ。早目に寝ます。おやすみなさい。

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他人事

新潟県中越沖地震に関連して。

安倍首相は激甚災害指定を表明した上で「スピード感を持って対応するように」と発言した。一瞬、わが目わが耳を疑ったが、やっぱり「スピード感を持って……」と言っていた。
そういう場合は「至急」という最も相応しい美しい日本語があるのだよ安倍君。切実さが全然違うでしょ。例えば被災者が水が足りなくて困っているときに「スピード感を持って水が欲しい!」と言うか? 「至急水が欲しい!」だろう。少なくとも被災者の心情を慮れば、こんな悠長で意味不明な言葉は吐けないと思うがどうか?

東京電力柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)では、耐震設計の甘さが浮上した。今回の地震の震源は同原発から北へ約19キロ離れた海底活断層とみられるが、東電はこれを設計時には見つけられなかったと、今夜のニュースで報じていた。
見つけられなかった、じゃ済まないだろう。そして、見つかったからには撤収するのが筋ってもんだろう。
原発については、何らかの事故が起きるたびに拙ブログでも取り上げているが、そのたびに単純な手順のミスとか想定外とかで片付けられてしまうことに怒りを覚える。何回も書くが、これほど狭い国土にこれだけ原発がひしめいている国は世界中どこにもない。おまけに、日本は世界に冠たる地震国である。まるで核爆弾の上に住んでいるようなものだと思うのは私だけではないはずだ。原発は極力減らさなくてはいけない。電力の消費を控える方向で物事を考えなくては、いつか大惨事が起こる気がする。
今回も、市長が東京電力に対して安全が確認できるまでの運転停止を申し入れていたが、たぶん数ヵ月後には何事もなかったかのように運転を再開するのだろう。活断層はそのままなのに? 自分や家族が住んでいる地域に原発があったら、はたしてそんなことができるだろうかね?

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漫画の日

きょうは「漫画の日」なのだそうである。ところが「漫画の日」というのはなんでも1年に3回もあるそうで。それぞれの故事来歴はこちらで。

日本の漫画が海外にも広く進出しているというのは以前から聞いていたが、最近ではデンマークで日本大使の発案でコスプレの集りがあったとか、フランスで日本の漫画(アニメ)フェアが開かれて多くのフランス人がコスプレして集ったとかがニュースになっていた。

まあなんとなくここまでは自然発生的な趣味の範囲ということで納得できないこともないが、麻生外相が音頭を取って「ジャパン・ブランド」の一角を担うようになった漫画やアニメを更に世界に発信しようとしている、というニュース(いささか旧聞だが)などを聞くと、なんだか違和感を覚えてしまうのだ、私は。漫画というのは、本来そういうものであってはいけないのじゃないか。

私は「漫画を読むとバカになる」と言われて育った世代だ。それが一因かどうかわからないが、漫画を読んだりアニメを観たりすることには今でも若干の抵抗がある。私にとってはバイブルとさえ思っている『BJ』も人前では読めない。

しかしつらつら思うに一番大きな原因は、私にとって漫画を読むということが秘めたるヨロコビであったからなのだ。それはホームズなら親の前で読めるがルパンは読めないという感覚と似ている。漫画というのは、読んでいるところを絶対に人に見られてはいけないと思うような類のモノだったのだ。

自分の日常の生活からは想像できないようないろんな世界がそこにはあった。夢や希望もあったが、同時に毒や絶望もあった。友情や愛もあったが、暴力やエロもあった。それらのものが、本で活字を追うよりもはるかに強いインパクトを持って迫ってきた。視覚から得る情報の影響力は大きいから、一層感動的でドラマチックになる。大人の鑑賞に耐え得る作品や、下手な小説なんかよりはるかに完成度の高い作品も確かにあった。

だから、隠れて読んだ。友だちの家に遊びに行ってそこにあるコミックを読ませてもらった。歯医者の待ち時間は長ければ長いほどよかった。親の目を盗んで読み、本屋のオヤジに睨まれながら立ち読みをすることに、タブーを冒すような、背徳的な悪戯をするような喜びを感じていたのだと思う。

しかし子どもの目から見てもたしかにくだらない作品もいっぱいあった。こんなもの読む暇があったら国語の教科書でも読んでいたほうがよほど良かったと思うような。限りある時間の中で、他のもっと有益なことに使える時間をくだらない漫画を読むことに費やしてしまった、もっとお利口になれたかもしれないチャンスをあたら逃がしたという意味においては、大人たちが言った「漫画を読むとバカになる」は正論だったと今になって思う。

私の場合、自分の金で漫画を買えるようになると、漫画に対する興味もなくなった。漫画より本で活字を追うほうが数倍楽しくなった。絵として見ている分には楽しいが、登場人物の表情が描かれていることのほうがかえって邪魔に思えたりした。イメージがそれに限定されてしまうのだ。活字からの想像のほうが無限に思えた。そんなわけで、漫画と縁が切れて20数年、その間ほとんど漫画を読んだことはない。

だから、近年の漫画がどういう傾向だとか、それを巡る状況がどうだとかいうことを、私はまったく知らない。まるで浦島太郎なのだが、だからこそ昔と比べて気付くこともある。私は漫画というジャンルは本来メジャーになるべきものではないと思う。それぞれの作品自体はメジャーになってもよい。良い作品ならどんどん読まれるべきだ。先にも書いたが、下手な文芸作品なんか読むよりよっぽど良い出来のものもある(に違いない。私にとっての『BJ』がそうであるように)。

しかし、漫画というジャンル自体はいつまでもマイナーであることに意義があると考える。「ジャパン・ブランド」の一翼を担うものとして文化交流の道具として使われるなんてのは、どこかが違う。世の中に、大人に、認められないことを描く、描きたい、描かないではいられないというのが漫画家の本質なのではないのか。「漫画に必要なのは風刺と告発の精神だ」と言ったのは手塚治虫だが、私も同感だ。そういう本質を持つべき漫画が、こともあろうに政策の手段として使われようとしていることに、今の漫画家は怒りを覚えないのだろうか。

万人に受け入れられるような漫画は既に漫画ではないと私は思う。それは単にストーリーを絵で表現しただけのものだ。

昔は、手頃な「悪」が漫画だった。大人はそれを批判して読ませないようにすることで子どもを律しようとしたし、子どもは子どもで、大人の目を盗んで読むことで頃合のスリルと反抗心を味わってきた。当時の漫画にはそういう位置付けと役割があった。今は、大人が漫画を読む。そんな大人を見ていれば、子どもは漫画を読むことに後ろめたさなど感じない。皮肉な言い方をすれば、人の目を盗んで楽しむという秘めたるヨロコビを感じる機会を失っている。漫画に代わる手頃な「悪」が、今は存在するのだろうか。インターネット? これだって野放し状態で、お子様は好き勝手振る舞っている。ゲーム? 親が子どもに買い与えた時点で、もう親には発言権はなかろう。

手塚治虫は過去のNHKの番組『あの人に会いたい』の中でこんなことを言っている。「漫画に対してもっと批判的になってください」。これは彼自身を含めた漫画家を発奮させるための言葉でもあるが、漫画の本質が失われることを恐れての言葉でもある、と思う。

今の世の、大人も子どもも大喜びで漫画を受け入れている状況というのは、何かが違うと思われてならないのだが……。

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BJの計算能力

きょうはBJ先生の計算能力にまつわる話について。なんだそれは? と思われるだろうが、BJ先生やたらと暗算が速いのである。珠算でもやってたんだろうか。

「密室の少年」では、やっと少しずつBJに心を開いてきた超能力少年と手術代のローンの相談をする。診察するより先に手術代の相談をするところがいかにもBJだ(笑)。
BJ「すこしは安くしてやるよ。月々十円のローンでどうだ」
少年「アハッ そんなに安いの?」
BJ「そのかわり一生払ってもらう。あと八十年として九千六百円!」
よどみなく言っている。どうです、速いでしょう? 私なら5~6秒もたもたした挙句、九百六十円! なんて大安売りしてしまうかもしれない(笑)。しかし先生、いったい何歳まで生きる気なんだろう。子や孫にまで払わせるなんて言っている。こういう単純な足し算はできないんだろうか。

「闇時計」では、ダイヤモンド鉱山で落盤事故に遭い、真っ暗闇の中で時間を計らなくてはならなくなった先生。明朝7時きっかりに表を猟師が通りかかる。そのときに大声を出せば助け出してもらえるはず。
BJ「私の脈は平静な時で一分間に六十五打つはずだ。はげしい運動をしなければ この脈がいいセコンドがわりになる……」「この穴へ着いた時 たしか三時だった。落盤があったのが三時十分だから 今はおおよそ四時」「あしたの朝七時まであと十五時間」「一分に六十五打つなら一時間では三九〇〇 十五時間では五八五〇〇打つわけだ」
ね、ね、すごいでしょ? 私なら筆算しても正解できるかどうか怪しい(笑)。暗算能力もすごいが、こういう不測の事態に陥っても自分の脈拍は1分間にきっかり65なのだという自信と、事実そうである冷静沈着さがすごい。普通の人間なら不安と恐怖で120くらいにまで跳ね上がるところだろう。
この計画は結局「五二二三」まで数えたところで連れの少年の怪我を治療し始めたために頓挫してしまい、あとはBJ自身の生物時計(体内時計)に頼ることになる。それでも80分以上数えたんだね先生。
このお話、ちょっと辻褄の合わないところもある。鉱山に着いたのが3時だったと言うからには、BJは時計を持っているに違いない(「死への一時間」でも左腕に時計をしているから、普段腕時計をしていると思われる)。悪党の男には内緒にしているがBJはマッチも持っていたのだから、ちょっとずつ節約して使って時計の文字盤を見ることは可能だったはずなのだ。まあそれも、マッチの火でメスを消毒して使い切ってしまったことでオジャンになってしまうのだが。
それにしても、BJ先生は毎朝7時に起床するとか、「私は(自分の脈拍を何万何千も)かぞえたことがよくある」とかの情報が得られて、ファンにとっては嬉しい作品である。先生は羊を数える代わりに脈拍を数えているんだろうか? 寝つきは良さそうな感じがするんだけどな。でも、猟師が毎朝通りかかるのが7時より前でなくて本当によかったと思う。

ところが、これだけ暗算の速い先生が何故か「ピノコ還る!」では筆算をしている。仕事(あるいは取り立て)から帰って、100万円の束にしてはちょっと厚すぎる(聖徳太子が見える。新札なら100枚でちょうど1㎝の厚さになる)帯封付きの札束を数えてから、なにやら紙に書いて計算している。100万単位ならかえって計算は簡単なはず。だが紙を良く見ると、「561」なんていう数字が見える。これ、まさか561円じゃないよな? いくらなんでもそんな1円なんて細かいところまで手術料を設定するわけはないよな、割と大雑把な男だから。金融機関に預けた場合の利息の計算?……にしては少額すぎる。ならば、これの単位は1000円なのかな? 「561」と書いてあるのは「561,000」円のことかもしれない。とすると、この紙は今月の稼ぎをメモした家計簿みたいなものなのかも。でもそれってバリバリ裏帳簿だよな。いや待て、そもそもモグリ開業なのだから表帳簿だってあったらおかしいのか。わぁ、そこんところ知りたいな。先生はどうやって税務署の追及から逃れているのだろう?

……と、謎が深まったところできょうはお終い。自分が数字に弱いため、理数系に強い人に憧れます。それと、どんな状況に置かれても逞しくサバイバルできる知恵と能力を持った男性も好きです。BJ先生はその両方に適っているということで、きょうのまとめとします。(まとまってないよッ!)

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台風が去ったと思ったら、今度は新潟で大地震。これがいっぺんに来なかったのがせめてもの救いだが、多くの犠牲者が出たようだ。ご冥福をお祈りするとともに、全ての被災者の方々にお見舞いを申し上げます。

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「雨ニモアテズ」

数日前にネットで見かけたパロディー「雨ニモアテズ」。あまりに傑作なので転記しておく。傑作なのだが、作者はどこかの校長先生だというから呑気に笑ってばかりもいられない。きっと日々苦労を重ねておられるのだろうと思うと、誠にお気の毒である。

願わくは、この詩を読んだ人全員にこのブラックユーモアが通じんことを。これのどこがおかしいの? と言う馬鹿親のなからんことを。

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 雨ニモアテズ 風ニモアテズ

 雪ニモ 夏ノ暑サニモアテズ

 ブヨブヨノ体ニ タクサン着コミ

 意欲モナク 体力モナク

 イツモブツブツ 不満ヲイッテイル

 毎日塾ニ追ワレ テレビニ吸イツイテ 遊バズ

 朝カラ アクビヲシ  集会ガアレバ 貧血ヲオコシ

 アラユルコトヲ 自分ノタメダケ考エテカエリミズ

 作業ハグズグズ 注意散漫スグニアキ ソシテスグ忘レ

 リッパナ家ノ 自分ノ部屋ニトジコモッテイテ

 東ニ病人アレバ 医者ガ悪イトイイ

 西ニ疲レタ母アレバ 養老院ニ行ケトイイ

 南ニ死ニソウナ人アレバ 寿命ダトイイ

 北ニケンカヤ訴訟(裁判)ガアレバ ナガメテカカワラズ

 日照リノトキハ 冷房ヲツケ

 ミンナニ 勉強勉強トイワレ

 叱ラレモセズ コワイモノモシラズ

 コンナ現代ッ子ニ ダレガシタ

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『島根の弁護士』

土曜プレミアム『島根の弁護士』を観た。緊迫した法廷ものというわけではなく、ストーリーとしてもどうということもない出来だったかもしれない。私は原作も読んだことがないのだが、地元の事件に携わりながら一人前の弁護士になっていく主人公の姿を描くドラマ、という印象。ところであのエンディングには何か釈然としないものを感じたが、シリーズ化を前提に作られているのかな? 

ま、とりあえず、毎日見慣れた松江の風景の中の仲間由紀恵さんを楽しんだ。ロケ地はだいたいわかったように思うが、主人公が下宿している家と、眼鏡を探した河原等がどこだかわからなかった。裁判所にも入ったことがないのでどうだかわからない。裁判長役で峰蘭太郎さんが出ていらっしゃったのに一番びっくり!

注目していた出雲弁は……及第点かな。夫は「ちょっと違うな~」と言っていたが、この春放送されていた『砂時計』よりは聞きやすかったと思う。梶芽衣子さんと鷲尾真知子さんが良い味を出していて、出雲弁も上手だった。

わが島根は全国で一番弁護士の数が少ない県らしいのだが、それで特に困ることもないくらい、のんびりしたお国柄ということなのだろうか。しかし、きょうのドラマにも描かれていた老老介護の問題は、高齢者率が全国一高い島根県の抱える大きな問題だし、今後もっと大きな問題にもなり得る。悲惨な状況も増えていくことだろう。ドラマ中で下された判決には実際の判例が参考にされたのかも、と思ったりしながら観ていた。

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感じの良いお店

携帯電話が故障した。便利だけど壊れやすいのが欠点のジョグダイヤルが空回りするようになった。通話するのに支障はないが、トップページから動かないのでは登録しておいた番号を見ることもできない。

仕方なく「あーうー」ショップに行くことにする。今まで行っていたお店がいつの間にか無くなっていたので、ちょっと遠くのお店に初めて行った。これまでのもすべてジョグダイヤルがダメになって買い替えたので、今回も覚悟していた。それでも一応症状を話して「修理するより買い換えたほうが安いですかね?」と尋ねたら「内部が壊れているのではなくてここだけなら修理は無料でできますが、メーカーに送る間、1週間から10日くらいはお預かりすることになります」とのこと。普段なら待つところだが、今はいつ何時緊急の連絡が入るか判らないのでそういうわけにはいかない。「買い換えます」と言おうとしたとき、「その間、代わりの機種をお使いいただければ……」とのこと。え? そんなサービスがあるの? 今までのお店ではそんなこと言われたことなかったよ?

もちろんお願いして帰ってきた。代替機も同じ機種を探してきて、アドレス等必要なデータも移しかえてくれた。嬉しかった。だってジョグダイヤルの接触が悪くなっただけで、傷一つない本体を御用済みにするなんて、もったいないことこの上ないもの。そしてそれ以上に嬉しかったのは、お店の女性の応対の良さだ。無料の修理だし、代替機だって無料で貸してくれた。全然利益にならないサービスを、初めて行った客の私にしてくれた。それもとても丁寧な応対で、しかも気さくで話しやすかった。「通話さえできれば良いのです。メールも本当は必要ないくらい。いろんな機能がついていたってどうせ使いこなせません」と言うと、「本当に最近のにはいろんな機能が多すぎて使いこなせませんよね」と笑って受けてくれた。カウンターの3つの席は常時お客で満席状態。こんなの今まで私が行っていた店では見たことなかった。

お客にはわかるんだよな。「売らんかな」で、この機能は便利ですよ、その機能は必要ですよと、ひたすら最新モデルを買わせようとする店ではないからこそ、これだけのお客が引きも切らないのだ。そしてそれは結局お店の利益にも繋がることなのだ。店長が頭の良いちゃんとした人なのだろう。店員の教育もしっかりされている印象で、本当に気持ちの良いお店だった。もし「直りません」という連絡が来たら、買い替えはあのお店でしよう。これからずっとそうしよう。代替機を貸してもらったことにもきちんとお礼を言おう。そしてそのときに、一言、親切がとても嬉しかったことを伝えようと思う。

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口調バトン

車中で Steppenwolf の『Born To Be Wild』を聴いた。
古いロックだが、おれのお気に入りだ。
しかしこれを『ワイルドで行こう』と訳すセンスはどうかと思うね。
まあ名前なんかどうでもいいが。

この曲を聴くとおれはドクター・キリコを思い出す。
映画『イージー・ライダー』から、ハーレー→キリコの連想になるんだろう。
ふふ……。
あのスカした野郎がサイケなヒッピーの格好なんかしてたら笑っちまうが、
案外、様になるような気もする。
あいつにだってきっと若い頃はあったに違いなくて、基本ヤンキーで、
いろんなものを持て余して、ドラッグなんかもやってたんだろうから。
それが今じゃ他の用途のクスリのエキスパートか……。

どんなに戦争をやっても、ハイウェイをチョッパーでぶっ飛ばしても、
本物の自由に行き着けなかった国の男。
本当に救われなくちゃいけないのは、患者じゃなくて……、
おまえの方だぜ、キリコの大将。

……
I like smoke and lightning
Heavy metal thunder
Racin' with the wind
And the feelin' that I'm under
……

神無月さんから指定「BJ」で口調バトンをいただきました。

口調バトン
■掟は守る事
■回された人は回してくれた人の指定したキャラの口調で日記を書く事
■日記内容は普段書くものと同じでも構わない
■アンカーを突っ走る事は禁止されている
■口調がわからなくてもイメージ。一人称をそのキャラにすること
■これ以外のバトンとか貰ったらその回してくれた人の名称もキャラなりにする
■最後に回す人を4人指定する事

すすすすすみません。掟を守れません。ここで埋めさせてくださいまし。m(_ _)m
BJ特有の口調って思いつきませんでした。唯一キリコを相手にしているときだけ「素」に戻っているような気がするので、キリコ関連の話題にしてみました。ちなみに私はこの歌が好きですが、BJ先生が好きかどうかなんてことはもちろん知りません。それと私の考えるキリコはアメリカ人です。
おもしろいバトンを回してくださってありがとうございました~~♪

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『ルパン』

やっと購入したDVDで観た映画『ルパン』。なにしろ公開当時(2005年)は県内に上映館がなかったのだ(泣)。その折に「100年目の新作」と銘打って出されたノヴェライズ本を先に読んでいたので、その内容を映像で追体験するという逆の手順になってしまった。

ストーリーはルブラン原作の『カリオストロ伯爵夫人』をベースに、『奇巌城』『ルパンの逮捕』『813』『水晶の栓』のエピソードもちらちらと。カリオストロ伯爵夫人ことジョゼフィーヌ・バルサモとクラリスの二股をかけて右往左往する若き日のアルセーヌ。死んだと思っていた父親は生きているのか? 十字架に隠された謎を解いて莫大な財宝を手にするのははたして誰か? そしてジョゼフィーヌの正体は?

フランスが頑張ってハリウッドばりのアクション超大作を作ってみました! という感じの娯楽作品。グダグダ言わずに素直に楽しめる。でもなぁ、アルセーヌ役のロマン・デュリスがなぁ……。軽薄でプレイボーイのにいちゃんの役どころだからあれで良いのかもしれないが、あの間抜けなニヤケ顔がなんとも……(ファンの皆様ごめんなさい)。私が抱いていた颯爽とした怪盗紳士アルセーヌ・ルパンのイメージが崩れたことは否定しない。いや一瞬ハッとするほど良い表情をすることもあるのだけれど、長続きしない……。_ノフ○

逆に、とても魅力的だったのがジョゼフィーヌ役のクリスティン・スコット=トーマス。最初画面に現れたときには(うわ、老けてるな。これにルパン君が惚れるかな?)と思ったが、クラリスのような若い娘には望むべくもない濃厚な妖艶さに女の私まで惚れた。ルパン家の男を3代(テオフラスト、アルセーヌ、ジャン)にわたって手玉に取ったのもむべなるかな。しかし私の場合は、もはや決して若くはないという自覚を持った女性が醸し出す悲哀の影のようなものに惹かれたというのが大きいかもしれない。原作を初めて読んだのはもう30年も前のことだったと思うが、そのとき以来彼女にはずっと希代の悪女というイメージしかなかった。それがここに来て共感できるという事実にこそ驚いた、自分で。いや、年は取ってみるものだ(笑)。

まあとにかくルパンファンとしては、文章でなく映像画像でルパンを観られるということがもうそれだけで嬉しいのだ。それがこれほどのレベルであればもう言うことはない。是非ほかの作品も映像化してもらいたい。森田崇さんは『奇巌城』と『813』を所望されていたので、私は『水晶の栓』を推す! 結末がわかっていても焦燥感に胃が痛くなる。万策尽きて不貞寝するルパンを映画で観られる日がいつか来るといいなぁ♪  

あ、一言だけ。
ルパン君、変装ヘタすぎ!!(爆)

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昨日は緊急ココログメンテナンス(管理画面に入れない不具合)があったようで、記事のアップができませんでした。本日分としてアップします。

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人は女に生まれない、女になるのだ。

昨夜Tさんが、男女それぞれから見たBJ、キリコ、ピノコの魅力について考察しておられたのを拝読して、正しくそのとおりだと首肯した次第。おそらく男から見て魅力的に見えるものと 女の目に魅力的に映るものは別のものなのだろう。同じものを見ていてもその感じ方はたぶん天と地ほども違うのかもしれない。

BJの傍らに居るピノコに対して女性が反感を持たないのは「女」を感じさせるキャラでないからではないかとのご高説にも諸手を挙げて賛同。(なるほど、その分ワリを食っているのが如月めぐみでありブラック・クイーンであるわけか。私は二人とも好きだけれど、私のは男性の視点に近いのかもしれないな。笑)確かに、BJはピノコを一人の女性としてその人格を認めているとは思うが、その「性」を意識しているかというとそんなことはあるまいと思う。だからこそ、そこのところの温度差がピノコの哀しみの原因ともされているわけだが……。

う~む、Tさんもおっしゃっていたが、ピノコを論ずるのは非常に難しい。的外れなことを書いて彼女を貶めたくないのと、ピノコファンは多いので四方八方に顰蹙を買いそうなのとで躊躇してしまう。

でも、非難を覚悟で、きょうはちょっと思い切ったことを書いてみる。世のピノコ研究家の方々のご教示を賜りたく……。

まずは一つ爆弾投下。どうしてBJはピノコを女の子に作ったのだろう? どなたか同じ疑問を持たれた方はいらっしゃらないだろうか? ピノコの双子の姉とされる患者(これだって姉だか妹だかわからないが)は確かに女性だが、二卵性双生児だったとしたら畸形嚢腫や胎児内胎児の性別は女とは限らないはずだ。畸形嚢腫は一卵性しかないのかとも思ったが、隆大介版『BJ』ではアンダーソン二卵性嚢腫とされていて、なにも一卵性に限った話でもなさそうだ。手術前のレントゲン写真で見えるのは、足、大腸、腕、肝臓、脳、肺、胃だけであって、精巣または卵巣、子宮といった生殖器官は写し出されていない。ならば、BJは嚢腫を摘出後に中から女性生殖器官を見つけたのか? あるいは、染色体の検査でも行ったのか?

ここらへんのことが描かれていない。それなのに何故かBJは女の子の形をした(要するにおちんちんが付いていない)入れ物をどこからともなく取り出して、ピノコを作り始めるのだ。なんとなく、今までなんの疑いもなくピノコは女の子だと思っていたが、その確証を「畸形嚢腫」のエピソードから探し出すことはできないのである。もちろん、「描かれていないのだからそういう事実は無い」というような考え方をしてはいけないことは判っている。心臓や膵臓や小腸といった他の内臓だって、レントゲンに写っていなかっただけで、有ったに違いないのだから。

しかしそうすると、BJのセリフ「だいたいひとそろい人間の内臓がつまってるじゃないか」の「だいたい」というのが気になってくるのだ。いったい何が足りなかったのだろう? 消化器系、循環器系、呼吸器系の内臓なら生きる上で絶対不可欠だ。ピノコがあの幼女の身体で 無くても支障なく生きられる内臓と言えば……生殖器官しかないのではないのか?

余談だが……。逆に「畸形嚢腫パート2」では畸形嚢腫は男の子とされているが、これについても明確な証拠はない。袋に入ったままの形で標本にされてしまったから、中に男性生殖器官があったかどうかも定かでない。レントゲン写真に写っていたのだろうか。ピノコの夢の中に出てきた嚢腫が男の子の姿だったというのが原作での唯一の根拠だが、どうして最後にBJがピノコに「弟がほしかったんだろう」と言ったのかも不明だ。BJにはピノコの見ている夢がわかるのだろうか(笑)。

ピノコが白血病になったエピソード(「ピノコ生きてる」)では、BJが「ピノコもいつかは結婚するんだ」と言っていることから、このときまでにはピノコが女の子である確証を得ており、大きくなれば結婚もできる身体だと検査済みなのだろうと思いたい。しかしそれまで血液検査もしていなかったくらいだから、それもどうだか怪しいものだ。もし調べておらず、ピノコが本当はXYの染色体を持っているとすれば、なんだかおかしなことになるだろうなと思う。

ところで、ピノコが自分をBJの「奥たん」だと言って譲らないのは、自分が女性であるという自覚があるからだ。しかしその自覚がどこから来るかと言えば、BJから与えられた女性形のボディからである。18年間姉の身体にひっついて生きてきた間、ピノコは自分の性別すら知らなかったのではないかと思う。それが、幼女体型とはいえ女性の身体を与えられたのだから、18年間のブランクを一気に取り返し、女性としての幸せを謳歌しようと一生懸命になっているような印象がある。一般的に、女性が男性を好きになった場合、相思相愛の仲になって最後は妻になるというのが一番の幸せだという常識がある(らしい)。ピノコは貪欲に一足飛びにそれをやろうとしている。「奥たん」発言はその現われであろう。

きょうのタイトルはボーヴォワールの『第二の性』からの引用だ。ピノコを考えるとき、私はいつもこの言葉を思い出す。ピノコの女性「性」は作られたもの、否、ピノコが自分で作り上げたものだと思う。自然に成熟していく生物学で言うところの性(セックス)ではなくて、社会的文化的に女性とはかくあるべしという性(ジェンダー)なのではないかと思うのだ。

またちょっと話が飛ぶが、ピノコのBJに対する感情は恋愛と言えるのかどうか? これも私には疑問なのだ。恋愛感情というのはかなり高度な精神活動だと思う。ある程度の社会生活を経て多くの人と接触する経験も必要だろう。また単なる性欲とも違うがそれなりの身体の発育とホルモンの分泌も欠かせまい。ピノコの場合、それらの条件が満たされていないのだ。ピノコのBJに対するそれは、雛鳥がこの世に生まれて初めて目にしたものを親と慕って盲目的に信頼する感情により近いように私には思われる。そして事実、ピノコの出生はまさにそのとおりであった。実の姉からも存在を否定され拒絶されたピノコを認めて庇護してやったのは、この世でただ一人、BJだけだったのだから。

BJからの愛を繋ぎとめておくために、ピノコは必死で最高の女性になろうとしている。周りに親しい人とていない環境の中で、よよよと泣いてみせたりBJにタコのようなキスをかましたりして(メロドラマや週刊誌からの知識なのでステレオタイプの大いに間違った認識であることが多い)、愛される女性になろうとしている。その健気さと報われなさにこそピノコの魅力はある、と私は考える。

最後に、BJはピグマリオンか?と考えてみたのだが、結果的にピノコ(ガラテア)はBJの傍らに残ることになったけれども、そもそもは姉の家族に引き取らせようと思っていたのではないかと思う。ピグマリオンや光源氏のように最初から手元に置こうとして理想の少女を作り出したわけではないように思う。

はぁぁ、上手くまとまらない……と言うより、だんだんトンチンカンな方向へ向かってしまった(汗)。やっぱり私にとってピノコは聖域だ。理解しようというほうが無理だったかな……。

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(備忘録070708)

DVD鑑賞中につき本日の記事はおやすみします。

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たなばたさま

ささの葉さらさら
のきばにゆれる
お星さまきらきら
きんぎんすなご

五しきのたんざく
わたしがかいた
お星さまきらきら
空からみてる

童謡や文部省唱歌には正式なタイトルを知らないまま歌っているものも多いが、上記の歌のタイトルは「たなばたさま」だそうである。へぇ~。権藤はなよ・林柳波作詞、下総皖一作曲で、昭和16年に文部省発行の『うたのほん』に発表されたのだそうだ。ひらがなで「たなばたさま」という語感も柔らかいし、さらさら、きらきらという同音の繰り返しも耳に心地よい。

ところが、文部省唱歌の常として(?)そこはかとなく雅で難解な語句も使われている。「のきば」とか「すなご」とか。大人でもこれらの語句を漢字表記して正しい意味を説明できる者はそうそう居ないのではなかろうか。「のきば」は「軒端」と漢字で書けば意味はわかるが、私の人生の中でこの言葉にお目にかかったことは3回しかない。この歌と、『源氏物語』の登場人物「軒端の萩」と、百人一首にある順徳院の「ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なほあまりある むかしなりけり」だけだ。「砂子」は金箔を細かく砂のようにしたもので、和紙や色紙などの表面に撒く。

いずれも、生涯知らなくても何の支障もない語彙だろう。昭和16年の当時にあって、子ども達は果たして意味を判って歌っていたのかと考えても、まずそんなことはなかったろうと思う。おそらく意味など知らずに歌っていたと思う。そして何年か経って何かの拍子でその意味を知るのだろう。そういう経験は嬉しいものだ。私自身の経験では「仰げば尊し」の「いまこそわかれめ」は「今こそ分かれ目」だとずっと思っていた。古文の文法で「こそ+已然形」の係り結びを習って、やっと「今こそ別れめ(今こそ別れよう)」の意味だと知った。そして二度と忘れない。

最近の若い人達は語彙が少ないと言われる。最先端の言葉や流行語や外来語には敏感だろうから、相対的に語彙が少ないかどうかは私には判断できない。しかし違う世代の人(年長者)と会話をするときには共通の語彙は少なくなってきているのかもしれないとは思う。悲嘆をかこつこともままあるのだが、←既にこの文章が通じないかもしれない。

時代劇でも小さな子どもが「子のたまわく……」なんてやっている。語彙もだが、それ以上に意味なんか判るはずもなく、ただ暗唱しているだけだったに違いない。でもいつの日かそれがハッと判る日が来る。そういう感覚は本物だと思う。理解できそうなことばかり教えるのは真の教育ではないような気がする。

……「たなばたさま」の歌の話のはずだったのだが、ずれまくった(笑)。ほんのちょっと昔には豊富な日本語が確かに存在していたのだと、若い人達にも判ってもらえると、ギザウレシス。

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腰は痛いし腹は立つし

腰痛で座っているのが辛いのだが、少しずつリハビリを。今回は腹筋の肉離れの激痛から始まった腰痛なので、2~3週間は痛いはず。きょうは父の見舞いもパスして安静にしていた。

寝ながら手だけ動かしてネットサーフィン。まあいろいろと腹の立つことばかりで嫌になる。安倍政権は既に死に体の様相を呈しているように思うがどうか?

様々にみっともない事態があった中で一番ケチがついたのが年金の不明記録問題だと思うが、それ自体は現在の政権ばかりのせいではない。歴代の社会保険庁と監督機関の責任だ。しかし、アベちゃんがこの問題を知ったのが2月頃だというのは由々しき事態だ。それ以来彼はいったい何をしていたのだ? いかに菅直人氏に責任をなすりつけるかのみに腐心していたのか? 的確な方針と指示も出せぬまま、挙句に、この問題の対策費は税金から出すと。更には自分は消費税を上げないとは一言も言っていないと。

……ざけんじゃねぇ。

何故、役所の尻拭いを国民がせねばならぬのだ?! そして基礎年金の財源が足りなければ更に国民から搾り取ればよいと(消費税率を上げるとはそういうことだ)広言して憚らぬ神経はいったいどうなっておるのだ?! エエとこのボンボンには庶民の生活など想像もできないのだろうなぁ。優しさが微塵も感じられぬ。こんな人物を日本のトップに置いておいてはいけないと本気で危惧した次第。

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そろそろ浮上できるかな?

父は低め安定状態が続いています。少しずつ意思の疎通もできるようになりました。ただし、総入れ歯を外しているのと鼻から栄養補給のためのチューブが入っているのと酸素マスクを装着しているため、何を言っているのかが聞き取れないのが悔しいです。兄が、紙に五十音や身体の部位や「はい」「いいえ」「痛い」「苦しい」等の文字を書いて、指で指し示すようにしましたが、腕を上げる力はないようで……。何か言っているなぁと思いつつ、ふんふんと適当に相槌を打っています。

先日の記事の後、お優しさに胸の迫る思いがしたコメントをくださったkoshi さん、メールで力づけ励ましてくださった神無月さん、またお気にかけて毎日覗いてくださる多くの皆さんに、心から感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございます! 本当に涙が出るほど嬉しいです。

本来ならお一人お一人にお返事を差し上げなくてはならなかったのですが、今週初めからちょっと私自身が体調不良で伏せっておりまして失礼をしてしまいました。たいへん申し訳ありません。腰痛の再発と夏風邪のダブルパンチでしたが、だいぶん良くなったので、そろそろブログも再開しようかなと思っているところです。

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