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2007年10月

『議論のルールブック』

昨日は、どうして管理画面に入れないのかと思ったらココログフリーのメンテナンスがあったようで……。ワタクシすっかり忘れておりました(汗)。

さて、昨日のお買い物。
『ぜんぶ手塚治虫!』(手塚治虫著)
『下山事件 最後の証言』(柴田哲孝著)
『議論のルールブック』(岩田宗之著)
文庫2冊と新書1冊で2,769円というのは痛いが、いま買わなくてもどうせ買うのだからと買ってきた。食事を1日3食マヨネーズごはんにする分でも欲しい本は買う!

『ぜんぶ手塚治虫!』は帯に「生誕80周年記念」と銘打たれている。80周年は来年だが、出版界では既にちょっと前から動きがあるようだ。内容は『ネオ・ファウスト』の未発表シナリオほか、手塚本人のエッセイや対談、著名人による論考がずらりと並ぶ(ちなみに『BJ』の解説は呉智英さん)。3編だけ漫画も載っていて、『BJ』からは「土砂降り」が選ばれていた。楽しみにじっくり読もうと思う。

『下山事件』は以前から興味があったので。日本冒険小説協会大賞と日本推理作家協会賞をW受賞した作品だそうだ。

きょうは『議論のルールブック』を読了。帯に「ネットはなぜ炎上するのか?」とあるように、顔をつき合わせての議論ではなくネット上の掲示板等の議論に限定して、議論する上での心構えが書かれている。「議論の破壊者たち」で、どういうときに議論であったはずのものが低級な罵りあいになってしまうのかの実状を書き、「そもそも議論とは何か」で、発展的な議論とはどういうものかを語り、「発言者の心得」で、発言の自由と責任、謝罪に触れている。

平易な文章で判りやすい。議論の架空の例が挙げてあるのだが、これが某巨大掲示板等で見られるような、実にありそうな応酬で笑える。「バナナはおやつに含まれるか」というのもあった(バナナについてはちょうど数日前に私が記事にしたばかりだったのでそのタイミングにビックリしたが、もちろん内容は全然違う)。

印象に残った記述としては、「議論とは話を聞くことである」、「(ネットでは人との)距離をとることを考える必要が出てきた」等々である。人と人との距離については、村上春樹が「コミットメントとデタッチメント」と言う主題で対談していたのを読んだことがあるが、私もとても興味のあるところである。携帯やネットで不特定多数の人と広く浅く関わる時代になって久しいけれど、現実の世界と一番大きく違うところは、人と人との距離の取り方だと感じる。匿名で自分の身の安全を図りながらも熱い議論が闘わされるネットの世界。現実よりも一層強い想像力(なにしろ相手のことをよく知っているわけではないのだから)と自己抑制力と、そして何よりも大らかな心を持つことが求められるようだ。

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『BJ』に出てくるお医者さん

『BJ』には様々な医師が登場する。きょうはその主なものを列挙してみる。頭につけたマークは、その医師に対するBJの好悪の感情を示す(△は、まぁ普通ということで笑)。

× ○○院長(『誤診』)
△ 保健医(『ふたりのピノコ』)
○ 古和先生(『古和医院』)
△ 酒鬼原先生(『白い目』)
× ホテルの嘱託医(『曇りのち晴れ』)
× 大病院の院長と2代目(『きみのミスだ!』)
○ 琵琶丸(『座頭医師』)
△ 山裏博士(『研修医たち』)
× 綿引博士(『きたるべきチャンス』)
△ ハンス・エンゲル(『魔女裁判』)
△ 天馬医師(『金!金!金!』)
× 王仁川医長(『ホスピタル』)
× 白拍子泰彦(『白い正義』『腫瘍狩り』)
○ 椎竹先生(『六等星』)
○ ブリリアント三世(『肩書き』)
△ ○○藪医者(『銃創』)
○ ブラック・クイーン(『ブラック・クイーン』『終電車』)
○ クーマ医師(『ブラック・ジャック病』)
△ ○○町医者(『カプセルをはく男』)
△ 黒松医師(『B・Jそっくり』)
△ ファスナー神父(『過ぎさりし一瞬』)
△ 福禄院長(『流れ作業』)
×?○? ドクター・キリコ(『ふたりの黒い医者』ほか全9作品)

他にも、忘れてはならない恩師・本間丈太郎とか、『ちぢむ!!』で原因不明の難病を解明しようとした戸隠先生とか、何かにつけてBJを案じてくれる山田野先生や手塚先生、同級生の辰巳先生などがいるが、彼らはBJのインサイドストーリーに登場する役柄ということで除外した。

「○」をつけた医師は、BJが優れた医師と認めた人物ということになるのだろうが、こうして見ると、医師としての腕というよりは「人間性」なのだということが判る。椎竹先生の奢らない人柄、古和先生の一生懸命さ、ブリリアント三世の情熱、等々である。

逆に、BJの逆鱗に触れるのは己の名誉やメンツに拘る医師達である。殊に、自分の犯した過ちを認めようとしない医師に対するBJの怒りは凄まじい。『腫瘍狩り』で白拍子に対して言う「マトモな医者なら なぜあたりまえのことができねエんだい!!」は、BJの名台詞の一つであろう。自分の正義を語ることなど決してないBJだが、患者の命より医者のメンツを優先することなど絶対に認めないという、これがBJの医者として唯一の正義ではないかと思う。

大病院における学閥の存在や上からの命令と医者の良心に葛藤する医師の姿も描かれる。『ホスピタル』での辰巳先生や『ふたりのピノコ』での保健医がそれだ。一般のサラリーマンでも、これを言ったら(やったら)クビだよな、という状況は往々にしてあるものだと思うが、医者がそれじゃあイカンのである。学閥で病院を牛耳る王仁川医長に反逆して潔く病院を去っていく辰巳先生と、遅まきながらも(だから△評価なのだが)企業を告発しようとした保健医を暖かい目で見るBJが良い! とても良い!!

最後に、ドクター・キリコに触れてみようと思うのだが、これはどう評価してよいのかわからない。絶対に△に収まるはずはなくて×か○かのどちらかなのだが……。医師として×なのは確かだ。そもそも「ヒポクラテスの誓い」の中の「依頼されても人を殺す薬を与えない。」という一文に抵触しているし、医者とは患者を生かすものだというBJの信念から言っても、キリコは「医師」ではない。「治せるものなら治す」とは言っているが、じゃあ普段は普通の医者なのかというと、その辺のことは描かれていないので判らない。

しかしつらつら考えてみるに、BJはキリコが「医者」であると認めているからこそ、あれだけ突っ掛かっていくのだろう。医者なのに患者を殺す、ということが許せないのだと思う。シリーズの中に、殺し屋が出てくる『殺しがやってくる』という話がある。狙われるのはBJ本人だが、BJを助けようと車を運転したピノコが重傷を負うハプニングが起こり、そんな中で殺し屋とBJがお互いのプロ意識を確認し合うというかなりハードな話だ。この殺し屋とBJの間にはプロ同士ならではの共感が生まれている。BJという男は、相手が殺し屋であっても心情で相通じるものがあればその存在を認めるのである。しかし、キリコを認めるわけにいかないというのは、彼が殺し屋である前に「医者」だからではないかと思うのだ。

たぶん、キリコが医者でなくただの殺し屋であれば、BJはキリコにあれだけ執着しない。医者であると同時に殺し屋というのは、またなんともの凄い役柄をキリコに割り当てたものだと、今さらながら手塚治虫の天才に感服する次第。

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60000hit きょうは、いつもお世話になっているトーレスさんの6万アクセス記念イラストを頂いて飾らせていただきます。時代劇風味です! 下帯が見えます(興奮)! 私にとって褌侍といえば平手造酒なのですが、BGMは『大利根月夜』でしょうか(誰も知らんて)。♪家じゃピノコが待つものを~♪ ……失礼しました。
およそ決闘にはなりそうもない、黒医者二人の静かなお月見風景であります。いや、この二人のことだから、最後はやっぱり喧嘩になるのかも。虫の音が聞こえてきそうな素敵なイラストをありがとうございます♪ あわせて、6万アクセス、おめでとうございまする~~♪ どんどんどんぱふぱふ。

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バナナはおやつに入りますか?

きょう、バナナを食べていて、遠足前の定番質問をふと思い出した。

この問題について日本人がどう判断しているかの調査結果がこれ。都道府県によって差異があるのがおもしろいが、沖縄県や鹿児島県の島で「おやつさ」という答が多いのは、これは日常的にバナナをおやつとして食べているからに違いない。私が一時期住んでいた鳥取県東部では、昔は丼いっぱいのカニをおやつとして食べていたという話を聞いたこともあるから、普段のおやつに何を食べるかで地域差が出るのは当然かも。……にしては、北海道最北部で「完全におやつだ」という答が多いのは如何なるわけか? サンプル数も少ないことだし、まぁこれは見なかったことにして(笑)、全体としては「バナナはおやつに入らない」というのが多数派の意見のようだ。

この判断は妥当だと思う。「上限金額が定められている中でできるだけ多くのおやつを持って行きたい」というのが前提なのだから、「明らかにおやつにカウントされる菓子類の他はおやつと認めたくない」という共通認識があって当然なのである。

だからそもそも、この質問をすること自体が愚かなことなのである。黙っていれば、バナナは食事に付随するデザートとして、おやつの枠外として持って行ける。お菓子だけを上限金額ぎりぎりまで買えるのである。下手にこんな質問をして、先生に「バナナはおやつです」なんて決め付けられでもしたら、それまでそんなに持って行きたくもなかったバナナが、持って行きたくてしょうがなくなってしまう(笑)。

皆それが判っているのか、定番とか名言とか言われる「バナナはおやつに入りますか?」を実際に見聞した経験は、私には無い。はっきり決めないほうがよいことが、世の中にはいっぱいある。

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『時代劇好きに50の質問』

きょうはたまたま見つけた『時代劇好きに50の質問』(出題:無銘○○さま)というのをやってみます。実は出題された方のサイトにリンクしようと探したのですが、見つからず……??? 無許可で答えさせていただいております。何か問題がありましたらご連絡くださいまし。恐々謹言 m(_ _)m

1 お名乗り召されい。(HN可)

 わかばにござりまする。

2 ご記憶にある、初めて見た時代劇は。(TV・映画問わず。大河除く)

 はっきり覚えているのは『新選組血風録』(1965-1966)でせうか。

3 初めて見た大河ドラマは。

 『花の生涯』(1963)だと思います。両親が必ず観ていましたが、私自身は幼児だったので内容はまったく覚えていません。
 
4 初めて見た「忠臣蔵」、大石役は誰。

 大河『赤穂浪士』(1964)の長谷川一夫だったはずです。「おのおのがた」というのを「おにょおにょがた」と言って遊びました(くだらねー)。はっきり覚えている大石役は『大忠臣蔵』(1971)の三船敏郎です。

5 初めて意識して注目した時代劇俳優(女優)は。何役の誰。

 大河『春の坂道』(1971)で荒木又衛門役だった若林豪さん。以来ずっとファンです。あと大河『太閤記』(1965)で織田信長役だった高橋幸治さんも忘れがたいです。秀吉を「猿!」と呼ぶ口調がカッコよかったです。
 
6 最も好きなTV時代劇は。(大河除く。)

 『仮面の忍者赤影』です。

7 ↑の見所は?

 赤影様のカッコよさにつきますが、今観てもまあとにかく楽しいです。CG無しでよくあんな作品が作れたなと思います。技術じゃないんだ心意気なんだ!

8 最も好きだった大河ドラマの題名は。

 『独眼竜正宗』(1987)です。「梵天丸もかくありたい」は名台詞です。
 
9 単発のスペシャル時代劇で一押しは。

 『鬼平犯科帳』です。原作も大好きですが、原作と比べても遜色無い出来なのではないでしょうか。

10 ↑の見所は?

 長谷川平蔵のお人柄。ドラマ全体の雰囲気も、緩急の付け方もとても良いです。

11 おなじみ「忠臣蔵」で、一押しの名場面は?

 やっぱ討ち入りでしょう。
 
12 おなじみ「忠臣蔵」に出演できるとしたら、何役希望?

 吉良邸の隣の屋敷の主人。討ち入りを見て見ぬ振りをする人。誰だっけ……?

13 あなたが最も好きなヒーロー(主役)は誰の何役?

 坂口祐三郎の赤影。

14 剣豪・武将役で、一押しは誰の何役?

 若林豪の荒木又衛門とか柳生十兵衛とか。
 
15 殺陣が一番決まってた役者は?

 高橋英樹、三田村邦彦 等々。
 
16 殿様役(奉行除く)で、一押しは誰の何役?

 松平健の徳川吉宗ですかね。 
 
17 お奉行で、一押しは誰の何役?

 加藤剛の大岡越前。
 
18 お公家(帝含む)で、一押しは誰の何役?

 成田三樹夫の烏丸少将文麿。
 
19 十手持ちで、一押しは誰の何役?

 藤田まことの村上主水。

20 忍者・隠密・密偵役で、一押しは誰の何役?

 坂口祐三郎の赤影はさっき答えたので、その敵役を答えます。天津敏の甲賀幻妖斎。昔は怖かったけど、いま観ると渋くてカッコいい。甲賀忍者の頭領です。
 
21 敵役(身分を問わず)で、一押しは誰の何役?

 あ、しまった。一つ上で答えてしまった。ん~じゃあ~、山口馬木也の鳴神の夜叉王丸(鬼若のライバルだったころ)。
 
22 ベストライバル(主役VS敵役)は?

 飛騨の赤影 vs 甲賀幻妖斎。 
 
23 ヒロイン(身分問わず)一押しは誰の何役?

 ヒロインなんかあんまり眼中にないんですが(笑)、『斬り抜ける』の和泉雅子の菊役は印象に残っています。綺麗だったですよぉ~~。作品は究極のラブストーリーだったと思います。
 
24 脇役で一押しは誰の何役?

 高橋元太郎のうっかり八兵衛。ほっとする(笑)。
 
25 そのほか、ぜひ訴えておきたいベスト配役は?

 中村敦夫の木枯らし紋次郎。あの泥臭い殺陣は最高だった。渡世人の世界ってハードなんだなぁ。
 栗塚旭の土方歳三。土方役はあの人以外に考えられない。
 中村吉右衛門の長谷川平蔵。色っぽいやね。
 あと、用心棒の先生役の福本清三を忘れちゃいけませんね♪ 世界一の斬られ役です。

26 時代劇の主題歌・主題曲で好きな音楽は?

 『鬼平犯科帳』のED曲「インスピレィション」(by ジプシー・キングス) 。

27 好きな時代劇脚本家は?

 結束信二

28 その脚本家の代表的時代劇は?

 『新選組血風録』

29 忘れられない名台詞は?

 「てッめッたッちゃ人間じゃねえや! 叩ッ斬ってやる!」
   (萬屋錦之介の『破れ傘刀舟悪人狩り』より)
 
30 好きな大道具・小道具は?好きな理由は?

 『必殺!』シリーズで山田五十鈴が持っていた三味線。凶器になるんだけど、糸が邪魔になるんじゃないかと気になって(笑)。
 あと『木枯らし紋次郎』の長い楊枝もカッコよかったな。

31 劇中に出てきたもので「おいしそうだなあ」と思う食べ物は?

 『鬼平犯科帳』に出てくるものは残らず美味しそうだと思う。
 
32 好きな刀の銘は?

 菊一文字
 
33 ちなみにその刀は、誰の差料として有名ですか?(役名可。)

 沖田総司

34 時代劇映画の一押しは?(名画「七人の侍」は別格とし、除きます。)

 思いつきません。

35 その映画のみどころは?

 (無回答)

36 20世紀の傑作映画「七人の侍」について一言どうぞ。

 志村喬の魅力に尽きるかな。ああいう頼れるリーダーにならついて行きます。

37 舞台等で、時代劇俳優を実際に目の前で見たことがありますか。誰ですか。

 『天守物語』(坂東玉三郎主演)で真田広之を見ました。
 
38 彼ら(彼女ら)はTVや映画など映像で見ている時と比べて何か違いはありましたか。

 そんなとこまでは判りませんでした。

39 「この場面は恐らくここで撮っている」番組名とロケ地情報をどうぞ。

 東映太秦映画村の町並みなら観ればなんとなく判ります。

40 つい、何度もリピーターとして訪れてしまう、史跡・時代劇スポットを教えてください。 (ピンポイントで。広範囲地名は不可。×「京都」)

 東映太秦映画村!! 2回しか行ったことないけど……(泣)。行きたいよう~~!!
 
41 日常、つい使ってしまう時代劇的な言葉はありますか?どんな言葉ですか。

 「お主も悪よのう」ってのは、たまに使ってるかも。
 
42 時々、冗談でまねしてしまう、 時代劇の一場面がありますか?

 ありません。 

43 生活に取り入れている時代劇的な事項がありましたらどうぞ。

 これといってありません。
 
44 最近の時代劇低迷について一言どうぞ。

 これを語り出すと長くなりそうなんですが……。残念だと思っています。私はチャンバラが好きなので、ちゃんとした殺陣のできる俳優さんがいなくなりそうなのが寂しい。ずっと伝えていってほしいと思います。
 
45 将来の時代劇を担えそうな若手俳優をご紹介ください。

 原田龍二、山口馬木也。
 
46 見たいのにまだ果たせないでいる、あなたの「幻の時代劇」を教えてください。

 『眠狂四郎』シリーズです。市川雷蔵でも田村正和でも、まだ観たことがありません。
 
47 それは、どういう情報を得て、見たいと切望しているのか、お聞かせ下さい。

 市川雷蔵の狂四郎は絶品だと聞いているので。原作も大好きでしたし。
 
48 今から24時間以内に見る予定の時代劇を教えてください。(録画も可)

 ありません。

49 あなたはなぜ、時代劇にこんなにも惹かれるのでしょうか。

 花も実もある絵空事だからです♪

50 時代劇の前途が明るいよう祈念して、最後に一言お願いします。

 『仮面の忍者赤影』のような、大人が観ても楽しめるような時代劇、カモーン!!

                          -回答終了-

……重要な作品をいっぱい忘れているような気がするのですが、思い出せません。私が子どもの頃はとにかく毎日のように時代劇をやっていたように思います。『鞍馬天狗』『文吾捕物絵図』『天下御免』『鳴門秘帳』『旅がらすくれないお仙 』等々、いろんな傾向のものがあって、私自身は大河のようなちゃんとした歴史ドラマよりも、勧善懲悪、荒唐無稽な時代劇のほうが好みでした。『木枯らし紋次郎』や『必殺!』シリーズのようなアヴァンギャルドなものも。ああいう時代劇がもう一度作られたら嬉しいと思います。時代劇、頑張れ!!

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法事饅頭

昨夜の『秘密のケンミンSHOW』で、「島根では法事の引き出物に、饅頭ではなくあんパンを使う」というのがあった。

他県の皆様には衝撃的だったようだが、こちらではごく一般的なことだ。とはいえ、一度法事に行くと10個ものあんパンを頂くので、家族だけではとても食べ切れるものではなく、ごく親しい人に配ったりする(なにしろ袋にドーンと蓮の花がプリントしてあるので誰にでも差し上げられるものではないのだ)。番組ではクリームパン、メロンパン、クロワッサンなどもあると紹介されていたが、更に新しいバリエーションとしてはカステラというのもある。うちも今度の法事ではカステラを使う予定だ。

法事饅頭が法事パンに代わったのは昭和40年代くらいからだと番組内では言われていた。ただこの法事饅頭というのが、他県で言うところの法事饅頭と同じものかどうかは疑わしい。こちらで「法事饅頭」と言えば、あんパンを少し平たく押しつぶしたような大きさ形状で、真っ白で、赤や緑で大きく蓮の花が描かれているかなり毒々しいシロモノだ。皮の食感も饅頭というより蒸しパンに近い。最近めったにお目にかからない(あんパンに取って代わられた)が、ごく稀にそれこそお裾分けで頂くことがある。味は……一畑薬師で売っている「一畑饅頭」と似ている。(←ローカルな譬えで申し訳ないが、他に何とも言いようがない。)

「饅頭→パン」の変遷の中間にこの法事饅頭を置けば、他県の皆様にも納得していただけるかもしれない。

Photo_2 ←とてもよくわかる図解(笑)

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全国学力テスト

4月に文部科学省が実施した43年ぶりの全国学力テストの結果が、都道府県別にランキングされ公表された。昨日来ニュース等では、やれ国語では全国平均より何ポイント上回っただの、やれ平均的な順位だっただのと喧しい。下位にランクされたところの教育委員会はさぞ頭の痛いことだろう。そして総評として、基礎的な知識は定着しているが応用が弱いとのこと。

……で、それだけかい? というのが正直な感想だ。そもそもこのテストは、学力の低下が問題視された結果、その原因がどこにあるのかということを探る資料となるべく実施されたものであったはずだ。地域間格差、生活格差や生活態度等々と学力との関連性は今回の結果からも読み取ることはできるだろう。しかし例えば43年前のテストとの比較はされたのだろうか。問題の難易度は同等だろうか。同等であったとすれば、43年前の児童・生徒と今の児童・生徒の成績はどちらがどうだったのだろうか。

こんなニュースも目にした。小学校の算数に「台形の面積の求め方」「3けた×2けたの掛け算」「小数点第2位までの掛け算」等を復活させるという(今までは教えていなかったのか!と私は逆に驚いた)。他にも、高校に遅らせているものを中学に、中学に遅らせているものを小学校に戻す動きがあるらしい。

どうもこういうニュースを見る限り、いまの教育指導内容自体が昔よりも程度が低い、もしくは量が少ないようだ。ということは、その内容でそこそこの成績だったとしても、以前と比べて学力は落ちているのではないかと思うのだが……。

先日読んだ『疲れすぎて眠れぬ夜のために』(内田樹著)の中に次のような一文がある。偏差値について述べた部分であるが、「30年前の偏差値70と現在の偏差値70は、同じ70であっても、実質的な内容が違います。絶対学力は明らかに低下していますが、当たり前だけど、そのことに中にいる人間は気がつかないのです」。

この学力テストの結果からどんな指針が見出されるか、これから行われるであろう詳しいデータ分析の結果を待つ。

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写真をいただきました。

10月18日のエントリ「日常の危険」中で触れた某国のトイレについて、某様が写真を提供してくださいました。私の文章だけで状況がわかってもらえるだろうかと危惧していましたが、写真を見れば一目瞭然です。どうぞご覧になってみてください。

某様、本当にありがとうございます!!

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SF50年

先日録画しておいたNHK『ETV特集 21世紀を夢見た日々~日本SFの50年~』を観た。「SF文学から音楽、映画、アニメ、そしてオタク文化へとつながる歴史を追う」という謳い文句だったので、50年のSFの歴史を通史的に見るのかと思っていたら、番組の大半は「SF第一世代」と呼ばれる日本のSF界の大御所たちの奮闘振りを描くことに割かれていた。

日本にSFのファンクラブが生まれて50年、伝説的なSF作家たちのグループ「SF作家クラブ」が結成されて45年なのだそうだ。『鉄腕アトム』や『エイトマン』を観て育った私にとってはSFというジャンルは身近にあるのが当たり前のもので、もっとずっと以前から日本にあったのかと思っていたが、まさにその創成期の作品を観ていたのだという事実を今回初めて知った。ラッキーだったナ♪ 

「SF作家クラブ」には錚々たる顔ぶれが並んでいる。小松左京、半村良、福島正実、星新一ら11人で発足。後に、筒井康隆、豊田有恒、平井和正、眉村卓等々、そして我らが手塚治虫も参加している。小説家だけでなく漫画家や映像関係者にも広く門戸を開けていたわけだ。もちろんその当時は20~30代の若手作家ばかり。月1回程度皆で寄り集まっていたらしいが、科学の話をするだけではなく旅行などにも行ったりして、なんだかとっても楽しそうだ。純文学の作家とは一線を画すものとして認識されていたようなのが、いかにも創成期らしい。何事でもそうだろうが、新しい分野を開拓しようという意気込みとエネルギーというのは良いものだと、憧れを持ってそう思う。

番組では先に挙げた『鉄腕アトム』や『エイトマン』(克美しげるの歌声がばっちり聴けた)の他に、『スーパージェッター』『ウルトラQ』『タイムトラベラー(原題:時をかける少女)』『謎の転校生』『宇宙戦艦ヤマト』『ガンダム』等々が紹介されていて、なんとも懐かしかった。

今のSF作家たちは「SF第三世代」なのだそうで、その代表として漫画家、CMディレクター、アニメ監督の3人が語っていた。もうたいていのことはやりつくされているので、今はディテールと心理描写に凝る傾向があるという話には、よく知らないながらもなんとなく納得。ここで『エヴァンゲリヲン』などが紹介されていた。しかし、アニメ監督が言っていた「やっと世間のほうが追いついてきた、ざまぁみろ」的な発言にはちと不快感を覚えた。それは第一・第二世代の作家たちが頑張って築き上げた土壌があるからだろう。文壇で異端視されながら、こんな荒唐無稽な漫画は悪書だと作品を燃やされながら、それでも当時の小説家や漫画家が頑張ってきたおかげだろう。最初からすんなり作品を受け入れられてきた第三世代の作家が言うべき言葉ではないような気がしたことを書きとめておく。

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オタクの誇り

「初音ミク」を巡る騒動については、先日のエントリに対する奥州亭三景さんのコメントでおおよそのことを知ることができた。感謝すると同時に、軽々しく「ほっときゃいい」なんて書いたことについて、もしも感情を害されるようなことがありましたら、ここに深くお詫びいたします。m(_ _;)m

この件にはどうやら2つ乃至3つの要素があるようだ。「某バラエティ番組での扱われ方」「Wikipedia削除依頼」「Google画像検索不能」の3つで、後の2つについては著作権が絡んでいるような趣きもあるが、はっきりしたことがイマイチ判らない。ので、1番目の問題だけに絞って触れてみようと思う。三景さんが怒っておられたのもまさにこの点だと思うので。

T○S局は、情報操作という点で最近とみに話題になることが多いようで。報道は真実を追求するものだというジャーナリストの基本に悖る姿勢は、攻撃されても仕方がないと思う。たぶんそういう偏った考え方のお偉いさんがいるのだろう。某番組も本来なら「初音ミク」という技術の紹介のはずだったのがそういう方向へ行ってしまったというのは、企画のコンセプトさえ満足に伝達できない力量しかないということで、お粗末と言うほかはないのだろう(私は観ていないので明言はできないが、祭り状態にまでなっているというのはきっとそういうことだと思う)。

要は、いわゆる「オタク」の誇りを傷つける内容であったということだ。特定の人物、団体等をわけもなく公共の放送で貶めてよいわけがない。だから、三景さんのように抗議文を送るというのは正しい一つのやりかただと思う。糾弾しなければ局側は一切気付かないのだから。あるいはもう一つやり方があって、完全無視というのがソレだ(祭りとなってしまった以上、これは既に取れない方法だけれど。そして三景さんの取られた正攻法に対しては邪道だと思うけれども)。私は若干「オタク」の傾向がある程度で胸を張って言えるほどの「オタク」ではないのだけれど、「オタク」には「オタク」なりの自負と誇りがあると思う。ならば、「あんたらに判ってほしいとは思わない」という態度でもよいのではないかと思うのだ。

「オタク産業」がどれほど日本の経済に寄与しているか、おそらくT○S局はそんなリサーチもしていないに違いない。それくらいズレた感覚の持ち主など「ほっときゃいいんじゃない?」ということで、ああいう文章を書いたものである。その番組を観た視聴者に偏見を植え付けることは懸念されるが、そういう情報を鵜呑みにする視聴者だってその程度のものだから相手にしないでよいという気がする。

その後の追跡調査をしていないので、この問題がどうなったのか知らないのだが、T○S局に対して益々心象が悪くなったのは確かだ。某横綱に対しても取材をしたと言うし、ジャーナリズムの基本ができていない、品も節操もないテレビ局だと思う。猛省……なんかしないんだろうな、きっと。

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辰巳先生

いろいろ気懸かりなことはあるけれど、きょうは1日完全休養日に当てると決めて、録り溜めた録画など観て過ごしました。その中に2006年の「つま恋」コンサートのドキュメント番組がありました。ゲストのムッシュかまやつと吉田拓郎の『我が良き友よ』が途中まで収録されていましたが、それを聴いてあらためてこれは名曲だと思いました。私の歳でもそう思うのですから、団塊の世代を中心とした世代には自分の思い出とオーバーラップして更に堪らないだろうと思います。

調べてみたら、この歌がリリースされてヒットしたのは1975年春。『BJ』の連載で言えばちょうど「友よいずこ」(1975.11.24号)が描かれた年でした。この文語調のタイトルも、あるいはこの歌にインスパイアされたものかもしれません。私の計算でいくと、吉田拓郎とBJの年齢差は2歳。BJの方が下です。

『我が良き友よ』は大学時代の友人を歌った歌です。恋をし、家庭教師のバイトをしていた友人、下宿で語り明かす 家族よりも近い仲だった友人、そして今は行方不明になっている友人を懐かしむ歌です。間久部を彷彿とさせる部分もありますが、大学時代にBJと仲の良かった友人と言えば、やはり辰巳先生でしょう。#151「ホスピタル」と#153「フィルムは二つあった」に続けざまに登場します。前者ではBJの腕を借り、後者では逆にBJの影武者として尽力する役です。この後、#171「壁」にも出てきますが、そのときには辰巳先生の役ではなく、中学校の先生役でした。せっかくBJの友人という美味しい役をもらっていたのに、この降格はちょっと可哀想。BJには親友など設定せず、あくまでも孤独の影を背負わせようという意図でもあったのでしょうか。

この辰巳先生を嫌いな人はあんまりいないんじゃないでしょうか。頬っぺたに描かれた渦巻き模様のせいか(何なんでしょうあれは?)、あまり「切れる男」というイメージはなく、朴訥で気が良くて且つ熱血な男という感じです。ここから先は妄想ですが、医大にも何年か浪人して入ったんじゃないかと思います(笑)。BJ(この時代はまだ黒男ですね)と親しくなったのも、ポリクリで同じグループだったとか何とかがきっかけで、優秀だった黒男に学業の面で何かと世話になったりしたんじゃないかな。黒男の下宿に押しかけてきて、拝み倒してレポートを書いてもらったりとか。黒男が2人分のレポートを書いている間に、後ろで酒飲んでそのままグースカ寝てしまったりとか。そうかと思うと、「如月さんのことが好きだろう」とか妙に図星なことを言って黒男を赤面させたりしていたんじゃないかと思います。

すみません。きょうは妄想路線まっしぐらですが、BJ先生にも『我が良き友よ』の歌のような青春の1ページがあったらよいなぁと思ったもので……(汗)。

  ……
  ああ 友よ 良き奴よ
  今の暮らしに 飽きたら二人で
  夢を抱えて 旅でもしないか
  あの頃へ

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(備忘録071021)

なんか肩が凝るなぁ、と思っていたら、歯は浮くし身体の節々は痛いしで、どうやら風邪を引いたようです。オプションで時々悪寒。

ずびばぜん。きょうもお休みです。m(_ _)m

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(備忘録071020)

すみません。きょうはクタクタで頭が働きません。記事はお休みします。昨日の記事に頂いたコメントへのレスも、後日にさせてください。

本当にすみませ~~ん。m(_ _)m

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いま話題の……

「初音ミク」の「君が代」とか「水戸黄門」を聴いてみた。選曲がちょっと変? へぇ~、IT技術はここまで進歩したんだね、というのが唯一の感想。好みの声ではないので(声優さん、ごめんなさい)買いたいとは思わない。声も自由に変えられるのなら面白いだろうけど。キリジャ、辰黒のデュエットとか……(腐)。

で、いま何が問題なのかよく判らないのだけれど、某バラエティ番組での取り上げ方が酷かった、ということ? なんかヲタク批判のような内容だったそうで。ほっときゃいいんじゃない?

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日常の危険

先日、某様のサイトで、某国の奥地にある湖に突き出した突堤の、そのまた横っちょに張り出した、申し訳程度の壁しかないトイレの写真を見た。当然、下は水。排泄物はそのまま魚の餌になるのだろう。屋根もなく、その建造物自体が下からの支柱で支えられているわけでもない。どういう仕組みで突堤から突き出ているのか不思議だが、とにかくそのトイレは湖面から数メートルの上空に浮いていて、おまけに心なしか傾いているように見える。日本ならば安全性に問題ありという理由で絶対に許可されない構造物だろうが、某国ならOKである。届け出てさえいないだろう(笑)。

Toilet それで良い、と私は思う。たまたま自分が用便中にトイレごと湖に落ちるようなことになったら、そういう運命だったのだと諦める。外から見ただけでその危険性が判るのだから、入る前に必要なのはその覚悟だけだ(笑)。

国内でまたエスカレーター事故があった。エスカレーターだけではない、エレベーターだってジェットコースターだって学校の遊具でだって事故は頻繁に起きる。その度に安全性が問題にされ、事故の再発防止のために物理的、法律的に対策が講じられる。やれることは全部やればよいと思う(だんだん法的に縛りがキツクなるのはどうかと思うけれども)。しかし、それだけでは絶対に事故はなくならない。怪我をした人達にはたいへん酷な意見かもしれないが、利用する者が常にその危険性を意識することが絶対に必要だと思う。

某国のトイレと違って、あまりにも日常的な風景になりつつあるこれらの装置(一見、安全そうに見える)に対して、どれだけの人が危険性を感じているだろう。いや、意識しようとしているだろうか。たとえ意識して、(これはちょっと危なそうなモノだな)と思っても、これだけ多くの人が利用しているのだから、まさか自分が利用しているときに事故なんて起きるはずがないと、何の根拠もない安心をしていないだろうか。それで、いざ事故に遭うと文句を言う。そりゃあおかしいだろうと私は思う。何の根拠もないかもしれないけれどいちおう信用したから利用したんだろう。ワケもなく信用した自分に責任はないのか。

人間が予測できることなんてほんの僅かなことしかないと思う。危険はどこにでも転がっている。想定をはるかに超えた負荷がかかることだってあるだろう。この金属の部品は新しいから大丈夫と100%断言できる人がいたら、私はその人を信用できない。そんなことが言えるのは神様だけだ。

……とまぁ、こういうことを言っていると、近代的な設備は何も利用できなくなる。自動ドアが突然閉まって挟まれるんじゃないか、なんて思っていたら永久に建物の中に入れない。そこで適当に妥協するわけだが、最初に書いたように、危険を察知する能力と、いざというときの覚悟というものは常々確認しておいたほうが良いと思う。最終的に自分の身を守るのは自分なのだから。ほかの誰でもないのだから。

【追記】文中の「某国のトイレ」について、某様より写真の掲載許可をいただきました。ありがとうございます。

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(備忘録071017)

頭上で雷が鳴っているので、PCの電源を落とします。おやすみなさい。

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(備忘録071016)

・先日のタイトルマッチの件で亀田親子にそれぞれ処分が下ったそうだ。関心がないので中継も観ていなかったし、これまで亀田親子というのはただの目立ちたがりの露悪家だと思っていたのだが、恥ずべき反則行為をして、もしもそれで勝ったとして、それで満足するような性根の連中だったとしたら、スポーツマンとして失格だ。

・とある宗教団体が集団で暴行殺人をはたらいたとか。これでまた宗教は恐ろしいという風潮になるのだろうが、恐ろしいのは宗教ではなくて、その集団に属することによって自己を失くしてしまうことだ。

・『疲れすぎて眠れぬ夜のために』(内田樹著)を読書中。読み応えがあって面白い。読了したら感想を書いてみよう。

・トラックバックスパム……なんとかならぬものか。卑しい奴らじゃのぅ。いちいち削除するのも面倒なんだよ。いや、面倒以前に、すご~く厭な気分になるんだよ。

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BJの癖

月曜日は『BJ』語り。1時間でどこまで書けるか。

「なくて七癖 あって四十八癖」とか言いますが、BJ先生の癖ってハテ何だろうと考えてみました。

口癖は「ナム三」というのがありますね。2~3度言っているのではないでしょうか。正しくは「南無三宝」で、「三宝」とは「仏法僧」のこと。驚いたとき、失敗したとき等に三宝に救いを求めるという意味ですから、欧米流に言えば「Oh, My God!!」となるんでしょう。

性癖として、傷口を見ると放っておけずムラムラと治したくなるようです。生きた人間だけでは飽き足らず、ミイラの傷まで治しています(「のろわれた手術」)。

手術の後にイビキをかいて寝る癖もあります。救急車の中で緊急のオペをやった後、入った一杯飲み屋でオヤジに熱燗を頼み、お燗がつくまでの間にカウンターに突っ伏してグーグー寝てしまうシーン、私の密かなお気に入りです(「がめつい同士」)。ただし、BJ先生が寝るのは手術が上手くいったときだというピノコの証言があるので(どの話か失念)、不安が残るときには起きているのかもしれません。

あとは悪癖中の悪癖、ストーキングというのがありますね。これは結構やってます。思いつくままに挙げてみると……。

一番距離が長いのが「アリの足」で広島から大阪まで。
「めぐり会い」で如月先生の背後100mをヒタヒタと。
「しずむ女」でヨーコの家まで。
「終電車」でブラック・クイーンの後を追って。
「ピノコ・ラブストーリー」でピノコの後をつけてキスシーンを出歯亀。
「コマドリと少年」ではコマドリを(笑)。
「笑い上戸」ではゲラの家まで。
「古和医院」でバスを途中下車して古和医院まで。
「B・Jそっくり」で新宿駅からどこかの山まで。
あと、もしかしたら「最後に残る者」でもキリコの後を尾行したのかも。

普通の人間ならちょっと一言言うか訊くかして解決するときに、BJ先生はストーキングという手段に出ます(笑)。そんなに人と接触するのが嫌なのかしらん。結構お節介な性格のくせにネ。ストーリーになった話だけでもこれだけあるのだから、結局どうということはなかったなんていう、ストーリーにならなかった空振りのケースも他に山ほどあるに違いないと思います(笑)。

誠意を見せてほしいばっかりに大海原を漂流までする「黒潮号メモ」や、オペ代の取立てのために相手について回る「がめつい同士」なんかも、ストーカーの面目躍如です。「満月病」もその範疇かな。大切な女性を悪漢の手から守るという意味で「めぐり会い」にも通じるものがあるお話です。

……ここでタイムアップです。他に何か癖がありましたかね?

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「KY」

最近、「KY」という言葉があるそうで。「空気 読めてない」の頭文字だそうだが、じゃあ「空気 読めてる」場合はどうなるのか? この伝でいけばやっぱり「KY」なんじゃないのか。変な言葉だ。

お笑いの芸人さんの言葉が一般化したものではないかと思っているのだが、要するに「その場の雰囲気がわからない」→「その場にそぐわない言動をしてしまう」人を指摘して言う言葉だろう。

昔からそういう人は居た。それでもことさら「KY」などという言葉で揶揄するようなことはなかった。こんな言葉ができたということはつまり、今の世の中のほうが何かにつけ許容範囲が狭いということではないかと思う。みんな平等横並びという思想のもとに育った人達は、ちょっとでも人並みから外れた言動をすることを恐れているのかもしれないとも思う。寂しいことだ。

こういう言葉を使うのは例外なく若い人達だ。だから「KY」という言葉を使うことそのものの狭量さに気付いていない。こういうことは各世代間の交流があって初めて気付くことだろうと思う。「KY」の人を貶めて自分はいい気分かもしれないが、その自分がちゃんと読んでいるはずの空気自体がものすごく狭くて自分本位に偏ったものである可能性を考えたことはあるか? 違う世代の人達がいる、馴染めない空気の中に入っていく勇気はそもそもあるか? 自分の気の合う仲間内だけの空気を読んで、ちょっと外れた者を「KY」と呼ぶ愚かさには気付いてもよいと思うよ。

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午前3時過ぎ、震度4。つい先ほど震度3。島根県東部を震源とする地震が続いている。最初のドン!と突き上げるような縦揺れがけっこう大きい。

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シュレディンガーの猫

母と話していて、いま彼女はどっちにいるのだろうと思う。「どっち」とはつまり、父がまだ生きている世界と、亡くなっている世界だ。父の遺影を見て「どうして死んでしまったのか」と涙ぐんでいた彼女が、数分後には「お父ちゃんはまだ退院できんのかねぇ」と言う。その数分の間に彼女の脳内では劇的にスイッチが入れ替わっているのだろうが、傍目にはそんなことは判らないから、どっちの状況で来られてもそれなりの対応をする。でないと、こっちの身がもたない。

父ははたして生きているのか死んでいるのか? 母の頭の中では100%そのどちらかで中間などない。しかし母に応対する周りの人間の脳内では、父は50%生きていて50%死んでいる。……まるで「シュレディンガーの猫」だ。

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『火の鳥2772』

位牌を買いに行ったり施設を見に行ったりと相変わらずバタバタしながら、『火の鳥2772』(手塚治虫原作、御厨さと美作画)読了。

1980年に劇場公開されたアニメ映画『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』のコミカライズ本。待望の復刻版である。私は当時映画を観なかったが、何故だかあらすじもオルガも知っている。「月刊マンガ少年」を立ち読みしたんだろうか(覚えがない)?

071012 労働キャンプの所長役で出ているブラック・ジャックが、映画とは全然違った絵柄でめちゃくちゃ渋い。はっきり言って別人だが、生き様(死に様か)がカッコいい。この人はいつも良い役をもらっているな、という印象。火の鳥はとっても怖いし、ロックは悪役。う~~む(汗)。機会があればDVDも観てみよう。

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ん? 写楽が『月光花』を歌う? キリコが『キューティーハニー』を歌うですと?! 頑張ってるなぁ『百歌声爛』。BJ先生も何か歌ってくれないかな。

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びっくりして嬉しくて

今日はあちこち出掛けて、やっと7時頃にスーパーへ飛び込んで、残り少なくなっている2割引き~半額のお惣菜を物色していたら、20代くらいのお嬢さんから「あの~」と声を掛けられた。「はい?」と振り向くと、「以前、○大学の看護学科で文献検索の講義を受けたことがある者です」とのこと。思わず、持っていた半額のポテトサラダを元に戻した(笑)。

医学図書館員だった頃、学生にオリエンテーションや図書館学の講義をしたことがある。そのとき私の話を聞いたという(気の毒な)学生さんだった。今はこちらの病院で働いているとのこと。「レポートや論文の書き方を一から教えていただいて、とても助かりました。ありがとうございました」と言われて、なんかもう、ね、嬉しくて涙が出そうになって困った。

私でも人様のお役に立てることがあるんだなぁ。何年もたってから、こんな思いがけない場所で、ふっとそんな嬉しい言葉をかけていただけるなんて。元レファレンス・ライブラリアン冥利に尽きる。こちらこそ「ありがとう!」の気持ちでいっぱいだ。本当にありがとう!!

「じゃあ」と別れてから振り向いたときにはポテトサラダが無くなっていたけれど、いいさ、隣のきんぴらを買って帰るさ。明日の朝、私はトーストときんぴらを幸せな気分で食べることだろう。

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「公式」?

きょうは、久々のネットサーフィンで見つけた軽い話題など。メールをお出ししたい方々もおられますが、ちょっと今日は失礼させていただきます。m(_ _)m

まずは『BJ』関連で見つけたニュース2つ。

・ピノコレ(ピノココレクション)
写真が小さくてわかりにくいけど、モデルノより可愛らしい感じ。
私はキュージョンのBJが欲しい。あ……キューピーちゃんを買ってきて自分で作ればいいのか。

・投稿サイト「Open Post」
これは新しいクリエイター発掘を目指すものらしいが、来年の手塚治虫生誕80年にも弾みをつける企画かもしれないと思ったりした。どんどんやってほしいが、見出しの「『公式』2次創作」という言葉にちょっとひっかかった。以下、そのことについて少しだけ……。

「公式」2次創作……。公式の2次創作。なんか違和感を覚えるのは私だけだろうか。誰がそう認めると「公式」になるのだろう? そう認めることのできる人は原作者以外にありえないと思うのだが、原作者がそんなことを認めるシチュエーションてどんなのだ? 手塚治虫がたとえ生きていたとしても、誰かに「あなたの作品は公式の2次創作だよ」と言うわけがないと思うし、亡くなっていればなおさら言えるはずがない。

先般のアニメ『BJ21』(あれは私は2次創作だと認識している)は手塚眞が監督で制作したのも手塚プロだったから、正統な後継者たちが作ったという意味で公式に近かったかもしれないが、「ジョルジュ」の綴りを見た日から私にはそうは思えなくなった(笑)。キリコがファーストネームというのも、私は絶対認めない。だって、「黒男先生」とか「泰彦先生」って言ってるのと同じだよ「キリコ先生」。死神の化身、暗殺者の凄味も何もあったもんじゃない。ファーストネームなんて誰も知らない謎めいた「ドクター・キリコ」のほうが断然カッコいい。

だから、変に「公式」なんて認めないほうが良いと私は思う。原作だって、連載時にはBJの身長すら明らかにはされていなかった(と思う。もちろん手塚治虫の頭の中ではちゃんと設定されていたのかもしれないが)。今はなんか身長も体重も決まっているようだが、そういうのは「キャラ萌え」という風潮に乗ってしまった結果の後付けで、どうだかなと私なんかは思ってしまう。読者が自由に想像できる余地は多いほうがよい。2次創作だって「公式」だ何だ言わずに自由にやりゃあいいじゃん、と思う。

あと……、月曜7時は『ヤッターマン』が帰ってくるそうで。『ルパン三世』でも『宇宙戦艦ヤマト』でもなくて『ヤッターマン』だそうですよ全国の女子高校生の皆様。タイムボカン・シリーズ全部やればいいのにな。こういう単純なアニメ、大好き!

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Long Goodbye

一週間ほど前、つくづくと父の目を見たとき、もともと明るい茶色だった瞳が光線の加減か少し緑がかった色に見えた。どこかで見たような色だなぁと思っていたが、アニメのドクター・キリコの目の色だったと後で思い出した。

その父が4日に はかなくなり、6日にお葬式を済ませた。

容態が変わったとの連絡があって、夫と母とで駆け付けたときには間に合わなかった。病室のドアは開いていて、真っ先に目に入ったものは、ここ数ヶ月見慣れたモニターだった。前夜最後に見たときは確かに呼吸や心拍を示していた波形がただの直線となって大きく「0」を表示しているモニターと、その向こう、朝日の射す明るい室内でひとり父がベッドに横たわっている静かな情景を、私はおそらく一生忘れない。

まだ普通に暖かい額を触りながら「ちょっと遅れた。見送れなくてごめん」と言ったら、「ワシは行くけど元気で暮らせよ」と言われたような気がした。前夜「魚が待ってるから早く釣りに行かないと」と言ったとき「ああ」と楽しそうに微笑んだ顔そのままだった。

しばらく家族だけの時間があって、その後は看護師さんやら栄養士さんやら介護士さんやらが次々と病室を訪れて、語りかけたり優しく髪をなでたりして別れを惜しんでくださった。「人気者だったんですよ」「朝一番にいつも挨拶に来ていたんです」などと涙ながらに思い出を語ってくださったのが何より嬉しかった。

痩せこけてはいたがとても綺麗な死に顔だった。その後の通夜や弔問に訪れた親しい者たちが口々に「よく見るといい男だったんだね」と言い、母までが「本当だね~」と言っていたのが可笑しかった。生前に本人に言ってやったら喜んだろうにね。

折悪しく喪主となる兄が4日まで出張で遠方に出かけており、帰ってきたのは5日になろうという夜中。葬儀までのおおよその段取りや手続き等は業者さんと相談して私がやった。協力してくれた夫には心から感謝している。なにしろ初めてのこととていろいろ不手際はあったと思うけれど、どうにか葬儀も終わり、その折に多くの方々からかけていただいた優しいお言葉に改めて胸がせまった。昨日は兄を手伝って芳名帳の整理をした。そこまで終わって安心したのか、ここ一週間ほどろくに寝られなかったのが、昨夜は夢も見ずにぐっすり眠れた。悲しさを感じる暇もなかったのが、今日やっと落ち着いてひとりで父を偲ぶ時間ができた。

長い間、ありがとうね。
いろいろ至らない娘で、本当にごめんね。
もう身体をさすってあげられないけど、
今はきっともうどこも痛くないよね。
どうかそっちで安らかに眠ってください。
あなたの娘は、明日からも、こけつまろびつ
元気に生きていきます。
あなたの子どもに生まれて幸せでした。
大好きだったよ。
ううん、今でも、これからもずっと、
大好きだよ、お父ちゃん。

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一休み

ちょっとバタバタしそうなので、しばらくの間、ブログをお休みいたします。

近いうちに再開予定です。

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コレクターではないけれど

私が大学生の頃までは、町に貸本屋さんというのが確かにあった。我が家の近くにも一軒あって、2坪ほどの店内の天井から床までびっしりとコミックスが並んでいた。一般の本屋さんで立ち読みをしていてもハタキで追い払われるようなことはなかったが、その貸本屋のオヤジさんはすぐにわざとらしい咳払いをしたものだ。1冊数十円で数日貸す薄利の商売なのだから無理もない話かもしれない。しかしこっちだって少ない小遣いの中から費用を捻出しなければならないのだから、友達数人とドヤドヤと訪れて敵の注意力を分散させておいてその隙にこっそり立ち読みをするなどの知恵を絞ったものだ。数日通い詰めれば1冊読破できる(せこいなー)。

つまり、その頃の私の頭の中には、漫画を買うという発想はなかったのである。立ち読みで済ませるもの、あるいは友達が持っているのを読ませてもらうもの、という認識しかなかった。しかし、その友達も一部の例外を除いて多かれ少なかれ私と同じような状況だったから、貸本屋さんには随分とお世話になったわけだ。『野球狂の詩』とか『あぶさん』なんかは新刊が出るたびにその店から借りて読んだ思い出がある。

で、『BJ』なのだが、これもずっと本屋での立ち読みで済ませた。1週間のうちせいぜい1回か2回しかチャンスがなかったから、それはそれは真剣に読んだ(笑)。学校の勉強にも同じくらい身を入れていたら、私はもっと立派な人間になっていただろう。社会に出てからは、友人のMがコミックスを全巻揃えていることを知っていたので、読みたいときはそこへ行けばよいと安心していた。『BJ』を自分の手元に置こうと思ったのは、彼女が引越しのときにそれを処分したと聞いたからである。ば・か・や・ろー(←心の叫び)! 秋田文庫版の10巻までがBOXに入っていたものを平成6年くらいに買って、その後の続巻は発売されるたびに1巻ずつ買い揃えた。17巻で打ち止めになったが、全話が収録されているわけではない。コレクターではないし、まぁ1度は読んだことがあるのだからと納得はしているが、何故コミックスの4巻だけでも残しておかなかったのかと今でもMの首を絞めたくなる(冗談です)。

その価値を知らない人が B○○K ○FF あたりに叩き売ってくれないかと思うが、……無いですなぁ。オークションに手を出す気はないし、いよいよとなったら図書館にコピーを頼めばよいのだが、裏写りするという噂もあって未だに実行に移していない。

”その時”にしか手に入らないものはあるのだ。現代のように書籍全体の売れ行きが悪くて最初から少ない部数しか出版されない時代、サイクルが早くてすぐに書店から姿を消してしまう時代には、特にそうだ。特別なコレクターでなくても、これは無くなりそうだと思ったら早目に入手しておいたほうがよい。『ブラック・ジャック M』も『ブラック・ジャック ALIVE』も早々に姿を消した。まぁこれらにはあまり食指が動かなかったから後悔はしていないが。

『BJ』の途中原稿のコピーでさえ7時のニュースで取り上げられたくらいだから、手塚治虫の人気と地位はすごいものなのだろう。彼と同時代に生きられたということだけでも喜ぶべきことだと思う。『BJ』に出会えたことだけでも。「植物人間」と「ある監督の記録」に描かれたロボトミーを巡って問題が起き、そのとき出された謝罪広告も読んだ記憶がある。今思えば、あの日の新聞は保存しておけばよかったと思う。(←この問題については詳細を書くことを避けるが、これが問題になるんなら馬の脳味噌を移植する話だって問題だよねと、ご存知Mと話したことを覚えている。)

まぁ何はともあれ、『BJ』では、それはもういろんな角度から「生きる」ことの意味が問われている。人間すべてに普遍な問題を扱った作品だからこそ、国境を越えて世界中で読まれている。左右反転印刷されている欧米の『BJ』も機会があれば見られるうちに見てみたいと思う。中でも一番見てみたいのは台湾で発行された『BJ』。表紙のビジュアル系のオニイチャンがもう気になって気になって(笑)。

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