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オリンピックと政治

オリンピックと政治問題は本来無関係であるべきだと思う。オリンピックに限らず、またスポーツに限らず、あらゆる分野での国家の枠を越えた国際的な催しと、政治問題は無関係であるべきだと思う。

……と、ここまでは理想論である。

『オリンピック憲章』というものがある。その第I章「オリンピック・ムーブメント」の中の「3 オリンピック・ムーブメントへの帰属」に次のような記述がある。
「2 人種、宗教、政治、性別、その他に基く、国もしくは個人に対する差別は、いかなるかたちの差別であっても、オリンピック・ムーブメントへの帰属とは相入れないものである。」

現在のチベット騒乱は、これに違反しているではないか。よって、中国は開催地として不適格ではないか。ということで、EUではボイコットも話題に上るような状況になっている。これに対し、国際オリンピック委員会(IOC)は「北京五輪のボイコットは何も問題を解決しない」として、騒乱を理由にボイコットの機運が高まることを牽制している。IOCとしては、自分達が選んだ開催地なのだから、さぞかし頭の痛いことであろう。

もしもいくつかの国がボイコットしたとしたらどうなるだろう? 今後中国はチベットに対する態度を変えて独立を認めるだろうか? (いや、チベットは本当に独立を求めているのか、それとも人権と独自の文化や宗教を守ろうとしているだけなのか、報道管制が布かれている状態の現時点では騒乱の発端も明確にはわからないのだが。)たぶん、中国側の態度は変わらないのではないかと思う。中国政府の見解では、ダライ・ラマによって扇動された一地方の不届き者を鎮めただけなのだから。ボイコットした国々と中国との外交が今後多少ギクシャクするだけに終わってしまうのではないか。だとしたら「北京五輪のボイコットは何も問題を解決しない」というIOCの見解は正しい。

ならばここはひとついっそのこと、IOCが2008年の北京オリンピック中止を宣言して欲しいものだ。選抜された選手達にはかわいそうだが、今は4年に一度のオリンピックを待たずとも様々な国際競技大会があって、以前ほどオリンピックは重視されていないように思う。むしろ最近のオリンピックは、スポーツの祭典というよりビッグビジネスとしての存在意義のほうが大きいのではなかろうか。

『オリンピック憲章』に違反し、且つ、外国メディアの報道の自由も認めない国で(←これは重要なポイントだ)、平和なスポーツの祭典が運営できるのか、甚だ疑問だ。オリンピックが中止されて経済的打撃を受けるくらいでないと、龍の大国は認識を改めないような気がする。

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コメント

チベット問題は以前から、中国国内で強行な姿勢がとられていたと記憶している。
ここ最近、テレビを頻繁に見なくなり、世の情勢に疎くなったのだけれど、今日たまたまテレビを見てチベットの僧侶の映像を見、その後でこちらを見たら、いや、実にタイムリー(私的に)な話題が……。
さて、メディアに写るものだけが本物でないという上で見れば、それは『僧侶の悲痛な叫び』も偽物と疑うべきではある。けれど、可能性の話しとして、海外メディアに好印象を持たすべく中国政府が仕組んだこと、という見方の方が自然なのだろうと感じた。
オリンピックの重用度は、スポーツの大会という点で薄くなったのかもしれないが、政治的に、また名誉の象徴としての度合いが高いがゆえに、きちんと『行いたい』ということだろう。
途上国から先進国への移行期にある中国の思いは、戦後、高度経済成長、東京オリンピック開催、世界での地位の拡大という流れを経験、ないしは教育されている日本人として、理解し得る部分はあるだろうと思う。ただ残念なのは、隣国の負の経験(公害やマイノリティへの差別問題)を一つも見ていないということだ。もし、見ているのなら学習していないということになるが、日本が歩いた道を、わざわざ同じように歩いている中国を見ると『なぜ』という思いがわいてくる。
対岸の火事?ふざけちゃいけない。可能性が示唆されたということは、自身にも起きる可能性があるということだ。いい大人の集団が、そんなこともわからないのかと、ここで言っても詮ないことなのだけれど…。

投稿: もりびと | 2008年3月28日 (金) 23時54分

もりびとさん
はっきりした状況や騒乱の過程がわからない限りは、どちらの言い分が正しいのか軽々に判断してはいけないと思いますが、その後の中国政府の「知らしむべからず」という路線の対応を見ていると、どうやら何かを隠そうとしている気配がしてなりません。採火式での抗議行動も、中国国内の放映ではカットされたようですし。だから、中国国民も世界の世論や動静はわかっていないのかもしれませんね。

今の中国と東京オリンピック当時の日本とは、政治形態や国民の構成(民族とか)が違うので一概に同じように比較はできないと思いますが、急速に発展する途上にある国というのは、負の部分には敢えて目を向けないというところもあるのではないかと思います。

しかし、日本政府が早々に「日本はボイコットしない」と表明したのは、どうかと思います。ドイツでは、選手団は送る、しかし政府首脳は開会式には出席しないという方針のようで、政治とスポーツをきっちりと分けて、ドイツ政府としては中国を批判する意識が明確に打ち出されています。これくらいの思考ができる政治家が日本にはいないのでしょうかね、まったく。

中国としては近代国家の威信を賭けて是が非でも開催したいのでしょうが、さてどうなりますやら。なんでも、ブラジル(だったかな?)のとてもよく当たる予言者が、北京オリンピックは中止になると、随分前に言っていたそうですが。

投稿: わかば | 2008年3月30日 (日) 00時32分

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