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受け継がれる思い

『BJ』シリーズ中、その後どんな単行本にも収載されず(註1)当時の掲載誌でしか読むことのできなかった3編(「指」「植物人間」「快楽の座」)を、30数年ぶりに読むことができた。全243話、これでやっとコンプリートだ。(註1:「植物人間」は最初コミックスに収録されたが、現在は別の話に差し替えられている。)

あらためて読んでみて、「植物人間」と「快楽の座」は、確かに脳に関する強引な生体実験とも受け取られかねず、単行本化が躊躇されるのもわかる気がした。特に「植物人間」には「頭蓋骨切開」に「ロボトミー」とルビをふるという致命的なミスがあるし、そもそも「植物人間」というタイトル自体にも問題があろう。脳死や精神疾患に係わる問題(偏見等も含めて)がクリアされない限り、これらの話は永遠に封印され続けるのかもしれない。しかし封印され続けることで、却ってその指摘の鋭さが際立っている作品であることの証明にもなっている気がする。

扱われているテーマはそれほど重いのだが、この2編とも読後感は不思議と明るい。将来に希望が持てる終わり方となっているからである。特に「植物人間」では、突平(トッペイ)少年は脳死状態となった母を救うために、将来医師になることを宣言する。「ぼくは おかあさんをなおすぞっ」「きっと……きっとなおしてみせるっ」「医者になって!!」「それまでおかあさんは生きてるってさ」。それを聞いてBJは静かに病室を後にする。機械で測れないだけで脳は生きているかもしれないと頑張ったBJの意志は、確かに突平少年に受け継がれたのである。

救いたい人がいるから医者になる、これほど強いモチベーションはないだろう。また、自分が救われたから医者になる、というのも同様だ。「指」は、まだ不発弾爆発事故という設定がなされる前のお話だが、黒男少年は車椅子に乗っている(ちなみに髪は全部黒い)。それを手術で治してもらって歩けるようになったから黒男は医者を志したのだと、間久部が回想で語っている。怪我だか病気だかはっきりしないが、黒男の脚を治そうと懸命に努力した医師(たぶん本間先生だ)の思いを、BJはしっかり受け継いだのである。

受け継がれる思い――このテーマを扱ったお話はこの他にもいくつかある。

・「未来への贈りもの」
BJが医局員時代に担当した男性患者の病名は「筋萎縮性側索硬化症」。現在の医学では原因もわからないし治しようもないのだが、その患者は同じく「エリテマトーデス」という難病を患った恋人と結婚し、苦労を分かち合おうとする。10年後、男性患者の容態は悪化しており、もはや命も危うい。そのとき二人の前に現れたBJは、人体を冷凍保存し未来に目覚めさせるという旧ソ連の技術(コールドスリープ)を、結婚祝いとして二人にプレゼントする。いかなBJでも今は治すことができない難病だから、その完治法が確立されるであろう未来に希望を託すのだ。いつかBJの思いを受け継いで、彼らの難病を治す医師がきっと現れると信じたい。

・「話し合い」
BJの中学時代の同窓生・無理(←これが苗字)。今は教師となり、手のつけられない不良生徒・〆沢に対して非暴力と話し合いの姿勢を貫いているが、毎日やられてボロボロの有り様である。ところが彼も昔は教師いびりに明け暮れるどうしようもない不良生徒だったのだ。そんな無理を恐れずに対等に話しかけてくる一人の教師がいた。それが気に入らず、その教師を襲おうとした無理だったが、二人一緒に大怪我をする。無理はなんとか助かったが(助けたのは本間先生だ)、その教師は無理に笑いかけながら死んでいく。そのときから無理は生まれ変わった。やがて教師となり、質の悪い生徒のいる学校を選んで赴任するようになったのだ。
そして……、この話を聞いていた〆沢が今度は無理と同じ道を歩んでいる15年後の姿がラストシーン。
ある教師 → 無理 → 〆沢と、思いが伝わっていっている。生徒を立ち直らせたいという思い。そして、暴力に対して非暴力で真向から立ち向かう勇気もまた確実に受け継がれている。私が「隠れた名作」だと思う一編である(関係ないが、〆沢が『ドラえもん』を読んでいるのが妙に可笑しい)。

・「死者との対話」
これは「受け継がれる思い」がメインのテーマではないのだが、BJと解剖実習で気持ち悪くなった学生・間武田の会話がなかなか深い。

BJ「きみはなぜ医者になろうと?」
間武田「え…それは その…人生に何かあると思ったから……」
BJ「私も同じだよ」
間武田「え」
  :
  :
BJ「きみはさっき 医者なんてむなしい仕事だといったね?」
間武田「はあ」
BJ「満足なことだってあるさ……」「きみにもいまにわかるよ」

たぶんBJの思いは何年かたってから間武田に伝わるのではないかと思う。母校の先輩BJが穏やかに語ったこれらの言葉を、そのとき間武田はしみじみと噛み締めるのではないかな。

まだ他にもあったように思うが、いま思い出したのはこれだけ。思いが受け継がれるというのは良いものだ。一途であるからこそ伝わる。自分では成し得なかったことが、その思いを受け継いだ者によって、いつか実現されることもあるだろうと考えるのは楽しいじゃないか。自分の一生という短いスパンではなくて、もっと長いスパンで観ることがあっても良いと思う。いやそれにしても、改めてBJというのは本間先生から絶大な影響を受けていると再確認した。本間先生がいなかったらBJはいなかった。そしてBJがいなかったら……、現実問題として、多くの優れたお医者さんは生まれていなかったかもしれない。

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