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弁慶を切った男

BJ先生の何がスゴいと言って、外科手術しておきながら皮膚に毛ほどの痕も残さないというのは相当スゴい。馮二斉鍛えるところのメスの威力(真っ二つに両断された瓢箪がまたピタリとくっついて何事もなかったかのようにぶら下がるほどの切れ味を誇る)もあるのだろうが、それを操る手腕はやはり驚嘆に値する。そんな、まさに神技と言うべきメス捌きは「イレズミの男」や「助っ人」に描かれているが、きょうは「イレズミの男」について。

ヤクザの大親分・香取仙之助が腎臓ガンに冒された。しかし彼は手術を拒む。彼の全身にはそれは見事なイレズミがあったのだ。そのイレズミに傷をつけることは彼の誇りを傷つけることになる。ちょっとでも傷が残れば7千人の配下が黙っていない。どうするBJ?!

ここでちょっと注釈だが、「入れ墨(刺青)」とは主に江戸時代に前科者や無宿人の腕に筋目を入れたものを指し、いわゆるその道の人達が入れる倶利迦羅紋々や唐獅子牡丹などは「彫り物」と呼ぶことが多い。

ある男性から聞いた話……。銭湯だか温泉だかで、見事な彫り物をしたお兄さんと一緒になったそうだ。しげしげと眺めるわけにもいかず、でもどうしても目がそっちに行くのを止められずにいると、先方から「見ますか?」と言ってきた。「よろしいですか」「どうぞどうぞ」というような心温まるやりとりがあって、至近距離から拝ませてもらい、あまつさえ触らせてもらい「いやあ、見事なものですね」と言ったら、「お兄さんの胸毛のほうがすごい」と褒められたとかなんとか。確かに、彫り物が映えるのは体毛が薄くて色白で肌理の細かい人で、そういう人はかえって胸毛などに憧れるのかもしれないのだが。それにしても男湯で野郎2人何を触りっこしているのかと……(笑)。

つまり本人としては見事な彫り物は見てもらいたいものであるらしい。下書きとなる線彫りでさえ痛くて途中でやめる人も多いのに、全身に彫り物をするというのはそれだけ性根が座っていることの証拠となるのだ。生き様や覚悟を表すものでもあるだろう。だから任侠映画などではイザというときにバッと諸肌脱いで彫り物を見せる。それが広範囲で見事なものであればあるほど「オレはこれだけのものを背負って生きている男なんだゾ」という無言の威圧ともなるのだろう……きっと。ましてや、仙之助のように全身隈なく入れた彫り物は、これはもう芸術の域であって、彼が惜しむのもわかるのである。

2010985 仙之助の背中一面に彫られているのは歌舞伎十八番より『勧進帳』の場面。三代目歌川豊国の浮世絵である(図版典拠:『演劇博物館所蔵浮世絵閲覧システム』)。BJはこの弁慶の左腕のあたりから縦に「サクッ」とメスを入れている。ネタバレすると、BJは素早く正確に切ることによって傷痕を残さずに手術するのである。以下、BJ自身による解説。
「鋭利な刃物で皮フや筋肉のはしる方向にそって切れば ふさがれたキズ口はすっかりなくなってしまうものだ」。
いや理論上はそうかもしれないけれども、それを実際にやってのけてしまうBJ先生の手腕はやっぱり途方もなくスゴいものなんじゃなかろうか。彫り物も損なわず、仙之助のプライドも傷つけることなく、仙之助を助けたいと願う姐さんの思いにも応えられるのは、世界一の腕を持つ(←これは「過ぎさりし一瞬」の中で自分で言っている)BJ先生しかいなかったに違いない。先生の凄さを堪能できる一編である。

手術は成功し仙之助はいったん全快したが、2年前に他界し、その彫り物はなめし皮となり「R大学」の法医標本室に保存された。「R大学」とはどこだろう。『BLACK JACK ザ・コンプリート・ダイジェスト』には「手塚の母校、大阪市の中之島にあった大阪大学医学部旧校舎にはイレズミの標本があった」と指摘されている。ネットで調べてみると、大阪医科大学に明治の女賊・雷お新のイレズミが残されていたという記述を見つけたので、この大阪医科大学が旧制のことならばこの本の指摘とも符合する。手塚治虫はもしかしたら雷お新のなめし皮(金太郎、弁財天、北条時政、龍に雲、大蛇退治、波や緋桜)を見たことがあるのかもしれない。

また、『BJ』シリーズにはあと2つばかりイレズミ関係の話がある(他にもあったらゴメンナサイ)。「焼け焦げた人形」と「海は恋のかおり」である。前者では暴力団の父親が背中に般若のイレズミをしている(関係ないが、この話につけられた“A Father's  Gift”という英語タイトルが私はとても好きだ)。後者ではBJの恋のライバルとなる船乗りの少年がイレズミをしている。背中に天女と龍、腹にとぼけた顔した鯉、である。天女が如月先生、寄り添う龍がBJ、鯉が少年、という見立てをするのも面白いかもしれない。少年が難しい関門をくぐり抜けて大人の男になるというテーマのお話だから、鯉が龍になることを示唆している(「登龍門」という言葉もあるし)とも受け取れるのではないかと思ったり……。

ついでだから、イレズミ関連で思い出した話を書いておこう。

・TATTOO
先日のニュースで熱波に喘ぐアメリカ(ニューヨークだったかな?)の様子が紹介されていた。画面に映っていたのは肩も露わにした若い女性。そのうなじに「心」と一文字、イレズミされていた。それを見て思い出したのが、以前どこかで見た「台所」と彫られたイレズミ(笑)。アメリカ人男性だったと思う。たぶん「台風」と彫りたかったんじゃないかと思うのだが、まことに残念な結果に涙を禁じ得ない。

・ふてぇあま 腕に火葬が二つ三つ
たしか江戸時代の川柳(表記未確認スミマセン)。遊女が好きな男の名前を腕に「○○命」と入れる。それを焼き消した痕が二つ三つもあるという……(笑)。一度入れたら消えないのでわざと火傷させて皮膚を爛れさせるしかないのだが、「命」ごと消したのを「火葬」とは、上手いねどうも。

・『刺青殺人事件』
高木彬光の処女作である。東大医学部標本室に保存されている刺青の標本のうち「児雷也」にインスパイアされて書かれたとされている。ネタバレとなるので内容は紹介しないが、科学捜査が発展した現代では通用しないトリックではある。

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