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「おれはいらん」

「不死鳥」というエピソードがある。コミックスと全集に未収録で、文庫にもやっと17巻(最終巻)に収録された。本来は文庫12巻の巻頭に予定されていたらしいが、着色する時間がなかったのだとか。しかし、別に内容に問題があるとも思えないのに、どうしてコミックスと全集に収録されなかったのか、その理由がわからない。一説には、『火の鳥 現代編』の構想との兼ね合いだったらしいとも言われているが、もしそうだとすると、「不死鳥」の話はその構想と相反するものだったのだろうか。それとも、『火の鳥 現代編』を描くまで出し惜しみをするつもりだったのか。今となっては永遠の謎だ。

さて、「不死鳥」。原作の中ではBJと火の鳥の唯一のコラボ作品である。中央アジアとおぼしき土地まで呼び寄せられたBJ。そこには200歳の老人がいて末期の肉腫に冒されていた。老人の子孫だという若い娘によれば、その老人はむかし火の鳥の血を飲んだために病気にはなっても死なないのだという。BJは信じないが、老人を手術する報酬として火の鳥を撃てという娘の言葉に負けて手術を施す。その後、火の鳥を銃で撃ち落とすことに成功するが、火の鳥を我が物にせんとする娘に石をぶつけられて追い払われる。帰り支度をしていると、喋れるようになった老人が語りかけてくる。自分は火の鳥の血を飲んでいない。気力でここまで生きてきた。火の鳥の巣穴には毒蛇がいる、と。慌てて娘のもとに駆けつけると、娘は発光する毒蛇に襲われていた。火の鳥の発する不思議な光と同じ光。その正体は発光バクテリアだったのだ。BJは娘に処置を施して去っていく。

ラストのBJの言葉が良い。
「不死鳥(フェニックス)か! そんなもんはこの世にいるはずがないんだ。もし たとえ かりに いたとしたって………… おれはいらん。おれの仕事は人間をなおすことだが 人間を死ななくすることじゃない」
ここではいたってクールにビジネスライクに言い切っているが、この言葉はDSのゲームソフト『ブラック・ジャック 火の鳥編』の結末に上手く翻案されていて、「私はね、人間はね……」と火の鳥に語りかけるBJ先生の言葉がとても感動的だったのを思い出す。いつか終わる命だからこそ愛おしい、というBJの想いが伝わるものになっていたと思う。

また、「不死鳥」では結局その鳥は火の鳥ではなく、発光バクテリアが体表について光っていただけということになっているが、アニメ版では本物の火の鳥の存在を感じさせるラストとなっていた(ピノコが見ただけでBJは見ていないが)。きょうはちょっとそのあたりについて……。

「青鷺火(あおさぎび)」という現象がある。江戸時代には妖怪画家の鳥山石燕も取り上げており、割りとポピュラーな怪談だったようだ。アオサギやゴイサギの体が青く発光して見えるというもので、水辺でサギの体に付着した発光バクテリアによるという説が有力らしい。「不死鳥」での設定は決して荒唐無稽なものではないということだ。

だからあの鳥は火の鳥ではなかったのだろうけれども……。この話でどうも私が引っかかるのは、BJがあの鳥を撃っていることだ。アニメのように麻酔銃ではなく、原作では猟銃で撃っている。火の鳥なんて迷信だとしつこく言っていたBJ。しかし本当にただの鳥だと思っていたのなら、撃つ必要などないのではないか? それはまったく無駄な殺生ではないのか。『BJ』シリーズ中、医療上あるいは正当防衛以外の理由でBJが生き物の命を奪ったことはない。ただ一つ「満月病」で山下クミの元恋人と喧嘩をしたときに、BJがメスを小鳥に命中させてその腕前を見せつけるというシーンがあったが、「BJはそんなことしない」という読者からのクレームで、単行本収録のときには銃口にメスを投げ込むというコマに差し替えられている(先日発売された『Black Jack Treasure Book』で差し替え前の小鳥が落ちたコマを見ることができる)。それくらい、BJと殺生とは相容れないのだ。

BJがただの鳥を殺そうとするはずがない、とすれば、このときBJは火の鳥の存在について半信半疑だったのではないかと考えられる。死ねば普通の鳥、もし死ななかったら……。BJはそれを試そうとしたのではないかと思う。なにしろBJが鳥を撃ったのは老人の告白を聞く前だ。実際に200歳まで生きている老人をその目で見て、その老人は若い頃火の鳥の血を飲んだのだと娘から聞かされれば、いかに科学的思考をするBJでも、いや、科学的思考をするBJだからこそ、長寿はその血のせいかもしれないと考えるのではないか。

とにかくBJは光る鳥を撃った。そしてラストから3コマ目、鳥は地面に落ちて動かない。……この後なんだヨ、知りたいのは!! ところがBJ先生は毒蛇に咬まれた娘の治療に専念されてしまったようで、本当にその鳥が死んだかどうかを確認したところは描かれていないのである。このときには既に老人の告白を聞いて、火の鳥の血が長寿の原因ではないとわかっているから、もはや確認の必要もないということだろうか。BJは火の鳥(不死鳥)などいないという結論に辿り着く。しかし私は、もしかしたら本物の火の鳥だったのではないかという疑いを捨て切れない。何故ならば、火の鳥にだって発光バクテリアは付着するかもしれないではないか。それになにより、この話がコミックスと全集に収録されなかったという事実がある。このエピソードが単なる「火の鳥もどき」の話なら、『火の鳥』のパロディ作品、スピンオフ作品、あるいは手塚ファン向け楽屋落ちの話として収録されていてもよいはずだと思うのだ。それが収録されていないということは……あれは本物の火の鳥だったんじゃないのか?

本物だったとしたら、どうなるだろう? BJが本物の火の鳥かどうかを試そうとしたのと同様、火の鳥もまたBJを試そうとするのではないか。BJが鳥の生死を確認するようなことをすれば、火の鳥はまた例の問いかけをしたかもしれない。「あなたは何が望みなの? 死なない力? それとも生きている幸福がほしいの?」。ところがわれらがBJ先生は、せっかく撃った鳥の生死も確認しなければ近寄ろうともしない。目の前の怪我人を助けることしか頭にない。挙句、「不死鳥(フェニックス)か! …中略… おれはいらん」である(笑)。

火の鳥はその生き血を欲しがる人間の前にはその存在をひけらかすように姿を現す。その存在は正邪どちらでもなくただあるがままなのに、欲に取り付かれた人間にとっては己を狂わせる魔物ともなる。しかし「いらん」と言う人間の前には火の鳥は現れない。不老不死という欲を映し出す鏡のようなものだ。だから火の鳥というのは、BJ先生には絶対に見えない存在なのかもしれないと思う。

ところで、とうとう未完に終わった『火の鳥』の完結編は「現代編」になるはずだったと言われている。Wikipedia によれば、この「不死鳥」のエピソードとの「関連は薄いと見るべき」となっているが、「関連していた」という見方もネット上にはあって、これはもうどっちだか判らない。どちらの説も確たる根拠が示されているわけではない。天国の手塚先生にしかわからないことなのだが、『BJ』ファンとしては「現代編」はBJと関連があって欲しいと思わずにはいられない。そしてアニメ『BJ21』やゲームソフト『BJ 火の鳥編』は、その一つの形ではあるのだろう。BJは時空を超えて火の鳥に翻弄され続けたサルタヒコ=本間先生の愛弟子であり、医者としての苦悩はするが、対火の鳥に関しては「おれはいらん」と切って捨てるだけの強さを持っている。一気に話が終わってしまう可能性もあるが(笑)、ドクター・キリコと表裏一体で絡んで欲しかったと……、ああ、叶わぬ夢だなぁ。(まとまらぬまま時間切れで終わる。)

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