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馮二斉

『BJ』には、プロフェッショナルな男達に会えるという楽しみがある。その中でも、たった1回しか登場していない(「湯治場の二人」)のに強烈な印象を残すのが刀鍛冶の馮二斉である。BJや琵琶丸というこれまたプロフェッショナルでしかもヤサグレた男達が、辞を低くして接する唯一の男である(BJは馮二斉の前ではずっと正座している)。商売道具のメスや針を鍛えてもらうために、遠路はるばる足を運ぶ。

この馮二斉はどこに住んでいるのかを考えてみた。日本で「鍛冶」と言ってまず思い出すのは「関の孫六」で有名な岐阜県関市と大阪府堺市だろう。ところが山深く清流が流れる原作の描写を見るとどうも堺市とは思えないし、堺は鉄砲鍛冶だ。馮二斉は刀鍛冶なので関市と仮定。次に、近くに「奥底温泉」という湯治場がなくてはならないのだが、これは架空の温泉らしく見つからない。そこで「関市 湯治場」で検索したら関係ないものがわんさかヒット。これも早々に諦めて、JTBの観光情報で「関市・美濃市・山県市」の「温泉」で検索してみたら……、1件しかない。その名も「神明温泉」!

もうここに決めた(笑)! だって「神明」だよ! 「天地神明にさからうことなかれ……」の遺言は馮二斉が自分の住所を伝えようとしたダイイングメッセージだったんだよきっと! ←誰に? 何のために? なんて、良い子のみんなは訊いちゃダメだゾ。

さて、その温泉から徒歩で清流に架かる吊り橋を渡り、道なき道を山へ分け入ったところに「刺生庵」という庵を結んで独り住んでいるのが馮二斉である。障子は破れ放題だし草葺き屋根が垂れ下がっているようなあばら家だが、柴垣が組んであったり庭には鹿威し(あるいは筧と手水鉢)もあるという、もともとは風雅な庵だったことを偲ばせる何やらゆかしきたたずまいである。

そこに、素肌に袖無し、ツギの当たったステテコ(だろうか)というなんとも言いようのない姿で、二つ折りの座布団を枕に寝転がっているのが馮二斉その人。歳の頃なら70代から80代といったところだろうか。庭から訪ったBJと琵琶丸を寝たままギロリと睨むと「きたか 上がんな…」。遠慮ない言葉を浴びせながらBJが持参した30数本のメスを検分し、代金の1000万円を受け取ると早速火を熾し始め、口元だけに微かな笑いを浮かべながら受け取ったばかりの札束をそこにくべてしまう。「金はこうするに限るな これがわしのたのしみだ」。一体どんな変人なんだと思いながらページをめくると、そこにはりゅうとした鍛冶装束に身を固めて一心不乱に槌をふるう馮二斉の姿が! 私はもうこのへんで彼にヤられた。なんてカッコいい男なんだ!!

この後も、研ぎ上げたばかりのメスで瓢箪を一刀両断してまたくっつけたり、琵琶丸の針で飛んでいる蜂を柱に縫い止めたりしてみせる。あのメスの刃渡りでどうして瓢箪の幅が斬れるのかと思うが、五ヱ門の斬鉄剣がヘリコプターを真っ二つにするようなものかと思ったり(違うかな)。飛んでいる蜂を仕留めるという話は、宮本武蔵が蝿を箸でつまんだという逸話を思い起こさせる。古武士の風格さえ漂わす馮二斉、世が世なら絶対に剣豪になっていたに違いない。

BJのメスに続いて琵琶丸の針を鍛え終わった直後、馮二斉は倒れる。琵琶丸が針を打ち、BJが胸を割き心臓マッサージを試みるが蘇らず、帰らぬ人となる。遺体を埋葬し、しみじみ語り合うBJと琵琶丸。オイオイ24時間経たないと埋葬はできないんじゃないのかというようなことは、この際不問に付そう。馮二斉はどうやら自分の死期を悟っていたらしく、この後、二人に宛てた遺書が見つかる。その文句が「天地神明にさからうことなかれ おごるべからず 生き死にはものの常也 医ノ道はよそにありと知るべし」である。映画『BJ2D』ではこれをBJがアララ?な方向に解釈していてガックリきたが、基本的に本間先生の遺言と同じ意味合いだろうと思う。まだ若いBJのあまりの天才ぶりを親身に心配した先達の言葉だ。そしてシリーズ中幾度となく繰り返される、医者の存在理由と死生観を問うてBJを苦悩させる基本テーマでもある。

「この意味がわかったときゃ また会いましょう」と琵琶丸。「私には一生わからないかもしれない…… 私には切るだけが人生なんだ」とBJ。二股道で琵琶丸と別れたBJの顔には苦悩が浮かんでいる。

世俗を離れ自然の境地に悟りを開いたかのような馮二斉と、現役の医者であるBJと琵琶丸の対比が興味深い一編である。生き物に本来備わった自然治癒力を説いてその治療方法においてはBJと対立する琵琶丸も、馮二斉が倒れたときには彼を生き返らせようと必死になった。彼もまた医者なのだからして。しかしその二人を共に斬って捨てるような馮二斉の見事な死に様。決して二人の努力をあざ笑うのではなく、呆気なく、飄々と、淡々と、あるがままに、当たり前に死んでみせる鮮烈さが心に残る。しかし、だからといって、そう簡単にハイそうですかと諦められないのがBJであるし、BJはそうでなくちゃいけない。切るだけが人生。メスを握り締めて苦行の道を歩むからこそBJなのだろうと思う。

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