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2008年9月

「だんだん」

昨日からNHK連続テレビ小説で『だんだん』が始まった。マナカナちゃんのダブル主役で、京都と松江で別々に育てられた双子(のぞみとめぐみ)の縁を描くドラマらしい。松江市民としては観ねばなるまいよ! 朝ドラで島根が舞台になるのは初めてらしいのだが、あれ? そう? 昔、原日出子さんがやったやつに松江が出ていたように思ったのは、夢だったんだろうか……。

初回は島根ロケの映像がふんだんに盛り込まれていた。出雲大社、宍道湖、嫁が島、松江大橋、塩見縄手、松江城、殿町京店ほか。自分が普段うろちょろしているところがドラマの舞台として出てくると、なんだか嬉しい(←小市民)。竹内まりや(大社町出身)の歌と語りもとても感じが良い。

以下、第2回まで観たところでのツッコミを少々。

・めぐみちゃんが通っている高校は北高のようだ。橋南に住んでいるなら南高へ行くのが普通なんだが、どうしても松江大橋を渡らせたかったのだな。
・松江城でのストリートライヴは有り? あそこまで入ると入場料がいるでしょう。ライヴ演奏見るなら松江駅周辺ですね。今朝の放送では地元ミュージシャンのロコさんが歌っていた。このデュオの歌う「だんだん」という歌は大好きだった。
・しじみカレー……見たことも聞いたこともない。美味しいんだろうか。
・出雲弁……これから上手くなっていくのを期待しよう。めぐみちゃんのお母さん役の人が一番上手かな?

「だんだん」というのは出雲弁で「ありがとう」という意味だ。『大辞林』によれば「「だんだんありがとう」の略。近世後期から京の遊里で用いられた挨拶語。いろいろありがとう。」とある。出雲弁では「だんだんだんだん、ありがとさんありがとさん」と、重ねて使うことが多いような気がする。私はほとんど使わないが、若い人は更に使わない。めぐみちゃんのような女子高校生が使っているのは一度も聞いたことがない。でも多分、絶対になくならない出雲弁の筆頭だと思う。良い言葉だ「だんだん」。

ここいらのお婆さん同士の会話なんか聞いているとおもしろいよ。
「こないだは、ほんに だんだんだんだん。あーがとさんでございました」
「や、こっちこそですわね。あーがとさんあーがとさん。だんだんだんだん」
「や、なんがね、おまえさん。こっちが だんだんだわね。だんだんだんだん」
米搗きバッタのごとく双方がお辞儀を繰り返しながら、延々と、だんだんだんだん……の応酬が続くのである。出雲弁自体がのんびりした言葉なのに、この調子では日が暮れるまでに肝心の用件に入れるのかと心配になる(笑)。

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永遠の恋人

あの、いきなりですが……。Wikipedia には如月めぐみさんが「BJのファーストキスの相手」だと書いてあります。『Treasure Book』にも「如月めぐみとファーストキスを済ませる」とかなんとか書いてあります(済ませるものなのかアレは?)。これにははっきりとした根拠があるのでしょうか? 掲載時のアオリとかハシラなどにそういうことが書かれてあったのでしょうか? どなたかご存知の方がありましたらご教示ください。ちなみに私は「めぐり会い」が掲載された号を当時買ったのですが、そういう記述があったという記憶がまったくないのです。

あのオクテぶりからすると、ひょっとするとそうかもしれないとも思えるのですが、案外ナッちゃんあたりに強引に済まされてしまっているような気もします(笑)。一方のめぐみさんの方は、BJ以前にとっくに済ませているんでしょう。彼女の方からBJにせがんでいますし、可愛らしい人だから昔からモテただろうと思うのです。

……という訳で、きょうもめぐみさんについてだらだらと語ってみます。めぐみさん好きなもんで。へへ。

「めぐり会い」において横浜“港の見える丘公園”で再会するBJとめぐみさん。日本へは「五年ぶり」というセリフから、このときBJ31歳、めぐみさん30歳ではないかと推測する。これがお互いぎりぎり最年少の設定で、これより若いということはまずないと思う。

めぐみさんは船医になっている。5年もの長きにわたって日本へ帰っていないという事実から、めぐみさんは外国に住んでいると考えるのが妥当だろう。いくら長い航海でも5年も船に乗りっぱなしということはあるまい。ということで、外国のどこかを母港とする、それも絵を見るかぎりどうやら豪華客船に乗っていると思われるのだが、今回横浜に3日停泊するというので下船したようだ(横浜まで乗ってきた船と出航していく船が違うのだが、気にしない気にしない)。

豪華客船ともなれば、膨大な人数が乗っている。たまたま調べたイギリス船籍の「クイーン・メリー2号」の定員は乗客2620名、クルー1253名となっていた。そのクラスの船で何人の船医が乗船しているのかはわからないけれども、決して多くはなかろう。BJもめぐみさんに「船医はつらいだろう」と言っているが、おそらく激務なのではないかと思う。

で、そのあたりの事情を知るべく読んだのが『北洋船団女ドクター航海記』(田村京子著)なのであった。著者は1982年に北洋船団初の女性船医となった麻酔科医である。船を所有している大洋漁業の募集に応じたわけだが、会社側にしてみればまさか女医が申し出てくるとは予想外の出来事であって、どうやらぎりぎりまで男性の医者探しに奔走したらしい。それでもなり手が見つからないので彼女に決定したという経緯であったらしい。北洋で時化と戦いながらサケマスを獲る漁船と豪華客船では事情が違うかもしれないが、あまり船医を志願する医者はいないらしいとわかる。

会社側が出した船医募集の条件は「診療科目=全科、希望医師=全科」である。これを読めば「全科目に精通した経験豊富な医師」を希望していると思うのだが、さにあらず。もちろんそれに越したことはないけれども「本当の医師免許さえもっているなら、どんな科目を専攻している医師でも結構」という控えめな意味合いなのだそうだ(BJ先生はアウトだ・笑)。小児科や産婦人科の医者でも、来てくれるならそれだけでありがたいらしい。まるで無医村と同じだナと、少々暗澹たる気持ちになった。“板子一枚下は地獄”の世界で働く方々の労働厚生環境はもっと良くしてあげないと。今は改善されていることを祈る。

初めての女性船医を乗せるに当たっての受け入れ側の慌てぶりは、読んでいてとても面白い。田村氏自身は医者に男も女もないと肝が据わっているのだが、それまで女性船医どころか女性そのものを乗せたことがない船なのだから、トイレやシャワー、風呂などが一々問題になってくる。1000人の中のたった1人の女性の扱いにてんやわんやである(笑)。散々会社側が気をもんだ女性船医誕生だったが、結局2ヶ月あまりの航海で彼女は船員から全幅の信頼を得るに至る。最初は「痔」や「水虫」の患者が恥ずかしがって診療室に来ないということもあったようだが、彼らもすぐに慣れてきたとか。田村氏のサバサバした気性も幸いしたのだろう。「ドクター、あんたになら俺、命を預けるよ。あんたが一生懸命やってくれて、それでダメだったらもう死んだってしようがない」という患者の言葉からは、男だの女だのを越えて、医者と患者の信頼関係がいかに大切なものなのかを読み取ることができよう。

本の最後に診療内容がまとめてあるのだが、診療科目は実に多岐にわたっている。風邪や胃炎等の内科疾患のほか、漁船ゆえにどうしても多くなる怪我の処置ではちょん切れかけた指をつなぐ外科手術まで行っているし、何故だか船に乗っていると多発するらしい虫垂炎の処置、うつ病、歯痛、ダイエット指導まで。鍼の技術で数年来の肩の痛みをケロリと完治させて、感謝されたりもしている。ちなみに、すぐに専門医の治療を受けることができない状況下ではとりあえず痛みを緩和させることが重要なので、ペインクリニックの専門家である麻酔科医は船医にもっとも向いているのではないかとも書かれている。

さて、漁船に乗り組んだ女性船医はこの田村氏が初めてなのだが、他の種類の船においてはどうかと調べてみたものの、それについてはよくわからなかった。しかし田村氏の書き方では、すべての種類の船の中で女性船医第1号であるように取れる。近年では南極観測隊に女性船医が加わっている例もあり、それほど珍しくもなくなってきているのかもしれないが、もしも田村氏が日本人女性船医の嚆矢ならば、めぐみさんはそれに遥かに先んじていることになる(「めぐり会い」は1974年発表)。すごいね。

いや、すごいことに間違いはないのだが、それで終わらしてはいけない。どうして手塚治虫はめぐみさんを当時日本に1人も存在しない女性船医に設定したのか。潔くBJから身を引いて距離を置くためというのなら、どこかの秘境に送り込んでもよかったはずだ。それが船医になっているということは……。やっぱりこれはめぐみさんが「女でなくなった」ということの残酷なまでの強調表現ではないかと思う。女性の船医なんてものが存在しない時代に船医になっているとすれば、それは即ち女性ではないということの証明に他ならない。女性船医がそれほど特殊なものでなくなった昨今の感覚でこの話を読んではいけないのだ。

ストーリー上では、彼女自身が船医を選択したことが匂わせてある。名前を「如月めぐみ」から「如月恵(けい)」と、男名前にも取れるように変えていることもその証拠の一つだろう。「やりがいがありますよ 男の仕事として」というセリフも。しかし、めぐみさんがどれほどの思いで船医になる道を選んだか。そうまでしてBJの前から去っていっためぐみさんの気持ちを思うと、……堪らない。ただただBJが将来幸せな家庭を築けるよう、子供を儲けることができるよう、それだけを願って身を引いたのだ、めぐみさんは。下船してすぐにBJに電話を掛けるめぐみさんの震える指先。ピノコをBJの子供と勘違いして「では奥さんをお持ちになったのですね?」と言ったときの作り笑いに貼りついた辛さ切なさ。……私は泣けて泣けて仕方がない。5年たってもこうなのだ。そして、これほど繊細に、愛しい男性を想う女心を表現した少年漫画を、私は他に知らない。

しかし、彼女は、強い。過酷な運命を乗り越えて、懸命に、堂々と、自力で道を切り拓いて生きている。BJの元へ帰ることは決してないだろう。BJもまたそんな彼女を追うことはしないだろう。BJはこの話でめぐみさんとの思い出を清算しようとしているようにも思える。しかしそれが出来なかったことは、後の「海は恋のかおり」で発覚する。めぐみさんを女性として愛する甲板員の少年が現れたとき、BJは猛烈なライバル心と嫉妬心を露わにするのだ。彼女を他の男には渡さないという思い。BJの独白部分では「めぐみさん」ではなく「めぐみ」と呼んでいることにも注目せねばならない。たぶんずっと心の中ではそう呼んでいたのだろう。今もなお、彼女は俺のものだ、と思い続けていることが透けて見える。BJにとってめぐみさんはいつまでも愛する「女性」なのである。

決して結ばれることはない。しかしどんなに遠く離れていても、たとえこれっきり再びめぐり会うことがなかったとしても、BJとめぐみさんは永遠にお互いを想い続けるのだろう。それが二人の愛の形だ。

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「性格バトン」

なんと! 思いがけないお方様がバトンを回して下さいました! 雲の上のお方と思っていた真木さま!! ありがとうございますありがとうございます! 謹んで回答させていただきます!!
でもあの……評してくださった性格が「クール」ということで、もしかして私のことではないのかもしれない、どなたか別に同名の方がいらっしゃるのでは……という不安が黒雲のように湧き上がってきております。
間違っておりましたら、どうぞ思う存分笑ってやってくださいまし!

では、参ります!

・何型:
 A型です。

・自己中:
 ……にはならないように気をつけているつもりですが、そう判断する基準が自己ですから、結果どうなんでしょう?

・長所は:
 猫と話ができるところです。

・短所は:
 ↑のようなことを平気で書くところです。

・泣き虫:
 恥ずかしいので人前では泣きませんが、一人のときにはよく泣くほうかもしれません。本を読んだり音楽を聴いたりしていると、じわ~っとくること多いです。

・すぐ怒る:
 ニュースなんか観ていると腹が立つことばっかりです。

・めんどくさがり:
 大当たり~~!!

・気分屋:
 ……ではないと思います。

・八つ当りする:
 しません。

・怒鳴る:
 過去に3度ばかりキレまして……。

・命令する:
 しません。そんな立場になったこともありません。

・物にあたる:
 ないです。

・優しい:
 優しくなりたいですね~。実際にどうなのだかは自分では判断できません。

・毎日笑顔:
 「和顔施」は心掛けています。

・遠慮なく何でも言う:
 このブログでは正直に書いています。実生活では言いません。

・わがまま:
 ……ではないです。

・おとなしい:
 はい。3人いればあとの2人の話を黙って聞いています。必要がなければほとんど喋りません。

・無愛想:
 いや、愛想はある方かと。

・どちらかと言うと姫? 悪魔?:
 魔性の女になってみたいと思っています。(答えになっていない) 

・ズバリ性格良い? 悪い?:
 良いところも悪いところもそれぞれに。ふっふっふ。

・自分で思う性格:
 二面性あり。フリをすることは上手いかも。

・人に言われる事:
 「女捨ててるね」「漢だね」(ほっといてくれ)

・男女関係なく友達の理想:
 何年会わなくても平気。毎日会っても平気。

・好きな異性の理想:
 おおらかな人なら。

・最近言われて嬉しかった事:
 「ちょっと痩せた?」(←光線の加減)

・バトンの送り主の顔は見た事ある?:
 残念ながら、ございません。

・送り主の印象は:
 非常に繊細なお方ではないかと思います。身を削り血を吐きながら言葉を紡いでいらっしゃるような印象があります。

・次に回す人(思い浮かんだ人を適当にどうぞ):
 この際だとばかりに、これまでに何らかの形でコンタクトを取らせていただいたことのあるキリジャサイトのマスター様をすべて挙げさせていただきました。もちろんスルーOKでございます。m(_ _)m
 
・残酷→思い浮かびません。
・クール→真木さん。妥協を許さない研ぎ澄まされたあの文章こそ、クールです。
・可愛い→romiさん。舐めるようにして可愛がってさしあげたい。絵もご本人も(ご迷惑だってば…)。
・癒し→あゆみさん。まさにエンタテインメントの華。その世界に酔っているうちに癒されています。
・かっこいい→グリコーゲンさん。ご本人の行動力と、作品のリアリズムが実にかっこいいんですぜ。
・面白い→ちゃんこイトゥ~さん。もう……ね。日記がね(震笑)。妄想は破壊力を伴うものと知りました。
・楽しい→ノイさん。一種独特のグルーヴ感。ギャグなのに一本芯が通っている不思議。
・頭が良い→トーレスさん。絵も文章もお上手で、そのうえ考察が素晴らしいって、完全無欠でしょう。
・礼儀正しい→皆さん礼儀正しいですぜ。
・大人→小早川薫さん。どうするとあんな絵が描けるのかと。まさに神業。

以上でございます。どさくさに紛れていろんなこと言っておりますが、どうか広いお心でお許しを。m(_ _)m
真木さま、あまりに意外なことで今でも胸がドキドキしております。……やっぱ人違いかも……。
でもあの、楽しませていただきました。このたびは本当にありがとうございました。m(_ _)m

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まんだらけ

父の一周忌(プラスひいひいお祖父さん百回忌)の法要。参会者のためを考えると、暑くもなく寒くもなく良い季節だと思う。親戚が少ないので10人ばかりで小ぢんまりと。残念だが今回もやはり母は抜きで……。

もう1年近くたったかと、時の過ぎる速さに改めて驚く。亡くなって1年目だけは季節が一巡することから「一周忌」(それ以降は「回忌」)と言うのだと住職さんが話してくれたが、冬、春、夏、そして秋と、月命日ごとにお墓に参って「きょうは寒いね」「きょうは暑いね」と話しかけたことを思い出した。

さて、法事といえばお経が付き物だが、きょう皆で読んだのは「仏説阿弥陀経」ほか。浄土宗では最も基本的なお経かもしれない。お釈迦さまが弟子や菩薩を集めて「阿弥陀さまがおられる極楽とはどういうところか、どうすればそこへ行かれるのか」を説いたものである。

その極楽の説明のところに「又舎利弗 彼仏国土 常作天楽 黄金為地 昼夜六時 而雨曼荼羅華」とあって、「曼陀羅華(まんだらけ)」という花が出てくる。私は華岡青洲を思い出すが、同人誌を作っている姪っ子などはたぶん同名の漫画古書店を思い出したのではないかと思った。思った途端に、読経に身が入らなくなって困った(笑)。帰宅してからネットで調べたら、漫画古書店の方の「名前の由来は「漫画だらけ」ってこと」だそうだ。

まんだらけ【曼陀羅華】
《「まんだらげ」とも》

1 《(梵)mandaravaの音写。天妙華・悦意華などと訳す》仏語。諸仏出現のときなどに天から降り、色が美しく、芳香を放ち、見る人の心を楽しませるという花。
2 チョウセンアサガオの別名。《季 夏》
3 ムラサキケマンの別名。

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(備忘録080926)

『あやし うらめし あなかなし』(浅田次郎著)読書中につき、本日の記事はお休みします。
m(_ _)m

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羞恥心、悲愴感……

昨日テレビで「悲愴感」の解散ライヴの様子を観てから「♪ひそーか~ん ♪ひそーか~ん」のフレーズが耳について離れない(笑)。

面白い企画だったと思う。本家の「羞恥心」からして似非アイドルのお笑い路線だったところへ、そのまたパクリである。もっとも「羞恥心」は個性的なイケメン3人組だったこともあって本物のファンも付いたことだろうと思うが、私はこの一連の流れそのものを面白く思って楽しんでいた。

ギャグで笑う面白さではなくて、見え見えの魂胆に乗せられる楽しさ、とでも言うのかな。昨日のライヴでも、サプライズで「羞恥心」が登場したときに一番大きな歓声が沸きあがったというのは、観客がきっちりノッてみせたからだと思う。それが観客に課せられた役割だということを、観客自身が一番良くわかっていたのだろう。

『笑って○いとも』の「そーですね!」とか「それではお友達を紹介……」「えぇーーーー!」とか、あまりにもお約束然としてしまうと興醒めだが、ただ一度のチャンスを逃さずにノッてみせたというのは、観客としてもさぞ本望で楽しめただろうと思う。

もうこの後は出ないのかな。「偽装癖」とか「失速感」とか「閉塞感」とか「敗北感」とか「心配性」とか「今更感」とか……。

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拈華微笑

ちょっと先日から考えていることがあって……。

何かを伝えようとして言葉に出したり文章を綴ったりする。できるだけ正確に伝えようと言葉を選ぶのだが、選んだ瞬間から「いや、これは違う」という思いが湧き上がる。大きくはずれてはいないかもしれないが、自分の思っていることと決してイコールではないという感覚。なんとか立て直そうとすればするほど、どんどん離れていく感覚。

人様は頭の中で、これはこうだからこうなって……と言葉によって思考を組み立てていらっしゃるのだろうか。理詰めで、ということだが。私の場合は感覚とか感情によって、たいてい結論が先に出る。人に語る必要があるときには、後からそうなった理由を考えねばならない。しかしどうしてそういう結論になるのか自分でもわからないことも多い。それはたとえば、誰かを好きになるときと同じで、そこに理由なんか無いからである。気付いたらそう思っていた、としか言いようがないのだ。そういうものを言葉で説明しようとすると、言葉に託すそばからことごとく嘘くさくなって分散していってしまうような気がする。

気付いたらそうだった……、これはつまり、意識として自覚する前に何らかの力が働いて既に意思決定をしてしまっているということだろうか。また、負の例で言えば、初めて出会う人でまだ一言も交わしていないのに(この人はなんかアヤシイ)などと思ったりする場合のそれはいったい何なのか。五感を超えた第六感、あるいは直感、霊感、啓示などとも言えるものかもしれない。あるいはそれよりもっと原始的なもの……危険回避の本能とでもいうべきものかもしれない。仏教の唯識で言えば末那識、あるいはもっと深い阿頼耶識か。

良いものと悪いもの、美しいものと醜いもの、人はほぼ瞬時にそれらを識別しているような気がする。意識に上る以前に。いや、ヒトだけでなく生き物はすべてそうなのかもしれない。

たとえば人は人を殺してはいけないとされている。しかし何故いけないのかを言葉で説明することは非常に難しい。信仰の篤い人ならば神や仏や教祖がそうおっしゃったからという説明で充分なのだろうが、信仰心の薄い現代日本人に対しては説得力があるとは思えない。また何故神や仏がそうおっしゃったのかまでは普通誰も考えようとしない。たぶん説明できないからだ。だがその教えがほぼ万人の腑に落ちるものであるからこそ人はそれを守ろうとする。意識に上らない領域で、人は人を殺さないことを「是」としているのだろう。

五感や意識は簡単に騙されるし、意識的に歪曲もできる。「般若心経」でも「無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法」として「目・耳・鼻・舌・皮膚といった感覚や心もなく、色や形・音・匂い・味・触感といった感覚の対象も様々な心の思いもありません」と、五感とそれによって喚起される意識までは絶対的なものではないと否定されている。本当に確かなものは、その下にある。

たとえば私が「憲法9条」を変えてはいけないと考えているのは、五感を使った情報収集および論理的思考というような意識上のこととしてではない。おそらく本能に近い無意識の部分がそう言っている。現在の世界情勢や防衛上の問題点などに鑑みて縷々述べられたら、私にはそれを論破することなど到底できない。私のできる反論はすべて後からの付け焼刃であって、言っている本人が「いや、こんなことが言いたいんじゃないんだ」とオロオロするようなものだからである。言葉が逃げていく虚しさを感じるのはそんなときだ。しかし私にとって無意識の叫びは絶対的で譲れないものなのである。

人間なのだから思いや考えを言葉に託すことの重要性と必要性は判っている。しかし実際に何かの問題についてディベートが成立するとしたら、それは本来どっちでもよい類の事柄ではないかと思う。どっちに転んでも私の本能は沈黙している。そんな問題においては、だからたとえ負けても、にっこり笑って相手と握手できる。

本能が警告を発している問題にはときどきぶち当たる。理由をこじつければいかにも説得力のないシロモノになってしまうが、人間として、生き物として、宇宙の星屑のひとつとして、それだけはいかんゾというような……。そしてそんな問題ほど、言葉では足りないのだ。ディベートでの結論や多数決など意味がないもの。そもそもディベートという方法が相応しくないもの。

本来、日本人というのはディベートで結果を出すことが苦手だ。多民族が往来する欧米の国々では、自分の意見を主張することは大事だったんだろうが、相手を論破していくことが最善の方法でもないと思う。たとえばこの世から音楽や美術がなくならないのは、言葉で表せないものを表現できるからだろう。言葉は決して万能ではない。表現できないことが山ほどある。

私はそういう言葉では表すことの出来ない無意識や本能の叫びを大事にしたいと思うのだ。五感や思考に心を遊ばせながらも、もっと深い部分を研ぎ澄ましておきたいと思う。この部分だけはどう繕うこともできない本当の自分だと思うから。そしてそれは他の人たちとあんまり変わらない部分でもあるんじゃないかと信じている。

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信じるか信じないか

他のテーマを考えていたのだが、どうにもまとまらないので後日に回して、きょうはこの話題

「9月13日、愛知県岡崎市を震源とする大地震が起きる!」という予言があったが、地震は起こらなかった。当の予言者は「ハッピーなことだ」と。豪雨の後が地震では岡崎市も堪ったものではない。起こらなくて本当によかった。で、この記事についての感想なのだが、まるで鬼の首でも取ったかのような書きぶりに失笑する。はずれた後で「予言ってのはほとんど当たらないよ」と書くのは簡単だ。これを13日より前に記事にする勇気があれば大したものだが。

市民の反応についても、申し訳ないがちょっと笑った。「地震は起きるのか」って、防災課に尋ねて判ることじゃないだろうに。誰にも判らないからこそ予言がなされる余地もあるのだ。「どうして地震の避難勧告を出さないのか」と詰問されても、これまた困っただろうな。予言を信じて逃げたい人はお役所の判断なんか関係なく逃げればよいと私は思うのだけれど。防災課がどう返答したのか聞いてみたいところだ。

予言に限らず、何かを信じる人と信じない人がいる。尿から大麻反応が出ても「信じない」というおかしな言葉の使い方をした人もいたが、ここで言う「何か」とは主に科学的に実証できない事柄だ。神とか奇跡とか俗信とか。私個人の考えとしては、信じるほうが楽しい。地球に火の玉が降ってくるという物騒なノストラダムスの予言でさえ、なんだかワクワクしたものだ。そんなことは起こらないだろうという、それこそ何の根拠もない予感があった上で、どこか自分に関係ないところでなら起こってもよいなというような、そんな無責任な信じ方であったような気がする。私だけでなく、たいていの人はそうだったろうと思う。本当に信じているというのではないかもしれない。本当に信じていたら怖くてたまらなかったはずだ。

ああいうものは、楽しみたいから信じるのだろうと思う。楽しみにしているイベントまであと何日……というのと同じノリだ。いや、もっと切羽詰った理由で神や仏を信じる人もいるけれども、それだとて自分が救われる思いがするからこそ信じるのだろう。逆に自分を追い込んで落ち込ませるような「何か」なら、普通の精神状態の人は信じたりしないんじゃないかと思う。予言だろうが神だろうが、自分が幸せになる方向で、一人ひとりそれぞれのやり方で取り入れられれば、それが一番良いのだと思う。

日にちと場所まではっきり予言された今回のケース、防災を心掛ける方向に動いた岡崎市民の選択は実に賢明だと思った。

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打診

いつだったか実家の壁に釘を打つというので、兄が壁のあちこちをコンコンと叩いて中の構造を調べていた。思わず#78「地下壕にて」を思い出した。ちなみに兄はもちろん天才外科医ではなくて、普通の設計士である。

とある社長に五千万円の報酬を請求しに来たBJ先生。証文が無いことを盾にまったく支払う気のない社長を苦々しく思いながらも、新ビルを見物していけと言われて他のお客たちと共に地下の避難用ホールに案内される。コンピュータで制御されるホールの性能を自慢げに説明する社長。試しに大地震のデータを入れてシャッターを全部下ろさせたところまでは良かったが、中からはコンピュータを操作できず、全員が中に閉じ込められることとなってしまう(アホだな~)。外部へ連絡する手段もなく、水も食料もなく(アニメではおまけに空気まで徐々に薄くなっていった)、皆が途方にくれていると、専務が「壁の裏にコードがとおっていて そのコードを切断すればどこかのシャッターがあきます!」と言う。懐から静かに3本のメスを取り出す蝶ネクタイBJ。だが、この広い壁のいったい何処を壊せばよいのか。BJが取った手段は「打診」。皆が半ば呆れてへたばっている中で、ひとり壁を打診してコードの場所を探すBJ。やっと音の違う部分を見つけてメスで掘り始めると、もし助かったら大金を出すと誰もが言う。コードはあった。切断してシャッターを開ける。我先に飛び出して喜ぶ人達は、しかし大金を出すという約束など簡単に反故にしてしまうのだった。「自分の命より紙切れの証文のほうを大事にするおかたぞろいのようだ」と皮肉を言って去っていくBJ。

危機に直面したときの人間の様々な生態が見られる作品。専務に責任を転嫁する社長(コンチック・ショオ伯爵)、キレて社長に反抗する専務(ハム・エッグ)、怒って文句を言う客(ロンメル)、水が欲しいと見当違いな駄々をこねる客(モクサン)等々。テーマとしては、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言うのか(「病治りて医者忘る」のほうがズバリか)、「借りる時の地蔵顔 済す時の閻魔顔」と言うのか、困ったときには泣き付くくせに楽になれば受けた恩を忘れてしまう都合のよさってどうなのよ、という点を読み取るべき作品なのだろうが、どんな場面でも慌てず騒がずクールに問題を解決していくBJのカッコよさのほうに、まず目が行ってしまう。その手段がお医者ならではの「打診」であるところがまた憎いではないか!

打診……叩いた音で中の様子を知る手段。一般人ならスイカを買うときくらいしか用いず、また用いてもあまり違いが判らないか、どんな音が良いのか判断できないかであることが多い。しかし一昔前までなら、風邪を引いて近くのお医者さんにかかると最初に必ずされた記憶がある。肌の上をジグザグに降りてくる先生の暖かい手のひらの感触を覚えている。一昔前と書いたのは、最近されたことも見たこともないからだ。ざっと問診が終わるとすぐに血液検査やレントゲン撮影に回される。医者の前で裸になることも滅多にない。見えない身体の内部を調べる技術が発達したから、もう打診なんて必要とされていないのかもしれない。でもお医者には、特に内科医には、熟練しておいてほしい技だと思う。画像診断設備が整った病院ばかりではないのだから。

打診には、体表を直接叩く「直接打診法」と、体表の上に手または打診板を置いてその上から叩く「間接打診法」があるらしい。また、打診音には「清音」「濁音」「鼓音」があるそうだ。BJ先生は左手の中指を叩く間接打診法で「コンコン」と「タンタン」という音の違いを聞き分けてコードを探し当てている。これは超人的なことなのだろうか? どうなんだろう? どこまでも諦めない意志の強さと集中力を持続させる能力は確かに凄いが、絵を見ると結構壁が薄いので、中が空洞であるかどうかは案外簡単に判るかもしれないと思う。最初に触れたが、兄も音によって内部に建材(というのかな。木です)がある部分を見つけている。

もうちょっと読み込んでみよう。この絵を見るとコードは横に張られている。そして先生は少しずつ横に移動しながらかなり長い時間壁を打診していたと思われる(他の客の位置等がかなり変わっている)。もしもコードの通っている部分だけが空洞であるならば、先生はもっと早い時点で横方向に走る空洞を見つけていてもおかしくない。ということは……。

壁は全面が薄壁一枚の空洞なのだろう。そして先生が見つけたピンポイントは、コードが捩れるか何かしてたまたま壁面に接触していた部分なのではないかな。だとしたら、それを聞き分けたBJはやっぱり凄い! そういえば専務は「壁の裏」と言っているのであって「壁の中」とは言っていなかった。BJは「この下に何かある」と言っていて「ここが空洞だ」とは言っていないのだった。コードが通っている空洞を探しているという私の思い込みで、BJ先生の能力を兄レベルまで落としてしまうところだった、危ない危ない(笑)。タナ落ちしたスイカの音を聞き分けるのとは、やっぱり雲泥の差がある。

最近の打診を行わない若い医者だったら、この危機から脱することはできなかっただろう。同じく身体内部の様子を知るための聴診器を持っていたとしても、この場合は何の役にも立たない。熟練と経験に裏打ちされた打診という技。BJ先生は外科医だが、内科医としても立派に通用するに違いない。

書いているうちに不安になってきたのだが……。避難用ホールがこんな薄壁でできていて大丈夫なんだろうか(重層構造であるにせよ)? 見た目は頑丈そうなのに。手抜き工事か(笑)?

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手妻とサーカスと変装と

『怪人二十面相・伝』(北村想著)読了。年末に公開される映画『K-20』の原作小説である。裏表紙の解説にはこうある。「怪人二十面相の正体は誰か。原作者の江戸川乱歩さえ触れることのなかった永遠の謎を劇作家でもある著者が大胆な想像力と緻密な構成で描く」。

私にはどこの訛りかわからないが、訛りのある言葉で喋るとか、どうやら大学を出ているらしいとか、ルパンのような怪盗になりたいとは思うものの、自分にはとりたてて何も欲しいものがないために何を盗めばよいのかわからないとか、実に人間臭い二十面相が描かれている。対する明智名探偵が計算高くて嫌な男に描かれているのも面白い。

二人の間で丁々発止の攻防、心理戦が行われる。そして意気揚々と空高く逃げていく二十面相をアクシデントが見舞う。二十面相の運命や如何に? それから第二次世界大戦を挟んで十年後、二十面相と明智の跡を継ぐ二人の若者が邂逅する……。というところで『PART II』に続くらしい。早く読みたいのだけれど、映画封切り直前まで待たされるのかなぁ? 少年探偵団を読んで大きくなった世代には堪らないパスティーシュ。決して子供向けではなく、しっかりとした娯楽作品である。

本の話題をもうひとつ。

先日から、1989年に出版された1冊の文庫本を探していた。たかだか20年ほど前の、それも日本エッセイスト・クラブ賞まで受賞した作品だから、書店に当然あるものと思っていた。書店にある機械で検索したら系列の書店には在庫がない。ならば注文しようとしたら、店員さんに「20年も前の本ですので、絶版になっています」と言われた。20年「も」……。う~ん、本の命は短いね。

ダメなら図書館へ行こうと思っていたが、きょう B○○K ○FF で見つけた。ほくほくして買って帰った。『北洋船団女ドクター航海記』(田村京子著)という本である。北洋船団初の女ドクター。1000人の男の中のたった1人の女性。女性の船医というのがどういうものなのか、楽しみに読もうと思う。読もうと思ったきっかけは、まぁ、如月先生である(笑)。

(備忘録080921)
きょうは「松江城薪能」を観に行きたかったのだが、いつぞや前売り券を買おうとしたら既に完売だった。当日券も若干はあったようだが、母を訪ねたりしたので諦めた。来年もあると良いなぁ。

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(備忘録080920)

今夜はつるさんのファンサイトのチャットに出かけまして、ご本人様のご登場もあり、ただ今ぽわ~んと余韻に浸っております。ので、記事はお休みいたします。m(_ _)m

昨日の記事にコメントもいただいておりますが、ちと難問もあり(笑)、後日お返事させていただきます。すみません。

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毒吐きます!

このニュースに関して毒を吐いています。ご気分を損ねることもあるかと思いますので、自己責任のもと、お読みになる気がある方だけお読みください。

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自分が荒川区の住民でなくて本当に良かったと思う。荒川区は最終的に野良猫の一匹も道を歩かず、野生の鳥一羽も飛ばない町を目指しているのだろうか。人間の迷惑になる動物は存在することすら許さず駆逐するのか? あらゆる動物は人間の管理のもとでしか生きていてはいけないのか? それがどれだけ異常で不気味なことか想像できないか? 

餌やりだって人間の管理ではないかと言う人がいるかもしれない。微々たる罪滅ぼしなのだと答えよう。街をアスファルトとコンクリートで覆い、緑を無くし、彼らが野良で生き抜いていかれる環境を破壊したのは人間だ。わずかに細々と生き残った彼らに少しばかりの餌をやることのどこが悪い? 

糞尿で街を汚すだって? そりゃあ人間が街から土の地面をなくしてしまったからでしょうに。土なら全部吸い取って微生物が分解してくれるよ。人間が飲み食いして捨てる缶やプラスチックゴミはずっと残るのだけれど、そっちは気にならないのかな? 鳴き声が迷惑だって? 人間が出しているけたたましい騒音ならOKなのか?

この問題、つきつめれば都市と自然の問題だ。住み分けが可能ならば、自然がいっぱいで人間のいないところへ彼らを移してやりたいよ。荒川区がそこまでやるのなら評価してもよい。野良はそうやって生きているのが自然だ。一方で人間は都市のほうが住みやすいからそういう環境を作り出した。そして野生の彼らを駆逐しようとする。しかし、人間が都市から自然を排除しようとすれば、さてどうなるだろうね。都市には都市なりの生態系があるはずで、野良猫が少なくなればネズミは増えるだろうな。鳥が寄り付かなくなれば虫が増えるかも。そうすると次にはネズミと虫を一斉駆除しようとするのかな。害虫ばかりでなく益虫もいなくなってしまったら、花の受粉なんかどうなるんでしょうね。ああ、都市には花なんかいらないのか。無機質で清潔な構造物に人間と鎖に繋がれた動物だけが住むところ。すばらしいね、都市って。

ちなみに「動物愛護」なんて言葉も私は好きではない。人間も動物も同じ重さの命を持っているという考えからは、こんな高みに立った言葉は決して出てこないはずだ。この文章も「動物愛護」などという観点から書いてはいないつもりだ。人間だって何かの偶然でこの世界に住まわせてもらっているのだという謙虚さを忘れたら、いつか途方もないしっぺ返しを食らうと思う。いや、もう食らっているのかも。どこまでも人間中心ひいては自分中心の考え方が怖くてならないから書き留める。

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(備忘録080918)

読書中のため記事はお休みします。

・イチロー選手8年連続200本安打達成おめでとう♪ すごいな~~。

・台風13号による被害が出ている模様。これからの進路に当たる地域の皆様はお気をつけください。私は最近ここから気象情報を得ています。いろいろわかって面白いです。

・観てみたい映画……「スパゲッティナポリタン」。そうか、2割しかわからないのか……(笑)。

・溜まった録画を少しずつ消化しているのだが、この夏一番の傑作は「27時間テレビ」の中の「ヘキサゴンII」だった。ジミーちゃん最高だ。これだけは消せない。ももももも……。

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独裁国家で何が悪い!

『緊急!ビートたけしの独裁国家で何が悪い!2 日本の未来を考えるSP!!』を最初の2時間ばかり観た。1回目も観たけれども、国民の幸せという観点では国家の形態なんてあんまり関係ないんだなと思う。ジンバブエの現状など見ると悲惨だと思うし、今回触れられてはいなかったが北朝鮮もおそらく悲惨だろうとは思うが、一概に「独裁国家」=「悪」ではないという思いを新たにした。

要は、独裁者の人格なのだ。常に国民の方を向き、国民のための政治をし、国民に支持される人物なら、独裁という最強のリーダーシップを発揮できる地位にあってもよいと思う。

ベネズエラのチャベス大統領とボリビアのモラレス大統領の痛烈なアメリカ批判は痛快で、それはただ単にブッシュが嫌いだということではなくて、大国アメリカの価値観を絶対だとするような風潮への反抗であったように思う。小国ではあっても対等に物を言おうとする一国のリーダーとしての気概に満ちていた。F田さん、あなたとは違うんです。

独裁者を賛美するつもりはさらさら無いけれども、日本という風土に欧米風の民主主義がふさわしいのかどうか、それも実はわからないと思う。明治維新以降、当時の列強に負けまいと取り入れた制度の一つではあるが、今の選挙制度をはじめどのくらい民意を反映できているのかわからない。投票率だって低いし。日本人がはたして政治をどんなふうに思っているのか、政府なんて国家なんて関係なく暮らしているんじゃないかとか、そんなことまで漠然と考えた番組だった。おもしろかった。

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事故米

事故米の波紋が徐々に広がって、農水省はついに流通先377社の社名を公表した。実に24都府県の広きにわたっている。いったい何人の人が口にしたことやら。考えてみれば、工業用に使えば何の問題もないのに、事故米と呼ばれ、「こんな米を食べていたのか!」なんて言われるお米もかわいそうだ。

今回の事件、そもそもどうして発覚したのか既に忘却の彼方だが、なにも今年に限った話ではないのでしょう? 長年にわたってずっと行われていたと考えるのが普通だろう。お役人との癒着も取り沙汰されていて、それはもちろん論外なのだが、ならばもっと厳格に調査なり検査なりしろといっても、一日中付きっ切りで見張っているわけにもいかず、ましてやそれをあらゆる食品を扱うあらゆる会社について行うことなど不可能だ。結局、それぞれの会社の良識に期待するしかないというのが実情だろう。

それにしてもここ数年の食品偽装の横行には目を覆うばかりのものがある。Y印、F二屋、Mートホープ、Sろい恋人、A福、K兆、鰻に米……。日付や原材料や品質を偽装されたら、食品表示ラベルなど何の意味もなさない。知らずに買った会社も気の毒だが、一番危険にさらされるのは消費者だ。

違反したときの罰則を厳しくするしかないのかなぁ……。なんでもかんでも規制したり罰則を強化することには抵抗を覚える。実際そうしようとすれば今以上に役所は監視体制を整えなくてはならなくなってますます公務員を減らすことなんかできなくなるし、それに一部の不心得者の所為で全体がそんなふうに締め付けられることになるのは煩わしいと思う。真っ当に正直にやっていれば問題ないとはいえ……。「罰則があるからしない」という世の中なんて嫌だ、と個人的には思う。でもこの状況はなぁ……。人の良識を期待できない世の中はなんとも殺伐としている。

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いろんな『BJ』作品

きょうは原作を離れて、映像化あるいはマンガ化された『BJ』について。

きっかけは、先日某様が紹介されていた加山雄三版BJの動画。オープニングとエンディングを観たが「そうそう、こんなのだった……」と懐かしく思いつつ、今更ながら戦慄を覚えた(笑)。BJ公式ページで確認したら1981年放映だったようで、当時私も数回は観たのだが「いやもう結構です」と途中からやめてしまった。なんかあまりにも……、あんまりだったのだ(笑)。BJ先生の造形がフリークス嗜好に走りすぎているというか何と言うか……。傷痕も隠してちゃんとフツーの格好もできるのに、なんでBJ先生になるときだけそんな昼間に人前に出られないような格好に変身するのか(爆)。あまりにも現実離れしていてサイケデリックでグロテスクでついていかれなかったのだと思う。

しかしエンディングのヒカシューの歌(「ガラスのダンス」)は結構好きだった。いま聴くと時代を感じさせてくれるけれども。

 叫びとささやき 濡れた舗道に こだまする
 皮肉な口づけ 水のにおいに 目がくらむ

 そうさ ガラスの心 溶かす薬あるなら
 気まぐれの嘘も 切り取れるはずなのに

 だけど声に出せない そんな弱気な恋さ
 だからニヒルを気取る そして奇跡を唄う

思えば、この頃くらいまでのドラマや歌やアニメにはけばけばしいほどの「毒」があった。『BJ』に限らず、日常とはかけ離れた虚構の世界であるという共通認識があって、思う存分コテコテに作り上げてあったような気がする。今は放送倫理か規制かなにか知らないが、テレビが押しなべて大人しくてツマラナイ。そういう意味では、加山BJのドロドロさ加減も時代の産物と言えるのかもしれない(でも私が原作から受ける印象はここまでドロドロではない……)。

実写版で次に観たのは2000年の本木雅弘版。ピノコが二人いたりしてこれまた違和感があり、たぶん1回しか観ていない。手術帽とマスクの間から覗く綺麗な目は良かった。のだが、原作BJ先生は手術着を素肌には着ないゾ。ビジュアル的に色っぽいBJ先生だったような覚えがある。森本レオ演ずるキリコが出る回は見逃した。惜しいことをしたと思うが、……あんまり観たくもないような(笑)。後学のために観ておいたほうが良いのだろうか。まぁこのシリーズはDVD化されているので観ようと思えばいつでも観られる。けっこうコミカルな演出だったように記憶している。

隆大介版を観たのは今年になってから。デコ丸出しオールバックBJなので敬遠していたが、いざ観てみたら実写版では最高の出来だった。雰囲気がBJ先生そのもの。デコ丸出しオールバックなのにBJ先生にしか見えなくなる。外では非常にクールなのが家ではピノコに振り回されてオタオタしている様子も可愛い。デコ丸出しオールバックなのに。何故かDVD化されていない。されたら買うよ、デコ丸出しオールバックBJ先生。まだ草刈正雄のキリコが出てくる3作目を観たことがないので、是非観たい。

あと、1977年公開の宍戸錠BJの映画があるのだが、これは未見。写真等を見ると原作通りに顔の左側が青いBJで、手塚御大が「こんな人間はいない」とおっしゃったとか(爆)。

以上が実写版。アニメではテレビ版以外には1993~2000年のOVA版全10話が有名だろう。ちなみに私はDVDを持っていないが一応全部観ている。絵が綺麗で大人向けのお話が多い印象。原作ベースよりオリジナルストーリーの方が多いかな?「しずむ女」には泣かされた。「緑の想い」のラストも好きだ。BJ先生の造形はいたってクール。突然女子高校生にデコチューかましたのにはびっくりしたが、「マリアたちの勲章」では据え膳を食わなかった。女性の方から言い寄るとたいてい拒絶するねアノ人(笑)。

あと、劇場版アニメが2本あり。インターネット版もあったな。宇多田ヒカルのピノコは(以下自主規制)。その他、以前の「24時間テレビ」には手塚アニメのコーナーがあって、BJ先生はよく出演していたらしいが、私は未見。

他の漫画家によるマンガ化では「ブラック・ジャックALIVE」と「ブラック・ジャックM」があって、総勢40名の漫画家がBJを描いている。このうち山本賢治は『ブラック・ジャック ~黒い医師~』、田口雅之は『ブラック・ジャックNEO』が単行本化されている。私は「ALIVE」も「M」も持っておらず「BLACK JACK SPECIAL」(2005)に載ったものと青池保子の「指輪物語」しか読んでいない。同じマンガという媒体なら、手塚治虫以上のものは誰にも描けないと信じているので、リメイクにはあまり興味がない。

で、何が言いたいかというと、実に様々なBJがいるということだ。みんな同じあの手塚治虫の『ブラック・ジャック』を元にしているはずなのに、エログロな加山BJから、洗練されたクールビューティーなOVA版BJ、手塚眞描くところの怪奇BJ、きくち正太の着流しBJ、やまだないとのアゴヒゲBJ、『釣りバカ』の浜ちゃんのような北見けんいちBJまで、どうしてこんなに違うのかと思うほどいろんなBJがいる。外見を変えたらBJでなくなってしまいそうなものだが、隆大介BJが見事にそれを否定した(傷痕は必須だろうけれども)。アゴヒゲがあっても、やまだないとのBJはきっちりBJだ。外見が問題なのではない。では、何がどうならばBJなのかと考えてみると、やっぱり生き様なのだ。

切るだけしかできなくて、患者のためには自分の命を懸けて、人付き合いが下手で、手術以外はほとんど不器用で、頑固で偏屈で気まぐれで、負けず嫌いで突っ張っていないと生きていけない孤独な男。強さと脆さが紙一重。孤高の天才外科医という光の部分と復讐者という闇の部分を同時に持つ。そういうところを押さえれば、外見がどうであろうとBJになるのかもしれない。

男性の創作者なら、たぶんこの光の部分と、戦って戦って勝ち抜いていく男としてのBJを描きたいだろうと思う。女性の創作者は、どちらかといえば彼の闇の部分を重視して、それを癒そうとするストーリーを考えるように思う。女性作家がリメイクした『BJ』はたいてい甘い。

加山BJほどグロくないほうが良いが、あの当時の泥臭い勢いを持ったハードボイルド風味の作品が作られないかなぁと密かに願っている。

【追記】
「ガラスのダンス」の歌詞について。
2行目「水のにおい」は「蜜のにおい」ではないかと思うのですが、「水」としてあるページを見つけたので、自分の耳よりこちらを優先しました。巻上氏のヴォーカルはメリハリがありすぎてかえって聴き取り辛いです(笑)。

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松江水燈路

夫と「松江水燈路」を見に行った。通常の街路灯が消され、400個の行灯の灯り(中には蝋燭が1本)だけに照らされた松江城北側の堀川沿いをそぞろ歩く。露店の一軒出るでなし、ただ行灯に書かれた文句や絵を見て歩くだけなのだが、交通規制された道を大勢の人が行き交う。水辺にじっと座って川風に吹かれている人、三脚を立てたカメラマンたちも多い。

聞こえるのは虫の声、堀川を行く舟の水音、人々の静かな話し声。そして空には中秋の名月。

Photo

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チベットを思う

きょうも暇を見つけてチベット関連の情報を探したりして過ごした。北京オリンピック閉幕以降、とんと情報量が減ったように思う。マスコミも一時はあれだけ大騒ぎをしたのだから、自民党の総裁選なんて出来レースの予想なんか程々にして、継続的に報道すればよいのにと思う。それとも、未だに中国の報道規制が厳しいのか。弾圧された僧たちは今どうなっているのか。世界に発信されていないだけで悲惨なことになっているのではないかと気にかかる。

先日の9・11のときも思ったが、世界の紛争の原因はたいてい宗教だ。アメリカとアルカイダの戦いはキリスト教とイスラム原理主義との戦いだが、それがそのまま政治的なイデオロギーの違いとなっている。チベット問題の場合は共産主義の中国が基本的に宗教を認めないことから当然起こる問題だ。それとチベットの豊富な資源も欲しいのだろうが。しかしもしもチベットが仏教国でなくキリスト教国であったなら、中国も簡単にチベットに侵攻したりはしなかっただろうと思う。世界中のキリスト教国、すなわちほとんどの先進国が黙っていないからだ。とすれば、争いを好まない温厚な小さなアジアの仏教国だからこそ狙われたということになる。私は中国という国も決して嫌いではないのだが、この点だけはいただけない。

いつも、国家ってのはいったい何だろうという問題に突き当たるのだけれども、少なくとも宗教が違う民族が一つの国家を成すことは基本的に非常に難しいことだろうと思う。相互に理解がなくては成り立たない。インドでは、豚を食べないイスラム教徒と牛を食べないヒンズー教徒ではレストランの厨房さえ別々なのだそうだが、それくらい己の宗教を堅持しながら上手くやっている国もある。しかし宗教自体を認めない共産主義というのではどうしようもない。いや、形ばかりは認めるということになっているようだが。

宗教というのは個人の尊厳に関わるものだと思う。チベットでは仏の坐す天を汚さないために極力煙を出さないという。人が死んでもよほど高貴な人と伝染病で死んだ者を除いては火葬せず鳥葬にする。それくらい宗教思想(信仰)は徹底している。高度成長のためには大気汚染も厭わない現在の中国とは絶対に相容れないものであり、中国風の生活はチベット人にはとうてい認められないものなのではないかと思う。

今度のことでチベットの人達の“Free Tibet”の叫びは全世界に届いたと思う。あとは、それを聞いたわれわれがどう思い、どう行動していくか、だ。

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月の歌

拙ブログ4周年(現ブログが2年と1ヶ月、以前のが1年と11ヵ月)記念に、テンプレートを秋仕様のお月様に変更してみた。今夜は十三夜月。満月は15日だが、中秋(旧暦の8月15日)の名月は14日。

月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど 
                    <古今集 大江千里>
 ↑「月」と言ってまず思い出すのはこの歌。万人が共感できる歌なのでは。

秋風に 今か今かと 紐解きて うら待ち居るに 月かたぶきぬ 
                    <万葉集 大伴家持>
 ↑これは七夕の歌なのだが、まさか彦星が織姫に待ちぼうけを食わせたわけではなかろうな(笑)?

世のなかは 空しきものとあらむとぞ この照る月は 満ち欠けしける 
                    <詠み人知らず 万葉集445>
 ↑諸行無常。長屋王の子・膳部王が自決させられたのを悲しんで詠まれた歌なので挽歌と捉えてもよいように思う。なんだかしんみりしてしまったが……。満ち欠けする月を「不実」と言ったのはジュリエットでしたね。

花間一壷酒 (花間一壷の酒)
独酌無相親 (独り酌みて相親しむ無し)
挙杯邀明月 (杯を挙げて明月を迎え)
対影成三人 (影に対して三人となる)
…… 
            <李白『月下独酌』>
 ↑春の詩なのだが、自分と月と自分の影の三人で酒を楽しむというシチュエーション。独り飲む酒なら日本人は「白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒は静かに 飲むべかりけり」の方がしっくりくるかも。

ただ今、当地では薄雲がかかってあまり綺麗に見えないのが残念。明後日の名月を楽しみに待つことにしよう。

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(備忘録080911)

あの同時多発テロからもう7年も経った。2機目の旅客機が世界貿易センタービルに突っ込むところを呆然と見た記憶は未だに鮮明だ。アメリカ大統領選を戦うマケイン氏とオバマ氏も、今日ばかりは選挙キャンペーンを自粛して追悼式典に出席するそうだ。マケイン氏はこれまでの選挙活動中、ブッシュの不人気の原因ともなったイラク戦争、ひいては「テロとの戦い」という言葉を極力使っていなかったようだが、今日はどんなコメントをするのか注目したい。

あれから7年。ビン・ラディンは未だに捕まらない。フセインは処刑されイラク戦争は過去のものとなりつつあるが、アフガンのテロの脅威は変わらずにある。例のジュセリーノ氏は、この9月にはエンパイアステートビルが狙われると予言しているらしい。この7年の間に、何かが変わったと言えるのだろうか? テロはどうやったらなくなるのだろう……?

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猫からもらう幸せ

『グーグーだって猫である 1,2』(大島弓子著)読了。大島弓子といえば、私にとっては「LaLa」に連載されていた『綿の国星』がすべてである。「週刊マーガレット」も友達の下宿で時々読んでいたので彼女の作品は他にもたくさん読んでいるはずなのだが『ミモザ館でつかまえて』以外ほとんど覚えていない。また『綿の国星』も当時はそれほどのめり込んで読んでいたわけではない。しかし後になってからジワジワと「あれは良かったなぁ」と思い出される作品なのである。

『グーグーだって猫である』は彼女が飼っている猫との交流を描いた短編エッセイマンガである。このたび映画化されたようだ。グーグーやビーやクロといった猫は猫の姿で描かれているが、既に死んでしまったサバというメス猫だけは『綿の国星』のように擬人化された姿で描かれている。どうやらサバは『綿の国星』の主人公チビ猫であるらしい。1巻の最初でこのサバとの別れが描かれていて、いやもう読み始めた途端から滂沱の涙であった。

『綿の国星』のように猫視点のファンタジーではなく、あくまでも現実のペットとの生活が淡々と綴られている。彼女自身を襲った癌との闘いも、この猫たちのおかげで随分と癒されていたのではないかと感じられた。

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チベット

まだ多田等観の『チベット』を読んでいるのだが、どうもチベットがマイブームになりそうな予感。いや、チベットが置かれている現状を鑑みればマイブームなんて軽い言葉で言ってはいけないのだろうが……。中国に蹂躙される前のチベット、仏の王国チベットの姿を知りたいと思う。以前『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を読み、ブラッド・ピット主演の映画を観たときよりも、今のほうがその衝動が大きい。しかし実際にチベットに行く余裕もなく、また例え余裕があったとしてもたぶん高山病にやられそうな気がするので、ここに居てなんとかいろんなことを知りたいと思う。

で、どうしてもチベットの地図が欲しくなった。ネットで検索もしてみたけれど、地図をPCの画面で見るのはどうも不便なので、先日『地球の歩き方 チベット'08~'09』を買ってきた。きょうは暇さえあればそれを開いて眺めていた。ラサ市内の地図を見て、ここがラサ亜賓館(ヤクホテル)、ここが八朗学旅館(バナクショーホテル)、ここが新華書店と、これは某様の小説に出てきたところなどをまず追ってみる。そして多田等観が滞在したセラ寺や、デプン寺のタンカ台の位置などを確認。

ところで、等観によれば、寺にいる僧は約20年の学修を経てやっとひととおりの5科目を終了するが、ゲシェという学位を取るには更に10年の研鑽を必要とするので、実際には30年かかるのだそうだ。学修形態は討論のみ。著述は一切許されないらしい。暗記に弱い私はただただ驚嘆するほかはないが、釈迦が説法したときだってメモなんか取る者はいなかっただろうと思い至る。私の高校時代、頭の良いクラスメートは授業中一切ノートを取らなかったことも思い出した。そういう集中力と、何より真摯に学ぼうとする意欲が欲しいものだと切に思う。

僧も僧なのだが、信仰心の篤いチベットの一般の人々にも憧れを感じる。水が少ないから不潔なことこの上ないし、貧しさも相当なものらしいが、物質文明の道を突き進む国々とは一線を画した精神的な豊かさが溢れているように思われる。……やっぱり一度は訪れてみたいな。中国の影響が少ないうちに。

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「サギ師志願」

昨日はこの本も買った。何故こんな本を買ったのか、理由は判っていただけると思う(笑)。突然この表紙が目に飛び込んできたのだ。そりゃあ買わざぁなるめぇよ。この傷痕はラテックスを用いた本格的な特殊メイクだそうで、その作り方だとか、BJの「矛盾の多い髪型」をどうするかとかが書かれている。なおご参考までに、BJメイクに関してはほんの数ページしか触れられておりません。写真は7~8枚あるかな。モデルさんはJ'zKという方。

さて、月曜日は『BJ』語り。とは言っても、ここんとこずっと『BJ』関係のお絵描きばかりしていたので、きょうは簡単に、好きなお話を取り上げてみる。

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「カミソリは いったぞ 『サイはふられたのだ』」
「あんた シーザーでしょ」

なんともハードボイルドだが、市井のとぼけた人情噺でもある#94「サギ師志願」。大好きなお話なのである。シリーズ中、最も楽しいお話なんじゃないだろうか。あらすじを簡単に言えば、川崎病を患った少年の父親(丸首ブーン)と町医者の矢武井(ヒゲオヤジ)がBJを騙して3000万円分の手術を無料でさせるというものだが、手術が終わる前から警察に自首の電話をかけて(それをBJに聞かれて)しまうサバサバして豪快な父親も、詐欺行為を画策する一癖あるがお人よしの矢武井も、そして騙されてあっさり身を引くBJも、それぞれのキャラが鮮やかに際立っていて魅力的である。

隆大介がBJを演じた実写版では、少年の父親に大杉漣、町医者に梅津栄というキャスティングで、これまた楽しかった。騙されたことがわかったときの隆BJの憮然とした表情と、警察が来たときのわざとらしい慌てぶりは何度観ても微笑ましかった。原作のセリフをそのまま使ってあるところも嬉しい。

いや、原作全編にわたってこのお話はセリフが良いのだ。少年の両親と矢武井医師のとにかく金に不自由している状況がありありとわかる話しぶりは、本来なら気が滅入るはずのものだが、「やめろ 高い薬なんだっ」とか「そー こうなりゃ医者が医者をだますの」などのセリフで笑わせてくれる。初めに挙げたカミソリ云々という少年の両親の会話もくすぐりが利いている。ちなみにこれは当時「シーザー」というカミソリがあったことからのシャレ(というか、父親の言い間違い)である。いま「シーザー」ってあるのかしら? 見たことないような気がするけど……。また、言うまでもないが「サイはふられたのだ」は、シーザーが反逆者とみなされることを覚悟の上で軍隊を連れてルビコン川を渡ってローマに入ったときの言葉。もう後には引けぬ、という心境を表している。

犯罪者になることを覚悟の上で息子を助けようとした父親と、自分の力量ではどうしようもないが何とか患者を救おうとした矢武井医師の意気に感じて、BJも小芝居を打ってそそくさと矢武井医院を後にする。普段はコマの奥に向かって去っていくことの多いBJだが、このお話では読者のほうに向かって歩いてくる。俯いていて顔は見えないが、たぶん微笑を浮かべているんじゃないかと思う。コツ、コツと靴音も高く、どうやらご機嫌の体である。もう少しこっちまで来てくれたら、照れくさがって逃げようとするのを無理やり捕まえて頭をナデナデしてあげるのになぁ(笑)。

しかしたぶん、BJが一番嬉しいのは、母親(サファイア)を安心させてやれたことだったのではないかと思う。みすぼらしい身なりをしているが、息子が治ると聞かされたときの笑顔は眩しいほどに美しいし、その後床にへたりこんで嬉し泣きをするシーンにはホロリとさせられる。息子を想う母の姿に、BJは自分の母の姿を重ね合わせていたんじゃないかと思う。

最後に。父親が持っている一升瓶のラベルが「大平山」と読める。秋田にそういう銘柄があるようだ。

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手塚と赤塚

この本を買った(笑)。つい昨日も『NHKアーカイブス・赤塚不二夫が語る』で赤塚の特集をやっていたのを観た。赤塚の追悼関連が大賑わいだ。テレビでは古谷三敏や山本晋也が彼の人となりや思い出を語っていたが、本当にシャイで驕ったところのない人だったらしい。誰からも愛される人だったのだろう。

この本には「鉄腕アトムなのだ!!」という、なんともはや錯乱しそうなギャグが横溢した一編が収録されているのだが、その扉に「わたしにこのマンガをかかせた手塚治虫先生にこの一篇をささげます。読者はどうぞご勝手ににお読みください」と書かれている。赤塚は手塚に心酔していたらしい。昨日のテレビでも言っていたが、そもそも手塚の『ロストワールド』を読んで衝撃を受け、漫画家を志したのだそうだ。

また、手塚は彼にこんなことも語ったそうだ。うろ覚えだが……。「映画でも音楽でも本でも、なんでも一流のものに触れなさい。それらを自分のものにして、マンガを描きなさい。マンガを描くのにマンガから学んでいてはだめです」。天才は天才を知る、というのだろうか、赤塚はそれを実践したそうだ。すごいね。

これに似たような言葉を聞いたことがある。骨董の目利きになるためには、常に一流の作品ばかりを見るとよいのだそうだ。どんなに作風や趣きが異なった作品を見ても、良いものは良いと見極められるようになるのだとか。形だけ人真似で似せようとしてもダメだということなのだろうな。本当に本人の内部から湧き上がってくるものの迫力とかエネルギーとかを、見る目のある人は見極めているのではないかと思う。

手塚も赤塚も天才だ。手塚は誰もが認めるところだろうが、赤塚も。ギャグまんがというのは、彼に始まり彼に終わったと誰かが言っていた。私は最近のマンガには疎いけれども、彼以降、彼の作品ほどに一世を風靡するようなギャグまんがが出てきていないということから思うに、この指摘は正しいような気がする。

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「お絵かきバトン」その2

トーレスさんから頂いたバトンのお題:「BJ de 制服」をアップします。せっかくなので9/6の日付にします。
また、次の方に回せないので、次の3項目にのみお答えさせていただきます。重ね重ねすみません。m(_ _)m

Bj_2

■この絵でこだわった所は?

何の制服を着せようか、迷いに迷いました。たまに逮捕令状なんか出される人なので、警官は絶対似合わない。自衛官、消防士とか機長、船長の制服、作業着、暴走族の特攻服(←制服か?)等々思い巡らしましたが、たいていお帽子やヘルメットがあるんですよね。BJにお帽子はトラウマ!→却下。そうすると……学生服しか残りませんでした。BJ高校3年生設定です。キリコも若返らせたことですし、まぁいいかと(理由になっとらん)。描くに当たってこだわったところは特にありませんが、いつまでたっても二色の髪が上手く描けません。orz

■回してくれた人の絵はどう思う?

トーレスさんは、私が覗かせていただいているBJサイト様の中で、一番男臭い絵を描かれる方です。“漢”という表現がぴったりの逞しいBJとキリコを、いつも惚れ惚れと拝見しております。それも、少年マンガのような荒々しい味わいから、乙女チックで繊細な雰囲気まで守備範囲が非常に広いのが驚異です。線がとても綺麗ですし、細部までの描き込みもハンパじゃないです。真似しようとしても、私のようなガサツな人間にはとても出来ません。心からご尊敬申し上げる絵師様です。

■描き終えての感想を

医学部合格目指して受験勉強真っ只中の黒男クン、卒業アルバムの写真撮影です。入学式以来はじめて、詰襟もちゃんと止めてみました。ゲラに笑うことを教えてもらったのに、そのゲラが隣にいないのが寂しいです。
この頃は、自分は真っ当な医者になるもんだと思っていただろうと思います。でも同時に、いつか仇敵に復讐を、と思っていたことでしょう。自分の未来の明るさと暗さに思いを馳せる、青春時代の一こまを描……こうとしたんです、わかってください(泣)!!

トーレスさん、バトンパスありがとうございます。お題が難しくて考えている時間のほうが長かったですが、楽しく描かせていただきました。これに懲りず、またよろしくお願い申し上げます。m(_ _)m

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黒の日

きょうは9/6(クロ)ということで、「黒男先生の日(誕生日)」としていらっしゃる方も多いようです。それに合わせられたのでしょうか、あちこちのサイトでイラストや小説の新作が発表されていて、嬉しかったです♪ ついつい見入ったり読みふけったりしてこの時間になってしまいましたが、私も「バトン」でBJ先生の指定を頂いているので、これから頑張って描こうと思います。夜更かししても、明日は日曜日だし。お昼寝しよう。

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「お絵かきバトン」

上記のバトンを、トーレスさんとromiさんから頂いてしまいました。

トーレスさんからは、BJで「制服」
romiさんからは、キリコで「パンツ」……

お二人ともなんて無謀なチャレンジャー様! BJは何かの制服なんて着るような男じゃないし、キリコのパンツっていったいどうすれば……。orz
で、いま、呻りながらキリコのパンツ描いてます。グンゼか、B.V.Dか。とりあえず経過報告まで。がんばります。う~んう~ん……。(23:59現在)

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(01:01)
描けたので(や、描けたなんて言えないけど……汗)アップします。きょうはromiさんから頂いたほうの「キリコ de パンツ」です。BJは、明日トライしたいと思います(まだ制服が思い浮かびません)。トーレスさんスミマセン。m(_ _)m

Kirico_pants_2

■ルール
※回された人は回してくれた人の指示に従うこと。
※指示に従って描かれた絵は必ず日記に載せること。
※回す時は回すキャラと指示を選んで回すこと。
※必ず指示選択欄に指示を足してから回す。

■指示選択欄
【猫耳 眼帯 血 帽子 眼鏡 制服 花 リボン お菓子 悲しみ ハート サスペンダー 包帯 和服 ポンチョ 鼻血 うさ耳 ヘッドホン スーツ タンクトップ 色気 笑顔 アイス 王子様 ホスト 子悪魔 ジャージ 泣き面 三つ編み 二つ結び 口ピアス 寝顔 パロディ 水着 髪を縛るしぐさ 体操着 ランドセル 食事 はにかむ 舐める 振り向く ほくそ笑む 白衣 魔女っ子 翼 エロ パンツ】

既に広く回っているようですので、ここで止めさせていただきたいと思います。指示項目、増やしません。悪しからずご了承くださいませ。m(_ _)m

■あなたの名前と使用した画材は?

わかばと申します。
「水彩LITE」です。「もくたん」で描きました。

■この絵でこだわった所は?

どうやってパンツを出そうかと悩みました。こんな着こなし方があるのかどうかも知りませんが、キリコがこれ以上はズボンを下げられないと言うので(私だって下ろしたくない!)、やっと5㎜ばかり覗かせました。お題は「パンツ」なんですが……、中心はパンツでなくちゃいけないんですが……、こんなんでよかったでしょうか(平謝り)?

■回してくれた人の絵はどう思う?

いつもお目目ぱっちりの可愛らしいBJ先生をニマニマしながら眺めさせていただいております。ピノコがまた感情豊かでキュートでネ。キリコも憂いがあって素敵です。いつも思うのですが、romiさんの描かれる絵は目の表情が素晴らしいのです。じっと見ていると吸い込まれそうになります。今回描かれた「舐める」は難しいお題だったろうと思いますが、これまた何処かへ行っちゃっているようなBJの見開いた目が凄い迫力でした。万雷の拍手を。

■描き終えての感想を

え~と、中年のおじさんにパンツ見せられても困るので、若キリコに設定しました。それからなんとなくこういうファッションに長髪は似合わないような気がしたので、退役後に髪を伸ばし始めた頃ということで短髪にしました。結果、キリコじゃなくなりました。orz  難しかったです(トホホ)。

■この人の絵がみたいと思う人7人にキャラと指示を指定して下さい。

すみませぬ~。m(_ _)m

romiさん、せっかく廻してくださったのに、こんなんですみません。ちょうど今日、お絵描きソフトを入れたので描いてみましたが、やっぱ私には難しかったです。romiさんのような臨場感と透明感溢れる絵が描けたら良いな~と、常々思っているのですが……orz。
バトンでお絵描きするのは初めてだったので、良い経験をさせていただきました。ありがとうございます。また、もったいないお言葉にも感謝感謝でございます。

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(備忘録080904)

福田政権が終わることよりも、PCがダメになったことのほうが一大事な今日この頃……。
いろいろ立候補の動きが活発になってきたようだが、新しい総裁が決まるまでまたも政治が空白となる。そして出来上がるのは、所詮「選挙管理内閣」だ。大騒ぎするのもアホらしい。今朝のテレビに田中眞紀子さんが出ていて、歯に衣着せぬ物言いをしていた。暴走気味だったが痛快ではあった。彼女がもしも根回しの上手い参謀を得たら、面白い政治をするんじゃないかと思う。彼女に言わせると、自分の出番はまだまだ先、のようだが。

PCをいろいろ弄りながら『チベット』(多田等観著)をやっと半分ほど読み終えた。面白い。

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さらばアゴン

PCを新しくして反応速度が速いのにビックリしています。今までがどんだけ遅かったんだと……。orz
昨夜のうちにウイルスバスターまで入れて、きょうはメール等の設定をしました。Hotmail の方は大丈夫なのですが、もしも最近(ここ3~4日の間に)BIGLOBE の方のアドレス宛てにメールを下さった方がありましたら、申し訳ありませんがもう一度お送りください。よろしくお願いいたします。m(_ _)m

以前のPCに入れていたデータは、取り出せないことはないのでしょうが、まぁ諦めようと思います。そんなに重要なものもないし、人様の個人データ等も一切入れていないので、このまま廃棄してもどなたにもご迷惑をかけることもあるまいと思います。一番残念なのは描きかけだった絵なんですが……、消えました。あの後画面が真っ暗になりまして。その後一度は復旧したかに見えたのですが、バックアップを取る間もなくまた突然暗転して、音もせず動いている気配もまったくしなくなり、それきりになりました。
チーン。(-人-)南無南無

まだ4年半ほどしか使っていなかったのですが、買ってすぐにちょっとしたアクシデントがあり(キーボードの隙間からアリの行列が入った!)、それ以来あまり本調子ではなかったように思います。ウィンウィンガコガコいってたし。よくもってくれたと感謝感謝。さんざん酷使してごめんね。ゆっくり休んでちょうだいアゴンちゃん。新PCのニックネームは「アゴン2号」です。

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しばらく逼塞いたします

パソコン本体が壊れました。修理に出してもかなり高額になるとのことだったので、現品処分で安かったのを買ってきました。これから設定です。いつまでかかるかな。のんびりやります。ネット開通次第、コメントレスさせていただきます。(携帯より書き込み)

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!!

Photo ここまで描いたところで突然ペンタブが反応しなくなったんですが、どうしたらいいですか……。(18時現在)

_ノフ○ モウダメダ

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