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永遠の恋人

あの、いきなりですが……。Wikipedia には如月めぐみさんが「BJのファーストキスの相手」だと書いてあります。『Treasure Book』にも「如月めぐみとファーストキスを済ませる」とかなんとか書いてあります(済ませるものなのかアレは?)。これにははっきりとした根拠があるのでしょうか? 掲載時のアオリとかハシラなどにそういうことが書かれてあったのでしょうか? どなたかご存知の方がありましたらご教示ください。ちなみに私は「めぐり会い」が掲載された号を当時買ったのですが、そういう記述があったという記憶がまったくないのです。

あのオクテぶりからすると、ひょっとするとそうかもしれないとも思えるのですが、案外ナッちゃんあたりに強引に済まされてしまっているような気もします(笑)。一方のめぐみさんの方は、BJ以前にとっくに済ませているんでしょう。彼女の方からBJにせがんでいますし、可愛らしい人だから昔からモテただろうと思うのです。

……という訳で、きょうもめぐみさんについてだらだらと語ってみます。めぐみさん好きなもんで。へへ。

「めぐり会い」において横浜“港の見える丘公園”で再会するBJとめぐみさん。日本へは「五年ぶり」というセリフから、このときBJ31歳、めぐみさん30歳ではないかと推測する。これがお互いぎりぎり最年少の設定で、これより若いということはまずないと思う。

めぐみさんは船医になっている。5年もの長きにわたって日本へ帰っていないという事実から、めぐみさんは外国に住んでいると考えるのが妥当だろう。いくら長い航海でも5年も船に乗りっぱなしということはあるまい。ということで、外国のどこかを母港とする、それも絵を見るかぎりどうやら豪華客船に乗っていると思われるのだが、今回横浜に3日停泊するというので下船したようだ(横浜まで乗ってきた船と出航していく船が違うのだが、気にしない気にしない)。

豪華客船ともなれば、膨大な人数が乗っている。たまたま調べたイギリス船籍の「クイーン・メリー2号」の定員は乗客2620名、クルー1253名となっていた。そのクラスの船で何人の船医が乗船しているのかはわからないけれども、決して多くはなかろう。BJもめぐみさんに「船医はつらいだろう」と言っているが、おそらく激務なのではないかと思う。

で、そのあたりの事情を知るべく読んだのが『北洋船団女ドクター航海記』(田村京子著)なのであった。著者は1982年に北洋船団初の女性船医となった麻酔科医である。船を所有している大洋漁業の募集に応じたわけだが、会社側にしてみればまさか女医が申し出てくるとは予想外の出来事であって、どうやらぎりぎりまで男性の医者探しに奔走したらしい。それでもなり手が見つからないので彼女に決定したという経緯であったらしい。北洋で時化と戦いながらサケマスを獲る漁船と豪華客船では事情が違うかもしれないが、あまり船医を志願する医者はいないらしいとわかる。

会社側が出した船医募集の条件は「診療科目=全科、希望医師=全科」である。これを読めば「全科目に精通した経験豊富な医師」を希望していると思うのだが、さにあらず。もちろんそれに越したことはないけれども「本当の医師免許さえもっているなら、どんな科目を専攻している医師でも結構」という控えめな意味合いなのだそうだ(BJ先生はアウトだ・笑)。小児科や産婦人科の医者でも、来てくれるならそれだけでありがたいらしい。まるで無医村と同じだナと、少々暗澹たる気持ちになった。“板子一枚下は地獄”の世界で働く方々の労働厚生環境はもっと良くしてあげないと。今は改善されていることを祈る。

初めての女性船医を乗せるに当たっての受け入れ側の慌てぶりは、読んでいてとても面白い。田村氏自身は医者に男も女もないと肝が据わっているのだが、それまで女性船医どころか女性そのものを乗せたことがない船なのだから、トイレやシャワー、風呂などが一々問題になってくる。1000人の中のたった1人の女性の扱いにてんやわんやである(笑)。散々会社側が気をもんだ女性船医誕生だったが、結局2ヶ月あまりの航海で彼女は船員から全幅の信頼を得るに至る。最初は「痔」や「水虫」の患者が恥ずかしがって診療室に来ないということもあったようだが、彼らもすぐに慣れてきたとか。田村氏のサバサバした気性も幸いしたのだろう。「ドクター、あんたになら俺、命を預けるよ。あんたが一生懸命やってくれて、それでダメだったらもう死んだってしようがない」という患者の言葉からは、男だの女だのを越えて、医者と患者の信頼関係がいかに大切なものなのかを読み取ることができよう。

本の最後に診療内容がまとめてあるのだが、診療科目は実に多岐にわたっている。風邪や胃炎等の内科疾患のほか、漁船ゆえにどうしても多くなる怪我の処置ではちょん切れかけた指をつなぐ外科手術まで行っているし、何故だか船に乗っていると多発するらしい虫垂炎の処置、うつ病、歯痛、ダイエット指導まで。鍼の技術で数年来の肩の痛みをケロリと完治させて、感謝されたりもしている。ちなみに、すぐに専門医の治療を受けることができない状況下ではとりあえず痛みを緩和させることが重要なので、ペインクリニックの専門家である麻酔科医は船医にもっとも向いているのではないかとも書かれている。

さて、漁船に乗り組んだ女性船医はこの田村氏が初めてなのだが、他の種類の船においてはどうかと調べてみたものの、それについてはよくわからなかった。しかし田村氏の書き方では、すべての種類の船の中で女性船医第1号であるように取れる。近年では南極観測隊に女性船医が加わっている例もあり、それほど珍しくもなくなってきているのかもしれないが、もしも田村氏が日本人女性船医の嚆矢ならば、めぐみさんはそれに遥かに先んじていることになる(「めぐり会い」は1974年発表)。すごいね。

いや、すごいことに間違いはないのだが、それで終わらしてはいけない。どうして手塚治虫はめぐみさんを当時日本に1人も存在しない女性船医に設定したのか。潔くBJから身を引いて距離を置くためというのなら、どこかの秘境に送り込んでもよかったはずだ。それが船医になっているということは……。やっぱりこれはめぐみさんが「女でなくなった」ということの残酷なまでの強調表現ではないかと思う。女性の船医なんてものが存在しない時代に船医になっているとすれば、それは即ち女性ではないということの証明に他ならない。女性船医がそれほど特殊なものでなくなった昨今の感覚でこの話を読んではいけないのだ。

ストーリー上では、彼女自身が船医を選択したことが匂わせてある。名前を「如月めぐみ」から「如月恵(けい)」と、男名前にも取れるように変えていることもその証拠の一つだろう。「やりがいがありますよ 男の仕事として」というセリフも。しかし、めぐみさんがどれほどの思いで船医になる道を選んだか。そうまでしてBJの前から去っていっためぐみさんの気持ちを思うと、……堪らない。ただただBJが将来幸せな家庭を築けるよう、子供を儲けることができるよう、それだけを願って身を引いたのだ、めぐみさんは。下船してすぐにBJに電話を掛けるめぐみさんの震える指先。ピノコをBJの子供と勘違いして「では奥さんをお持ちになったのですね?」と言ったときの作り笑いに貼りついた辛さ切なさ。……私は泣けて泣けて仕方がない。5年たってもこうなのだ。そして、これほど繊細に、愛しい男性を想う女心を表現した少年漫画を、私は他に知らない。

しかし、彼女は、強い。過酷な運命を乗り越えて、懸命に、堂々と、自力で道を切り拓いて生きている。BJの元へ帰ることは決してないだろう。BJもまたそんな彼女を追うことはしないだろう。BJはこの話でめぐみさんとの思い出を清算しようとしているようにも思える。しかしそれが出来なかったことは、後の「海は恋のかおり」で発覚する。めぐみさんを女性として愛する甲板員の少年が現れたとき、BJは猛烈なライバル心と嫉妬心を露わにするのだ。彼女を他の男には渡さないという思い。BJの独白部分では「めぐみさん」ではなく「めぐみ」と呼んでいることにも注目せねばならない。たぶんずっと心の中ではそう呼んでいたのだろう。今もなお、彼女は俺のものだ、と思い続けていることが透けて見える。BJにとってめぐみさんはいつまでも愛する「女性」なのである。

決して結ばれることはない。しかしどんなに遠く離れていても、たとえこれっきり再びめぐり会うことがなかったとしても、BJとめぐみさんは永遠にお互いを想い続けるのだろう。それが二人の愛の形だ。

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コメント

自分も同じように解釈してました。
漫画には、詳しく描いてませんが、如月さんの方から、身を引いたのだと思います。
BJは如月さんが子宮を取ったからという理由で別れる人間ではないと思います。
如月さんは、BJの幸せを願って、また女性としての機能を失った辛さから立ち直るために、あえて男性の船医としての道を選んだのだと思います。 強いし、本当に心からBJを愛してる方なんですね、、、 船医として幸せになってほしいです。
最終話で、BJの夢に出てくるぐらいの存在で、しかも未練たらたら(笑)
如月さんを愛してるけど、男性として前向きに新たな道を切り開こうとしている如月さんを追いかけることも、手を出すこともできないですよね。BJも複雑でしょう、、、

プラトニックラブですね。お二人は(^_^)

ピノコの記事も読みました!
ピノコは、最初に奇形嚢腫を読んだときビックリしました。あんなに愛くるしいのに、そんな過去があるとは、、、
BJには、恋愛感情を持ってもらえないだろうけれど、側にいることを許された、たった1人の人間(?)として幸せになってほしいです(^_^)

毎日、コメントお返事ありがとうございます✨

投稿: ヨコさん | 2016年11月15日 (火) 21時20分

ヨコさん

お読みいただきありがとうございます。m(__)m
はい、二人の恋愛はプラトニックだからこそ永遠に続くのだと思います。そんな相手が心の中にいるというのは、現実に結ばれるよりも幸せなことなのかもしれないと思ったりもします。

>未練たらたら(笑)
あはは^^ 他の男に取られたくないという思いは、確かに未練かもしれませんねぇ。愛する人を、自分とは結ばれない相手と知りつつも、庇護だけはしたいと思っているのではないでしょうか。男性特有の想いなのかもしれません。

ピノコに対しても、大切な大切な掌中の珠のような思いを抱いているように感じます。

BJは、自分は人を愛することのできない人間だというようなことを言っていますが、全然そんなことはないですね。如月さんとピノコの幸せを誰よりも願っているのは、BJだろうと思います。

熱いコメントありがとうございました♪

投稿: わかば | 2016年11月16日 (水) 00時14分

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