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おくたんなんらかや

手塚治虫のマンガには、男女のペアを主人公にしたものがいくつかある。『ドン・ドラキュラ』の父娘、『どろろ』の百鬼丸とどろろ、『七色いんこ』のいんこと千里刑事など。大人の男と小さな女の子という言い方もできるかもしれない。百鬼丸は大人というにはちょっと若いけれども自分の目的のために突き進むというスタンスを確立している一人前の男だし、千里刑事は立派な大人の女性だけれども鳥を見ると体が小さくなるという特異体質を持っている。いずれの場合も、ペアとして協力態勢にあるときは息の合ったところを見せてくれるが、二人きりになると小さな女の子に振り回されて大弱りする大人の男……という構図も垣間見えて楽しい。ドラキュラ伯爵とチョコラではチョコラのほうが断然しっかりしているけれども(笑)。

『BJ』においても然り。ピノコという存在がなかったら『BJ』という作品はどんなに違ったものになっていたことだろう。BJは天涯孤独のクールでやさぐれた医者のままだったかもしれない。ピノコとの掛け合い漫才のような会話が描かれなかったらBJの内面描写はもっと薄っぺらなものになっていたのではないかと思う。BJの性格もピノコのおかげでだいぶん変わったと思うが、ピノコもまた回を追うごとにずいぶん変わったように思う。

そこで改めてピノコの登場する話だけを順番に読んでみた。最初の頃のピノコはかなり痛々しい。顔つきも険しいし言動も荒い。自分を認めてもらいたくて、自分の居場所を確保しようとして、18年間のブランクを埋めようとして、求められる存在になろうとして、かなり急いでいる感じがする。無理もない。(無理もないが、正直、最初の頃のピノコはあまり好きではなかった。)そしてその一番手っ取り早い解決策が「BJの奥さん」であるという自己主張であったような気がする。なぜ「BJの娘」ではないのか? BJがまだ若くて独身だったからだろう。もしBJが馮二斉くらいの年齢だったり妻があったりしたなら、素直に「娘」で納得していたような気がする。

「ピノコ愛してる」で初めて「奥たん」発言が飛び出し、それはシリーズが終わるまで延々と続く。その間、そのピノコの言葉を受け入れたのはピノコの姉ただ一人だ。お姉ちゃん、このとき頭打ってるもんなぁ(笑)。普通の人間ならそんなこと言われて信じる奴はまずいない。せいぜい「ああ、将来そうなりたいと思っているんだな。よしよし」と子供の夢として聞き流すくらいだろう。だからこれはただ一人BJに向けられた言葉だと私は解釈している。誰彼なしに「奥たん」だと言っているような印象があるが、そのほとんどはBJに向かって、あるいはBJが傍にいる状況で誰かに向かって言っていることが多いのである。例えば一人で買い物に行ってお店の人に「おじょうちゃん」と呼ばれてもピノコはそれをわざわざ訂正したりはしていない。BJにだけ聞いてもらえればよいと思っているのだと思う。

「奥たんだ」「愛ちてゆ」とピノコは繰り返す。BJもまたいちいちそれに言葉を返したりしない。そう思うことがピノコの幸せならば、と考えているからだろうと思う。幸か不幸か、どうやらBJは生涯結婚しそうにない男だ。「人生という名のSL」に描かれたとおり、ピノコは今のまま(法律上、BJとピノコは結婚できない)末長くBJの傍にいるのではないかと思う。ただBJにとって結婚と恋愛は別らしく、ピノコがいても(まだいなかったという証拠がない)BQを口説こうとした実績もある。私としてはそのほうがありがたい。ピノコを恋愛対象として、つまり性的対象として扱われるよりは遥かに健全だと考えるからだ。年齢など関係なく、幼くて小さな身体を傷つけるような行為は決して許されるべきものではないと思うからだ。もしもピノコが女性の身体として十分な機能を持っていて妊娠でもしたら、子宮は破裂する。そんなもの愛の行為でもなんでもない。逆に女性としての機能が無いなら、それは単なる淫行だ。どちらにしても、幼い身体のままのピノコがBJと性行為をする理由を、私は見つけることができない。

……話がずれた。BJとピノコの間に強い愛情があることは間違いない。しかし「奥たん」というのは文字通りの「奥さん」ではなく、BJに最も必要とされるポジションという、象徴的な意味合いだろうと思う。娘、助手、家族、相棒、それらのものを全て含んでいるように思う。ピノコはただただBJに必要とされたいのだ。私を見て。私を愛して。最初の頃のピノコは確かにそう主張していた。しかしピノコの思いはもっと力強くて無条件で母性的な愛に変容していく。そしてBJを癒すことのできる精神的な拠り所になれたとき、BJもまた「最高の妻じゃないか」とピノコを認めるのである。姿形がなんだ! ピノコがいつまでも小さいままなのを可哀相に思ったりするのは自分の傲慢なんじゃないかと、私はピノコを考えるたびにそう思う。

【ピノコ登場作品】

畸形嚢腫              
ピノコ愛してる  

 「ピノコ 先生のおくたんになゆんだ!!」「(患者の父親に、先生の子かいなと言われて)おくたんらよ!!」。←これが「奥たん」発言の初出例。最初は「奥たんになゆ」だったのが「奥たんらよ」に変化している。
後遺症          
ピノコ再び
    
 「もうおまえはあの医者のこどもだ うちの子じゃない もどってくるやつがあるかっ」「ピノコ 先生とこにいたいんだアー」    
灰色の館     
 「おくたんとちて ついてきたの」…「ウワキはゆうちまちぇんっ」「よけいなおせわだ」   
発作       
 「(おじょうちゃんと言われたのに対して)ちゃんらないの さんって いいなおしなちゃいっ」←ふ~ん、「奥さん」でなくてもいいんだ?    
誘拐       
 「部屋から出るなっ」「おくたんがおくゆぐやい いいじゃないのよさ」
 「らいとうよう(大統領)なんてかんけいない人れちょ ピノコはなんしよおくたんなんらかやね!」
 「ちがうわ! らいとうようのほうがたいせつらかやよ!! ピノコなんかよいも!」「らいとうようってらいじな人らもん この国にとって」「ピノコなんか ろうなったっていいのよさ」。このBJへの盲信ぶり! そしてそれが裏切られたかもしれないという場面でもBJを一切恨んでいないピノコ。健気で潔い。颯爽と大統領もピノコも両方助けるBJもカッコいい。「キチュしてあげゆ」。    
万引き犬         
ときには真珠のように     
ピノコ生きてる  

 「そよそよピノコ大きくしてくえたっていいれちょ」…「ピノコもいつかは結婚するんだ!」
なにかが山を…  
 「ピノコ歩けよ! 十八だろおまえ」「オンブーッ いつも0歳だ0歳だっていってゆくせにーーい」    
ピノコ還る!   
 「おくたんのヘチョクイはあんまりきかないもんでちゅ」    
赤ちゃんのバラード       
白いライオン   

 「ピノコおまえはどうだ おまえはまともなからだになりたいと思ったことはないのかっ」「おまえは半分以上つくりもののからだだっ」「ちゃんと一人前のからだの女の子になりたいと思ってはいないのかっ」「そやあ ないたいわのよ……」。これは辛い会話だなあ……。    
めぐり会い    
 「これは…わたしの助手でピノコというんだ」「おくたんれちゅ」。こんな紹介されたら、誰だって面食らう(笑)。    
アリの足         
ふたりの黒い医者
 
 「うわきしちゃあいけませんっ 男なら会ってもいいけろね」。ウン、だからキリジャはピノコ公認なんだよな…(違)。   
にいちゃんをかえせ!!     
コルシカの兄弟
  
 「そんなにおくさんぶりたいんならクチャクチャスルメかむのやめろ」「やめさせたら泣くもんね」    
ネコと庄造と       
のろわれた手術        
えらばれたマスク     
ガス           
スター誕生
    
 「ね ピノコしうつして大きくちて!」「いまのままがいいよ」    
弁があった!       
ピノコ・ラブストーリー 

 「あれはすばらしい助手です」    
デベソの達        
報復         
シャチの詩
    
 「ピノコ 先生のおくたんなのよ!」…「ね 先生 いまは ひとりぼっちじゃないわよね」
水とあくたれ     
犬のささやき        
奇妙な関係
    
 「いいや 二十歳の名医だ」  
ピノコ西へいく  
 「ピノコ二十歳よのさ!!」  
小さな悪魔    
 「小さいときには男の子なら母親を 女の子なら父親を愛するもんだ…」…「アッチョンブリケ」  
もう一人のJ       
U-18は知っていた     
ハッスルピノコ
  
 「くよくよすんな!」「幼稚園や学校なんざゴマンとあるさ」…思い悩むBJ。  
悲鳴         
老人と木       
座頭医師
     
 「らんなちゃまのちごのにケチつけやえたや」「おくたんとしては ぐやじいわのよ!!」 
殺しがやってくる  
研修医たち    

 「結婚記念日よのさ」「あのなあ 結婚式もあげてないのに なんで結婚記念日なんだ」「らっておくたんらもん 結婚記念日ぐやいあゆわのよ」「ウーン そう決めてるんならやむをえないな…」「さ らちて」……この後BJは「わがむすめピノコへ」と書いたメキシコのひょうたん人形を出してピノコの逆鱗に触れることになる。
あるスターの死      
畸形嚢腫パート2 
空からきたこども      
99.9パーセントの水   
落としもの        
やり残しの家     
約束           
フィルムは二つあった  
失われた青春  
      
コマドリと少年  
 「おくたんのやゆことに いちいち口出さないれちょーらい!!」
音楽のある風景    
B・J入院す
   
 「(女医さんにおじょうちゃんと言われて)おくたんらってのに!!」「あの女医ちゃんね 先生を愛ちてゆ」。鋭いなーピノコ! びっくりしているBJの顔がなんとも…(笑)。する前からバレてちゃ浮気しようにもできまへんな。    
白い正義     
 「この子は私のものだっ」  
本間血腫     
おとずれた思い出
 
 「らってピノコはね 先生のおくたんらもん」「ピノコね ほかの人におくたんってみとめやえたのは はじゅめてよのさ!」。ウンたしかに!
信号           
土砂降り

 「(BJと電話で)そこに女医ちゃんいゆんれちょ きよみとかゆー……」「いいれちゅか ウワキはらめれちゅよ わかっちゃうんらかや」。なんで名前までバレてるのかな?    
六等星          
キモダメシ    

 「おまえ二十だろう そんなお子さま向きのサービスは幼稚じゃないのか」  
肩書き        
命を生ける        
二人三脚
     
 「おまえそろそろ発声練習したほうがいいんじゃないか」  
腫瘍狩り        
浮世風呂       
助け合い         
20年目の暗示      
消えさった音       
しめくくり        
ブラック・ジャック病    
コレラさわぎ       
ピノコ・ミステリー        
密室の少年
    
 「先生… ピノコがついてゆ…」    
動けソロモン   
 「(アニメーターの青年に向かって)ピノコね おくたんよのさ」「こうみえても二十なのよのさ あら 十八らったかちや」「手塚治虫たんがねー アイマイなかきかたちゅゆかや こまっちゃうわのよ」     
台風一過     
 「おまえもおとなだろう 私に頼らずにしっかり家を守ってろ わかったな」  
人生という名のSL   
 「おまえ 私の奥さんじゃないか」「それも 最高の妻じゃないか」  
復しゅうこそわが命      
されどいつわりの日々
B・Jそっくり

 「手と顔洗ってきなさい!!」「私の奥さんならそんなひどい顔はごめんだ!!」    
過ぎさりし一瞬   
短指症
      
 「としはもいかないって おまえさんはどーなんだ?」「ピノコ おとならわよ!!」このエピソードでのBJピノコペアの息ピッタリ具合といったら、読んでいて痛快である。    
オペの順番     

【上記以外でピノコに言及されている作品】

ダーティ・ジャック 
 「私にもちいさな女の子がいてね」「幼稚園へ入れようと思ってるんですよ」「おいくつ……」「十八歳だ…いや0歳かな」
ふたりのピノコ
 「うちの子がおまえさんそっくりなんだ」「おまえさんを見てるとうちの子を見てるようでね」
身代わり      
 「(スージー)じゃ……パパなの」「ンム ま…そんなもんだ」

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「ブラック・ジャック」カテゴリの記事

コメント

ピノコに関しては、その発言に、当初の黒男先生は戸惑い苦い顔をしてたような記憶がある。けれど二人の関係を思い浮かべるとき、わたしの中の黒男先生は、なんとも悠然とし、その傍らでピノコがニコニココロコロしているイメージがすぐに浮かんでくる。
『人生という名のSL』までの二人の道のりが、あまりに真剣に真摯にあったからこそのイメージであり、また「最高の妻」に至るのではないかと思う。
ピノコという存在に、幼子の葛藤、マイノリティの葛藤、女性の葛藤など、様々な要素が詰め込まれているため場面ごとでの発言に差が出るのでしょう。黒男先生の前では完全に乙女モードですが……。

コンビの話しでいえば、三つ目がとおるでは逆ですね。まあ、絆創膏が剥がれると写楽くんの方がふてぶてしくなりますが(*´ω`)

投稿: もりびと | 2008年11月11日 (火) 01時59分

もりびとさん
>当初の黒男先生は戸惑い苦い顔をしてたような
そうでしたね。そんな言葉どこで覚えた!?なんて言ってます。
その後、慣れないなりに頑張って育児して(↑で書き忘れましたが「てるてる坊主」ではピノコにどんな本を読ませようか考えているようでしたし)、なんとかピノコを一人前にしようと教育したのでしょう。ピノコがニコニココロコロできるようになったのは彼の愛情のこもった育児の賜物だろうと思います。そしてピノコはそれに応えてたしかに娘以上の存在になっていきますしね。
>乙女モード
乙女モード以外にもいろいろ使い分けていると思いますよ、無意識なのか意識的なのかわかりませんが。賢い子です。
ピノコを考えるというのはこっちが試されているような覚悟が要りますね。ご指摘にあった様々な葛藤を抜きにしては考えられませんから。難しいです……。

>コンビ
ああ、写楽と和登さんがいましたね。あんまり読んだことがないので忘れていました。ありがとうございます。

投稿: わかば | 2008年11月11日 (火) 23時44分

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