海潮音
夫がちょっと遠方まで商品を配達するというので、私もこっそり営業車に乗せてもらうことにした。松江から出雲市内を越えて特産のいちじくで有名な多伎というところまで。彼が納品の仕事をしている間、私は途中で降ろしてもらった「道の駅 キララ多伎」の建物から砂浜に下りて30分ばかり海を眺めていた。
けっこう波は高かったが、テトラポットに白く砕ける波頭越しに日本海の水平線を飽かずに眺める。私のほかにもカップルや家族連れなどが整備された砂浜に点々と座って海を見ている。
3歳くらいの男の子が、砂浜を波打ち際まで行っては打ち寄せる波に追いかけられてキャーキャーと引き返す、ということを100回くらい繰り返していた(笑)。だんだん大胆になって膝くらいまで海に入るようになっていく。後ろで見ていたお母さんが「危ないからやめなさい」と言うのに、面白くてやめられないらしい。最後には「ヤダヤダ」と言うのを強制撤収(?)させられていた(笑)。
幼い子どもに限らず、若い人のグループは必ず最初に波打ち際まで行ってみていた。波が引く寸前に海水に手を触れてみるとか、3歳児と同じように波とギリギリの追いかけっこをしたりしている。おじさんおばさん、じっちゃまばっちゃまは一人としてそういう行動をしない。面白いもんだね。好奇心や冒険心が薄れるのか、あるいは身体や衣服が濡れるのを厭うのか。ただぼーっと海を見て、波の打ち寄せる音を聞いている。
私ももちろんぼーっとしていたクチだが、それで十分楽しかった。いや、心が浮き立つような楽しさではないのだが、いまここで無為に海を眺められることそのものが「ああ、いいなぁ」と思われるのである。この波は地球上に海ができたときからずっと、一瞬も休むことなく岸に打ち寄せているのだなぁとか、いつの時代の人間もこの同じ海の音を聞いてきたのだなぁとか、そんな取りとめもないことを思うのが心地よい。
海潮音……もちろん波の音、潮騒のことを言うのだが、仏教語では「みほとけの慈悲の声」の意味がある。寄せては返す波の音。良いものだ。
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