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「もう治せないんだ!!」

月曜日は『BJ』語り。きょうは「シャチの詩(うた)」について。

私にとっては5本の指に入るくらいに大好きなお話なのだが、泣くのがわかっているのでその覚悟をしないと読めないお話でもある。

BJが岬に診療所を構えたばかりのころ、外見を嫌ってか誰も彼に近寄る人間はいなかった。孤独に何時間でも海を見つめていた毎日に、ある日変化が訪れる。怪我をしたシャチがやってきたのだ。BJはシャチの怪我を治してやる。シャチはその後も何度も怪我をしてやってきた。報酬となる真珠や珊瑚を咥えて。BJは彼に「トリトン」と名前を付けて、カルテまで作成するようになる。BJはトリトンと友情を育むが、町の噂でシャチが漁場を荒らしていることを知る。大海原へ帰るようトリトンに話すBJだったが、遂に子どもが3人シャチに殺され、大掛かりなシャチ狩りが行われる。トリトンは傷つき、またもBJのところへやってくる。BJはもう彼を治すことができなかった。毎日報酬を咥えてBJの元へやってくるトリトン。BJは見て見ぬふりをする。岩陰に隠れて「もう治せないんだ!!」と叫ぶBJが哀しい。そして、最後の一粒の真珠を咥えたまま、トリトンは死んでいった。

誰も悪くないのだ。他の動物を食べて生きているシャチ。子どもを殺されてシャチ狩りをしようとする人間。誰も悪くない。いや、唯一悪い奴を探そうとすれば、それは最初にトリトンを治療したBJ先生だということになる。これでトリトンがBJに懐いてしまった。怪我をしてもここに逃げ込みさえすればBJに治してもらえると思い込んでしまった。だからトリトンと縁を結んでしまったBJ先生が一番悪い。しかしそれを責めることができるのだろうか。目の前に傷ついて死にそうな生き物がいるとき、思わず手を差し伸べてしまうことは果たして自然の摂理に反することになってしまうのか……。

トリトンのことをピノコに話して聞かせるBJは、悲しさを押し隠して淡々としているように見える。彼が泣けないのを、代わりにピノコが泣いてやっているようにも見える。自分が犯した罪とそれに対して与えられた罰を、BJはしっかり自分の身ひとつに受け入れている。トリトンに対してもずっと許しを乞い続けてきたのかもしれないと思う。

後に「戦場ガ原のゴリベエ」というお話が描かれた。連れ合いを亡くしたゴリベエという猿が、残された子ども達のために乳を得ようとして人間を襲い乳製品を奪う。地元の猟師に撃たれたゴリベエを追ったBJは、ゴリベエの巣穴で事の顛末を知り、彼を治療してやる。一週間後、車で去ろうとするBJに、巣穴に置き忘れたメスを届けるゴリベエ。親しく言葉を掛けるBJとちんまり座ってそれを聞くゴリベエ。しかし次の瞬間、ゴリベエは再び猟師の銃弾に倒れるのだ。慌ててゴリベエに駆け寄ったBJが猟師に向かって叫ぶ。「クソッタレめ!!」。

トリトンが死んだときにはBJの感情は描かれなかったが、ゴリベエのときには感情を爆発させている。怒りと憤りともどかしさと……。BJにはこの猟師を糾弾することはできない。人間を襲う凶暴な猿を放っておくことはできないのだから、猟師の行いには正当性があるのだ。子どもを3人も殺したシャチを狩ろうとした漁師たちと同じである。野生動物と人間の関係を描いた同じようなストーリーの中で、BJは2度も同じような苦い悲しみを味わう。

しかしこの「クソッタレめ!!」というラストのコマから察するに、BJの心情は人間側よりは動物側に近いところにあるように思う。『BJ』シリーズを読むたびに思うのだが、BJの視点は常に弱者の側にある。野生動物と人間の関係で「弱者」というのはおかしいかもしれないが、人間は少なくともシャチや猿よりも思考能力において勝っていて、自然や社会の全体像を把握できる立場に居り、自然界に介入できる力をも持っている。そういう点で野生動物は人間より「弱者」の立場に置かれていると言ってもよかろう。だからこの場合も、BJの視点が動物側にあることは頷ける。

トリトンのときにはどうすることもできない運命を嘆くことしかできなかったBJだが、ゴリベエの最期では、人間を害するものは皆殺すのか、なきものにするより他に方法を思いつかないのか、このクソッタレめ!!という気持ちだったのではないかと思う。人間ならば、その思考能力の高さを誇る人間なればこそ、彼ら野生動物との共存の道を探らなければならないのではないのか。

「シャチの詩(うた)」では切ない結末にただひたすらに泣くことしかできないが、「戦場ガ原のゴリベエ」では「クソッタレめ!!」というラストの台詞から、手塚治虫はそういうことを描きたかったんじゃないかなぁと感じるのである。

(もうちょっと書きたいことがあったような気がするのだが、泣きながら書いているうちに忘れてしまった。時間がきたのでここでアップします。)

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