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「この坂は苦しいぞ」

さて、新年一発目の『BJ』語り。

BJ先生は医学書以外にどんな本を読んでいるのか。『ハムレット』や『シラノ・ド・ベルジュラック』などは知っているようだし、俳句だってすぐに思い出しているから、理科系の人間とはいえ一通りの古典等は読んできているようだ。自宅の書棚はきちんと整理されているようで、少なくともめぐみさんの写真が貼ってあるアルバムの位置は把握できている様子だ。その他にどんな本が並んでいるのか見てみたいものだが、確実にこれだけは所蔵していると思われる本が『ある身障者の記録』(本間丈太郎著)である。きょうは「アリの足」について。

この年末に私はテレビアニメ版の「アリの足」を横目で観ながら大掃除をしていた。「挫けるもんか!」と思いながら(笑)。読むたびに、自分も頑張らなくてはと思うストーリーなのだが、おおよそのあらすじは次のとおり。

ポリオによって足が不自由になった光男少年は、この病気の患者がどんなに努力しているかを伝えようと、広島から大阪までを歩く旅に出る。そのルートの参考になったのが『ある身障者の記録』である。そこに書かれた患者が、過去に同じルートを歩き通しているのだ。山火事に巻き込まれそうになったり不良少年に財布を奪われたりしながら、光男の苦難の旅は続く。そんなとき陰になり日向になって彼を助けるのがBJである。しかし高額な報酬を取る医者であるという認識から、光男はBJを軽蔑しており「自分をつけまわすな」と怒る。ルートの最後の難所で再び現れたBJは彼に最後の助言をし、『ある身障者の記録』に書かれている患者は幼い頃の自分であることを明かす。ある事故で身体がバラバラになり、それをつないで治してくれたのが本間先生。そしてリハビリに励む自分のことを記録してくださったのだ、と。BJと話をしたがる光男だったが、BJはそのまま去っていく。そして、光男は無事大阪までを道のりを踏破するのだった。

ストーリーの良さもさることながら、『BJ』ファンにとってはBJの過去が明かされる一編として欠かすことのできないエピソードである。アニメでは、旅を終えた光男と自宅でそのニュースを見るBJが画面越しに微笑み合うラストがなかなか良かった。黒男少年が昔同じルートを歩いたときには、光男少年のようにマスコミに騒がれることもなく、おそらくひっそりとした孤独な旅だったろうと思う。人の助けは借りない、自分一人でなんとかするんだ、という気概だけで歩いたんじゃないだろうか。つきまとわれて苛立つ光男の気持ちを、BJほどよくわかる人間は居まい。きっと危ない目にも遭ったことだろう。しかし反面、黒男少年だって行きずりの人から数知れぬ親切を受けたのではないのかな。でなければ、光男少年にあれだけ親切にはせずに放っとくんじゃないかと思う。あるいは、自分の他に誰か親切にする人がいたら、BJは手を貸さなかったのではないかと思う。自分があのとき人から受けたと同じくらいの親切を、BJは光男に返したのではないのかな。

ところでここでちょっと整理しておくが、この54話「アリの足」以前には、29話「ときには真珠のように」で、大怪我をした黒男少年を手術で治したのが本間先生であることがわかっている。このときに描かれた黒男は車椅子に乗っていてなんらかの事故に遭っている。さらにその前の28話「指」では間久部との会話に「おぼえてる……中学のときだ…(中略)…わたしは身体障害者 きみは不具者だったんだ」とあり、車椅子に乗った黒男が間久部と仲良くしている。このときの黒男は顔に傷もないし髪も全部黒いので、まだ事故に遭う前だということがわかる。つまりシリーズのこの時点での設定は、黒男はもともと何かの事情で歩くことができず、間久部と出会った中学時代までは車椅子で生活しており、その後に身体がバラバラになるほどの事故に遭い、本間先生の手術と過酷なリハビリによって歩けるようになった、ということになる。よって、黒男少年が広島~大阪の旅をしたのは中学高学年~高校生の頃と考えられるのだが、後に、この「身体がバラバラになるほどの事故」が「不発弾の爆発事故」になり、更には事故に遭った年齢も「8歳」と前倒しされ、幼少の頃から脚が不自由だったという設定が曖昧になっていくので、「アリの足」までとそれ以降では、BJの生い立ちの設定が違うことは頭に入れておかなくてはなるまい。

さて次に、広島~大阪というルートなのだが……。広島のどこが出発点なのかは絵を見ても判然としない。広島在住の方ならお判りになるだろうか? 終着点は判る。JR大阪駅前の、阪急百貨店と新阪急ビルと曽根崎署に囲まれた三角形の部分だ。地下街の「通風塔」が何本も地上に突き出しているところで、これは私が10数年前に実際に見て確認した。「Yahoo! 地図」の航空写真で調べたら今もあるようだ。ところで謎なのは、どうして広島~大阪なのかということだ。身体の不自由な少年が、縁もゆかりもない土地を起点や終点に選ぶだろうか。そこまでの移動だって大変だろうに。というわけで、このとき黒男少年は広島に住んでいたと考えてみる。ここからは一気に想像の世界に突入するのだが、黒男がそもそも歩けなかった理由を原爆だと考えるのは無理があるだろうか。まだ彼がほんの子どもだった1945(昭和20)年8月6日、爆風によって倒壊した家屋に押しつぶされて怪我をしたという可能性は考えられないだろうか(胎内被爆ということも考えたが、生後脚に障害が出たという例を見つけることはできなかった)。

広島だから原爆、というのでは短絡的に過ぎるかもしれない。しかしその後「身体がバラバラになるほどの事故」が「アメリカ軍の不発弾の爆発」に設定されたことを見ても、BJの生い立ちと戦争を結びつけることはそれほど不自然なこととは思わない。シリーズ全体からも戦争の匂いは色濃く感じられるし、手塚治虫が『BJ』で描きたかったテーマの一つは「戦争」であると信じる。よって、BJは戦争の被害者であるという設定が手塚の頭の中にはあったのではないかと想像するのである。そうするとBJの年齢は、ぎりぎり1945年生まれとして、シリーズ開始の1973年には28歳。うん、それくらいなんじゃないのかな。ということで、今まで私はBJ1948年誕生説をとってきたのを訂正して(…というか、どうして1948年という計算になったのかもはや覚えていない)、誕生日を1944年11月3日に勝手に決めることにする。手塚先生と同じ誕生日という妄想だけは捨てられない(笑)。

黒男少年は当時広島に住んでいた……となると、不発弾が埋まっていた場所も広島近辺で探さなくてはならないことになるのだが、それはまたの機会に。

「アリの足」に話を戻す。旅を終えた黒男は何を思ったのだろう。想像するしかないが、いちだんと逞しく成長した少年像が眼に浮かぶ。やきもきして待っていた本間先生に「よく頑張ったな」と暖かく迎えられて、はにかみながらも旅の思い出を夢中で語る黒男少年……(激しく妄想中)……は、後に先公をダーツの的にする不良少年になり、さらには法外な手術代を請求する闇の無免許外科医になるのであった。あらあら。だからBJって男はおもしろいよ。

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