最近読んだ本の中でおもしろかったものについて覚え書き。
●ちょっと前に『フラジャイル』(松岡正剛著)を読了。古今東西の膨大な数の著作を縦横に引用参照しながら、「なぜ、弱さは強さよりも深いのか。なぜ、われわれは脆くはかないものにこそ惹かれるのか―薄弱・断片・あやうさ・曖昧・境界・異端など、従来かえりみられてこなかったfragileな感覚に様々な側面から光をあて、「弱さ」のもつ新しい意味を探」った大著である。(「」内は「BOOK」データベースより引用)
「フラジャイル」というと、私は以前の職場の倉庫に積んであった段ボール箱に“FRAGILE”と書かれていたのを思い出す。また、その段ボールを見るたびにロックグループ・イエスのアルバム『こわれもの』を思い出していた自分を思い出す。だから私にとっての「フラジャイル」はイコール「こわれもの」であったのだが、今回この本を読んで、そういう壊れやすいものだけを指すのではなくて、ぼんやりしたはかないもの全体を現す抽象的な概念であることを知った。
この本の感想を書くことは難しくてとてもできそうにないが、人々が何故だかそういうはかなくて捉えどころのないあやうい感覚を抱くものの正体について、非常に示唆に富んだ一冊であることは言える。内容を深く理解できたとは言い難いものの、共感できることは多々あった。境界線上、欠落と聖性、などという言葉を思い浮かべながら読むと、『BJ』を読む上でのヒントも多かったので、このことはいずれまた書くこともあるかと思う。
●『夢枕獏の奇想家列伝』(夢枕獏著)読了。著者お気に入りの歴史上の人物、玄奘三蔵、空海、安倍晴明、阿倍仲麻呂、河口慧海、シナン、平賀源内の7人を「奇想の人」として取り上げ、その生涯とどんなところが偉大なのかを語った内容だ。決して堅苦しくなっていないのは、著者が彼らを単なる歴史的偉人として見ることなく、一人の等身大の人間として見ようとしているからだと思う。たとえば、著者にとって玄奘三蔵とは決して一緒に酒を飲みたいとは思わない相手である、というように。空海についても、冷たい人間だという印象が書かれているし、中でも意外だったのは、平賀源内は気の毒な人物であるという見方である。発明家、アイデアマンとして有名な彼を、何一つ満足にやり遂げられなかった人物として著者は見ている。
なるほどなぁと思う。歴史的、表面的なことだけを見ているとわからない、生身の人物像に迫ろうとする著者の意欲を感じると同時に、こういう見方をすれば歴史もおもしろくなると感じた。また、そういう見方をすると、歴史に残らなかった人々に想いを馳せることも可能になるだろうなと思う。たとえば、4隻のうち難破しなかった2隻の遣唐使船に乗っていたのが空海と最澄だ。この二人はそれぞれ後世に名を残すことに成功しているが、では難破した残りの2隻に彼らのような偉人が乗っていなかったとは誰にも言い切れないことに気付く。もしかしたら彼ら以上に後世の歴史を変えるような人物が乗っていたかもしれない。実際に歴史を動かすことのできなかった彼らを容赦なく切り捨てたものが、われわれの習った「歴史」だったように思う。
歴史を見るのではなくて、人間を見ることの面白さを、この本は教えてくれる。文献や資料だけを確かなものとして見る歴史家ではなく、これは小説家ならではの見方だろう。そして、彼らをひとりの人間として見たとき、そのあまりにも人間臭い意地のはり具合だとか計算高さなどを通して、改めてその魅力と偉大さに気付くのである。
●『ラッシュライフ』(伊坂幸太郎著)読了。5つの別々の物語が最後に一つに収斂していく構成。すべてが同時進行ではないところにやや不満が残ったが、とてもよく練られている印象だった。それぞれが現実味のない話なのに、読んでいくうちにいつの間にか「こういうこともあるかもしれないなぁ」と思わせられている。著者の術中にはまることこそが楽しい一作。それと、黒澤という泥棒がなかなかカッコいい。
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