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点か線か

入院中、自分の「死」についてはほとんど考えることなく過ごしたが、ドクター・キリコについてはいささか思うところもあったので、忘れないうちにメモ書きしておく。

・点 あるいは西洋的な死

古代ギリシアの哲学者のエピクロスはこう言った。
《……それゆえに、死は、もろもろの悪いもののうちで最も恐ろしいものとされているが、じつはわれわれにとつて何ものでもないのである。なぜかといえば、われわれが存するかぎり、死は現に存せず、死が現に存するときには、もはやわれわれは存しないからである。そこで、死は、生きているものにも、すでに死んだものにも、かかわりがない。なぜなら、生きているもののところには、死は現に存しないのであり、他方、死んだものはもはや存しないからである》

「死」をこのように西洋哲学的に考えるならば、この「われわれが存する」状態と「死が現に存する」状態の間のまさに刹那に存在するのがドクター・キリコということになる。「死神の化身」と呼ばれて『BJ』においては「死」の象徴ではあるが、彼は“be dead”となった状態にはもはや存在しない(それを描いたのは『地獄変』であり『ドグラ・マグラ』だ)。また同様に“be alive”の状態にもキリコは存在しない。キリコは「死」をもたらす者であり、生命の最期の一瞬にしか作用しない「死」の概念だ。

一気に腐ってキリジャという創作分野で考えるならば、「生」の象徴であるBJとはその最期において一度きりの刹那の邂逅しかできないのがキリコということになる。BJ(=生)が終われば、キリコ(=死)もその瞬間に同時にその役割を終えるからだ。そしてそのあとは、どちらも存在しない。そういう関係性においては、キリコは「点」の存在となる。

・線 あるいは東洋的な死
その一方で、生まれたときには「生100% 死0%」であったものが徐々に年齢とともに死の割合が増していって最期には「生0% 死100%」になるという死の考え方がある。死は最初から生の中にあるというもので、仏教などではこういう考え方をする。あるいは西洋の“Memento mori”も日頃から死を思うという意味で同様と考えてよいのかもしれないが、しかし“Memento mori”には現世享楽主義的な匂いも多分にするので、どちらかと言えばこれは東洋的な考え方のような気がする。この場合の「死」は「点」ではなくて「線」である。

最初はBJ(=生)優勢であったものが最後はキリコ(=死)優勢になる。BJは決してキリコに勝てないという先日のNHKで半ば公式的になったキリジャ的(?)認識はこっちだ。しかし反面、そもそもBJ(=生)が居なければキリコ(=死)は存在すらできないという事実も忘れてはならない。

・点か線か
キリコという存在が象徴する「死」とは、点か線か。どちらかと言えば、私はこれまで「線」のイメージをしてきた。身に染み付いた東洋的な考え方のせいなのだが、案外、キリコ自身は自分を「点」と考えているような気がする。病気や怪我に苦しんで死を待つばかりの“be alive”なら、一瞬のうちに“be dead”にしてやろう、と思っているのではないか。
BJが「自分は患者を治したいと思っているだけで、死なないようにしたいわけじゃない」と、死をも内包したバリバリの東洋人思考をしているのに対して、キリコが西洋人の設定(だよね?)であるのは、結構深い意味があるように思う。

BJとキリコ。「生」に関しては同じでも、「死」に関してだけは背中合わせになる二人の構図は、そういう東西の死生観の違いからも説明できそうな気がする。

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『チーム・ブラックの栄光』、なんとBJ先生とキリコ先生がチームを組んで治療に当たっておられます。治せるものならBJ先生がその命にかけても治してくださるでしょうし、治せないものならキリコ先生が安楽のうちに送ってくださるという夢のような状況です。しかし、左上には、何やら剣呑な表情を浮かべた白拍子センセと日本医師連盟会長が……。政治的手腕で病院を私物化せんとする「白い巨頭」チームにとっては、このチーム・ブラックはまさに目の上のタンコブでありましょう。しかもたいていの患者はチーム・ブラックに治療してもらいたくてやってくるので、経営の都合上追い出すわけにもいかず……。「白い巨頭」チームの歯軋りが聞こえてきそうです。きっと小さなことでネチネチと嫌味なことを言ったりしたりするのでしょう。(^m^)ぷぷぷ
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