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何故、手塚治虫はアトムが嫌いだったのか

先週の朝日新聞「be on Saturday」に、懐かしのマンガに続く第2弾「もう一度見たい昭和のアニメ」ランキングが載っていたので転記しておく。()内は得票数。

1 鉄腕アトム(968)
2 巨人の星(542)
3 まんが日本昔ばなし(532)
4 ジャングル大帝(507)
5 鉄人28号(465)
6 宇宙戦艦ヤマト(421)
7 エイトマン(379)
8 あしたのジョー(363)
9 オバケのQ太郎(351)
10 ルパン三世(337)
以下、アルプスの少女ハイジ、ムーミン、サイボーグ009、魔法使いサリー、となりのトトロ、おそ松くん、妖怪人間ベム、狼少年ケン、ゲゲゲの鬼太郎、銀河鉄道999 と続く。

やはりアトムがぶっちぎりの1位だ。「いまでも主題歌が聞こえてくると、未来への希望がわく」「アトムは永遠のアイドル」などという読者の感想が並ぶ。私も毎週観ていたが、内容はほとんど覚えていない。エイトマンのほうが好きだったし。でもアトムが歩くたびにピョコンピョコンと足音がするのをおもしろがっていた覚えはある。この記事を書いた1959年生まれの記者さんはおそらく私と同学年だが、彼も書いているように、私もマーブルチョコのアトムシールを集めたクチだ。

Sightところで、夫が友達からこんな雑誌をもらってきた(夫、手柄ぢゃ!)。ロッキング・オン社発行の「SIGHT」vol.15 SPRING 2003 である。特集のタイトルは「何故、手塚治虫はアトムが嫌いだったのか 誤解された天才の闇に迫る」。編集の渋谷陽一が神とも仰ぐ手塚治虫の特集を企画したのは、おりしも2003年4月7日にアトムの誕生日を迎えるからだったという。

渋谷陽一は巻頭言でこう語っている。
「未来、希望、ヒューマニズムといった言葉の洪水のなかに、本当の手塚治虫はいなかった。一種の手塚批判ともいえた宮崎駿の発言----社会的には物議をかもしたが、僕が納得できた数少ない追悼の言葉だった。あの宮崎発言には、手塚への確かな愛があり、リアルな表現者としての手塚が存在していた。すでにいろいろなところで語られ始めている手塚論、あるいはアトム論は、僕が危惧したとおり、本来の手塚、本来のアトムとは距離のあるものばかりだ。そこで本誌は、あえて「何故、手塚治虫はアトムが嫌いだったのか」という挑戦的なタイトルで大特集を組んだ。
手塚は生前頻繁に、自分にとってアトムは代表作でない、好きな作品ではない、本来のメッセージが世間に伝わっていない、そしてアトムというキャラは好きではない、とまで発言している。…安易な手塚→アトム→ヒューマニズムというフラットな連想パターンもより一般化してしまった。いうまでもなく手塚は希望も語ったが、同じくらい、あるいはそれ以上に絶望も語った作家である。」

素朴な疑問が湧く。最初に挙げたランキングでの読者の声と、アトムが嫌いだったという手塚の言葉との、この乖離の大きさはいったい何だ? 手塚が当時アトムを嫌いだ嫌いだと思ってあのアニメを作っていたとすれば、多くの視聴者を欺きおおせた偉大なペテン師だったということになる。

たぶんそうではないのだと思う。「アトムが嫌いだ」というのは、アトムに込められたプラスの面ばかりに注目されることに嫌気が差して、また漫画家としての自分にそういうレッテルが貼られることを避けるために言った言葉だと私は思う。自分はもっと別のものだって描けるんだゾ、というアピールではなかったか。

「手塚は希望も語ったが、同じくらい、あるいはそれ以上に絶望も語った作家である」。確かにそうだ。『火の鳥』(何編だったか忘れた)で、やっと深い縦穴から出たと思ったら、そこには更に高い壁が聳え立っていたあのラストには、おさな心にも絶望を感じたものだ。『ザ・クレーター』で、死ねない身体になった宇宙飛行士が月面から地球の終焉を見続ける話にも、胴震いがするほどの恐怖と絶望を覚えた。しかし、だからといって、手塚がそこで本当に描きたかったのが絶望であったとはどうも思えないのである、私には。これは作品から受ける印象がそうだから、としか言いようがないのだが。また、NHKのように、愛だ思いやりだヒューマニズムだなどとは簡単に評したくないのだが、でも彼の作品全体から受ける印象は、絶望や悲惨さよりは愛と希望とロマンなのである。

だから私は手塚が「アトムが嫌いだ」と言っても、額面どおりには受け取れないのだ。彼は人一倍自分に対する評価を気にする人だったそうだから、それは評論家だのマスコミだのに対するバリアであって、彼らを操作するための計算だったと考える。この特集を企画した渋谷氏のように、手塚治虫は品行方正なマンガばかりを描いていたわけではなくて、それは後から付加されたマスコミによるフィルターを通した見方に過ぎない、というような論調が出てくるのは、まさに手塚の思うツボではなかったかと思う。

彼が人間の心理や社会のマイナス部分に目を向けた漫画家だったことを否定するつもりは毛頭ない。でもそれは更にその先を描く(あるいは読者に思い描かせる)ための手段であって、決して目的ではなかったと私は考える。というか、そう感じる。私の感覚が絶対だ、などと言うつもりはない。渋谷氏のような捉え方のほうが真実なのかもしれない。そっちの考え方のほうがより深いと言う人もいるだろう。

結局、これは読者各人の感覚のレセプターの違いなのかもしれない。手塚治虫が投げかける善や悪や生や死や愛や裏切りや嬉しさや悲しさや喜びや苦しみや……、そんな様々な形をしたメッセージの中から、読者は自分のレセプターに合ったものを選択して受け取っていく。『MW』の結城に込められたメッセージを大きく受け入れる人もいれば、善玉ロボット・アトムに込められたメッセージがぴったりの人もいるのだろう。そして私のレセプターは、『BJ』という作品の描かれ方やメッセージに反応するのである。

……と、無理矢理『BJ』に話を持っていったところで、最後に、この特集の中で『BJ』について触れられている部分をいくつか挙げておく。

「考えてみると、手塚治虫ってキャラクター・グッズが売れないんですよ。(中略)実際は鉄腕アトムくらいでね、あとは何もないんですよ。やっぱりブラック・ジャック人形は持たないし、ブラック・ジャックTシャツは着ないと思うんですね」(竹内オサム)……私、ブラック・ジャックTシャツ、着てるんですが(汗)。

「本当に『ブラック・ジャック』なんか異常だもんね。一話完結であれだけの物語を作るという」(江口寿史との対談の中の渋谷氏の発言)

「『ブラック・ジャック』というのは職人というか、医者の“教養”って感じがすごくするんですよね。なんというか、生命の大切さの背景には、膨大な死があるのだ、というような、一種の諦観というか死生観というか」(斎藤環)

「手塚さんは知識よりも教養をとったという感じですかねえ。さらに言えば、物語性のほうをとったわけで。それが『ブラック・ジャック』を非常に優れた作品にしてると思いますね」(斎藤環)

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コメント

好き嫌いについてを語るのは正しくない読み方になるんだろうけど、あえて誰が一番手塚先生に愛されていたかを考えてみるとすると……ロック? と思いました(´・ω・)

投稿: もりびと | 2009年7月14日 (火) 07時19分

もりびとさん
ロック! なるほど、言われてみればそうかもしれませんね。『BJ』でも一番最初に出てきましたし、「指」を「刻印」に描き直している点からも、手塚先生にとって思い入れの深いキャラであったことは間違いありませんね。

投稿: わかば | 2009年7月15日 (水) 00時08分

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