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2009年9月

パソコンをめぐるあれこれ

Microsoftが無料のセキュリティソフト「Microsoft Security Essentials」のサービスを開始したようだ。これまで私はウイルスバスターを使ってきたのだが、今後この「Microsoft Security Essentials」が標準搭載されれば、Windows に関する限り従来の市販のセキュリティソフトを買う必要はなくなるのかもしれない。そろそろウイルスバスター2010をダウンロードしなくてはと思っていた矢先にこのニュース。どうしようかな……。両者を比較検討した記事を読んでから考えるとしようか。

MSN といえば、最近、Hotmail が不調だ。一昨日出したメールが今日になって(Failure)‏で戻ってきた。この2日間いったいどこを彷徨っていたものやら、ネットの世界は摩訶不思議だ。この1件だけではなく、4~5日前から立て続けに(Failure)‏の通知が来ていた。試しに私が持っているHotmail 以外のメールアドレスに送るとちゃんと届く。だから今のところ届かない相手は特定の1人だけなのだが、1週間ほど前まではその相手にもちゃんと送れていたのだ。送れなくなったちょうどその頃から、作成中の文章が自動的に「下書きフォルダー」に保存される等の新機能が付いたので、その頃にシステムが手直しされたのは間違いなさそう。しかしそれにしたって、送れないのはヒドイじゃないか。おまけに失敗の通知が2日も経ってから来るなんて。緊急の用件だったらどうするんだ! プンスカ。

昨日、「ココログ引っ越しツール」が公開された。「ココログ引っ越しツールとは、他のブログサービスでお客様が書いた記事をココログに引っ越してくることができるサービスです」ということで、よしよし、これならば以前のブログの記事を持ってきて一つにまとめられるゾ、と喜んだのもつかの間。Windows Live(旧msn)は対象外だった。orz 失敗したなぁ……。

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(備忘録090929)

読書中につき、本日の記事はお休みします。m(_ _)m

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女性キャラあれこれ

月曜日は『BJ』語り。……なのだが、23時15分現在何も考えていない。う~ん、何を書こうかね。

好きな男性キャラについては散々語ったので、きょうは女性キャラについて書いてみることにしようか。

一番好きなのは、やっぱりピノコだろうな。時々うざったいこともあるが(アニメでは毎回もれなくうざったかったが)、原作ではそれもご愛嬌と許せる。天下のBJ先生がたった一人信頼する相棒として認めて傍に置いているのが、あんな小さな女の子だというギャップはとても魅惑的だ。あのポジションが大人の女性ではダメだ。イメージが固まりすぎる。大人であり子どもであり、分別があったりなかったり、頑固だったり素直だったり、夢見がちだったり超現実的だったり、千変万化する魅力を振りまけるのは、あのピノコだからこそだ。

次に好きなのは如月めぐみさん。私にとっては、不可侵領域のピノコよりは、一人の女性として共感できる点が多い。「女でなくなった」というドギツイ表現は、逆にめぐみさんにとっては救いではないかと最近思うようになった。妙齢の美女であるのに子どもを産めない身体になるということはこの上もなく辛いことだ。そういう意識のまま年月を重ねるよりは、いっそ「女でなくなったからには、男として生きていく」と意識を転換したほうが生きやすいのではないかと。これは私自身の身体の変化に伴って初めて生じた考え方だ。

男性の目から見て蠱惑的だろうなと思うのがBQ。私が男だったら、ダメもとで一応口説いてみる。

「しずむ女」のヨーコ。人間という存在の透明な哀しさを人の形にするとヨーコになる。BJ先生が無償の愛情を注いだのも頷ける。

あと、『BJ』における三大“母”も忘れてはならないだろう。BJ先生のおかあさん、白拍子先生のおかあさん、「激流」の肝っ玉母さんはそれぞれに魅力的だ。名作と言われる「おばあちゃん」に出てくる母親にも泣かされる。子どものためになら母は強くなれるのであろう。

そして、私にとってはどうも印象が薄いのがユリさん(笑)。ドクター・キリコの妹で、二次創作ではよく登場するのだが、原作でも2度目の登場時には「おまえさん だれだっけ」とBJ先生に言われた女性である。兄同様色素が薄いイメージで、兄が死神なら妹は幽霊みたいだと思った記憶がある。ユリという名前がまた百合の花を想像させるものであるし。なにしろ兄が非合法の安楽死稼業をしているのだから、それを諌めるのに必死ではあるのだが、アニメで描かれたような(いきなりライフルを発砲するような)激情的な女性にはとても思われず、常識的で楚々として控えめで日陰で泣いているようなか弱いイメージがある。あんな大胆ヌードまで披露しているのに、損なキャラである。←私の中では。

ここでタイムアップです。

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Roots

父の三回忌法要。伯母が杖をついて来た。一週間前に転んだそうだ。やっぱりこの人は「一族の中で一番よく道で転ぶ人」に決定だ。腫れもなく熱も持っていないようだが、なにしろ高齢なのだから気をつけてもらいたいものだ。でもなぁ、私も転ばないまでもけつまずくことはよくあるからなぁ。おっちょこちょいの粗忽者はわが一族の遺伝だ。

法要と会食のあと、兄に命令されて私が書けるだけ書いて持っていった一族の系図を見ながら、あれこれ話す。この系図というのがなかなか一筋縄ではいかないシロモノで、いとこ同士二組で嫁にやったり婿に取ったりした後でつれ合いと死に別れて再婚、というケースとか、なんでこの人はこんな苗字なんだ、あらそれは夫婦養子よ、なんていうケースがあったりして、線がぐちゃぐちゃになる。おまけに、4~5代前に同じ名前の女性(姑と嫁の関係)がいたりするので、ひとつ間違うととんでもないことになったりする。

伯母を中心に皆で判る範囲の情報を出し合い、江戸から明治のあたりに生きていたご先祖様たちの名前を埋める作業をしたが、こんな機会は滅多にないからなかなかに楽しい。中には「お祖母さんの名前を忘れた……」という親戚もいたが(笑)。←やっぱり粗忽者の血筋だ。「このおじさんはね。結婚式の当日に初めて自分のお嫁さんを見て『嫌だ!』って言ったんだけど、もうダメだったのよ」なんて話も飛び出して、大笑いをしたりした。このおじさん他ご先祖の皆さん、笑ったり変なところを線で繋げたり名前を間違えたりしてゴメンナサイ。m(_ _)m

Roots

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『京伝怪異帖』

『京伝怪異帖』(高橋克彦著)読了。帯に書かれた「山東京伝+平賀源内 無敵の師弟コンビが、江戸の怪異を解き明かす!」という惹句に惹かれて読んだ一冊。面白かった。

寡聞にして平賀源内と山東京伝が師弟関係だったとは初耳だったのだが、……なるほどこういう仕掛けか。史実の平賀源内は享保13年(1728年)に生まれ安永8年12月18日(1780年1月24日)に獄死する。この物語は、まさにその夜から始まる。吉原で源内獄死のニュースを聞いたのが19歳の伝蔵こと後の山東京伝。その死に不審なものを覚えて、それまで会ったこともない源内の通夜に出掛けていく。

田沼意次の権勢と没落、松平定信の寛政の改革による文化人の受難といった時代を背景に、戯作者の山東京伝、奇才平賀源内、浮世絵師の窪俊満(安兵衛)、芝居者の蘭陽の四人が奇怪な事件(源内秘蔵の天狗髑髏にまつわる奇談、生きては帰れぬ地獄宿、恋女房に取り憑いた悪霊など)を解き明かしていく。この蘭陽という男だけは作者オリジナルの人物で、若衆髷の美青年。女言葉を使い陰間茶屋でそっちの商売もしているが、本職は用心棒で、見かけによらず腕が立つというなかなか魅力的な人物である。

源内がチームのブレインという趣きで、命を狙われながらも頭脳的な駆け引きや裏の裏まで読んだ策略を弄する。京伝は京伝でどんなことにも「粋」な面白さを忘れないし、蔦屋重三郎や鶴屋南北らをも巻き込んで、怪奇事件の背後に見え隠れする権力者に戦いを挑む構図になっているのも面白い。ミステリとホラーとマジックが横溢した痛快時代小説である。

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初めて買ったレコード

こざるさんのブログで、「初めて買ったレコード」というのが話題になっていた。彼は『太陽にほえろ!』のサントラだったらしいのだが、私は何だったかというと、The Three Degrees の来日公演のライブ盤(たぶん1976年)である。「にがい涙」を日本語で歌っているやつ。あれを売るはずはないからどこかにあるはずなのだが、探しても見つからない……。orz

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天体望遠鏡

Viewimage090924アバターの現在のお部屋の様子。念願の暖炉と天体望遠鏡を買った。あと欲しいのは5000コインのビリヤード台。先は長いよ~。

小学生の頃欲しくてたまらなかったものが、天体望遠鏡だった。なんであんなに欲しかったものやら、2年間くらい事あるごとに父におねだりをしたがはかばかしい返事をもらえず半分諦めていた。6年生の頃、出張から帰ってきた父が細長くて大きな箱を抱えていた。それがミザールの天体望遠鏡だった。

それから毎晩、晩ご飯もそこそこに望遠鏡を覗いた。どれくらいの倍率だったかは覚えていない。口径は12㎝くらいだったと思うが、焦点距離が長かったのでかなりシャープな像が見えた。初めて月のクレーターをくっきりと見たときは震えが来た。四苦八苦して土星の輪を捉えたときには、一瞬自分がどこにいるのかがわからなくなった。まるで宇宙空間に漂っている気がした。あのときの胸の高鳴りはいまでも忘れない。

ファインダーも付いておらず、三脚の高さも2段階(2本の木の棒をネジでとめて継ぐ方式)しかなかったから、天空の高いところにある星を観るときなどは無理な姿勢を強いられて大変だった。星図と照らし合わせて、たぶんあれが木星というのも捉えたが、ちょっと目を離したらもう視界から外れていて、二度と再び見つけることはできなかった。地球の自転は思いのほか速い。いまから思えば、はたしてあれが本当の木星だったかどうかも疑わしい。いまならネットでちょちょいと検索すれば惑星の位置など簡単にわかるが、当時は雑誌などから得た情報で「たぶんあれだろう」ということで探していたのだから、いい加減なものだ。だから全然違う星を観たのかもしれなかったが、それで充分楽しかった。

数年後、私の不注意で2個あった接眼レンズのうち倍率の高いほうを破損してしまい、望遠鏡を覗く日々も終わりを告げた。それでもしばらくは捨てられずに取ってあったが、大学時代の引越しで処分してしまった。

いままた天体望遠鏡が欲しい。星を見るという行為は、宇宙というとてつもなく巨大な生命体と繋がっている感覚がして、豊かで暖かな気分にさせてくれる。「星はギザギザしてないんだね」とびっくりしていた祖母も、土星の輪を代わる代わる見た父も、いまはもういない。彼らを思い出しながら私ひとり根気強く星を探すのもよいかもしれないと思ったりしている。

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IQ300の男

先日から800冊ほど本を売り払い、本棚から溢れかえって床に山積みになっていたのがちょいとすっきりしたので、きょうは少し整理して並べ直していたのだが、どうやらまだ入らない。これ以上、本棚は増やしたくないから、やっぱりあと200~300冊はどうにかしないと。う~む。

Photo本の整理をしているとどうしてもパラパラと中身を読んでしまい、はかがいかないこと夥しい。きょうは『新ルパン三世』をパラパラどころかじっくり読んでしまった(汗)。夜になってネットを開いたら、BJサイトマスターのr嬢がちょうど素敵なルパンファミリーのイラストをアップしておられたので、その偶然に狂喜した。

その中にNo.141「123…7」のルパンの絵(原作よりもカッコいい)があったのだが、この話は私も好きだ。ルパンとコンピュータとの知恵比べで、お互いに問題を出し合い、先に解いたほうが勝ちというただそれだけの話。ルパンは地中に首まで埋められ手枷をはめられている。コンピュータが決めた7桁の数字を間違わずに言えたとき、手枷は外れてダイヤを得ることができる。ルパンはその数字の配列を探し出さなくてはならない。それに対してルパンがコンピュータに出した問題は……。

「10÷3=」である。

さすがルパン三世!「ウッ」と詰まったコンピュータが「3.3333……」と延々と答え続けている間に、ルパンは「1234567、3456789……」などとじっくり数を並べるのであった。すごいなァ、よくこんな問題を考え付くなァ、と感心して忘れることのできないエピソードのひとつとなっているのであるが……。

「0000000」から「9999999」まで7桁の数字は1000万通りある。おそらく「0000000」から順番に言っていくことになるのだろうが、ひとつ言うのに2秒かかるとして、全部言い終わるまでには約58日かかるのである(笑)。最初のほうにあるといいね、ルパン君。

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子どもから覗く大人

『猛スピードで母は』(長嶋有著)読了。

--「私、結婚するかもしれないから」「すごいね」。小六の慎は結婚をほのめかす母を冷静に見つめ、恋人らしき男とも適度にうまくやっていく。現実に立ち向う母を子供の皮膚感覚で描いた芥川賞受賞作と、大胆でかっこいい父の愛人・洋子さんとの共同生活を爽やかに綴った文学界新人賞受賞作「サイドカーに犬」を収録。--(「BOOK」データベースより)

う~ん。こういう作品の感想を書くのは難しいな。2編とも、日常にありそうだけれど実はどこにも無い世界を綴ったもの……という印象を受けた。なんだかとても不思議な感覚だ。『猛スピードで母は』は、濃い霧を通して物事を見ている感じ。『サイドカーに犬』は、陰影のない世界の出来事のような感じだ。夢ではないし、かなりドラマティックなことも起こるのだが、現実感に乏しい。これがこの作家の文体なのだろうか。初めて読んだのでよくわからないが。

しかし多分そういう雰囲気を醸し出すことで、この2編の作品は成功している。小学生から見た大人の事情などというものは、霧を通して透かし見たような、きっとどこか現実とは違う風合いのものなのだろう。自分が実際に見聞したり経験した事実の断片を繋ぎ合わせて、子どもは子どもなりの世界を作り上げる。『サイドカーに犬』で、母親が出て行ったきり帰ってこない現実を別にどうということもなく受け止めていた主人公は、その不安定で孤独な状態なりにうまく自分の世界を築き上げているように思った。『猛スピードで母は』の慎少年もしかり。そして慎少年はそんな世界を抜け出して成長していくのだ。

本当は2編とも、そこに描かれている女性のあり方をカッコいいと思わなくてはいけないのかもしれない。著者はそれも描きたかったに違いない。確かにカッコよく現実に立ち向かって生きており、男性の登場人物の影が薄くなるほどなのだが、「母」というポジションに立つ人間として見た場合に、これはどうなんだろうと思わないでもなかった。母と息子がまるで友達同士のような関係に思われること、「母」より「女」を強く感じることなどなど。別に、小説に道徳観念を求めるわけではないのだが、慎少年はこれからもいろいろと大変だろうなぁと思ったりした。それともこんな母親像がいまでは普通なのか……。

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光源氏とBJ

「CREA読者が選んだマンガでいちばん惚れた男」というアンケートがあって、われらのBJ先生はどうだろうと思って見てみたら、なんとなんと2番目に挙がっているではないか! 第2位ということなのだろうか。よりにもよってきらきらしい光源氏の隣だからひときわ黒ずんで異彩を放っているが、読者のコメントはなかなか的を射ている。「色気があって、大人なところ」「天才・大怪我・マザコンという設定が秀逸」「命の重みを誰よりも知っている。多くを語らないところが魅力的」。

少女マンガにおいて一番のテーマは恋愛であることが多いし、そうでない作品でも読者の少女たちはその男性登場人物の恋愛形態を想像する。あとの大方の入選者たちがそういう恋愛関係事情をコメントされているのに対して、BJ先生の場合はその生き方についてのコメントがされていてなかなかよろしいと思う。少年マンガには本来そういう側面がある。いろんな困難にどうぶち当たってどう処理していくかとか、何を理想として目指すのかとか、そういった男の生き方が一番のテーマなのであって、彼女とどう付き合うかなんてことは副次的な要素に過ぎない。そんな少年マンガである『BJ』なのに、女性が対象のアンケートでこんなに上位にランクされているのは嬉しい。まぁね、BJ先生に男の色気があることは決して否定しないけれども。(^ー^)にへら~

BJ先生のほかは、『エースをねらえ!』の宗方仁と『はいからさんが通る』の青江冬星と『ベルサイユのばら』のフェルゼンくらいしかロクに知らないのだが、読者のコメントを見る限りでは、女性の男性に対する好みは大きく二つに分かれるようだ。「クールでちょっとワルい男」と「一人の女性を一途に愛する男」である。相反するようだが、女性の本音は「クールでちょっとワルくて浮名を流したりもするけれども、それは単なる浮気なのであって、本当は一人の女性(すなわち自分)を一途に愛してくれる男」が一番よいのである。もっとぶっちゃけて言えば「彼ったら女性にはモテるけど、彼が本当に愛しているのはこの私なのよ!」と思いたいわけで、これがおおよその女性が思い描く最高の恋愛形態であると言っても過言ではなかろう。……と思うがどうか?(経験値が低いためちょっと弱気)

BJ先生はそういう女性側の好みにぴったりマッチする。如月先生を除いては恋愛事情はほとんど描かれていないが、いつぞや書いたように女性からはやたらにモテる。クールでちょっとどころじゃないワルである。そして心の中ではただ一人の女性(私ならここに如月先生の名を当てはめるが、穿った見方をすればBJ先生のおかあさんというのもアリだろう)を一途に想い続けている。典型的なドン・ファン型のプレイボーイであり(そう思っているのは私だけかもしれないが)、これはお隣の光源氏と同じである。……ちょいと『源氏物語』と『BJ』の登場人物を比べてみよう。

桐壺更衣  BJ先生の母(幼い頃に死に別れた薄幸の母親)
藤壺中宮  如月先生(結ばれてはいけない女性)
紫の上   ピノコ(手塩にかけて育て上げた女性)
あと、官能的な朧月夜をBQ、守るべき存在の玉鬘を山下クミさん、というあたりでどうだろう。

光と闇。対照的にも思える光源氏とBJだが、マザコンあり悲恋ありで、その恋愛模様はけっこう似ていると思うのである。ちなみに、BJをドン・ファン型でありカサノヴァ型でないと思う理由はBQに対する態度である。BJがカサノヴァならBQを抱え込んで放さないと思う(笑)。杉並井草なんかもそうだろうな。ちなみにドクター・キリコは来るもの拒まず誰でもOKのカサノヴァ型のような気がする。なんとなく(笑)。

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小早川秀秋と島左近

飛び飛びに観ている『天地人』だが、きょうはいよいよ関ヶ原の戦いということだったので、性根を入れて観た。

小早川秀秋が散々ヒヨってましたなぁ(笑)。獅子舞のごとき黒毛兜の三成と若林豪さんが…もとい、島左近が勝ち戦も目前とばかりに盛り上がっているときに、上地小早川大将はまだウロウロしている。家康の陣からも誘いをかけられているから、三成直々の要請にもビビりまくり。挙句に「関白」の一言でトラウマ誘発。やっとのことで「出陣じゃーーー!!」「……って、どちらに?」(爆)。

本当にこんなナサケナイ状態だったのかな? 後世から見ればまさに歴史を左右した瞬間なのだが、一人の人間の心理状態として見た場合、これくらいナサケナイほうがリアリティがあったように思う。それにしても若林豪さんの(島左近だってば)「我こそは島左近、わが首級取って手柄にせよ!」はすごい迫力で、上地小早川と良い対照を見せていた。勝ちを目前にひっくり返されて、いったいどんな気持ちだったろう。「もののふ」ならいざというときにこれくらいのセリフは言えなくちゃ嘘だろうが、もはや死に花を咲かせるしかないと決断した男の美学を見たように思う(お、カッコいいな)。

「三成に 過ぎたるものが 二つあり 島の左近に 佐和山の城」

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彼岸花

彼岸の入り。ふと見ると、庭に彼岸花が咲いている。3日前には確かに咲いていなかった。毎年この時期に忽然と姿を現す不思議な花である。

有毒植物であり、水田の畦や墓地に多く見られる。Wikipediaによれば、田を荒らす動物がその鱗茎の毒を嫌って避けるように、また墓地では虫除けおよび土葬後に死体が動物によって掘り荒らされるのを防ぐため、人手によって植えられたものなのだそうだ。

これだけ全国の人の役に立っているのに、興味深いことに、日本に存在するヒガンバナは全て遺伝的に同一であり、三倍体なのだそうだ。つまり雄株、雌株の区別が無いので種子で増えることができないらしい。はるか昔「中国から伝わった1株の球根から日本各地に株分けの形で広まったと考えられる」とある。ということは、二倍体と四倍体のヒガンバナというのが中国にあって、それがかけあわされてできたものなのだろう。そしていま日本全国に咲くヒガンバナはすべて、その初代のクローンというわけだ(という考え方でよいのかな?)。

いまわが家の庭に咲いているヒガンバナも、東京で咲くヒガンバナも、ごんぎつねが見たヒガンバナも、その昔に万葉人が見た「いちしの花(←おそらくヒガンバナのこと)」も、すべて同一の花だ。……なんだか不思議な気がするが、こんな生き方もあるんだなぁと思う。

歩きつづける 彼岸花咲きつづける (山頭火)

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ラベル

Takeshita

立ち寄った「道の駅」で買った日本酒「出雲誉」。「蔵元 竹下本店」の部分にご注目。

Daigo

で、中身はこれ。DAIGOロックポーズラベルです。噂には聞いていましたが、実物をきょう初めて見ました。竹下登元首相の似顔絵ラベルよりは売れ行きが良さそうです。

「しっかりとした造りがふくらみのあるコクを生み、まろやかな味わいに仕上がった 日本酒上撰【出雲誉】 「たしかにぃ~」
蔵元竹下家十二代当主竹下登(第七四代内閣総理大臣)の孫息子DAIGOのサイン入り得意のロックポーズをラベルにと遊んでみました。「マジっすかぁ~」
常温または燗してお飲みいただければ 日本酒【出雲誉】をガチにお楽しみいただけます うぃっしゅ!」
という、ちょっと痛い感じの宣伝文句が書かれた紙が入っていました(笑)。うちでは飲まないので、兄への誕生日プレゼントにするつもりです。

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ラジオ体操

最近、毎日ではないが、ラジオ体操をしている。朝6時半からドタバタと(笑)。胸の手術の後、リハビリとしてドクターに勧められたからだが、やり始めた当初は第1だけで息が切れた。第2になってよろけた。2日目に全身の筋肉痛で呻った。こんなにハードなものだったとは!

小学生の夏休みには毎朝これをやっていたのだなあ。子供たちだけでなく、ふと気付くと後ろのほうで近所のおじさんがステテコ姿でピョンピョン跳んでいたりした。あのおじさんは、いまの私よりも若かったのだろうなきっと。

調べたところ、ラジオ体操の歴史は1928年に始まる。その頃の正式名称は「国民保健体操」といったらしい。現在の「ラジオ体操第1」は「国民保健体操」から数えて3代目で1951年に制定された。老若男女を問わず誰でもできることにポイントを置いた体操である。「ラジオ体操第2」は1932年の初代から数えてやはり3代目で1952年に制定。こちらは職場向けとして制定されたものらしい。

最近ではラジオ体操によるダイエットが話題になったりしているが、第1第2で70kcal以上消費できるとも聞く。体操の後の朝ごはんがむやみと美味しいのは、なるほどそのせいか。1日に2回やれば、1日の摂取カロリーの1/10近くを消費できる計算だ。1日4回あるラジオ放送を全部やれば……おほほほほ♪

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怒涛の勢い

あはは。きょうはもう滅多やたらと「霞が関が激震」したようだ。後期高齢者医療制度廃止、川辺川ダムと八ッ場ダム建設中止、アニメの殿堂建設中止、死刑は慎重に、インド洋給油延長せず、核密約を徹底調査、官僚の記者会見原則禁止、等々が新閣僚から次々に発表された。また郵政グループの抜本再編案も明らかになり、小泉さんの郵政改革を根底から覆すことになりそうだ。

テレビのインタビューではお年寄りが「後期高齢者医療制度が廃止になるだけでも、民主党になってよかった」と言っておられたが、そんな鳩山内閣の支持率は77%と、小泉内閣の85%に次いで歴代2位を記録したそうだ(毎日新聞調べ)。

「脱官僚政治」を謳い、税金の無駄遣いを徹底的に調べ上げて無くすのがモットーの今回の鳩山政権。たまにはこんなカンフル剤も必要だろう。高級官僚の天下り先であった、いったい何をやっているのかわからない数多の法人も、この際徹底的に消滅させてもらいたいものだ。

しかしあれだ(なんだ)。官僚というのは政治を動かす力を持った上級公務員のことをいうのだろうが、すべての官僚が時代劇に出てくる悪代官のような悪者であるはずはない。心ある清廉の士も必ずいるわけで、このたびの「政」の大掃除に伴って「官」も自浄されんことを望む。官僚、ひいてはすべての国家公務員が国民から目の敵にされることは、私にとっては身が細る思いがするし、また悔しいことでもあるのだ。私は20年近く下っ端の国家公務員だったが、その間で業者さんからボールペンの1本ももらったことはなかった。そういう公務員が大多数であるというのが真実なのである。

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どうなるかな

鳩山内閣発足の日。自民党政権の幕が下りた歴史的な日なのだから何か書き留めておこうと思ったが、なにしろ新閣僚の顔ぶれを見ても名前も知らない人がいたりして何を書けばよいのかわからぬ。とにかく始まってみなければなんとも言えない。不安も大きいが、旧弊を打破してもらいたいという期待のほうが大きいと言える。小泉さんは国民に「3年我慢してください」と言っていた(それからずーっと我慢のしっぱなしだけれど)。新政権に対しても同様あるいはそれ以上の期間、経過を見守る必要があると思う。

しかしあれだ(なんだ)。ずっとあの構想で続くと思われていた年金制度までが一新されるとなると、私の将来の年金はどうなるんだろうと思ったりする。国家公務員だったことがあるので共済年金がもらえるはずだったのだが、国民、厚生、共済が一本化されれば金額が変更されたりするんだろうか。いま国民に通知されている「ねんきん定期便」に表記されている金額は自民党政権下での試算だったはずだから、やっぱりこれは変更になるんだろうな。一方で、後期高齢者医療の負担割合も見直されるだろうから、老後の暮らしでどっちがどうとは言えないのだけれど。

政治は国家百年の大計と言われ、長期を見通した政策を取らなければいけない。本来なら、政権党が代わっても年金制度など国民の暮らしに直結した制度が大きく変わってはいけないと思う。もしも4年後にまた政権党が交代したとして、また制度が変更になったりしたのでは国民はおちおち将来の生活設計もできないわけで。しかし今回ばかりはその年金制度そのものがボロボロだったことが白日の下に晒されて、それこそが政権交代の大きな原動力になったように思う。百年に一度の金融危機とも相俟って大転換期にちょうどぶち当たったわけだ。だからこのたび民主党を与党に押し上げた国民の民意としては、年金制度の一新というのは覚悟の上だといえるのだけれど……どうなるのだ私の年金は、とやっぱり関心はそっちへ向く。

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ナスカと深海

『飛び出せ!科学くん』2時間SPを観た。ココリコ田中がナスカの地上絵の謎に迫り、そして新しく地上絵を描く試みと、しょこたんが「しんかい6500」で5300mの深海へ行く試みの2本立て。しょこたん、勇気あるなぁ。私はどちらかと言えば深海よりナスカへ行きたい。

ナスカの地上絵は誰が何のために描いたのか。番組では、地上からは見えないのだから宇宙人が描いたのだという説、星座を描いたのだという説、儀式に用いたのだという説が紹介されていて、現在ではこの「儀式」説が有力なのだそうだ。地上絵は一筆書きができる線で描かれていて、この線上を雨乞いをしながら行列を作って歩いたのだろうと言われていた。よく1500年前の絵がそのまま残っているものだと感心するが、それだけ雨が少ない地域だということだ。だから雨乞いの儀式だというのも頷けないではないが、どうしてその図柄がハチドリやクモやサルでなくてはならなかったのか、疑問に思った。また、絵だけではなく、遠くの山から続く地下水脈を表す線など、無数の直線も引かれているそうだ。夫は「神に見せるため」説、私は「ただでっかい絵を描きたい芸術家がいた」説を開陳したが、こういう謎は解けないからこそ面白いのだろうな。

そして新たに2つの地上絵(しょこたん原画の「グワシ」と「クリオ寝子」)を実際に描く。まず地上に小さな絵を描く。その絵から少し離れたところに棒を立て、そこから絵の各点(A,B,C……)までの距離を測る。今回はその距離を15倍伸ばしたところに(A',B',C'……)を取り、それを繋げて最初の絵の15倍の地上絵を描くことに成功していた。拡大コピーということだ。やっぱりむやみにデカい絵を描きたい芸術家がいたんだと…(退場)。

続いて、しょこたんが深海へ潜る。しょこたんと男性の乗組員2人が入るとぎっちぎちの球形のコックピットである。チタンで完全な球形に造ってあるそうで、他の部分が壊れてもここだけは無事なのだそうだ。でも、他の部分が壊れたらそこだけ残っても……怖いから考えるのはやめよう。しょこたんの勇気に拍手だ。

200m潜ると、もう太陽の光は届かない。小さな丸い窓からは真っ暗な海が見えるだけだ。うろ覚えだが、1分間に40mずつ潜るので海底に着くまで2時間半かかるという。往復で5時間。海底で作業をするのに3時間。計8時間の潜水である。トイレはどうするのかなと思っていたら、ちゃんと言っていた。オムツだそうだ。

サメやらクラゲやら、他にもなんだかよくわからない生き物がいっぱいいたが、エビとサメがどこにでもいることを逆に不思議に思った。浅い海にもいればこんな深海にもいる。この順応性というか生命力というか身体のしくみは驚嘆すべきものだと思う。また、ボールやボトルなどがどう変化するかも観察できたが、水圧でみるみる縮んでいった。それだけの水圧なのに、生き物がこんなにたくさんいるという不思議。神秘的ですらある。しかしそんな海底にも人間の捨てたゴミが! マネキンの頭部だけがゴロンと落ちている様には思わずギョッとしたが、いかんなぁ、同じ人間として恥ずかしいよ。

圧巻は、5300mの海底で松田聖子の歌を歌うしょこたん(笑)! 間違いなく人類初の試みだったろう。あっぱれ、しょこたん!

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ドタバタすんな ホコリが立たァ

Photo頭痛と微熱の勢いで落書き……の一部分、しかも時間切れ未完成、すみません。orz

MN「金でなんでもやってくれる先生ってあんたですか」
BJ「金さえ積みゃなんでもなおしてくれると思い込んでるバカはお前さんかい」

『ミッドナイト』に出てくる先生はヤサグレてて、けっこう好きです♪

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(備忘録090913)

ヤバい。なんだか背筋がゾクゾクする。風邪を引いたかも。この1週間で3回も病院へ行ったから、もらってきてしまったかもしれない。インフルエンザでないことを祈って、きょうは早めに寝ます。おやすみなさい。m(_ _)m

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アンドロギュヌス

男性疑惑が持たれていた世界陸上ベルリン大会女子800メートル金メダリストのセメンヤ選手は、男性と女性の生殖器を持つ両性具有であると豪紙が伝えた。2006年アジア大会女子800メートルでは、銀メダルを獲得したインドの選手が男性と判明したためメダルを剥奪されるという事実があったらしいが、セメンヤ選手の場合は不正ではないため、金メダルは剥奪されないらしい。

両性具有の肉体を持つ人は、多くは胎児のときに外性器の分化がうまくいかなかったケースが多いのだという。ふつう子どもが生まれたときにはペニスの有無で男女を見分けるから、付いていないと見える場合は女の子と見なされる。体内に卵巣の代わりに精巣があったとしても外見上はわからないわけだ。彼女はずっとそのように女の子として育ってきたのであるから、今回このようなことで自分の身体のことを初めて知ってさぞやショックだろうと思う。

外見上、男になるか女になるかということは、実はほんの紙一重の差なのだろうと思う。染色体で見た場合には、女性ならXX、男性ならXYとなるのが普通だが、たまにXXX、XXY、XYYとトリソミーになることがある。XXXを超女性、XYYを超男性と呼んだりするが、XXYの場合に両性具有が多いとされているようだ。

辞書ではどうなっているかというと、「女」は「人間の性別の一つで、子を産み得る器官をそなえている方」、「男」は「人間の性別の一つで、女でない方」という記述が見える。上で述べたように外見上の区別はペニスの有無だが、言葉の区別上で重要視されるのは「子を産み得る器官」の有無となっているのは面白い。また日本の戸籍では、性別については保留にすることもできるようで、両性具有について一定の理解はあるようである。

両性具有と聞いて思い出すのはプラトンの『饗宴』と、手塚治虫の『人間ども集まれ!』である。後者では「無性人間」という男性でも女性でもないがその両方でもある人間たちの存在を巡る普通の人間の欲望の醜さが描かれているのだが、考えようによっては、人類すべてが無性人間になれば世の中平和になりそうな気もするのだ。少なくとも、セメンヤ選手を巡る問題などなくなる。性の問題で苦しむ人がいなくなれば良いなぁと願いつつ……。

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過ぎたるは……危ない

きょうは舅殿の付き添いで病院へ。手術した肝臓と胃の経過は非常に良かったが、腎臓のナントカという数値が悪く、ひとつ間違えばポックリいってしまう危険もあるとかで、塩辛いものとお酒と果物は絶対ダメ!というキツイお達しがあった。舅はその三つがいたく好きなのに。その三つ以外に好物なんてないほどなのに。

つらつら思うに、人はその好きなもので身体を壊すような気がする。何かが足りないという不調よりも、好きだから過剰摂取してしまい、その挙句に不調を起こすことのほうがよっぽど多いように思う。節制というのは大事なものだナと改めて気付かされた。いや、偉そうに人のことなど言えた身分ではないのだが。

とりあえず2週間分の薬をどっさりもらって帰った。意志の強さが試される2週間。2週間我慢すればきっと数値も良くなって、少しずつならまた食べられるようになりますよ、と舅を慰めた。

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不公平?

民主党の「子ども手当て」というのがいろいろと議論されている。中学卒業までの子供1人に対し、月額2万6000円を給付するというものだが、代わりに配偶者控除と扶養控除が廃止されるので、わが家のような子どものいない家庭ではおそらく年間1万数千円の増税となる。しかし、子どもは国の宝。少子化に歯止めがかかるなら、それくらいは仕方がないかと納得している。痛いけど……。

問題は、子ども手当てに所得制限がなく、高額所得者や生活が苦しくない家庭にも一律に支給されるという点で、そんなの不公平ではないかとの声が挙がっているという。所得制限を設けるべきだという意見には確かに一理あると思う。こんな手当てなどまったく必要としないお宅もあるだろう。しかし一家の事情というのは様々だ。そこそこの生活をしていると思われるようなお宅でも、家族に病人がいたりすれば金は右から左へ消えていく。そんな家庭ごとの事情などを一々勘案して条件を設けることなど不可能だし作業が煩雑になるだけだ。「子供1人に対して一律2万6000円を給付」でよいではないかと私は思う。

先日、テレビのコメンテーターが、「うちは貰えて助かるけど、お金持ちの家にまで支給する必要はないよね。不公平で納得いかない」と言っているのを見たが、自分とこは貰えるのだから良いではないかと言いたい。この人の考えでは、お金持ちには支給されないということでないと「公平」ではないらしい。しかしそれは傍から見れば、この人を含めたある一定の条件の人だけが「得」をするように見えるのだが。

どこに基準を設けても不公平感を持つ人間というのは必ずいる。世の中押しなべて「公平」にはできていない。公平だと思われている消費税だって、明らかに公平ではない。しかし、だ。今回のように「子供1人に対して一律に支給」という条件ならそれほど不公平ではないと思う。子供みんながお金を貰える、よかったね、というふうに受け取るべき話ではないかと、私などは思う。貰える人間が「お金持ちにまで支給するのは納得いかない」などと文句を付けるのを見ていたら、他人が更に幸福になるのをただ妬んでいるだけのようにも見えて、なんだかほとほとナサケナクなってきたのであった。

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090909 菊のアンチエイジング

「九月九日は、暁がたより雨すこし降りて、菊の露もこちたうそぼち、おほひたる綿など、もてはやされたる。つとめてはやみにたれど、曇りて、ややもすれば、降り落ちぬべく見えたる、をかし。」(『枕草子』第8段)

本日、重陽の節句(菊の節句)。旧暦の9月9日は10月末のまさに菊花の盛りの頃。前日から菊の花を真綿で覆い、香りと夜露を染み込ませたそれで身体を拭って、若さを保ち長寿を願う風習があったという。清少納言もこの日は菊花エッセンスが染み込んだコットンでせっせとお肌の手入れなどしたのだろう。

中国では古くから菊には不老長寿の薬効があるとされてきた。周の穆王(ぼくおう)に仕えた慈童という童子が菊の葉からこぼれた露を飲んで不老不死の仙人になったという話もある。また、中国河南省内郷県にある白河の崖の上に咲く菊から滴り落ちた露を飲んだ者は長生きしたという説もある。最近の研究でも菊には解毒作用と抗酸化作用があると認められているらしいので、古くからの言い伝えもあながち嘘ではないと思われる。

面白いのは、「菊の水」というのが転じて「酒」という意味合いで使われることだ。「菊水」という酒造の屋号や銘柄は多い。確かにお酒は飲み過ぎなければ百薬の長だ。また楠木正成の家紋として有名な「菊水」もやはり上記の瑞祥的意義に基づいているという。しかしこれが戦時中の回天特攻・菊水隊となるともはや笑えないネーミングだ。不老長寿のはずなのに……。

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(備忘録090908)

読書中につき、本日の記事はお休みします。m(_ _)m

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聞けば おまえまだ独身だっていうじゃないか

・「ピノコ生きてる」 
ピノコ「ね 先生。先生が見てきえいだと思ったや……ピノコと結婚ちてくえゆ?」
BJ「……ああ してやるよ」

・「かりそめの愛を」 
青鳥ミチル「ブラック・ジャック先生と結婚したいわ。いちばん最初の人と決めたんですもの」
BJ「私はあなたなんかと結婚できる男じゃない」
青鳥ミチル「先生…独身……?」
BJ「誤解しないでほしいね。私にその資格がないといってるのだ」

・「霧」 
美江「奥さんあるの? 先生…」
BJ「奥さんはない!」

・「土砂降り」 
清水きよみ「なぜ結婚なさいませんの」
BJ「わたしはゴロツキでね。医者の世界ではハナツマミ者なんです。結婚なんてできる身じゃないですよ」

・「終電車」 
BQ「ねえ先生……先生はなぜ結婚なさらないの」
BJ「結婚。そんなこと考えてみたこともなかった」
BQ「やっぱり手術に生きがいを持ってらっしゃるのね?」
BJ「…………」

BJ先生が自分の結婚について語ったセリフを書き出してみた。ピノコはこの際別格としても、BJ先生モテてます。モテまくってます。そもそも女性が男性に向かって結婚しているかどうかを尋ねるのは、相手に非常に関心がある場合だけだ。結婚していると分かればそこまでの付き合い方になるし、独身だと聞けば自分の今後の人生にも関わるかもしれないことであるからそれなりの攻略法を考えなくてはならない。最初からどーでもいいと思っている男にはそんなこと訊こうとも思わないわけで、ここに挙げた女性陣がそれぞれBJに好意を持っているのは間違いない。ミチルの場合は初対面なので単に質問しただけとも考えられるが、もしも一番最初に部屋に入ってきたのがBJでなくチンクのおとっつぁんのようなご面相の男性だったら、この娘は「2番目の人にするわ」と言い張るに違いない(断言)。BJはその第一印象でミチルの基準をクリアしていたと思われる。

で、それだけ好意をほのめかされたBJ先生の対応はどうかというと、「資格がない」「結婚なんてできる身じゃない」「考えてみたこともなかった」…である。こういう返答を聞くと、天性のプレイボーイなのか、天然の鈍感男なのか、判断に迷う。実際、ギッデオン伯爵夫人の恋心には全然気付いていなかったという例もあり、相手の好意にまったく関係なくただ単に「どうして結婚しないのか」という問いに自虐的に答えただけという可能性もなくはない。

しかし私は、いずれの場合も相手を傷つけることなく自分を貶めることでそういう話題を回避しているという点で、天性とは言わないまでも、かなり手馴れた印象を受ける。「(付き合ってもいいけど)結婚はしませんぜ」と最初からやんわり断っているように思える。ただし「B・J入院す」ではこれをやって自意識過剰で失敗している(笑)。

結婚というのはBJにとってどういうものなのか。既に結婚しているのかと疑って「先生…独身……?」と尋ねたミチル(これは本当は「先生…既婚者……?」と尋ねるべきだろう)への返事が「誤解しないでほしいね」という点に、なんだかとても興味をそそられるのは私だけだろうか。ただイエスかノーで答えればよいと思うのに、「誤解するな」とは。美江に向かって言った「奥さんはない!」の「!」も妙に勢いがあって、既婚者だと思われるのがそれほど嫌なのだとしか思えないのである(笑)。独身の方が女性にはモテるからねぇゴニョゴニョ(以下略)。

与太話はこれくらいにして、真面目にBJ先生の結婚観を探ってみる。まず「資格がない」とはどういう意味か。結婚に関して法律上唯一の資格は年齢だが、まさかBJが18歳未満ということはない。彼の言うところの結婚の資格とは、妻や子を幸せにできる力の有無だろうと思う。医者としての力量は申し分ないが、なにしろモグリだからしょっちゅう警察に引っ張られるし、医師連盟からも目を付けられている。そんなことでは家族を安心させることはできない、というのが一つ。二つ目のもっと大きな理由としては、家族にまで危険が及ぶようなヤバい仕事も多いということ。実際、ピノコは何度も危ない目に遭っている。妻や子を人質に取られたらBJは相手の言うなりになるしかない。BJのような仕事では守るべき家族がいるのはマイナスであり、結果としてハードボイルドな一匹狼にならざるを得ないと思われる。

あと、考えられる理由としては、親の敵討ちをしなくてはならないこと。まさか返り討ちにはならないだろうが、やりようによっては罪に問われる可能性大。BJは基本的にアウトローなのだ。更に私が強力プッシュする理由は、めぐみさんの存在である。彼女はBJのためを思って身を引いた。そして生涯どの男性とも結婚することはない。そういうとき自分だけ別の女性と結婚したりできようか? BJなら絶対しない。と私は信じて疑わない。

よって、私の脳内で確立されたBJ先生は恋愛をすることはあっても結婚はしない。誰かと平穏な家庭を築いてデレンデレンするようなBJは既にBJではない。彼の生き方は常に風に向かって突き進んでいるイメージがある。そしてピノコは彼の同志なのだと思う。実際にピノコを人質に取られるとBJは弱いが、基本的にこの二人は互いに寄り掛かり合うような関係ではなく、共に同じ方向を向いて並んで歩いていく、信頼し合う同志というような間柄であると考える。だから仕事で長く家を空けるときにも、危険を承知でBJはピノコにひとりで留守番をさせておくことができるのだ。「ついていく」「ついて来い」の『BJ21』での二人の関係はあまりにも生温いものだったと思う。原作の二人のほうがはるかに強い信頼で結ばれている。

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忍者

『忍者武芸帳影丸伝1』(白土三平著)読了。出版社からの内容紹介によれば、「発表50周年記念出版。「カムイ伝」と並ぶ、巨匠・白土三平の代表作!格差社会や貧困問題が問われる現代への社会変革を予告する壮大な史劇。貸本マンガの大金字塔をカラー384ページを含め原本から初復刻します!!」という、このたび小学館クリエイティブより復刻されたものである。全17巻のまだ1巻目であるから、主な登場人物が次々と現れてきているところ。さてどのようなお話になるのか楽しみである。……というか、主人公の影丸や重太郎などにはワタクシ見覚えがあるので、もしかしたら幼い頃に読んでいるかもしれない。

この『忍者武芸帳影丸伝』は1959~1962年に描かれた貸本漫画なのだが、この頃から忍者マンガがブームになったようだ。同じく白土三平の『サスケ』(1961~1966)、『ワタリ』(1965~1966)、『カムイ伝』(1964~)や、横山光輝の『伊賀の影丸』(1961~1966)、『仮面の忍者赤影』(1967~1968)や、藤子不二雄Aの『忍者ハットリくん』(1964~1968)など、目白押しだ。また、映画の『忍びの者』や、テレビの『隠密剣士』や『忍者部隊月光』(これはその後の『科学忍者隊ガッチャマン』にも影響を与えた作品)などもその頃である。

戦国の世の封建制の中で自由を奪われた者たちの悲哀を描いたものから楽しい忍術合戦まで、忍者をテーマとした作品にもいろいろあるが、忍者にはなにやら人を惹きつけてやまぬ魅力があるようだ。厳しい修行の果てに常人離れした身体能力を会得し、決して表舞台には姿を現さず闇に蠢き、身分は低い。そうであるがゆえにストイックでニヒル。そういう共通認識ができあがったのは、この白土三平の力に負うところが大きいかもしれない。またそれを逆手に取ってギャグにしたのが『忍者ハットリくん』であり、『伊賀のカバ丸』(亜月裕著)であったように思う。

松山ケンイチ主演の『カムイ外伝』も今月封切られ、その公開を機に9年ぶりに新作も発表される(ビッグコミック10月10日号(9月25日金曜日発売)から3号連続)。『銭ゲバ』といい、『カムイ外伝』といい、貧しく虐げられる人々を描いた作品がリメイクされるというのは、いまの世の中がそれほど閉塞感に満ちたものであることの証明かもしれない。

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動物の味方じゃなくて仲間

『ジャングル大帝 勇気が未来をかえる』を観た。これぞ手塚マンガの王道。これでもかというほど人間を悪者にして、自然に対する人間の横暴を描き出す。以前の作品に比べるとSFチックで大仰な話になっていたが、変にひねくり回すこともなく、メッセージとしては非常に解りやすかったと思う。

いや、人間も最初は良かれと思って人工ジャングルに動物達を移住させたのだ。それはまさにノアの方舟を彷彿とさせる所業であった。神しかやってはいけないことを人間がやってしまった。計画の中心人物・大山賢造は、次第に自然を管理すること、生き物を創り壊すことに全能感を覚えるようになっていく。(本筋とは関係ないが、神と人の最大の違いはこういうことなんだろうと思う。人間は調子に乗ってしまうのだ。)

Photoジャングル大帝パンジャは、多くの動物たちの血を流させないために、人間の管理下に置かれることを甘受している。幼いレオの目にはそんな父の姿が臆病なものと映る。しかし守るべき仲間を救うために命を落としたパンジャを見て、父が本当は強かったのだと悟る。そしてジャングル大帝を受け継ぎ、自分達を滅ぼそうとしている人間に戦いを挑むのだった。小っこいレオを先頭に、肉食獣も草食獣も一丸となって行進する様には血沸き肉躍るものがあった。(なお、写真は『ジャングル大帝』とはまったく関係ありません)

ラストは、ニヒルな黒豹トトの犠牲のもと、動物たちは人工ジャングルを後にして懐かしい自然に帰っていく。人工ジャングルほど住みやすくはないであろうその世界に、いったい何が待っているのか。それでも勇気を持って進めばきっと大丈夫さ! という希望に満ちた終わり方になっていた。

パンジャとレオ、大山賢造とケンイチ、この二組の父子の間の葛藤もよく描かれていたと思う。父親を否定的に見なくてはならない息子は辛いだろうなと思った。父親は何を息子に伝えるべきか。ここのところはパンジャ→レオ→ルネと3代を描いた原作の持ち味もそのまま生かされていたように思う。

……でも、絵柄はやっぱり昔のレオのほうが好きだな(ボソッ)。

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意を尽くしませんが……

こんなニュースを目にした。「言葉で伝えるより、察し合って心を通わせることを重んじる人が、この10年で1.4倍に増え、全体の3割を超えたことが4日、文化庁の「国語に関する世論調査」で分かった」のだという。更に「控えめな言葉を好む傾向もうかがえ、同庁は「KY(空気が読めない)と言われることを恐れ、場の空気に合わせようとする風潮の表れでは」と指摘している」とのこと。

具体的には「人と付き合う時、互いの考えをできるだけ言葉にして伝えるか、全部は言わなくても互いに察し合うことを重視するか、という質問で、「言葉にする」は38%と前回調査(1999年度)から12ポイントも減少したのに対し、「察し合う」は10ポイント増えて34%だった」のだそうだ。

捉えどころのない調査だとは思う。誰と付き合うときか、にもよるし、また「全部は言わなくても」と言うが、自分の考えを全部満足に言葉で伝えられる人などそうそういるものではないと思う。誰もが「意を尽くしませんが……」というところで仕方なしに止めて、「あとは推察してください」ということになるのではなかろうか。しかし前回調査と同じ設問でこれだけ変化が見られたということは、いまは「意を尽くしませんが……」というところまで話さずに「あとは推察してください」となる人が増えたということになるのだろう。

器用だネ、と思う。ズルいな、とも思う。器用だネ、というのは、そういう意を尽くさないところで終わっている話を聞いて相手の考えを察することのできる聞き手に対しての感想。ズルいな、というのは、徹底的に話さないで本意(があるとすればだが)を隠しておくという一番賢く見える話し方をする話し手に対してと、また全部言われなくてもわかるというフリをする聞き手に対しての感想である。

そんな会話は、もはや会話の体をなしていないと思うのは私だけだろうか。KYはそれほど怖いのか。怖いのは、誰もがその場の雰囲気を壊さないことだけに心を砕かねばならないその状況の方だ。

そういうことの反動なのだろうか。無記名で言葉を発信できるネットの世界では、随分と荒んだ言葉が飛び交っているように思う。心が貧しいというか、他人とのコンタクトの仕方を知らないのではないかと思われる輩が跋扈する。かまってほしいのか、蔑まれることが快感なのか、あるいは蔑まれていることにすら気がつかないのか、わからないが、それでも他人との関わりを捨てられないらしく、あちこちで迷惑をかけたりしているのを見かける。そんなことが楽しいとも思われないが、ネットが鬱憤のはけ口になっているのだろう。現実の世界では、そんな輩が人格者として通っていることもママあるのかもしれない。

現実での人付き合いをもっと大事にしたい、と私は思う。自分とは違う考え方をする人をもっと深く知りたいと思う。同様に私の考えも知ってもらいたいとは思うが、適当なところでそう簡単に「うんうん、わかるよ」などとも言ってもらいたくない。そんなこと言われたら、「あなたにいったい私の何がわかるのか」と逆にとことん問い詰める(笑)。「あなたが分かったつもりで勝手に想像している私は、私ではない!」と言いたい。逆に、私にそう言ってくる人がいたら、私はその人とは夜を徹してでも語り合いたいと思うだろう。恋人同士でもない限り、顔を突き合わせてお互いの考えを万言を費やしてでも話す以上に、相手を察することのできる有効な方法を、私は他に知らない。

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(備忘録090903)

●裁判員制度ができてから初めて性犯罪が青森地裁で審理された。被害女性は別室からモニターを通じて意見陳述したらしい。それは良いのだが、調書はすべて法廷で読み上げられたとか。被害女性がどんな目に遭ったかが余さず分かるわけで、しかしそれをまったくの第三者である傍聴人にまで聞かせる必要はないと思う。裁判官と裁判員が別室で目を通せばよいことだ。こと性犯罪に関する限り、被害者の心情に最大限配慮して、事実を知ることのできる者の数も極力減らすべきと思う。
また求刑は15年ということだが、国のお金でのうのうと懲役なんかに服させることはない。ちょん切ってしまえ、というのが私の持論だ。

●小沢氏が民主党幹事長に。内閣は鳩山さん、党は小沢さんという分担か。

●「票」と「カネ」の両面で長年、自民党を支えてきた日本医師会(日医)の政治団体「日本医師連盟」が、政権交代が実現したのを機に、政治献金の配分を見直すことを決めたという。まぁ何というか、医師連盟には政治を動かす力があるんだなぁと……。でもそのお金ってそもそもどこから出ているのかなぁと……。『BJ』の中で、医師連盟にはお金がたくさんあって、医師連盟会長は総理大臣より強いと言われていたのを思い出した。

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宍道湖の夕陽

きょうは買い置きがあるから買い物に出掛けなくてよいな、などと思い巡らしていてふと思いつき、宍道湖へ夕陽を見に行った。

Photo島根県立美術館の辺りで自転車を降り、湖からの風に髪をなぶらせながら夕陽鑑賞の絶好ポイントまでゆっくりと歩く。まだ日没までには30分くらい間があったが、既にその頃からカメラマンたちは三脚を立て、そぞろ歩きの人たちもそれぞれに位置を定めて座り込む。

嫁が島を間近に見る地点には「とるぱ」という夕陽鑑賞用の場が設けられている。「とるぱ」とは写真を撮るパーキングというほどの意味であろう。階段状に整備された湖岸に続々と人が集まってきて、思い思いの場所に腰掛ける。ざっと100人くらいいたのではないか。私も自転車を止め、最前列に陣取る。ぼーっと眺めていると、ジョギングをしてきた知らないおじさんが私の目の前を走り抜けざま「きょうは良いねぇ、綺麗だねぇ」と話しかけてきた。「そうですね。きょうは良いですね」と後姿に答える。いまここで同じ夕陽を見ているというだけで、なんとなく連帯感のようなものが生まれる。同じ美を共有している仲間というような。

3宍道湖の夕陽はあっけらかんとしているので好きだ。淋しいとか哀しいとかの感傷がない。ただ太陽が移動していって雲やら湖水やら島影やらの色彩や表情が刻一刻と変化する。それを見ている者はただカラッポになる。それまで何かを考えていたとしても、考えていたことすら忘れてただ見てしまう。感傷があったとしてもそれを凌駕してしまう情景。そして夕陽が沈んでしまうと、「ああ見た見た。さあ帰るぞ」となんだかサッパリしているのである。

宍道湖の夕陽の美しさは、私なぞが拙い文章でグダグダ語っても伝わらない。渡辺淳一の文章を書き写してみる。

Photo_2「……四六時中、この湖は町と馴染んでいるが、なかでも最も魅力的なのは、やはり落日の一瞬である。
 やはり、といったのは、夕陽に映える湖はどこも美しいからである。極端にいえば、夕陽に映えて美しくなければ、それはもはや湖ではない。
 それほど、夕暮れは湖を美しくする。
 だがそれを認めたうえで、なお、宍道湖の落日の美しさは、日本の湖のなかでも抜きんでている。
 この理由はおそらく、宍道湖のまわりがゆるやかな丘陵にとり囲まれているからであろう。いかに神秘的な湖でも、高い山に囲まれたカルデラ湖では、夕陽が長く尾を引かない。一瞬、陽が翳ったと思うとすぐ夜になり、落日の光芒の美しさは望めない。
 だが宍道湖の落日は、遠く長く、太陽がいま一日の仕事を終え、ゆっくりと地の果てに沈み、かわって夜が訪れることを、刻々と伝えてくれる。
 湖のまわりでは車が行き来し、人々が行き交うが、落日はその動きも呑みこんで、大地を朱に染める。そして人々の営みがいかに小さく、自然がいかに大きいかを実感させる。
 この落日の透明感は、まさしく山陰の澄んだ空と空気と風が生み出したものである。そして松江という街の静かなたたずまいが、その美しさを、さらにきわだたせる。
 まことに宍道湖ほど、都会という世俗のなかにありながら、汚れずおだやかで、かつ自然のおおらかさをたたえている湖はない。」
         --『みずうみ紀行』中「宍道湖」より--

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アバターで遊ぶ

ココログに「ニコッとタウン」のavatar機能が追加されたのが1ヶ月ほど前。avatarを作ったら同時に「マイページ」というのももらえたので、暇を見てはこつこつと自分の部屋作りをしている。しかしファッション・アイテムもそうだがお部屋のアイテムもコインを集めて買うシステムだから、まずはいろんなこと(ゲームしたりブログを書いたり←このブログはココログのブログとは別)をしてコインを稼がなくてはならない。「大富豪」ゲームで大富豪になると3コイン稼げるが、1ゲームにつき1コイン払わなくてはならないのが現実的で世知辛い(笑)。

Viewimage いまやっと部屋がこういう状態になった。もう少ししたら暖炉を買いたいナ(暖炉は700コインなり)。

Viewimage00 ちなみに、最初にもらった部屋はこんなのだった。

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