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2009年10月

Trick or treat

きょうはハロウィン。玄関先にかぼちゃを置くお宅も増え、スーパーではお菓子の詰め合わせなどが売られている。川崎市では3千人が仮装パレードをしたようだし、イベント好きな日本人にはお祭り騒ぎの日として定着しつつあるようだ。拙ブログのアバターにも魔女の帽子を被せたかったのだが、何回ガチャを回しても出てこなかった(泣)。

つらつら考えるに、少なくとも20年前にはハロウィンのハの字も聞いたことがなかったように思う。調べてみると、この風習が日本に入ってきたのは1995年頃らしい。しかし1992年にはハロウィンに関係するなんとも痛ましい日本人留学生射殺事件がアメリカ・ルイジアナ州で起こっており、これは衝撃的で未だに忘れられない。

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NHK・BS2の『週刊手塚治虫』はもう終わったのかな~と、久しぶりにサイトを覗いてみたら、神のお誕生日に特集のお知らせがあった。またMに録画を頼まねば。げッ、3時間もある……。

11月3日(火)20:00~22:59 BS2
 『特集わたしの手塚治虫 ~こころに残る名シーン・名セリフ~』

緊急アンケート「あなたの一番好きな手塚作品は?」というのがあったので、投票してきた。もちろん『BJ』! 好きな作品とセリフには「ときには真珠のように」の本間先生のセリフを。なんたって、これが『BJ』の原点なのだから。

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めざせムツゴロー

どうやら私はモテるらしい。……犬に。

きょう買い物に行ったホームセンターではペットも売っているのだが、フロアに出してあるケージに入っている柴の仔犬に妙に懐かれて、鼻やら頬っぺたやらを舐められた。他の人には袖口に噛み付いたりしているのに。もう一つのケージでもビーグルの仔犬にペロペロと。

夕方歩いているときには、いきなり横からバウバウと低音で吠えられてびっくり。見ると、そこのお宅の玄関前に繋がれたかなり大きなレトリーバーが、鎖をピーンと張ってこちらに向かって前脚を上げた状態になっている。一瞬ビビッたが、よく見るとちぎれんばかりに尻尾を振っているので、まん前まで行ってしゃがみ込んだら、私の膝に前脚を乗っけて顔じゅうをベロンベロンと。

以前には背中にボーダーコリーがおんぶしてきたこともあるし、セントバーナードに押し倒されたこともある。猫はこっちが一生懸命機嫌を取らないと相手にしてくれないが、犬には無条件でモテる。

この間まで家の近くを飛んでいたコウモリとは、一度だけ意思の疎通ができたように感じたことがある(こっち来て、と念じたら目の前をかすめて飛んでくれた)。鳩とは根性試しの仲。たまにガラス戸をコンコンとつついて部屋を覗き込んでくるカラスは、どういうつもりなのだろう。「あ、こっち見た」とか思われているんだろうか。

……なんだか、いいように動物に遊ばれている気がするわかばでした。

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We love B・J forever!!

夕方、コンビニで「週刊少年チャンピオン 48号」をゲット。BJ先生が描かれた表紙を見た途端、懐かしさに涙が出そうになった。いや、BJ先生なら毎日何らかの形でお目にかかっている。懐かしいというのは、そのシチュエーションだ。暮れていく街、買い物客で賑わう店内、雑誌コーナーで立ち読みする男の子たちの隙間から手を伸ばし「少チャン」を手に取る感覚。35年前と同じだ。これがいつものようにアイドルが表紙になっていたら感激も半減しただろうが、ちゃんとBJ先生なんだもの~。感涙モノだ。ちなみに「少チャン」は1冊しか残っていなかった。あぶないあぶない。

私にとって『BJ』は店頭で立って読むのが正式な作法だ。よって、きょうもオールカラーで再現された第1話「医者はどこだ!」をきちんと立ち読みした。「少チャン」本誌に掲載されている『BJ』を立ち読み! もうこんなことは二度とできないと思っていたことをさせてもらった。欲を言えば、中学高校時代にいつも立ち読みしていたスーパーでやりたかったのだが、そのスーパーは数年前になくなってしまったのが残念だ。

昔なら読み終わったのを元に戻して家路についたところを、きょうはそのまま持ってレジに向かい購入する。幸せな気分で帰宅して、じっくり熟読(『BJ』特集の部分だけだけど)。「全連載作家が愛を込めて描く、24人の『ブラック・ジャック』イラストコレクション!!」で水島新司が描いているBJに心トキメク。上手い! 可愛い! さすがだ! 「わたしとブラック・ジャック」で、11人の漫画家がやはりBJを描いているが、そこではちばてつやと山上たつひこのBJにグッときた。私はやっぱりこの時代の絵柄が一番好きなのだ、と再確認。1本の線に力がある。画面構成にメリハリが効いている。いまのマンガは人物も背景も描き込みすぎていて煩い感じがしてならない。

「ブラック・ジャック制作秘話」では、もうすぐ描き上がる作品の出来が気に入らず、たった8時間で再度20ページの新しいストーリーを描いたという、あの有名な逸話が描かれていた。それでなくても締め切りはとっくに過ぎていたのだから、編集者のストレスはいかばかりであったかと思う。柱に穴も開けたくなろうというものだ。手塚先生を信頼して待つ壁村耐三編集長の漢気が良い。この編集長であったればこそ「少チャン」は黄金時代を築けたのだろう。しかしそれ以上に手塚先生の執念というか、より完成度の高い作品を生み出そうとする意欲に頭が下がる。いや~、すごいドラマだ。

ところで、この、手塚先生が8時間で描いたエピソードはどれなのだろう? 1977年8月の出来事だというから、「猫上家の人々(1977/8/22号)」「六等星(8/29号)」「アヴィナの島(9/5号)」「キモダメシ(9/12号)」の4編が時間的に合う。私のカンでは「キモダメシ」なのだが、さてどうかな?

そしてそして「BJ 10大 名シーン」。「ときには真珠のように」「ちぢむ!!」「ふたりの黒い医者」のラストシーンがBEST3というのは、頷けるところだ。「めぐり会い」でのめぐみさんとのキスシーンが7位、「宝島」のラストシーンが10位というのも納得だ。私なら他に何を選ぶかな。「六等星」と「勘当息子」は入れたいところだ。

最後に「医者はどこだ!」のラストページのハシラを比べてみる。
初出時:『正体不明の医者、ブラック・ジャックとは何者なのか。奇跡を生み、人を救うB・ジャックとは!?』
今回:『天才外科医、ブラック・ジャック!! 奇跡を生み、人を救うその姿は時代を越えてなお輝く。』
ちゃんと同じフレーズが使われているのが嬉しいね♪

「ブラック・ジャック制作秘話」が続くので、来週も買わねば!

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チベットその後

中国外務省は27日、昨年3月に起きたチベット自治区ラサでの大規模な騒乱に関与した罪で死刑判決を受けた2人に対し、刑が執行されたと明らかにした。最高人民法院での審理を経ており、「裁判手続きにおける被告の権利は保障されていた」そうである。NGO「チベット人権民主化センター」が22日、消息筋の話として伝えたところによると、死刑執行されたのは騒乱に関して放火の罪で起訴されていた4人だとも言う。どちらが本当なのか判らないが、少なくとも2人以上が処刑されたようだ。

昨年はあれほど注目されたチベット情勢だが、最近はどんな状況なのだか、ニュースをほとんど目にしない。2009/10/28現在、外務省が出している渡航情報では、チベット自治区は「渡航の是非を検討してください。」というレベルになっている。区都ウルムチ市で2009年7月5日夜に暴動が発生した新疆ウイグル自治区が「渡航の延期をお勧めします。」であるのと比べると、危険度は低い。それでも、(ただし武装警察が多いとの情報はあります。)との記述もあるから、未だ不穏な空気は漂っていると見たほうが良いのかもしれない。

国内の一部地域に起こった暴動事件を中国の刑法によって裁いたのだと言われれば、外交レベルではどこの国も中国を非難することはできないだろう。しかし、どこの国で起こったことであろうと、政治的社会的な弾圧に対しては、一個の人間として無関心であってはならないと思う。マスコミにも、のりピー事件にあれだけ人手と時間を割くより、もっと伝えるべき大事なことがあるんじゃないのかと問いたい。

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キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!

本日、『手塚治虫文庫全集』の10月刊行分と『ブラック・ジャック』OVA版DVD-BOXを入手した。全部で2万円ほど。……痛い。けど、嬉しい♪
PhotoBjova
文庫は『リボンの騎士』から読み始めました。これからOVA1本観て寝ます。どれを観ようかな~。キリコも良いけど高杉警部が見たいな~。ということで、「人面瘡」にします。では、おやすみなさい。

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「ドラキュラに捧ぐ」

時節柄、今週取り上げるとすれば、やはり「ドラキュラに捧ぐ」だろうか。

貧血気味で、外で運動などするとすぐに倒れてしまう葉斑(はまだら)しげり。しげりの担任の女性教師は、家庭訪問を兼ねてしげりを家まで送っていく。そこは「まるで幽霊でもいそう」な古めかしい洋館。初めて会ったしげりの父と話すも、医者に診せてもしかたがないと言われる。そして食事を勧められるが、このとき彼女はグラスで指を切ってしまう。それを見るしげりの父の目つきといったら! その後は半ば強引に屋敷に泊まらせられることとなって……。

アルカード(ALUCARD)伯爵演ずるしげりの父は女性教師に「もうおわかりだろう 私の元の名を…」と言っている。すなわちDRACULA(“ALUCARD”は“DRACULA”を逆から読んだもの)である。

珍しく、おちゃらけやギャグが一切ない、シリアスなスリラー路線の一編。しかしそこはそれ『BJ』は医学マンガなので、彼らが何故人間の血を欲しがるのかという医学的な説明がちゃんとなされているのがおもしろい。それによるとつまり、Rh-型の血を持つしげりは彼女の母親がRh-型ではなかったため、胎児のときに母親の血と混ざり合って恐ろしい血液病になってしまったということらしい。しげりの父は、女性教師がしげりと同じRh-型の血を持っていることを知ってしげりの血液と交換しようとしており(当然、教師は死ぬ)、そのために呼ばれたのがBJ先生であった。それまでBJはRh-型の血を持つ人間が死ぬのを待っている状態だったのだが、しげりの父は待ち切れず実力行使に踏み切ってしまったのだった。

たしか高校の授業では、「Rh-の母親にRh+の子どもができたときに母体に抗体ができる。だから2人目以降を妊娠したときはこの抗体が胎児に流れ込み胎児が危ない」と教わった。ドラキュラ一族の場合はどうやら逆らしく、母親がRh+で子どもがRh-の場合が大問題らしいのだが、これが抗原抗体反応で説明ができるものやらどうなのやら私にはわからない(誰かー!)。あるいはD抗体以外のものが原因なのかもしれず、実際にそういう病気があるものなのか手塚先生が創作された病気なのか、それもわからないのだが、ドラキュラ一族は代々そういう血液病に冒されていたが故に、血を入れ替えるために血を吸うのだという解釈は新機軸であろう。

女性教師の危機を救おうとしたBJ先生としげりの父とは乱闘となり、はずみで壁に立てかけてあった尖った杭がしげりの父の胸に突き刺さる。BJは父の血をしげりに与えることを約束し、彼は満足して息を引き取るのだった。本来のBJ先生ならここで父親をも治療しようとするのだろうが、この話ではそのまま死なせてやっている。ドラキュラの弱点を知っていて諦めたのかもしれない。そして「この手術を……あわれなドラキュラ一族に捧げよう……」というBJ先生のラストのセリフから、タイトルが取られている。

この、木の杭が刺さると死んでしまうというあたりはブラム・ストーカーが創作したドラキュラ像そのものである。ちなみに、ニンニクや十字架や太陽光線に弱いというのもすべてストーカーが考え出したものらしい。たしか『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』だったと思うが、太陽が徐々に移動して井戸の底にいる女ヴァンパイアをまともに照らし出すシーンは恐ろしくもあり哀れでもあった。

永遠の生、変わらぬ風貌、数多の弱点、私にとってそれらはなんともロマンチックで哀れなものに感じられるのだが、ドラキュラ好きで知られる手塚治虫がドラキュラに抱く印象はちょっと違うもののようだ。

--「がんらい、日本には陰惨な吸血鬼の話なんか受け入れる素地がないのだ。日本でここまでファンの数がのびたのは、なんといってもストーカーと、作品のモデルたるヴラド・ツェペシ大公のお陰であり、ドラキュラははじめっから全然別のイメージで人気者になってしまったのだ。
 それはダンディズム、エロチシズム、女性の被支配願望、いろいろ言われているけれど、ぼくは、ドラキュラこそ日本人男性そのもののパロディだからなのだと思う。傲慢尊大で、そのくせあまりにももろい。こんなに弱点の多い妖怪は古今東西ほかに居ない。毎度ごくつまらない油断で、相手のワナにかかって滅びて行く。つまり馬鹿正直なのである。約束の時間には必ず生真面目に現れ、一人の女の尻ではない頸(くび)ばかり追う律儀さで、しかも、呪いながら悶え死んでも、次の話にはケロリとしてぬけぬけ登場してくる。なんともけなげで無邪気で他愛なく、しかしタフネスな、さながらあるタイプの日本男性のカリカチュアではないか。--(『手塚治虫大全2』「手塚治虫的ドラキュラ」より引用)

こんな手塚治虫がドラキュラを描くと『ドン・ドラキュラ』のようなめっぽう明るいコメディ作品になるようだ。だからこの「ドラキュラに捧ぐ」でのシリアス路線は貴重である。というか、ドラキュラ一族を病人として捉えているのだから、こうなるのもむべなるかなではあるが。

また、手塚先生がドラキュラのどこが好きかといって、あの大きなマントほど好きなものはないらしい。

--「もしかりに、あのマントを羽織っていないドラキュラ伯爵を想像して見給え。どうサッソウと歩きこなしてみても、なんと軽薄で間が抜けてみえることだろう!
 であるから、ぼくは、ありったけの仕事にドラキュラのマントを無断借用したのである。
 その最たるものが「ブラック・ジャック」なのだ。だがまさか彼が美女を二、三人も包み込む訳にも行かないから、代りにマントの中に手術道具を隠していて手裏剣よろしく投げる。
 ここでロマンの味が消えて、二流の時代劇風になってしまった。」--(同上)

BJ先生のモデルは間違いなくドラキュラなのである。手塚先生はベラ・ルゴシ主演の映画『魔人ドラキュラ』もクリストファー・リー主演の『吸血鬼ドラキュラ』も観ていらっしゃるようだが、あのマントの襟をピンと立てる着こなしはそもそも1920年代の舞台に始まるもののようだ。正式にはマントの襟は寝かせて着るものらしい。

最後に……。少女の「葉斑」という姓について、花卉の病気の一種と書かれている解説本があるが、吸血ということで、マラリアを媒介したりする「ハマダラカ(羽斑蚊)」を由来とするほうが適当なのではないかと思う。

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(備忘録091025)

『東宝特撮映画DVDコレクション』を買い始め、昨日は『ゴジラ』、きょうは『モスラ対ゴジラ』を観た。
だんだんと娯楽怪獣映画になっていくゴジラシリーズだが、第1作目にはちゃんと水爆実験への抗議ひいては反戦という社会的な意味が籠められていたのだなぁと感じた。特撮技術はお粗末だが、映画自体は見応えがある。志村喬の演技も良いし、ビジュアル的にキリコを思わせる黒眼帯の科学者を演じる平田昭彦がカッコ良い。

全55巻。夫は全部揃えると言っているが、全部観るのもなかなか大変だろうな。こういうのは溜めないのが一番。買ったらすぐに読んで観る! しかし商売が上手いわ、デ●ゴスティーニ。

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漢字使用の目安となる常用漢字表への追加候補に、新たに9字が加わり、これで候補は196字になったというニュースを読んだ。

【新たに表に追加される候補となった漢字】柿 哺 楷 睦 釜 賂 勾 錮 毀
【追加候補から削除を求められた漢字】聘 憚 哨 諜

「賄賂(わいろ)の「賂」、勾留(こうりゅう)の「勾」、禁錮(きんこ)の「錮」、毀損(きそん)の「毀」は、内閣法制局が「法律中に使用される頻度が高い」と追加を求めていた」そうで、私もその意見には賛成だ。漢字かな交じり表記ほど読み難く品性の感じられないものはないと思う。ところが一方で4字が候補から外れるようで、これらだとて「招聘(へい)」「忌憚(たん)のない」「前哨(しょう)戦」「諜(ちょう)報活動」と、()内に読みを書けばよいではないかと思う。「招へい」なんていかにもみっともないと思うのは私だけか。

しかしそれにしても「柿」が常用漢字ではなかったとは……(ん?「かき」だよな。「こけら」じゃないよな。PCのフォントではよくわからない)。正岡子規の「柿喰へば鐘が鳴るなり法隆寺」は後に「柿くへば」と表記が変わったが、更に「柿」の字が使えないとすると「かきくへば」となり、一読して意味がわかる人のほうが稀だろう(そんな無謀なことをする編集者はいないと思うが)。こんな身近な漢字はもっともっと使うべきだ。

ところで「柿」という字を見ると必ず思い出す笑い話がある。友達から聞いた話なのだが、まぁあんまり世の中のことを知らない人が役所の窓口かどこかで家族構成の書類を書いている場面だと思っていただきたい。ズラズラと名前を書いているので、受付嬢が続柄を書くように言う。「お母さんの名前の後に母と書いてください」。すると彼はハートマークを書いた。??? そこは察しの良い受付嬢のこと、「母と書いてください」を「ハート書いてください」と聞き間違えたのだと判ったが、あとでこちらで書き直せばよいということにして、続いて「お姉さんの名前の後に姉と書いてください」。で、彼が書いたのが「柿」。家族にハートマークと柿のいる家はそう滅多にあるまい。

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(備忘録091024)きょうはちょいと早めにアップ。
来週発売の「週刊少年チャンピオン」48号は『BJ』総力特集ですぜおまえさん! 47号の予告ページにも1ページ大の先生の素敵なアップがあって、見た途端に腰がふにゃふにゃになりまいた。
来週は、やっぱり買うことにしたOVA版DVD-BOX(廉価版)も来るはずだし、『BJ』三昧だ~♪

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ドラキュラ

さてこの世に神がいるかどうかはわからないが、鬼だの悪魔だの幽霊だのは俄然もてはやされるハロウィン月間。先日トーレスさんから頂いた美麗イラストのドラキュラBJは有り難くも私の血を吸ってくださるそうで、恐縮の極み。美女ではないから食当たりを起こされなければよいが……。

ここでふと思った。BJ先生の血液型はO型。私はA型。不適合は起こさないのだろうか。映画でも、美女に向かって「血液型は?」と問うドラキュラは観たことがないが。ネットで調べてみた結果、輸血ならダメだけれど経口摂取なら大丈夫ということだった。人間だって血液型など気にせずにスッポンの生き血を飲むではないかという説明がやけに印象的であった。なるほど。

ドラキュラのモデルとされるのはヴラド・ツェペシュ(1431~1476)だが、吸血鬼の伝承は4世紀頃の東ヨーロッパに既にあったらしい。死者が何らかの理由で蘇り、真夜中から夜明けに活動するが、全ての者が血を吸うわけでもないらしい。吸血する者の代表格がドラキュラとカーミラである。

裏地が赤の黒いマントを羽織り、どこか貴族的な風貌をしたドラキュラは、ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』(1897)からのイメージ。ここに吸血鬼ハンターのヴァン・ヘルシング教授も登場してくる。

ふむ。血液型の発見は1900年頃だから、ストーカーの小説の頃にもまだ認識されていなかったわけなのだなぁ。……いや、むしかえすようだが、もしもドラキュラが口内炎だったり虫歯で大穴が開いていたり歯槽膿漏で歯茎から血が出ているような状態だったとしたら、やっぱり違う血液型だとちょっとまずいんじゃないかと思ったもので。

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日本は世界を救えるかもしれない

『宗教を知る 人間を知る』(河合隼雄、加賀乙彦、山折哲雄、合庭惇共著)読了。

--人間である以上、宗教と無関係では生きられない。今こそ正面から宗教を! 宗教を知ることで、自分が、世界が新しく見えてくる。河合隼雄、加賀乙彦、山折哲雄、合庭惇が語る。--(「MARC」データベースより)

序章  「宗教は無関係」という人たちへ
第一章 人にとって宗教はなぜ必要か
第二章 宗教と出会い、そして得たもの
第三章 日本人の中に生きる仏教
第四章 宗教がわからないと現代とつきあえない
第五章 宗教を考える手がかり

無宗教を標榜する日本人は多い。しかしそれは果たして本当だろうか。食事の前に「いただきます」と言い、物を無駄にすることに「もったいない」と言う日本人は、実は立派に宗教を持っている。しかしそれを宗教としては教えないし習わない。日常的な生活の中で、親から子へ無言のうちに伝わっている。このような宗教観は世界でも稀有なものである。……と、本書で印象に残った部分を要約するとこのようになる。

「宗教」というと、キリスト教、イスラム教、仏教の三大宗教を表すことが多い。日本人の多くは仏教徒であるはずなのだが、日曜ごとに説教を聞くわけでもないし、お盆と葬式・法事以外には仏教行事に縁がない現状では、自らを仏教徒と呼ぶことに抵抗を覚える人も多いことだろう。しかし本書で言う「宗教」とはそういうものではない。いくつか例を挙げてみると……

「古池や蛙飛びこむ水の音」。鈴木大拙は、「松尾芭蕉はこの一句に自己と宇宙の一体感覚を表現している」と解釈したが、そういう感覚こそが宗教心である。

この世に永遠不滅なるものは一つとしてないけれども、それにもかかわらず、自然は毎年よみがえり、春夏秋冬が巡ってくるという「天然の無常感覚」。これもまた日本人に自然に備わった宗教的感覚である。等々。

そのように考えると、宗教というのは日本人に決して無縁なものではない。線香を立てて数珠を持ってワケのわからないお経を唱えることだけが宗教だと思うのは、まったく頓珍漢な思い違いであるわけだ。

日本には神道や仏教その他の宗教観が渾然一体となった文化がある。それがあまりにも当たり前になりすぎていて、逆に宗教がないように見えてしまうのだ。

しかしそれは却って良いことなのかもしれない。各宗教に縛られていては絶対に見えないものが日本人には見える可能性がある。本書には、次のようなことも書かれている。「異教徒も殺してはいけない」と説いた宗教は、ない。それを言ったのは、世界中探しても、日本の平和憲法しかない、と。従来の宗教(一神教)に凝り固まった国々では、だからこの平和憲法はとても理解できないものであろうことも事実だ。「聖戦」の名の下に戦争はいつまでも続いている。しかし、この日本人の宗教観がもしも世界中に広まれば、世界の紛争は少しずつでも収まってくるかもしれないのだ。

そのためにはまず、宗教に無関心な日本人が自らに対し意識的になることが必要なのだが、その契機となるものすらない日本の現状を憂う。

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Diet or Die?

『脂肪と言う名の服を着て 完全版』(安野モヨコ著)読了。

--OL・花沢のこは、太っているという劣等感から気が弱く、職場でもいじめられていた。嫌なことがあるたび過食に走り、食べることで現実から目をそむける毎日。そんな時、長年付き合ってきた彼氏を奪われたのこは、弱い自分と決別し、幸せになるためにやせることを決心するが……。怖いほどリアルな、衝撃のダイエットコミック。--(裏表紙より)

これは……痛い。全編にわたってヒリヒリするような痛みを感じるマンガだ。誰もがどこかで自分の劣等感や自尊心をやりくりして生きている。のこの気持ちも、のこを苛めるマユミの気持ちも、のこを裏切ってマユミと付き合う彼氏の気持ちも、のこを取り巻くその他の人々の気持ちも、みんなわかるからこそ、読んでいるこっちが痛い。

のこが「太っている」という事実で均衡が保たれていた世界が、彼女がダイエットをすることによってだんだんと壊れていく様がリアルだ。いちばん端的なのが彼氏で、最初にマユミに浮気したのは決して彼の本心からではなかったのだが、のこが痩せていくにつれて「太っていて自信がなくて自分の言うことをきく女」とでなければ付き合えない自分に気付き、今度は本当にのこから去っていく。マユミや、のこの会社の人たちの言動も、だんだんと精神の均衡を欠いたものになっていくのが怖い。

芥川龍之介の『鼻』と同じテーマと考えてもよいかもしれない。劣等感を持つ原因が容姿であるという点も同じで、これは一目見てわかる要因だけに本人にとっては一番大きな劣等感になり得る。ならば、のこにしろ、『鼻』の禅智内供にしろ、どうすればよかったのか。ありのままでは劣等感を感じる、かと言って努力して人並みになってもうまくいかないのであれば……。

インストラクターの女性の言葉。「身体じゃないもの。心がデブなんだもの」がその答なのだろう。

マンガはハッピーエンドで終わっていない。のこは思う。「昔のあたしにもどろう。何にも気付かない幸せな頃に。今よりはきっといいはずだ。そう…確かそんな気がする。いつだって今よりはまだマシなはずだから」。彼女はまだ逃げている。「何にも気付かない幸せな頃」に逃げ込もうとしている。しかし今さら戻れるものではあるまい。今のありのままの自分を受け入れられずに、もっと幸せな自分がどこかにいるはずだと思う「デブ」な心を相変わらず持っている。だから彼女は今後もきっとデブと痩せを繰り返すに違いない。

程度の差はあれ、誰もが身に覚えのあるテーマが赤裸々に描かれていて、読み応えがあった。「もっともっと」と他に幸せを追うのではなく、余計なものを削ぎ落として埋もれている幸せを掘りおこすことの大切さを思う。

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ギャルゲーするBJ先生

別に見つけたかったわけじゃないのに、こんな画像にぶち当たった。(典拠はココ
こんな先生ヤだ……。
Photo

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(備忘録091020)

昨晩から、オリオン座流星群が見えないものかとちょいちょい空を眺めているのだが、うっすら雲がかかっていてオリオン座そのものも見えない。運が良ければ1時間に40~50個見えるそうなのに。今夜もちょっと頑張ってみよう。夜気がけっこう冷たい。

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The Killing Doctor

先日はBJ先生に限定したバトンに答えさせていただいたが、これに倣って、ピノコやキリコのバトンもあってもよいと思う。どなたか作ってくださらないかな。回答者が彼らに対してどんな像を思い描いているのかが如実に判ると思うのだが。

さてきょうは、ハロウィン月間(?)に因んでドクター・キリコに関連するあれやこれやをメモ書き。

●キリコの名前の由来は「切子グラス」という説がある。だからこそアニメ版でのキリコの父は「エド(エドワード)」と命名されたのだろうと思うのだが(江戸切子)、そもそもは“Kill”から取られたものではないのかという思いを捨てきれない。「弁があった!」の英文タイトルは“The Killing Doctor”だし。「ピノキオ → ピノコ」と同じく「キリング → キリコ」という連想なのではないのかなぁ。

●実在の安楽死医ジャック・ケヴォーキアンの伝記映画『ユー・ドント・ノウ・ジャック』ができるという話を夏前に聞いた。その後どうなったのだろう。彼を演じるのはアル・パチーノ。ケヴォーキアンが作った自殺装置にはタナトロンとマーシトロンがあるが、超音波が出るわけではないようだ。

●先日、死刑に関する本を読んでから、その刑務官の心情をどこかで読んだような気がしてならなかったのだが、森鴎外の『高瀬舟』だったことに思い当たり再読してみた。罪人に情をかける同心・羽田庄兵衛がそれだ。そして、そこに書かれた罪人・喜助が行った弟殺し(安楽死)は、否応なくドクター・キリコを思い出させた。

この安楽死について、鴎外は次のように書いている。
「……今一つは死にかかっていて死なれずに苦しんでいる人を、死なせてやるという事である。人を死なせてやれば、すなわち殺すということになる。どんな場合にも人を殺してはならない。『翁草』にも、教えのない民だから、悪意がないのに人殺しになったというような、批評の詞があったように記憶する。しかしこれはそう容易に杓子定規で決してしまわれる問題ではない。ここに病人があって死に瀕して苦しんでいる。それを救う手段は全くない。傍からその苦しむのを見ている人はどう思うであろうか。たとい教えのある人でも、どうせ死ななくてはならぬものなら、あの苦しみを長くさせておかずに、早く死なせてやりたいという情は必ず起こる。ここに麻酔薬を与えて好いか悪いかという疑いが生ずるのである。その薬は致死量でないにしても、薬を与えれば、多少死期を早くするかもしれない。それゆえやらずにおいて苦しませていなくてはならない。従来の道徳は苦しませておけと命じている。しかし医学社会には、これを非とする論がある。すなわち死に瀕して苦しむものがあったら、楽に死なせて、その苦を救ってやるがいいというのである。これをユウタナジイという。楽に死なせるという意味である。高瀬舟の罪人は、ちょうどそれと同じ場合にいたように思われる。私にはそれがひどくおもしろい。」(『高瀬舟縁起』より引用)

鴎外自身、長女茉莉と次男が同時に百日咳にかかり次男が死亡したとき、茉莉にモルヒネを注射して安楽死させようとした事実がある。このときは妻の父親が止めに入って事なきを得たが、そういう事実があったことを踏まえた上で上記引用の文章を読むといっそう身につまされるものがある。

軍医であったこと、身内の者に安楽死を施そうとしたこと。鴎外は未遂、キリコは完遂の違いはあるが、生身の鴎外はキリコを彷彿とさせる。

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2009halloいつもお世話になっておりますトーレスさんから、DLFのイラストを頂いて参りました。
めちゃくちゃカッコよくて迫力のあるドラキュラBJとミイラ男キリコです! 先生はそのまんまでシックリきてますし、テーピングキリコも何故かこんな格好がとってもお似合い。ナイス コスプレ!(違)
BJ先生のセリフは間(はざま)繋がりで「血ぃ吸うたろか」でしょうかやっぱり。うん。先生になら吸われてもいいかも。ある意味、永遠の生を約束してくれるドラキュラ伯爵を演じられるのはBJ先生だけでしょうね。←それは美女だけ。しょぼん。
琵琶丸は何の役なのでしょう。三途の川の渡し守カローンという趣きですが、キム/タクがどんな役をやってもキム/タクである如く、琵琶ちゃんも自分のキャラのまま堂々と風景に溶け込んでいらっしゃいます。そしてその足に踏んまえているのは、もはやこの人しかいない、かぼちゃ白拍子(爆)。わあ、怒ってる怒ってる。もうすぐ馬車になるんですよね(違う話)。
このメンツで踊る「スリラー」が是非見てみたくなる素敵なイラストです。トーレスさん、どうもありがとうございます。m(_ _)m

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(備忘録091018)

頼まれたアンケートをやっていたら時間がなくなりました。
きょうの記事はお休みです。m(_ _)m

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Ever Dream This Man?

「世界中で2000人もの人がこの男の夢を見て怖い思いをしている」というニュースを読んだ。実在しているかどうかわからないこの男は“This Man”と呼ばれて、ネット上で捜索されているらしい。

--「『This Man』が夢の中で私のそばに座っていた」
「窓の外から、『This Man』が私をずっと凝視していた夢を見たことがある」
「私が夢で最初に彼に会った時、彼と恋に落ちていた」
などだ。夢の中だけに、『This Man』の役回りは様々だが、一応にして不気味なものであるらしい。--

夢の内容よりも私は「一応にして」という妙な日本語のほうが気になる(それを言うなら『一様に』だろう)が、それはさておき。写真を見ると、それほど不気味な顔とも思われない。現代では流行らないタイプの顔だが、人類が直立した頃にはたくさんいたのではないかと思うような、若干サルに似た感じのする顔である。

世界各地の人々が夢に見ていることから、人種による差異はないと考えられる。とすると、ホモ・サピエンスであれば共通に「怖い」と思うような何かが“This Man”にはあるのだろう。逆に言えば、“This Man”を見たら「怖い」と思うように遺伝子がプログラムされているのだろうと思う。だとすればこれは、太古の昔にホモ・サピエンスと敵対関係にあった人類(たとえばネアンデルタール人とかクロマニヨン人とか。本当に敵対関係にあったかどうかは知らない。悪しからず)の平均的な顔なのではなかろうか。

上記の記事の下部「関連記事」のところに、「米国研究チーム『人類が見る夢はたった12種類』」という記事があって、こちらも面白く読んだのだが、「この12種類の夢というのは、大部分が太古の人類の生き延びようとする信念や生命力の継承」だと解釈されている。“This Man”の顔も、「この顔を見たら逃げろ」と、危険を回避しようとする遺伝子が夢に見させてくれているのかもしれない。ちなみに私はまだ見たことがない。

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専門用語の慣用表現

あ~、これ「ギネ」って略すんだ、と思った新ドラマ『ギネ』(観なかったけど)。“Obstetrics / Gynecology”を「産科 / 婦人科」と丸覚えした医学図書館員時代、「ガイネコロジー」と発音して疑わなかったから、「ギネ」と聞いてもまったくピンと来なかった。

私のいたところで「ギネ」が使われていたかどうか覚えていないが、「泌尿器科(Urology)」は確かに「ウロ」と呼んでいたし、「整形外科(Orthopedics)」を「オルト」と呼ぶ先生もいらっしゃった。それぞれの病院で様々な慣用的な呼び方があるのだろう。

医学雑誌のタイトルでも、たとえば“Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America”というのをわれわれは「ProNAS(プロナス)」と呼んでいたが、研究会でよその大学の人が「PNAS(ピーナス)」と言われたのを聞いて「あ、うちだけの方言なんだ」と判ったこともあった。「Index Medicus(インデックス・メディカス)」も、どうやら「インデックス・メディクス」が本当らしいし、“Biochemical and Biophysical Research Communications”とフルで言われても判らないが“BBRC”と言われると判るとか、それぞれの図書館での通称略称というのがあるものだ。

学生さんに関係あるところでは、「モノコン」「ヴィーコン」「トリコン」「テトラコン」…ここまでしか知らないな。順番に、「1回目の試験」「2回目の試験(いわゆる追試ですね)」「3回目」「4回目」である。ドイツ語が元になっているとか聞いたが、これはうちだけの方言だったかもしれない。「ポリクリ(外来診療実習)」、これはたぶん全国共通。

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交番へ行った

昨日のこと。買い物に行く途中、道に携帯電話が落ちていた。壊れているかと思ったが、画面はちゃんと見えるし、どうやら無事のよう。拾った時刻を確認してから、さてどうしようかと思う。もうスーパーのすぐ近くまで来ていたものだから、電源を切ってポケットに入れると、先に買い物を済ませ、レジの人に最寄りの交番を教えてもらい、届けに行った。

道々、人様ならどうされるだろうかと考えた。なにしろ拾ったのはケータイなのだから持ち主のデータも入っているに違いない。直接連絡を取って渡せばよいとも考えた。でも、どこの誰とも分からない人と会うのも煩わしいし、もしかしてどこかが壊れていたりした場合にはこちらの責任が問われる可能性だってありそうな気もする。あるいは、中のデータを見たと思われるのも嫌だ(だからすぐ電源を切ったのだが、そんなの私の気持ちだけの問題なのであって、見ていないという証明ができるはずもない)。交番に届けても、こちらの住所氏名は言わなくてはならないだろうから、結局そういう疑いを掛けられる可能性は同じだ。ならば、元の場所に置いておくのが一番良いようにも思える。……戻って置いてこようかな。

しかし最も嫌なケースはこれの持ち主がのりピーだった場合だよな、などとアホなことまで考えていると、いつしか交番まで来てしまった。ままよと覚悟を決めて「こんにちは……」と入ると、若いお巡りさんが二人、「はいッ」とカウンターまですっ飛んできてくれた。これがまあなんと、今すぐにでもジャニーズ事務所からデビューできますというくらいのイケメンさん(きゃあ)! いや、イケメンというと軽薄な感じがするが、色白で眉目秀麗なキリリとした男前さん! それも二人とも! 確率100%! 

来て良かった♪ というか、拾得物は交番に届けるのが日本人の当然の義務なのである! 誰だ、返してこようかなんて考えていた奴は?! しかしこんなことになると分かっていたら、もうちょっとオシャレしてくればよかったと思うことしきり。おまけに、さっき買った大根の葉っぱが盛大にはみ出したリュックサックなんか背負っている……orz

ピッピッと操作して「壊れていませんね」「ああ、持ち主に連絡が取れますよ」とおっしゃる二枚目×2。「じゃあ、返してあげてください」と、住所も名前も告げずに帰った。キビキビと「ありがとうございましたッ」と声をそろえて最敬礼されるのに迫力負けして、大根入りのリュックを思い切り扉にぶつけてしまった秋の夕暮れでした。

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当事者が見た死刑

『元刑務官が明かす死刑のすべて』(坂本敏夫著)読了。

--起案書に30以上もの印鑑が押され、最後に法務大臣が執行命令をくだす日本の“死刑制度”。「人殺し!」の声の中で、死刑執行の任務を命じられた刑務官が、共に過ごした人間の命を奪う悲しさ、惨めさは筆舌に尽くしがたい。死刑囚の素顔、知られざる日常生活、執行の瞬間など、元刑務官だからこそ明かすことのできる衝撃の一冊。--(「BOOK」データベースより)

何か凶悪事件があって犯人に死刑判決が下れば、誰もが「当然だろう」と思う。そして何年か後に刑が執行されたというニュースを聞くまで、われわれ事件に直接関係ない一般市民はその死刑囚のことを思い出すことはまずない。ニュースを聞いて「そう言えばそんな事件もあったなぁ」と思い出せれば良い方で、まったく忘れていることもある。そんな、われわれがすっかり忘れている間じゅう、毎日死刑囚と顔を付き合わせ、いよいよというときには実際の処刑に携わるのが、刑務官である。

第1章 2001年 死刑執行はかくなされた
第2章 これが現在の処刑だ
第3章 拘置所の日常と死刑囚の生活
第4章 初めて明かされる死刑囚監房の真実
第5章 殺人犯、その裁きの現場
第6章 死刑を執行するということ

死刑制度に賛成だ反対だの議論はもはやここにはない。生き続けることを許されずただ死刑を執行されるためだけに生きている死刑囚たちと、「死刑台に上るときは、心から被害者と遺族に謝罪をし、赦されて天国に行って欲しい」と願う刑務官たちの現実の姿が描かれている。それはあまりにも人間的な姿だ。死刑囚がたとえ更生したとしても、命令が下れば刑務官は「職務としての殺人」を行わなくてはならない。それが、もう年内には処刑はないだろうと思っていたクリスマスであっても関係ない。その苦悩はいかばかりか。

社会から抹消してしまいたいほどの極悪非道な輩がいても、それをするには実際に手を下す人が必要だということを、われわれは忘れている。そしてその人たちは、われわれと何ら変わることのない普通の感覚を持った人たちなのだ。決して、人の命を奪うことを何とも思わない人間などではない。

死刑囚にもいろいろあって、心底後悔して自分の死をもって贖うしかないと思う者もいれば、死刑執行までに死刑囚を死なせないように細心の気を配る刑務官の立場の弱さを利用して、刑務官を顎で指図して脅迫するような者もいるらしい。また精神異常を装って罪一等を減じられるケースもあるという。

裁判官や弁護士が知らない生々しい世界がここにはある。法律論で論じる死刑制度がいかに綺麗ごとであることか。実際に人を死なせる、殺すというのは如何なることなのか。それが感覚として判る本だ。

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(備忘録091013)

録画を鑑賞・消化中につき、記事はお休みします。m(_ _)m
いや~スゴイわ、「危険生物」の数々。ハブ空港ってのも危険生物?(殴

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「台風一過」

『BJ』定期連載終了間際の「台風一過」(1978. 9.11)で、BJ邸は台風により吹き飛ばされる。この話のひとつ前の話が「指」を改作した「刻印」、次の話が「人生という名のSL」だから、手塚先生はもうこの辺りから『BJ』終了の体勢に入っておられたのだろうと思う。描き直したかった作品を描き直し、家もきれいサッパリ吹き飛ばし、思い出の人々が総出演する夢をBJに見させて、さあBJはどこへ行ったのだろう……という結末。当時は、もしかしたらBJは死んだのかもしれないという噂も確かにあった。翌年から不定期ではあるが描き続けられたので、ほっとしたのであるが。

「人生という名のSL」以降の13話が、それまでの時間軸と同じかどうかはわからない。いや、それまでだって、第24話「万引き犬」で地震によって倒壊したはずのBJ邸が翌週ちゃんと建っているのはおかしかったわけだから、台風で吹き飛ばされたはずのBJ邸が元どおり建っているのも、マンガならではの自由さであるとか過去のエピソードだからだと考えれば説明がつく。しかし同時に、あの古ぼけたBJ邸は今もなお吹き飛ばされたままだという可能性を否定する材料もない。アニメ版ではしっかり再建されていたが、爆破されてしまった(笑)。(しかしそれにしても、24話「万引き犬」と149話「やり残しの家」と228話「台風一過」の3話の出来事を破綻なく説明するのは至難の業である。笑)

さて、「台風一過」。先週には非常に強い台風18号が日本を縦断して各地に大きな被害をもたらしたが、千葉県の海岸沿いでは竜巻と見られる突風が吹いて5棟が全壊したそうだ。BJ邸ももしかしたらこのような台風に伴う竜巻でやられたのかもしれない。ちなみに1978年に来た台風を調べてみたが、首都圏を直撃したものはなかった。ただ7号(VIRGINIA)がかなり近づいており、日付からいっても手塚先生になんらかのインスピレーションを与えたかもしれないとは思う。

15歳の清純派歌手・マニー白毛(なんじゃこの名は)が子宮外妊娠して命が危ない。台風が近づいているので家に帰りたいBJ先生だが、大量出血があったので仕方なく緊急オペをすることに。一方、BJ邸のピノコは徐々に近づいてくる台風に不安が募るが、「おまえもおとなだろう。私に頼らずにしっかり家を守ってろ。わかったな」というBJからの電話を受け、台風襲来に備えて大忙し。

「家なんか何軒も建つが この子の命はひとつかぎりだぞ」と停電の中で懸命に手術するBJと、屋根を吹き飛ばされても「かまァないわのよ。おうちなんていくやでも建つんやから……」と毛布をひっかぶって蹲っているピノコ(このときピノコが何を抱えていたかは最後にわかる)。まったく別々の場所でそれぞれに奮闘する二人が、「家なんかよりも大切なものがある。それを守るんだ」という共通の思いを語っているのがなんとも上手い。ゴシップばかりを気にするマネージャーが限りなく卑小なものに見える。

そして台風一過、岬に帰ってきたBJが目にしたものは、跡形もなく吹き飛ばされたわが家と、毛布にくるまって眠るピノコだった。

「ごめんなちゃい ……れもね ピノコ一生けんめ 守ったわのよ」
「わかってるさ…………」
「先生……朝のお茶」

燦々と降り注ぐ朝の光の中でBJにお茶を差し出すピノコの姿に、私は言葉にならないほどの感動を覚える。疲れて帰ってもベッドも枕も吹き飛ばされてもはや眠る場所もないBJに、ピノコはせめてもの熱いお茶をふるまいたいのだ、いつものように。毛布の中に抱え込んでいたのは、BJの湯呑み茶碗とお茶をいっぱい入れたポットだ。「家を守れ」と言われたピノコが守ったのは、建物ではなくて、BJが憩い安らぐことのできる家庭だったのである。

ああ、ピノコ。あんたには誰も敵わないヨ……。

Photo

朝のお茶。それは毎日の習慣。

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It was beauty killed the beast.

スーパーでCDやDVDをワゴンセールしていた。ふと目に止まったのが、1933年制作の『キング・コング』。500円だったので買ってきた。もちろん白黒映画。

先日観た2005年版と比べると、特撮技術のお粗末さとコングの顔が妙ちきりんなのに笑えるが、まったく同じ場面も多く、2005年版がいかにこの1933年版をリスペクトして作られているかが判る。話もコンパクトにまとまっていて飽きさせない。

決定的な違いがひとつ。1933年版のヒロイン(フェイ・レイ)は最後までコングを恐れ嫌っている。完全なるコングの片想い。これなら、ラストの“It was beauty killed the beast. (美女が野獣を殺した)”の意味も通じると納得した。2005年版では相思相愛ラブラブムードだったのだから、ここだけ同じセリフを言われてもピンと来なかった理由がようやくわかった。

2005年版のヒロイン(ナオミ・ワッツ)は「人間の中にある獣が自然の美を殺した」と言ったらしいが、こちらの方がけだし名言であろう。

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『世界ふしぎ発見!』

『世界ふしぎ発見!』の「新生アトム誕生!最新ロボット2009」を観た。

最初にアトムの能力について触れられていたが、10万馬力のもの凄さに驚く。ジャンボジェット機のエンジン2つ分に相当する力なのだそうだ。そんな力を出されたら、そりゃあ悪も斃せるだろうが周りじゅうに影響も及ぶことだろう(笑)。また、アトムのスピード(マッハ3だったかな?5だったかな?)で飛ぶと、空気との摩擦でアトムの頭は1200度に熱せられるのだとか。

専門家の話ではアトムを作ることは不可能ではないということだったが、番組のホームページによれば、「実際今の技術でアトムを作ると、牛久大仏くらいになる(台座を入れると120m)」そうだ。お台場のガンダムが18mだったことを思うと、途方もない大きさだ。アトムは2003年生まれの設定だが、その年を過ぎた今の技術をもってしても、あの大きさ(135㎝)のアトムを作ることはできないらしい。もっと未来に時代設定しておけばよかったですね、手塚先生。

ロボットをめぐる一番大きな課題は、自分で考える能力を持たせることだ。これについてもいろんな研究がなされているようで、近い将来、アトムのように自分で考え判断し感情もあるロボットが出来るかもしれない。そういう時代になって初めて、人間とロボットとの関係、人間であることの意味、悪意を持たないロボットであるところのアトムの意味などが、現実の問題として語られることになるのだろう。やっぱり手塚治虫は1世紀くらい時代の先を行っていたのではないかと思う。

番組では、本日日本公開された『ATOM』も少し紹介されていた。なかなか綺麗な絵だとは思ったが、原作そのままの風貌ではダメだったのかとそれがちょっと残念。先日TV放映された『ジャングル大帝』もそうだったが、どうしてわざわざ風貌を変える必要があるのか不思議に思う。

あと、手塚先生のペンネームの由来となったオサムシの問題とか、宝塚の記念館も紹介されていて嬉しかった。われらがBJ先生も、しっかりアトムの隣に立っておられましたよん♪

さて、明日はいよいよ「虫魂3」が開催される。参加者の皆さん、どうぞ楽しんできてください。

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「無免許外科医を愛してるバトン」

桜雪乃さんからバトンを頂きました。ありがとうございます。m(_ _)m
その名も「無免許外科医を愛してるバトン」!
こんなピンポイントで無免許外科医に特化したバトンがあったんですねえ!!
考案された方にも感謝です。m(_ _)m

それでは早速やってみます。
 
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無免許外科医を愛してるバトン→このバトンは無免許だけど天才外科医なブラックジャック先生(本名・間 黒男)を愛する方へ捧げるバトンです
軽いノリでどうぞ*

・まず貴方のお名前を

>>わかばと申します。

・では早速質問に入ります

>>は~い♪

・先生のどういうところが好き?

>>とても一晩では語り尽くせません(笑)。またこれまでのバトンでもさんざん述べておりますので、重複するのもあれですが……。それでも敢えて一言付け加えるならば、「医者ってこういうものなんだ」というところです。プロなんです彼は、いついかなる時でも。そしてそれはもはや職業というレベルではなくて、彼の存在そのものが「医者」なんですね。そゆとこ、チュキ。
 
・いつも着てるあの服、同じのが何着くらいあると思う?

>>雪乃さんのご回答と同じく、夏物冬物3着ずつくらいではないでしょうか。コートも3着ほど。けっこういろんな目に遭ってよくボロボロになってますから、常時それくらいはそろえてあるんじゃないかと。礼服も、ネクタイさえ替えればこれでいけますね。
あれこれ選ぶのが面倒くさいという理由で、ずっと同じ洋服屋さんでオーダーメイドしているのかもしれないと想像しています。サイズも生地も変わらないから電話1本で「1着たのむ」なんてやってるんじゃないでしょうか。アニメ版のCMでは御徒町のマント屋が御用達という設定でしたね。

・空港の金属検査でコートに仕込んでるメスは引っかかると思う

>>引っかかるので外していると思います。「ストラディバリウス」ではカバンに入れていてコートには仕込んでいなかったようですし(でもハリは持っている)、「メス」で、機内ではメスを携帯していなかった事実がありますので。

・普通息子に黒男とはつけないよね…って理科の先生が言ってた

>>私もそう思います。初めて本名を知ったときは「をいをい…」という感じでした(笑)。「クロー」という語感は悪くないんですがね。『ブレイブファイヤーS09』という電力会社のPR用アニメでも「久郎」という名で出ているようです。真っ黒尽くめだから“crow”も意識しているんだと思いますが。それにしてもあの字を当てた間パパはそうとう変人だと思います。理科の先生、バンザイ!

・正直先生が好き過ぎて自分がピノコになりたい

>>いいえ、ピノコのポジションは無理です。どちらかと言えば、めぐみさんかBQになりたいです。

・でも手術(血)は無理っぽい

>>これはやってみたいです。先生の神技がどれだけすごいのかを間近に見たいです。

・先生が店に行って、ピノコの服とかを選んでる姿を想像するとなんとも微笑ましい

>>ん~。選んでいないと思います。ピノコが自分で選んで、お会計までの間はどっかでタバコでも吸って暇を潰しているんじゃないでしょうか。
ピノコが生まれてまだ自由に動けない間は先生が買ってきていたはずですが、お店の人に「身長○○㎝、標準体型の女児。見繕ってくれ」などと頼んでいたんじゃないかと思います。「六等星」でも「これ」と特定せずに「女の子の下着」って言ってますから。

・ピノコには少し甘いのもポイント高い

>>確かに甘いですね~(笑)。たいてい泣き落としにひっかかって言うこときいてやってますね。原作で描かれている程度なら、ピノコのわがままも先生の甘さも許せます。アニメ版のあの躾のなってないピノコはちょっとどうにも…………。

・実は先生の身長が知りたい

>>日本人男性の標準よりちょっと高いくらいかなと思っていましたが、へぇ~、公式では180cmなんですか? けっこう大きいんですね。

・先生とキリコの身長差が少し気になる

>>ドクター・キリコは、BJ先生と同等かそれ以上に強くなければいけない存在なので、あれくらいの身長差があってよいと思います。例えばキリコがヒゲオヤジくらいの身長だったら、威圧感を感じないでしょうから。と、真面目に答えてみました。本当は絶妙な身長差だと思ってます(腐腐腐)。

・密かにキリコの眼帯っていつからやってるか知りたい

>>ベトナムで負傷したのではないかと想像していますが、手塚先生がどういう設定を考えておられたのかは知りたいところです。

・先生に病気を治して欲しいと思った事がある

>>自分に関してはないですが、家族に関してはあります。

・様々な事情でボツになった話が読めないのが悲しい

>>連載されていた話はいちおう全話持ってるんですが、『BJ』については1週間に3つほどアイデアを出してその中からひとつを選んで収載するという形だったようなので、その時点でボツになったお話は是非読んでみたいです。
「指」「快楽の座」「植物人間」の3作品については、なかなか封印は解かれないかもしれないと思います。原稿が残っていなかったり明らかな間違いがあったり、人体実験が扱われていたりしますから。でも、そういう諸々の問題を孕んでいる作品だと注記すれば、出版されてもよいと思うんですけどね。手塚先生の言いたいことは間違っていないと思いますし。逆に、手塚先生自身が収録したくなかったと言われる「おとずれた思い出」などが自由に読めるというのも、おかしな話だと思います。

・ピノコ語で先生に愛を語りましょう

>>「先生、今夜はカレーなのよさ」。最大級の愛です。

・バトンは誰かに回す?

>>これ、けっこうピノコについて想像できるバトンだと思うので、ピノコファンにお回ししたいと思います。

ずり落ちるのが心配になるような、愛らしいルパンのがばがばパンツを描いてくださったromiさん
思わず(大臀筋を)触ってみたくなるBJ先生の素敵なしましまパンツ姿を見せてくださった小早川さん
よろしければ、お持ち帰りください。m(_ _)m
神無月さんにも是非お回ししたいところなのですが、しばらくお休み中とのこと。もしも余裕がおありでしたら、受け取ってくださると嬉しいです。
その他、キリコファンの皆様も、もちろんBJ先生大好きな皆様も、「虫魂3」でお忙しい頃とは思いますが、どうぞどうぞご自由にお持ち帰りくださいまし。

お疲れ様でした*

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は~、久々のバトン、楽しかったです♪ 「軽いノリで」と書いてあるのに、答え始めるとどうも熱くなってしまったようで、反省しきりです。
雪乃さん、面白いバトンをありがとうございました。m(_ _)m

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さようなら90番

高校時代、クラスの女子の間で『あぶさん』が大ブームになったことがある。誰が最初に火をつけたのか覚えていないが、いつの間にか皆が夢中になっていた。退屈な授業中にはノートにあぶさんを描いたりして遊んでいたものだ。青池保子、池田理代子、萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子、木原敏江、山岸凉子らが描く少女マンガを愛読しながらも、当時の女子高校生は「ビッグコミック」にまでも手を伸ばしていたのだった。私も当時買った単行本をいまでも持っている。

野球にはたいして興味はなかったが、いまから思えば、少女マンガでは絶対に描かれることのない現実的でハードな大人の男の世界が描かれているのが珍しかったのだろうと思う。サチ子さんというあぶさんを愛する人がありながら美しい未亡人とわりない仲になるのはどうなんだと憤慨する友もいれば、それこそが純愛だと断言する友や、いや男なんてそんなもんだよとしたり顔で言う友もいた。まだ見ぬ大人の世界を、私達は『あぶさん』を通じて覗き見ていたのだと思う。ちなみにこの問題については、この年齢になった今でもよくわからない(笑)。

そのあぶさんが、「ビッグコミック・オリジナル」(2009.10.20)号でついに現役最後の試合を迎えた。対オリックス戦。9回表を終わって2-2の同点、二死走者なしの場面で、いよいよ景浦安武が代打で登場である。スタンドの横断幕や大声援、これが最後かと感無量の関係者たち、全球ストレート勝負で敬意を表するオリックスのバッテリー……。もうこのあたりは、涙なしでは読めなかった。

いい男だなぁ、あぶさん。ヤサグレ男からスーパースターへと変身してからは読むことも少なくなったけれど(笑)、私が読んでいない間も37年間の長きにわたって、南海、ダイエー、ソフトバンクとホークス一筋に野球人生を歩んできた。丈夫な体に産んでくれたお母さんに感謝して、「やっと終わったよ。」と告げる瞳に光る涙が尊い。お疲れ様、景浦安武。あなたのことは忘れないよ。

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雪乃さんからバトンを頂戴しております。明日、回答させていただきます。m(_ _)m

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野分だちて、にはかに肌寒き夕暮の程

非常に強い台風18号(メーロー)が、50年前の伊勢湾台風と同じようなコースを辿って日本を縦断しそうで、心配なことです。こちら松江でも、ただいまかなり強い風雨となっています。進路に当たっている地域の皆様、どうぞお気をつけて。

気象庁の最新台風情報はこちら

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根性試し?

わが家は路地を入ったところにあるので、どこへ出掛けるにもその路地を通る。路地の入り口のところに鳥好きなおじさんが住んでいて、路地に雑穀をバラバラッと撒くとどこからともなく鳩が2羽やってきて啄ばみ始める。つがいかもしれない。近所の住人が誰も害を加えないことは鳩もよくわかっているらしく、かなり接近しても飛び立とうとしない。

きょう、私が自転車で外出から帰ってきて彼らに最初に遭遇したとき、3mくらいの距離まで近づいたらおもむろに飛び立ってすぐ傍の塀の上に止まった。10分ほどして今度は歩いて外出したとき、彼らはまだ食べていたが、食べるのをやめて路地の端までトコトコと歩いていって距離を開けただけで、結局飛び立とうとはしなかった。距離は2m弱。しばらくして忘れ物に気付いて引き返したら、まだ食べている。私が近づいてくるのはしっかり認識していたようだが、今度は食べるのを中断しただけで端に避けようともしなかった。距離は1.5m弱。忘れ物を取ってまた出掛けたときには、エサは綺麗になくなっていて、彼らは塀の上からなんだか呆れたような顔をしてこっちを眺めていた。

お食事中に何度も傍を行ったり来たりしてごめんよ。私にとっては路地でも、あんたたちにとっては食卓なんだよね。でもここを通らないとどこへも行かれないもんでね。悪いね。

計4回のコンタクト。彼らは私を同一人物だとわかっていたのだろうか。だんだん距離が短くなっても逃げようとしなかったのは、この人間は危害を与えないと判断したからだろうか。あるいは、最初のコンタクトのときから、「あ、近所のおばさんだ」とわかっていたのだろうか。「でもまぁ自転車は恐いから一応逃げるか」という程度で。今までも数え切れないくらいこの路地で出会っているのだから、案外わかっているのかもしれない。私の方は2羽の区別がつかないが。

今までの経験から言うと、1m以下の距離にまで近づいたことはない。たぶんそこらへんが境界線なのだろう。急ぎ足で近づくと、2~3mの距離でも逃げる。のんびりのんびり近づくと、斜め前を同じ方向へ歩きながらこちらの様子を窺っているのがありありとわかる。こういうときは面白い。飛び立つかな、歩いて避けるかな、などとこちらも鳩の様子を窺っている。これは彼らのキモダメシ、根性試しなのかもしれない。「きょうはあのおばさんに1.1mの距離まで近づいたのよ」なんてことを塀の上で自慢げに話しているのかもしれない。クルック~クルック~。

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青と白のストライプ

『BJ』も好きだが、『ルパン三世』も好きな私。共通点を考えてみると、両方とも短編連作でなにしろストーリーが面白いことが挙げられる。あれだけの短いストーリーの中にアイデアがてんこ盛りだ(私にとっては、大河ドラマ的長編よりも、あれくらいの短編の一話完結形式の方が読みやすいのである)。それから、ファッション。ルパンもBJ先生も縞々パンツだよね~……と、ここまできてふと気付いた。BJ先生は本当に縞々パンツを履いていただろうか? 履いていたとすれば、それは何のエピソードだったっけ?

調べてみた。

まず結論を言おう。原作でBJ先生が縞々パンツをはいているシーンは見つからなかったのである! (←見落としているかもしれないので、ご存知の方は是非ともご教示ください。お願いします。m(_ _)m)
先生は、「ピノコ再び」「奇胎」「銃創」「コレラさわぎ」「骨肉」で白のトランクスを、「骨肉」「壁」「密室の少年」で白のブリーフを履いておられる。ふつう男の人というのはトランクス派かブリーフ派に分かれていて、特にトランクス派の人はブリーフは履かないと思っていたのだが、BJ先生の場合、別にこだわりはないようで、トランクスだったりブリーフだったりする。しかしいずれの場合も「白」であって、柄物ではないのである。

あれ~? おかしいな。どうして私の頭の中には「BJ先生 → 青と白の縦縞トランクス」と色まで限定された公式が成り立っているのだろう。『ブラック・ジャック画集』で扉絵や各種コミックスの表紙も確かめたが、見つからない。ならばアニメで見たのかと思ったが、記憶にあるのは「コレラ騒ぎ」での黒のボクサータイプのパンツだけだ。

ああそうか、もしかしたら、と、ピノコが洗濯物を干しているシーンを探してみた。おそらく「ピノコ再び」「ピノコ生きてる」「ハッスルピノコ」「コマドリと少年」の4作品だけだと思うが、……あれ? やっぱり違う。先生のトランクスらしきものは干してあるのだが、やっぱり「白」だ。あれ~? 私の頭の中には、先生の青と白の縦縞トランクスが風にはためいている様子がくっきり浮かんでいるのになぁ……。orz

ちなみにピノコが干している洗濯物だが、シーツやらタオルやらの大物が多くて、BJ先生のワイシャツや靴下の類が一切見当たらない。ピノコにアイロンがけは重労働だろうから、ワイシャツはクリーニングに出しているのかもしれないが、靴下がないのは合点がいかない。1日に1足は必ず出てくるはずのものなのだから。そこで、もしかしたら、BJ先生は自分の物は自分で洗濯しているのではないかという推測も成り立つ。ピノコが洗濯しない日はBJ先生の当番日ということで、自分の下着やら靴下やらを洗っているのだが、たまたまマンガに描かれていないだけなのかもしれない。となると、先ほど先生のトランクスと見えた物体もピノコのパジャマのズボンかもしれない。……しかしまぁ、こんなことをいくら憶測しても、先生の縦縞パンツの謎は解けない。

二次創作をなさっている方のページを見て確認してみる。やはり先生は青と白の縦縞パンツをお召しになっていることが多い。だからこれは万人に共通の認識なのだ、何故だろう……と書いていて、はたと思い当たった。逆だ。私の「BJ先生 → 青と白の縦縞トランクス」という認識は、数ある『BJ』二次創作の作品群によって後から植えつけられたものだったのである。

原作の先生は、白以外のパンツを履いておられることはない。それを青と白の縦縞トランクスと最初に決めたのはどこのどなただったのだろう。またBJ先生にはいかにもそれが似合いそうなのである。おしゃれな黒のビキニとかボクサータイプではなくて、本当は何でも良いのだけれどごくごく一般的に売っている青と白の縦縞を無造作に履いている(それもかなり洗いざらし)、という雰囲気が似合っているのである。

あるいはそこにルパン三世の縦縞パンツの影響を見ることも可能かもしれない。ルパン三世が黒のビキニなんぞ履いていたらイヤラシイだろうが、あのがばがばの縦縞パンツではどんなことをしようとしてもまったくイヤラシサを感じないのである。あの形状は色気を骨抜きにしてしまうものと見える。『おそ松くん』に出てくるデカパンおじさんも着衣はあれ一点だが、セクシーさのかけらもない(笑)。

だから二次創作においてBJ先生のパンツを描く必要があるときには、きっとあの形状が最適だったのだろうと思う。色気はないが、野暮でもない。過剰な色気を排除して、適度なスマートさと無頓着さと清潔感を表すには確かにあれが良いのだと思う、ウン。

……とまあ、パンツ談義になる予定ではなかったのだが、すっかりそうなってしまった(笑)。何が書きたかったのかよくわからないまま、いい加減このへんで終わります(汗)。

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読んでいて気持ちが良い

『毎月新聞』(佐藤雅彦著)読了。文句なしに面白い。超お勧め! 日常生活に起こる様々な現象を鋭く切り取って分析考察したエッセイである。

--『毎日新聞』で4年にわたり連載した月1コラム、その名も「毎月新聞」。その月々に感じたことを、独特のまなざしと分析で記す佐藤雅彦的世の中考察。人気の3コマまんが「ケロパキ」未発表作品つき。(「MARC」データベースより)--

目の付け所が違うとか、発想が面白いとか、単にそういう次元ならば、これに類したエッセイ集はたくさんあるに違いない。しかしこの人の考察が面白くて気持ち良いのは、その帰着するところがとても真っ当で常識的で安心できるところであるからだと感じる。誰もが「そんなことは当たり前だ」と、実はよくわかっていないくせにそういうフリをして、それに関して説明することを敬遠しているような出来事について、明快な筋道を示してくれているように思う。

その気持ち良さは、例えば、日常の動作のひとつひとつがきちんとできる人の挙措を見るときの気持ち良さのようなものだ。居住まいの正しさとか、無駄と無理のない動きとか。この佐藤雅彦という人はきっとそういうことのできる人なんじゃないかと思う。

そしてそんな彼だからこそ気付く、日常のふとしたひとこまの面白さとそれが意味するもの。「じゃないですか禁止令」とか「おじゃんにできない」など、「うんうん、そうだよね」と同意できる項目はたくさんあるが、中でも印象的だったのは「真夏の葬儀」と「取り返しがつかない」だった。前者は悲しみの一番深いところを見事に抉ってあるし、後者は喪失感と焦燥感をまざまざと感じさせてくれた。どちらも非常にかそけき感覚である。しっかりと生きていないと見過ごしてしまうような感覚に、佐藤雅彦は暖かな眼差しを向けている。

文章の上手さもさることながら、そういうかそけき感覚に光が当てられてストンと納得のいく考察がなされていて、これは下手な小説を読むより数段面白い一冊だった。

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名月

Photo_3今夜は中秋の名月。まずは食い気から満たそうと、新宿中村屋の月餅を買いに行く。小豆餡と木の実餡の両方を買いホクホク。続いてススキを求めて川原をウロウロ。まだ赤っぽい花穂のものが多く、ふわふわの白い毛にはなっていない。ボリュームが足りないが、とりあえず5~6本切り取って、吾亦紅とリンドウとともに花瓶に投げ入れて玄関に置く。

8時頃に仕事から帰ってきた夫と、満願寺灘へ月を観に行く。Wikipedia「月見」の項に月見の名所として載っているところなのだが、今日も今日とて観月の催しが開かれていたようだったので、われわれは寺へは上がらず水辺のほうへ降りて、松江の灯りの上に煌々と照る満月を堪能した。堪能したは良いのだが、宍道湖を渡る風がいやはや寒かった。それでも一度広げたお弁当を途中で仕舞うのもどうかと思い、車のトランクから引っ張り出したジャンパーを着込み、月明かりを頼りに黙々とお弁当を掻き込む姿はおよそ風雅とはかけ離れたものであったと思う(笑)。

Photo_4いや、満月というのはそもそもそんなに風雅なものではないかもしれない。そこに叢雲がかかったり欠けたりするものだからこそ、心ざわめくものなのではないかと思う。煌々と澄んだ月光は、風雅というよりは清澄な悟りの世界に通じるもののように思われる。

江月照松風吹 永夜清宵何所為
 --月は入り江を照らし松を吹く風は爽やかで、
   この永く清らかな夜はいったい何のためにあるのだろうか--
                                   (『雨月物語』「青頭巾」より)

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『キング・コング』

テレビで『キング・コング』(2005年版)を観て、コングの澄んだ瞳に涙した。

それにしても、最後のデナムの「美女が野獣を殺したんだ」というセリフは、どう解釈してよいのか判らない。この期に及んでまだこんなことを言うかこの男は。元はと言えば、コングを見世物にしようとニューヨークへ運んできたデナムがすべて悪いのに。このセリフ、文字通りに取ればこれほど見当違いなことはないし、恋に殉じたのだという意味に取れば、こんなキザなセリフはコングの純粋さに対して不似合いで失礼に思われる。しかしまぁ、デナムがこの他人事のような一言で更に自分のダメさ加減の株を上げていることを思えば、一攫千金を夢見る卑小な男を徹底的に貶める意味においては成功しているのかもしれないけれども。私にはどうも“beauty”の訳が違うような気がしてならないのだが……。

『キング・コング』は1976年版を観たことがある。ヒロインのジェシカ・ラングに水浴びをさせ、自分の息をドライヤー代わりに浴びせていたシーンが印象深い。あのときコングが登ったのは世界貿易センタービルだった(ポスターは確かにそうなっていた)と思う。しかし、キング・コングと言えばやっぱり登るのはエンパイアステートビルがお似合いだ。あのとんがり具合が古き良き時代と「もう後がない」という緊迫感を感じさせてくれる。今夜もコングがエンパイアステートビルによじ登ったときには、おおこれこれ!と胸が躍った。ということは、1933年版も観たことがあるのかしら私?

見世物にしようと未知の生物を都会のど真ん中に連れてくるというモチーフは、日本映画でも『モスラ』などに踏襲されている。野生 vs 文明の構図。野生が解き放たれたときの文明の脆弱なことといったらない。銃や飛行機など文明の利器がなければ、人間なんて地上で最も弱い部類の生き物であるに違いない。弱いからこそ頭脳を使うというのは仕方ないとしても、野生を文明とは切り離したものと考え、更には野生を一切排除しようとするところが人間の傲慢さなのだと、そんなことを思った映画だった。なかなか見応えのある映画でしたよ。

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(備忘録091002)

10月8日
 『手塚治虫文庫全集』(講談社)の全巻購入予約はこの日まで(特典あり)。
 全200巻、欲しいけど……。お金が……。置き場所が……。う~~~む。

10月10日
 映画『ATOM』公開日。『日立・世界ふしぎ発見!』は「新生アトム誕生!最新ロボット2009」。

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ピンクリボン

きょうから10月。ピンクリボン月間が始まった。「ピンクリボン(Pink ribbon)とは、乳癌の撲滅、検診の早期受診を啓蒙・推進するために行われる世界規模のキャンペーン、もしくはそのシンボル」と、Wikipedia にある。昨年までは完全に他人事だったが、今年はわが身のことだから、新聞の特集記事やお昼のワイドショーなどで取り上げられていたのを真剣に見た(真剣になるのが遅いよ)。

日本人女性の20人に1人が発症し、年間約1万人が死亡し、年々その数は増加傾向にあるという。ただ、早期に発見できればほとんどが手術によって根治する癌である。だからこそ検診が大事なのだ。

私の場合は自分で異常を見つけて受診したが、いちおう「早期」だった。ただし1ヶ所ではなくて広範囲にわたって複数箇所にあったため、ステージはIII~IV、乳房温存は無理だと言われた。考えてみれば、妊娠・出産歴がなく、40~50代といわれる好発年齢のど真ん中なのだから、もっと関心を持って検診にも行くべきだったのだ。ところが、「まさか自分がなるわけない」と、何の根拠もなくそう思ってしまったのだった。かてて加えて両親の病気のことがあって自分のことどころではなかったということもあるのだが、これは言い訳に過ぎない。自分の身体を自分が守らなくて、いったい誰が守るというのか。

しかし、日本の女性の場合はこの「自分のことは後回し」というケースがとても多いのだと、ワイドショーでアグネス・チャンさんが言っていた。他のことは後回しでもよいが、乳癌の検診だけは「今すぐに!」行ったほうがよい。心の底からそう思う。

明日もまた乳腺外科へ注射をしてもらいに行く。身体の調子は変化なしなのですぐに終わると思うが、待合室で待っていると、他の患者さんの様子が目に入る。前回は鼻をしゃくりあげている人がいて、「ああ、きっとこの人も……」と思った。力づけてあげたかったが、こちらから顔を背けるようにして座っておられたので、気付かれたくないのだろうと思って結局何も言わなかった。頑張れ、とはとても言えない。私も同じですよ、くらいのことしか言えない。でももしこれから手術を受けて乳房を失うようなことになっても、どうにかなるもんですよ、とは言える。場合によっては、「ブラの中にタオルハンカチをたたんで入れているんですけど、車のシートベルトを締めるとだんだんズレて腋の方へいっちゃうんです。可動式おっぱい。マンガみたいで、主人と大笑いですよ♪」なんてことも言ってあげられる。……あの人に笑顔が戻れば良いな。

女性の皆様へお願いです。おっぱいは大事にしてください。一つしかないよりは二つ揃っていたほうが、何かと自然で便利です。そして、おっぱいよりも命が大事です。おっぱいも命も、失ったりすることのないように、たとえ「まさか自分がなるわけない」と思っていても、検診だけは受けてくださいね。

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