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「ドラキュラに捧ぐ」

時節柄、今週取り上げるとすれば、やはり「ドラキュラに捧ぐ」だろうか。

貧血気味で、外で運動などするとすぐに倒れてしまう葉斑(はまだら)しげり。しげりの担任の女性教師は、家庭訪問を兼ねてしげりを家まで送っていく。そこは「まるで幽霊でもいそう」な古めかしい洋館。初めて会ったしげりの父と話すも、医者に診せてもしかたがないと言われる。そして食事を勧められるが、このとき彼女はグラスで指を切ってしまう。それを見るしげりの父の目つきといったら! その後は半ば強引に屋敷に泊まらせられることとなって……。

アルカード(ALUCARD)伯爵演ずるしげりの父は女性教師に「もうおわかりだろう 私の元の名を…」と言っている。すなわちDRACULA(“ALUCARD”は“DRACULA”を逆から読んだもの)である。

珍しく、おちゃらけやギャグが一切ない、シリアスなスリラー路線の一編。しかしそこはそれ『BJ』は医学マンガなので、彼らが何故人間の血を欲しがるのかという医学的な説明がちゃんとなされているのがおもしろい。それによるとつまり、Rh-型の血を持つしげりは彼女の母親がRh-型ではなかったため、胎児のときに母親の血と混ざり合って恐ろしい血液病になってしまったということらしい。しげりの父は、女性教師がしげりと同じRh-型の血を持っていることを知ってしげりの血液と交換しようとしており(当然、教師は死ぬ)、そのために呼ばれたのがBJ先生であった。それまでBJはRh-型の血を持つ人間が死ぬのを待っている状態だったのだが、しげりの父は待ち切れず実力行使に踏み切ってしまったのだった。

たしか高校の授業では、「Rh-の母親にRh+の子どもができたときに母体に抗体ができる。だから2人目以降を妊娠したときはこの抗体が胎児に流れ込み胎児が危ない」と教わった。ドラキュラ一族の場合はどうやら逆らしく、母親がRh+で子どもがRh-の場合が大問題らしいのだが、これが抗原抗体反応で説明ができるものやらどうなのやら私にはわからない(誰かー!)。あるいはD抗体以外のものが原因なのかもしれず、実際にそういう病気があるものなのか手塚先生が創作された病気なのか、それもわからないのだが、ドラキュラ一族は代々そういう血液病に冒されていたが故に、血を入れ替えるために血を吸うのだという解釈は新機軸であろう。

女性教師の危機を救おうとしたBJ先生としげりの父とは乱闘となり、はずみで壁に立てかけてあった尖った杭がしげりの父の胸に突き刺さる。BJは父の血をしげりに与えることを約束し、彼は満足して息を引き取るのだった。本来のBJ先生ならここで父親をも治療しようとするのだろうが、この話ではそのまま死なせてやっている。ドラキュラの弱点を知っていて諦めたのかもしれない。そして「この手術を……あわれなドラキュラ一族に捧げよう……」というBJ先生のラストのセリフから、タイトルが取られている。

この、木の杭が刺さると死んでしまうというあたりはブラム・ストーカーが創作したドラキュラ像そのものである。ちなみに、ニンニクや十字架や太陽光線に弱いというのもすべてストーカーが考え出したものらしい。たしか『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』だったと思うが、太陽が徐々に移動して井戸の底にいる女ヴァンパイアをまともに照らし出すシーンは恐ろしくもあり哀れでもあった。

永遠の生、変わらぬ風貌、数多の弱点、私にとってそれらはなんともロマンチックで哀れなものに感じられるのだが、ドラキュラ好きで知られる手塚治虫がドラキュラに抱く印象はちょっと違うもののようだ。

--「がんらい、日本には陰惨な吸血鬼の話なんか受け入れる素地がないのだ。日本でここまでファンの数がのびたのは、なんといってもストーカーと、作品のモデルたるヴラド・ツェペシ大公のお陰であり、ドラキュラははじめっから全然別のイメージで人気者になってしまったのだ。
 それはダンディズム、エロチシズム、女性の被支配願望、いろいろ言われているけれど、ぼくは、ドラキュラこそ日本人男性そのもののパロディだからなのだと思う。傲慢尊大で、そのくせあまりにももろい。こんなに弱点の多い妖怪は古今東西ほかに居ない。毎度ごくつまらない油断で、相手のワナにかかって滅びて行く。つまり馬鹿正直なのである。約束の時間には必ず生真面目に現れ、一人の女の尻ではない頸(くび)ばかり追う律儀さで、しかも、呪いながら悶え死んでも、次の話にはケロリとしてぬけぬけ登場してくる。なんともけなげで無邪気で他愛なく、しかしタフネスな、さながらあるタイプの日本男性のカリカチュアではないか。--(『手塚治虫大全2』「手塚治虫的ドラキュラ」より引用)

こんな手塚治虫がドラキュラを描くと『ドン・ドラキュラ』のようなめっぽう明るいコメディ作品になるようだ。だからこの「ドラキュラに捧ぐ」でのシリアス路線は貴重である。というか、ドラキュラ一族を病人として捉えているのだから、こうなるのもむべなるかなではあるが。

また、手塚先生がドラキュラのどこが好きかといって、あの大きなマントほど好きなものはないらしい。

--「もしかりに、あのマントを羽織っていないドラキュラ伯爵を想像して見給え。どうサッソウと歩きこなしてみても、なんと軽薄で間が抜けてみえることだろう!
 であるから、ぼくは、ありったけの仕事にドラキュラのマントを無断借用したのである。
 その最たるものが「ブラック・ジャック」なのだ。だがまさか彼が美女を二、三人も包み込む訳にも行かないから、代りにマントの中に手術道具を隠していて手裏剣よろしく投げる。
 ここでロマンの味が消えて、二流の時代劇風になってしまった。」--(同上)

BJ先生のモデルは間違いなくドラキュラなのである。手塚先生はベラ・ルゴシ主演の映画『魔人ドラキュラ』もクリストファー・リー主演の『吸血鬼ドラキュラ』も観ていらっしゃるようだが、あのマントの襟をピンと立てる着こなしはそもそも1920年代の舞台に始まるもののようだ。正式にはマントの襟は寝かせて着るものらしい。

最後に……。少女の「葉斑」という姓について、花卉の病気の一種と書かれている解説本があるが、吸血ということで、マラリアを媒介したりする「ハマダラカ(羽斑蚊)」を由来とするほうが適当なのではないかと思う。

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コメント

とても分かりやすいです。ありがとうございます😊

投稿: ゆうゆう | 2017年8月23日 (水) 11時25分

ゆうゆうさん
コメントありがとうございますm(__)m
何かゆうゆうさんのご参考になることがありましたでしょうか(どきどき)。
ここに書いたことは、あくまでも私の感想ですので、ここは違うんじゃないかとか自分はこう思うとかありましたら、どうぞご指摘くださいませね^^

投稿: わかば | 2017年8月23日 (水) 23時26分

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