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黄泉比良坂 その2

一昨日に続いて黄泉比良坂のことなど。

比良坂神蹟保存会の「黄泉比良坂物語」は、最初に書いてあるとおり記紀がベースになっている。イザナギが亡くなった妻を連れ帰ろうと黄泉の国へ行き、上手く事が運びそうになったときに「見るな」と言われた禁を破り、妻を永遠に失った点は、ギリシャ神話のオルフェウスの「冥府くだり」とそっくりである。このいわゆる「見るなの禁忌」というのは他にも、オオゲツヒメを見たスサノオ(ツクヨミとも)やオオモノヌシを見たヤマトトトヒモモソヒメの話や、下って「浦島太郎」や「鶴の恩返し」などに見られ、西洋でも、「パンドラの箱」や旧約聖書のソドムとゴモラの話に出てくるロトの妻(←この場面、映画で観たが怖かった~。『十戒』だったかな?)などに見られる。西洋でも東洋でも同じパターンが多く描かれているのには、何か理由があるのだろうか。興味の尽きない点である。

さて、イザナギが黄泉の国へ行く件だが、これが『出雲国風土記』にはまったく出てこないのである。書かれているとすれば「意宇郡餘戸里(おうのこほり あまりべのさと)」の条になくてはならないのだが。こんな劇的な話が土地に伝わっていたら、ふつう書く。まして『風土記』編纂の命令はそもそも「郡郷名に好字をつけよ、郡内の物品の品目リストを作成せよ、土地の肥え具合や山川原野の名前の由来・老人の伝える古い伝説などを書き記して提出せよ」というものだったのだから、伝説を書かないわけがない。だから、この黄泉の国云々の話は大和政権のでっちあげであると言われている。

とすれば、今に残るこの大岩はどうしたものだろう? 周囲の状況を見るに、元からそこにあった岩ではない。唐突にそこに屹立している様は明らかにどこからか運ばれてきてそこに置かれているという印象が強い(石の種類など調べなくてはならないが、それはいずれ)。一昨日にも書いたように、和銅5年(712)に成立した『古事記』には「故、その謂はゆる黄泉比良坂は、今、出雲国の伊賦夜坂(いふやざか)と謂ふ」と書かれている。そのとき既にこの岩はあったのだろうか。あるいは、何が何でも出雲国を冥界に仕立て上げんがために、適当な場所(伊賦夜坂)を見つけてそこに岩を置いたのだろうか。

……時間がなくなったので、きょうはここまで。

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