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母と子の絆

最近やっている難読漢字タイピングゲームで「孀」という字が出た。「やもめ」と読む。もちろん最初は読めなかったが、このゲームで覚えることができた。「やもめ」とは「(1)夫のいない女。夫を失った女。未亡人。後家。(2)妻を失った男。妻のいない男。やもお。」のことで、一番有名な諺は「男やもめに蛆がわき、女やもめに花が咲く」だろう。

BJ先生は女やもめに優しい(笑)。それも、男の子を一人連れた女やもめに優しい。#133「てるてる坊主」がその代表格。#139「魔女裁判」もそうだし、#97「幸運な男」も結果的にその範疇に入るだろうか。

「てるてる坊主」は映画の『シェーン』を思わせる作品だ。映画ではヒロインのマリアンには夫がいるから女やもめではないのだが、シェーンが一家の困窮を救い、男の子(ジョーイ)に慕われ、母親(マリアン)とも微かな恋心を通わせ、そして去っていくところがそっくりだ。

構造主義の思想家クロード・レヴィ・ストロースによれば、男の子が成長するためには親の代に3人の大人が必要で、父・母・母方の伯父がそれに当たるという(『親族の基本構造』)。母親との間の恋愛感情を抜きにして考えてみると、シェーンもBJも共に、男の子に対しては「母方の伯父」の役割を果たしているように思う。決して父親ではなく、父親とは違うやり方で男の子に接し、父親とは相補的に機能する男のポジションである。

ところで、BJが女やもめとなった母親とその男の子に優しいというのは、やはり自分の生い立ちに似ているからだろうと、ファンなら考えたいところだ。困っている母子に、母と自分の姿を重ねているのだろう、と。また、まだBJのプロフィールが確立される前の作品ではあるが、#10「鬼子母神の息子」でも母子を引き裂くまいとするBJの気持ちが見て取れる。

こういうことを、手塚治虫はBJの性格づけとして意識的に描いていたのだろうか。それとも読者の勝手な妄想か。妄想ついでに言えば、BJも子どもの頃にそういう「おじさん」がいてくれたらなぁと思っていたのかもしれない。そして大人になった今、自分が欲しかった「おじさん」像を演じているのかもしれないなどと思う。

……いつもにも増して取り留めのない話になった(汗)。最後に、書きながら思い出した歌、ポール・サイモンの「母と子の絆」の一部を載せて終わりにする。

No I would not give you false hope
On this strange and mournful day
But the mother and child reunion
Is only a motion away
     (“Mother and Child Reunion” by P.Simon より)

ぼくは君たちにまやかしの期待なんかは与えません
この奇妙な悲しみの満ちた日に
もう一度 母と子が一緒になるなんてことは
ほんの ちょっとしたことなんです

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