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『ブラック・ジャック 3ふたりの黒い医者』

Photo昨日の続き。隆大介主演のVシネマ『ブラック・ジャック 3ふたりの黒い医者』の感想を書いてみようと思う。

その前に、昨日挙げた原作エピソードに「ブラック・ジャック病」を追加しておく。

まずは、あらすじを……。

タイの医師サミット博士が原因不明の肝臓の奇病に罹り、BJが招かれる(ここらへんは「99.9パーセントの水」)。しかしそこには、手術が失敗したときのためにとドクター・キリコも招かれていた。BJは手術を行うが、患部の膜が破れて毒素が漏れてしまい、失敗に終わる(ここらへんが「ブラック・ジャック病」)。そしてこのときBJ自身もメスで自分の指を傷つけてしまう。サミット博士はキリコに引き継がれて安楽死を施されるが、この博士があの本間先生の名言「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね」をBJに言うのである(「ときには真珠のように」)。BJは奇病が蔓延しているバーン・マイ村に向かった。

車がイカれて徒歩で村をめざすBJの前に不思議な光景が。苦しむ病人を呪術で治そうとしている人々だ。虫垂炎から腹膜炎を併発していると見てなんとか救おうとするBJだが、周りの人間に取り押さえられる。翌朝、一人の村人がBJに言う。「西洋医学ではあれは虫垂炎だが、われわれは精霊に取り付かれたのだと考える。死んでも従うべき自然の摂理があるのだ」と。

一方、いつまで待っても帰ってこないBJを心配してピノコがやってくる(「ピノコ西へ行く」かな?)。日本語を話す青年に、黒ずくめの医者を知っていると言われてついていくと、そこにいたのはドクター・キリコ。最初に出てきたときとうって変わって、着物のようなものをぞろっぺいに着て、全身から厭世観を滲み出させながら酒をくらっている。なんだかグダグダになっている彼を哀れむピノコ。

森の中を再び歩き始めるBJだが、滑落して気を失ってしまう。親切な村人に助けられて連れていかれた村には清水恵という日本人の女医がいた。彼女はやはり医師だった夫とともにこの村で医療を行っていたのだが、夫が亡くなってからは孤独と戦いながらも一人で村に残っていたのだ。BJの強欲医者ぶりは彼女も知るところであったので、最初、彼女のBJに対する態度は非常にツッケンドンである。しかし、村の怪我人をBJが手術したのを見てから、彼女はBJに恋心を抱くようになる。この村に残ってくれと懇願する清水先生だが……。翌日、彼女は村の少女を助けようとして少女ともども自動車にはねられる。二人に手術を施して、村を後にするBJ(このあたりは「メス」「土砂降り」)。

バーン・マイ村に辿り着くと、そこは既に死の村となっていた。引き返すBJが、そこで発病。最初の手術の際に感染してしまっていたのだ。そして何かの寄生虫によるものだと判断して、原野でセルフオペ。太陽光線によってはじめて姿を現した寄生虫を取り除くことに成功する(このあたりは「ディンゴ」)。

とある岩窟寺院に寝かされている病人。60年前に事故に遭い、それ以来意識がない。しかしその肉体は青年のもの。60年間老化していないという。生命維持に金がかかるのでキリコが安楽死を頼まれてやって来る。あわや、というときにやってきたのがBJ。翌日の12時までに意識が戻らなければ患者はキリコに引き渡すという条件で行った手術は成功。しかし意識を取り戻した怪我人はあっという間に老化して老衰で死んでしまった(このあたりは「浦島太郎」)。そして、「また会おう」と言うキリコと別れて、ピノコと帰っていくBJ……。

はぁ~、あらすじを書くだけで疲れたヨ(笑)。

まずは、キリコについての感想から。キリコが安楽死をするようになった軍医時代のことが語られ、「人間は死に勝てない。死はパートナーだ」とするキリコの考えが描かれているこの作品。それだけなら原作どおりだしアニメでも描かれていたが、この作品ではなにしろグダグダになっているキリコが描かれているというのが特徴だ。最初の勝負でBJに勝ち、最後の勝負でも決してBJに負けたというわけではないキリコ。仕事の依頼があればビシッと身だしなみを整えるキリコだが、独りのときはうつろな目をして酒をくらう姿は、彼の心の奥の懊悩を映し出しているように思われた。癒やしようのない戦争の傷痕を引きずって、「あんたが一番死にたがっているんじゃないの?」と思わせるような、救いようのないジャンキー……という感じだ。

こういうキリコは、私の想像するキリコとは若干異なってはいる(どこがどう、とは上手く説明できないけれども)のだが、生身の人間としての魅力は大きい。また多くの二次創作で描かれるキリコもこういう弱さを持つものが多い、ということは、このVシネが二次創作に与えた影響は大きいということなのかも。

またBJはBJで、夢うつつの中で「人間が生き物の……」や、キリコの「死はパートナーだ」という言葉を反芻して苦悩しており、BJもキリコもどっちも泥水の中でのたうちまわっているような印象を受ける。そこが原作の持つテイストどおりで、だからこそこの一作はなかなか佳い出来だと思うのだ。

そしてラストは、BJが勝ちという感じがするのである。60年間眠っていた患者は、実はその間も意識があったと告げた。ずっとそれを伝えたかったのを最後に言って死ぬことができたということで、BJの手術は決して無駄ではなかったのである(キリコは「無駄だった」と言ったけれども)。

全体を通して、タイの緑溢れる風景が映し出されるのも良い。生命に満ち溢れている。村人や子ども達が純朴で人懐っこくて、のんびりとして大らかなのが良い。風や山やそこらじゅうにいる「ピー」(精霊)に守られて(いると信じて疑わずに)暮らしている様子が良い。確かにこんな村には西洋医学なんか不似合いだ。飼っているブタやニワトリと同じように、ただ人間も生まれて死んでいく。それが幸せなんだろうと、ごく自然に思わせられる。

またそんな牧歌的な風景の中だからこそ、BJとキリコの苦悩も際立ったのだろうと思う。「ここはユートピア。このまま私と一緒にここに残ってください」と懇願する清水先生を振り切って、BJは帰っていく。紅塵の巷には、彼の腕を必要とする人々がいるから……。

この作品、実写版の中では最高の出来だと思う。デコ丸出しオールバックのBJ先生に慣れることさえできれば、まさにこれがBJだ!と思える、超お薦めの一作だ。

最後に、気になる点を……。先生は据え膳を召し上がったのでしょうか。失礼しましたッ。m(_ _)m

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