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2010年8月

夏の終わりの1枚

Garden100831きょうで8月も終わり。ニコタでの様々な夏のイベントも今夜までだった。

今夜もお越しくださったKさん、Gさんと一緒に、最終日のホタルと花火を見たときの1枚。真ん中の艶やかな浴衣姿がKさん。後方のキリリとした装いがGさん。2匹の猫ちゃんは、Kさん家のくろちゃんとGさん家のぐらちゃんです。
今夜もお付き合いくださり、ありがとうございました。m(_ _)m

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クロちゃんの夏休み

夏休みもそろそろ終わり。きょう、わが家のお向かいの家ではまだ宿題が終わらないらしく、朝からお母さんと小学校3年生の男の子がぎゃんぎゃんと大騒ぎをしていました。聞こえてくるお母さんの怒号から察するに算数のドリルか何かをやっておられたようですが、いや、微笑ましくてよかったですよ(笑)。

で、思ったです。黒男先生にはこんな思い出はないんだろうなぁと。8歳のときに事故に遭って、お母さんはその後しばらくして亡くなって、お父さんは外に女性作って家庭を放棄して……。宿題を手伝ってくれる人なんかいないわけです。自由研究やら工作やらも、不自由な身体で自分ひとりでやったんでしょうか。夏休み明けに友達が立派な昆虫採集の箱なんか持って来てるのを、悔しい思いで見てたのかもしれませんね。

OVA版のオープニングに、黒男少年が麦わら帽子かぶってランニング姿で昆虫網だか釣竿だかを持って出てくるのがあります。いかにも夏休み~!という感じの絵なんですが、小学校中学年~高学年くらいに見えますから、実際にはまだ満足に歩くこともできなかった頃だろうと思います。これは、こういう夏休みを過ごしたかった黒男少年の夢を描いてあるのかなと思います。

「アリの足」で、広島から大阪まで歩き通したのは、もしかしたら夏休みのことだったかもしれません。何日かかったのかわかりませんが、足の不自由な少年が300キロもの距離を歩くほど長期に学校を休めるのは、春休みなどでは日数が足りないように思います。小学校6年生の夏休みのことではないかと、私は推測していますがどうでしょう。

この時期、おそらく運動は苦手……というかできなかったんじゃないかと思われる黒男少年ですが、その分勉強はよくできたようで、「クラスじゃあズバぬけてトップだった」という間久部の証言があります(「指」。ただし「指」での間久部は中学校の友だちということになっている)。バカにするやつらを見返してやりたいという負けん気の強さで、必死に勉強したようです。その結果、身体は不自由だけど勉強のできる間クン、という地位を確立していたんじゃないかと想像できます。

間久部の述懐だけを読むと、いつも間久部とだけ遊んでいた黒男少年、孤独を慰めあう少年二人というイメージが浮かびますが、小学校の同窓会などでは、一人でいるBJ先生の周りにどんどん同級生が寄っていっていますから、決して嫌われていたというわけではなさそうです。孤児という設定だった「友よいずこ」ではタカシという親友もいますし、ちょっと近寄りがたい雰囲気はあったかもしれませんが、一目置かれる存在だったのではないかと思います。

本もたくさん読んだのだろうなと思います。決して、なっちゃんが見せてくれるマンガだけではなかったでしょう(笑)。夏休みの読書感想文の宿題、どんなのを書いたんでしょうね。読んでみたい気がします。

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この暑さは何なの?!

本日の最高気温37・4度。明日の予測も37度。
夜になっても室温が30度以下に下がらない。
記事にしたいことがあったような気がするのだが、思い出せない。
思考能力ゼロ。もう寝ます。m(_ _)m

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(備忘録100828)

もう24時間テレビをやる時期だというのに、きょうも36度の猛暑。
暑い、だるい、眠い、の三拍子揃った状態なので、記事はお休みします。m(_ _)m

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『太田総理』最終回

『太田総理』の最終回を観た。好きな番組だったので終わってしまって残念。

きょうは「正義の戦争なんてものがあるのか」という議題で、天敵・石破元防衛大臣と真っ向勝負(笑)。アメリカとの関係を重視する現実的な政治家の硬直した思考回路と、壮大な理想論をぶち上げる太田総理の論戦は面白かった。

同時間帯に『ぴったんこ……』や『ホンネの殿堂!!……』などという番組をぶつけられて、視聴率が低迷したのが打ち切りの理由だというが、それが本当なら、大いに残念に思う。政治・社会のいろんな問題を真面目に考える番組より、お気楽なバラエティを観たいと思う人たちのほうが多いということだから。

あるいは、そうではなくて、『太田総理』を裏でダビングしながら『ぴったんこ……』や『ホンネの殿堂!!……』を観ている人が多いとも考えられる。この場合、視聴者がどちらをより観たいと思っているかといえば、ダビングしている方だろう。視聴率にはそういう録画率が反映されているのかどうか、気になるところだ。

これからは特番として放送することもあるとのこと。その日を楽しみに待ちたい。太田総理、4年半の長期政権、お疲れさまでした。

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エアコン

月齢16の居待ち月が綺麗な夜だ。秋の虫のすだく声も聞こえて、夜は若干涼しくなってきたけれど、日中は連日の猛暑が続く。

日 最高気温
1 32.8
2 34.9
3 35.1
4 35.7
5 37.1
6 36.0
7 35.7
8 35.1
9 36.2
10 34.3
11 33.7
12 29.1
13 30.0
14 32.0
15 33.8
16 32.5
17 32.9
18 32.9
19 32.7
20 34.8
21 34.7
22 35.1
23 35.0
24 34.7
25 35.2
26 34.8

気象台発表の松江市8月の最高気温だが、30度以下の日が1日しかない。これからの週間天気予報を見ても、34度~36度となっている。やれやれ、いったいどうしたもんだろうね。

今年の夏は熱中症で倒れる人がことのほか多かったらしく、テレビでもどうやったら涼しく暮らせるかという話題をよく耳にした。エアコンの温度はこれくらいで、ここに扇風機を置いて……というようなことをやっていたが、初めにエアコンありきの考え方にはどうも納得がいかない。どれだけの熱風を屋外に出して、街全体の温度を上げていることか。

もちろん、マンション等の建物ではエアコンなしの生活は耐えられないだろうとは思う。屋内で熱中症にならないために、どうしても必要なものではあるのだろう。しかしそれにしても、だ。屋内でのエアコンの使い方ばかりを云々するのではなくて、街全体の気温を下げるために時間を決めて一斉に打ち水をしましょうとか、ひとり一台エアコンを使うのではなくて、大勢の人が一緒に涼めるような場所を作りましょうとか、マスコミももっと自然に優しい方法を教えてくれないものかと思うのだ。

今年はエアコンが売れに売れているらしいが、エコポイントがあるからエアコンを買おうというのもまた、いったいどこがエコなんだと思わず笑ってしまう。そもそもエアコンがなくては住めないような住宅の形態も問題だ。「冷暖房完備」というのは、決して快適な環境などではなくて、それなしでは決して住めない家だという認識に変えたほうが良い。そういうところから変えていかないと、本当のエコなんてとても実現できないと思うよ。

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(備忘録100825)

・午前中に水道の配管工事が終わり、新しい洗濯機と接続完了。ばんざーい!
それとは別に、午後からは水道局から派遣された水道屋さんが来て、屋外の水道管の交換をされた。玄関横のコンクリートをハツっての工事が、結局夕方までかかった。重なるときには重なるものだなあ。

・『白い旗』『姑娘(クーニャン)』(水木しげる著)読了。いずれも戦記もの。戦艦大和の最期や、特攻隊員の多くは敵艦に行き着くことなく死んでいったという事実を知って、ただもう哀れを催す……。

特攻隊員たちは皆、最期に「おかあさん」と叫ぶという話を、むかし電車でたまたま隣り合わせたある人から伺ったことがある。その人は通信兵として彼らの最後の叫びを聞いていたのだそうだ。復員して大手通信会社を勤め上げ、退職後に勉強して牧師さんになられた。「おかあさん」という叫びが耳から離れず、この道を選んだのだと言われた。あの方はまだご存命だろうか。そんなことを思い出したりしながら、読んだ。

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洗濯機その後

新しい洗濯機が来た。

まず古い洗濯機を引き取ってもらい、その後に据えようとしたら……、わが家の蛇口の形(四角なのだ)が専用ホースに合わないことが判明。配達してくださった電器屋さんと二人、洗面所で汗をだらだら流しながら(暑かったのだ)考えること3分。水道屋さんを呼んで、新しく蛇口をひとつ作ってもらうのが一番良いという結論に至った。

そこで今度は水道屋さんを呼び、ここを二股にしてこんなふうに水道管をつけて……と相談し、見積もってもらう。きょうは道具もなくてできないということだったので、明日の午前中に工事をしてもらうことになった。やれやれ、大騒ぎだ。

というわけで、洗濯機は来たには来たが、まだ玄関の上がり口に置いてある状態。誰かお客さんが来たらびっくりするだろうなぁと思ったが、宅配便のお姉ちゃんが一人来ただけだったのでよかった。明日は洗濯機使えるといいな。てか、使えないと困る……。

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かまいたち

ニコタで妖怪になれる新しいアイテムが発表され、きょうのアバターが着ているのはその中の「かまいたち」である。ということで、きょうの『BJ』語りは「通り魔」について。無理矢理だな……(笑)。

アラスカのマッキンリー山附近でミサイルが打ち上げられているコマから始まるこのお話、まずこの場所を特定してみよう。「無用ノ者 基地内ニ立入ルベカラズ 司令部」という立て札からも、アメリカのミサイル基地であることは間違いない。調べてみると、フェアバンクスの南東100マイルにフォート・グリーリーというアメリカ陸軍発射場があるので、おそらくそこのことではないかと思う。北朝鮮対策として、2004年から着々と迎撃ミサイルの配備が行われているという基地である。

その地で、パトカーに追い回されているBJ先生。何をやらかしたのかと思えば、無差別に人を切り裂いて殺す犯人であるとの疑いをかけられている。もちろん先生はそんなことはやっておらず、それはミサイル発射がもたらす「かまいたち」という現象ではないかと説明するのだが、警察は聞く耳を持たない。よし、それなら自分が切られてみる、と待っていると、まさしくそのポイントに「かまいたち」の現象が出現。刑事とともに大怪我を負いながらも、その原因がやはりミサイル発射であることを証明したのであった。

作中、先生はかまいたちについてこう述べている。「日本の東北地方のいい伝えだ。かまいたちという三人一組の妖怪がいて 村人なんかを急にうしろからおそう。ひとりめはつきころがし ふたりめはカマでサッと切り 三人めはすばやく血止めグスリをぬって 逃げていくというんだ。――つまり なにも刃物を使わないのに からだがスパッと切れる現象だ。だがこれは科学で説明がつく。たとえば何かがはげしく動くと…… ちいさな旋風によって真空ができる。それに瞬間的にすいつけられて からだが切れるのだ」。

「鎌鼬」(Wikipedia)によれば、三人一組であるというのは飛騨地方の伝承であるとされている(東北地方というのはBJ先生の思い違いであろうか)。また、「実際には皮膚はかなり丈夫な組織であり、人体を損傷するほどの気圧差が旋風によって生じることは物理的にも考えられず、さらに、かまいたちの発生する状況で人間の皮膚以外の物(衣服や周囲の物品)が切られているような事象も報告されていない」となっていて、このエピソードのような現象はどうやら現実には起こらないようなのだ。

先生は被害のあった地点を調べて、それらが皆ミサイル発射地点から5キロの距離であることをつきとめ、その円上に真空の渦が襲い掛かると言っている。実際のミサイル発射時の爆風は周辺にどの程度の被害を及ぼすのか。これをネットで調べているのだが、どうもはっきりしたことはわかりそうにない。もしや、当時何かそういう事件でもあったのを参考にしているのかとも思うが、それも不明のままだ。どなたか情報をお持ちの方は、是非ご教示ください。m(_ _)m

ところでこの作品では、自分の怪我をおして刑事の怪我の手術をし、手当てを終えると同時に昏倒するBJ先生がなかなかにカッコいい。収容された病院で、それまで自分を追い回していた刑事と枕を並べて寝ながら、「(基地司令官に)しめて一千万ドル請求する」「さもなきゃあ、おれがミサイルをブタ箱へブチこんでやるよ……」と意気投合しているのも微笑ましい。先生、アラスカにもファンができたようだ(笑)。

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洗濯機に感謝

わが家の洗濯機が半分壊れた。半分というのはつまり、洗濯槽は使えるが脱水槽が動かなくなったということである。そう、わが家の洗濯機は未だに2槽式なのだ。

実家から譲り受けてかれこれ20年も使っているから、よくもった方だろう。もう修理のことは考えずに新しいのを買う時期だと判断し、見繕ってくれるよう夫に連絡。2槽式は1種類だけあったそうだが、今のより大きくて場所を取るので却下。お店の人が一押しする全自動のものを選んだそうだ。明日は外出するので、明後日持ってきてもらうことにした。

で、きょうの洗濯は、洗濯槽で洗ってあとは手で絞るという仕儀に相成ったわけだが、もうヘトヘトに疲れた。やたらと時間がかかる。おまけに、小物ならまだしも、大物は掌が真っ赤になるほど絞っても、しばらくぶら下げておくとぽたぽたと滴が落ちる。真夏だから良かったものの、冬場ならば当分乾かないところだ。

改めて文明の利器の有り難さを痛感する。洗濯機がない時代には、全部手で絞っていたのだなぁ。私が子どものころには、2本のローラーの間を通して水気を切る仕組みの洗濯機があったが、きょうはあれでもよいから欲しいと思った。洗うことはできても、絞るのはとても大変なことだと気付けたのは、得難い経験だったと思う。

さて、明後日には全自動の洗濯機がやってくる。2槽式よりも更に手がかからない分、私は今以上に「何か」ができるようにならなくてはウソだ。そう思うと、なにやらプレッシャーを感じたりもする(汗)。まぁ何はともあれ、20年も働き続けてくれたオンボロ洗濯機に感謝しよう。ありがとう。ご苦労様でした。

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人生、こんなふうに生きたいね

Photoやっと『ねぼけ人生』(水木しげる著)を読了。

--陽気な落第生だった少年時代、ラバウルで死の淵をさまよい片腕を失った戦争の時代、赤貧のなかで紙芝居や貸本マンガを描き続けた戦後、そして突然訪れた「鬼太郎」と妖怪ブームの中で締め切りに終われる日々。波爛万丈の人生を、楽天的に生きぬいてきた、したたかな日本土人・水木しげるの面白く、ちょっぴり哀しい半生の記録。--

読み終わるまでに時間がかかったのは、文章があまりにも飄々としていて可笑しいので、ついつい同じ箇所を二度三度と読み返してしまったためだ。そして、早く読み終えてしまうのが惜しいので、わざと細切れに読んだためだ。それくらい面白い。著者には申し訳ないが、なにしろ、一緒に買った『鬼太郎夜話(全)』より面白い(笑)。

面白いというのは、なにも面白おかしいというだけの意味ではない。ここに書かれていることの半分は戦争と貧困についてであり、他の人間が書いたなら救いようもなく暗い話に仕上がっていたかもしれない内容である。また筆者がそうしようと思いさえすれば、これ以上なく悲惨な話に書き上がっていただろう。しかし彼はそんなふうにはしなかったのであり、どんな極限の状態に置かれてもどこかに生きる希望と楽しさを見つける生き方を描いた。その姿勢が面白いのだ。

どのページを開いても、どこかに笑えるところがあり、泣けるところがある。そして全体として、生きるって面白いなと思わせてくれる。元気と勇気を与えてくれる。そういう本だ。『鬼太郎』はあんまり薦めないが、この本はお薦めである。アシスタントのつげ義春や池上遼一のことも書かれているので、ファンなら必読であろう。

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(備忘録100819)

引き続き『ねぼけ人生』を読書中。
水木さんが戦争でニューブリテン島に行ったあたりを読んでいるが、今週の『ゲゲゲの女房』がちょうどそのへんのことを描いていて、興味深い。きっと終戦記念日に合わせた企画なのだろうな。
崖にぶら下がって頭上の敵兵をやり過ごしたこととか、命からがら味方の陣営に辿り着いたら上官から「どうして生きて戻ってきたか」と罵倒されたこととか……。なんだかもうゾッとするようなことばかりが描かれていて、戦争の恐怖や悲惨さや狂気に思わず慄く。
同じく水木さんの『敗走記』を書店で探したが見つからず。これも読まねばならない作品だろう。

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(備忘録100818)

『ねぼけ人生』(水木しげる著)を読書中。やっぱり幼い頃からいろいろな不思議体験をしてきた人なんだなぁ。はっきりと目には見えないけれども気配を感じるものを信じるというのは、豊かな生き方だと思うな。

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今回配本分の未収録作品

「手塚治虫文庫全集」の『ブラック・ジャック』7~8巻を買ってきた。収録されているのは#127「執念」~#168「三者三様」で、そのうち未収録なのは#128「最後に残る者」と#139「魔女裁判」の2編。全集と新書版に未収録で今回収録されたのは#158「不死鳥」と#165「おとずれた思い出」である。

「最後に残る者」と「魔女裁判」、どちらも相当ハードな印象のエピソードだ。今回といい前回の未収録作品「水頭症」といい、どうやら未収録になる最大の理由は先天的な身体障害が描かれている点ではないかと思われる。しかし、こういう作品のほうが、問題提起という意味でその価値は高いと思う。また、「最後に残る者」は新書版13巻に、「魔女裁判」は同じく17巻に収録されていて読むことができるのだから、今さら「文庫全集」で未収録にすることもないのではないかと思ったりするのだが……。

これらの作品について触れようと思っていたのだが、きょうも思考能力ゼロなので、またの機会に。こう暑いと、PCに触れません。>_<

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(備忘録100816)

きょうも暑かったです。お墓に参ったり、美保関隕石を見に行ったりと、あちこち出歩いてくたびれました。思考能力ゼロのため、きょうの『BJ』語りはお休みします。もしかしたら、明日、書くかもしれません。
では、おやすみなさい。

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蒜山へ行った

先週の大山に続き、少しでも標高の高いところへ行こうと、夫と岡山県北の蒜山(ひるぜん)へ行ってきた。標高は800mほどだろうか。道々掲示されている気温は下界より7~8度は涼しい。風が心地よい。

Photo_5Photo_6ひるぜんジャージーランドではのんびり牛を眺め、蒜山高原センター・ジョイフルパークでは観覧車に乗ってその高いのにビビり、オバケ屋敷に入って(たいして怖くはなかったが)きゃーきゃー言って楽しんだ。

Photo_3Photo_4帰りは奥大山の方へ回り、渓流の水の冷たさを楽しみ(気温は寒いくらいだった)、ヒマワリとコスモスの咲き乱れる様を堪能した。

ふと気付くと、空の雲はすでに入道雲ではなく秋の雲になっていた。夏の終わりは、なんとはなしに、寂しい。

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お帰りなさい

きょうからお盆。一緒に墓参しようと思っていた兄と連絡がつかず、結局午前と午後の2回、墓参のハシゴをすることになった(笑)。まあ、バチは当たるまい。

実家の父方のお寺では、つい2ヶ月ほど前に住職の奥さんが亡くなられた。私より少し年上で、まだお若かった。亡くなられる1ヶ月ほど前には、たまたま病院でお会いして、親しくお話をしたばかりだった。そのときはお元気そうだったのに、しばらくしてほんの1週間ばかり入院して、はかなくなられたそうだ。人の運命なんて、わからないものだと思う。

そのお寺の本堂の柱に「迎火を焚いて誰待つ絽の羽織 夏目漱石」と書かれた板が下がっていた。住職さんやそのご家族が、奥さんのお帰りを待っておられるのだなぁと思って、目頭が熱くなった。

 迎火を 焚いて誰待つ 絽の羽織 (漱石)

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五十肩

五十肩になった。去年あたりからなんとなく痛かったのだが、手術の後には関節痛が起こることもあると聞いていたので、それかと思っていた。しかしここひと月ほどで明確に痛くなった。前や上にはなんとか動かせるが、横や後ろに行かない。おまけにもう片方の肩まで痛くなるに及んで、五十肩だと自覚した。

数年前に親友Mがなったときは、咄嗟に腕を動かしてしまい蹲ってひいひい言っていた。その様子が可笑しくて思い切り笑ったものだが、そのバチが当たったかな。10年ほど前に兄もある日突然なったそうで、そのときは運転するのにハンドルまで腕が上がらず、もう片方の手で掴んで持ち上げてやっとハンドルを握ったと言っていた。どうにもしかたがないので整形外科へ行って、注射1本打ってもらい(まことに痛かったそうだ)、それでケロリと治ったとか。

私は急になったわけではないので、兄の場合とは事情が違うようだ。ネットで調べてみると、いろいろなケースがある。とりあえずわかったことは、痛みの激しい急性期にアイロンを振るなどの運動をしてはいけないそうで、あれは痛みが治まり始めてからするものらしいということだ。だから今はひたすら安静を心掛けようと思う。動かさなければ痛みはないし、夜中に飛び起きるほどに痛くなることもない。この程度で終わってくれればよいのだが。

しかしまぁ、この齢になると、いろんなことが起こるものだよ……。なお、五十肩は、腰痛、外傷性頸部症候群などとともに健康保険で鍼治療が受けられる6つの疾患の一つだそうである。近所の鍼師さんのところへ行ってみようかしら。

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(備忘録100811)

台風4号が、松江の北160㎞を東に向かって進んでいる。多少風があるものの、雨の量もたいしたことはない。

Photoきょうはニコタの金魚すくいで23匹すくえた。自己最高記録だが、あと5匹はすくわないと「おめん」はもらえない。無理だ……。

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(備忘録100810)

先日、洗顔をしていて気付いた。左のアゴから透明で長い毛が1本生えている。いわゆる「福毛」というやつだ。「宝毛」とか「仙人毛」とか呼ばれることもあるそうで、「生えていると縁起が良い」とされるシロモノだ。長さは4~5㎝というところ。腿や首に10㎝近いのが生えたことはあったが、アゴは初めてだ。顔剃りのとき剃ってしまいそうで怖い(笑)。

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(備忘録100809)

きょうはちょいと時間がありませんでした。『BJ』語りはお休みします~。
m(_ _)m

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『風翔ける国のシイちゃん』

きょうは大好きなマンガ『風翔ける国のシイちゃん』(中田友貴著)を読んでいた。とある国の小さなお姫さま・シイちゃん(本名シイアル)の生活を描いた作品なのだが、一コマごとにクスッと笑える、ほのぼのとしたメルヘンチックギャグまんが(?)である。

舞台となっているのは、シルクロードや中近東を思わせる風俗の国で、王族は風や雨や雷を操る不思議の力を持っている(シイちゃんはまだ小さいので、まだうまく操れないが呼ぶことはできる)。その風や雨や雷が、マンガでは巨人として表現され、それぞれ風伯・雨師・雷公と呼ばれている。この3人のほかにも雨娘・雷娘・雪華・雹伯・河伯・白竜江などが出てくるのだが、それらがみな超美形なのも見どころである。

これら自然神の呼び名だが、ネットで調べたところ、元々は道教で使われる名前であるらしい。日本なら「風神・雷神」と対で呼ぶところを、中国では「風伯・雨師・雷公」と三神で呼ぶらしいことがわかった。このマンガの中では、その題名からもわかるように風伯の活躍が一番多く、続いて雷公・雨師というところ。シイちゃんが、自分で呼び出しておきながら雷公を怖がっているのが可笑しい。

この作品、まだ全部は単行本化されていないようで、熱心なファンはそれを待ち望んでいるようである。別にたいして劇的な内容でもないが(失礼!)、何故だか時々無性に読み返したくなり、読むたびに純真無垢な童心に帰れるような気がする作品なのだ。青空に湧き上がる入道雲を見ながら読むには、最高に気分の良い一冊である。

Photo 見えるかな~(笑)。

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あきれた出来事

最近、100歳以上の高齢者所在不明の話題をよく聞く。もちろんそれにも驚くけれども、もっと驚くのは、その家族が(顔を隠しているとはいえ)テレビのインタビューに答えたりしているということだ。その神経がわからない。「○○年頃には(生きて)いました」なんていうことをしゃあしゃあと述べているが、それがいったい何なのだ。これ以上ないほどの恥を世間に晒しているとは思わないのだろうか。

家族のつながりが希薄な家庭は、あるだろう。いろいろな事情や確執などがあって一緒に住まず、音信不通な場合もあるだろう。それならそれをできるだけ世間に知られたくないと思うのが普通じゃないのかと思うのだが。関係者にだけ事情を話せばよいことを、何故この期に及んでマスコミに出たりするのか、ほとほと理解に苦しむ。

しかし一方で、各自治体による高齢者の安否確認に「答えたくない」と家族が拒否するケースも相次いでいるそうで、こちらのほうが心情的には理解できる。しかしこの場合、「知らない」ではなく「答えたくない」のだから、彼らは何かを知っていると考えられる。さらに、存命であれば躊躇なく答えられるはずなのに答えられないということは、もはや亡くなっている可能性は限りなく大きい。年金の不正受給も考えられるのであり、そうなればもはや犯罪だ。

いま問題になっているのは100歳以上だが、この分だと60歳以上の年金世代は全部本人確認しなくてはならなくなるのではなかろうか。死亡届が出されていないから100歳以上になっているだけで、ご本人、いつから所在不明だったのかわからないのだから。いや、児童虐待が珍しくない昨今、子ども手当てを狙う親だっていないとは限らないから、子どもの本人確認をする必要もあるな。……もう何も信じられなくなってくる。

いやしかし、いったいどれほどの無縁仏さんがこの国土に眠っておられることやら。「官報」には行旅死亡人が載るが、このたびの高齢者所在不明者との照合などは行われないのだろうか。お盆を前に、誰にも弔われなかった死者たちが怨嗟の声を挙げているのかもしれない、などと思ったりする。

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ヒロシマ2010

65年目のヒロシマの夏。今年の平和記念式典には初めてルース駐日米大使が出席したが、この意義は大きいと思う。エノラ・ゲイの搭乗員の遺族からは「アメリカが日本に対して無言の謝罪をしたようで、遺憾である」との声も聞かれたようだが、きょうばかりはそんな無神経な発言は聞きたくないものだ。一瞬にして命を奪われた多くの市民の鎮魂のために、静かに頭を垂れるのが人間としての自然な反応なのではないかと思う。

国連事務総長のパン・ギムン(潘基文)さんの演説もテレビで見たが、核兵器廃絶の運動をもっと大きくしていこうという、力強くて明るい展望が開けそうな、良い演説だったと思う。アメリカにオバマ大統領という人物がいて、国連にはパン事務総長という人がいる限り、核兵器廃絶の気運は高まっていくように思う。歴史って、そんなふうなタイミングの妙で動いていくものなんじゃなかろうか。例年のありきたり(というと語弊があるが)の式典とは一線を画した、大きな前進が見られた式典だったのではないかと思う。

そして、次の目標は、この式典へのオバマ大統領の出席、あるいは、広島長崎でのサミット開催だ。

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(備忘録100805)

本日、松江の最高気温37.1度(気象台発表)。私のこれまでの生涯で最高気温なんじゃないかと思う。午後2時頃、2階の私の部屋で38度あった。湿度が55%くらいだったからまだ耐えられたが、これで湿度が高かったら具合が悪くなっていたかもしれない。いやはや……。

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小学生の夏休み気分満喫

一昨日のことになるが……。あまりの暑さにどこか標高の高いところへ行こうということになり、夫と二人で三瓶山へ行った。島根県のほぼ中央、出雲と石見の境に位置する山で、男三瓶(おさんべ・1126m)、女三瓶(めさんべ・957m)、子三瓶(こさんべ・961m)、孫三瓶(まごさんべ・907m)などの峰から成る。休火山だと思っていたが、活火山なのだそうだ。

『出雲国風土記』においては「佐比売山(さひめやま)」という名で載っており、ヤツカミズオミヅヌノミコトが国を引っ張ってきて島根半島を作ったとき、使った縄を繋ぎ止めた「杭」であると記されている。山そのものが「杭」なのである。この壮大な「国引き神話」についてはいずれまた触れたいと思っている(が、いつになるやら……)。

さて、男三瓶を見上げる「北の原キャンプ場」でお弁当を広げ、下界より6~7度は涼しい高原の風を楽しんでから、向かったのは「島根県立三瓶自然館サヒメル」である。先に挙げた「佐比売山(さひめやま)」からの命名であろう、平成3年にできたこの地域の自然を紹介・学習する施設だ。以前から訪れたいと思っていたのが、念願叶った。

ちょうど「とびだせ!どうぶつ図鑑~このかたちには理由がある~」という企画展が催されており、玄関エントランスには巨大なトラの剥製が! 奥の展示室に数多くの剥製が展示してあったが、そこにあった立ち上がったホッキョクグマの大きさにも度肝を抜かれる。こんなのに襲われたら人間なんてひとたまりもない、と思う。動物好きのわれわれには堪らない企画展で、時間が経つのを忘れて見入った。

途中、大型ドームで「アースストーリー」を観た。入り口で3Dメガネを渡され、飛び出してくる迫力ある映像を楽しんだ。が、ドーム型の大きなスクリーンに若干酔った気分……(苦笑)。もう1本、空のお話も観たかったのだが、気分が悪くなるといけないので泣く泣くパス。

最後に、新館にある60㎝反射望遠鏡などを駆け足で見学して、帰途についた。定期的に天体観察会なども開かれているようなので、また機会があれば訪れてみたいと思った。小学生の夏休みに戻ったような感覚で、半日存分に遊んで、満足満足!

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「絵が死んでいる!」

月曜日は『BJ』語り。

昨夜は花火を見たことだし、きょうは花火が出てくるお話「六等星」について書こうかと、文庫版1巻を取り出す。しかしその一つ前のお話に目が行ってしまった。「絵が死んでいる!」である。折りしも、1940年代から50年代にかけてアメリカが核実験を行ったビキニ環礁が世界遺産に登録されたと発表された(1日)こともあり、きょうは「絵が死んでいる!」を取り上げてみる。

南の楽園で絵筆をふるっていた画家のゴ・ギャンは突然の核実験により被爆。放射線障害により明日をもしれぬ命となるが、核兵器の残酷さを絵に残したいと、BJに手術を依頼する。BJは新しい死体にゴ・ギャンの脳を移し変える。他人の肉体を得たゴ・ギャンだが、皮肉なことに核兵器が招いた地獄絵を描くことができなくなってしまう。そして1年後、またBJが呼ばれる。ついにゴ・ギャンのただひとつ残った臓器である脳が放射線に冒され始めたのである。苦しみの中、ゴ・ギャンは再び絵筆を取り、作品を完成させたのだった……。

ゴ・ギャンはゴーギャンのもじりであろうし、彼が描いた地獄絵はピカソの「ゲルニカ」を思わせる。二人の巨匠を彷彿とさせながら、核兵器の廃絶や反戦をテーマとして描かれた作品であると言ってよいだろう。BJは狂言回し的な役どころで終始ことば少なではあるが、ゴ・ギャンに好意的であることは充分窺える。絵を完成させ、満足して微笑んで死んでいったゴ・ギャン。その微笑をもたらしたのはBJのメスの力である。

自分自身が苦しんでいないと本当の苦しみを理解できないというパターンは、「消えさった音」にも描かれている。2話とも、自分だけが苦しみから逃れることを潔しとしない男たちの話だ。健康な体を手に入れたばっかりに地獄絵を描けなくなったゴ・ギャン。騒音が聞こえなくなったばっかりに情熱を失ってしまった田田川。なんという皮肉。そしてなんという美学。自分が苦しみの当事者となることでしかなし得ないことをしようとする姿はなんとも力強くて美しいと思う。

BJ先生は、そういう彼らの思いをよくわかっているのだろう。彼自身もまた身体中に傷痕を残し、それを敢えて消さないことで、常に苦しみを友としているようなところがある。忘れてはいけない苦しみであり、先生が常に弱者の立場に立てるのもこの苦しみのおかげであるように思う。

ところで、夜のニュースで見たのだが、ビキニ環礁周辺の住民たちはいまでも被爆の後遺症に苦しんでいるらしい。ご存命の第五福龍丸の乗組員さんも、ガンを発症しておられた。核実験とはいうものの実際には東西冷戦の抑止力であり示威行為であったわけで、そんなもののために今でも苦しんでいる人たちがおられるという事実はまことに痛ましい。自分たちのためなら人はどうなってもいいという人間達に、ゴ・ギャンや田田川の生き様を見てほしいと思う。

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花火見物

松江水郷祭の花火を見に行った。夫の古いお友達のIさんも誘って、3人で缶ビール飲んでわいわい言いながら見た。実は風の影響で始まりが15分遅れたのだが、見る方にとっては川風も心地よく、蚊もおらず、最高のコンディション。Iさんは一人住まいなので、もう何年と花火を見に出たことがないとか。「音だけは聞こえるんだけど、一人で出る気もしないからね」。花火が終わってからも更にわいわいと1時間以上も話して散会となった。楽しかったので、来年もやろうということに決定(笑)。

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