「絵が死んでいる!」
月曜日は『BJ』語り。
昨夜は花火を見たことだし、きょうは花火が出てくるお話「六等星」について書こうかと、文庫版1巻を取り出す。しかしその一つ前のお話に目が行ってしまった。「絵が死んでいる!」である。折りしも、1940年代から50年代にかけてアメリカが核実験を行ったビキニ環礁が世界遺産に登録されたと発表された(1日)こともあり、きょうは「絵が死んでいる!」を取り上げてみる。
南の楽園で絵筆をふるっていた画家のゴ・ギャンは突然の核実験により被爆。放射線障害により明日をもしれぬ命となるが、核兵器の残酷さを絵に残したいと、BJに手術を依頼する。BJは新しい死体にゴ・ギャンの脳を移し変える。他人の肉体を得たゴ・ギャンだが、皮肉なことに核兵器が招いた地獄絵を描くことができなくなってしまう。そして1年後、またBJが呼ばれる。ついにゴ・ギャンのただひとつ残った臓器である脳が放射線に冒され始めたのである。苦しみの中、ゴ・ギャンは再び絵筆を取り、作品を完成させたのだった……。
ゴ・ギャンはゴーギャンのもじりであろうし、彼が描いた地獄絵はピカソの「ゲルニカ」を思わせる。二人の巨匠を彷彿とさせながら、核兵器の廃絶や反戦をテーマとして描かれた作品であると言ってよいだろう。BJは狂言回し的な役どころで終始ことば少なではあるが、ゴ・ギャンに好意的であることは充分窺える。絵を完成させ、満足して微笑んで死んでいったゴ・ギャン。その微笑をもたらしたのはBJのメスの力である。
自分自身が苦しんでいないと本当の苦しみを理解できないというパターンは、「消えさった音」にも描かれている。2話とも、自分だけが苦しみから逃れることを潔しとしない男たちの話だ。健康な体を手に入れたばっかりに地獄絵を描けなくなったゴ・ギャン。騒音が聞こえなくなったばっかりに情熱を失ってしまった田田川。なんという皮肉。そしてなんという美学。自分が苦しみの当事者となることでしかなし得ないことをしようとする姿はなんとも力強くて美しいと思う。
BJ先生は、そういう彼らの思いをよくわかっているのだろう。彼自身もまた身体中に傷痕を残し、それを敢えて消さないことで、常に苦しみを友としているようなところがある。忘れてはいけない苦しみであり、先生が常に弱者の立場に立てるのもこの苦しみのおかげであるように思う。
ところで、夜のニュースで見たのだが、ビキニ環礁周辺の住民たちはいまでも被爆の後遺症に苦しんでいるらしい。ご存命の第五福龍丸の乗組員さんも、ガンを発症しておられた。核実験とはいうものの実際には東西冷戦の抑止力であり示威行為であったわけで、そんなもののために今でも苦しんでいる人たちがおられるという事実はまことに痛ましい。自分たちのためなら人はどうなってもいいという人間達に、ゴ・ギャンや田田川の生き様を見てほしいと思う。
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