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2010年9月

ミラクルモード発動

100930flower_miracleお庭で育てたガーベラで花束を作ろうとしたら、ミラクルモードが発動して、もう1個同じアイテムがもらえました。おまけの方がラッピングが豪華です♪

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(備忘録100929)

舅殿の通院付き添い。MRIとエコー検査。ちょいと思わしくない結果が出て、がっかり……う~む。

『太陽王と月の王』(澁澤龍彦著)再読中につき、記事はお休みします。m(_ _)m

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重装備

歩く手術室とも言うべきBJ先生の装備をリストアップしてみる。()内には主なエピソードを示した。

【コートの中】
メス。「メスやナイフがギッシリ」という飲み屋のおかみさんの証言がある(「老人と木」)が、3本しかなくて苦労していることもある(「地下壕にて」)。「闇時計」では20本。
注射器(「宝島」)
麻酔薬(「99.9%の水」)
インシュリン(「閉ざされた三人」)
ピンセット(「死者との対話」)
針と手帳(「ストラディバリウス」)
偽物の両腕(「誘拐」)←これはどうなの(笑)。

「カプセルをはく男」で空き倉庫に監禁された先生が、ドアの鍵を調べながら「あのコートを持ってこなかったのはまずかったぜ。あそこには道具も入ってたんだが…」と言っているので、万能鍵の類も入っているかもしれない。または、この「道具」がオペ用器具を指すとすれば、先生は錠前破りのワザを持っておられることになる(笑)。

【カバンの中】
キャンプ用(?)鍋、食器、シート、枕、顕微鏡、シャーレ、無菌テント、酸素ボンベ、手術用ベッド、鏡、ライト、手術用具一式(以上「ディンゴ」)
 ↑ライトがあるということは、バッテリーか発電機もあるのだろう。
麻酔薬(「ゴーストタウンの流れ者」より。「外用薬はない。ほとんど注射液だ。それも麻酔薬だ」)
傷薬(「望郷」より。外用薬を持っていることもある)
強心剤、鎮痛剤(「ご意見無用」)
手術着、帽子、マスク、手袋、ドライアイス(「99.9%の水」)
聴診器(「密室の少年」)
試験管、試薬、包帯(「望郷」より。ただし包帯は携帯していないこともあるようで、「戦場ガ原のゴリベエ」では自分のシャツを破って代用している)
トランシーバー(「霧」)
たまに青酸カリ(「ガス」)
支払い証文(「昭和新山」より。たぶん氏名、金額、日付のところが空白になっている書式があるのだろう)
鳥と卵の模型(「山小屋の一夜」)

【車の中】
ストレッチャー、けっこう大掛かりな機械(「曇りのち晴れ」)

【その他の持ち物】
「望郷」で猫を捕らえた網も、もしかしたら自前か?
大量のてるてる坊主は、スーツの上着のポケットの中。(「てるてる坊主」)
ライター、マッチ(「闇時計」)も上着のポケットの中か。煙草、パイプも持っているはず。

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とにかくカバンの中身がすごい。これだけのものを常に持ち歩いているとすると、BJ先生たいした力持ちだ(……てか、カバンに入るのか?)。スーツのポケットはパンパンなはずだし、コートもズシリと重いことだろう。
個人的には、偽物の両腕や鳥と卵の模型などの小道具がおもしろいと思う(笑)。もちろんそれらの物はストーリーを作る上で必要になったに過ぎないものなのであって、先生がこんなものをいつも都合よく装備しているわけはないと思うけれども、たとえば前の晩に先生が「明日は襲われるかもしれないから、偽の手を装着して行こう」とか「あの道には自殺者が多く出没するから、鳥の模型を持って行こう」とかシミュレートしているのではないかと想像すると、笑える。
先生の頭の中にはもっともっと多くのシチュエーションが想定されていて、描かれてはいないけれども、もっともっと変てこりんなブツが用意されているかもしれないではないか。それも先生の手作りで、だ。嬉々としてそういう小物を作って、嬉々としてそれを取り出す先生って、何故だか私は容易く想像できるのだが、皆さんはいかがですか?(聞くな!)

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PhotoPhoto_3 「手塚治虫文庫全集」刊行記念プレゼントでもらった第1期複製原画5枚組。この写真では判りづらいので、上記リンクページの「購入特典」のところでご覧ください。とても綺麗です♪

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ドールハウス

昨日のことだが、松江イングリッシュガーデンへ「ドールハウス展」を観に行った。終了日前日ということで、入場するまでが既に長蛇の列。40~50分待ちだと言われてどうしようかと思ったが、せっかくわざわざ電車にまで乗って来たのだからと待つことにした。夫が一緒なら必ずや「帰ろう」と言ったことだろう。1人で来てよかった(笑)。

人気有名作家5人の作品展示会で、なかなかに見応えがあった。ヨーロッパの豪華な部屋だとか、農村の台所だとか、アメリカの田舎のガレージだとか、調度品や食器や書物、庭の草花や犬猫に到るまで、もうこれでもかというくらいに細かな仕事がしてある。また、日本のちょっと古い家や店、宇野千代の生家や小泉八雲の旧居なども忠実に再現してあって、なるほどドールハウスというのは何も西洋の家を作るだけのものではないのだと、認識を新たにしたりした。まったく、いくら見ても見飽きない。

もちろんその精巧な作りに感心して見入るわけだが、なんというのだろう、その作品を通して作者の意気込みをつぶさに見ているような気がする。そしてそれはどことなく可笑しさを伴うものだ。「なんでこんなものを作る必要があるのだろう。馬ッ鹿だなぁ……(笑)」というのが正直な感想で、その馬鹿さ加減がとても愛おしくなってくるのである(決して作家の方々を馬鹿だと言っているわけではありませんので、念のため)。

こういう展示を見ると、俄然自分でも作ってみたくなる悪い病気が出て、会場別室で売られていたキットを買って帰ったりした。こういうので練習して、いつか一から十まで自分で手作りしてみたいと思った。懐かしい家……自分の生まれた家を、作れたらいいなぁ。

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「見えんけど、おる」

NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の最終回だった。朝と昼の2回観たが、前日の東京関係者総出演に続いて、きょうは安来関係者総出演でのお別れとなった。最後は水木夫妻が二人で散歩をするシーンで、なかなか綺麗な終わり方だったと思う(最後の写真のバックは大山でした)。鬼太郎ファミリーや悪魔くんや河童の三平などの顔も見えて、楽しかった。ああいう者たちの存在を身近に感じられるのは、イイなあ♪

私もこの夏には、境港の水木しげるロードと水木しげる記念館へ2回も出かけたし、奥様の安来のご実家を訪ねてお酒を買ったりもした(ご実家は酒屋さん。観光客がつめかけるらしく、周辺には駐車場が3つもできていた・笑)。もちろん『ゲゲゲの女房』の原作も読んだ。なんとミーハーな、と思わないでもないけれど、苦労を共にしてこられたご夫婦のありようがとても良かったし、妖怪を訪ねることでなんとも言えず懐かしい気分にもなれたように思う。存分に楽しませてもらった。

妖怪や幽霊、あるいは神や仏でもよいが、そういうものを信じるか信じないかというのは、人生においてかなり大きな違いとなるのではないかと思う。私は幸か不幸か出雲という特殊な地域で生まれ育ったせいか、身の周りの森羅万象、雑草の1本1本、石ころの1個1個まで、全ての事物に神が宿るということを、疑いもなく信じているようだ。あるいはそれは神ではなくて他の「何か」かもしれないけれども、その区別はたいして重要ではない。人間ごときの目には見えない何かがいるのだと、先祖代々の血が教えてくれているような気がする。

そしてそういうものは、人間が手なずけるものではなく、ただ畏怖するものだと思う。きょうのドラマで、水木夫妻は森の中で「べとべとさん」という妖怪に出会うが、「べとべとさん、先へお越し」という呪文を唱えることによって無用の接触を避けていた。たぶんこれが、そういう者たちへの正しい接し方なのだと思う。お互いを無用に刺激し合うことなく、スイとやりすごす。考えてみれば、これは山の中でクマやイノシシに出会ったときと同じなのかもしれない。お互いのテリトリーに踏み込まず、相手をどうにかしてやろうというような害意を持たなければ、それなりに上手くやっていけるはずだと思う。

「ゲゲゲの女房」、従来のように己を磨いて目的を達成していく女性ではなく、あるがままに淡々と日々を積み重ねていく女性を描いて、ほっと一息つける作品だった。自然体で、そこにある気配を読み取りながら上手く身を処していく生き方というのは、単なるサクセスストーリーよりもはるかに懐の深い生き方だと思った。

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おいおい……

中国船の船長が処分保留のまま釈放された。実際には不起訴処分ということだ。おいおい、これはどうなの? こんな前例を作ったら、中国、韓国、その他の国々からどっと漁船がやってきて不法操業するのではないの?

日中関係を配慮したと言われているが、そういう配慮は平時にこそ有効なのであって、このように相手が一方的に攻撃してくるときに「配慮した」というのは、「相手の要求を丸呑みした」ということに他ならない。

問題は、これを那覇地検が決定したことだから政府は関係ないという態度を取っている政府だ。岡田幹事長もおかしなことを言っている。「(検察が)総合的に判断することは現行制度上、あり得ることで、政府、政治家がいちいちコメントするのは避けるべきだ。司法の独立、検察が自ら判断したことが重要だ」って、おいおい、検察は司法じゃなくて行政だよ! 国が、政府が、ちゃんとしなくちゃいけないことでしょうに!

日本人の人質を取られているという事態を打開するためかもしれないが、それにしても、なんたるザマか。こうやって少しずつ領土を掠め取られていって、もうじき日本という国はなくなってしまうのかもね。嗚呼、やんぬるかな。

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(備忘録100923)

きょうも遠出をしてきました。島根海洋館「アクアス」へ。3度目か4度目なので、あまり新鮮味はありませんが、ゆったり泳ぐ魚たちを見ていると落ち着きます。帰り道に見た十六夜の月がとても綺麗でした。

眠いので、きょうも記事はお休みします。m(_ _)m

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(備忘録100922)

朝はかなりよく降った。その後はくもりで夕方また小雨。せっかくの中秋の名月は雲のためにまったく見えず。最高気温は30度近く行ったようだが、夜になって涼しくなってきた。たぶん明日からやっと秋が来るのだろう。

『まだらの少女』(楳図かずお著)、『敗走記』(水木しげる著)読了。『まだらの少女』は、昔読んで夜トイレに行かれなくなった記憶がある。へび女が怖くて怖くて……。改めて読んだら、恐ろしさより懐かしさが先に立った。『敗走記』は、先日読んだ『白い旗』『姑娘(クーニャン)』と同様、実体験を元に戦争の悲惨さを描いたもの。よくまあ生き延びられたものだと思う。

『走ることについて語るときに僕の語ること』(村上春樹)を読書中。走ることを通して彼自身について語ったエッセイだが、内容が興味深い上に文体がもう「春樹節」以外のなにものでもないのが嬉しくてたまらない。大事に読もうと思う。

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江戸時代の人がケータイを見たら

Photo『ちょんまげぷりん 2』(荒木源著)読了。

--木島安兵衛が江戸に帰って八年が過ぎ、遊佐友也は十四歳になっていた。コンビニエンス・ストアで万引きをした後、家に帰らず逃げ続けていた友也だったが、深夜、巨大な水たまり状の穴の中に吸い込まれ、百八十年前の江戸時代にタイム・スリップしてしまう。ちょうど、この世界では、安兵衛が菓子屋を営んでいるはず―。そう思って、安兵衛を探し続ける友也だったが、菓子屋「時翔庵」はつぶれており、安兵衛もなぜか消息を絶っていた。失意の底にいる友也だったが、追い打ちをかけるように周囲の人たちから、くせ者として追われる身となるが―。 --

前作『ちょんまげぷりん』の感想はこちら。前作が江戸時代から現代へのタイムスリップだったのに対し、今回は現代から江戸時代へのタイムスリップである。茶髪の友也が江戸時代には紅毛人に見られ、英語の教科書やケータイが元で大騒ぎになるのも面白いし、前作で江戸へ帰った安兵衛のその後の様子がわかるのがうれしい。二人とも牢に繋がれてえらい目に遭うが、最後は試行錯誤の末に将軍家に献上するプリンを製作するあたり、とても楽しい。

ストーリーの面白さやエンタテイメント性に重きが置かれている分、前作よりちょっと軽い感じがするのは否めない。個人的には前作のほうが面白かったと思うが、しかし『2』も決して悪い出来ではない。知らないうちに、友也が歴史上の有名人と出会ったりしているのも面白い。時代を先取りしてきた人々は、案外未来からやってきたタイムトラベラーからいろんなことを教わっていたのかも、などと想像するのもまた一興。

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(備忘録100920)

きょうはBJネタがうまくまとまりそうになかったので、お休みします。m(_ _)m

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砂時計

夫と「仁摩サンドミュージアム」へ行った。3連休の中日ということで、想像以上の人出にびっくり。

ピラミッドを模して作られた建物の中空には、世界最大の1年計砂時計が浮かぶように置かれている。高さ5.2m、直径1m、砂の量は1t、そして中央のノズルの直径は0.84㎜。直径平均サイズ0.106㎜の砂がちょうど365日かけて落ちるように設計されているが、砂の落ちる速度は気温や圧力によって変わるのでコンピュータで制御されているとのこと。

そして毎年大晦日から元旦にかけて行われるカウントダウンパーティー「時の祭典」では、年男と年女が大綱を引いてこの砂時計を回転させ、新年からまた新たな時を刻み始めるのだそうだ。

ここ仁摩にある「琴ヶ浜」は全国でも数少ない鳴り砂海岸で知られている。石英砂が多く綺麗な海水で洗われた細かい砂は、歩くとその摩擦で「きゅっきゅっ」と音がする(昨日は時間がなくて琴ヶ浜には行かれなかったが…)。ミュージアムには砂の入った器に陶器の棒をつき立てて音を出せるようにしてある体験コーナーもあり、私はかなりしつこく「きゅっきゅっ」言わせて喜んでいた(笑)。

そして館内いたるところに展示してある大小さまざまな砂時計……。オブジェとして見ても魅惑的な形をしていると思うが、さらさらと音もなく落ち続ける砂を見ていると、今こうして見ている間にもこれだけの砂が落ちた、即ち、これだけの「時」が過ぎたのだということの不思議さに捉われる。

当たり前といえばそれまでだが、止めることのできない砂の落下には、もう二度と取り戻すことのできない過去の一瞬一瞬というものを否応なく感じさせられる。だからその一瞬一瞬を大切にしようなどと教条的なことを言うつもりはない。未来であったものが現在になり、その一瞬後には過去になる事実を目の当たりにして、ただただ呆然とする経験は貴重だと思うだけだ。

芦原妃名子のマンガ『砂時計』でも取り上げられた施設だけに、砂絵を描いたりガラス細工をしたりするカップルも数多く訪れていたが、ただただ砂時計を見て時の流れというものに静かに思いを馳せるのも良いなと思った。

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例題

愛知県の小学校で「18人の子どもを1日に3人ずつ殺すと、何日で全員を殺せるでしょう?」という問題を出した教師がいたそうだ。見識を疑うというのがごく普通の感じ方だろう。こんな割り算の例題、「18個のミカンを1日に3個ずつ食べると……」でもなんでもよかっただろうに。こんなことで児童の興味をひこうとしたという点がまたなんとも哀れだ。相当行き詰まっていたんだろうな。

例題や例文には、その人のセンスが出ると思う。で、なんとか良い例題にならないかと折にふれて考えている問題がある。以前にも書いたことがあるような気がするが、次のようなものだ。

「男3人が女1人と性行為をしたいのだが、コンドームが2個しかない。どのように使えばよいか?」

条件としては、「必ずコンドームを装着すること」「1人が使った面を他の人間が使用してはならない」というのが付く。

これを18歳未満にも堂々と出せるような例題にしたいのだが、他のシチュエーションやブツを思いつかない。何かありませんかね……?

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His name is Jack.

Viewimage100917ニコタで、「友引(トム)」「大安(アン)」に続いて3匹目の犬を飼い始めた。名前は「仏滅」……ではなくて「Jack」。可愛がってやってください。^^

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(備忘録100916)

・民主党幹事長に岡田外相が決まり、菅政権の「脱小沢」路線は健在の様子だ。明日には改造内閣の陣容が決まる。「ノーサイド」「挙党一致」と言っても、シコリが残らないわけがないと思うのは私だけではないはず。民主党は分裂すると思うがなぁ。

・田代まさしがコカイン所持で逮捕された。逮捕は4度目。げっそり痩せて生気のない面貌に驚いた。

・為替介入……政府や中央銀行が外国為替相場の急激な変動抑制や水準維持を狙い、市場で通貨を売買する行為。
円売り・ドル買い介入を行う際には政府が「為券」と呼ばれる債券を一時的に日銀に引き受けてもらい、売却する円を調達する。ドル売り・円買い介入の場合は政府の外国為替資金特別会計(外為特会)で管理する外貨準備のドルを使う。通常、代金の決済は2営業日後に行われる。

・協調介入……複数の国や地域の通貨当局が同時に介入することを「協調介入」と呼ぶ。

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『阪急電車』   (訂正あり)

Photo『阪急電車』(有川浩著)読了。

--隣に座った女性は、よく行く図書館で見かけるあの人だった…。片道わずか15分のローカル線で起きる小さな奇跡の数々。乗り合わせただけの乗客の人生が少しずつ交差し、やがて希望の物語が紡がれる。恋の始まり、別れの兆し、途中下車――人数分のドラマを乗せた電車はどこまでもは続かない線路を走っていく。ほっこり胸キュンの傑作長篇小説。--(カバー裏表紙より)

宝塚-西宮北口間の8つの駅を舞台とし、その乗客が織り成す様々なエピソードを、1往復に当たる全16話で描写してある。全体としてみれば長編だが、一駅ごとに主役が変わる短編がチェーンのように繋がっていく構成なので、それぞれのエピソードだけ読んでも面白い。

登場人物の中では翔子さんが好きだ。美人で仕事もできる頭の良い女性だが、5年も付き合って結婚目前だった彼氏をぱっとしない同僚の女性に寝取られる。二人の結婚式に招待されると花嫁より美しい白いドレス姿で現れ、堂々と思う存分意趣返しをする。このあたりの描写を「痛快だ、もっとやれもっとやれ!」と思って読んだ私は、そうとう底意地が悪いかもしれない(笑)。しかし、花嫁の機嫌を損ねて途中退席を余儀なくされ、電車で帰路につく彼女は、幼い女の子が彼女を見て言った「花嫁さん」という言葉に思わず泣き出してしまうのだ。

ああ、胸がきゅんきゅんする。男性作家だが、女性の気持ちをとても上手く描写していると思う。【←ここ、大間違い。有川浩さんは女性でした。訂正いたします。m(_ _)m なるほど女性の心理描写が上手いわけだ。】そして、その次のエピソードで、翔子さんはその女の子のお祖母さんから声をかけられ、それがもとで途中下車をする。そのまた次のエピソードで、駅近辺を歩いて駅や街の人たちの暖かさに触れ、翔子さんは誇り高く復活していくのだ。電車内で泣き出したところで終わっても、それはそれなりに余韻があっただろうが、続くエピソードで肩の力を抜いた翔子さんが前向きに、そして優しく物事を考えられるようになっていく様子が描かれるのは嬉しい。切なかった胸が、ほこほこと暖かいものに満たされていく感じが良い。

その他にも、あつかましいおばちゃん連中の無礼な行動に腹を立てたり、軽妙な関西弁で綴られる女子高校生のおしゃべりに笑ったり、ベタ甘なカップルに照れ臭くなったりと、1冊で幾通りにも楽しめるお買い得な作品だ。この本を携えて阪急電車に乗ってみたくなった。

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「わたしはそういう人ではない」

保護責任者遺棄致死などの罪に問われている押尾学被告への求刑は6年と出た。裁判の行方などには興味はないが、報道される被告の意見陳述の一部にいちいち引っ掛かる。「田中さんを見殺しにするようなことはしていない。わたしはそういう人ではない」のところだ。

内容云々ではない。「そういう人」という日本語の使い方がおかしいのだ。これはたぶん押尾被告の発言がそうであったから新聞・テレビはそのままを報道しているだけだと思うけれども、正しくは「そういう人間」と言うべきところだ。ネット上では、産経新聞の記事で「人間」と校正(?)されているのを見たが、その他は「人」のままだったようだ。

ふつう「人間」と「人」は同じ意味に用いるが、NHKの「気になることば」によれば、「人」は他人をさす言葉、とある。だから、「わたしは○○な人である」という言い方そのものが矛盾した言い方なのだ。何年か前に女性芸人が「ほら、わたしって○○な人じゃないですかぁ」と連発してからよく聞くようになったと記憶しているが、揶揄の可笑しさは忘れられて、こういう言い回しだけが未だに残っているように思う。

「あの人はそういう(○○な)人ではない」というのは正しい。しかし主語が「わたし」であるなら「わたしはそういう(○○な)人間ではない」でなくてはおかしい。「わたしはそういう人ではない」だと、何を他人事みたいに言ってるんだよ!と思う。押尾被告、英語はよくできるようだが、日本語はイマイチのようだ(笑)。

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「壁」

今月配本分の「手塚治虫文庫全集」を購入。『BJ』は、#169「モルモット」~#209「落下物」が収められている。このうち、未収録なのは#171「壁」のみ。これまで新書版にも文庫版にも全集にも収められなかった#209「落下物」が読めるのは嬉しい。また#176「信号」と#187「キモダメシ」は、全集に未収録だったが今回は収録されている。

Photo「壁」は、2005年に出たヤングチャンピオン増刊号『BLACK JACK SPECIAL』に綴じ込み付録として収載されていた。このエピソードがなかなか収録されないのは、実際にある難病名が書かれているためだという見方もあるようだが、本当のところはどうなのだろう。難治であることが収録されない理由であるならば、この他にももっとたくさんのエピソードが削られそうな気がするのだが。

確かに、患者の水上ケンは最後には亡くなってしまうので、悲劇であることは間違いない。しかし、悲劇ではあるけれども、決して悲惨な話ではないと思うのだ。目の前に立ちはだかる高校受験という「壁」を、ケンは病に苦しみながらも越えていく。憧れの高校に入学して、教室に置かれたベッドの中から授業を受けるケン。級友たちが気付いたとき、ケンは満足そうな笑顔を浮かべて静かに息を引き取るのだ。これが、しかしやはり、同じ病気に苦しむ人々にとっては希望のない終わり方に見えるのかもしれない。難しいところだ。

内科領域の病気であるため、いかにBJの天才をもってしてもこの病気を治すことはできない。作中、夢うつつの状態でケン少年はBJと会う。医者が治してくれないならいっそ早く死にたいと願うケンにBJが言う。「医者なんて なくとも人間生きられる」「生きようと思え。最後まで死のうなんて思うなよ」。そして「わたしも昔死ぬところだったがね…。最後のドタン場で助かったんだぜ」と、傷痕だらけの裸身を見せてケンを励ますのだ。

最後まで諦めない気持ちの大切さ、壁だらけの人生を懸命に生きた先にこそある安寧な死、そういうところに希望を見出してほしいというのが作者の願いだったのではないかと思われるエピソードである。そして最後のBJの言葉、「だれだって死んで満足なヤツはいるもんか!」というのは、受け取り方によっては随分冷たい言い方にも感じられるのだが、もっと生きたいと思っても生きられなかったケンを憐れみ、更には救えなかった自分と医学をも無念に思い、難治の病気の存在を嘆いて言い放った言葉ではないかと考える。

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温暖化と富士山の崩壊

昨日の『飛び出せ!科学くん』は、<日本のシンボル“富士山を科学する”大調査SP>だった。幻の富士山6番目の湖だとか、地下の洞窟にある氷筍など、珍しいものが紹介されていたが、最後の話題は「大沢崩れ」についてだった。

「大沢崩れ」とは富士山の西側にある侵食谷のことで、日本で最大の崖崩れの現場である。崩壊は約1000年前に始まり今もなお続いているという。続いているどころか、近年その崩壊の速度が上がったのだそうだ。その原因としては、温暖化が考えられるらしい。崩落は永久凍土によって食い止められていたのだが、近年急激にその永久凍土の面積が減少しているらしいのだ。

中腹では崩落防止工事が行われていることも紹介されていたが、なんとも危険で(なにしろ、ひっきりなしに岩石が転がり落ちてくるのだ)そしてなんとも虚しい行為のように思われた。1000年も続いている崩落は現代の技術をもってしても止めようがないのだろう(止めるのがよいのかどうかもまた分からないが)。

いずれ富士山は二つに分かれた形になっていくのだろう。現在のような美しい姿を見られる時代に生まれてよかったと思うと同時に、なんとか温暖化をストップできないものかと思う。

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コーラン焼却?

コーランの焼却集会の一件はその後どうなったのだろう。延期だ中止だ再考だと二転三転していたが……。

いかんでしょ、そんなことしたら。

理由は2つ。9.11を引き起こしたテロリストとイスラム教という宗教を短絡的に結びつけるのは間違っているということと、聖典を焼くという行為自体がテロ行為だということだ。とても聖職者の発想とは思えないのだが……。

発起人であるジョーンズ牧師は、もしもイスラム教徒によって聖書が焼かれたらどんな思いがするか、考えないのだろうか。報復の連鎖になるのでは? ゲーツ国防長官が「焼却は国際テロ組織アルカイダを利するだけ」と言っていたのはまさにそのことだったろう。

アフガニスタンではコーラン焼却に大規模抗議デモが起こり、NATO基地からの発砲でデモ隊の男性1人が死亡する事態にまで発展した。これが新たな火種とならなければよいがと憂う。

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大分女性看護師殺害事件に思う

ニュースを見るたびに痛ましく、そして悔しく思う。どんなにか恐ろしかったことだろう。早く犯人が捕まることと、被害者の冥福を祈る。

こんな、女性一人を狙った卑劣で残酷な犯罪では、たとえそこにどんな事情があったと仮定しても、犯人が悪いに決まっている。悪いに決まってはいるのだが……、また被害女性を責めたりするつもりも毛頭ないが……、それでも敢えて言う。そんなところへ女性一人で行ってはいけなかった。危険を想定できなかったことが残念でならない。

女性でなかったら、襲われなかっただろう。そう思うとなんとも悔しい。男性一人で行かれないところはそんなにないだろうが、女性一人で行かれない場所はゴマンとある、残念ながら。この秘湯もそういう場所のひとつだろう。女性は社会の人目というものにそれなりに守られていることを痛感する。それが無いところでは、途端に襲われる対象になってしまう。熊や猪に襲われるのではない、同じ「ヒト」という種のオスに襲われるというのがなんとも悲しい。どんなに力の強い女性であっても、恐怖を感じる状況であればその力を出すことは難しかろう。そしてたいていの場合、女性よりは男性のほうが膂力が強いのだ。

秘湯ブームということで、女性でもそういうところへ行きたい人は多いだろうと思う。しかしインターネットやガイド本には、そういう安全面にまで言及したものは少ないという。それこそが一番大事な情報のはずなのに。また、人けのないところの安全対策を考えろという論調も多いようだが、秘湯が開けた温泉場になってしまっては秘湯でなくなる。秘湯は秘湯として残しつつ、訪れるほうが危機管理をしっかりする必要があるのではないかと思った次第。

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台風9号接近中

午後から断続的に雨が降り、ただいまもシトシトと降り続いている状況。そんなに土砂降りではないし、風もほとんどない。このまま、恵みの雨だけを降らして、災害にならずに日本を通り過ぎてくれればよいが。

Photo ただいま、すぐそこまで来ている模様。

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真夏の黒装束

BJ先生は、夏でも黒のスーツに黒のコートをお召しになっているが、さて今年の夏はどうだっただろう。

『BJ』連載が始まったのは1973年。その頃の夏の気温はどうだったのか。BJ先生は東京で仕事することが多いと仮定して、東京における1974年8月と2010年8月の最高気温を比べてみた。

日  1974年  2010年
1  31.7   34.1
2  31.9   32.2
3  31.5   33.3
4  32.4   33.8
5  32.0   33.4
6  32.9   33.6
7  34.2*   33.2
8  31.6   32.5
9  31.2   28.9
10  30.6   30.5
11  32.1   31.9
12  33.2   32.3
13  32.6   30.3
14  33.5   32.6
15  31.7   35.5
16  28.3   36.3
17  24.3   37.2*
18  27.1   35.1
19  31.3   33.1
20  31.6   31.8
21  30.9   32.8
22  30.2   34.6
23  32.6   35.1
24  31.8   33.9
25  29.2   33.8
26  28.8   34.7
27  31.2   33.8
28  32.2   34.7
29  31.7   34.4
30  31.4   34.8
31  28.2   35.8 
平均 31.1   33.5

平均で2.4度上がっている。また、今年の平均33.5度というのは、1974年の最高気温34.2度とそんなに違わない。つまり1974年に「いや~、きょうは格別暑かったですね~、最高記録だったそうですよ」と言っていた日と同じくらいの気温が、今年は1ヶ月ずっと続いていたことになる。

1974年当時は我慢できたとしても、さすがのBJ先生も、今年はあの暑苦しい格好は無理だったのではないかと思う。あの格好をしていてもしも熱中症にでもなったら、医者という立場上ちとマズい(笑)。

1975年9月8日号に掲載された「おばあちゃん」の扉絵で、BJは照りつける太陽の下で黙々と、しかし汗だくで白いコートを着ている。それを見てブタナギが「B・Jの夏服でヤンスの」と言い、手塚治虫が「こんなことまでしてコートをきることもなかろうに……ユニホームはつらいなー」と言っている。……そんな、他人事みたいに。誰のせいだよ(笑)。

なるほど、コートはBJのユニホームだから、脱ぐことは許されないらしい。また、BJは暑さを感じないのかというと、決してそんなことはないらしい。ユニホームだから着ていなくてはいけないのだけれども、それでもやっぱり暑いから色を白にしてみようという、その律儀さというか足掻きようが可愛い(笑)。

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宇宙ステーション

Photo_2ニコタの9月のイベントは火星旅行。この画像は、火星上空にある宇宙ステーションです。12星座が順繰りに現れるので、うお座が出たところで撮った1枚。左側にはみずがめ座、下方からは火星を離陸したロケットが上昇中、というところです。

アバターをステーションから突き出した緑色のカタパルトに乗せると、自然に火星に飛んでいきます。火星とステーションの往復がなかなか楽しいです。こんなことして遊んでいるので、最近ろくな記事も書いていません。暑さが続く間は、こんなペースでのたのたやっていこうと思います。m(_ _)m

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存在証明なう

早大生がツイッターでカンニングを告白して騒動になっているらしい。全方向どこから見てもアホな出来事だが、こんなことまでつぶやいてしまうという事態に、なんだか世も末だという思いを抱いた。

ブログもそうだが、ほとんど自分以外の人間には意味のない情報を公に開示するというのは、物理的には時間とサーバ容量と電力の無駄遣いであり、また情緒的には非常にはしたない行為であると思う。いまこうして駄文を連ねている自分を恥じる気持ちは、ブログを始めて何年たっても消えることがない。自分が何故ネット上にブログを書くのかということについてはこれまでも何度か考えてきたけれど、誰かに見てほしいという気持ちが根底にあることは否めない。それが無ければ、ひっそりと秘密の日記帳に書いていればよいのだから。この、誰かに見てほしいという気持ちが、私には何やらはしたないように思われるのである。

誰かが見てくれる、自分の存在を知ってくれる、ときにはどなたかがコメントをくださることもある……それを無意識にでも期待することは、いわゆる「かまって」ちゃんであるということだ。それが恥ずかしい。

しかしながら、人は、自分以外の人間から認識されないと、自分の精神的な居場所を確保できないものであるらしい。以前に読んだ本にこんな話があった。時効間近の指名手配犯がたまたま刑事に見つかった。「○○」と本名で呼びかけられて思わず振り向いたのだそうだ。そのとき犯人はなんとも言えずほっとしたような顔をしたという。それまで何年もの間、偽名を使い続けて、彼は自分が何者であるかを見失っていたのだ。それを本名で呼ばれて、自分を確認できたからこそ、精神的な安らぎを覚えたのに違いない。おとなしく縛に付いたという。

人は、自分以外の人間に「かまって」もらわなくてはダメなのだ。しかしそこには程度というものがある。自分の人格やら自我やらが崩壊するほどに「かまわれない」状況は避けるべきだろうが、自分を世界の中心に置いて、何でもかんでも「かまって」と人に呼びかけるのはどうかと思うのだ。

上の早大生には、もはやはしたないことをしているという恥じらいが感じられない。カンニングという行為などよりも、その鈍感さが恐ろしいのだよ……。

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(備忘録100902)

きょうも36度でした。夕食時にちょっとビールを舐めたらそれだけでできあがってしまったので(弱いんです)、きょうも記事はお休みです。以下、覚え書き等。

24時間テレビに批判続々 「ギャラ払うな」「障害者利用するな」
ふぅん。こういうことを言う人は、出演者がノーギャラなら多額の寄付をなさるのでしょうかね。視聴者が善意の寄付をすることと、テレビ局が出演者にギャラを払うことに、何か関係があるとでもいうのでしょうか。大事なのは募金をしようという気になったかどうか、でしょう。募金もせず、ただAKB目当てで番組を観ていただけの人には、こんな批判をする権利はないわなぁ、と思います。

・トロイカ体制
1.ソビエト連邦で、スターリンの死後、権力が書記長一人に集中するのを防ぐために、3人に権限を分散させた集団指導体制。最初の分散先役職は第一書記、最高会議幹部会議長(国家元首)、首相。名前の由来はロシアの3頭立ての馬橇であるトロイカ。
2.転じて、3人の指導者で組織を運営する体制のこと。(Wikipedia より)

図書館HP「業務妨害」真相は
やれやれ、こんなことで図書館が批判されちゃたまらんな。悪意の標的にされてそれを防げなかった被害者ではないか。どんな悪意にも対応できる危機管理なんてものはないよ。それにしても、いったいこの男は何がしたかったのかね。

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酷暑

きょうは通院日。8時半の予約で診察は9時だったが、30分の待ち時間なら早いほうだ。わが家より病院にいるほうが涼しくて良い(笑)。

9月に入ったというのに、相変わらず暑い。きょうの松江の最高気温は36.1度。9月の観測史上最高だったようだ。ちなみに本日、9月の観測史上最高を記録したのは全国で242地点もあったとか。いったいいつまでこの暑さが続くのやら。

巣鴨では84歳と77歳のご姉妹が布団に寝たまま亡くなっておられたそうだ。熱中症によるものと見られている。「部屋に冷房はなく、発見当時は窓が閉まっており、扇風機も使われていなかったという」。物騒だから窓を開けて寝るわけにもいかなかったのだろうが、せめて扇風機だけでも動いていたらなぁ。お気の毒に。ご冥福をお祈りする。

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