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『たけしの教科書に載らない日本人の謎!』

昨夜は雪のせいで映りの悪いテレビで『たけしの教科書に載らない日本人の謎!』を観た。毎年お正月にはこのシリーズを観るのが楽しみになりつつある。今年は「仏教と怨霊と天皇---なぜホトケ様を拝むのか」がテーマで、番組後半ではたけしが高野山を訪れていた。

自分が初詣に訪れたところが寺だか神社だかわからない、ましてやそこに祀られている主が誰なのかなんてことには頓着しない一般的日本人にとっては、ガイドブック的な内容になっていたと思う。

一番興味深かったのは、天皇と仏教の関わり合いだった。即位の儀において、天皇は高御座でひとり密教の秘密の儀式を執り行っておられるという。天皇といえば神道だと思っていたが、仏教の儀式もあったとは驚きだった。そういえば、江戸時代までは天皇家は天台宗だったと以前に聞いたことがあった。天皇を神格化して神道と結びつけたのは明治期以降なのだろうな。

番組では、日本での仏教のおおまかな歴史を辿った上で、最澄と空海、主に空海にスポットを当てていた。そこで思ったことは、空海という人はやっぱり天才だということと、しかしこの人ははたして一般民衆を救おうという目的で密教を学んだのだろうかということだった。番組では、彼は当時の尾崎豊のようなものだと言っていたが、それまでの既存の教えに飽き足らなくなり、不満も募り、唐に渡って知識を集めて来た人であったのは間違いないと思う。そして時の権力者がそれを国家運営・鎮護のために利用して一般に広まりはしたけれども、彼の場合、それは多分に自分自身の悟りあるいは知識欲のためではなかったのだろうかと思ったりした。

大日如来や毘盧遮那如来、胎蔵界や金剛界の曼荼羅など、空海が広めた真言密教の世界は、ただ現世での人々の幸福を願うものではなく、この世界や宇宙のあり方を示した一大哲学であるという気がする。悟りを開いた釈迦が梵天勧請があるまでただひとり悟りの喜びに浸っていたように、空海という人も密教から得た知識で法悦に浸ったのではないかと想像する。そしてそれはそういう境地に到った初めての日本人だったのではないかと思う。

……と、想像ばかり書いてもしかたがないな(笑)。番組の感想に戻る。日本の仏教や仏像について、また仏教がどう取り入れられていったかというような初歩的なことはわかったが、仏教の思想的なことについてはほとんど何も触れられていなかったのが残念。最澄が天台宗で空海が真言宗で、などということは教科書のおさらいにしかならない。われわれ日本人が本当に知らなくてはならないのは、その中身だろう。そういうことにもうちょっと深く踏み込んでほしかったと思う。またことさらに怨霊がクローズアップされていた気がするのだが、そういう考え方が定説なのかどうなのか、そのあたりのことははっきりしてほしいと思った。

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