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2011年2月

不正入試?

月曜日は『BJ』語り。いま一番タイムリーな話といったら「ハッスルピノコ」だろうか。BJ先生が札束を積んでピノコを裏口入学させようとした話である。(←違います。)

「秋田通信教育進学講座」の卒業証書をもらったピノコは、BJに学校へ行きたいとせがむ。BJがわざわざ学校まで直談判に赴いてピノコをなんとか受験させることができたが、試験中にピノコが倒れる。緊張に耐えられず胆道ディスキネジーを起こしたのだ。快復して今度は幼稚園に通い始めたピノコだったが、他の園児と大ゲンカをやらかし、退園させられてしまう。「くよくよすんな」とピノコを励ますBJだったが、彼もまた深く思い悩むのだった。

けっこうコミカルに話が進むのだが、そのぶん最後のピノコとBJの落ち込み方がズンとこたえて、ちょっと重い気分になる作品である。まあ、その後ピノコは無事に別の幼稚園へ通っているらしいから一安心だけれども(「電話が三度なった」)。

このお話、ちょこちょことわからない点がある。そもそもピノコが受験したのは高校なのか大学なのか。「高校か女子大受けたい」とピノコは言ったのに、試験会場は大学の階段教室っぽい。受験生には男も女もいてみんな高校生くらいに見える。だからこれは男女共学の大学だ。BJ先生は、なんでそんな学校を選んだのか。これは、とうてい受かるはずもない学校を受験させて、ピノコを諦めさせようとしたのではないかと思う。

「ちんぱいちないれ。きっと満点取って入学すゆかや」と言うピノコに「だめでも悲観するんじゃないぞ」と返す先生。おいおい早いなと、思わずくすっと笑ってしまうシーンなのだが、先生にはピノコが受かるはずがないということがわかっていたように思われるのだ。

ならば、先生はどうして直談判のときに札束を積んだりしたのか。
「なんですかこれはっ。こんなもん受け取れません」
「そらあそうでしょうねえ。私も裏口入学ができるとは思いません。だから こんな札束むだだった。もやしちまいましょう」(マッチで火をつける)
「ワーッ もやすくらいならもらいますっ」
かくしてピノコは晴れて受験することができるようになったわけだが、単に受験させてもらうことだけが目的だったのだろうか。1万円札の束だったとすると400万円くらいはある。「夜明けのできごと」に息子を一流校に入れようとする親が1千万円を出すシーンがあるが、そこから考えても受験するだけで400万円というのはかなり高いように思う。あわよくば、裏口入学させたいと思っていたんじゃないのかな(笑)。いやそれは冗談だが。

一足飛びに高校や大学を受けたって受かるはずがないことをピノコにわからせたい。そもそも勉強というものの意味を教えたい。しかし一方では、勉強したい学校へ行きたいというピノコの願いも叶えてやりたい。なんかそういうところでBJ先生の心も揺れ動いているような感じもする。とうてい受かるはずのない、程度の高い大学を受けさせて、それで落ちてもそれほどショックはないだろう(私が東大を受けるようなものだ)という思惑もあったかもしれない。そういう諸々のことを一気に解決しようとすれば、400万円という額は決して高くはなかったのかもしれない。

ピノコはこのことでちゃんとわかって、今度は幼稚園に通おうとする。ここなら知能の程度は大丈夫。歳相応で上手くいくかと思いきや、今度はどうやら協調性という点で問題があったらしい。二人別々の部屋でそれぞれに落ち込んでいるピノコと先生を見ると、もうなんとも言葉がない。ピノコは反省やら自己嫌悪やら先生に対する申し訳なさを感じているのだろうし、先生は「やっぱり男親ひとりでは……」などと考えたのではないかと思う。「電話が三度なった」でピノコがちゃんと幼稚園へ通っているらしいことがわかるのは、本当に救われる思いがすることなのである。

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カンニング

「入試問題が試験時間中にインターネットの質問掲示板「ヤフー知恵袋」に投稿された問題で、京都大は27日、偽計業務妨害の疑いがあるとして京都府警川端署へ28日に被害届を出すことを明らかにした」そうだ。

不正があったという報に接したときは、いやはやなんとも恥知らずな奴もいたもんだと呆れた。だからこれが「不正な合格者を出すと、業務に著しい支障をきたす恐れがある」偽計業務妨害だと言われると、なんとなく問題のありかが違うような気がしたのだが、よくよく考えてみれば、これは個人ではなくてそういうことを請け負う業者がやったという可能性もあり得る。それなら確かに「偽計業務妨害」だろう。

だいたい今回のことは、一人ではできないと思うのだ。あんなに長い問題文をケータイに打ち込めば、いくらなんでもバレるだろう。周りの受験生の目だってある。とすれば、問題文を撮影して「誰か」に送信し、その誰かが文字に起こして「ヤフー知恵袋」に投稿したのだろうと思う。また、質問が掲載されてからいずれも数分で回答がされているらしいのだが、それもまた非常に怪しい。ずっと「ヤフー知恵袋」に張り付いていなければそんなことはできないのではなかろうか。組織的犯行の匂いがするなぁ。

「aicezuki」と名乗るこの「誰か」は、京大のほかにも、同志社大(8日)、立教大(11日)、早稲田大(12日)で、いずれも試験時間中に回答を得ていたという。この4つの大学を全部受験した受験生がまず疑われることになるのだろう。もしもその者たちが事件とは無関係ということになったとすれば、それぞれの試験場に問題文の撮影者を派遣する「組織」があったということになるのではなかろうか。そしてまた、その回答をどれくらいの受験者が試験場で見たのかも気になるところだ。

昔から裏口入学という不正は数々行われてきたが、これは試験に受かることを端から諦めているのであって、試験そのものの厳正性は揺るがない。しかしとうとうこんな大掛かりなカンニングが現れてしまっては、それが根本から揺らいでしまうことになる。そんな試験を真面目に受けた受験生が本当にかわいそうだと思う。

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『五月女ケイ子の レッツ!!古事記』

Photo『五月女ケイ子の レッツ!!古事記』(五月女ケイ子著)読了。『古事記』の上巻の部分だけだが、内容は原文に忠実。忠実ではあるのだが、原文とまったく違うくだけた印象を受けるのは、出てくる神様たちにまったく威厳が感じられないからであろう(笑)。

『古事記』と言えば、日本の最古の歴史書であり、民族にとって大事な神話を収めた、とてもありがたくて重々しい書物であるという意識を私も多少なりとも持っていたのだろう。そこらへんにいる兄ちゃん姉ちゃんのような神様たちが、いたって軽薄にかなり唐突で無茶なことをやっている様には、目からウロコが落ちたような気がした。

著者は決して『古事記』を茶化そうとしているのではない。原文に忠実にマンガにしていったらこんなにシュールで且つ脱力系のものになっちゃいました、という感じだ。

Photo_2←なにしろ、ヤマタノオロチがこうだもん(笑)。

Photo_3 ←ふつう、こうだよね。(『カラー版徹底図解 古事記・日本書紀』より)

まあ、何にしろ、『古事記』が身近に感じられることは確かだ。神様の名前もカタカナでしかも短くして覚えやすくしてある(オオクニヌシはオオちゃん。メガネ男子だ・笑)。どうしても今まで『古事記』が読めなかったという人には、入門書として超お薦めの本である。

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(備忘録110225)

私が時々『古事記』を拾い読みしているのを見て、夫は「そんなものがおもしろいのか」と言う。私はおもしろいと思うがなぁ。ということで、夫に『古事記』の内容を知らしめんがために買ってきた『五月女ケイ子のレッツ!!古事記』(五月女ケイ子著)を私が先に読書中。明日には感想が書けるかな。

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大人の遊び場

先日、「小学4年女児、サイト不正アクセスで補導」というニュースを目にした。「アメーバピグ」での話らしいが、同様のサイト「ニコッとタウン」で遊んでいる身としては、いろいろ思うところもあった。

確かにこの女児も悪いが、仮想通貨と引き換えにIDとパスワードを教えた中学生も悪い。ついでに両者の親も悪い。善悪の判断もつかない者、自身の危機管理ができない者はこんな場所で遊んじゃいけない。遊ぶなら、親の監視の下というのが絶対条件だ。そしてもしもその親が監視もできなければ善悪の判断もつかないというのなら、小学4年女児はむしろ被害者だ。

私は、本来こういうサービスは対象を大人のみに限定すべきものだと思う。そりゃあ大人にだってバカはいるから、騙す人間も騙される人間も出てくると思うけれども、それはもう自業自得というものだ。ネットコミュニティの常識を知らなかったということで警察沙汰にするほうが恥ずかしい。子どもが大人だと偽って遊ぶこともあるかもしれないが、そこで問題が発生してもそもそもの申告にウソがあったわけだから、それもまた自業自得だ。

少なくともこういうサービスは、その利用者が皆で安全に友好的に遊ぼうとする姿勢を持っていなくては成立しない。一般の社会と同じで、たまには諍いが起こることも当然あるけれども、基本的にはその構成員が悪意を持たずに参加しているという共同幻想がある。自分の得になることのみを考える者は、そもそも居てはいけない存在なのだ。

見知らぬ他人を思いやって気持ちよく過ごそうという大らかな気持ちが、まだ経験上持てない子どもは、だからこんな遊びをすべきじゃない。小4女児も中学生もまったく気の毒だとは思わないが、こんな世界に足を踏み入れるきっかけがあったことについては、「運が悪かったね」くらいは言ってもいいかもしれない。

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(備忘録110223)

夜7時前に伯母が脳梗塞で入院したという知らせが入り、兄と慌てて病院に駆けつける。行ってみると、ちょっとぼんやりしているようだが、話もできるし手足も動くので一安心する。金曜日に精密検査をする予定だそうで、結果如何ではまだどうなるかわからないが、今のところの予定ではだいたい10日くらいの入院ではないかということだった。生涯独身でいまは施設に入っている伯母だから、これからはせいぜい見舞いに行ってやろうと思う。

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にゃんにゃんにゃん

ン回目の結婚記念日。ちょうど夫は休みだし、オムライスでも食べに行くかという話になる。オムライスであることにさしたる理由はない。しゃっちょこばったレストランなんぞごめんだという点では二人の意見が一致しているので、肩肘張らない洋食屋さんに行きたいというほどの意味だ。

結局は、オムライスという当初の目的もどこかに消えて、定食など食べた。我々にはそれが似合いだ。キャンドルの灯るロマンチックなテーブル席というわけでもなければ、車で来ているからアルコール類もない。ただ何となく窓際のカウンターに二人並んで座って外を眺め、おかずを交換したりしながら特別に何を話すわけでもなくただ食べる。しかしちょうど宍道湖越しに夕陽が沈むのが見え、暗くなれば出雲空港に降りる飛行機の灯りが美しかった。

あんまり何もないのもアレなので、アバターにはウェディングドレスを着せてみた(笑)。以上。

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やさぐれ先生

先日ニコタのチャットでBJ話をしていたときに、外国のうらぶれたバーでハムエッグに話し掛けるBJ先生はいいですよね、という話になった。「盗難」の中の一シーンである。リボンタイをほどき、ワイシャツの襟元をゆるめ、両手をポケットに突っ込んで「白目のピートってのはおまえかい」と言う先生は、どっからどう見ても立派なゴロツキである。そのシーンの前後では、いつもどおり綺麗にリボンタイを結びスーツとコートをりゅうと着こなしているのだから、このギャップは印象的だ。

このやさぐれた感じがBJ先生の魅力のひとつであると私は断言する。少なくとも私はコレにやられた口だ(笑)。先生にはどこか裏社会の匂いがする。回を追うにしたがってその匂いは徐々に薄れていくのだけれども。

「宝島」では、スカンクが「五條ミナとは何者? 先生のイロ女かい?」と尋ねている(「彼女」じゃなくて「イロ女」である。この響きがなんともねぇ・笑)。先生が言っている言葉ではないけれども、先生にはそういうイロ女が何人かいてもおかしくないと悪党連中から思われているわけだ。

また、「水とあくたれ」で先生はおもしろいことを言っている。大泣きしているピノコに向かって「利用され捨てられた…か 女はたいていそういうことだ」。この自信満々な言い放ちっぷりはいったい何事だろうと思うが、この発言もどこかカタギじゃないなという感じがする。いったいどこの女のことを言っているのか知らないけれども、ふつう一般の女性はそんなに頻繁に男に利用されて捨てられたりはしない。ふつうに付き合って別れるぶんには「利用」という言葉もそぐわない。私はこの発言を目にするたびに、どこかくたびれたバーのホステスさんを思い浮かべたりする(偏見でしたらゴメンナサイ)。

まあとにかく、先生が知っている女性は「たいてい男に利用されて捨てられる女」であるらしく、そういう女性はやっぱり裏社会の男の周辺にいるのではないかと思うのである。よって、先生も裏社会に通じているということが言いたいのだよウン。

悪党たちが怪我するとたいてい先生のところに連絡がくることからみても、裏社会での先生の評判は高いのだろう。「白い正義」では「患者はね……いい人間ばっかりとはかぎらないんですぜ。(中略)そういう連中のために私のような立場の医者も必要なんだ」と自己アピールもしている。そういう連中との交流が原作に描かれているわけではないけれども、言葉の端々から裏社会とのつながりは感じられると思う。

しかし、最初の話題に戻るが、そういう連中と付き合うときと普段とで、服の着こなしから言葉遣いから歩き方まで違えることができるというのは、なかなかの役者だ。「二人のジャン」ではアレマ・マレア女史に対して手を取って慇懃に挨拶などもしている。礼儀正しくやろうと思えばできる人なのだ。ハワイに行けば出迎えの女の子におもしろいのかどうか判断に苦しむ軽口など叩いたりもする。どこでも溶け込もうとすればできる人なのだろうが、でもやっぱり一番似合っているのはちょっと世間からはみ出したあたり。そんな気がする。

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(備忘録110220)

22日の「竹島の日」を前に、なにやら市内がざわついていた一日。当日には例年通り記念行事が行われる予定だが、前原外相らは出席を見送ったそうだ。もっとも自民党政権だったときから閣僚や中央省庁幹部は一度として行事に参加したことはない。何なんだろう、これは。日韓の間に領土問題など存在しないと言いたいわけか?

読書中につき、記事はお休みします。m(_ _)m

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Gojira

シー・シェパード(SS)の過激な妨害により調査捕鯨の中断が決まり、まことに腹立たしい限りだが、背景にはSSの宣伝と資金を封じようとする日本側の思惑があるようだ(記事はコチラ)。

やらせビデオを制作し、日本を悪者に仕立て上げることで、支持者や寄付者を増やしてきたSSだが、捕鯨船が出なければ新たなPR用のビデオを撮ることはできなくなるわけだ。「実際、SSを知る元活動家は「盛り上がりシーンに欠ける今回の鯨戦争は大幅な番組縮小を余儀なくされ、団体は経済的な打撃を受ける」と語った」そうである。

くだらない連中だ。目的のためには手段を選ばずというのはよくあることだが、そもそも彼らの場合鯨を守ることが目的であるかどうかさえ怪しいもので、実際は金儲けのためだろう。正義を気取り、日本を攻撃することで、鬱憤晴らしをしているような感もある。あの過激な妨害活動は、間違いなくテロ行為だ。そんな言語道断な相手に対して、日本政府ももうちょっと強力に対抗手段を取れないものかと思う。オーストラリアに厳重抗議はしているのだろうか。

彼らに「各国の食文化を尊重することの重要性」を説いても、理解できるとは到底思われない。はなから、理解することを拒否するに違いない。最初から答は“No!”に決まっている。こういう困ったちゃんには、さて、いったいどうしたものだろう……。

ところで、SSの新しい抗議船の名前は“Gojira”というらしい。船体にゴジラっぽい絵も描かれているが、著作権の方はOK? ゴジラファンとしては、絶対に使ってほしくないのだけれどね(プンスカ)。

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哀しい鬼

Photo『陰陽師 鉄輪(かなわ)』(夢枕獏著 村上豊イラスト)読了。

「他の女に心変わりした男を恨んだ徳子姫は、丑の刻参りの末に生成の鬼になった。事情を聞き男は晴明と博雅に助けを求めるのだが…。恋に破れた姫の美しくも哀しい物語「鉄輪」が、名コンビによって新たに息を吹き込まれる。夢枕獏自らが、舞踊劇のために書き下ろした脚本も特別収録した「陰陽師」絵物語シリーズ第三弾。 」--(「BOOK」データベースより)--

『陰陽師 付喪神ノ巻』に収載されている「鉄輪」と同じ内容だが、村上豊のイラストが良い。徳子姫が人間と鬼の中間である「生成(なまなり)」になっていくところが鬼気迫る。暗い背景、丑の刻参りのおどろおどろしさの中に、徳子の白くて豊満な身体が浮かび上がるのが色っぽい。

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群集心理

エジプト反政府デモの取材をしていた米CBSニュースの女性記者が、カイロ市内で集団性的暴行を受けたという。同記者は200人以上の群衆に包囲され、取材班らと引き離された上で殴られたり性的暴行を受けた後、現場にいた女性たちやエジプト軍兵士に救助されたらしい。想像するだに恐ろしい出来事で、そんな騒乱の場に女性を派遣したCBSの責任も問われてしかるべきと思う。

これ以前にも、米ABCテレビ、ワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙、CNNテレビ、FOXニュースの取材陣、また日本人のフリーカメラマンやベルギーの記者などが脅されたり拘束されたり暴行されたりの被害に遭っている。いずれもムバラク前大統領支持派がやったこととされているが、この事態の最中の出来事とあっては、政治的な思惑に則った行動というよりはもはや群集心理に流された行動のように思われる。

【群集心理】
群集の中に生まれる特殊な心理状態。衝動的で興奮性が高まり、判断力や理性的思考が低下して付和雷同しやすい。

ちょっと事態が落ち着けば、盗難に遭ったファラオ像が戻ってくる国だ。一時の騒乱状態の中でこのような蛮行がなされたことを残念に思う。これはやはりこの騒乱に指導者がいなかったのが原因のひとつではなかろうか。ネットを通じて情報を得た民衆が自発的にデモに参加した結果、そこには指導者または代表者というものが不在だった。

そのむかし、織田信長が京都に入ったとき、織田軍の足軽が女性に絡んでいるのを見て治安を乱すものとして手討ちにしたという逸話がある。状況は今回のものとは違うけれども、群集を統率する者がいるといないとでは、群集心理に流されてしまう烏合の衆になるかならないかで大きな違いが生まれよう。

ネット情報による民衆の決起は新たな歴史の1ページとなったけれども、同時に大きな危うさも感じる出来事だったと思う。

(何故だか昨夜は投稿できなかったので今朝アップ。投稿時刻操作。)

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『苦役列車』

Photo饐えた匂いのする小説を選べと言われたら『蟹工船』を選ぶ、と以前に書いたような気がするが、この小説もむんむんする酸っぱい体臭を感じさせるものだった。『苦役列車』(西村賢太著)読了。

やる気があるんだかないんだかよくわからない19歳の青年・貫太のどん底生活を丹念に描いてあるが、不思議と悲惨さや絶望感は感じない。それどころか、どこかにおかしささえある。それは、貫太があっけらかんと自分を肯定しているからだと思う。人生をうまく渡っていく日下部のような生き方に素直に嫉妬し、しかしあわよくば彼のおこぼれに与ろうとする小狡さも持ち、そんな自分にたまには嫌悪感も抱くけれども、基本的に貫太は己の生き方を否定しようとしていない。そこがこの作品の持つ不思議な明るさであり希望であると思う。

小銭にも事欠く貫太と、幸いなことにそこまで困窮してはいない私とでは、若干の貧富の差はあるけれども、コンプレックスとプライド、反社会的なところとすり寄っていくところ、自己満足の度合い、狡さと優しさ、攻撃的な大胆さと繊細さ、賢さと愚かさ、その他諸々の感覚的心理的感情的部分になんら違いはない。だから貫太には感情移入して読み進むことができる。貫太は私自身だ。実にナサケナイちっぽけな人間であるけれども、社会のせいにしないところなどは見上げたものだと愛おしくもなる。

とにかく、読む前に思っていた「これはとんでもなく暗い話なのではないか」という心配は杞憂に終わった。読後に妙なカタルシスがある(笑)。たいして感動はしない話だけれど、読んで損はない一冊。

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(備忘録110215)

『苦役列車』(西村賢太著)読書中。本文最初の単語からして意味がわからなかったので、こりゃあ全部読めるだろうかと心配になったが、あとはさして難しい言葉もなく、面白く読み進んでいる。

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ハートチョコ

34年前のきょう、1977年2月14日にBJ先生は山上投手の本間血腫の手術を敢行している。シリーズ中、はっきり日付がわかる手術はこれ一件だけかもしれない。34年前の今この時間には、悔しさにベッドの中で歯軋りしていただろうか。それともピノコからもらったハートチョコで、少しは気持ちが落ち着いただろうか。

「本間血腫」についてはちょうど1年前にも感想を書いているので(コチラ)重複は避けたいところなのだが、いま一番気になっているのは、BJがBJ型人工心臓を使わなかったという点だ。そのままでは患者は本間血腫で早晩命を失うことになるだろう。それがわかっていながらBJが人工心臓を取り替えなかったということは、医学の限界というよりは自分が医師として為すべきことの限界ラインを引いたというふうに感じられる。

ただ、もしも患者が人工心臓の取り替えを希望したなら、BJは再手術しそうな気がするのだ。#207「しめくくり」では、どうしても小説の結末を書きたいという末期がんの作家の手術をしている。それはたかだか2~3週間の延命にしかならないとわかっていたにもかかわらずだ。その間に患者がやりたいことをやり、思い残すことなく生が終えられるなら、そのためにBJは延命治療をするのだろうと思う。

やっぱりアレだ。BJ先生を突き動かすものは、患者の「生きよう」とする意志、「生きたい」という願いなのだろう。「水頭症」でも「おれという人間は 死を目の前にしてあきらめきって笑っている病人をみると腹が立ってくるんだ!」と、いささか感情的な発言までしている。もっとも、そこで見捨てたりしないのがBJ先生だけれども。

「生きたい」「生まれたい」と切に願ってこの世に出てきたピノコは、言い方を変えれば「生への執着」を具現化した人間である。そのピノコがいつもBJの傍らにいて愛を語っているというのは、なかなか良い……というか、堪えられない構図だ。わざわざ大きなデパートまで行って買い求めたハートチョコで、どうかBJ先生の気持ちが癒やされますように。
A Happy Valentine's Day!

【追記】
なお、上述の1年前の記事の訂正として、日本でも体内植え込み型の補助人工心臓「EVAHEART」が2010年12月8日付けで製造販売を承認されたことをここに書き加えておく。

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(備忘録110212)

読書中につき、記事はお休みします。m(_ _)m

朝起きたら、エジプトのムバラク政権が崩壊していてびっくり。どうなる中東情勢。

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(備忘録110211)

目についたニュースなど

・目黒夫婦殺傷事件の容疑者が逮捕された。「金が欲しくて、たまたま大原さん宅に押し入った。面識はなかったが、抵抗されたので刺した」と容疑を認める供述をしているそうだ。65歳にもなってこの浅慮はいったい何だろう。
ところで、容疑者特定の決め手となったのは街の各所に設置されている防犯ビデオだったという。犯行時間の犯行現場から順々に遡って、東京駅に着いた福島からの長距離バスから降りた一人の乗客に辿り着いたのだそうだ。すごい。捜査員の努力に拍手を贈りたい。
防犯ビデオの有用性を見せ付けられた思いだが、反面、一個人としてプライバシーの観点から考えると、四六時中監視されているようで気分が悪いのも事実だ。

・エジプトの反政府デモ。1月28日は「怒りの金曜日」、2月4日は「追放の金曜日」、そしてきょう11日は「挑戦の金曜日」と名付けられた。ムバラク大統領は副大統領に権限を委譲して、首都を離れ保養地へ。これは都落ちということかな?

・千葉元法相が退任直前に死刑囚の精神状態を一斉調査するよう指示していたという。刑事訴訟法は、死刑囚が心神喪失の状態にあるときは、法相の命令で執行を停止すると定めている。そういう調査は異例なことらしいが、袴田巌死刑囚について心神喪失が疑われるという話があったのが発端らしい。
私は別に異常なことだとは思わないのだが、この件に関してのネット上の書き込みは恐ろしいほどに攻撃的だ。曰く「心神喪失になるまで放置しないでさっさと執行しろよ」「死刑囚の味方千葉氏は最低」等々。死刑を巡る問題云々ではなく人を罰したり痛めつけること(を推奨すること)で己の鬱憤を晴らしているかのような過激な言葉遣いが気になる。「罪を憎んで人を憎まず」というのはもはや死語か。たとえ罪人であったとしても、命を賭けて罪を償おうとする者、その日が来るのを粛々と待っている者に対しては、厳粛に頭を垂れるべきだと思うのだが。

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(備忘録110210)

『アバンチュリエ』連載3回目を読む。「獄中のアルセーヌ・ルパン」の後編。ルパンがガニマールにカオルン男爵事件のトリックを語る。予告状の持つ意味と相手の心理を読み切っているルパンの頭の切れが痛快な一話だ。ルパンの屈託の無い笑顔(腹の中では大笑いだったろうよ)とガニマールの驚愕の表情が良い♪ 

ルパン物は推理小説ではないという説もあるけれども、これはかなり高レベルなトリックを用いた立派な推理小説だと考える。その上に冒険物の味付けまでしてあるから実に面白い。久々に原作を読み返したくなった。

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なんだかなぁ

私は10年くらい携帯電話を使っているが、これまで水に落としたことも誰かに踏んづけられたこともない。また機種変更しても以前使っていた携帯は手元にある。しかし相撲界においては、携帯は水に落とされ妻に踏まれ、機種変更したら以前のはなくなるものであるらしい。

……などと誰かにからかわれようとも、バカ正直に携帯電話を差し出せば自分の将来が危うくなるのだから、誰も差し出す者はおるまい。放駒理事長は膿を出し切るまではと頑張っているようだが、事実関係を明らかにすることだけでも容易なことではなかろう。結局うやむやのままになってしまうであろうことは想像に難くない。

それにしても、名前の挙がった14人(うち3人は八百長があったことを認めている)はどういう気持ちでいるのだろう。もしも潔白であるならば、名前を挙げられたことに関して疑惑を否定するだけでなく、名誉毀損だと相撲協会を訴えてもよいと思うのだけれどもね。私ならそうする。そうすれば刑事事件となって徹底的に調べてもらえるのに、そうなることがきっとマズイから訴えたりしないのだろうなぁ(笑)。どう考えたって、怪しい。限りなく黒だ。けれども「疑わしきは罰せず」で、八百長疑惑力士にも給料は支払わなくてはならないとは、相撲協会も辛いところだろう。

今回の八百長疑惑のスクープ、何か意味があるのだろうか。すっぱ抜いた毎日新聞は、八百長力士を糾弾するのが目的だったのだろうか。それともゴタゴタ続きの相撲界に憤慨してのことだったのだろうか。あるいは相撲協会に遺恨があるとか(笑)? こんな事実を知らされても一般人は「あらあら」と思うだけだし、ほとんど誰も得をしない。警察のような捜査権があるわけでもない相撲協会には事実を確認することすらできず、ただ困った困ったと言うだけしかできまい。解決策も出口も見えない。なんだかなぁ……な一件である。

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(備忘録110208)

通院日。血液検査の結果もまあまあ良好。
市役所へ行って舅殿の介護保健認定の申請などする。

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「先生は悪魔ね」

最近またOVA版『BJ』を見直しているのだが、OVAの先生は原作の先生よりも優しくて穏やかで物静かな印象を受ける。総じて、とてもイイ人だ(笑)。「しずむ女」で廃液を垂れ流した会社を脅して金を巻き上げているけれども、ダーティなのはせいぜいそれくらい(「葬列遊戯」でも病院長を脅していたかな?)。それも月子のためだというのだから、慈善事業とも言える行為だ。

原作の先生は結構ちゃっかりと金品を掠め取っている。「灰とダイヤモンド」では300個のダイヤモンド(時価30億円)を盗んでいる。持ち主の松方老人は強欲ではあるけれども別に悪事を働いているわけではなさそうだ。老人ホームを新しくするためとは言うが、だからといって金持ちから金を盗んでもよいという理屈にはならない。悪い奴だな~先生。しかし私は「世の中は 正直に いわれるとおりやるのもどうかと思うんですがね」という先生の言葉が妙に好きなのである(笑)。良いか悪いかで白黒つけることばかりが能じゃないですぜ、というところだろう。

「きみのミスだ!」では、看護婦さんに医療ミスの罪をなすりつけた病院長親子の悪事を探り出して1億円を強請りとっている。この1億円をその看護婦さんに渡していれば慈善事業なのだが、どうやら先生が丸々ポッケに入れた模様だ。事件に直接関係ないくせに首を突っ込んできて、人の弱みに付け込んで強請りタカリを働いている。結果的に悪者を懲らしめる結果にはなっているが、先生はその悪者の上を行くワルである(笑)。

ところでこの話で、先生と看護婦の山田さんが話している場所はどこなのだろう。ドアに「135」というルームナンバーが見えるし、応接セットなどの設えからどうやらホテルの一室と思われる。これより半年以上前、山田さんが自殺しようとしたのを助けた後にも、同じ部屋で話しているようだ(テーブルクロスが同じ)。もしかしたら、ホテルではなくて山田さんが住んでいるアパートの部屋かもしれないとも考えたが、それにしてはBJがクローゼットからコートを出して着る様子などがいかにもわがもの顔だ。

だからここはBJの定宿、あるいは何かの事情で自宅にいられないときの隠れ家としてキープしてある部屋なのではないかと思う。ホテルならば話をするだけでなく他の使い道もあるのだろうが、良い子のみんなが読んでいるといけないので、ここでは言及しないことにする。でも、なんか、このお話にだけこういう部屋が出てくるのでとても不思議な感じがするのだ。なんで岬の家じゃないんだろう。案外、手塚先生がこのときたまたまホテルに缶詰にされていたということなのかもしれないけれども(笑)。

なんの話だったっけ……。ああ、先生は悪い奴だということだった。最初は先生のことを神様だと言っていた山田さんも、最後には「先生は悪魔ね」と言っている。これは先生の手術ならびに駆け引きの手腕について言っているのだが、いやホント、悪魔的に頭が切れる男なんだろうと思う。事を公にせず、山田さんの復讐を遂げさせてやり、ついでに自分の懐も暖かくなる方法を瞬時に思いついているのだから。山田さんと一緒にわれわれ読者もBJ先生の術中にはまり、最後の謎解きで一気にカタルシスを覚えるという構成だ。そしてそれが、決して正義の味方というわけではない先生だからこそブラックで面白い(笑)。

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(備忘録110206)

・大相撲春場所中止決定
「うみを完全に出し切るまでは、土俵上で相撲をお見せすることはできない」とのこと。

・本能寺の変
本能寺の変ということで、きょう初めて『江』を観た。信長ファンとしてはやはり観ておかねばね(笑)。あっさりとした「是非に及ばず」のセリフが良かったと思う。しかし信長が一人になってから後の演出はちょっとくどかったように感じた。
私がこれまでに観た信長役では、高橋幸治が不動のベスト。隆大介が2番目。

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新聞広告

なんだか最近、嵐の露出度がすごい。ニンテンドー3DSやAndroid auのCMがしょっちゅうオンエアされているし、今月3日の朝日新聞には別刷8ページにわたって嵐のカラーイラスト他の全面広告が特集されていた。特別に好きというわけではないが、こんな試みを見たのははじめてのことだったので、思わず抜き取って保存版にしてしまった(笑)。

「今回の特集は日本の魅力を海外へ発信する嵐と、世界に向けて強い発信力を持つ日本のマンガとを合体させて、日本のソフト文化のすばらしさを訴えるため」らしい。そんな高尚な意図があったとは知らなかったが、とにかくインパクトはあった。

昨年9月には、宝島社の広告で面白いのがあった。日本の主要紙とアメリカのニューヨークタイムズやワシントンポストなど日米の新聞8紙に、企業広告「日本の犬と、アメリカの犬は、会話できるのか。」が同時掲載された。見開き両面を丸々使った、アメリカ犬の代表ラブラドールリトリバーと日本犬の代表柴犬が仲良く並んでいる写真が印象的だった。日本が抱える課題の多くにはコミュニケーション不足の問題があるとの意識から、このような広告を打ったと聞く。これも保存版として取ってある(笑)。

アメリカでは昨年インターネット広告収入が初めて新聞広告を上回った。おそらく近い将来日本でもそうなっていくのだろう。しかしPCの画面では出せない迫力というものが、新聞広告にはある。新聞に一面広告を出すと2000~5000万円かかるらしいけれども、たまには読者の度肝を抜くような企画をやってもらいたいものだと思う。

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大相撲の八百長疑惑

大相撲の八百長疑惑。ついには3月の春場所が開催中止になるかもしれないというところまで来た。「本場所が中止されれば、旧両国国技館の修理工事遅延のため開催されなかった1946年の夏場所以来、65年ぶり2度目となる」のだそうだ。

しかし大相撲の八百長疑惑は何も今に始まったことではない。八百長の語源を知りたくてWikipediaを見たら、そこには過去の数々の八百長疑惑が挙げられていた。1963年9月場所千秋楽の柏戸-大鵬の一番、千代の富士の53連勝、若貴の優勝決定戦、朝青龍の連続優勝等々に八百長の疑惑があるらしい。それでも本場所が中止になったりしなかったのは、確たる証拠がなかったせいだろうか。今回は事実を認めている力士がいることと携帯メールという物的証拠があることで、隠しようがなくなったということなのかもしれない。

決して褒められることではないが、幕下に陥落するかしないかの瀬戸際あたりでこっそり星のやり取りをしているくらいなら、そう目くじら立てるほどのことでもないように思う。上に挙げたような、優勝を賭けた取り組みの中に八百長があるほうがよっぽど大事件だ。

また、疑惑力士の肩を持つつもりも毛頭ないけれども、今回のことはその発端も気に入らない。昨年の大相撲野球賭博問題の捜査で警視庁が力士の携帯メールを調べていたところから、瓢箪から駒のように八百長までもが明るみに出たらしいのだ。個人間の私的なメールの内容が警察の権力で公にされてしまったわけで、これは問題ないのだろうかと思う……のは私だけだろうか。

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数え年

節分。毎年のことだが、人形(ひとがた)を持って神社へ参り、恵方を向いて恵方巻にかぶりつき、蕎麦を食べた。明日からの春が幸せなものになりますように。

ところで人形には「○○才・女」などと書くのだが、毎年のことながら、自分の年齢がわからない。満年齢で書くのだったか、数え年で書くのだったか? 節分は日本古来の行事なのだから昔ふうに数え年で書いていたように思うが、自信満々に満年齢で書く人がいることも知っているし、さて去年はどうしたかなと思い出してみても、去年もやっぱり迷っていたことを思い出すくらいが関の山である。何しろ、2月3日の時点では数え年と満年齢の間に2才の開きがあるので、なんだかこの差は大きいなと思うから迷う。2種類の数え方があるとはややこしいことだ。

現代では満年齢のほうが実態に即しているように思われるが、昔は太陰暦を用いていたから数え年を使う必要があったようだ。すなわち、太陰暦では3年に1回の割合で閏月が挿入されるが、その閏月に生まれた者は閏年がない年には誕生日が来ないことになってしまう。だから元日に皆が一斉にひとつ歳を取るという考え方のほうが合理的だったわけだ。

太陽暦を用いるようになった現在では満年齢を用いるようになり、世界的に見ても公に数え年を用いているのは韓国だけらしい(Wikipediaによる)。しかし日本でも公ではないにしろ数え年は慣習的に使われているわけで、だからきょうのような日には迷うのだ。以下、Wikipediaの記述より使い分けを控えておく。

・数え年を用いるもの
占い
伝統行事
厄年
享年(ただし近年は満年齢が使用されつつある)

・数え年・満年齢のいずれでもよいもの
七五三
年祝い(古希・喜寿など。ただし還暦は数え年で行う場合は61歳、満年齢で行う場合は60歳)

節分などはまさに旧暦に関連する事柄なのであるから、やっぱり数え年で書くべきなのだろうな。

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節分の日のニコタのマイルーム。Viewimage110203 オニさん列車と福豆をもらいました♪

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情報の力

エジプトの騒乱がなかなか収まらない。歴史的文化財の破壊なども行われているようで気がかりだ。

今度のことも発端はTwitterやFacebookだったと聞く。一青年の焼身自殺がFacebookで話題となったことからついには独裁政権が倒されたチュニジアのジャスミン革命といい、ここのところITを介した情報伝達が世界を動かす例が多くなってきている。

自由さと同時に、大いなる危うさも感じる出来事だ。単に情報に踊らされるだけであってはいけない。一人ひとりがよくよく考えた上での責任ある行動でなくては……。

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(備忘録110201)

きょうは体調がすぐれず、外出を取りやめ家でぐだぐだして過ごした。国会の衆院予算委員会を聞いていると実によく眠れる(笑)。何か大きく事態が動くようなことがあれば注目もするが、何が決まるわけでもなくだらだらと、言質を取られないことのみに傾注したような答弁で時間ばかりが過ぎていく。
そんな中、藤井裕久官房副長官が自由党の幹事長だった頃、党の組織活動費約15億2千万円が藤井氏あてに支出された問題が提出され、「知らない」「わからない」を連発していたのが非常に滑稽であった。自分のサインと押印があるのに「知らない」「わからない」とは嘆かわしい。ロッキード事件のときの「記憶にございません」と同じ伝だ。たぶんO氏を証人喚問したとしても同じ返答が返ってくるに違いあるまいよ。

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