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「こんな不安な気持ちははじめてだな」

最近「絵が死んでいる」というキーワードで拙ブログにいらっしゃる方が多い(以前にこのエピソードを取り上げたときの記事はコチラ)。やはりこの度の原発事故の影響だろうか。『BJ』で放射線障害が描かれている作品としては「絵が死んでいる!」と「死に神の化身」が思い浮かぶ。「絵が死んでいる!」の中でゴ・ギャンが「先生が前に放射線障害の患者を三人もなおしたってチャンピオンにかいてありました」と言っているのは、「死に神の化身」でのことだろう。この二つの話は繋がっているのである。きょうは「死に神の化身」について。

ドクター・キリコ初登場となる一作だが、残念ながら私は所持していない。私が持っているのは、後に改題されて内容も大きく変わった「恐怖菌」のほうだけだ。しかしありがたいことに、ネット上にセリフの一言一句、誤植に到るまで校合してあるサイトがある。そちらを参考にさせていただきながら、話を進めることにする。ngtさまに感謝!

一番大きな違いは患者の病名である。「死に神の化身」では「原子力船ムツゴロー」の「原子炉から放射能灰が多量にもれた」ために起こった「放射能症」であったのが、「恐怖菌」ではベトナム戦争における「秘密兵器が……つまり新型の細菌兵器」が漏れたために起こった「感染」症と変更されている。

BJ先生は専門分野じゃないと言いながらも渾身の手術を繰り返す。ここで彼が手を引けば患者はドクター・キリコの手に委ねられてしまうのだから、先生も必死である。ところがどうやら光明が見え始めたと思われたとき、彼は突然治療から外される。「上からの」命令で患者はドクター・キリコに引き継がれることになったのである。

懸命に抗議するがどうにもならず、この後、先生はこっそりと患者をボートで逃がす。慌てた政府関係者は追いかけようとして崖から落ちて大怪我を負う。ドクター・キリコがニヤリと笑う。「おれ流のやり方で処置するよ」。

はたしてキリコが怪我人に安楽死を施したのかどうかまでは描かれていない。またBJが患者を逃がすときの手伝いをしたのかどうかも謎である。そのあたりをどう考えるかでキリコの人物像はかなり違ってくると思うのであるが、それはさておき……。

このエピソードで手塚治虫が最も描きたかったのは、すべてをなかったことにしようとする「お上」の汚いやり方だったろうと思う。「死に神の化身」でBJ先生は「わかったぞ……」「患者の口をふさぎたいんだな…放射能症のことをヤミへほうむりたいんだ!!」と言い、「恐怖菌」ではキリコが「これがニュース種になってみろ パッと世間にひろがって……」「それこそ……」「日本中は恐怖につつまれる!ベトナム戦争に加担した政府へ国民の反発はいっせいに爆発する」「だから政府はな この事件をヤミからヤミへ ほうむろうとしてるんだ………」「もしなおらなければ船を焼き払い患者は気の毒だが極秘で抹殺され」「もしなおったら当分アフリカかどこかへ追放してしまう気だ」「どっちにしろこの事件はファイルから消えてしまうんだ」と言っている。原子力船の欠陥、ベトナム戦争への加担。「お上」が国民に隠していることはいろいろあるにちがいない。これは『MW(ムウ)』にも引き継がれていくテーマだ。

ところで、この一話が掲載されたのは「少年チャンピオン」1974年10月28日号。日本初の原子力船むつが1974年9月1日、青森県沖の太平洋で行われた初の航行試験中に放射線漏れを観測した直後のことであった。普通ならコミックス5巻あたりに収載されそうなものだが、結局17巻(1979年発行)になってやっと収められている。そして内容は上記のように大きく変更されていたわけだ。1979年ならベトナム戦争も終わっているから大丈夫、という判断だったのかもしれない。「むつ」はその頃はまだ母港も決まっておらず、1993年にやっと原子炉が解体撤去されたのだから。

世間に与える影響を考えれば、手塚治虫にとっても、放射能を扱うことは慎重を要することだったのだろう。現在進行形の福島原発事故による風評被害も、実に大きな問題となってきている。不確実な噂が一人歩きすることは好ましいことではない。しかし、キリコが言っているように、「お上」は日本中が恐怖に包まれることや国民が政府に反発する恐れのあることは公にはしないのではないかとも思われたりする。

いまの状況でこの一話を読むと、大幅に内容が変えられた理由や、なかなかコミックスに収載されなかった理由がわかるような気がするのである……。

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