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「自分」の在り処

きょうもしつこく「ヤング ブラック・ジャック」について。

私がよく行くBJサイトの管理人さんにはキリコのファンも多い。桐生医師=キリコという衝撃の結末に、どうにか納得のいく説明はつけられないものかとあれこれ考えていらっしゃる様子が窺えて、それがとてもおもしろい(笑)。Gさんは「キリコと書いてシラビョウシと読ませる」とおっしゃっていたし、Aさんは「これから戦争に行かせる」、rさんは「20回くらい頭を打たせる」等々の名案を考えておられた(爆)。とにかく、あのままでは白拍子なので、今後続編があるとすればなんとかしていただきたいものである。

さて、本題。

キリコに問題ありだったものの、無理に原作どおりに描くのではなく、原作のエッセンスと雰囲気をうまく取り込んで、原作でもほとんど謎とされている医学生時代に絞って若きBJを描くとは、うまいところに目をつけたドラマだったと思う。換骨奪胎に成功した例になるのではないかな。後のBJなら無言で通すであろうところを得々と語ったりしているのも、若造なら許されるし(笑)。

そして、原作ではかなり無茶な移植手術でもやり遂げてしまうBJ先生だが、ならば自分の母親をドナーにすることができるかという実験がなされたドラマでもあったと思う。間青年は執刀医であると同時にドナーの遺族でもあるわけだ。これは原作にもなかった過酷な状況だ。

現実には、患者が医者の身内である場合、それが大きな手術であればあるほど、その医者は手術には携わらないことが多いと聞くけれども、間青年は悩み葛藤した末に「誰にも指一本触れさせたくない」と言ってただ一人で手術を敢行する(そのセリフはめぐみさんに取っておいてほしかった・笑)。そして見事に成功させるのだが、こんな経験をしていれば、後にどんな移植手術でもやっちまうだろうなと思わせられた。つまり後のBJ像と矛盾しないのだ。うまい構成だと思う。手塚治虫もこれなら納得するんじゃないかな。

と、どうしても原作の持つ雰囲気と比較してしまうところはあるのだが、それを抜きにして一篇の医療ドラマとして観ても、なかなか見応えがあったと思う。脳死、臓器移植は徐々に私たちに近しい話題になってきている。本間先生の「生き物の生き死にを自由にしようなんておこがましい」という言葉に鑑みれば、臓器移植そのものだって「おこがましい」ことなのかもしれない。しかし患者やその家族の身になって考えれば、手段があるならそうして欲しいと願うのも理解できる。一流大学病院の理事長は、三流大学6回生の前に土下座までしたのだ。

そして、細胞記憶。内臓の細胞が記憶していた母親の思いが患者の口から語られる。ほんの短い時間だったし、患者は後にそんなことは覚えていなかったようだが、内臓全部を他の人からもらった患者の「自分」はいったいどこにあるのか、そんなことも考えさせられた。たいていの人間は「自分」というのは脳にあると思っているだろうけれども、本当にそれは正しいのか。手塚の『ミッドナイト』最終話では、BJがミッドナイトの脳を女性の身体に移植する。結果、ミッドナイトの記憶は失われてしまうのだ。つまり「身体>脳」という力関係だ。絵空事かもしれない。しかしそれは誰にもわからない……。

というようなわけで、感動的な全内臓移植と細胞記憶ではあったけれども、命とは…、自分とは…、と考えさせられたりもしたのでした。あ……、この感じ。『BJ』原作を読んだ後の感じと似ている。そういう意味でも、このドラマは成功だったと思います♪ 本日、これまで。

【4月23日(土)の視聴率】 「ヤング ブラック・ジャック」13.3%、「のだめカンタービレ最終楽章・後編」12.1%

「ヤング ブラック・ジャック」10月に連ドラ化! ピノコ役は吉田里琴
 本当かなぁ。岡田さんは若すぎるし、里琴ちゃんは大きいし、さてどうなりますかね~。

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コメント

わかばさん相変わらずの健筆ときおり拝読しております。鯖はなにやら老々介護の毎日。でもマッタリとゲーム感覚ですごしておりますですよ。BJファンというわけではなくとも、手塚ファンの末席を穢す程度の鯖としては、紙の漫画で読むのが一番。連載リアルタイムで読んだ漫画の数々が少しの時間を経て実写版で放映されたときの違和感は切ないものでした・・・月光仮面しかり赤胴鈴乃助しかり・・わが国の基幹産業アニメがまだ黎明期以前のことですが・・・
今日、ふとカキコしたくなったのは、お話を読んでハインラインの「悪徳なんてこわくない」を思い出したからです。この歳でなおSFやファンタジーが好きなのは生涯現実逃避で居直っているからに違いありませんが^^ おっと、件のSF、百歳を超えるヒヒ爺の大財閥が、うら若き美人秘書の急な脳死にともなって大脳だけを彼女の身体に移植したことで始まる物語。彼の作品の中では好きな部類です。
あはは・・・ついつい長話をいたしました。どうかご自愛なさって楽しいお話を聞かせてくださいね~ではまた^^

投稿: sabaoyaji | 2011年4月26日 (火) 19時07分

鯖兄さん
お久しぶりでございます。各地で地震頻発の折から恙無きやと案じておりましたところ、ようこそお越しくださいました。嬉しゅうございます♪
はい、やはり紙のマンガが一番ですね。それは異論のないところですが、もう新作が出るのを望めない状況にあっては、後の世の制作者たちが、原作へのリスペクトを新しい作品に昇華させる試みもまた楽しいものではないかと思っています。手塚マンガの底流にある哲学が踏襲されていれば、草食系のBJ先生も可かと(笑)。
月光仮面も赤胴鈴之助も、私が生まれる前の作品で試聴したことはないはずですが、何故か主題歌は歌えます。それくらい有名な作品ですが、当時から原作と映像化の間には乖離があったのですねぇ。勉強になりました。m(_ _)m
ご教示くださったハインラインの作品、きょう書店で探しましたが在庫がありませんでした。後日読んでみたいと思います。
脳をめぐるお話はおもしろいですね。永井均さんの『ブラック・ジャックと転校生』というのも超難解でしたがおもしろかったです。SFでもファンタジーでもありませんけれども、こういう哲学もあるのだなと興味深く読みました。お薦めです。
まったく、愚妹はあいも変わらずグダグダと書き飛ばして駄文の山を築いておりますが、よっぽどお暇なときにでもまた覗いてくださると嬉しいです。鯖兄さんもどうぞご自愛のほどを。ありがとうございました。m(_ _)m

投稿: わかば | 2011年4月27日 (水) 22時35分

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