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2011年6月

勧進帳

最近なかなかゆっくりネットをする余裕がなく、書きたいことも書けずにいるが、忘れないうちに「少年チャンピオン」No.26~29に集中連載された『ブラック・ジャック創作秘話』(宮崎克原作 吉本浩二画)について触れておこうと思う。

No.26は「アニメ地獄」のサブタイトルが付けられていて、手塚プロの清水義裕氏の体験談が描かれている。これについては拙ブログ6月1日にちょいと書いたので、きょうはNo.27以降について。

No.27は「夜明け前」というサブタイトルで、元手塚プロアシスタント三船毅志氏の体験談。虫プロの経営悪化に見舞われながらも、一漫画家として良い作品を描きたいと思っている手塚治虫の姿が描かれる。また、三船氏の実家の寺が火事になって急いで帰郷しなくてはならなくなったとき、手塚治虫の一筆入った名刺一枚で飛行機の席が取れたエピソードには、思わずニンマリした。

No.28~29は「原稿を上げずに手塚先生はアメリカへ飛んだ(前・後)」。渡米前に上げるはずだった『ブラック・ジャック』の原稿がまったく出来ていないという危機的状況が描かれている。これはおもしろかった(笑)。

【以下、ネタバレしていますので、未読の方はご注意ください。】

「そこで先生が立てた作戦は……こちら(手塚プロ)で先行して背景を描き、帰国後、先生のペン入れした人物を切り抜いて貼りあわせるということでした!!」ネットもファックスもない時代に、どうやって原稿を仕上げるのか。しかもどんな作品になるのかは手塚先生にしかわかっていない。

新聞記者の使う隠語に「勧進帳」というのがある。記者が、事件や事故の現場から、メモなどを見ながら電話で記事を送ることを言う。記者は頭の中で完全原稿を組み立てながら話すわけだ。「勧進帳」の名は、弁慶が安宅の関で白紙の巻物をあたかも勧進帳であるかのように読み上げた、あの歌舞伎の名場面から取られている。最近では赤塚不二夫の葬儀で弔辞を読み上げたタモリが「勧進帳」だったことが話題になったりしたが、文章ではなくマンガでその「勧進帳」をしようというのだ、手塚治虫は!

まずは1㎜方眼紙を準備してアメリカの手塚先生からの電話を待ち受けるスタッフ。「左上5㎝のところから右上2㎝のところに線を引いてください」。なんと電話でコマ割りから指示し始める手塚先生。全24ページのコマ割りだけでその日は終了。翌日からは背景である。「2ページ目4コマ目ですが…『ブラック・ジャック』の3話前6ページ3コマ目の校門をこのコマの中央やや下に開いた状態で入れてください」……。こういう指示を延々と電話でやったというのだ。なんとも気の遠くなりそうな話だが、驚愕の事実はここからだ。

そんな細かい指定をしている手塚治虫の手元には何も資料がなかったというのである! つまり、彼の頭の中には過去に自分が描いた作品(『BJ』だけではない。『ブッダ』や『三つ目がとおる』などの名も挙がっている)のコマ割りから背景まで、全てが記憶されていたということだ。また、本棚にある資料についても、どの辺にあるどの本のどのあたりにどんな写真があったかまで記憶していたらしい。

帰りの飛行機の中でもインク瓶片手に描き続け、帰国するや否や空港からすぐに編集者に拉致されホテルに缶詰め。アシスタント総動員で描き上げたエピソードは#235「話し合い」だったそうだ。BJ先生の同級生が学校の教師をやっている話だが、その同級生の苗字は「無理」(笑)。およそ日本人の苗字としてはありそうもない苗字だが、裏にこういう事情があったのかと思うと、手塚治虫の執念と努力に頭が下がる思いがする。「1本でも10本でも同じ!! いつでも僕は締め切りギリギリなんです!!」は、けだし名言。

Photoこの『ブラック・ジャック創作秘話』の単行本は7月8日に発売されるそうだ。また、9月8日発売のNo.41からは岩明均脚本、中山昌亮画の『ブラック・ジャック 青き未来』が連載されるという。楽しみが増えた(笑)。

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『ブッダ』

昨日、夫と隣の市まで映画『ブッダ』を観に行った。

私はKさんからいただいた前売券で(ありがとうございます♪)、夫はシネマチネの料金1200円で観ることができた。往復に乗った高速道路も19日までは社会実験中で無料だったから、なにしろ安上がりで助かった。

さて映画館に入ってみると、我々を含めて観客は3人……。いくらシネマチネの時間帯だとは言え、おいおい大丈夫かと心配にもなろうというものだ。先日までは1日6回だった上映が4回になってるし。また、私が見聞した手塚ファンさんたちの間ではこの映画の評価が決して高いというわけではないということもあり、一抹の不安とともに映画は始まったのだった。

結論から言おう。私は概ね楽しめた。事前に原作で予習することもせず、また原作と比較するような観かたはすまいと決めて観たせいもあるかもしれないが、全編を通して80点の出来と見た。特別に手塚ファンというほどでもない夫も率直に「おもしろかった」と言っていたので、老若男女誰が見てもそこそこ楽しめる作品ではなかったかと思う。

私が感じたマイナス20点の部分というのは、最初から最後まで満遍なく力が入った80点の出来でメリハリがなかったというところだ。平均したら50点であっても1ヶ所だけでも100点のシーンがあったら、それはとても印象に残っただろうと思うのだが。また全体にエピソードを詰め込みすぎているように感じられたのも残念。もっとヒマラヤの山々の情景であるとか木々や花々、満天の星、ぎらつく太陽など、情感に訴えるような自然描写があれば、人間界の不条理や悲惨さなどとの対比になってよかったのではないかと思う。

一番の不満は、シッダールタの出家を思い立つほどの苦悩が感じられなかったことだ。これについては帰る道々夫ともいろいろ話をした。父王も年老いていずれは自分がシャカ国を背負って立たねばならない。近くにはマガダ国やコーサラ国という大国があってシャカ国を狙っている。戦争になれば自分も殺されるかもしれない。案外、そんな殺伐とした状況や運命が我慢できなくなって、もうやーめたとばかりに責任も立場も何もかもおっぽり出して逃げたのかもしれないね、と(笑)。

シッダールタはなにも最初からこの世の真理などを求めて出家したわけではあるまいと思う。ただこのままの状態で生き続けることが苦しくて堪らず、自分はどの道を進もうかと悩むシッダールタが、原作には確かに描かれていた。映画では、原作では描かれていた「四門出遊」のエピソードが省かれて、映画全体を通してそれを感じさせる作りになっていたようだが、やはりちょっとピントが甘かったように思われる。なんだか唐突に出家してしまった印象で、観ている者としては置いてきぼりをくらった感じだった。

この映画は3部作のうちの第1部であって、シッダールタが剃髪して出家するところで終わる。この第1部ではチャプラというスードラを巡るお話が主で、身分制度の悲惨さや、求めても得られぬことの苦しさ(仏教で言う苦諦のひとつ「求不得苦」)がテーマとなっていた。シッダールタが悟りを開く第2部以降がより面白くなると思われるので、期待しようと思う。

因みに、夫にどこに一番感動したかと尋ねたら「うさぎ!」という即答が返ってきた(笑)。映画が始まって2分のところだ。うん、あの先制パンチは確かに強烈に効いた。あとは、観る者ひとりひとりがあの意味をどう捉えて生きていくか、だ。

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『BJ』関連本、手塚関連本リストアップ

とにかく『BJ』という作品が好きだ。他の手塚作品、たとえば『火の鳥』や『ブッダ』なども好んで読むけれども、ああいう手塚哲学の真髄のような壮大な世界観はまだまだ私が理解するには程遠い。ならば『BJ』は簡単に判るかと言われれば決してそんなこともないのだが、自分の日常の卑近な事象に即して考えることが可能な部分があるので、そういうところで『BJ』という作品は私の中では「手は届かないけれども身近な作品」として位置づけられているように思う。

BJというすこぶる魅力的なキャラが出てくるのも、好もしい要因の一つであることは間違いない。しかしたぶん私は、そのキャラが好きで読んでいるというよりは、その話のひとつひとつの中で様々な人間がその人なりに一生懸命生きている様を見るのが好きなのだろうと思う。

そんなわけで、ただ原作の世界にどっぷり浸れればそれで「満足♪」という私は、あまり解説本の類を持っていない。手元にあるのは、このブログで『BJ』を取り上げるようになってからあまりトンチンカンなことも書けないと思って参考のために俄かに買い集めた最近の出版物ばかりだ。それもざっと目を通すくらいで何度も熟読したようなものは少ない。

しかしそういう本もそれなりに溜まってきたので一度ちゃんとリストアップしなくてはと思っていた矢先、昨晩A子さんから「何かおすすめの本はありませんか」と尋ねられた。やおら『BJ』および手塚関係書籍を掻き集めてみたのが以下である。まだ他にもあったような気がするが、現物を確認できたのはこれだけだった。

この中で私の必需品は『Black Jack ザ・コンプリート・ダイジェスト』。掲載順や発表年月日がわかるのがありがたい。お薦め本というのとは違うけれども、『BJ』ファンなら持っていて損はない。読んでいて楽しいのは『公式ガイドブック』、いつまでも眺めていて飽きないのは『画集』……といったところか。

・Black Jack 300stars' Encyclopedia
・Black Jack ILLUSTRATION MUSEUM
・手塚治虫医療短編集
・Black Jack Treasure Book
・ブラック・ジャック『90.0%』の苦悩
・Black Jack ザ・コンプリート・ダイジェスト
・Black Jack QUIZ101
・ブラック・ジャック・ザ・カルテ 1~2
・ブラック・ジャック完全読本
・ブラック・ジャック 公式ガイドブック ~その謎と真実のカルテ~
・ブラック・ジャック画集―All of Black Jack
・手塚治虫―総特集 (KAWADE夢ムック)
  ISBN-10: 4309975712
・ぜんぶ手塚治虫!
  ISBN-10: 9784022644138
・ぼくのマンガ人生(岩波新書)
  ISBN-10: 9784004305095
・ガラスの地球を救え
  ISBN-10: 9784334722883
・手塚治虫大全1~3
・手塚治虫物語 1928-1959
・手塚治虫物語 1960-1989

(続きから表紙の画像ですが、大きさバラバラな上に綺麗に並んでなくてスミマセン。)

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大阪の役または大阪版フリーメーソン

Photo『プリンセス・トヨトミ』(万城目学著)読了。なかなか壮大な荒唐無稽さで大いに楽しめた。

---このことは誰も知らない――400年の長きにわたる歴史の封印を解いたのは、東京から来た会計検査院の調査官3人と大阪下町育ちの少年少女だった。秘密の扉が開くとき、大阪が全停止する!? 万城目ワールド真骨頂、驚天動地のエンターテインメント、ついに始動。特別エッセイ「なんだ坂、こんな坂、ときどき大阪」も巻末収録。---(カバー裏表紙より)

謎の社団法人「OJO」を調べる会計検査院の調査官3人の名前は、松平、鳥居、旭。松平と鳥居は徳川方の武将を彷彿とさせるネーミング。旭の由来はおそらく豊臣秀吉の異父妹で家康に嫁がされた朝日姫からだろう。だから旭はちょっと微妙な立場というのも頷けるのだが、まぁネタバレは避けよう。一方、彼らを迎え撃つ「大阪国」政府側は、真田、長宗我部、石田、大谷ら。また一般の人間としては、塙、黒田、竹中等々の名前が並ぶ。いずれも戦国武将の名前だ。まさに400年の時を経て再現される大阪の役。そして大阪が守ろうとするのは豊臣家の末裔である。

しかしその末裔がどこの誰なのか、ほとんどの大阪国民は知らないし、当の本人さえ知っていない。それなのに、父親から聞かされた「大阪国」の存在を信じ、国民一人ひとりに割り当てられた役割を果たすために大阪国民は大阪城に集結する。そして大阪国に分配される国家予算について松平と真田の一騎打ちが始まる……。

秘密(ネタバレはしない)と使命を持つことの爽快感がよい。大阪国民集結の合図であるところの真っ赤に染まった大阪城と各所に置かれたひょうたんを見て、男たちが黙々と粛々と己の使命を果たすシーンなどゾクゾクする。こんな秘密が誰にもバレないなどということはまずあり得ないと思うけれども、しかしひょっとしたら、今の世の中にこんなこともあるかもしれないと想像すると無性に楽しい。

「大阪国」を目の当たりにした大阪の男達は毅然として昂ぶっている。自分が豊臣家の末裔を守る存在であったことを知って喜んでいる。そして父からそれを受け継いだことを、一抹の感傷とともに誇りに思っている。この小説の隠れたテーマは父から子へ伝えられる「思い」なのだろう。

途方もなく大きな謎から、女の子になりたいという男子中学生の生活、「ミラクル」とあだ名される鳥居の言動のおもしろさ、松平の悲哀、旭の思い……そういう雑多な事柄がバランスよく描かれていて、長編だが弛みがない。読後感も爽快だった。

守りたいものを、己がなすべきことをすることによってきちんと守る。真田をはじめとする大阪国の男達の凛々しさの片鱗でも、永田町の政治屋たちが持っていてくれたらと願わずにはいられない。

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BJ先生の歩き方

昨日A子さんより「買いましたか?」とご指摘を受け、うっかり買い忘れていた「少年チャンピオン No.26」を本日買ってきました。1軒目のコンビニには既に無く、2軒目でやっと1冊発見。立ち読みされまくったらしく、表紙なんかもうヨレヨレになったやつをゲット。危ないところでした。思い出させてくださってありがとうございました(笑)。

お目当てはもちろん「ブラック・ジャック創作秘話」です。とは言え、今回は『BJ』そのものではなくて、1978年に24時間テレビ内で放映されたアニメ『バンダーブック』制作の裏話です。これにBJ先生も出てこられるわけですが、私は未見なのですよ(汗)。よって内容について詳しくは知りませんが、今回のマンガでは、手塚先生がなかなかOKを出されず、スタッフ一同がそれはもう大変だったという様子が描かれています。

その中で「うわぁ♪」と思ったことが一つ。手塚先生が特に「リテイク(撮り直し)!」を連発された部分というのが、BJ先生が出ているシーンだったそうなのですが、その理由がイイんです。「ブラック・ジャックはね こんなふうに歩かないんですよ!!」……きゃあ、たまりませんわぁ~♪

で、先ほどまでニコタでKさんと「BJ先生の歩き方ってどんなふうなんでしょうね」とお話ししていたのですが、私の想像では、先生は大股で肩で風切って決して猫背にはならず、でも胸張って歩くという感じでもなく、多少俯き加減で歩いておられるのではないかと思っています。リテイクを重ねてBJ先生がどんな歩き方をしておられるのか、これは『バンダーブック』を観てみなくてはならなくなりました。暇ができたら探してみようと思います。

「ブラック・ジャック創作秘話」、あと3回続きます。買い忘れないようにしないと(笑)。

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