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2011年9月

つるさ~ん♪

私自身の年表を作るとしたら、きょうのイベントは間違いなく太字で書かれるはず(笑)。

くにびきメッセで行われた「2011松江市環境フェスティバル」へ行った。お目当ては、「つるさん」こと京都太秦映画村のお侍さん・川鶴晃裕さんの公演だ。ネットを通じてお知り合いになって早10年。ファンクラブにも入っているくせにまだ一度もナマのつるさんにお会いしたことがないという不埒なファン、それが私(汗)。わざわざ出張公演で来られる場所が松江、とくれば、これは行かねば天罰が下ろうというものだ。

↑……なんてエラそうに書いているが、もう前の晩から心臓が高鳴ってほとんど眠れなかったという興奮状態(笑)。こっちはつるさんを存じ上げているが、つるさんは私の顔なんかご存知ないのだから、こちらから声をかけねばお話しするチャンスなど永久にめぐってこない。うまくいくだろうかと不安もいっぱいだったのだ。

「忍たま乱太郎」のショーが終わり、さあ次はいよいよつるさんのお出ましだと思いながらふとステージ脇を見ると……。つるさん!!(ぎゃあ~)

Photo凛としたお侍さん姿で客席をご覧になっておられるではないか! もうね。私ね。気が遠くなりそうでした、いやホント。距離は相当あるのに、まともにつるさんのお姿を見られない。ひとりで真っ赤になって、はぁ~……ってため息ついて、もし近くから私の様子を見ている人がいたら「ここに変なおばさんがいます!」って言われてもしょうがないような有様だったと思う……。

Photo_2Photo_3で、いよいよ始まったつるさんの公演。江戸時代の環境学習ということで、当時のリサイクル事情などをお話しになったのだが、最初のほうは完全に耳を素通り。ステージを降りて客席まで所狭しと走り回っておられるつるさんのお姿を追うのに一生懸命で、とても学習どころではない。一度、私の斜め後ろに座っていたお子さんのところまで来られたときには、文字通りの至近距離。私、もう呼吸困難で倒れるかと……(汗)。

30分ほどの公演が終わり、ステージ横の控えから出てこられるはずのつるさんを待つ。いま、ここでしか話しかけるチャンスはない! 冷や汗は出るし、足はガクガク。そして、ついにそのときが! 

事前に、どう呼びかけるかもシミュレートしていたのに、実際は何と言ったのかさっぱり覚えていない。「つるさん」だったか「川鶴さん」だったか。その後「わかばです」と言ったのかどうだったか……。とにかく、にっこりとして立ち止まってくださった、その笑顔を見て胸がいっぱいになった。そして、「来られると思ってました。10年たってやっとですね」と言ってくださったことは覚えているのだが、あとは、何を話したのだか、まるで夢の中にいるようで、まったく覚えていない。変なことを口走っていなければよいがと祈るばかり……(汗)。

時間にすればほんの数分だったと思う。部屋に引き上げられるつるさんを見送り、1時からの公演をもう一度見て(二度見たので内容もしっかり頭に入ったし、とても楽しい公演だった)、その後またちょっとお話をしてお別れをした。このとき、「お家はここから近いんですか」と聞かれて「自転車で3分です」とお答えしたが、実際には5分はかかる(どうでもいいが……)。なんで3分なんて言ったかなぁ。舞い上がってしまってワケがわからなくなっていた証拠だなぁと、ここでまた「何か他にも変なことを口走ったのではないか」と心配になったりしたのだった。

まあとにかく、ずっと地に足がついていないようなフワフワした状態で、それは今も続いている。これって、すごく幸せな気分♪ そして今さらながら、やっぱり花束をお渡ししたほうが良かったかもしれない(扱いに困られるだろうと自重したのだが)などと思ったりもしている(悶々)。

つるさん、お会いできて本当に嬉しかったです。お話もしてくださって、ありがとうございました。今度は是非とも京都で、と、夢を膨らませています。その折にはどうぞよろしくです。m(_ _)m

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今日でちょうど四十九日

15日にお仏壇の開眼供養、そして今日は舅殿の四十九日の法要だった。近い親戚の者が集って、よい法要ができたと思う。住職さんも、普通より念入りに拝んでくださったそうで、ありがたいことであった。

長かったような……いや、やっぱりあっという間に過ぎたような気がする49日だった。これで一区切り。まだ遺族年金のこととか郵便局の口座のこととか相続のこととか、いろいろしなくてはならない手続きはあるけれども、追い追いやっていこうと思う。

今日は、お寺での法要、場所を移して精進落としの会食、遠方に帰る親戚を空港まで見送った後、札打ちに行った。皆で一生懸命書いたお札を、とある寺院の境内にある仏像に貼って回る。雨が上がった直後で蒸し暑いのと、山道がずるずる滑って足元が悪いのと、やぶ蚊の総攻撃とに耐えながら、33体+αの仏像にお札を貼り終えたころには、釣瓶落としの秋の日が暮れかかっていた。最後に「お祖父ちゃんをよろしくお願いします」と拝んでいた姪っ子の言葉には、鼻の奥がツンとなった。

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OVA版 BLACK JACK

OVA版BLACK JACK 新エピソードKarte 11&12発売決定!

いよいよ出崎監督のOVAの発売が決定したようですね。『ブラック・ジャック FINAL』12月16日(金)発売。……「FINAL」の文字が悲しいです(泣)。

KARTE 11 「おとずれた思い出」
KARTE 12 「美しき報復者」

「おとずれた思い出」はピノコのお姉ちゃんのお話ですね。以前にニコニコ動画で見たアフレコの様子からもたぶんそうだろうとは想像していましたが、やっぱりそのようですね。門跡ではなく、舞いの家元の家に置き換えて人間模様が描かれているようでしたが、さてどんな味付けがされているのでしょう。

で、わからないのが「美しき報復者」。『ヤングBJ』ではBJ先生に「美しき」という形容詞が付けられていて大いに照れた(?)ものでしたが、あの実写版ならBJ先生の復讐譚である「不発弾」か「二人目がいた」の可能性は考えられても、OVA版ではそれはないでしょうね(笑)。とすると、ラブロの娘がBJ先生を敵と狙う「復しゅうこそわが命」でしょうか。

個人的には、『BJ』からBJ先生の復讐譚の要素を抜かすことは『BJ』を骨抜きにしてしまうと考えているので、「復しゅうこそわが命」に「不発弾」や「二人目がいた」を絡めて描いてもらえたら言うことないナと、そんなことを期待しています。だって、OVAシリーズの最後の最後に、BJ先生の復讐心を上手く昇華して描いてくれたら、これはもう忘れられない一作になること間違いなしじゃないですか、ねぇ。

いずれにせよ、出崎監督の遺作となった作品の発売を、早く観たいような、観るのが悲しいような、複雑な想いを胸に抱きつつ待ちたいと思います。

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cocoon

Photo『アントキノイノチ』(さだまさし著)読了。同名の映画が第35回モントリオール世界映画祭でイノベーションアワードを受賞したのを機に読んでみた。さだまさしの著作を読んだのは初めてだったが、なかなか佳い。

--杏平はある同級生の「悪意」をきっかけに二度、その男を殺しかけ、高校を中退して以来、他人とうまく関われなくなっていた。遺品整理業社の見習いとなった彼の心は、凄惨な現場でも誠実に汗を流す会社の先輩達や同い年の明るいゆきちゃんと過ごすことで、ほぐれてゆく。けれど、ある日ゆきちゃんの壮絶な過去を知り‥‥。「命」の意味を問う感動長篇。--(カバー裏より)

クーパーズという会社で遺品整理業という仕事に従事する現在の杏平と、松井という同級生を巡る高校時代の杏平が交互に描かれる構成。そこには善意と悪意の両極端が描かれている。誰に看取られることもなく孤独死した人の尊厳を守ろうとするクーパーズの人たちの暖かさに比べて、事あるごとに醜くていやらしい小さな嘘を吐いて虚勢を張る松井と、それに振り回されて悲劇への道を辿っていく周りの人々の姿は痛ましいばかりだ。

どっちのサイドの話が面白いかと言えば、高校時代の話のほうが面白い。松井に殺意を覚えるまでになった杏平を、手に汗握りつつも止めようとも思わず傍観している自分がいるのに気付く。そして松井に対してさえ、その行動に親近感をも覚える自分がいる。ああ、自分も悪意の人間だナと思う。

クーパーズで杏平を指導する佐相さんが言う「生きているというのは、すごく恥ずかしいことなんだ」という言葉が身に沁みる。程度の差こそあれ、人は誰でも恥ずかしくて耐えられないようなことを抱えながら生きている。嘘を吐かねば生きられない生き方も恥ずかしい。自分が殺意を持っていることを他の誰かに悟られないように装う生き方もまた同様に恥ずかしい。杏平はそれで精神を失調してしまうのだが、そんな「生」の一切合切を全部飲み込んでしまう「死」というものに触れることによって、ひと回り大きくなって閉じこもっていた繭から出ることができる。

格別大きな感動はなかったけれど、これから先、人としての生き様・死に様を考えようというときには、じわじわと効いてきそうな一冊である。

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老先生

Photo_2「少年チャンピオン」にて、岩明均・中山昌亮の『ブラック・ジャック 青き未来』の連載が始まった。

どこまでネタバレしてよいのかわからないけれども、これはまあ熟年~老年の域にさしかかったBJ先生のお話である。初回ということもあって、BJの紹介という面に重きが置かれていたようだ。最初の数ページに手塚の原作ふうな先生が描かれ、それがだんだんと老けていく様子はちょっとしたショックではあった。ファッションは以前のまま。突然昏睡に陥るという病を持ち、相変わらずブッキラボウで(ちょっと喋りすぎている感じはあるが…)、性格的には老獪の度を増していて、悪くないと思う。

ただ、何故だか、『ブラック・ジャック』を読んでいるという気がしない。とある国の独裁者の治療を依頼されるところが描かれていて、それは昨今の世界情勢をも反映してタイムリーだし、原作にもそういう話はあるのだが、53ページもあれば、原作の先生ならちゃっちゃとオペを成功させ、且つ何か胸のすくような活躍を見せ、おまけに読者の心には何らかの問題意識のような重いものを残して立ち去っていったのではないかと思う。そういう疾走感とでも言うようなものが感じられない。

逆に言えば、私は一話完結の短編の中でこそBJ先生は活きてくると感じていたのだ、ということに気付かされたと言える。あまり丹念に描きこまれていると、ただ読まされるだけに終わってしまって、自分が抱くBJ像を膨らますことができない。これはもう漫画家さんの作風の違いだし、こちらの好みの問題だから仕方がないのだけれど……。

全体として、絵柄は嫌いではないし、硬質な話の展開も期待できそうな気がして、まずまずの滑り出しと見た。クロエという女性(P嬢か?)も気になる。続けて読んでみようと思う。

熟年のブラック・ジャック登場!岩明均×中山昌亮版「BJ」

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オタクっぽい(笑)

若先生のDVDの発売日。心当たりを数軒探すも入荷なし。注文して帰る。
先生の創作秘話を買い忘れていたことに気付き、数軒探すも在庫なし。注文して帰る。

初めて行った、DVDやらCDやらマンガやらフィギュアやらを売っているお店で、ガッチャマンのフィギュア6体セット300円也を見つけたので購入。調べてみたら、2008年にポッカコーヒーアロマックスを買って当たるとついてきたもののようだ。ヤフオクでは1体300円だから、お買い得だったかな♪

Photo

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文楽って面白そうだ

Photo『仏果を得ず』(三浦しをん著)読了。

--高校の修学旅行で人形浄瑠璃・文楽を観劇した健は、義太夫を語る太夫のエネルギーに圧倒されその虜になる。以来、義太夫を極めるため、傍からはバカに見えるほどの情熱を傾ける中、ある女性に恋をする。芸か恋か。悩む健は、人を愛することで義太夫の肝をつかんでいく――。若手太夫の成長を描く青春小説の傑作。直木賞作家が、愛をこめて語ります。--(カバー裏より)

↑こんな解説を読むと、重くて深刻な内容かと思うが、さにあらず。演目をこなすごとに一段また一段と文楽への理解を深めていく健の姿は爽快だ。健を取り巻く人々が皆キャラが立っていて魅力的だし、関西弁の軽妙な会話もテンポがよく、楽しく読める。『もしドラ』に通じるような、やることが何でも図に当たるという都合の良さを感じるところがないこともないが、何より、これまでまったく知識のなかった文楽という芸能のことがわかって、お買い得な一冊だった。

タイトルの『仏果を得ず』の意味は、最後にわかる。「仏果」とは「仏道修行の結果としての成仏、さとり、往生」というような意味で、健が語る『仮名手本忠臣蔵』の早野勘平のセリフ、「ヤア仏果とは穢らはし。死なぬ死なぬ。魂魄この土に止まって、敵討ちの御伴する!」とシンクロして……、というところだが、ネタバレになるので書くのは控える。

青春小説として読むと肩透かしを食うかもしれない。個人的には、恋愛要素も要らなかったのではないかと思うくらいだ。しかし、この本を読んで俄然「文楽」という芸能に興味が湧いた。火花を散らしてぶつかり合う語りと三味線。ライバルでありつつ高めあう無二の間柄にゾクゾクする。また、人間が演じればよさそうなものをわざわざ人形に演じさせるという芸の奥深さに感心したりもした。文楽……、一度本物を見てみたいものだ。

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喫茶店

久しぶりに『BJ』語りを。

最近、喫茶店というものが少なくなったと思う。たまに新しく出来るお店もあるけれども、明るく開けっぴろげでおしゃれで、明るいクラシックが流れていて、女性一人でも気軽に入れそうなものが多い。……な~んか、違う。私の思う喫茶店というのは、ちょっと薄暗くて、コーヒーとタバコの匂いがして、無愛想な店主がいて、テーブルが小さめでソファがとても重くて、目隠しの観葉植物があって、サッチモやコルトレーンが気だるく流れていて、メニューに必ずカレーとチャーハンとナポリタンがあるような店だ。そんな喫茶店が減った。

「水とあくたれ」に「中学生なのにキッサ店にいるなんて グレてんじゃないか」という、その他大勢のセリフがある。いまからは想像できないかもしれないが、当時まさに中学生だった私にはこういうセリフは懐かしい。喫茶店と映画館、これが小中学生が仲間同士で行ってはイケナイ場所の代表格で、夏休みなど長期の休みの前には必ず「行かないように」というお達しが学校からあったものだ。

それくらい喫茶店というのは悪い仲間がタムロしがちなちょっと危ない場所と考えられていたのであり、逆に私などから言えば「行ってみたい」と思うような場所だったのである(笑)。それに何より、喫茶店に1人で入れるというのは「大人」の証しでもあった。だから、よく喫茶店に入っているBJ先生はとても大人に見えたものだ。

『BJ』に描かれた喫茶店では、「けいれん」で手術に失敗したBJ先生がコーヒーを飲んでいるお店、「満月病」で山下クミが働いていたお店、「研修医たち」で先生が相談をもちかけられたお店、「ふたりの黒い医者」で仕事を依頼されたお店などが当時の雰囲気をよく伝えていると思う。「血がとまらない」で博と由紀がデートしているお店はおしゃれで都会的で、近頃の喫茶店に通じるものがある。先生が撃たれた「銃創」のお店は「SNACK」「CAFETERIA」と書いてあるのでどうやらレストランらしいが、調度品などの雰囲気は喫茶店である。

当時は喫茶店とレストランの境界があやふやだったかもしれない。それこそカレーやチャーハンやナポリタンなどの軽い食事なら、レストランへ行かずに喫茶店で済ませてしまったような気がする。サンドイッチやモーニングセットもあったし、中にはラーメンを出す喫茶店もあった。その代わり、スイーツ系はあまり覚えがない。ケーキが1種類とアイスクリームがあれば御の字といったところだったと思う。

明るくて開放的で座席が何十とあって甘いものが充実している今ごろの喫茶店とは似て非なる空間だった。外界と隔絶されてどこかに退廃的な暗さを宿しているのが魅力だった。だからこそBJ先生がそこでコーヒーを飲んでいても似合っていたのだと思う。店にはあまり頓着しない気がするBJ先生だが、ス○ーバックスにはあんまり入ってほしくないと思う(笑)。それだったら、連載当時はあまり多くなかった町なかの自動販売機で缶コーヒーを買うほうが似合っているような気がする。押し間違えて甘いミルクコーヒーを出してしまい、憮然とする先生なんか見てみたいな♪ 甘いお菓子も好きだけど、コーヒーはブラック一辺倒の人だから(笑)。

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