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翻訳の問題か 概念の問題か

年末年始に撮り溜めた録画を少しずつ消化中。きょうは「たけしの教科書に載らない日本人の謎」を観た。どうして日本人は日本語を話しているのだろう?というテーマだ。まだ「文字」というものすら無かった頃の日本から歴史的に解き明かしてあり、なかなか面白かった。

突き詰めれば日本語の歴史というのは、従来の日本語(やまとことば、というべきか)をどのように表現して書き記すか、あるいは、外来の言葉をどのようにして取り入れるかという翻訳の歴史であるようだ。先人達の知恵と労力はまったくすごいものだと思った。

閑話休題。先日の『平清盛』第1回で、「天皇家」を「王家」と呼んでいたことが物議を醸している。曰く、日本史で「王家」とは教わらなかった。曰く、なんだか違和感がある。曰く、天皇家の権威を認めずに「王家」と蔑んで呼ぶのは中国、韓国のみである、等々。

たまたま先日『世界の〔宗教と戦争〕講座』(井沢元彦著)を読んだのだが、それにはこうある。
--……それまでの中国大陸はいろんな国に分かれていたのです。そして全部勝手に国王を名乗っていたわけです。それを秦が統一し、いままでにない巨大な政権ができた。その結果、新しい称号がいるようになり、「皇帝」という称号をつくったのです。
「王」という称号の本来の意味は、中国皇帝の下に従っている国の代表者、ということです。日本では、中国の下につきたくないということで、「天皇」という言い方をしたと考えられています。中国の下につくなら、「日本国王」という言い方をしなければならない。室町時代に足利義満という人が中国の皇帝に使いを送って、「日本国王」にしてもらいました。皇帝の家来ということです。つまりそれは、「天皇」に対抗しようと思ってそうしたわけです。しかし通常は、日本は離れ小島だから、相当無礼な称号を名乗っても、中国は攻めてこられないだろうと考え、皇帝に対抗する名前で、「天皇」という称号をつけたわけです。--

この井沢氏の説によれば、「天皇家」を「王家」と呼ぶのは間違いだということになる。一方で、きょうになって堀田純司氏の「大河ドラマ『平清盛』における『王家』をめぐって」という記事がネット上にアップされたが、それによれば「(王家は)中世を扱う歴史学ではごく普通に、自明のものとして使われている用語です」とあり、「天皇家」を「王家」と呼んで間違いないということになる。さあ、どっちが正しいのだかわからない(笑)。

わからないのだが、きっとどちらも正しいのだろうと思う。私は詳しくないけれども、歴史学においてはその国の最高権力者を「王」と呼ぶということではないかと思う。中国においては、王は「皇帝」と称され、その下の諸侯が「王」。日本においては、王は「天皇」と称される、ということなのではないかな。

ところで、Wikipediaによると、「天皇という称号が生じる以前、倭国(「日本」に定まる以前の国名)では天皇に当たる地位を、国内では大王「おおきみ」(治天下大王)あるいは天王と呼び、対外的には「倭王」「倭国王」「大倭王」等と称された」とある。この大王「おおきみ」という呼称だって、たけしの番組を観た後ならどれだけの知恵と工夫でこういう漢字が当てられたのか、その苦労がしのばれようというものだ。このとき、「王」は「皇帝」より下位だというような意識がはたしてあったのだろうか? 当時の人が意図したことは、たぶん、この国で一番偉い人なんだよ~という、ただそれだけのことではなかったかと想像する。「治天下大王」「天王」なんていう呼称は、中国なんかまったく意識せずに独自の世界観でつけたとしか思えない(笑)。

そして現代においては「天皇」は“Emperor”と英訳される。現在世界でただ一人の“Emperor”である。もしも古代の大王「おおきみ」という呼称を現代でもそのまま使っていたとしたら“King”と訳されていたのかもしれない。各国で違う統治形態における地位をどのように翻訳すればよいのか、これは難しい問題だろうなと思った次第。

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