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月読神社と推恵神社

夫が日御碕へ釣りに行くと言う(またか…)。ついては、月読神社へも連れて行ってやると言うので、喜び勇んでついて行く。

日御碕神社の近くで海を見ながらお弁当を食べた後、先日見つけた道路脇の標識「月読神社 400M」から山道を歩く。最初は道幅も広く石段状になっているが、「月読神社 300M」あたりから道が険しくなり石段もなくなる。イノシシと思しき獣の足跡がそこらじゅうについている。鉢合わせしないことをただただ祈りながら登る。

Photo_4「月読神社 180M」のところにちょっと開けた場所があり、お社がひとつ。何の説明もない。手を合わせながら、ハテこれはどなたが祀ってあるのだろうかと気になったが、とりあえず先を急ぐ。そのお社の正面に鳥居があり、それを潜ってからは本格的に山道である。人ひとりがやっと通れるほどの道幅で、夏場ならきっと草木が生い茂って難路になることだろう。ときどき木々の切れ間から街並みや海や島が見える。方位磁石を持ってこなかったことを悔やんだが、たぶん宇龍港と権現島ではないかと思う。程よく息も切れたところで月読神社に到着。

Photo_5とても小さな神社だ。ここもやはり何の説明も無くて打ち捨てられたような風情だが、真新しい石灯篭が2基奉納してあり、信仰の場となっているのが窺える。県道からずっと「月読神社 ○○M」の標識を立ててくださったのも同じ篤志家の方だろう。あの標識がなかったら私はこの神社を見つけることはできなかったのだから、灯篭に対しても有り難く手を合わせた。また、この社殿の後ろには、礎石と思しき遺構があった。もしかしたら、昔の月読神社の跡なのかもしれないと思う。調べるには『大社町誌』あたりを読むしかないかな。

往復1時間ほどで車に戻る。日御碕灯台まで移動し、夫は岩場で釣りを開始。私は観光案内所を覗いてみる。持参した地図を見ても、いま行った月読神社の正確な位置がわからなかったので、女性の職員さんに尋ねてみた。残念ながら月読神社のことはご存じなかったが、『大社まちかど百花』という大社町のことなら何でも載っていそうな本を見せてくださった。ありがとう♪ 以下、その本にあった記述である。

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月読社
御碕バス停留所の道路をはさんだ天一山の南の県道をはさんだ高台にある社で、主祭神は、天照大神の弟神である「月読命(つきよみのみこと)」である。
「この地に祀ってほしい」という奇夢により、この地に祀られたといわれている。
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また、「月読神社 180M」のところにあったお社も、載っていた写真からその名がわかった。「推恵神社」というらしい。あれ? 推恵神社って……。

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推恵(すいけい)神社
旧道上の弥山さん中腹の丘(みせんが丘)にある。検校は隠岐に流され、夫人は自ら命を絶つという不幸な出来事があった86代宮司の小野尊俊検校とその夫人が祀られている。
推恵とは、恵みを推し及ぼすの意味であり、検校が亡くなった隠岐と松江の楽山にも二人を祀る神社がある。
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ああ、やっぱりそうだ。松江の楽山にある推恵神社には詣でたことがある。何故だか背筋がぞっとしたので覚えている神社なのだが……。以下は、帰宅してからネットで調べた事柄である。

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怨霊鎮めの推恵神社
 日御碕の小野検校尊俊は、加持祈とうに優れた能力を持っていた。時の松江藩主・松平綱隆(二代目)が日御碕に参拝したときも、沖を通る船を秘法で止めて見せたりした。しかし、それより綱隆を感嘆させたのは、歓迎の宴に現れた小野夫人の美ぼうであった。側室になるようにと、いろいろ工作したが、もちろん夫人は聞かず、ついに綱隆は藩主の権力で検校を罪に陥れ、隠岐に流罪とした。優れた加持祈とうも妖術を使って人々を惑わし、天下の平穏を乱そうとするものだとされた。検校は島流し五年後に隠岐海士町で憤死、美ぼうの夫人も自害した。
 以来、松江藩では不吉な出来事が続いた。人々は、検校のたたりだと恐れ、検校の子から半世紀ほど後の六代目の宗衍のころ、検校を祀る神社を建立した。楽山にある推恵神社がそれで、検校の霊を慰めるため、境内での芝居興業も城下でここだけは許されていた。(松江市のホームページより)
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なんだか『水戸黄門』に出てきそうなお話だが、なるほどそういうことがあったのか。松江の推恵神社と共に、二人の地元・日御碕にも推恵神社が建立されたのだろう。わかっていればもっと真剣に拝んだのに、と悔やまれる。あの世でどうかお幸せにと祈らずにはいられない。

Photo_6きょうは二つの興味深い神社に参拝できて、なかなか充実した一日だった。ちなみに、場所はこのあたりではないかと思う。↓

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