« 月読神社と推恵神社 | トップページ | きょうの夕陽 »

青き未来

『ブラック・ジャック 青き未来』最終回を読んだ。クロエの正体を明かさないことには今回何も書けないので、以下ネタバレあり。

クロエはやはりP嬢だった。もしもP嬢でなくてオリジナルキャラだったりしたら、この作品には『BJ』という名前を冠する資格も権利もないゾと思っていたので、これはまあ良かったと思う。ストーリーもBJとP嬢の結びつきの深さが叙情的に描かれていて、原作ファンも納得できる結末だったのではなかろうか。

ただ、なんというか……。一言で言ってしまえば、「だから何なの?」という思いが先に立つ。BJ先生のような医者になりたいと思ったP嬢の成長と活躍が描きたかったのか、いまBJとP嬢はこんなふうになってますよということが言いたかったのか、要するにこの作品が言わんとするところがよくわからないのだ。

そもそもP嬢がどのようにして成長し、どうしてあんな超人的能力を備えたのか、少なくともそこのところだけは明らかにする必要があったのではないか。全然姿形も名前も違う人物を描いて、いきなりこれがP嬢ですと言われても、それはちょっと強引じゃないかと思わざるを得ない。↑上では、クロエはP嬢でなくては納得できなかったと書いたが、それならそれでもっと丁寧に描いてほしかったと思うのである。

……とまぁ、思うところはいろいろあったが、BJ先生が生身の人間として歳を取り、現代に生きていたら?という設定の作品というのは、ある意味画期的だったと思う。OVAでも先生は歳を取らなかったし、私の想像でもそうだった。いや、先生だけなら壮年でも老年でも想像しようと思えばできるのだが、ここにピノコの問題がある。私はピノコの将来というのをあんまり想像したくない(理由はいろいろあるが、要は感覚的なものなので説明はしない)。ただあの連載当時のピノコのままで時間が止まってくれたらなぁと思う読者なのである。

だからこの作品は、言ってみれば私の「タブー」に挑戦してきた作品だった。BJが目覚める寸前に見た懐かしい夢……岬の家に帰ってきたBJに満面の笑みで飛びついてくるピノコ。これが二人の原点なのか、あるいは二人の到達点なのか。帰らない過去と捉えれば哀しいが、未来永劫この二人はこのシーンを胸に抱き続けるのだろうと考えれば、私のような(時間が止まってくれればいいと思う)読者でも、こんな未来もありかなとは思う。

とりあえず、感想はここまで。9日の「漫画の日」に催された「手塚治虫トリビュートまつり」を見るのに忙しいので、何かあればまた後日。

|

« 月読神社と推恵神社 | トップページ | きょうの夕陽 »

「ブラック・ジャック」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/141713/44069394

この記事へのトラックバック一覧です: 青き未来:

« 月読神社と推恵神社 | トップページ | きょうの夕陽 »