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ヤマタノオロチを探して

きょうはヤマタノオロチの足跡を探してドライブした。スサノオのヤマタノオロチ退治のエピソードは『古事記』には記されているものの、現場であるはずの『出雲国風土記』には一切記述がない。しかし斐伊川沿いの地域にはそれなりにヤマタノオロチ関連の言い伝えが残る場所があるというので、巡ってみた。

Photoまずは、雲南市木次町里方にある「八本杉」。スサノオはヤマタノオロチの8つの頭を切り落としてこの地に埋め、それぞれの上に杉を植えたとされる。その後、杉は斐伊川の氾濫によって何度も流失したが、そのたびに補植されて現在に至るという。現在の杉は明治6年(1873年)に植えられたものだそうだ。住宅街の中にそこだけ高々と杉が聳えており、「八本杉」と刻まれた巨岩が一種異様な雰囲気を醸し出している場所だった。

Photo_2続いて、雲南市木次町西日登にある「長者の福竹」。ヤマタノオロチに狙われているクシナダヒメとその両親(アシナヅチ、テナヅチ)が、オロチから逃げる途中に立ち寄って休憩した場所という。使っていた竹の杖を地面に突き立てたところ、杖から根が生えたのでこの名がある。現在は周辺に竹は見当たらず、「難を転ずる」ということで南天の木が植えられて祀られていた。

Photo_3Photo_4次は、雲南市木次町湯村の「天が淵(あまがふち)」。斐伊川の中流域でヤマタノオロチが潜んでいたところとされる。雨の後だからか、かなり深そうで水流も急だった。古来氾濫を繰り返していた斐伊川こそがヤマタノオロチの正体という説もある。

Photo_5最後は、雲南市加茂町神原の「八口神社(やぐちじんじゃ)」。スサノオはここから矢を射てヤマタノオロチを仕留めたといい、『出雲国風土記』には「矢口社」と記載されている。御祭神はもちろんスサノオノミコト。また境内から見える草枕山は、強い酒を飲んだヤマタノオロチが枕にして寝た山と伝えられている。

きょうはこれだけしか回れなかったが、ヤマタノオロチの伝承が残る地はまだたくさんあるので、機会を見つけて行ってみたいと思う。

その他、きょう巡った神社は、玉造湯神社と海潮神社。

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