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「ブラック・ジャック 許されざる者への挽歌」感想

Bj15日、大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて、宝塚歌劇雪組「ブラック・ジャック 許されざる者への挽歌」(BJ役は未涼亜希)を観た。1973年に週刊少年チャンピオンで連載がスタートした同作が40周年を迎えるのを記念した公演だ。宝塚歌劇では1994年に手塚治虫記念館の開館記念公演として花組が「ブラック・ジャック 危険な賭け」を上演している(BJ役は安寿ミラ、東京公演時は真矢みき)。

何しろ生まれて初めての宝塚観劇だし、役者さんの予備知識があるわけでもないので、私には舞台評は難しい。だが超満員の客席と舞台が混然一体となって、あのときあの場所にはものすごいエネルギーが充満していたのを、肌をピリピリと刺すような刺激で感じることができた。宝塚歌劇の魅力ってきっとああいう一体感なんだろうな。

さて今回、劇場が狭いせいもあるのか「ショー」はなくて、途中に休憩を挟んで2時間強「ブラック・ジャック」一本。内容てんこ盛りでみっちり楽しめた。柱となっているのは、①足の悪いチンピラのカイトとエリの恋模様、②バイロン侯爵とカテリーナの恋模様、そして③ピノコの存在及びBJ自身の物語だ。

①と②では、BJは狂言回し的な役割だ。①では撃たれたカイトを手術してやり、ついでに元から悪かった足も治してやり、世の中を僻んでいたカイトを更生させる。筋としては割りと陳腐だったかもしれないが、そこにピノコの存在が大きく関わっていたのが見どころ。『BJ』原作で言えば「電話が三度なった」に近い雰囲気かな。「殺しがやってくる」も彷彿とさせる内容だった。

②はちと伝奇的。サブタイトルにある“許されざる者”というのはこのバイロン侯爵のことではないかと思う。バイロンはヨーロッパの貴族ふうな風貌で、人間の10倍もの寿命を持つ一族の末裔である。それが人間のカテリーナに恋をした……。いつまでも歳を取らない男と老いさらばえていく女ということで、手塚治虫の『安達が原』を思い出した。バイロンの夢に現れる老女カテリーナなどは、能の「安達原」の鬼女に似ていたと思う。さあ、カテリーナはバイロンから臓器移植を受けて生涯バイロンに寄り添って生きるのか? ネタバレは避けるが、私にはこのエピソードが一番面白かった。

そしてBJファンとしては最も興味のある③であるが、始めにまず消化不良だった部分を記す。原作の「20年目の暗示」が取り入れられていて、BJの指が動かなくなるという描写がある。器質的には何の問題も認められないので催眠療法でその原因を突き止めようかという話になる(これも原作どおり)のだが、いつ催眠療法をやったのかそれがわからなかった。いつの間にかBJの指は元どおりになっており、ピノコがオペの助手をやっている。う~ん。催眠療法の描写があれば、その中でBJの過去も表現できただろうに、と思う。我々BJファンには彼の少年時代の怪我は周知の事実だが、BJを知らない純粋な宝塚ファンにはその辺の説明が必要だったんじゃないかと、それがちょっと残念である。

Photoピノコがどんなふうに表現されるのかも心配だったのだが、その心配は杞憂に終わった。出しゃばらず、しかしその存在感は抜群だった。というのも、BJが始終ピノコを案じている様子が窺えたからで、そういうBJとピノコの関係には思わず頬が弛んだ。BJの警護に当たっている合衆国大統領警護官トラヴィスとピノコの掛け合いも楽しかったし、何よりカイトを更生させるのにピノコの存在があったという点が嬉しい。「普通じゃない」ピノコが人々の希望になっている。うん、そうだよ。ピノコはそういう存在なんだよ。原作の持つピノコの役割をちゃんと再現してくれて、これは嬉しかったなぁ♪ 言葉を覚えようとするシーンなど、隆大介版を彷彿とさせるところもあった。

最後にBJ先生について。前作の安寿BJはクールでシリアスだったが、今回の未涼BJはどこか飄々としていて、時に熱い男だったと思う。印象としては安寿BJよりも原作に近いように感じた。原作どおりのセリフも使われていて、「報復」の「わたしは自分の命をかけて患者を治しているんです。それで治れば、1千万円が1億円でも高くないと思いますがね」や、「鳥たちと野郎ども」の「いやしくもわたしゃ自分の患者を見殺しにしたことはないんだっ!!」などが心に残った。

前作と同じ主題歌「かわらぬ思い」を歌う未涼BJは文句なしにカッコいい♪ 暗いステージにひとすじのライト。そこに後ろ向きに立っている姿に惚れ惚れした。何しろ黒尽くめの衣装だから、先生の白髪の部分だけが際立って見える。それが何やら暗示的だった。

さて、ここからが本論と言えば本論なのだが、今回のサブタイトル「許されざる者への挽歌」の意味とは何ぞや? 上に、“許されざる者”というのはバイロン侯爵のことではないかと思うと書いたが、ひとり彼だけを指しているのではないかもしれない。貧困の中で育ち道を誤ったカイト、普通の身体ではないピノコ、そして半分白髪のBJもまた、世間に受け入れられない異形の者、一般的に言う「普通」じゃないという意味で“許されざる者”なのではないかと思う。そして“挽歌”とは死者の棺を挽くときに歌う歌で、要するに死者を悼む歌だと考えれば、このサブタイトルは、様々な意味合いで世間に受け入れられない「普通じゃない」者たちを憐れむ、という意味になるのかもしれない。

逆に言えばこれは「普通」って何だ?という問題提起である。手塚治虫が繰り返し繰り返し取り上げたテーマでもある。そしてこの公演ではその答がピノコの存在という形で表現されていた。BJに、自分は普通じゃないの?と問いかけるピノコ。それに答えてBJが言う。「ああ、普通じゃないよ。お前の存在自体がほかの人間には生きる希望なんだ」。ここが、このお話で一番言いたかったことじゃないかと思う。普通じゃない。それがどうした。おまえはそれ以上なんだ! このBJとピノコの会話で、この公演は大成功が約束されたと思う。 

素晴らしいステージを見せてくれた宝塚歌劇雪組のみなさんに感謝! DVD化を切に希望します!

【記事中の画像はネット上から拾ってきたものです。問題がありましたら削除いたします。m(_ _)m】

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