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リケジョの女子力?

先週は小保方晴子さんチームが製造に成功したSTAP細胞とやらの話題で持ちきりだった。ごくごく簡単に言うと、細胞をちょっと厳しい環境に置いたら万能細胞ができたということらしく(←合ってる?笑)、かの『Nature』誌が「過去何百年の生物細胞学の歴史を愚弄している」と評したというのがなんとも可笑しい(きっとこのコメントは伝説になることだろう)。ES細胞やiPS細胞と並んで、生命科学上最も輝かしい成果に拍手を贈りたい。

喜ばしいことだと思う反面、その業績の素晴らしさよりも、研究室にムーミンの絵が描いてあるだの、ファッションがどうしただのという話題ばかりをテレビ各局がクローズアップするのに辟易する。そもそも「リケジョ」という言い方からして気に食わん。「歴女」よりは女性蔑視の度合いは低いような気がするが、それにしても理系女子のイメージを勝手に決め付けて、それプラス女子力だから素晴らしいって、なんじゃそりゃ?!である。

マスコミよ、「研究者にしては可愛い」などと無礼でトンチンカンな視点で騒ぐのはもうやめてくれ。それとも、日本のマスコミにはその程度の頭の「マスダン(←マスコミ男子)」しかいないのか?!

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

・・・同じ男子としてお恥ずかしい限りです。(_ _;)

いつ頃からだったでしょうか、新聞や雑誌の記事内で、女性のお名前の後に「女史」という言葉を付けなくなったのは? 

「氏」と同じで、相手に対する尊敬の念が込められた言葉だと思っていましたので、何故使われなくなったのかが少し不思議でした。その後けっこう長い間、「~かおる氏」や「~まこと氏」が男性か女性か、判別に苦労したものです。(^^;)

その後、「記者ハンドブック」などを読むようになり、その言葉が性差別の用語としてオミットされていたことを知りました。敬意を表す言葉として受け止めてきた自分には、ちょっとショックだったことを覚えています。

公の場で使われる言葉は、常に言われた相手の気持ちになって使用を考えなければならない、と頭の中に刷り込みができたのは、そんなに昔のことではありません。今でも考えるより早く、言葉が発せられてしまうことがありますし、推敲できる文章であっても見落としや勘違いを繰り返してしまっています。(-_-;)

正直なところ、朝日新聞でこの記事を読んだときには、わかばさんが指摘する着眼点に思い当たりませんでした。割烹着にムーミン、という映像を見て、研究の場にも癒しを持ち込んでいるんだな、という程度の受け止め方だったと思います。お恥ずかしい限りです。(>_<)

確かにあの視点での報道は、未だに男が上にいると無意識に思っていることの証左であり、研究そのものの真価や是非にまったく関わらない枝葉の部分を大きく取り上げた、男性目線での興味本位なものでしかありませんね。「報道」と呼ぶこと自体が恥ずかしいものと言わざるを得ません。

・・・なかなかコメントを書き込めなかったのは、そのことがネックになっていたからかもしれない、と思うと、ホントに情けない話ですね~。(_ _;)

投稿: モトキ | 2014年2月22日 (土) 11時22分

モトキさん
こちらにもコメントありがとうございます。

もしかして、モトキさんはメディア関係のお仕事をしていらっしゃるのでしょうか? もしそうなら、お気を悪くなさったかもしれませんね。放埓発言を深謝いたします。m(_ _)m

性差に基く表現には気を遣いますね。「女史」という言葉はもともと中国の官職で、後宮の文字に明るい女官を言います。女性しかいない「後宮」という限られた範囲内での役職ですから、男女共にいる世界(男女を区別する必要のない世界)でこの呼称を用いるのはおかしいということになるのかもしれませんね。

また将棋の世界で「女流」名人などと言いますが、独立して女流のコースというものがあるのでこの場合の「女流」というのは蔑称ではありません(もしも奨励会四段になって男女肩を並べるようになっても「女流」の肩書きが付けば、それはおかしいですが)。

つまり男女の区別なく活動できる場で、ことさら女性であることを際立たせるような表現は、蔑称となる可能性があるということなのかもしれませんね。「女流作家」などというのもその一例でしょう。

ただ、モトキさんがおっしゃるように「女史」は尊称だと思っていたというのも一理あるのですよね。歴史上ずっと低い地位に置かれてきた女性であるのにもかかわらず、こんなすごいことができるんだ!という敬意が、もともとはあったかもしれないとは思うのです。

だから結局は、単なる言葉の使い方の問題ではなくて、相手に対する敬意が有るか無いかという問題なのでしょう。小保方さんのことも、とても可愛らしい人だったからこそ余計に、興味本位な報道に堕することのないように、メディアには気を引き締めてかかって欲しかったと思うのです。

投稿: わかば | 2014年2月24日 (月) 23時13分

いえいえ、滅相もありません。メディア関係にあこがれていただけの、元新聞部員です。仕事になんかしていませんし、気を悪くしたなんてこともまったくありません。(^^;)

わかばさんの指摘を読んで、自分がうかつにも「無礼でトンチンカン」な視点に違和感を感じていなかったことを恥じただけです。そしてそのことをすぐにコメントできなかった自分の狭量さに気が付いてしまい、穴があったら入りたいような気持ちになっていました。(_ _;)

メルマガを書いているとお話ししましたが、それは自分の意見を大勢の人に披露するような場ではありません。むしろ限られた人、しかも互いの性格を百も承知の気が置けない連中とのやりとりです。したがってそこでは、言葉の持つトゲや毒についてはほとんど不問に付されてきました。

そういう場所に安穏としていましたので、性差に関する表現には少々うとくなっていたのかもしれません。猿の如く反省・・・。○(・x・)○

そうそう、「記者ハンドブック」は高校の先輩の影響で読むようになりました。社会人になってからは、版が更新されたことに気が付くと買っております。でも、今手元にある12版は買って一年以上たつのにとってもキレイなままです。(^^;)

普通の辞書とはひと味違う内容ですので、なかなか面白いですよ。(^^)

投稿: モトキ | 2014年2月25日 (火) 00時23分

モトキさん
さすがは元新聞部! 要点をビシリと押さえて簡潔明瞭に表現された文章には、いつも舌を巻いておりました。膨大な読書量にも裏打ちされているのでしょう、お書きになる内容にも深みがあると感じています。また何となくイデオロギー的にも私と近いものを勝手に感じておりますので、今後も舌鋒鋭い文章をお待ちしております。m(_ _)m

このブログは平均すると毎日100件ちょいのアクセスがあるようです。どこともリンクしていない辺境ブログですので私も往々にして確信犯的な文章を書きますが、それでも100人ほどの読者には読まれているわけで、怖いなぁと思うことも度々です。軽い気持ちでつい書いてしまったことに傷つく人もいるのだろうと思うと、何も書けなくなってしまうと感じるときもあります。反論があったり腹を立てられたりすることは怖くありませんが、知らぬうちに人を傷つけているとしたら、怖いです。

プロのマスメディアの方々はその辺りのことはちゃんとわきまえておられると思うのですが、逆にそれで萎縮してしまって当たり障りのない話題に走るのもまたそれはそれでどうかなぁと思います。

「書く」という作業は、なかなか難しいことですねぇ……。

『記者ハンドブック』、共同通信社の編集なのですね。以前にテープ起こしを習っていたときに毎日新聞の用語集(いま手元にないので書名があやふやです)を使ったことがありますが、あれと同じようなものですかね。なかなか面白いなと思うと同時に、いかにいい加減に日本語を使っているのかを痛感した覚えがあります。『記者ハンドブック』、今度探してみますね^^

投稿: わかば | 2014年2月27日 (木) 22時11分

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