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アマテラスのDNA

きょう、高円宮典子さまと出雲国造家・千家国麿さんのご婚約が発表された。まことにお目出度いことで、島根も大騒ぎである。ご婚礼は今秋出雲大社にて行われるそうだ。

このニュースを聞いて真っ先に思ったのは、神の末裔同志が結婚されるのだなぁということだった。典子さまは皇族であるからアマテラスの末裔だし、千家さんちのご先祖はアマテラスの次男アメノホヒである。お二人とも(どれくらいのパーセンテージになるのかはわからないが)アマテラスのDNAをその身に受け継いでおられるわけで、ただわけもなくスゴイなぁと思う(笑)。

アマテラス━━(長男)アメノオシホミミ━━ニニギ━━ホオリ━━ウガヤフキアエズ━━カムヤマトイワレヒコ(神武天皇)……天皇家

アマテラス━━(次男)アメノホヒ━━タケヒラトリ……出雲国造家

このアメノオシホミミやアメノホヒが生まれた「アマテラスとスサノオの誓約」のくだりや、それに続く「天岩戸神話」、さらにそれに続く「スサノオのヤマタノオロチ退治」からオオクニヌシの物語など、古事記ではワクワクするようなお話が続く。このお目出度いご婚約を機会に日本の神話をもう一度読み直すのもいいなと思った次第である。

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コメント

いつも長文でごめんなさい。昨年ですがメルマガにこんなん載せました。(^^;)

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明治以前、神宮を名乗る神社は三社のみだった。伊勢、鹿島、香取である。二十代の頃に、どうしたわけかこのうち二社へ参拝に行った筆者は、いずれも神気に当てられて具合が悪くなった経験がある。

伊勢神宮では、宇治橋を渡り五十鈴川の御手洗場に着いたとたん背筋にシビレが走った。悪寒ではないものの、脳幹が震えるほどに何ものかの気配を感じて、足が震えたことを覚えている。その後ご正殿に近づくことが怖くなり、石段の下で待っていると駄々をこねて同行者に不審がられたものだ。

鹿島神宮へ行った時には、二年参りで真夜中だったせいか、もっと恐ろしいモノを感じている。本殿までは何事も起こらなかったが、御手洗池の方にある茶屋へ甘酒を飲みに行こうと同行者が言い出してからが大変だった。奥宮へ通じる奥参道は漆黒の闇に包まれた異界も同然の場所で、四方八方から降り注ぐ強烈な威圧感に打ちのめされていた。オマケにそんな思いをしてまで行った茶屋はお休みで、結局甘酒にもありつけなかったのである。

なにやら、天照大神には嫌われ、建御雷神(武甕槌大神:たけみかづちのおおみかみ)には敵対されたような気もしないではない。それ故、今日まで残る一社である香取神宮には参拝する機会を持てなかった。なにしろ香取神宮の御祭神、経津主大神(ふつぬしのおおみかみ)も武神である。しかも、建御雷神とは戦友なのだ。筆者が好かれるかどうか、火を見るよりも明らかと言わねばなるまい。

その風向きが変わってきたのは、今年の春先のことだった。伊勢神宮で式年遷宮が行われ、出雲大社でも平成の大遷宮が執り行われるとのニュースに接したとき、両者とも一度(再度)行かなければなるまいと考えたのである。

とは言っても、遷宮に興味があるわけではない。確かに片や20年に一度、此方は60年に一度の儀式である。今回を見逃せば、伊勢はともかく出雲は二度と見られないのだ。神社仏閣に興味がある人間ならば、多少無理をしてでも出かけようというのが人情であろう。

だが、残念ながら台鉋と縦挽き鋸を使うような工法では、古代飛鳥の木造建築技術を目の当たりにすることはできない。式年遷宮が伝え残しているとされる宮大工の技術は江戸初期のものであって、天武天皇や持統天皇が時代のものではないのだ。式年遷宮は、戦国時代に一世紀以上も途絶えているのである。古来そのままの技術が残されているわけではない。

ましてや今年の式年遷宮では、檜の良材不足からあすなろが使用されるに至ったと聞く。あすなろは確かにヒノキ科の植物ではあるが、ヒノキ属ではない。厳密にヒノキの仲間と呼べるのは、ヒノキ、サワラの他にはタイワンヒノキ、アラスカシーダーなど6種しか存在しないのである。宮の建築に檜以外の木材を使った時点で、日本古来の建築様式は死に絶えたと言えよう。檜でなければダメだというその理由については、いずれ改めて紹介したいものだ。

古代建築に興味はあるが、現代の宮大工が行う神社仏閣の造営には「木の心」がない。古代日本の宮建築には、檜と、木を知る宮大工の存在が不可欠なのだ。したがって筆者の興味もまた、そこには存在しない。

話が逸れた。伊勢神宮と出雲大社に行かなければならないと思うのは、その神気に触れたいがためである。久しく忘れているあの感覚を、もう一度体験したい。ついでに言うと、天照大神に嫌われているのであれば、国津神である大国主命は迎え入れてくれるかもしれない、という邪念もある。

葦原中國(あしはらなかつくに=日本)を創り上げた大国主命は、天津神のおわす高天原から国譲りを要請(強要?)され、自ら命を絶ってこの世を去ったのである。いくら出雲大社を建てるという約束を交わしたとはいえ、天津神の長である天照大神に対して含むところがなかったとは断じがたい。とすれば、天津神に快く思われていないかもしれない筆者などは、伊勢よりもむしろ出雲へこそ行くべきではないのか。

とはいえ、最高神に嫌われたままというのも居心地が悪い。今一度伊勢へ行き、外宮から多賀宮(たかのみや)、月夜見宮(つきよみのみや)、月讀宮(つくよみのみや)等を巡って内宮へ参拝して、あらぬ誤解を解く必要もあろう。

いずれにせよそうおいそれと行ける場所ではないし、それならばいっそ唯一残った香取神宮へお参りして、経津主大神の対応を確認しておくのもひとつの手ではないのか? 三大神宮がひとつへの御参拝を「ひとつの手」などと言い放つ段階ですでにアウト、という気もしないではないが、そうした経緯で香取神宮へ行く気になったのが、梅雨も間近な6月初旬のことであった。
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勉強不足なので、おかしな点があるかもしれません。見逃してくださいね~。(^^;)

投稿: モトキ | 2014年5月31日 (土) 11時18分

モトキさん
いつにも増してさらに興味深い論考をありがとうございます。いや~、面白い! まるで短編小説を読むような感覚で楽しませていただきました。神社建築に対する深いご造詣にも感服いたしました。ワタクシ知らないことばっかりでした(汗)。

以前、出雲大社には怖いところは無いかとお尋ねになったことがあったかと思いますが、なるほどこういう理由だったのですね(笑)。アマテラスとタケミカヅチに敵視されている(いやそこまで言ってないし^^;)とのことですが、文章を読む限りにおいてモトキさんの鬼門はズバリ「御手洗」と推察いたしました(爆)。香取神宮へご参拝の折りには御手洗と名のつくところをを避けて行かれれば大丈夫かと思います。もちろんトイレもだめですよ^^b

……などと思わず茶化してしまってすみません。モトキさんは人並み外れて「気」に敏感でいらっしゃるのだと思います。私などは外宮で若干それらしいモノは感じたものの内宮も月讀宮等々もヘッチャラでした。ヤマトヒメを祀った神社(名前を失念)では逆に清々しいモノを感じましたよ。←お気楽な奴です^^;

でも確かに、なにか恐ろしいものを感じる神社もありますね。というか、そもそも(正邪は別にして)何かの「気」が充満している場所を「祟ってくれるなよ」と人間たちがお祀りした形が神社なのだと思います。私は恐ろしくて行ったことがありませんが、加茂岩倉遺跡の近くには行った人がちょっとおかしくなるというかなり強烈な気を放つ場所があると聞きました。何か科学的に理由がつくものなのか、はたまた科学では説明のできないものなのか、興味のあるところではありますね。

昨年出雲大社で本殿遷座祭が執り行われた際、滞りなく祭が終わったことが告げられたとたんに篠着く雨が降りだしたそうです。八雲立つ出雲の最高神の面目躍如といったところでしょうか。こういう話を聞くと、本当に「神」はいるのかもしれないと思ったりします。また、ただの偶然と片付けるよりも神がなさったことなのだと思うほうが、心豊かに暮らせるような気がします。

モトキさん、ぜひオオクニヌシに会いにお越しください。(あ~、でも女性は好きだけど男性は嫌いかもなぁ……^m^)

投稿: わかば | 2014年6月 1日 (日) 22時44分

あ~、私もオトコはキライです。(^^ゞ

・・・じゃなくて、実は香取神宮へ行きました。そうしたら、ナンにも感じなかったんですよね~。(-_-;)

伊勢、鹿嶋に参拝してからン十年。どうやら私も普通の人間に成り下がってしまったようです。

ただ、香取神宮は当時、屋根の葺き替え工事を行っていました。もしかしたら経津主大神は留守だったのかもしれません。命拾いしたのか、和解のチャンスを失ったのか・・・。微妙なところですね~。(‥;)

投稿: モトキ | 2014年6月 1日 (日) 23時35分

モトキさん
香取神宮は大丈夫でしたか^^ よかったよかった。
屋根の葺き替え中で本殿にはお留守だったとしても、境内のどこかに仮殿があってそこにいらっしゃったはず。何も感じなかったということなら、ちゃんとフツヌシとは和解(?)できたということではないでしょうか^^b

出雲地方にもタケミカヅチやフツヌシを祀った神社はあります。近くへ行くことがあれば参拝はしますが、出雲人としてはなんとなく面白くない気持ちも正直あります。2千年前の遺恨がDNAに刷り込まれているのでしょうかねぇ~^^;

投稿: わかば | 2014年6月 3日 (火) 23時33分

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