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“に”の1字

Yahoo!のニュースを見ていたら(ちなみに私のPC起動時のホームページはYahoo!である)、【中国、ベトナムの「反中史観」非難…反日棚上げ】というヘッドラインがあった。

なになに? 中国がベトナムを非難することに躍起になって、反日姿勢を一応棚上げしたのか? と思って読んでみると何のことはない、【中国、ベトナムの「反中史観」非難…反日棚“に”上げ】というのが相応しいものなのであった。記事の内容はさておき……。

【中国、ベトナムの「反中史観」非難…反日棚上げ】
【中国、ベトナムの「反中史観」非難…反日棚に上げ】

“に”の一字の有無で読者が受ける印象はまったく違うと思うのだが。そこで「棚上げ(する)」と「棚に上げる」をネット辞書で調べてみた。

1.棚上げ
[名](スル) 1 需給の調節などのため、一時商品を市場へ出さないこと。「―株」
2.問題を一時的に未処理・未解決のままにしておくこと。「法案を―する」
---デジタル大辞泉---

1.棚に上げる
知らん顔をして問題にしない。不都合なことには触れずにおく。「自分のことは―・げて人の悪口ばかり言う」
---デジタル大辞泉---
2.棚に上げる
自分に不都合なことはわざと知らぬ顔をして打ちすてておく。たなへあげる。
---大辞林 第三版---

どうやら商売用語が語源であるということを初めて知った。また両方ともに「とりあえずいまは扱わない」という意味が根底にあることもわかった。しかし「棚上げ(する)」からは善悪の区別は感じないが、「棚に上げる」と言った場合そこには少なからず悪い意味を感じる。というか、この言葉を悪意以外で使うことはないように思う。上記の例文だってそうだ。「自分のことは棚に上げて人の悪口ばかり言う」。こういうとき、「自分のことは棚上げして人の悪口ばかり言う」とは言わない。

棚に上げられる対象に対する悪意(反抗だったり嫌悪感だったり嘲りだったり)を表す場合には“に”の一文字が必ず要るのだと思う。逆に言えば“に”を入れることによって悪意を表明することができるということだ。

【中国、ベトナムの「反中史観」非難…反日棚上げ】というヘッドラインだが、言わんとしていることは次のようなことだ。「中国はベトナムの反中史観を非難しました。自分たちの反日は棚に上げてサ」。その身勝手さを揶揄するつもりなら、こういうときは“に”の一文字は絶対に必要なはずだ。

……と思うのだけれど、このニュースソースは読売新聞である。大新聞がこんな間違いをするかなあ。ネットのヘッドラインに載せられる文字数の関係で“に”が無くなっちゃったのかもとも思うが、それなら「ベトナム」を「越」と表記すればよいだけだし……。どうなんだろう。いまは「棚上げ(する)」と「棚に上げる」は同じ意味なんだろうか?

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コメント

意味は全然違うと思いますよ。(^^)

国語表記辞典や記者ハンドブックでも確認してみましたが、わかばさんが書かれている通りで正解です。「に」が入るのと入らないのとでは、「重荷」と「荷が重い」くらい違ってきます。・・・てか、この例えでいいのかどうか自信ありませんけど。(^^;)

天下の読売新聞がこんな間違いを犯すのだろうか、との疑問ですが、結構しばしば見受けられますよ。あ、ウチは朝日ですけど、似たようなもんです。天声人語ですらちょっとおかしくないか、と思う表記があったりします。・・・まぁ5回に4回は私の方が間違っているんですけどね。(-_-;)

高校時代、新聞部にいた関係で言葉の問題には結構関心が高かったりします。なにしろ、縦15マス、横10行の専用原稿用紙に書いた記事が、真っ赤に添削されて帰ってきて、夜中に泣きながら書き直した経験も二度や三度じゃありませんし。(^^ゞ

言葉は世に連れ、世は言葉に連れ、ではありませんが、間違った意味で使われている言葉がそのまま定着してしまうことには、かなり抵抗を感じる人間です。その立場で言わせていただけるならば、最近の記者連中は私程度のレベルの者が多すぎる気がします。大新聞ですらそう感じてしまうのですから、ネットに溢れている自称ライターという人達の文章には、涙が出るような情けなさを感じざるを得ませんねぇ。(>_<)

・・・エラそうに語っておりますが、そういう自分もかなり怪しい部類の物書きだったりします。そこを否定できないところが弱みですね~。(^^ゞ

投稿: モトキ | 2014年6月24日 (火) 23時35分

モトキさん
コメントありがとうございます。

ああ、よかった。自分の勘違いでないことがわかってホッとしました(笑)。ネットで検索してもけっこうごちゃ混ぜになって使われているようで、案外近い将来にはどっちでもよくなってしまうのかもしれないと思ったりしました。

以前にNHKのニュースで「逆手(ぎゃくて)に取って」と言っていたので「おいおい」と思って調べたら、それが正解とわかって驚いたことがあります。知らずに誤った使い方をしていることって結構多いのかもしれません。思い込みは怖いですねえ。

私もモトキさんと同じで、新しい言葉にはかなり抵抗を覚えるクチです。「ら」抜き言葉や文頭にくる「なので」などは、絶対に自分では使いたくないと思っています。でもテレビなどで頻繁に使われているのを日常的に耳にしていると、思わず口をついて出てしまうことがあって、そんなときは言った後でものすごく凹みます(笑)。

言葉にはその人の人格やセンスや教養の有無までが如実に映し出されると思います。あんまり人から笑われるようなことのないように、常日頃から気をつけていなくてはいけないなあと思うことしきりです。本当は何も書かないのが一番良いんですけどね~(笑)。

そうですか、モトキさんは元新聞部員でいらっしゃいましたか。なるほど、的確な言葉を綴られるのはそういう修業をしてこられたからなのだと納得いたしました。そして現在もメルマガのライターさんをなさっておられるとなれば、ますます言葉のセンスに磨きをかけ続けていらっしゃるわけですね。……お願いですから、私の駄文を添削なんかなさらないでくださいねぇ~。「元の文章が全然残ってない……」って3日くらい泣きますから^^;

ちなみに、わが家も朝日新聞です。天声人語はかなり奔放に綴られているので、勢いで読ませてしまうところがありますね。私が好きだった筆者さんが担当をやめられてから書き写すのをやめてしまいましたが、また書き写してもいいなと思っています。あれはけっこう勉強になりますね♪

投稿: わかば | 2014年6月26日 (木) 22時46分

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