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2014年7月

星を見に行く

Photo_27月26日、月明かりの心配がなく雲もなさそうな天気予報だったので、島根県西部の津和野町にある日原天文台へ出かけた。過去に何度か「本州でいちばん星が綺麗に見える」天文台として名前が挙がったことのある天文台で、すばる望遠鏡と同じ技術が使われている75cm反射望遠鏡があるところだ。

松江の自宅を出たのは午前中だったが、途中でいろいろ寄り道をしながらの道中だったため、天文台に着いたのは夜の7時過ぎ。明るいうちに到着できてよかった。しかし空模様がなんとも危うい。空全体にどんどん雲が広がってきている。受付の職員の方も「8時から天文台のチケットを販売しますが、きょうは見えるかどうか……」とおっしゃる。うわ~ん>_< 「きょうなら大丈夫だろう」と、意気込んで遥々来たのに~(泣)。

時間が来るまで、天文台の近くにある森と星の科学館、天文資料館を見て廻るが、空模様が気になって気もそぞろである。それでも、フーコーの振り子だけは一日中ずっと見ていたい気分になった。

さて8時になった。近くのペンションに宿を取っておられるお客さんたちも集まってこられて、皆で空を見上げる。うわ~ん>_< じぇんじぇん星が見えにゃい~>_<

職員の方が「もうちょっと様子を見ましょう。森と星の科学館、天文資料館をご覧になっていてください」と言われるので、さっき見たばっかりだが皆でぞろぞろともう一度入って見る。気分的にはもう半分以上諦めていたので、今度はせめて展示物だけはしっかり見てやろうと、念入りに見て廻る。さっきは見なかったビデオも見たし、職員さんが今度はいろいろ説明してくださったので、面白く見て廻ることができた。

存分に見て、また皆で外に出て空を見上げる。だが……。うわ~ん……○| ̄|_

ここに至って、ペンションのお客さん達も幾人かは宿に引き上げられたと思う。諦めの悪い我々夫婦と、他に数組のご家族がしばらく恨めし気に雲に覆われた空を眺め続けて数分。ぽつぽつと星が見えてきたではないか♪ 思わず皆で「見える! 見える!」と歓声を挙げていると、職員さんが「天文台に行きましょう!」と。やった~♪

真っ暗な道を持参の懐中電灯で照らしながら天文台へ急ぐ。切れ切れの雲の間から見える星がまた隠れてしまわないうちに……。

全部で10人ほどだっただろうか。「見えた~!」「隠れた~……」と言いながら代わる代わる75cm反射望遠鏡を覗いた。鮮明に土星の輪っかまでが見えたときには感激した。結局望遠鏡で見たのは土星だけだったが、天文台のドームの切れたところから直接夜空を見ると、徐々に雲が晴れて見える星が増えていく。「やったやった♪」「願いが空に通じましたね」と、見知らぬ者同士で大盛り上がりである。

「こんな星空、初めて見たわ~」とおっしゃった方がいたが、本当にいつも見る星空とは全然違う。松江の自宅あたりから見る星とは輝き方がまったく違っていて、ちゃんと星座の形に星が結べるのである。職員さんに「あれはさそり座ですよね」と尋ねたら「ああ、はっきり見えますね」とレーザー光線(?)で差し示してくださった。またもや大感激である♪

徐々に人は少なくなっていくが、残った者は皆、憑かれたように星空を眺め続ける。「日常のことなんかみんな忘れますね……」「人間なんて小さいなあ……」「そんなちっぽけな人間が国同士で争ったりするのってアホらしいですねえ……」等々、(何回も言うが)どこの誰とも知らない者同士でしみじみと語り合ったりしたのであった。

さて、いつまでも天文台にいるわけにもいかないので、そこで皆さんとお別れして我々夫婦は寝場所を求めて近くにあるキャンプ場へ急いだ。時間はもう11時に近い。いまからでも受け付けてもらえるのか、ダメだったら駐車場でもよいのだが……などと思いながら、真っ暗な道を迷い迷い進んだところにキャンプ場はあった。しかし! 誰もいない。管理棟も真っ暗だし、誰もキャンプなんかしていない。車のライトを消すと、そこは真の闇なのである。鼻をつままれても判らない。こんな闇は生まれて初めての経験である。

星を見るには最適とはいうものの、山中のことではありさすがに何かと怖いので、ここを今夜のねぐらとするのは諦めて、天文台へ行く途中で見つけていた道の駅まで引き返す。駐車場の一番隅の暗いところに車を止めて、横にシートを敷き、まだ食べていなかった晩御飯のお弁当など食べる。駐車場の灯りや通り過ぎる車のライトなどで条件は悪いが、それでも星は見える。うっすらとだが(湿度が高くなったせいだろう)肉眼で天の川も見える。夫は持参のワインを飲んで酔っ払って車中で眠り、私は持参の椅子に座って一晩じゅう星を眺めるつもりなのであった(笑)。

望遠鏡と双眼鏡と単眼鏡を持ってきていたが、また雲がかかり始めたこともあって望遠鏡でピントを合わせることがどうしてもできず望遠鏡は断念(こと座のM57が見たかったのだが)。双眼鏡で土星と火星を探すが、これも無理だった。土星よ、どこへ行った……○| ̄|_ それでもシートに寝っ転がって見たはくちょう座のアルビレオはなんとなく二重星っぽく見えたし(そう思って見るせいか?笑)、眼前いっぱいに広がる天の川の無数の星々を辿って見る嬉しさはもう何とも言えない。夢中になって見ていたが、午前1時頃からは雲が厚くなって星がほとんど見えなくなってしまった。

それでもしつこく待っていたものの、2時頃からポツポツと無情の雨が降り始めた。アスファルトが雨に濡れる匂いがする。これはダメだと望遠鏡や椅子を車に放り込む。シートをたたむ頃には大降りに……。車に避難して、窓を閉め、がーがー鼾をかいている酒臭い夫と車中で寝ることになり、一晩じゅう星を眺めていたいという私の夢はここにあえなく潰えたのだった。絶対また見に行くぞ~!

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幸運な男

先週、血縁なしでも「父子」関係が認められるという最高裁判決があった。現在DNA鑑定で父子関係が明らかな父親と同居していても、その子供が生まれたときに民法上の父親であった男性との父子関係は取り消されないというものだ。実情に合わないとか、何のためのDNA鑑定なのかとか、いろいろ意見はあるだろうが、私の感覚で言えばこの判決で良いと思う。科学の発達によって真実が明らかになったからといって、そのたびに法の判断が変わっていくのはどうかと思うからである。

法とは弱い者のためにあるべきと私は思う。婚姻関係にある男女の間に子供が生まれたとき、その子供を育てる義務はその男女にある。子供が生物学的にその男女の間の子供でないことがわかったとき、その男が子供を養育することを拒否したら子供はどうなる? そんなことにならないために、民法は妻が結婚中に妊娠した子は夫の子と定めているのだと思う。

今回のケースは、自分の子でないから父子関係を取り消せというのではなく、血のつながりはなくても自分も父親であることを認めてほしいというのが元夫側の主張だったわけで、恵まれたケースだったと思う。「あなたには二人もお父さんがいて良いわねぇ」というふうに育てていければ何よりと願う。と言うか……、私はどちらかと言えば、今回訴訟を起こした母親側を好もしく思うことができない。どんな事情があったかは知らないがそもそもの問題を起こしたのは自分ではないか。それならそれで、いまは元夫とも別れて子供の本当の父親と再婚もしているのだから、ことさらに事を荒立てる必要もなかろうにと思う。私なら、すべてのことに口を噤むがなぁ……。

さて、ここからが本論の『BJ』語り。こういう親子関係の問題を耳にしたとき必ず思い出すのが♯97「幸運な男」である。ちなみにこの「幸運な男」を『BJ』シリーズの最高傑作と推す人もいるくらいの名作だが、BJ先生の出番はあまりない(笑)。うろ覚えだが、永井均著『マンガは哲学する』にもたしか取り上げられていたように思う(←いま本が見つからなくて確認できない)。あらすじは次のとおり。

イランでの爆発事故で日本人技師・天堂一郎は命を落とす。その財布とパスポートを手に入れた貧しいイラン人の男はBJの手術によって整形し、一郎になりすまして日本に帰国する。裕福な生活が送れるかと思いきや、天堂家は一郎がいない間に破産しており、出迎えた一郎の母親と二人で貧しい生活を送ることを余儀なくされる。思わぬ齟齬にはじめは荒れていた男だったが、やがて優しい母親との生活に幸せを見出すようになっていく。ある日、母親が病に倒れ……。

う~む、この先ネタバレしてよいものかどうか迷うのだが、ネタバレしないと何も書けないので、書く(笑)。未読の方はご注意ください。

母親が重篤な状態になり、男はBJに助けてくれと電話をかける。治療を断ったBJは言う。
「あんた、うまくいってたか?」
「え?」
「つまり…おふくろさんといっしょのくらし、満足したかね?」
「もちろんだ!!」
「じゃあ幸運を祈る」

そして、いまはの際に母親が衝撃の告白をする。私はあなたの母親ではない。財産目当てに入り込んだ悪い女だ。顔はBJに整形してもらった。あなたと一緒に暮らすうちに、ほんとうの息子のように思えてきて……こんな幸せな経験はなかった、と。そして男が本当のことを話す前に亡くなってしまうのである。

このお話のエッセンスは上記の会話に集約されている。うまくいってたか? 満足したか? 幸せだったか?とBJは問う。もちろんだ!!と男は答える。ここには、血縁だの法律上だのという近視眼的要素をすべて蹴っ飛ばした親子の愛情がある。この人の息子でありたいと願い、この子の母親でありたいと思った赤の他人同士の親子が、真実の幸せに辿り着いたのだ。

ここでまた最初に触れた親子関係裁判の話に戻るが、法律上あるいは生物学上の親子関係の立証とその決定というのは、そんなに重要なことなのかと改めて思う。少なくとも「幸運な男」では、そんなもの一顧だにされていない。それでも親子ともに幸せになれたのだ。親子がお互いにお互いを想う気持ちだけが大切なのだと教えてくれる一話。血縁という家族形態を最重要視して訴訟を起こした母親側に是非読んでもらいたい作品である。

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フランクリンは偉かった

週間天気予報を見ると、そろそろ梅雨明けも間近な様子。それとももう一雨あるのか。いずれにせよ、集中豪雨は御免蒙りたいところだ。梅雨のうちに、今年のわが家の事件を書いておこう。ほぼ一カ月ほど前のことだが、お昼過ぎ、わが家に雷が落ちた。

そのとき、まさに風雲急を告げて空が暗くなり、どっと雨が降り出した。昼食を取りながら見ていたテレビのニュースの音が聞こえない。家の脇の水路が溢れないかと縁側から覗いてみるが、そこはまだ大丈夫。空を見ると黒い雲が時々雷光で真っ白になる。こりゃあ雷が鳴るぞと覚悟した途端に1発目が轟いた。折しも地方ニュースで「大雨です」と言っている。うんうん、大雨だねぇとご飯の続きを食べ始めたときに2発目。光るのと音が同時である。あ~真上だな~と思う。まぁ野中の一軒家でもないし、住宅街の普通の二階建ての家だから、うちに落ちるようなことはあるまい。そして3発目。落ちたよ………@_@

実は、その瞬間、落ちたという感覚はまったくなかった。私はご飯を食べ続けていたし、停電にもならなかった。なぜ判ったかというと、テレビが映らなくなったのだ。いや、画面は映っているのだが突然「現在受信できません」という表示が出て、どんなリモコン操作も受け付けなくなったのだ。

家に私一人しかいなかったものだから誰に相談することもできず、とりあえず近くの友人に電話を掛けて「お宅のテレビ映ってる?」と聞くと「映ってる」と。事情を話すと「うちはケーブルだから違うのかもね」と言う。ここらへんで、ああわが家のアンテナに落ちたのだと悟った。念のため中国電力にも電話してみたが、「アンテナに落ちたのでしょうね。停電でないのなら、うちではどうしようも……」と言われて、そりゃそうだわなと思う。あ~あ、電気屋さんを呼ぶにもこの雷雨が過ぎてからでないと来てくれないなと思いながら、試しに2階にあるテレビを点けてみたら……映る。フツーに映る。慌てて下に降りてみるが、1階のテレビは相変わらず「現在受信できません」の一点張り。強情な奴だぜ……┐(´ー`)┌

結局、アンテナに落ちたことは間違いないようで、1階のテレビに繋いだ線に過剰な電気が流れたために機械が自動的にシャットアウトしたらしい。夫が帰宅してからテレビに繋がっている配線をいったん全部外して元通りに繋ぎ直したら、映るようになった。テレビやビデオ(←わが家はビデオを通してテレビに繋がっている)を新たに買うこともなく、電気屋さんを呼んでアンテナや壁の中の配線を取り替える必要もなく、めでたしめでたしであった。

雷は怖いですね。どうぞ皆さんもお気をつけください。雷がおさまるまでは、アンテナ線や電源プラグに手を触れてはいけませんよ^^b

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チキンハート

ここ数日、拙ブログへのアクセスが急増しています。
ワタクシ何かしでかしましたでしょうか……((;゚Д゚)ガクガクブルブル
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